その日の夜。凪と颯をおんぶし洗濯物を畳みタンスにしまい、お風呂を沸かし、晩飯を三人分作って食べてようやく休める樹は、ヘトヘトになってソファーに倒れ込んでいた。
全国の主婦はこんなことをしていたのか、と感動してしまった。まさか全国の父親の気持ちより先に、全国の母親の気持ちを知る事になるとは思わなかった。
しかも、この二人はもう中学生だ。だが、全国の母親は彼女達のようなそれなりに生活が出来る子達ではなく、右も左も分からない赤ん坊の頃から育てているって事だ。母は強しというか、もはや最強生物である。こりゃハリーの母親もアバダケダブラを跳ね返せるわ、と納得してしまった。
今日はもう風呂入って寝たいが……まあ、そうもいかないんだろう。あの二人の今日の思い出話を聞いてやらねばならない。
それがなくとも、身体がゲームを求めてる。2〜3戦くらい良いだろう。
いつものように電源を入れてゲームを開始すると、カチカチと指を動かしはじめた。
「ふぅ……気持ち良いシャワーだった。まるで局所的集中豪雨のような」
「なー! まだ髪乾いてない!」
騒がしい二人が帰ってきたが、集中モードに入った樹には関係ない。割と武器によって強さの変わる樹は、スナイパーライフルのような遠距離武器は苦手だ。そのため、初手ではショットガンがサブマシンガンを好むのだが……拾えなかった。手に出来たのはP2020とかいうハンドガンだけである。
「やばっ……」
しかも、目の前に敵が。ボディアーマーも無いしこれは死ぬ。慌てて逃走を始めた。
飛び降りて建物を使って銃弾を回避し、別の建物に移動する。足音がするため、まだ追ってきているようだ。
そこで、オクタンのアビリティでダッシュし、一気に距離を離す。そこで岩を壁にし、しゃがんで銃を構えた。壁と距離があれば、後は弾を当てるだけで勝てる。
パンパンパンッと中距離から射撃戦を繰り広げていると、隣に凪と颯が座った。
「お待たせー! お風呂どうぞー!」
「むむ、相変わらず人殺しが上手いですね」
「人聞きが悪過ぎてビビるな……」
空いたのなら、この一戦が終わったら今日はやめようと思いつつ手を動かしていると、一本道でフラットラインとディヴォーションを持つ敵二人に挟まれてあっさりと死んだ。
「あっ」
「あら……早くない?」
「まぁ、こんなもんだろ」
一応、味方がバナーを拾って復活させてくれるかもしれないので、コントローラだけ放置してその場でのんびりした。
暇になった、と見るや否や、早速、隣の颯が口を開いた。
「ね、聞いてよいっくん! 今日ね、色んなアイドルと会えたんだ!」
「へー。例えば?」
「本田未央ちゃんと、島村卯月ちゃんと……あと高森藍子ちゃん!」
「みなさん、暇そうにラウンジでコーヒーを飲んでいましたね。多分、お砂糖入りの」
「ふーん‥……やっぱ何、アイドルって実際の姿とテレビじゃ違ったりしたんか?」
「全然、みんな良い人だった」
「コーヒーを奢ってもらってしまいました」
意外だな、と思わないでもなかった。それとも、高校生は使い分けできるほど器用ではないのか……や、まぁ楓や瑞樹、美優だって割とまんまだし、案外、裏表があるという方が出鱈目なのかもしれない。
「あ、あとかーちゃんとも会った」
「え、おばさんが?」
「違います。楓さんのことです」
「おい、紛らわしい呼び方すんな」
一瞬、マジでビビった樹だったが、確かに2人がよく採用する呼び方を考えれば「かーちゃん」となる。それでもやめて欲しいが。
しかし、凪も颯も「そんな事私らに言われても……」みたいな顔で目を合わせた。
「でも……そう呼ぶように言ってきたのは楓さんなのですが」
「それね。まぁ、はーもなーも断る理由なかったし面白かったから良いけど」
「呼んだらとても嬉しそうにしてくれていましたよ」
「あいつホント何考えて生きてんだ……良いから俺の前ではやめてくれ」
思わずため息をつく樹。元カレと一緒に暮らしてる女の子に自分を母ちゃんと呼ばすか? と。楓なら絶対にかーちゃんが母ちゃんに脳内変換されているはずだし。
ゲンナリした表情を浮かべていると、凪が思い出したように言った。
