高垣さんにフられました。   作:バナハロ

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居酒屋では(1)

 居酒屋に呼び出された三船美優は、店内に入るなり辺りを見回した。こっちに向かって手を振っている一団に目を向けると、いつものメンバーが手を振っている。

 川島瑞樹、そして高垣楓の二人だ。ついこの前もこの二人と飲みに行った気がするが、まぁその辺にツッコミを入れてもどうにもならないので流すことにした。

 

「こんばんは」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 微笑みながら挨拶して、席についた。

 

「とりあえず、生を頼んでおきましたよ」

「ありがとうございます」

 

 相変わらず、自分達のイメージとか全く気にしない人だ。や、アイドルが酒を飲んじゃいけないなんてルールは無いが。

 

「お疲れ様、美優ちゃん。撮影大変だったでしょ?」

「いえ、CMの時みたいに『エッチなポーズしろ』みたいな指示が無かったのでそこまでではなかったですよ?」

「え……?」

 

 開口一番、意外な毒を吐かれて瑞樹の表情は若干、凍りついた。

 それを察知し、美優は「あっ……」と声を漏らして苦笑いを浮かべた。

 

「す、すみません……お昼は久しぶりにお知り合いと食べたので、その人の感じが混ざってしまったみたいです……」

「感じって……ていうか、知り合いって?」

 

 瑞樹が聞くと、飲み物が来たのでひとまず乾杯した。ゴキュゴキュと三人で喉を鳴らした後、改めて説明する。

 

「前の会社にいた方です」

「男?」

「はい」

「というと?」

「いや、そういう感じの方じゃないですよ?」

 

 ニヤリと微笑みながら言われたものの美優は落ち着いて答える。これが図星なら間違いなく慌てるはずなので、本当に白なのだろう。

 美優としても前の会社の話はあまりしたくない。良い思い出の方が少ないから。そのため、それ以上に気になることがあったのでそっちに話を逸らした。

 

「それより……楓さんはどうかなさったのですか? いつもより静かですけど……」

「そうそう。そうなのよ。楓ちゃん、元彼とこの前会ったのよ」

「へ?」

「もう……大変だったのよ? あの後、彼がイヤホンをつけたのを良い事にガンガン愚痴とお酒が進んじゃって……いつもより介抱に労力が掛かって……」

「楓さん……彼氏がいらっしゃった事あるのですか?」

 

 大変だった、労力が掛かったと言っているのに美優が聞いてしまったため、その日の飲み会は地獄が確定した。

 静かな楓はビールを一口で飲み干すと、店員さんに声を掛けた。

 

「すみません、ハイボールおねがいします」

 

 げっ、と美優が冷や汗を掻くのと、瑞樹が額に手を当ててため息をついたのが同時だった。

 運ばれてきたハイボールをさらに一口で半分ほど飲み干し、楓は早くも顔を若干、赤くしたまま続けた。

 

「そぉなんですよ……せっかく、忘れかけてたときに、樹くんと遭遇してしまいましてね……」

 

 あ、加賀山さんと下の名前一緒だ、と思ったが、口に出す事はなかった。構わず楓は続けた。

 

「よーやく私が忘れかけてた頃に、いきなり現れて……本当、間の悪さは一級品なんです、あの人」

 

 彼女だったからだろうか、その人のことを知り尽くしているような言い様だ。実際、3年ほど付き合っていたから、割と何でも知っている。

 

「昔からなんです。クールを気取ってるのか何なのか知りませんけど、感情を表に出してくれないんです……」

「あー……それはキツいわね。何かプレゼントしても顔に出ないんだ?」

「いえ、まぁ……長い付き合いなのですぐに見分けはつきますが」

 

 つくんなら良いじゃん、とも思ったが、まぁ確かに僅かな反応ではなく大きな反応が見たいものだ、とも思えるので、そこはツッコミを入れないでおいた。

 

