高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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楓さんの休日(5)

 346事務所では、川島瑞樹と片桐早苗がラウンジで休憩していた。アラサーの女性には、アイドルのレッスンというのは中々、厳しい。ダイエットには厳し過ぎるし、思わず肩で息をしてしまうほどだ。筋肉痛が2日後に来ると言う事が、今のところ無いのは幸いだ。

 そのレッスンも午後はない。各々、別の現場で仕事である。それまでの間、のんびりする事にしたのだが、そんな二人のもとに一通の電話が届いた。

 

「あら、楓ちゃんからよ」

「大阪に突然、行ってプロデューサーくんを困らせてる?」

「そうそう」

 

 そんな彼女からの電話だ。応答すると、テレビ電話だった。

 

『こんにちは、早苗さんと……瑞樹さん』

「こんにちは、楓ちゃん」

「大阪はどう?」

 

 もう二人から注意をすることはない。どうせ聞かないし、聞いてても注意しておいてくれるのは最初の2〜3回までだ。すぐ忘れる。

 

『楽しいですよ。たこ焼きも串カツもお好み焼きもうどんも美味しいです』

 

 その返事に、二人は意外そうに顔を見合わせた。普通の人なら普通に乗ってあげられるコメントなのだが、目の前の25歳児はそうもいかない。

 

「えーっと……飲んでないの?」

『飲んでませんよ?』

「楓ちゃんが? お昼から?」

『はい♪』

 

 普通、そこは「私をなんだと思っているんですか」と怒る所だろう。しかし、楓は「こいつダメだ」と思われると嬉しくなる変態なので、特にツッコミを入れることはなかった。

 

「何かあったの? 病気? まさかフラれた?」

『違いますよ。……ただ、今回は彼が仕事をしている最中に飲むのはやめようと思っただけです。出張の彼のお邪魔をしているわけですから』

「……か、楓ちゃん……」

「相当深刻な熱が……」

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 流石にその言い草は酷かったのでツッコミを入れた。勿論、一番言われたくない相手にそれを言われた二人は黙っていない。

 

「楓ちゃん、弁えなさい?」

「世界で一番、あなたがそれを口にする権利はないのよ」

『てへへ』

「可愛い、悔しいけど」

「でも許す気にも到底ならない」

 

 わざとらしく小さく舌を出すのが、また小憎たらしかった。そのとても年相応ではない反応が腹立たしい。

 

『それで、今はお酒に合いそうな大阪名物を食べ歩いているんですけど……』

「結局、お酒なのね」

『何か知っている事があれば教えていただけませんか?』

 

 それを言われて、とりあえず二人とも考えてあげることにした。今の楓なら、自分のためでなく樹のために買って行ってあげたいと思っているのだろう。

 まずは、瑞樹から思い当たる商品を教えてあげた。

 

「そうね……おつまみって言うなら、やっぱり柿ピーじゃない?」

『大阪名物ですよ?』

「いやいや、大阪にしかない奴よ。店名は忘れちゃったんだけど……たこ焼きソース味の柿の種があるそうよ?」

『それは……確かにお酒に合いそうですね。特に日本酒とか』

「他にも色々、味があったと思うわよ。チーズとか海鮮風塩だれとか」

「あ、それ私も聞いたことあるわ。食べたことないけど。あ、それお土産で良いわよ」

 

 ちゃっかりした早苗のセリフを笑顔で流しつつ、手元の手帳にメモする楓。

 

「あ、あとアレ。一口餃子とか良いかも」

「あ、それは私も知ってるわ。美味しいし割と日持ちするのよね」

『ごめんなさい、樹くんはお仕事なので、ニンニクやニラはあまり……』

「……え、ほんとにこの子楓ちゃん?」

「そっくりさんじゃなくて?」

『誰の携帯と通話してるんですか?』

 

 あんまりな言いように思わず毒が漏れる楓。自分だって、たまには気を使ったり、相手を少しでも労ってあげたい気持ちはある。しかし、その反動で、三日後には無意識にいつもの三倍かまちょになることには気づいていない。

 

「あ、じゃあアレは?」

「どれ?」

「じゃがりこのたこ焼き味! たこ焼きの風味ってだけなのに、マヨやソースのコクまで含まれてて美味しいのよ。前に知り合いが買ってきてくれたやつ」

 

