宿題を片付けよう。
暑い季節はまだまだ続く。相変わらず有給休暇を使わない太陽によって、地上はじりじりと灼熱地獄に変えられていくわけだが、部屋の中なら関係ない。ガンガンにクーラーを効かせ、全力でダラけられる。
こうしていられるのも、すべては休日のおかげだ。のんびりと部屋のなかでごろごろできる。休みの日はやっぱり引き籠るのが一番なんだよなぁ。誰かから誘いのメールでも来ない限り、俺は家から出ない。そして、今の俺に遊びに誘って来るような友達はいない。
よって、エンドレスレストだ。……ま、明日は仕事なんですけどね。このゴロゴロは今日限りだ。絶対に家から出ないからな……!
そんな事を思っている時だった。スマホがヴヴッと震えた。
「?」
見ると、そういえば最近、親密な関係になった彼女からだった。
今世紀最大の幸せガール『遊びに来ちゃいました』
……え、今きたって事? なんか嫌な予感がして、玄関まで行って覗き穴から外を確認する。
……本当だ、いるよ。つーかインターホンも使わずにどうやって入って来たわけ? ……あ、そういやこの前、部屋の鍵のスペア持っていったっけ……。このマンションは番号を入力しなくとも鍵を特定の部位に当てるだけで開くからな。
まぁ、来られた以上は仕方ない。開けるか。玄関を開けると、楓が微笑みながら手を振った。
「こんにちは〜」
「じゃなくて。お前来るなら来るって言えよ」
「いえ、たまにはこう言うサプライズも良いじゃないですか」
「三回に一回はやるだろお前」
平日の夜も平気な顔で来るしな。……や、まぁそれが嫌だってわけじゃないんだけど。
「で、どうしたの今日は?」
「遊びに来ました」
「……それだけ?」
「だけ? とは何ですか。彼女が遊びに来たっていうのに」
L○NEで滅茶苦茶、調子こいた名前使ってるしな。
「まぁ良いけど。上がれよ」
「あ、いえお構いなく」
「は?」
「遊びに行きましょう?」
「……表に?」
「そうです」
マジかー。や、まぁ良いけどさ……。
「じゃあ着替えるから待ってて」
今、完全に部屋着だしな。ゲームについてきた限定のTシャツに、下もアホほどシンプルな短パンだ。
部屋に戻り、着替えを始めた。まずパンイチになって引き出しから服を引っ張り出そうとすると、ふと視線を感じた。
「……」
「……」
「……何してんの?」
「ふふ、
「暇ならリビングでゲームやってろよすけべ」
「はーい♪」
スゲェな、覗きがバレてよくそんな元気な返事できるよ。まぁ、俺も別に気にしないけど……いや、何にしてもああいう事してビンタされるのは男の役割じゃねえのかなぁ……。
相変わらず難解な楓だが……まぁ、気にしなくて良いや。難解なのは、単純に何も考えてないからだし。
着替え終わってリビングに戻ると、楓は大人しく座っていた。ただし、その机の上には俺の隠していた楓グッズがあったが。
「……」
「……樹くん、こういうものは恥ずかしいから買わないように、と言いましたよね?」
「や、それは、うん……」
「没収します」
「でもほら、俺は色んな楓も見たいわけで……」
「樹くんのためなら、何でもきますから!」
うお、マジか。そこまで言うなら別に没収されるくらい良いのかな……や、でも俺のためにそこまでしてくれるって事はつまり……。
「マイクロビキニも?」
「帰ります」
「冗談だからごめんごめん」
謝った。
×××
そんなわけで、とりあえず出掛けた。まぁ、社会人のデートなんて大体が酒だ。だから、たまにはそういうのを避けたい。
とりあえず、マンションの駐車場から車を引っ張り出した。運転するのは久しぶりだけど、たまにはドライブも良いでしょって事で。
