夜中、寝惚けた楓が目を覚ましたのは、トイレに行きたくなったからだ。寝る前の記憶が全く無いが、何故か樹の全裸だけは脳裏に焼き付いている。いつこんなもの見たっけ? という感じなのだが、そこは思い出せない。ただ、とりあえず樹の裸を見たことだけが頭に残っていた。
まぁ、そこは良い。良いもの見たと思えば何の問題もない。だが、それ以前になんで泊まってるんだっけ? という感想が頭から離れない。昨日、飲み過ぎた……というか、樹に潰されたのは覚えているが、それ以降の事はあまり覚えていない。
まぁ、でも自分はちゃんと服を着ているし、変なことはされていないのだろう。樹はアホみたいにヘタレだし、元々心配もいらないが。
何にしても、さっさと用を済ませてもう一度、寝よう。ベッドから降りて部屋を出ると、居間の電気がついていた。そこでは、まだ樹がゲームをしていた。
真顔で何やら見覚えのないゲームをやっている。変な仮面と黒いコートで、警備員の肩の上に飛び乗って仮面を剥がし、敵との戦闘が始まった。
「……何のゲームですか?」
「うおっ……何、起こした?」
「いえ、おしっこに行こうかと」
「アイドルがおしっことか言うなよ……てか、それならさっさと済ませて来たら?」
「はい」
そう言う通り、まずは用を足した。寝巻きのジャージとパンツを脱いで便器に跨る。そういえば、付き合いたての時は彼の家でトイレを借りるのもなんだか恥ずかしかったなぁ、としみじみ思い出してしまった。今では何も感じることはないが。
さて。トイレを出て、夜中にまでゲームをやっている樹の様子を眺めた。相変わらずつまらなさそうに見える楽しそうな表情でコントローラのボタンを押している。
その表情が、実は子供っぽい顔である事を知っている楓は、しばらく眺めていたくなった。
「……ふふ、楽しそうですね?」
やっぱり声を掛けてしまった。手持ち無沙汰になってしまったので構って欲しかった。
「ん、まぁね」
「……隣、行っても良いですか?」
「良いよ」
特に断る理由もない樹としては、許可を出さざるを得ない。隣に楓が座ったことにより、少し樹の顔色が変わる。本当に些細な変化だが、楓がそれを見逃すような事はない。
だが、わざわざからかうような真似をすることもなく、樹の肩に自分の肩をくっ付けた。
「……何のゲームですか?」
「ん、怪盗」
「泥棒ですか?」
「そう。まぁ、窃盗罪にはならん奴だけど」
「あら、警察にツテが?」
「いやいや。無駄なリアリティを求めるなよ。盗むのは相手の心だから」
「……え?」
思わず楓の表情が引きつった。まさか、樹ともあろうものが恋愛シミュレーションゲームに手を出したのだろうか? 他人の趣味にどうこう言うつもりは無いけど、もし自分にフラれた所為でそういうのに染まったのだとしたら、流石に申し訳なくなってしまう。
「……い、樹くん……」
「勘違いするなよ。ギャルゲじゃなくて、悪人の歪んだ欲望を盗んでまともな人間にするって話だ」
「下手に誤魔化さなくて結構ですよ?」
「じゃあお前にはこの絵面がギャルゲに見えんの?」
そう言う通り、画面では人間と変なモンスターっぽい敵が戦闘を繰り広げている。
「では……どういうことですか?」
「説明したら複雑なんだけど……要するに頭のおかしい奴の心の中に入り込んで歪みの原因を盗むとまともになるっていう話だよ」
「なるほど……さっぱり分かりません」
「だろうな」
樹としても説明する気は無い。中々に複雑な設定だし、何より面倒くさい。教えるにはプレイさせるのが一番早い。
「……あ、やってみる?」
「良いんですか?」
「寝なくて良いなら良いよ」
「やりましょう!」
「あ、やるんだ……」
元気に答えられたが、まぁ想定の範囲内だった樹は、プレイ中のデータをセーフルームに入れてタイトルに戻った。やるなら最初からだろう。
コントローラを楓に手渡しながら、樹は意外そうな顔で呟いた。
「にしても……楓も随分とゲーマーになったな。P5なんて興味無いと思ったのに」
