高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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夏は色んなものを熱くする。
精神的暗殺術。


 夏の遊び場というのは、大概が水の近くだ。海、川、プール、それから……それ以外は思い付かないわ。

 川はあまり行ったことないけど、プールや海といった場所は何度か経験がある。プールは家族で、海は楓とだ。

 なので、久々に来た今、改めて思う。ここは社会人が遊びに来る所ではない。

 見る所見る所、目に入るのは学生。それも、自費で海に行けない小学生〜中学生の少年少女達だ。たまに高校生や大学生くらいも混ざっているが、目に入る大人は全員、子連れである。

 さてさて。そんなプールにやって来た社会人組の俺達は。

 

「かーさん、見てて下さい。はーちゃんと密かに編み出した必殺の飛び込み技」

「え、待って、なー。はーそれ聞いてない。ていうか、プールは飛び込み禁止だから」

「ふふ、見せて下さい」

「止めなよ!」

「エレクトリック☆バックドロップ!」

「いやあああああああ!」

「飛び込みはご遠慮下さい!」

「ェホッ、ェゲホッ……! ほら、怒られた!」

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「申せよ!」

 

 見事に馴染んでいた。バカ双子が付いてきたため、立派な親子連れになっている。全然、二人きりを邪魔されたとか、残念がってなんかねえからな……。

 で、中身は中学生が三人揃っているあのメンバーを止める術なんか俺には無い。飛び込みも開き直りもダジャレも止まるのを諦め、荷物番をしていた。普通なら必要ないんだけど、俺が今、守っているのはアイドルのバスタオルだから。3人とも水中メガネをかけたり、帽子をかぶったりして変装してはいるが、万が一バレた時に備えている。

 

「……はぁ」

 

 しかし、なんていうか……まぁ、なんだ。暑い。真夏の日差しは加減を知らないからなぁ……。休日ニートに日本晴れは大敵だ。

 パーカーを羽織り、荷物をまとめてある壁際にもたれかかりながら、頭にタオルを乗っけてボンヤリしているのだが、これはこれで暑い。かと言って、プールに入るわけにもいかない。

 や、来なきゃ良かった、なんて言ってるわけじゃないよ? 何せ、楓の水着姿が見れるわけだから。白基調で紐のあたりが水色のシンプルで落ち着いた色の水着は、これはもうよく似合っている。胸も落ち着いているのがまた良いんだなぁ。

 ……っと、あんまり楓を目で追ってると、本人からまたからかわれかねない。目を逸らそう。

 

「喉渇いた……」

 

 買っておいた飲み物を手にとり、一口飲む。炭酸が口の中で弾け、シュワシュワした感触が喉を伝っていった。ほ○よいじゃないヨ、ジンジャーだヨ。

 ふぅ、真夏の炭酸は美味い。家帰ったらビール飲みながらゲームやろうっと。そんな事を思っていた時だ。

 

「あのー、すみません」

「あ、はい」

 

 声を掛けられ、顔を上げると少し困った顔の監視員さんが立っていた。

 

「あちらの綺麗な方とお子さん二人、あなたの連れですよね?」

「あ、はい。そうですよ」

 

 さっきまで一緒にいたのを見られていたのだろうか。他人のフリしてたのに。や、まぁこんな女まみれのバスタオルの中に男がいたら、女が連れで、その荷物番してるって推理されてもおかしくはないだろうが。

 

「保護者の方なら何とか言ってくださいよ。あのどうしようもない馬……困った方達」

「良いですよ、隠さないで。あいつらどうしようもない馬鹿だし」

「いえそんな許可いらないので止めて下さい。せめて一緒に行動して下さい」

「とか言われましても……あいつら、俺の言うこと聞くタマじゃないですよ。特に一番デカい……あ、胸じゃなくて身長ね」

「聞いてないです」

「とにかく、背が高い奴、あれ一番バカだから。あれが率先してバカやってるから尚更……」

「他のお子さんが真似しては困るんです」

「……」

 

 ……うーん、そう言われると仕方ない気もするな。確かになし崩しに例外を許してしまうと、そこのプールの規律は緩い、と思われてしまうかもしれないしな。

 仕方ない。無駄だと思うが手がないことはないし、やってみようか。

 

「分かりました。やるだけやってみますね」

「お手数をおかけいたします」

 

 形だけのセリフですね。まぁ、そうなるのも分かるが。ま、荷物は盗られたら……その時はその時だね。貴重品は全部ロッカーだし、バスタオル盗られるくらい大ダメージではない。

 とりあえず合流しようとプールサイドまで歩いた。

 

「おーい、お前ら……」

「いっくん突撃部隊、出撃!」

「ちょっ、あぶっ……!」

 

