高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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遅くなりました。


楓さんの休日(3)

 樹の私服選びが終わり、楓と瑞樹は2人で飲みに来ていた。本当は樹も誘われていたのだが、従姉妹2人にも夕飯をやらなければならないため帰宅した。

 その日、一言も元恋人と会話しなかった楓に、瑞樹は気になって尋ねた。

 

「良かったの? あれから一言も話さなかったけど」

「……」

 

 無言で答える楓。後悔してるのが一発で分かった。

 

「……だって、なんかこっちは腹を立ててるのに楽しまれていたなんて……口を開けば喧嘩になってしまうので、黙っててやりました」

「いや『やりました』とか言われても……」

 

 苦笑いを浮かべるしかなかった。何故、少しドヤ顔なのだろうか。

 

「まぁ、本音を言い合えているんだから良いんじゃない?」

「いえ、良くありません。そもそも、なんで私が妹なんですか」

「あ、本当にそこで疑問に思ってたんだ……。何、恋人って言われたかったわけ?」

「違います! ……いや、違くないですけど……」

 

 少し頬を赤らめると、すぐにコホンと咳払いをして答えた。

 

「‥……わたしの方が姉でしょう」

「え、そこ?」

「そこです!」

 

 当然、と言わんばかりにそう言う楓に、瑞樹は頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てた。

 

「あなた達……相性が良いのか悪いのか……」

 

 今日の勝負服の買い物だって、お互いに会話しなかった。全部、瑞樹を通してお互いに通じ合っていた。軽い通訳の気分である。

 その癖、服装は全て楓が選んだのだから本当に面倒臭い話だった。ちなみに、お陰で合コンの会場が分かったのはラッキーだった。

 それを思い出し、気になった瑞樹はビールを一口飲んでから尋ねた。

 

「……それでー、本当に邪魔しに行くの?」

「いえ、邪魔なんてしませんよ?」

「え?」

 

 しないの? と言わんばかりに首を傾げる瑞樹に楓が答えた。

 

「しませんとも。近くの席で見ているだけで」

「あ、行くには行くのね」

「だって調べてみたらそこのお店、お酒が美味しそうなんですもの」

「しかも飲むのね」

 

 もはや呆れるしかなかった。あまり素面で付き合っていると、疲れて来るのは自分の方だ。さっさとほろ酔いになりたい。

 

「しかし、加賀山さんも中々、奥手よね」

「奥手っていうか、チキンなだけですよ」

「へ?」

「未練があるなら、最初からそう言ってくれれば良いのに」

「ブフー!」

 

 思わず瑞樹は吹き出してしまった。

 

「ち、ちょっ……かっ、楓ちゃん⁉︎」

「だって瑞樹さんも思いません? なんかねちっこいんですよ、あの人は昔から。よりを戻したがっている割に手を出して来ませんし。せっかく何度か顔を合わせてるのに……部屋のお掃除までしてあげたのに」

「いやいや、そういうことじゃなくてね?」

「というか、気付かないものですかね? いくら私の方からフッたからって、割とそれなりに好意を伝えていたつもりでしたのに……」

「お願いだから聞いて」

 

 もうガンガンと当然のように愚痴をぶちまける楓を見て、瑞樹は混乱気味になりながらも、とりあえずその愚痴を止めた。

 一応、慎重に恐る恐ると楓に尋ねてみることにした。

 

「……もしかして、気付いてたの? 加賀山さんが、楓ちゃんに未練があること」

「気付かないわけがないでしょう。あんな分かりやすくて」

「……」

 

 なんか、今聞いてはいけないことを聞いた気がした。

 

「私、こう見えてもそういうの敏感なんですよ?」

「知らないわよ……。え、じゃあ……楓ちゃんはまたお付き合いをするつもりがないの?」

「ありますよ?」

「ええぇへ?」

 

 もう目の前の少女な成人女性が何を言っているのか分からなかった。

 

「どういう事なの?」

「いや……その、なんでしょうか。まぁ……ほら、彼女が出来てから合コンに行くのは樹くんも気を使わせちゃうかと思いま」

「ああ、自分から告白するのは少し恥ずかしくなるってことね」

「……」

 