「意外と反応がなかったらなかったで可愛いんですよ。真顔なのに内心では喜んでると思うと、何だか悪くないんですけどね」

「確かにそういう男の子も……いや、社会人にもなってそれは面倒臭くない? 子供じゃないんだから」

「私が付き合っていたのは、彼が大学二年から社会人一年の3ヶ月目までなんですけどね」

「まぁ、大学生なら分からなくもないけど……」

 

 なんて話をしている間、美優は「んっ?」と小首をひねる。そういえば、自分と昼飯を食べた元同僚も、大学から付き合っている彼女と三ヶ月で別れていたような……まぁ、割とある話か、とすぐに思い直した。

 そんな美優の気を察してもいない楓は、真っ赤な顔のまま愚痴を続けた。

 

「そう。大学二年と言えばですね! お付き合いを始めてから初めて彼のお宅にお邪魔した時です」

「か、彼のお宅にお邪魔って……」

 

 そのフレーズだけで何故か頬を赤らめる美優に、楓と瑞樹は顔を向ける。ナニを想像したのか丸分かりだった。

 当然、そんな反応をすればからかわれるのは必須なわけで。

 

「特にやらしい事は何もしてないのですが……美優さんは何を想像したんですか?」

「え? え、えーっと……別に何も……!」

「別に彼氏の家に行くのはエッチなことが全てじゃないわよ?」

「もしかして……美優さんって処女なんですか?」

 

 二人に同時に見つめられ、さらに顔が真っ赤になる美優。やがて、両手で顔を覆ってしまった。

 

「も、もう……そんな目で私を見ないで下さい……!」

「ふふっ……♪ えっちな()()()()()()()()

「やめて下さい……!」

 

 酒臭そうな顔で抱きつく楓と、歳下に良いようにいじられる美優はそれはそれで可愛らしかったが、瑞樹としては少しかわいそうな気もしたので、微笑みながら楓に声をかけた。

 

「ほら、楓ちゃん。それで、どうしたの?」

「可愛い顔を見せてくださ……あ、はい。えーっと……そう、その後。お付き合いを始めてたのにエロ本を持っていたんですよ⁉︎ それも隠すつもりもなく平気で本棚に入れてあったんです! どう思いますか⁉︎」

 

 唐突に声が大きくなったが、瑞樹も美優も顔を見合わせる。

 

「どうと言われても……まあ、確かにないわね」

「ていうか……それその彼氏さんの方がきついのでは?」

「問い詰めました! そしたら『ちなみに昨日、買いたてホヤホヤです』って親指立てられました」

 

 それは確かにあり得ない、と美優と瑞樹は頷いた。開き直るどころの騒ぎではない。何のアピールをしてるのか、と呆れる程だ。

 

「そ、それでそのエロ本どうしたの?」

「ちり紙交換に出してやりましたよ。他のエロ本も全部丸ごと。彼、一人暮らしだし少しでも生活費を浮かせたいと思っていたでしょうから」

「や、優しいのか厳しいのか分かりませんね……」

 

 割と厳しい判断だった。当時、そのちり紙交換には楓が立ち合い、てっきり捨てられるもんだと思っていた彼氏は、まさかの赤の他人であるちり紙交換のおじさんに、自分の趣味嗜好、そしてエロ本を彼女に見つかるダサすぎるシチュエーションの二つがバレてしまい、死ぬほど後悔したから。

 二重の意味で一石二鳥の解決法に、美優も瑞樹も苦笑いを浮かべる中、楓はハイボールを飲み干し、さらにハイボールを注文してから続けた。

 

「大体、あの人は私が怒ると昔から開き直るんですよ。ほんと、そういうとこ昔から嫌いでした」

「……あの、じゃあ何故、お付き合いする事になったんですか?」

 

 あまりに攻撃的な言葉が飛んできたため、思わず気になって聞いてしまった。

 その良いタイミングで、新たなハイボールが運ばれてきた。それを、今度は一気に飲み干されてしまい、流石に瑞樹も美優も背筋が伸びた。そんな飲み方を何度もしてると、いくら強くても潰れる。

 酔っている楓は、何の躊躇もなく、酔っぱらったヘラヘラした笑みのまま続けた。

 

「決まってるでしょう、好きだったからですよ?」

 