車に乗り込むなり、助手席からカシュッという音が聞こえる。
「お前ぶっ飛ばすぞ。もう飲むか?」
「飲みます」
「……その一缶で終わりにしろよ」
「はーい♪」
本当にわかってんのかね……。まぁ良いけど。
「とりあえず、テキトーに転がすから、行きたいとこあったら言って」
「あ、じゃああそこ行きたいです」
「早っ」
何かと思って顔を向けた先は、花屋だった。SHIBUYAと書かれている。
……ふーん、花が好きなのか? 学生の時はそんなこともなかったと思うけど。
駐車場が無いので、駐停車禁止エリアを避けて車を止める。
「言っておいで。待ってるから」
「え、来ないんですか?」
「いや車止めらんないからこの辺」
「では、まずは駐車場を探しましょう」
「はいはい」
金掛かるけど……流石に花屋に一時間もいないでしょ。と、いうわけで、近くのコインパーキングに車を止めて、二人で花屋まで歩く。
店の中に入ると、ふわっとした花の香りが飛び込んできた。こういう店に入るの初めてだけど……意外と悪くないな……。や、でも一人じゃ絶対、行かないわ。
中に入ってみると、店員さんは若い女の子だった。
「……あ、楓さん」
「凛ちゃん、こんにちは」
「え、知り合い?」
思わず隣の楓に聞いてしまった。てか、あの子渋谷凛か。
「はい。私も来るのは初めてですけど、たまたま看板が見えたのでもしかしたらって」
「……それだけで?」
「前々から花屋をやってるって聞いてたんです」
なるほどね。……てことは、うちと意外と近いのか。今度、記念日あたりにお邪魔して買ってみようかな。
「楓さん、その人は……」
「あ、はい。私の彼氏です」
ピシッ、と。渋谷さんは体を凍り付かせる。てかこの女、平気な顔で俺を彼氏と言ったな……。普通、アイドルでそういうのって隠さない?
「か、彼氏……? 楓さんの……?」
「そうですよ?」
信じられない、と言わんばかりに俺を見上げる渋谷さん。まぁ、そうだよね。楓に彼氏がいる、って時点で驚くだろう。中身を知ってりゃただの25歳児だし。
とりあえず、まずは自己紹介かな、と思って頭を下げる前に。楓が余計なことを抜かした。
「ふふ、私と違ってぬぼーっとした人でしょう?」
「中身は真逆も良いとこだけどな」
「……は?」
「……あ?」
俺の言葉が地雷だったようだが、こっちだって初対面の人に「ぬぼーっとした人」とかいう紹介されたらイラっとするわ。
「だってそうだろ? いつもいつも俺に世話を焼かせるのは誰よ」
「それはこちらのセリフですよ? 結局、私から告白しましたしね?」
「それとこれとは話が別だから。てか、告白は世話が焼けるからするもんじゃないだろ」
「毎度毎度、私が『やめて』と言うのに私のグッズを買い漁る人の言う事ですか?」
「毎度毎度、吐くまで飲んで『やめて』も言われなくなった奴のセリフかよ」
徐々にヒートアップしてきた事により、慌てて間に渋谷さんが入った。
「ち、ちょっと、落ち着いて下さい。……私の店で痴話喧嘩はやめてくださいよ」
「あ、そっか。すみません。……挨拶遅れました。加賀山樹です」
「あ、意外と普通の人なんですね」
「……ぷふっ」
不本意極まりない安堵をされた。隣で吹き出したのは楓だ。お前あとで覚えてろよ。
「俺は普通の人だよ。……いや、楓と付き合えてる時点で普通じゃないのか」
「ふふ、その一言が普通の苦労人っぽいです」
「そう? ……まぁ、そうか。川島さんとか三船さんも似たようなもんだしな」
「あ、そのお二人ともお知り合いなんですね」
「あー……やっぱまずいと思う?」
「大丈夫だと思いますよ。最近、アイドルって割と簡単に一般人と知り合ったり付き合ったりしますから」
