高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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プロローグ
未練があったって良いじゃない、人間だもの。


 それは、特に何かあったわけでもない、いつも通りの日だった。いつものように仕事を終え、いつものように帰宅しようと思っていた、特に何の変わりのない日。

 そんな日だったからだろうか、何となく飲みたい気分になってきてしまい、近くのバーに入った。

 たまーにだが、こうして自宅以外で飲みたくなる。まぁ、早い話が旨い飯を摘みにしたいだけなのだが。

 自分で作ってもうまくない。俺には自分で作ったから美味しく感じるとか、そういう感覚はない。製造過程が同じなら、誰が作ろうと同じ味になるのだから。

 いや、そんな話はどうでも良くて。とにかく、店で飲みたくなった。

 カウンター席を一つ取り、とりあえずマティーニを頼み、ポケットからスマホを取り出す。

 

「……」

 

 Twitterを流し見しつつ、ボンヤリと宙を眺める。……ゲームでもやるか。FGOのイベントを走り始めた。

 こうしてバーでのんびり出来る時間は嫌いじゃない。社会人になると忙しくなるから、前からの趣味に時間を費やす事はほとんど出来なくなってしまった。

 だから最近の息抜きはほとんどゲームだけ。もう少し他の趣味も欲しいとこだけど、無いものは仕方ない。

 しばらくスマホをポチポチといじるだけがこんなに楽しいとは思わなかったが、やはりゲームだ。そこまで癒されるわけでもない。酒の癒しも一時的なもの、タバコはやめたし、他には……。

 

「チェイサー飲んで〜……チェイサー!」

 

 耳に響く声が不意に聞こえ、思わず飲んでるマティーニを吹き出しそうになった。

 この声は……え、嘘だろ? どんな偶然? なんでいるの? 

 思わず反射的に振り返ると、その声の主と思われる見知った顔が別のテーブル席で飲んでるのが見えた。

 

「楓ちゃん、あんまり騒がしくしないの。周りの迷惑よ」

「ふふ、瑞樹さんもご一緒にどうです? 割とスッキリしますよ?」

「しないわよ。他のお客さんもいるし、ここは居酒屋じゃないんだから。ね?」

()()()()()()()()()へ!」

「分かりにくいし、今の時間から京都に行くのは無理よ!」

 

 ……相変わらずだな、楓の奴。俺と関わっていた時と何も変わっていない。むしろ悪化してるまである。一緒にいる人はアイドルの川島瑞樹さん、だったか? 悪くないツッコミ力だな。

 いや、そんなのどうでも良くて。とにかく、今はなるべく関わり合いにならないようにしよう。俺と楓の関係は、もう赤の他人なんだから。

 顔を前に背け、再びカクテルとゲームに集中しようとした時だ。

 

「……あら? あらあらあら? もしかしてぇ……樹くんですか?」

 

 ……うーわ、気付かれたよ……。どうしよう、無視するか? あんまり関わりたくないんだけど……向こうにとってもその方が良いだろうに。

 

「ちょっと……楓ちゃん」

「大丈夫ですよ、瑞樹さん。……ね? 樹くん?」

 

 ……聞こえない、聞こえなーい。何ならトイレに行って誤魔化すのも……。

 

「トイレに行って誤魔化すのは無しですよ? 樹くん」

 

 気が付けば、真後ろに来ていて俺の肩に腕を回して組んできていた。おい、いくら知り合いでも3年ぶりに会った奴と肩を組むか? 

まぁ、目の前の女に普通の神経があるとは思っていないが。図太さと無神経さは普通じゃない。

 

「何も変わっていないんですね、樹くんは」

 

 少し、声のトーンが下がった気がした。俺の考えなどまるでお見通し、と言わんばかりの声だ。

 楓の空気の変化を感じ取ってか、隣の川島さんが口を挟む。

 

「何してるのよ。知らない人でしょ?」

「違いますよ? 流石に知らない人にこんな絡み方はしませんよ」

「この前、酔っ払って禿げたおじさんの頭にバナナの皮乗せてたじゃない」

「そうでしたっけ?」

 

 何してんだよ、お前……。呆れ気味に小さくため息をついていたのが、まさに隙になったのだろう。俺が何か言う前に、高垣楓は平気な顔で爆弾を投下した。

 

「加賀山樹、私の学生時代の元カレです」

「えっ」

「……はぁ」

 

 川島瑞樹さんが声を漏らし、俺は隠すこともなくため息をついた。マスターが裏に戻っていたのは奇跡のタイミングだったと言えるだろう。他にお客さんもいないし。

 ……そうなんですよね。俺はこいつと大学4年まで付き合ってたんだよ。絶対、バレたら面倒な事になるから誰にも言わなかったけど、まさかこんなとこで知らない人にバレるとは……。

 

「ちょっ、楓ちゃん! こんなとこでそんな暴露しちゃダメ……!」

「本当の事ですよ? もう、色んな事……それこそあんな事やこんな事もシちゃっ」

「そこまで! 分かったからとりあえず席に戻って聞くわね⁉︎」

 

 強引に楓を席に連れ戻す川島さん。大変だな、学生時代の俺のポジションは、今は川島さんがやってくれているのか。かなり、苦労してそうなもんだ。

 昔は大変だった。レポートも授業の板書も何もかも俺が楓の分まで面倒を見ていた。かなり大変だったが、それでも楓が「ありがとう」と言ってくれたから頑張れたし、悪い気もしなかったっけ。

