クーラーが直っても、うちに快適な生活は戻ってこなかった。と、いうのも、なーはーコンビのお世話が大変だ。
まずは朝、いつもより早く目を覚まし、朝飯を作る。JCなので給食があるから弁当の必要は無いが、それでも大変なものは大変だ。
それが終わると、あのバカ姉妹を起こす。凪はともかく颯は思春期真っ只中なので叩き起こすわけにもいかない。そのため、最も陰湿な方法……つまり音楽を大音量で流して起こしてやった。
「むー……うるさい……」
「はーちゃん、敵襲です。第一級戦闘配備についてください……」
「安いな、第一級戦闘配備。これから毎日やってくるぞ」
起きた二人が準備を整えている間に、朝飯を机の上に運ぶ。女の子の準備‥……特に凪の支度も颯が手伝っているため長く掛かるから、その間に俺は自分の朝飯を済ませる。
ようやく、JCが準備を終えて来た頃までには食べ終えていなければならない。
「おはよー! って、もう食べちゃったの?」
「おはようございます。……しかし、なんという食事の早さ。まさか、フードファイターを目指しているのですか?」
「目指してねーよ。良いから早く食え」
二人が食事をしている間に、歯ブラシを咥えながら洗濯を開始。昨日の夜に洗濯機の中に放り込んでおいてもらった洗濯物の上に洗剤をぶちまけ、早回しでスイッチオン。
歯磨きをまともにやり始め、終わると女子組が食事を終えて歯磨きをし始めるので、食器の洗い物。それを終えると、洗濯物が上がるので干し始める。
要するに、それでようやく一息つけると思いきや、もう出発の時間なのだ。
「おら、行くぞ」
「ねぇ、もう少しゆっくり寝られないの? はー達、多分これ学校一番乗りだよ?」
「お前らに合鍵を渡すと絶対に失くしそうだから我慢しろ。朝飯いらないならもう少しゆっくりでも良いけど」
「それは困ります。人間の脳はブドウ糖が無いと機能しません。ブドウ糖は物を食べないと補充できません」
喧しさで言えばずっと寝ててもらいたいくらいのものだが……まぁ、授業をちゃんと受ける気があるとプラスに解釈しよう。
一緒に家を出て、駅前で歩く。申し訳ないが、うちから2人が新しく通う学校は遠いので、電車を使わなくてはならない。
三人で駅まで歩く。一緒なのはそこまでで、電車で移動する方向は真逆だ。
「じゃあな」
「頑張ってね、いーくん!」
「陰ながら応援しています」
「お前のその言葉の意味わかってる?」
元気に手を振ると、二人は学校に向かった。
さて、俺も仕事に行くか……。小さくため息をついて、ホームに向かうべく階段を下りる。
すると、電車に乗るのに並んでいる列に、楓と川島さんの姿があった。
「あっ」
「あら、加賀山さ……」
「ーっ!」
え……な、何故、隠れる? 楓……。
「か、楓ちゃん? どうかしたの?」
「……いえ、その……何でも、ないです……」
頬を赤らめた楓は、川島さんの背中に隠れたまま曖昧な答えを出す。しかし、俺はしばらく動かなかった。
……これはー……楓に、ストーカーだと思われてる? え、何それ死にたい。グッズくらい買っても良いじゃん……。
「あ、じゃあ……また今度」
「あ、は、はい……」
「え? 良いの?」
川島さんが楓に聞き返したが、傷心気味の俺は耳を塞いでふらふらと別の列に並んだ。
×××
昼休み、また俺は三船さんと一緒に食事を食べていた。また近くで撮影したそうで、快くお誘いに応じてくれた。
「……というわけなんですけど」
「なるほど……」
昨日と今日、急に逃げられたことを相談した。ホント、勝手なことで申し訳ないんだけど、抱え込んだら帰ったらバカ姉妹に問い詰められる。
「そうですね……特に不安に思う事はないのでは?」
「出たよ、他人事100パーセントのセリフ……」