 腕を凪と颯に引っ張られ、俺も結局飛び込むように引き摺り込まれた。やはり、プールの中はこうもクソ暑い日が続いていれば水の中は心地よいものだ。それ以上にいらっとしたが。

 咳き込みながら水面から顔を出すと、少し離れた場所にいる監視員さんがニコニコしていた。少し陰っているけど。すみませんね、いやホントに。でも俺の意思で飛び込んだんじゃないんです。

 

「……お前らなぁ。少しは大人しくしろ。怒られるの俺なんだからな」

「飛び込んでおいて何言ってんの?」

「引き摺り込んでおいて何言ってんの?」

 

 こいつら本当に……。

 

「楽しむのは結構だけど、節度は持てよ。分かるだろ、そのくらい」

「はい。それにしても、今日はありがとうございます。いーくん、デートの機会に連れて来てくれて」

「や、お前ホントまじ黙れ。分かった、俺が悪かったから大きな声でそれやめて」

 

 楓にきかれたらどうすんだよ。男らしくない人があまり好きではない楓に未練たらたらなんてバレたら、それはもう半殺しにされる。主に精神が。

 良いの、俺の気持ちは向こうに伝えないんだから。今更、元カレがダラダラと足を引っ張るのだけはごめんだ。

 しかし、そんな俺を見て二人のアホ双子姉妹はダメな男を見る目で眺めた。

 

「……なに?」

「いや別に」

「ヘタレですね」

「あのさ、濁すなら姉妹揃って濁してくんない?」

 

 なんなのこいつら。息あってるのかあってないのか分からないんだけど。いや、やっぱわかるわ。息合わせてないだけだ。だからタチが悪い。このやろう。

 

「……ところではーちゃん、なぎはウォータースライダーに乗りたいです」

「お、良いね。いっくん、はー達行ってくるね」

「二人でか?」

「そうだよ」

「覚えてるか? チャラチャラしたナンパ野郎に絡まれた時の対処法」

「身の危険を感じたらタマを蹴れ!」

「事務所とかに迷惑掛かるとか考えるな、まずは自分の身を守る事を最優先」

「よし。行っておいで」

「「了解!」」

 

 一緒にきたい、といった癖に別行動し始めた二人の背中を眺めた。なんだかんだ、逞しくなってんだな。あいつら。

 しみじみとそんなことを思っていると、隣にいる楓が俺の肘を控えめに摘んだ。

 

「何?」

「……なんてこと教えてるんですか」

「だってあいつらの方が大事でしょ」

「いえ、まぁそうですが……」

 

 それに、実際にナンパ野郎なんてそうそう、いるもんじゃない。こういう市民プールなら尚更だ。

 

「なんか悪かったな。あいつら自由で」

「いえいえ。楽しいですよ? ……まぁ、二人きりになれましたし、これからもっと楽しくなりそうですが」

 

 だからお前そういうことをサラッと……や、もう何も言うまい。それに、概ね同意しちゃってるし、俺。

 

「……なんでも良いけど、あんま目立つ真似はするなよ」

「さ、泳ぎましょう! 一周、泳ぎ切るまで競争ですよ?」

 

 聞いちゃいねえや。てか「よーいどん」も言わずに先に行くなや。

 大体、俺あんまり泳ぎ得意じゃないんだけど。泳げるけど、学生時代は50メートル泳ぐのに五分かかったからね。

 その点、楓ってなんでもそつなくこなすんだよなぁ。一緒に海に行った時、なんだかんだビーチバレーもそれなりに上手かったし、料理も出来るし……あ、でも掃除と勉強は出来なかったな。

 こうして遊んでると、嫌でも思い出に浸ってしまうし、やはり別れたことを後悔してしまう。そういうのが割と複雑だったりするんだけど……。

 

「樹くん、負けた方はこの後の飲み奢りですからねー!」

「……先に泳ぎ始めてから言うことかよ」

 

 ま、楽しそうにしているあいつと一緒にいるだけで、なんかもうこういうのも悪くない、と思えてしまう。水着ってだけで眼福だし。

 

 ×××

 

 気が付けば、オレンジ色の空が地上を包んでいた。陽は沈みかけ、両さんの眉毛の形をしたカラスが飛んでいそうな空色だ。

 そんな夕焼けがプールの水面を照らし出し、人工物であっても幻想的に見える風景を前にして俺は。

 

「……疲れた…………」

 

 死んでた。誰もいなくなったプールのフードコートの一席で、頭にタオルをかぶってぼんやりしていた。

 やっぱ、インドア派にこういうのはキツいわ……。こういう時こそタバコを吸いたいものだが、もうやめてるからなぁ……。

 この後、飲みなんて行って大丈夫かな。楓の介抱とか……や、流石に凪と颯がいてバカ飲みはしないか。

 

