高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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全然、休日じゃないけど別に良いや。


楓さんの休日(6)

「え、結局、お付き合い始めたの?」

 

 聞かれたのは楓、聞いたのは瑞樹だった。現在、お仕事の温泉宿に向かっているバスの中である。勿論、同じバスには他にプロデューサーと、もう一人同席している片桐早苗も一緒である。

 

「はい。ついでに同棲も」

「それついでに決めて良い事じゃないわよね……?」

「え、ちゃんとプロデューサーくんと話し合ったの?」

「話し合ってませんよ?」

「「……」」

 

 何食わぬ顔で答えられ、二人はソッと前の席に座っているプロデューサーに顔を向ける。幸い、今回の仕事の打ち合わせをしているのか、スマホで電話しながら書類を確認していた。

 

「……ふぅ、良かったわね」

「まぁ、最近は346事務所も恋愛ブームだからね」

「あら、そうなんですか?」

「なんかみんな彼氏作ってるわよ」

「私達はまだだけどね……」

「言わないの……」

 

 先を越されている現実により、二人揃って眠たげな目のまま視線を落とした。

 唯一の先を越している側の人間である楓が、全く空気を読まずに二人に追い討ちをかけた。

 

「お二人には元カレや今、良い仲の方はいらっしゃらないんですか?」

「いたらこんな悲壮感は無いわよ……」

「ふふ、ですよね? 知っています」

 

 彼氏とよりを戻せたのが相当、嬉しいのだろう。普段なら絶対しない煽りをして来た。

 当然、どんなに舞い上がっていようとその手の煽りを歳上の三十路近い二人が許すはずない。にこりと微笑んだ二人は、楓の両肩に手を置いた。

 

「ふふ、良い度胸ね、楓ちゃん?」

「私達を相手にそんな風にチャチャを入れてくるなんて」

「言っておくけど、彼氏が出来たことを知られた時点で、あなたは常にウィークポイントを私達に握られているのよ?」

「具体的には……そうね。楓ちゃんのあんな写真やこんな写真を彼に送っても良いのよ?」

「良いですよ?」

「「……え?」」

 

 予想外の返しだった。大体、彼氏持ちにはこう言えば通用する、と高校生くらいのアイドルの子達が言っていたのに。

 そんな二人の考えできることなど見透かしたように、楓はニコニコしながら言った。

 

「だって大体、樹くんは私の恥ずかしいところを見ていますから」

「え、そ、そうなの?」

「もう学生の時に色んなことを経験済みです。例え、それが性的な意味でも」

「それ、こんな所で言っちゃダメ」

「楓ちゃん、そのデリカシーの無い口はなるべくなら閉じててくれる?」

「とにかく、私に死角はありません。人間はダメになれば、それだけ隙が出来なくなるものなんです」

 

 それは失うものがない故の怖さ、と言う奴なのだが……もうツッコミを入れるのも面倒だ。それに、二人は楓の言うことを真に受けるほど間抜けではない。

 樹の話をしている時や、実際に樹と話している時の楓は、普段は表に出ない感情も思いっきり出していることがあった。

 つまり、必ずウィークポイントは存在すると睨んでいるわけだ。

 

「じゃあ、これも送って良いのね?」

「なんですか?」

「楓ちゃんが格好良くポーズを決めてる写真」

「……か、堪忍して下さい……」

「どうしてよ⁉︎」

 

 とりあえず当てずっぽうで「普通は恥ずかしがるものを見せても効かないなら、恥ずかしがらないものを見せたらどうなる?」という短絡的な思考で早苗が言ってみたのだが、まさかの大当たりである。本当にどういう感性をしているのかさっばりだ。

 

「い、いえその……樹くんは、ですね……人のダメな所は笑わないんですけど……その、格好つけたり可愛こぶったりしても恐ろしいほどの無反応で……」

「……つまり、そういうのを見せた時の反応を思い出すと」

「……」

 

 ニヤリ、と実際に音がしそうなほど、早苗と瑞樹は口を三日月に歪める。恐らく、生まれて初めて楓はお友達にゾッとしただろう。

 そんな楓のメンタルを察したかのように、二人のアラサーは畳み掛けた。

 

「ね、瑞樹ちゃん。これとか良いんじゃない?」

「あ、良いかも」

「ちょっ、どれですか?」

 

 身を乗り出して楓が覗き込もうとするが、ひょいっと二人は避けてスマホを眺める。まるで一人だけ意地悪されている小学生の図である。

 

「あとこれなんかも良いんじゃない?」

「あ、良いかも。じゃあこれも……」

「あの、せめて送る前にどんな写真か見せてくれませんか?」

「見たいの?」

「そ、それはまぁ……なるべくなら、感想も欲しいですし……」

 

 楓らしからぬ乙女チックな発言に、二人は思わず浄化されかけた。よくよく考えれば、25歳児という子供相手に、自分達は何をしているのか。元々、子供っぽい子なんだし、そんな純粋な子の悪戯と思えば腹は立たなかったろうに。