「いえ、第三者の冷静な観点のつもりだったのですが……」
「というと?」
「瑞樹さんが一緒にいらっしゃったのなら、まず間違いなく大丈夫だと思いますよ」
なるほど、と思わず納得してしまう。あの人、まだ一回しか会ったことないのに、普通にしっかりしてそうな空気を発していた。
どうやら、大人組の中でもリーダー的立ち位置のようだ。楓がリーダーじゃなくて安心した。
「……でもなぁ、楓に怖がられたのなんて初めてなんですよね……。グウェンなんてピーターにストーキングされても喜んでたのに……やっぱ現実とフィクションは違ぇーな」
「え、ストーキングしてるつもりだったのですか?」
「違うわ。ただ、ストーカーって思われるかも、とは思ってただけですよ」
想定していたものの、実際に思われると中々にキツいが。ぶっちゃけ、楓グッズはしょっちゅう見ているわけではない。楓の魅力は外見よりも中身にあると思っているから。
「そもそも、楓さんは加賀山さんの事は怖がってはいないと思いますよ?」
「へ?」
「多分、恥ずかしかったんだと思います。楓さん、加賀山さんの前だと少しオシャレに気を使うんです。昨日だって、スタバに入る前、お店の前で前髪とか整えていましたし」
それは意外だ。あいつ、付き合ってた時とか平気で寝癖まみれの頭でデートとか来てたし。
「楓さんだって、加賀山さんの前では立派に乙女になっていらっしゃるんですよ? だから、加賀山さんが実は自分の事を別れた後も応援してくれていたと知って、少し舞い上がっちゃっただけなんだと思います」
「……」
えー……それ、楓? 俺の前じゃそんな姿、見せたことない癖に……いや、昨日の嬉しさを噛み殺していたような顔がそうだったのか? だとしたら……それはそれで可愛いなあいつ……。
「……はぁ、マジですか」
「はい。おそらくマジです」
ホント、何処までも子供っぽい奴め……。嬉しかったら嬉しかったと素直に言えば良いのに。いや、昨日の流れだと無理か。怒ってたら中々、素直になりづらいもんな。
「じゃあ……特に何かしてやる必要は無いんすかね」
「無いと思いますよ。……いえ、強いて言わせてもらうなら、たまにはもっとたくさん構ってあげて欲しいってとこでしょうか?」
「いやいや……それは無理っすよ。あいつ、うちの従姉妹にやたらと変なこと教えますし、次にうちに来たらまず喧嘩になりますね」
「あ、次会う時も加賀山さんのお宅なんですね」
「……」
しまった……いや、でもそう認識するのも仕方ないよね? だって、現状は今、この頃現在の今日に至るまでの楓との関係は一緒にゲームやる仲なうだし。って、何を動揺してんだ俺は。
「……あ、良かったら三船さんもうちに来ます?」
「え?」
思わず、そんなことを聞いてしまっていた。俺はアホかと。や、本当何を動揺したのか……いや、でもなんか別に俺と楓の間には何もない事を、気が付けば証明しようとしてしまっていた。あとは、なに? なーはーめんそーれコンビも喜ぶと思ったしゲームやるならみんなの方が楽しいと思ったしそれに……。
頭の中で誰に対する言い訳をしているのかわからない言い訳を繰り返していると、三船さんの表情が徐々に青くなる。しまった、下心があると思わせてしまったか? まぁ、ちょっと声のかけ方が良くなかったな……。
「あー……すみません。今のは、凪と颯が喜ぶと思って……」
「あの……加賀山さん……」
「なんすか?」
「う、うしろ……」
「志村ですか? うち、8時だヨのDVD全部あるんですよ。見たかったら今度……」
「そうじゃなくて! 今……!」
何事かと後ろを見ると、楓が近くの店のコーヒーの入ったカップを握り潰して立っていた。その背後には、川島さんが呆れ気味に額を抑えている。