 ……あの頃は若かったからな。それに、なんだかんだ俺が唯一、話す人になったし。なんて物思いにふけながらグラスを傾けていると、後ろの席から声が聞こえて来る。

 

「ね、楓ちゃん。そういえば、明日は仕事じゃなかった?」

「大丈夫ですよ? 午後からですし」

「そう。何のお仕事だっけ?」

「それより、私の元彼ですよ? 聞きたくないんですか? 樹くんとの話」

「正直、聞きたいけど……」

 

 チラッと俺の方を見る川島さん。まぁ、俺がいる前でそんな話したくないわな。俺はあんま気にしないが、そういうのって第三者の方が気にするし。

 しかし、それが通らないのがそこのボブ女だ。ダメ人間は修羅場を楽しむものである。

 

「大丈夫ですよ。樹くんはメンタルは強いですから。学生時代だって、私が声をかけるまでは一人だったんですよ? 食堂で1人でご飯を食べられる人なんて中々いません」

「いやそういう問題じゃなくて……」

「嫌な話は聞かないようにするのも上手ですし、気を使う事なんてないです」

 

 ……どうやら、まだ俺の事を嫌っているようだ。いや、まぁその推測は合っていますけどね。嫌なものを見ないようにするのも聞かないようにするのも得意だ。

 まぁ、嫌われるのは慣れている。

 

「じゃあ、お店変えない?」

「嫌ですよ。ここのマスターの作るカクテル美味しいんですから」

 

 ‥‥面倒臭いな。楓はともかく、川島さんに気を遣わせるのは申し訳ない。俺はスマホにイヤホンを挿し、音楽を聴き始めた。

 しかし、楓は上手くやってるんだな。プライベートで同僚と飲みに来るとは。川島さんはアナウンサーからアイドルになった人だったか? 面倒見良さそうだし、楓の外見とは真逆の本性を見ても距離を置くような事は無いだろう。

 もう心配する立場でもないのに、何故かホッとしつつゲームに集中した。

 

 ×××

 

 アレから2〜3時間ほど経過したくらいだろうか? 酒も随分と飲んだし、酔いも回ってきた。

 そろそろ帰るか、と思った俺は、イヤホンを外してお代をマスターに渡した。

 

「ごちそうさま」

「ありがとうございます」

 

 髭面でダンディーな強面のマスターが、ペコリと頭を下げる。本当にカッコ良いなこの人……奥さんとかいるのかな。

 ふと楓と川島さんの方に目をやると、楓は潰れていた。珍しいな、あいつ強いのに。俺と飲んでた時は潰れることも多かったが、他の奴と飲んでいた時は絶対に潰れないで帰って来てたのに。

 

「楓ちゃーん、起きなさいよ」

「んん〜……」

 

 ……まぁ、酔い潰れたら面倒臭いんだよな、あのバカ。楓と川島さんがどれほどの付き合いなのか知らないが、まず間違いないのは俺の悪口が盛り上がって楓が飲みすぎたのは間違いない。このまま放置するのは忍びないわ。

 

「川島さん」

「あ、あら、えーっと……加賀山さん、ですよね?」

「はい。いつも楓がお世話になってます。‥……元彼がこんな挨拶するのも変かもしれませんけど」

「いえいえ。川島瑞樹といいます。よろしくお願いします」

「どうも、聞いてるかもしれませんが、加賀山樹です。……それで、そいつの飲み代なんですけど」

 

 財布から一万円札を取り出し、机の上に置いた。

 

「これ使って下さい。タクシー代も込みで」

「え、いやいただけませんよ……! ただでさえ、楓ちゃんは加賀山さんの悪口で盛り上がってこうなってるのに……!」

「つまり、俺の所為でそうなったんだから、気にしないで下さい」

「す、すみません……」

「いえいえ」

 

 ……元とはいえ、申し訳ないからな。なんかバカを押し付けてしまったみたいで。

 

「じゃ、失礼します」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 挨拶だけして、足早に立ち去ろうと背中を向けた。

 ……しかし、まさか楓と再会するとは思わなかったな‥……。いや、再会って程じゃないか。一緒に飲んだわけでもないし。

 ただ、元気にやってるようで何よりだ。昔から新しい環境には早く馴染めても、いつまで経っても空気は読めない奴だったから。

 ぶっちゃけ、俺はまだ楓に未練がある。つーか、未練しかない。振られた理由も分かっているから、尚更だ。

 3年も経ってウジウジしてんな、と思われるかもしれないが、未練があるものは仕方ないじゃん。初恋だったし。結局、ゲームをやるようになったのも、楓と別れてからだ。単純な現実逃避という奴だろう。

 かと言って、向こうにとってはそうでもない事だろうし、こちらから再び「付き合って」なんて言うつもりはない。むしろ、迷惑をかけるだけだ。

 

「んん〜……いつき、くんのバカ……」

「……」

「……きらいです……その冷めた目も……冷たい態度も……」

「楓ちゃん、お水」

 

 ……やっぱ、嫌われてんな。まぁ、別れる直前とかはほとんど構ってやれなかったし、仕方ないと言えば仕方ないんだけどな。

 しかし、こちらとしては冷たくしていたつもりはない。仕事の余裕が出てきた今でこそ、向こうからすれば冷たく感じてたんだろうなぁって思える。

 今日は神経使ったし、早く帰って寝よう。

 お店を出て、のんびりと帰路についた。

 

 


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