 どうやら、嫉妬に駆られて大人げなくなってしまっていたようだ。そこは二人とも反省しなければならない。

 しかし、それはそれ、これはこれである。

 

「じゃ、とりあえずこのドレスの楓ちゃんと、学生服の楓ちゃんと、ナース服の楓ちゃんを送るわね」

「待って下さい! せめて学生服とナースは勘弁して下さい!」

「せめて、なのに二つとは欲張りさんね、楓ちゃん」

「むしろその二つが本命なのに、送らないわけないじゃない」

 

 そう言って、二人はさっさと樹に写真を送ってしまった。勿論、ちゃんと前置きとして「こんにちは」「突然だけど、楓ちゃんのコスプレ写真送るわね」と送っておいたが。

 涙目になりながら片手を中途半端に伸ばしていた楓は、そのままフリーズする。

 

「もう……なんてことするんですか……」

「良いじゃない、減るもんじゃないんだし」

「そうよ。気にする事ないわ。むしろ、褒めてくれるかもよ?」

「……そうなると良いですね」

 

 もはや諦めたように楓が呟いた時だ。樹から返信が来た。

 

 スーパーリア充『急にどうしたんですか?』

 

 さっき送った時から気づいていたが、彼女が出来て相当、調子に乗っているようだ。

 

 川島瑞樹『どう? 楓ちゃん』

 川島瑞樹『かわいい?』

 スーパーリア充『はい。25歳がセーラー服とか、楓みたいなポンコツがナースとかとてもおもしろ可愛いです』

 

 なるほど、と瑞樹も早苗も察した。こういう感じね、とも。恐らくだが、一緒に楓がいると察しているのだろう。その上で、照れ隠ししているのに本音をぶち撒けた。つまり、かなり面倒臭い男だ。普通に褒められるよりも遥かに恥ずかしくなるのは分かる気がした。

 

「……なんか、ごめんなさい」

「……いいんです。やっぱりちょっと嬉しいので」

 

 なんか微妙な空気のまま旅館に到着した。

 

 ×××

 

 さて、到着した温泉宿で軽くコメントした後、そのあとの打ち合わせへ。温泉に浸かりながら、温泉に関するコメントの後に、全然関係ないことを何か雑談することになった。

 タオルの下に水着を着て、三人でお湯に浸かる。まずは早苗から……と思ったのだが、先に楓がつま先をつけた。

 

「あっつ!」

「何してんのよ……温泉好きなんじゃないの?」

「すみません。ちょっとやってみたかったんです」

「一応、言っておくけど、私達はアイドルだからね? お笑い芸人じゃないからね?」

「ホント、お願いだから普通にしててね、楓ちゃん」

 

 もはやテレビの前でもお子様扱いされ始めていた。しかし、それでも楓は別に気にした様子なく微笑んだまま頷く。

 改めて、三人揃ってお湯に浸かり始めた。

 

「ふぅ……気持ち良いわね」

「そうですね。なんだか肩凝りが取れそうな感じします」

「ふふ、楓ちゃんは肩が凝るほど大きくないでしょ?」

「うるさいですよ。早苗さんが大き過ぎるんです」

 

 なんかもう既に雑談に入りつつあったが、実際、早苗は大きい。身長は低いのに。

 何れにしても、あまりカメラの前の温泉でその手の話題をやらないで欲しいものだ。

 その他のリポートに慣れている瑞樹が軌道修正し、しばらく温泉について語った後、例の雑談に入った。

 

「そういえば、早苗さん。元婦人警官ってお話だったけど、どんな事してたの?」

「そうねぇ……基本的に交番勤務だったから、パトロールやって書類仕事やって通報を待ってって感じで、特に特別なことはなかったわよ?」

「その中でも特別な奴よ。なんか、こう……事件みたいなの」

「事件の話はできないけど、面倒見た酔っ払いの話ならあるわよ」

 

 確か……と、早苗は顎に手を当てる。

 

「その人、男の人なんだけど、公園で暴れちゃってたのよ。けど人に迷惑をかけてるんじゃなくて、何故かひたすらにゲーム機を叩き壊している人がいて」

「ゲーム機?」

 

 楓がピクッと片眉をあげる。ゲーム、という点で自分の彼氏と共通点が見えたからだろうか? 

 

「そうなのよ。近所迷惑だから注意しようと事情を聞いたら、彼女がゲームにハマって自分とあんまりデート行ってくれなくなったみたいで」

「へぇ……そうなんですか?」

「でも、その人をゲーマーにしたのは自分だから、ジレンマみたいなのが発生して、酔った勢いでゲーム機を叩き壊してたって人」

「す、すごい人もいたものね……え、結局どうなったの?」

「近所迷惑だからって注意して帰したわ」

「あ、やっぱりそうなんだ……」

 

 そんな中、他人事とは思えないような顔をした楓が、笑顔を浮かべたまま頭の中で自分の彼氏のことを思い浮かべる。ゲームをするようになったのは別れてからだ。

 つまり、未だにゲームに対してどれだけ執着しているか分からない。いや割と自分に構ってくれているし、多分大丈夫だと思うが……。

 とはいえ、今はカメラが回っている。とりあえず撮影に集中しなければならない。

 