「……お前なにキレてんの?」
「こんにちは、下心山くん」
「語呂が悪いにも程があんだろ。相変わらずナンセンスだな」
朝とは全く態度を変えて喧嘩を売られたので、俺も思わず相応の態度をとってしまった。
それにより、楓の眉も吊り上がる。
「ナンセンス? いきなり自分の部屋に女性を誘う性欲モンスターが何を言いますか?」
「うちに従姉妹が二人いて襲えるわけねーだろ。考えりゃわかる事を考えずに聞いた話だけで人を責めるなバカめ」
「そうですね、口ではなんとでも言えますものね。でも巨乳大好きなエロ山くんが言っても説得力皆無ですからね? 少しはご自身の性癖を改めたらどうです?」
「盗撮魔に言われたくねーよ。知ってんぞ、学生時代盗撮してたこと」
「盗撮なんてしてません。撮った事にあなたが気づかなかっただけでしょう?」
「すげぇ開き直り方だなおい」
徐々に早口になっていく俺と楓。お陰で周りの会話など頭に聞こえて来ない。
「……あの、瑞樹さん。何故ここに?」
「お仕事のお昼を近くのカフェで食べてたのよ。お店を出たところで急に『樹くんの気配がする』とか言って……」
「どんな五感を持ってるんですか……」
「あなたは?」
「加賀山さんが楓さんに逃げられてすごく泣きそうな声でお昼をお誘いしてくれて……」
「何よ……楓ちゃんの自業自得じゃない……」
川島さんと三船さんが何か話しているようだが、俺と楓には聞こえて来ない。
「性癖が歪んでるのはお前に言われたくねーよ。大体、男はみんな巨乳が好きなの。貧乳好きなんて希少種だからな」
「そうですか。そんなに美優さんが好きですか?」
「その三船さんイコールおっぱいみたいな言い方やめろ。三船さんの良い所はたくさんあるだろ。お前と違って人の面倒は最後まで必ず見るとか、お前と違って理不尽なお願いでも聞いてあげてしまう所とか」
「むっ……まるで私はあなたの面倒を見てあげたことないみたいな言い方ですね。この前、そんな女に部屋の片付けを手伝わせたのは誰ですか?」
「お前はエロ本を探してただけだろ。ほとんど俺がゴミを袋にまとめて縛って掃除機かけて窓開けて布団干してただろうが」
「洗い物は私がしましたけどね。その記憶容量の少ない脳味噌では他人の働きを記憶することができないんですか?」
「水を皿に反射させて仕事増やした奴がどんな働きをしたって?」
「そう言いながら私の服が濡れてブラ透けした部分、ガン見してたくせに」
「してねーよ、79!」
「今は81です!」
周りに人がいないのが幸いだった。いたら騒ぎになっていたかもしれない。
しかし、ここは公園のベンチ。いつ誰が来てもおかしくない。それを察した川島さんが俺と楓の間に入った。
「まぁまぁ、落ち着きなさい、2人とも」
「瑞樹さん、申し訳ありませんが少し……」
「じゃないと、知らない間に美優ちゃんが堕とされちゃうわよ」
なんの話? と思って俺と楓は三船さんの方を見ると、頬を赤らめて照れたようにポリポリと掻いていた。
「あ、あはは……」
……そういえば、結構恥ずかしいこと言ってたな俺……。思わず少し後悔していると、楓が俺をキッと睨む。
「むー……本当にあなたは人の神経を逆撫でするのが得意ですね……」
「うるせーよ」
また喧嘩が始まりそうになった時だ。川島さんが「じゃあ……」と口を挟んだ。
「もう二人とも会うのやめたら良いじゃない。お互いに嫌いなんでしょ?」
「え……」
「いやそれは……」
別にそこまですることはないでしょだって俺も楓も喧嘩したいわけではないしお互いが嫌いなわけでもないし俺だけかもしれないけど未練はあるし……。
そこで、俺の意識はハッとする。これはまさか……川島さんに謀られたか?