おいおい、マジかよ。まぁ、マジか。俺だってそういう節あるし、なんならアイドルになる前から知り合いだったし。
そんな時だ。隣から俺の右手首が抓られた。割と痛い力加減で抓られ、思わず隣を睨む。すると、拗ねた表情の楓が俺を見ていた。
……あー、しまった。こいつ、割とすぐに嫉妬するんだよな。流石に俺も女子高生には手を出さないってのに……。
なんであれ、そろそろ用件だけ済ませて出るか。そう思った時だ。また楓が先手を打って来た。
「……ふんっ、自分だって普通の人のふりをした廃人クラスのゲーマーの癖に」
「は、廃人ってほどじゃねえだろ……」
「誰ですか? この前、デュオやってる時に部隊のキル数13人中10人とったの」
「や、あれは、まぁ……うん。調子が良かっただけで……」
そんな話をしている時だった。突然、渋谷さんが意外そうな顔で楓を見た。
「え、楓さんもゲームやるんですか?」
「え? ま、まぁ、はい。廃人と付き合っていると自然とやるようになりましたよ」
「……上手いんですか?」
「えーっと……どうです? 師匠」
その呼び方はやめろ、恥ずかしいから。
「まぁまぁかな。大体、チャンピオン取れた時は与ダメージ900こえるし、ヘタってことはないよ」
「楓さん、わたしにゲーム教えてください!」
「え、ど、どうしたんですか?」
「私、そろそろ上手くなりたいです! 配信中に『渋谷の存在が敗北フラグ』とか言われないようになりたいです!」
え、この子山手線? ってことは、アイドルが山手線? ってことは、リア充? 今すごいこと知っちゃった。
「良いですよ。今度、一緒にやりましょうか」
「やる! ……良かったら、加賀山さんもどうですか?」
え、俺も? 良いの? と思って楓を見ると、いつもの何も考えていない笑顔でうなずいた。
「良いですね、楽しそうです!」
「良いんだ……ま、確かに足手まといがいた方が楽しそうだし、やろうか」
「……え?」
「ごめんなさい、凛ちゃん……彼、割と口が悪いんです」
いやいや、モンハンにしてもエーペにしてもあのプレイを見てたら誰だって笑えるわ。
「それより、楓。なんか欲しいもんあったんじゃねえの?」
「あ、そうでしたね。……と言っても、たまたま見かけたからお店に立ち寄ってみただけなのですが……」
「じゃ、俺が何か買って行くよ。……渋谷さん、こいつが好きそうな花とかある?」
「あ、はい。今、お選びしますね」
そう言って、渋谷さんはレジの奥から出てくる。
そんな中、楓が意外そうな顔で俺を見ているのに気付いた。
「……何?」
「樹くん……異性に花をプレゼントするなんて、いつからそんなキザな真似をするように……」
「置いて行くぞお前」
とりあえず、花をプレゼントした。
×××
その日、なんだかんだ丸一日ドライブに付き合った。で、今は帰り道。俺の制止も聞かずにベロンベロンに車の中で酔っ払った楓は、今はいびきをかいている。
「……はぁ、疲れた」
……明日から仕事なのに。まぁ、たまにはこんな日があっても良いか。楓と丸一日一緒にいられたわけだし。
さて、明日の仕事は秒で終わらせて休む時間を少しでも休む時間を増やすとしよう。
そんな時だ。窓の外で、見覚えのある三船さんが信号を待ってるのが見えた。
ガッツリ目があったので、小さく手を振ってみた。
「……?」
何故か、そそくさと会釈をして立ち去ってしまった。何だろ、何かあったのか?
……あー、もしかして……この前の事、気にしていたのか? 酔った勢いで写真撮った奴。むしろあれのおかげで告白されるという事になったわけだし。
今度、フォローしておくとするか。そう決めつつ、とりあえず帰宅した楓を部屋に泊めた。