 早苗の話を聞きながら、楓はメモをしつつ尋ねた。

 

『なるほど……それ、どこで買えます?』

「関西限定だし、お土産屋さんとかじゃない?」

「ていうか、どこでも買えそう」

『分かりました。……あと、出来ればご飯になるようなものも教えていただけると……』

「あー……そうね。今の所、おつまみというかお菓子ばかりだものね」

「まぁ、それは順当にお好み焼きとかで良いんじゃないの?」

『ありがとうございます』

 

 そんな話をしつつ、とりあえず言われたものを買って回ることにした。ビデオ通話のまま三人で大阪の街を巡る。

 

「で、どうなの? 加賀山さんとは」

『昨日の夜はずーっと樹くんの愚痴を聞いていましたね。結構、新天地での仕事はストレスみたいで』

「あら、そうなの?」

『私達とは違ってご当地をめぐるのが仕事ではありませんからね。場所が変わっても仕事、それも全く知らない人達とだから、かなりお疲れみたいです』

「あー……それ少し分かるわ」

 

 元警官の早苗がウンウンと頷く。

 

「私も前まで転勤とかあったけど、移動したばかりの時は大変よ? 特に、2〜3日くらいの出張だと慣れてきた頃に帰るハメになるから尚更」

『すみません、たこ焼きソース味と海鮮塩ダレ味の柿の種一つずつ』

「聞いてる?」

『あ、すみません。聞いてますよ。そういうものですか?』

「まぁその人の性質次第だと思うけどね。繊細な人ほど特に」

『あー……確かに樹くん、私と別れた直後に生活がだらしなくなるくらい繊細ですね。あ、はい。お世話様です』

 

 買い物を終えたのか、挨拶しながら店から離れる楓。

 

「それは繊細というより、ただただショックだっただけじゃ……」

『でも、周りの視線を一切気にせずに、常に一人でいられる程、鈍感な所もありますが』

「まぁ、要するに普通の人よ。曖昧でよく分からないって事よね」

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「あなたは曖昧じゃないのによく分からないわよね……」

 

 まさにゴーイングゴーイングマイウェイ。一貫したよく分からなさは楓ならではで……いや、一貫してよく分からない人はこの事務所にはたくさんいる。

 

『あ、じゃがりこ発見♪』

「早いわね」

「というか、そろそろ私達はお役御免かしら?」

『あ、そうですね。すみません、休憩中でしたよね?』

「大丈夫よ」

「また何かあったら連絡ちょうだいね?」

『はい』

 

 そう言って電話を切った時だった。早苗が「あっ」と声を漏らす。

 

「どしたの?」

「そういえば、出張先だとよく飲み会とか発生するんだけど、楓ちゃんは今日の夜の予定をちゃんと把握しておいたのかしら?」

 

 ×××

 

 その日の夜、楓は拗ねていた。何故なら、樹から連絡があったからだ。今日は、飲み会で遅くなる、と。

 

「……むー」

 

 いや、仕方ないのは分かる。正直、こういう一般企業に勤めたことのない楓だからどういう付き合いなのかは分からないけど、番組スタッフとの飲み会と思えば理解は出来る。

 その上、自分は勝手についてきた身だ。ここにいるのがバレる事すら良くない。それでも追い出さなかった樹には感謝しなければならない。

 でも、やっぱつまらない。せっかくおつまみも買ってお酒も買っておいたのに、一人飲みなんて退屈だ。

 

「はぁ……もうやけ酒しちゃおうかしら」

 

 どうせ一緒に飲めないのなら、今日は一人で……なんて思ってる時だった。部屋の扉が開いた。顔を向けると、樹が帰って来ていた。

 

「樹くん……?」

「ただいま」

「飲み会では?」

「行ってきたよ。明日も仕事だから早めに解散になったけど」

「そうなんですか?」

「それより、どうせ今日もつまみと酒買ってあるんでしょ? 二次会と行こうか」

「え、だ、大丈夫なんですか? 明日も仕事では?」

「俺別に早起き苦手じゃないし」

 

 それだけ言うと、さっさとスーツを脱いでネクタイを外し始めた。ワイシャツ姿になると、腕をまくってドカッと楓の隣の椅子に座る。

 