ふと川島さんの方に目を向けると、やっぱりニヤニヤしていた。
さらに三船さんの方を見ると、にこにこしていた。
まずい、と楓に視線を送ると、頬を赤らめて俺を睨んでいた。
「……なんでだよ」
「こっちのセリフです」
……なんでお前までそんな顔してんだ……? ホント、最近マジで楓が何を考えているのか分からない。表情は読めるが、思考まではどうにも……。
思わず見つめ合っていると、その見つめ合いがまた恥ずかしくなり、俺も楓も目を逸らした。
「じ、じゃあ……そろそろ俺は会社戻るから」
「そ、そうですね。私も……
帰ろうとする楓に合わせて、俺もコンビニで買った飯のゴミを袋に入れて縛る。
そんな楓が去り際、俺に声をかけてきた。
「あの……樹くん」
「何?」
「……次からは、私も
「……んっ」
自分でも肯定してんのか否定してんのかよく分からない返事をして、最後に三船さんと川島さんに小さく会釈して会社に戻った。
×××
仕事が終わった。手早く帰り支度を始める。終わったら直帰、という習慣が身についている。特に、今はうちにJCが二人いるし、早く帰ってやらんと部屋がどんな有様になっているか分かったものではない。
そう思って立ち上がると、デスクの近くに何人かの同僚が寄ってきた。
「加賀山」
「?」
顔を向けると、同僚の男が2人、立っていた。残念ながら名前は覚えていないが、とりあえず無視するわけにも行かない。
「お疲れ。なんか用?」
「お疲れ。来週の金曜は暇か?」
「なんで」
「合コンやるんだが……山田が来れなくなったから。人数合わせで良いから来れないか?」
え、合コン……? めんどくさ……。
「……俺たちも色んな奴ら誘って回ったが」
「そこまで嫌そうな顔を露骨にする奴は初めてだぞ」
‥‥悪かったな。普段は顔に出ないんだが、嫌な事はどうにも分かりやすいらしい。
「予定は無いんだろ?」
「それに、お前だって女に振られたとか言ってたじゃん、何年か前に」
まぁ、確かに来週にはアホ姉妹はいなくなっているし予定もない。楓との昼飯がいつになるかにもよるが……まぁ良いか。
「奢りなら良いよ」
「ええ〜……ただでさえ女の子にも奢る必要があんのに?」
「冗談だよ。いるだけで良いならいてやる」
「マジ⁉︎ サンキュー!」
「今度、飯奢るわ」
まぁ、こういう付き合いが人間関係を不器用にしないためのコツなんだろう。これ以上、楓と喧嘩しないで済むためにも。
「じゃ、早速、今から飲むか」
「良いね。そういや、加賀山と飲むの久々だよな」
「そう?」
「そうだろ」
「お前いつも知らない間にいなくなってんじゃん」
「今日はなんかいたけど」
「まぁ、そうだな。仕事早いし」
「殺せば良いの?」
なんて話している時だ。俺のスマホが震えた。
千川ちひろ『はじめまして。346事務所職員の者です。勝手とは思いましたが、久川凪さん、久川颯さんから連絡先を伺い、ご連絡を差し上げました』
事務所の人? なんだ急に。
千川ちひろ『凪ちゃんと颯ちゃんが疲れたから帰りたくない、との事ですので、迎えに来ていただけませんか?』
……なるほど。要するに、園児の送り迎えね。お世話になってる方々に迷惑かけるわけにもいかんし、了承するしかない。ホント、今日は厄日かよ。
了解しました、と短く返信し、スマホをポケットにしまう。
「悪い、今うちに居候してるバカ達を迎えに行かなきゃいけなくなったから」
「居候?」
「従姉妹」
「ああ、そうか」
「じゃ、また今度奢るから」
それだけ約束し、足早に退社した。
会社を出ると、千川さんから346事務所へのアクセスのURLが送られてきたので、それに従ってまずは電車に乗る。
幸い、電車一本で行けたため、面倒ではなかった。駅に到着し、URLを押して道順に歩くと、なんか城みたいなデッカイ建物があった。……え、何これ。宮殿? 石油王でも住んでんの?
「……え、ここを指してる? このURL?」
ぽかんとしてると、入口からアホ姉妹が千川さんと思わしき女性と一緒にやってきた。
「はじめまして。その二人の一応、保護者の加賀山です」
「はじめまして。千川ちひろです。すみません、お仕事帰り……でしたよね?」
「いえいえ、凪と颯がご迷惑かけてるでしょうから」
「すみません。タクシーをご利用でしたらお代はお出ししますが……」
「大丈夫っすよ。……おら、行くぞ」
声を掛けるが、二人は動かない。
「疲れた……予想以上にハードだったわ……」
「そこで質問です。いっくんは疲れている乙女に無慈悲に歩かせるつもりですか?」
「……」
こいつらが何を所望してるのか知りたくない。知りたくないが……惚けるのは時間の無駄だ。
「お前らでしがみつけよ。こっちは一本ずつしか腕がないから、完璧には支えてやらないからな」
「ありがと! いっくん大好き!」
「これだから居候はやめられない」
‥‥本当に調子良い奴らだよ、お前らは。まぁ、それはそれで可愛いもんだ。強引に2人をおんぶし、帰宅した。勿論、次の日は筋肉痛だ。