 秒で見抜かれた。思わず黙り込む楓に、瑞樹は質問を続けた。

 

「いつから気付いていたの?」

「瑞樹さんに呼び出されてスタバで樹くん達と合流した時です。前々から未練ありそうな空気は感じてましたが『俺は巨乳好きだっつってんだろ! 貧乳が俺の彼女になることは……あ、あるけど……』の台詞で確信しました」

「あー……なるほどね。ていうか、よく覚えてるわね。そんなセリフ」

「基本的に少し嬉しかったセリフは全部覚えてますよ?」

「……病んでる?」

「なんでですか」

 

 そう思われても仕方ないが、楓は不服そうだった。

 

「で、どうするの?」

「何がですか?」

「や、告白の話」

「しませんよ?」

「え、し、しないの?」

「しません」

 

 思いの外、はっきりしたセリフに瑞樹は怪訝な表情を浮かべつつ、机の上のおつまみを口に運んでから聞いた。

 

「どうして? さっき言ってたみたいに恥ずかしいから?」

「違います。別に恥ずかしくありませんし」

「あ、そう」

「ただ……こうしてまた再会して恋をしているような気分に浸れているんですから、もう少しくらいそれを堪能していても良いと思うんです」

 

 そう答える楓の表情は赤くなっているものの、照れや羞恥などは見られない。純粋に、初恋のような気分に浸っているような、そんな表情だ。

 

「でもそれ、加賀山さんの方からしたら冗談じゃない、って感じなんじゃない?」

「いえいえ、樹くんはなんだかんだ言って許してくれますから」

「あのね……あんまり苦労をかけないの。加賀山さんだって今でも楓ちゃんに対してドギマギさせてるんだから」

「……」

 

 それを言うと、楓は少し悩んでいるような表情になりつつ、ビールを手に取った。

 

「んっ……ごくっ、ふぅ……でも、告白は無理です……」

「恥ずかしいからなんでしょ?」

「いえ、ですから違いますって」

 

 そういうとこは意地っ張りなんだな、と思いつつ「じゃあ」と続けて聞いた。

 

「もし、合コンで加賀山さんが女の人を持ち帰るようなことになったら?」

「ならないので大丈夫です。驚くほどチキンなので」

「でも、会社の同僚さん達はみんなフられたこと知ってるんでしょう? 酔ってる時に優しく慰められたらって事も……」

「大丈夫です。樹くんより強い人、見たことないので。樹くんが惑わされる程度に酔った時には、周りの人はみんな意識はありません」

「……」

 

 全て論破されたわけだが、瑞樹は意外そうな顔で楓を見ていた。

 

「……スゴい信頼してるのね。ホント、なんで別れちゃったの?」

「ですから、私が若かっただけです。結局、樹くんの事を考えてあげられなかったから……」

 

 そう呟くと、楓はビールを一口飲んでからさらに呟いた。

 

「……そういう意味では、私はあの時から成長していないのかもしれませんね。結局、頭ではわかっていても嫉妬して、彼に怒りをぶつけてしまってますから」

「あー……」

 

 自分のことが好きだ、と分かっていても、その相手が別の女の子と仲良くしているのを見るのは良い気がしない。

 

「大丈夫よ」

「そうでしょうか?」

「彼は楓ちゃんが成長してるなんてカケラも思っていないと思うから」

「……そういうことを言われて、彼に対してイラっとしてしまうのが成長してない証拠ですよね」

 

 何故、樹にイラっとするかって、実際に樹はそういう事を思うタイプだからだった。仲良くなって間もない時こそ自分の生活態度を正そうとしていたが、一月経過した時には諦めて、お節介焼きでシスコンの兄のようにお世話をするようになった。

 ……当時のことを思い返すと少しムカつく。諦められた時、それに気付かずにずっと樹に甘えていた自分に。

 

「そういえば、加賀山さんは家事とか出来るんだっけ?」

「はい。この前、久々に遊びに行った時の部屋は酷いものでしたが、前はかなり綺麗好きだったはずでしたけど……」

「まぁ、好きな子にフラれたらそうなるのも分かるわよね……」

 