「……樹くん……じゃあ、飲みましょうか」

「あんま遅くまでは無理だから。あとあんまお腹空いてないから」

「分かっていますよ」

 

 やはり、こういうとこは優しい人だ。大体、自分の行動を先読みして、それに合わせて行動してくれる。だから、つい甘えてしまう。

 

「ね、樹くん。実は今日のおつまみ、瑞樹さんや早苗さんと一緒に選んだんですよ?」

「え、あの人達もこっちに来てんの?」

「いえいえ、電話です」

「なるほど」

 

 そんな呑気な会話をしながら、飲み会を続けた。

 こうして飲んでいると、やはり好きな人との飲み会はどこか落ち着く。本来ならバカ飲みして潰れたい所だけど、あまり樹の邪魔はしたくないから控えめに飲んでいる。これはこれで、割と楽しいものだ。

 相手が樹なら、今度はこういう落ち着いた飲みも良いかも……なんて思っていた時だった。

 

「……そういや楓、一つ言い忘れてたんだけど……」

「なんですか?」

「俺、さっきまで飲み会だったんだけど、こっちの人って東京の人より割と酒強くてさ……」

「へぇ、それは楽しそうな飲み会ですね」

 

 その反応はどうかと思うが、樹は続けて言った。

 

「俺、自分と同じくらい強い人と飲んだことないんだよ」

「それはそれですごいですね」

「だから、正直ペース配分間違えたわ……」

 

 そう最後に言い残した直後、急に空気を抜かれた風船のように萎んだ樹が、楓の方に倒れ込んだ。

 

「っ、い、樹くん……?」

「……くかー」

 

 そのまま眠ってしまった。せっかく、楓が落ち着いた飲み会に満足するというレアな光景になる所だったのに。

 お陰で楓はこの日、別の事に目覚めた。普段は自分が介抱される側だったわけだが、この状況は自分が介抱してあげる側になるわけだ。特に、服装に関して、明日も仕事なのにスーツを着せたまま寝かすわけにはいかない。

 ……つまり。

 

「……ふふ、覚悟して下さいね? 樹くん……」

 

 そう言うと、まずはベッドの上に転がし、ブラウスに手をかけた。別に脱がそうとしているわけではない。いや、してる。変な行為ではない。あくまでも着替えを手伝ってあげているだけだ。

 相変わらずの存在しない胸板と薄過ぎる腹筋が顕になる。それでもプニプニしたおじさんのお腹じゃないのだから、納得がいかないものだ。

 ワイシャツを衣紋掛けに下げると、再び寝ている樹の元に歩いた。

 

「……」

 

 続いて、スラックスである。ズボンに手を掛けると、なるべく手がナニに当たらないようにズボンを下げていく。

 出て来たのは、相変わらずのボクサーパンツだった。正直、楓が理性を保つには最高の種である。ブリーフならもう形がエロいし、かと言ってトランクスだと、身体にフィットしない為、下から覗き込めばナニが見えてしまう。

 これで、スラックスもとりあえず下げておいた。これでスーツをシワクチャにしないという任務は果たせた。

 問題は、ここからである。

 

「パジャマに、着替えさせないと……」

 

 服を着せるには、寝かせた身体を一度起こす必要がある。脱がす時はズリズリと引っ張れば割と何とかなるものなのだが。

 さて、とりあえず樹のパジャマを持つと、樹の身体を起こそうと手をかけた時だった。

 

「んんっ……」

「ちょっ、樹く……!」

 

 酔っ払いが、楓の上で寝返りを打った。その結果、バランスを崩した楓は押し倒されるようにベッドの上で仰向けになり、うつ伏せになった樹が自分の上に乗っかってしまった。

 

「っ……」

 

 いくら、25歳児であっても。いくら、ダメと呼ばれて喜んじゃう人でも。いくら、無垢で無邪気な人でも。

 好きな男にパンイチで自分の上に乗られ、何も感じない人はいない。心臓がアホほど激しく鳴り響き、熱が出そうな程顔が熱くなり、頭がフラフラする。鼻血が出そうなほどだ。というか、出ているかもしれない。

 ……でも、悪くない。そんな風に思えてしまうので、やはり自分はダメなのだろう。

 もうどうせどうしようもないのだし、この際、堪能することにした楓は、そのまま瞳を閉じた。

 

 

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