「ゲームと言えば最近、私もよくやるんですよ?」

「あら、そうなの?」

「はい。人を撃ち殺すの、割と楽しいですよ?」

「バイオレンスな発言しないの……」

「ていうか、なんでそういうゲームにハマったの?」

「大学時代の先輩が勧めてくれたんですよ。最近、事務所でもゲームが流行ってますし、手を出してみたら思いの外、面白くて」

 

 彼氏がいる、とは上手いこと隠してくれた。流石に爆弾発言を回避するつもりはあるようだ。

 

「オンラインゲームってヤツ?」

「はい。でも、この前は同じ部屋でやりましたよ。コントローラー一個でも、交代交代で実況し合うとそれはそれで面白いんです」

「……」

「……」

 

 爆弾を投下した。が、まだ点火されていない。

 

「あ、あらそうなの。女の人かしら? 仲良いのね?」

「え?」

「女性なのよね?」

「あ……はい」

 

 上手くまだ非公開の情報を使い、無理矢理ねじ込む圧がすごかった。そこは嘘だが、本当の事を言うわけにはいかない。

 ともあれ、これ以上はどんな爆弾を投下するか分かったものではない。話題を変えるに越したことはない、と判断した早苗が瑞樹に声を掛けた。

 

「そういえば、瑞樹ちゃん。こういう時こそ、女同士でしか出来ない話がしたいわよね」

「え、ええ、そうね?」

「……ずばり、好みの男性の話を暴露してしまいましょう」

 

 何を言い出すんだこの巨乳は、と一瞬、思ったが、よくよく考えれば良い話題なのかもしれない。何せ、楓の答えはもう決まっている。多少なりとも考える時間があればボロを出すかもしれないが、答えがあれば出るボロなどない。サクッと次の人に行けば良いだけの話だ。

 

「じゃあ、まず楓ちゃんから」

「私、ですか?」

「そうそう。まず見た目は?」

 

 話を振られた楓は、真顔のままキョトンと可愛らしく小首を傾げる。その仕草は可愛らしいものだが、フォローしている身からすれば腹立つことこの上ない。

 とにかく、さっさと答えて欲しい。どうせ答えはわかってる。外見は身長180センチ、体は細めに黒髪で、何を考えているかわからない無表情なクールイケメン、と大体わか……。

 

「そうですね……身長は私より高い方が良いですね」

「楓ちゃんも背高いからね。その時点で難しそう」

「それで、なるべくなら茶髪で筋肉があって運動が出来そうな方が良いです」

「え、そ、そうなの……?」

「はい」

 

 まさかの真逆である。見ようによっては樹は運動ができそうに見えるかもしれないが、肝心の中身が全てをモノがっている。

 不思議そうな顔をする二人に、楓は笑顔で答えた。

 

「外見なんて何でも良いんですよ。大事なのは、中身ですから」

「楓ちゃん……」

 

 まるで成長した我が子を見るように二人揃って涙腺が緩みかけた。不覚にも、涙が出そうにも。

 

「ちゃんと私のお世話をしてくれて、お酒に強い方が良いです」

「楓ちゃん……」

「中身って内臓的な意味なのね……」

 

 やはり、楓は楓だった。まぁボロは出していないし、続いて残り二人の好みについて語り合った。

 

 ×××

 

 その日の夜、宿に泊まることになった三人は、とりあえず初日から飲み会を始めていた。スタッフやプロデューサーとしばらく飲んだ瑞樹は、少し酔いが回って来たため、少しお花を摘むことにした。

 お手洗いで用を足した後、一息つきながら宿の中を歩いていると、中庭で夜風に当たる楓の姿が見えた。声を掛けようとしたが、耳元にスマホを当てていたため、慌てて口を塞ぐ。電話の相手など、考えるまでも無かった。

 

「……はい。こちらは大丈夫ですよ、樹くん。温泉、とても良かったです」

 

 やはり、と瑞樹は小さく頷く。立ち聞きするつもりは無かったのだが、つい耳に入ってきてしまった。

 

「本当は日本酒も一緒に飲みたかったのですが……ダメだと打ち合わせの段階で拒否されてしまいました。……はい、温泉に浸かりながら飲めるんですよ。樹くんも、今度ご一緒に行きましょうね。混浴? ふふ、ぶち殺しますよ?」

「……」

 

 向こうのデリカシーの無さも相変わらずだった。剣呑な言葉が出てくるのも頷ける。

 ……しかし、電話だけでもあんなに幸せそうな顔をしていれば、これから先、いかに発言をしようと止める気にはならなかった。

 小さく微笑むと、瑞樹はすぐに宴会場に戻った。これ以上、無粋な真似はするまい、そう思いつつ、とりあえず湯上がり着物楓だけ写真に納めて立ち去った。これも樹に送ってしまおう、と心に決めながら。

 

 


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