 割と彼女にフラれただけでナイーブになる男もいて、生活リズムが崩れたり、酒やタバコのような別の方向に拠り所を探す男も多いらしい。逆もまた然りだ。

 飲んだくれなかっただけマシと思えるかもしれない。

 

「ただ、一つだけ気になることがあって……」

「何?」

「タバコの吸殻が一つもなかったんです」

「タバコ吸ってたんだ」

「はい。学生時代はかなり吸ってて、酔った時に『タバコ臭い』って言って泣かしてしまったこともあります」

「なんてことを……泣くの⁉︎ あの人が⁉︎」

 

 実は宇宙人でした、と言われたような反応を見せる瑞樹だが、それ以上に説明するつもりのない楓は続けた。

 

「だから、どこか様子がおかしい気がして……」

「そんなの簡単じゃない」

「分かるんですか? 瑞樹さんに? 私の元彼のことが?」

「一々、言葉にトゲをまぜないの……。ていうか、本当に分からないの?」

「え?」

 

 キョトンとしている。表情を作れるほど器用ではない楓には本当にわからないみたいだ。

 

「鈍感なのはお互い様みたいね」

「どういう事ですか?」

「いや、普通に考えたら彼女にフラれて、自分を見つめ直して、思い当たる所から直していったって事だと思うけど」

「え……?」

「楓ちゃんが家事を覚えたのと一緒よ」

 

 それを言われて、楓は少し照れたように顔を背けて酒を口に含んだ。それを何もかも見透かしたように微笑んだ瑞樹は、まるで茶化すようにニコニコしながら言った。

 

「ふふ、似た者同士ね」

「……」

 

 頬を赤らめた楓は小さくため息をついた。その口からは言い訳も誤魔化しも出て来ない。

 代わりに漏れたのは、質問だった。

 

「瑞樹さんは……やはり、早く付き合った方が良いと思いますか?」

「そりゃねぇ。どちらかというと、加賀山さんの方が気の毒だし」

 

 正直過ぎる回答に少し引いた。

 

「……ま、それを外しても、あなた達は友達以上、恋人未満の関係を続けるべきでは無いと思うし」

「どうしてですか?」

「一つ、見てるこっちがヤキモキするから。二つ、美優ちゃんに被害が及ぶから」

「……」

 

 全て外的要因によるものだった。しかし、そこまで言われたら勇気を振り絞るしかない。いや、結果が見えてるのに何故、勇気を振り絞る必要があるのか。

 

「‥……分かりました。では、思い切って今夜、想いを告げてみます」

「それ、ダジャレになってないからね? ……って、今夜⁉︎」

「はい。早い方が良いんでしょう?」

 

 そう言うと、早速呼び出そうとスマホを取り出す楓。しかし、その楓を瑞樹が止めた。

 

「待って待って、落ち着きなさいって。本気?」

「はい」

「……万が一、フラれたら?」

「あり得ません」

 

 やたらと自信満々になった楓は、スマホに番号を入力‥‥しようとしたが、その手が止まった。

 

「……飲み会が終わってからにします」

 

 酒の勢いに任せる気だ、とすぐに瑞樹は理解した。

 

 ×××

 

 しかし、緊張している時ほど中々、酔えないもので。結局、テンションがハイになる前にお開きになってしまった。

 

「はぁ……どうしましょう……」

 

 せっかく、あの朴念仁に告白しようと思ったのに。思い立ったが吉日とは言うが、いざ目の前にしてしまうと尻込みしてしまう。

 おかしい、学生時代はこんなんじゃなかったはずなのに。……いや、告白したわけではなかったが。

 ……まぁ、焦る事はない。今、告白しても合コンが控えてて女子中学生の従姉妹を預かってるし困らせてしまうかもしれない。

 自分をなんとか納得させてスマホをポケットにしまおうとした時だった。

 電話がかかってきたことになり、スマホを落としそうになるくらい肩が跳ね上がった。

 

「ーっ⁉︎」

 

