さて、どうしようかな、と。結局あの後「三船さんとは何もないよ」「ところで明日から出張だから」「場所? 大阪」のやり取りで揉めるに揉めました。
その結果、今は寝不足で新幹線の中です。寝ても良いんだけど、大阪まで割と近いし、起きるのがしんどくなる。
そのため、少しでも起きていられるようにグラブルやってる。
「‥……でも無理、眠い」
「すみません、相席良いですか?」
「あ、はい。どうぞ」
新幹線で? と思っても口にしなかった俺を誰が責められよう。なんか楓がいた。ていうかどうやってチケット取ったのこの子?
「……は? お前なんでいんの?」
「ふふ、私がいたらまずいんですか? 誰でも簡単にホイホイ罠に掛ける生殖器モンスターの不倫旅行に」
すごいキレてるんだけど……はぁ、もう分かったよ。言う、言うよ。
「事情くらい説明させてくれって。本当に三船さんが大阪に行くのと俺が大阪出張に行くのはマジで偶然だから」
「そんな偶然ありますか? 隕石が降ってくるレベルの確率ですよね?」
「結構降ってるらしいよ。世界規模で言えば」
「そんなことどうでも良いです」
「いや、お前が例えた例えに乗ったんだけどな」
‥……ダメだな、何を言っても。こいつキレてる時は人の話聞かないから。こういう時は、質問形式の理屈で攻めるしかない。
「じゃあ、お前俺がなんて言ったら納得するわけ? 三船さんと交際してますって言えば満足なの?」
「そんなわけないじゃないですか。新幹線内であっても怒りますよ?」
「なら、素直に信じておけよ。大体、俺が本当に三船さんと付き合ってるんだったら、元カノのお前との関係はいの一番に切ってるだろ。でも、俺は絶対にそんなことしないから」
「なんで言い切れます?」
「おまっ……」
……えのこと好きだから、と言いかけたところで口が止まった。いやいや、告白してどうすんだよ。その件に関しては絶対に向こうからって決めたやん。
「……えっと、根拠は無いけど……」
「……」
とはいえ、この返しも良くなかった。疑いの目がさらに鋭くなった。
「……そうですか。よく分かりました」
「え、何が?」
「まぁ良いです。例えあなたと美優さんが付き合っていたとしても……」
そこまで言いかけて、楓は俺の隣の席に腰を下ろし、腕に抱きついてきた。薄い胸を頑張って押し当てるように。
「私が、美優さんからあなたを取っちゃえば良いんです」
「‥……その必要はないと思うけどね」
「ふん、何を言って誤魔化そうとしても無駄ですからね!」
誤魔化しじゃないんだが‥……まぁ良いか。好きに取れば良いさ。どの道、告白してくるのはそっちだ。
そうと決まれば、とりあえずいつものように楓とイチャ付けば良い。あ、でもその前に一つ、確認しとかないと。
「ところでさ、お前仕事は?」
「休暇をもらいました」
「あっそ。何でも良いけど、俺は仕事だからのんびり観光は出来ないよ」
「え……じゃあ私は何のためにここへ……?」
「たまには禁酒旅行でもしてろ」
×××
さて、ホテルに着いたのだが、まぁ不思議。どうやってどのようにどういう手を使ったのか分からないが、楓と同じ部屋になりました。
ま、問題ないでしょ。だってうちで泊まって行くのなんてしょっちゅうだし。……まぁ、上司にバレたらまずいが。てか、なんで俺一人で出張なんだよ。普通、何人か一緒に行きません?