「ふふ、ゲーマーにした方が言うことですか?」
「いやいや、それは俺の所為じゃないでしょ。楓にその素質があっただけで」
その返答は違う、と楓は少しいらっと微笑んだ。まぁ、目の前の人は鈍いのか鋭いのか分からない人なので、期待するのはやめておいた方が良い。むしろ、たまにはハッキリ言ってみても良いかもしれない。
「違いますよ。あなたがゲーマーだったから、私は今、こうなったんです」
「……」
流石に伝わったようで、思わず手を止める樹。そんな固まった元彼を見て、クスッと微笑みながら、まるで翻弄しているかのようにゲームの話に戻った。
「それで、ここからどうすれば良いんですか?」
「え? あ、ああ。とりあえず移動な。モルガ‥‥右下の黒い猫の言う通りに逃げな」
「逃げ……?」
「ていうか移動」
「あ、はい」
移動を開始した。カジノ内部を移動していると、戦闘が始まり、不敵ににやりと微笑むジョーカー。
それを見て、楓は少し愉快そうに微笑みながら言った。
「なんかこの人、樹くんに似てますね?」
「え、俺こんな厨二っぽく見える?」
微妙にショックだった。少なくとも、このゲームの中ではせめて丸喜先生くらいに思われたいものである。
ゲームを進め、初戦闘が開始される。それを見ながら、樹は何となく呟いた。
「そーいや……お前さ、今はどんな仕事してんの?」
「エイガオンで、映画・オンステージ! ……え? なんですか?」
「や、だから仕事」
「ドラマの撮影とかライブとか写真撮影とか、ですね。実は今度、海に行くんですよ」
「……え、そうなん?」
あまりにあっさりしたカミングアウトに、思わず隣でコントローラをカチカチといじる楓の方を向き直る。
「勝ちました!」
「え? あ、うん。じゃあ、ムービーの後にまた移動あるから。それに従って」
説明しつつ、樹は隣の楓の手元……‥ではなく胸を見下ろす。
アイドルが海で写真撮影、これは間違いなく水着であり、そしてその写真集だろう。それがソロなのかデュオなのかスクワッドなのか知らないが、何れにしても不安な事が一つある。
「え、貧乳晒すの?」
「ブレイブザッパー!」
「ゴフッ‼︎」
コントローラで頬を殴られた。人のもので人を殴るな、と思ったが、まぁ確実に自分の配慮が足りなかったので何も言わなかった。
「相変わらず早いですね」
「……いきなり殴ることないじゃん……」
「喧しいです。……こう見えて、少しずつ育ってはいるんですからね?」
「それがおっぱいに見えるのに何百年掛かるんだろうな」
「もう一発行きます?」
「ごめん、うそだから振り上げたコントローラを戻して」
そうこうしている内に、主人公が警察に捕まってしまった。
しかし、それに気を向けることはなく、楓は樹の方に体重を掛ける。
「そんなに言うなら、ご一緒にどうです?」
「え? 何が?」
「海。……とまではいかなくても、プールとか」
「……は?」
え、何それ。と言わんばかりに惚ける樹に、楓はしつこく迫った。
「言っておきますけど、学生時代の私とは違いますからね。胸だってお尻だって、少しずつ成長しています。大きいのは身長だけではないんですから」
「ええ……や、そういうんじゃなくて」
「ゲームばかりやってる樹くんとは違って、トレーニングもしていますから。お腹だって出ていませんよ?」
「うん。だから聞いて話」
「どうですか?」
「……」
これはー……と、樹は冷や汗を掻く。少しからかい過ぎたのかもしれない。もしくは、深夜テンションでアホなこと抜かしているだけか。
何にしても、樹の答えは一つだけだ。
「出掛けたくないけど水着は見たいから、水着姿のままうちでゲームやれば良くね?」
「よくわかりました。誘拐という手段を持ってしても、確実にプールに連れて行きますね」
こうして見事に地雷を踏み抜いた樹は、プールに連行されることになった。
なんかどういう展開にするつもりだったのか思い出せないので、新しく考えます。