「あ、かーさんで思い出しました」
「それも俺の前ではやめろ」
「『楽しみにしています』だそうですよ?」
「……」
相変わらず、なんて事してくれたのか。普通、この姉妹に言伝を頼むか? そんなことをすれば……‥。
「何、進展あったの? かーちゃんと⁉︎」
「寄りを戻すのですか?」
こうなる……。
画面では味方がバナーを入手してくれている所だ。しばらくかかりそうだし、逃げきれそうもない。
「そんなんじゃないよ。ただ、昼飯の約束をしたってだけ」
あれが約束に入るのならな。
「でも、いっくんは未練があるんでしょ?」
「み、みみみ未練? そそそそんなのねーから」
「なんで無表情でそこまでドモれるの……?」
喧しい。……なんて思っている間に味方がやられ、部隊は全滅した。もう今日はいいやと思い、ゲームの電源を切って風呂場に向かった。
「あれ、もうやめちゃうの?」
「ていうか、かーさんの話はいいんですか?」
「いいんだよ。大人同士の話に首を突っ込むな。……ただでさえ今日は厄日だったんだ」
「何かあったの?」
「来週、合コンに誘われたんだよ」
「「……は?」」
「山田が抜けた人数合わせとかなんとか同期の奴に。だから、今日はちょっと寝かせて」
疲れでどうでも良くなってきた樹は、そんな事を言いながら入浴した。明日も朝から仕事だし、今日は早く寝たい。
×××
翌日も、凪と颯は2人で事務所へ来ていた。これからレッスン、それまでの間にしばらく事務所のどこかしらでのんびり……していなければならないのだが、新人だからか何処で時間を潰せば良いのかわからない。ラウンジは多分、他の人が大勢いるし、あまりのんびり出来なさそう。
「どうしましょうか」
「暇な時は屋上も良いとかPちゃんいってなかった?」
「そうですね……中々にエキセントリックです」
そう言って移動しようとした時だった。その2人を見かけた高垣楓が声をかけた。
「お二人とも」
「あ、かーちゃん!」
「かーさん、お疲れ様です」
「ふふ、はい。母ちゃんです」
アホな自己紹介をしてから、改めて質問した。
「どこへ行くのですか?」
「屋上に行こうと思って」
「ラウンジは埋まっていそうなので、時間を潰せる所を探しているところです」
こういう時、普段、何を言っているか分からない凪の方が上手く状況を説明してくれるので、やはり姉なのだなと思いつつ……屋上はあまりオススメ出来なかった。今は暑いし、これからレッスンであればそういう環境に置いておくのはオススメできない。
「ラウンジでしたら、空いていると思いますよ?」
「なんと、そうでしたか」
「この時期はグラビアやドラマの撮影で忙しいですからね。事務所に残っている子が少ないんです」
夏なので、楓も近いうちに水着になる事だろう。プロデューサーも右往左往している。
「では、ラウンジに行きますよ、はーちゃん」
「そうだね、なー。かーちゃんも一緒に行きません?」
「良いんですか?」
「はい!」
「分かりました。母ちゃんも行きましょう」
ニコニコしながら当然のように返事をした。三人はラウンジに移動し、かーちゃんの奢りでジュースを購入して席に座る。
「おうちでの樹くんはどんな感じでした?」
早速、楓が声を掛ける。ぶっちゃけた話が「かーちゃん」と呼ばせてみれば、絶対に樹がリアクションを起こすと思ったから聞いてみたかったのだ。
その問いに対し、2人は昨日の樹の事を思い返す。
「なんか、疲れてたよね」
「そうですね。合コンに行くとかなんとか……」
「……は?」
楓の頬が、ひくっと吊り上がった。
「ど、どういう事……?」
「同期の人にどうしても頼まれたそうですよ?」
「人数合わせって……」
なるほど、と理解した楓は頭に血を上らせたままスマホを取り出した。勿論、邪魔をするに決まっている。そのためにはまず情報収集だ。
×××
「へ? わ、私の元同期の話ですか?」
ドラマの撮影の休憩中、美優にそんな電話がかかって来た。相手は言うまでもない。
『はい』
「急に言われましても……。結構な数……でもないですけど、7〜8人はいましたから」