まぁ、ソロ出張ならそれはそれで仕方ない。楓がいるからソロって感じしないし。
「樹くーん」
「なーにー?」
「仕事サボっちゃいません?」
「張り倒すよ?」
勝手についてきておいて何を言うてんねん。
「一人で観光するのも部屋にいるのも良いけど、鍵は忘れんなよ」
「ぶー……大体、出張ってなんですか。観光もしないで大阪に何しに来たんですか?」
「仕事だよ!」
なんだと思ってんだ、サラリーマンを。そんな時間は夜か最終日しかねえよ。
「仕事なんてパパッと終わらせられないんですか?」
「終わらねえよ。学生のレポートと一緒にすんな」
「じゃあ私はどうしたら良いんですか?」
「だから勝手にしてろって。本当時間ないんだから、黙っててくれない?」
「ぶー……」
唇を尖らせて文句をぶー垂れる楓。……うーん、やっぱ面倒臭いなこの女……。楓じゃなかったらジャーマンスープレックス極めてる所だ。
「……とにかく、好きに遊んで来い。帰ったら構ってやるから」
「約束ですよ?」
「はいはい。……あ、でもあんま夜遅くは勘弁してね。次の日、死んじゃうから」
それだけ言って、とりあえず仕事に向かった。
〜終業後〜
クソ疲れた……。死にそう。知らない人だらけ、って点じゃ前にいた会社でも変わりないのに、やっぱ土地が変わると気を使っちまうのかなぁ。無意識に。その上、寝不足だし。
いつもの倍疲れたけど……これからまた疲労が出るんだよなぁ。何処かの誰かの元カノと飲みだよ。あいつが飲まないっていうのは考えらんないからなぁ。
たまにこういう日に思うんだよ……俺、あいつの何処が好きになったんだっけって。
よく見る笑顔とかについときめいたりしちゃうけど、それって人を見た目で好きになってるだけなんじゃねえかな……。
ま、なんであれ申し訳ないけど楓には先に東京戻っててもらおうかな。チケット代出すから。
そう思って部屋の扉を開けた時だ。
「あら、お帰りなさい」
楓が出迎えてくれた。意外な事に、その頬に酔った後のような赤みは見られない。
「あれ、酔ってないじゃん」
「まだ飲んでませんから。……ふふ、待ってたんですよ? 樹くんが帰って来るまで」
「え、なんで?」
「流石に他の人が仕事中なのに飲んだりしませんよ? 今日はお疲れでしょうし、部屋で2人飲みしましょう。おつまみ、買っておきましたから」
「……」
ホント、こいつな……たまに出るこういう楓の優しさが何より染みるんだよなぁ……。普段から俺の表情を見て、その時の気分を察して優しく対応してくれる25歳児に、俺は惚れたんだ。
「飲むか、楓」
「はい」
「最終日に行きたいところリストアップしといて。できるだけ多く回れるように考えとくから」
「楽しみにしていますね?」
それだけ話して、とりあえず飲み会を始めた。
俺の分の缶ビールも開けて、軽く乾杯する。つまみはカルパスや野菜の漬物などはコンビニのものだろうが、焼き立てっぽいたこ焼きと串カツが並んでいた。
「……何これ、たこ焼きと串カツ?」
「ちゃんと時間を考えて焼き立てのものを買って来たんですよ?」
「美味そ」
「ふふ、食べさせて差し上げましょうか?」
そう言うと、楓は串カツを持って俺の口もとまで運んでくれる。
「はい、あーん……」
「あー……んっ。お、うまっ。流石、本場」
「そうですか? ……あむっ、あらほんと。美味しいですね」
俺が食べた跡を、続けて食べる楓。
そのまま、しばらく飲み会が続いたわけだが、今日は酔いが回るのが早かったのだろうか。
若干、フラフラしてるのを感じながら、普段なら絶対聞かないことを聞いてしまっていた。
「……なぁ、楓」
「なんですか?」
「お前、やっぱ俺の事好きなの?」
「はい。好きですよ?」
「……そう」
思わず照れたように顔を背けてしまった。
「じゃあさ……なんで告白しないの?」
「それはー……そうですね。私が告白した方が良いですよね。学生時代は結局、私が樹くんの立場を分からずに振ってしまったんですから」
「……」
「でも……なんていうか、もう少し楽しみたいんです。こう……片思いをしていられる期間、というのを。付き合ったら、それは終わってしまいますから」
片思い、ね。こっちとしては気が気じゃないんだが……女ってのはそういうの味わいたいのか?
俺の心の中の問いに答えるように、楓は両手で缶ビールを持ったまま続けた。
「前の時はあまり『恋してる』って気分ではありませんでしたからね。いつの間にか、一緒にいて当たり前、みたいに感じていました。……でも、別れてみて、やっぱり寂しくて、でも構ってくれない樹くんは嫌で、結局、樹くんの所為にして当たり散らして……なんていうか、ようやく胸が痛むような恋をしている気分になって来たんです。……終わらせるのが、なんか惜しい気がしてしまっているんです」
「……え、じゃあ三船さんの写真の揺さぶりとか……」
「はい。全く意味ありません」
それは正直、心のどこかでそうだと思ってた。なんかほら、楓の割にしつこさが足りなかった。本気なら絶対に解決するまで寝かさないのが楓だし。
それと、割と「恋してる」という話も俺と一緒だ。一緒じゃないのは、さっさと片思いを終わらせて両思いになりたいという点だろう。何せ、振られた側の胸の痛みは心不全でも起きそうな勢いなのだから。
「……勝手な言い分だな」
「勝手ですよ? 周りに25歳児、なんて言われるくらいですから」
「こっちの気も知らないで」
「その点に関しては……ヤキモキさせてごめんなさい。でも、少しホッとしてるでしょう? 両思いであることがわかって」
「まぁね」
本当に今、胸のつかえが取れた気分だよ。諦めてた恋が実ったんだから尚更だ。
それに、俺はこういう勝手な面も含めて楓が好きなんだ。もう少し付き合ってやっても良いだろう。
「じゃ、いつ付き合う?」
「そうですね……夏の終わり頃までに、しませんか?」
「じゃ、それまでは片思いってことで」
「はい」
「……あ、でも三船さんにあんま惚気とかするのやめてやれよ。あの人、かなり参ってたから」
「えー、どうしよっかなー♪」
「鬼か、お前は」
そんな話をしながら、とりあえず酒を飲み続けた。