「お待たせしました」

「ほぅわっ⁉︎」

 

 直後、頬にひやっとした感覚で変な声が漏れた。慌てて振り返ると、缶ビールを持った楓がニコニコしながら立っていた。

 

「ふふ、あいかわらず良いリアクションしますね?」

「なんだよ……てか、え、買ったの? 酒?」

「ビールです」

「酒だろ」

 

 たまにいるよね、ビールは酒じゃないみたいなこと言うやつ。酒だから、悪いけど。

 

「てか、どこに売ってたのそれ」

「フードコートですよ?」

 

 ほぼ人が出払ったフードコートでお酒を飲むのは、正直なかなか悪くない。とはいえ、まさかフードコートに酒があっているとは思わなかったが。

 カシュッと酒好きにはたまらない音を立ててプルタブを上げて、コツンと軽く缶同士をぶつける。

 で、二人で飲んでゴキュゴキュと喉を鳴らした。

 

「ふぅ……美味い……」

「ですね」

 

 二人で酒を飲みながら、夕焼けを眺める。たった一口で疲れが吹き飛んだような気がするんだから、相変わらず安い体である。

 

「今日は楽しかったですか?」

「え? ああ、まぁね。たまにはこういうのも良いな」

「家で水着でゲームするより良かったでしょう?」

「どんだけ根に持ってんの。悪かったよ、アレは流石にねえよな」

「いえ、それはそれで楽しそうで良かったですけど? ……でも、やっぱり私は外で遊ぶ方が好きですから」

 

 まぁ、昔から見た目とは裏腹に活発な奴だったからな。サークルとかゼミのバーベキューや飲み会に積極的に参加してやがったから。その度に俺が苦労していたが。

 

「……ね、樹くん」

「何」

「最近、お仕事の方はどうですか?」

「え? 何急に」

 

 俺の仕事に興味なんて持ったことないくせに。

 

「いえ、前みたいに忙しいのかなって」

「そうでもないかな。普通に平日は仕事して、土日は家でゲーム出来てるし、職場の同僚もコンパ断ってから距離置かれてるし」

「……相変わらずなんですね」

「俺が悪いからな」

 

 三船さんが辞めて、完全にボッチになった。それまでにちゃんと人間関係を構築してこなかったんだから。先輩からも「お前、出来が良過ぎて可愛げがない」とか言われたし。

 

「そろそろ、親しい方が欲しくなったりとかしないんですか?」

「ん、まぁ……そう思わんでもないけど……でも、もう一人は慣れちゃってるからなぁ。それに、そういう人はもう、三船さんとか楓とか凪とか颯がいるからな」

 

 悩み相談したりする仲でもないが、普通に会って話したら遊んだりしてるし。「親しい」というほどじゃないが、孤独感を味わされているわけでもない。

 

「いえ、そうではなくてですね?」

「?」

「恋人、のような方が欲しいとは思いませんか?」

 

 ……え、何その質問。ドユコト? 欲しいよ。恋人っつーかお前が欲しいわ。紹介でもしようものならそれ逆効果なんだけど……いや、そういう意味ではないのか? 

 ホラゲでどんな事があってもピクリとも反応しない俺だが、今ばっかりは心臓がオクタンより速く動いてる。

 これ……聞いても良いのか? それとも、やめておいた方が良いのか? や、でも前に俺の事をフッたのは楓だし、まさかそんな事あるわけが……。

 ……なんのつもりかくらい、聞いても良いのかな……。

 とりあえず、ビールをもう一口飲んでから、改めて聞いてみた。

 

「それどういう……」

『間もなく、閉園時間です』

 

 聞かなかった。スピーカーから声が聞こえ、思わず口を止めてしまった。

 ……つーか、凪と颯全然帰ってこないけど何してんだあいつら。

 

「……悪い、あのバカ姉妹探してくる」

 

 タイミングを逃したことにより、逃げるように立ち上がった時だ。俺の手首を楓が掴んだ。それにより、再度、心臓が口から飛び出そうになる。

 

「私も手伝いますよ?」

「え? あ、さ、サンキュ」

 

 なんだ、そっちか……そうだよな。楓にとっちゃ、ただの世間話だよな。

 逸らした話に楓が乗ってくれたことに、安堵と微妙な落胆が混ざり合い、絶妙に油断した時だった。

 

「……わたしは、いつでもお待ちしていますよ?」

 

 不意打ちで、その上で耳元で突然、そんなことを囁かれ、三度目の心臓爆発を起こした。いや、爆発はしていないが。

 その後、楓に手を引かれて二人を探しに行ったが、それから先の記憶は全くなかった。

 

 


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