 そう正面から告白され、何故、質問した美優が顔を赤くしているのだろう、と瑞樹が思った間も、楓のトークは続いた。

 

「私がピンチな時は必ず助けてくれる所も、冷静沈着に見えて内心では割と焦ってる所も、手先は器用なのに人間関係は不器用な所も、彼女であっても甘やかす気は無くて、本当に私のためを思って厳しくしてくれてる所も、全部大好きです」

「……」

「……」

 

 ありのままをありのまま言い放った。普通の女性なら、恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、ボソリボソリと呟きながら言う所だろう。

 しかし、高垣楓の神経は普通のものではない。過去にあった出来事くらい、平気な顔で言えるものだ。

 流石だなー……なんて思いながら眺めていると、楓の身体はゆらりと前のめりに倒れ、額を机に強打した。

 

「……うう、樹くんのばか……」

 

 ……微妙に肩が震えてる。もしかしたら、泣いているのかもしれない。美優と瑞樹は顔を見合わせると、少し気まずそうな顔をする。というか、気まずくない理由がない。

 

「‥……少し、お手洗い行ってきますね?」

「私も」

 

 二人揃ってトイレに向かった。勿論、用を足すことが目的ではない。手を洗いながら、のんびりとお話を始めた。

 

「……ふぅ、なんか楓さんも大変だったんですね……」

「そうね。私も前に愚痴を聞いたんだけど……まぁ、ああいう楓ちゃんも新鮮で可愛いけどね」

「ですね……。でも、何で別れちゃったんですかね? なんかあの様子ですと、楓さんもまだ好きだったんでしょうに……」

「それがね……彼氏さん、一個上なんだけど、先に就職しちゃったのよね。で、新人の社会人だから中々、デートの時間取れなかったみたいで……」

「あー……いえ、でも休日くらい……」

「彼氏さん、スタミナがないモヤシ系男子だったらしいから。休日とか一歩も家から出たくなかったんだって。楓ちゃんも当時は若かったし就活中だったらしいから、中々休みが合わなくて……それで」

 

 なるほど、と美優は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、私は楓さんの肩をもってしまいますね。私も新入社員の時は仕事が忙しくて疲れてテンパってしまう事もありましたが、それでも大事にして欲しいと思います。特に、歳下の女の子なら尚更」

「あー……まぁねぇ。楓ちゃん、子供っぽいし、かまってちゃんだからね。でも、確かに入社したての頃は大変だし、そっちもわかるわよね」

「それは……そうですが。でも……」

 

 ちらっとトイレの扉の向こう……自分達の席で一人、俯いている楓の方を見た。普段、飲みの時はいじられるにいじられ、潰される事も多々あり、たまにはこっちが優位に立ってみたいと思った事もあったが、いざこうして弱っている楓を前にすると、中々、見ていられない。

 かと言って、顔も名前も知らない相手の男性の事でどうにかしてあげることなんて出来ない。そもそも、そこまで首を突っ込むべきかも分からないから。

 

「……でも、何とかしてあげたいですね……」

「そうね……。せめて、二人に別の恋人が出来れば……」

 

 そう、瑞樹が呟いた時だ。美優はハッと名案を思いついたような表情になった。

 

「どうかしたの?」

「……楓さんが好きそうな条件に当てはまる人が1人、私の元同僚にいます……」

「あら、そうなの?」

 

 何せ、自分が仕事を押し付けられていた時は手伝ってくれて、仕事を終わらせる早さは同僚の中でもトップなくらい器用で、それでいて割と厳しいところもある男が。しかも、その人も彼女と別れて今は独り身のはずだ。

 

「……紹介してみましょうか?」

「そうね……まぁ、本人達が了承するなら話をしてみるだけでも良いんじゃない?」

「はい」

 

 ……よし、頑張りましょう。むんっと気合を入れてトイレを出て席に戻ると、今の短い時間でジャッキやグラス、日本酒の一升瓶が大量に机の上に置かれていて、楓さんはいびきをかいていた。

 

「……その前に、これを何とかしないとね」

「……はい……」

 

 


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