 名前は加賀山樹。どういう事かと思ってしまった程だ。

 もはや軽いパニックだが、とりあえず応対せねばなるまい。画面をタップして応答した。

 

「も、もしもし?」

『楓か?』

「は、はい……。あの、何か? 告白ですか?」

『は、はぁ⁉︎ なんで告白? するわけないじゃん。ぜ、ぜんぞん未練なんかねーし』

 

 動揺が収まりほっこりしてしまう程に動揺されてしまった。そういえば、彼の気持ちがバレてる事は、まだバラしてなかった。

 

「それで、何か?」

 

 ちょうど良い機会だ。「今から会える?」みたいな内容ならその時に告白させてもらおうと思った。まぁ、彼にそんな展開を期待するのは無駄なのだが……。

 

『今からうちに来れる?』

「……ひえ?」

 

 悲鳴にも似た嗚咽のようなリアクションが漏れた。

 

 ×××

 

「……こんばんは」

「悪いな、こんな時間に」

「はい、頼まれていたものです」

「さんきゅ」

 

 ビニールを渡し、お礼を言う樹。

 凪が疲れからか、風邪でダウンした。今日、迎えに行って帰って来たら、いつもよりやたらと元気が無く、凪の銀河の彼方にある思考回路のキレが悪かったので、熱を測ってみたら三十八度を超えていた。

 本当は樹が買いに行くつもりだったが、眠っている間の凪が手を離さなかったため、楓に頼む他無かった。

 

「なー、平気?」

「……中枢システムに損傷アリ……」

「お前は精密機械じゃない。そんなに多機能性抜群じゃないだろ」

「はーちゃん、いーくんをしばく許可を出す……」

「もー、いいから安静にしてて」

 

 今でこそ目を覚まし、樹の手を離してくれたものの、両親がいない場所で早速、体調を崩したもんだから、凪だけでなく颯も割と不安になっている。

 

「……大丈夫なんですか?」

「大した熱じゃない。でも……まぁ、不安なんだろ。親元を離れて早速、風邪を引いたから」

「そうですか……」

 

 そう言いつつ、楓は不満げな表情だ。当たり前だろう、何せ告白を諦めた矢先に電話がきて、期待したのも束の間、パシリである。

 

「……どうした?」

「いえ、別に。……まぁ、そういう事情でしたら仕方ありませんが」

「怒ってる?」

「怒ってません」

 

 本当に怒っていない。実際、怒れる事でも無い。風邪を引いたのは仕方ないし、子供を預かっている以上、キチンと面倒を見なければならない。

 だから、怒っていない。なんとなく納得いかないだけだ。

 

「本当に怒ってません。……強いて言うなら、タイミングの悪さにイラっとしただけです」

「は?」

 

 何の話か分からない樹はキョトンとするだけだ。

 

「気になさらないでください。本当に」

「まぁ良いけど……あ、そうだ」

「なんですか?」

「俺、とりあえず明日明後日は仕事休むことにしたわ。あと慣れない東京の生活で保護者の目がないのは本人が大変だから、凪と颯も治るまでうちにいるから。だから、合コンも断った。……来週の飲み会奢りを引き換えにして」

「へ? そ、そうですか?」

「そう」

 

 急に何の話だろうか? といった考えが顔に出ていたからだろうか、樹は頬をかきながら答えた。

 

「や、合コンに行くっていうの報告しなかったら怒ってたから。行かなくなったって事も報告しておいた方が良いと思って」

「あっ……」

「知りたくなかったなら忘れてくれて良いから。……おい、風邪移るだろ。離れろ」

 

 そう言うと、樹はふいっと目を背けて凪の布団に入ろうとする颯を止めた。

 合コンに行かないという話を報告された、それだけで楓は少し嬉しくなってしまった。少し俯き、頬をほんのりと赤く染める。本当はもっと長くいたい、一緒にこのまま宅飲みしたい、なんなら一泊したい。

 しかし、そうもいかない。風邪を引いている居候がいるのなら早めに退散するべきだ。

 

「……樹くん」

「何?」

「また今度、飲みにいきましょうね。奢りで」

「……へいへい」

 

 その約束を取り付けて、楓は帰宅した。

 

 


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