『女性をのぞいて下さい』
「それでしたら……4人……あ、加賀山さん入れて4人、かな?」
4人……確かに人数的には合っている。何人の合コンかは知らないが、そういうのって3〜5人というイメージがある。1人減って、人数は3人、さらにそこから樹を減らせば、残った2人が誑かした犯人である。
『名前は?』
「……あの、何故急にそんな事を?」
『なんとなくです。最近、樹くんは同期の方と仲良くしているそうなので』
「まぁ! そうなんですか?」
嘘である。そんなわけがない。しかし、それにも騙される美優はやはりチョロい。近くに瑞樹や早苗がいたら頭を抱えそうなやり取りだ。
「えーっと……長谷川さんと山田さんと長野さんですね」
『よく飲みに行かれてたんですか?』
「そうですね。加賀山さんはあまり来ませんでしたが」
『樹くんらしいですね……。てことは、他の三人の誰かが幹事を?』
「はい。よく幹事をして下さっていたのは長谷川さんです」
『分かりました。では撮影頑張って下さい』
「もう切るんですか⁉︎」
まだ飲み会での様子も話していないのに切られてしまった。なんだったのかいまいち、分からなかったが、休憩も終わりの時間なので、そろそろ集中することにした。
×××
片桐早苗は都外に来ていた。及川雫、堀祐子の2人と温泉のリポートに来ていた。
しばらくのんびりし、ようやく休憩時間となったのでスマホの電源を入れる。こうやって経費で温泉旅行が出来るのは、とても良い仕事だと感じる。
「……あら?」
着信があったようだ。相手は高垣楓。例の元カレくん関係かな? と思いつつ、とりあえず応対した。
「もしもし?」
『早速で申し訳ないのですが、社会人になってから合コンとかしましたよね?』
「喧嘩売ってるの?」
出鼻から顔面に馬糞をダンクするような問いに、思わず本性が漏れた。主に、喧嘩っ早い部分の。
『違います。ちょっと今、調査中でして』
「何を?」
『敵と戦地について』
「あなた何する気なのよ……」
普通に逮捕状を渡さざるを得ない事態にならない事を祈るしかない。
「犯罪になるようなことは答えないわよ」
『そんなこと聞きません』
「じゃあ何?」
『いえ、社会人になってから、合コンの幹事になったとして……どこのお店を選びますか?』
「はぁ? 楓ちゃん、合コンでも開くつもり? プロデューサーと加賀山さんが泣くわよ?」
『逆です』
「え?」
『樹くんが合コンに参加するつもりなんです』
なるほど、と話が見えてきた。要するに楓は邪魔しに行くつもりなのだろう。気持ちは分からないでもないので、一応、教えてあげることにした。というか、教えないとしつこく電話して来そうだったから教えざるをえない。
戦地、という以上は店の場所を知りたいのだろう。なら、あくまで合コン経験者の一般論として教えておこう。
「そうね……まぁ、あくまで私目線になるけれど、良いかしら?」
『はい』
「その幹事の人にもよるけど、女性を歩かせるようなことはないと思うから、駅から近い場所ね。それと、お酒のメニューが豊富なとこ。詳細は分からないけれど……こんなとこかしら?」
『なるほど……ありがとうございます』
「……ほんとに犯罪になるようなことはしないでね?」
『
「しないでね⁉︎」
不安になるダジャレだった。
×××
さて、情報はだいたい揃った。後は、どの店を選んで来るかだが……まぁ、本人を問い詰めれば良いだけの話だ。この時点で他の2人から情報収集した理由がなくなるが、気付かないのはやはり楓だからこその所以とも言える。
早速、電話をしようとスマホを取り出した時だ。
「……へ?」
逆に電話がかかってきた。それも、加賀山樹から。とりあえず電話に出る。ちょうど良い機会だし、応対する事にした。
「もしもし?」
『あ、楓?』
「ど、どうしたんですか? 急に電話なんて……」
『今晩、暇?』
「え?」
急に電話とはどうしたのだろうか? まさか、デートの誘いとか?
「暇ですけど……どうしたんですか?」
『晩飯一緒に食おうぜ』
「……はえ?」
本当にデートの誘いだった。かえで は あたまが まっしろになった。