高垣さんにフられました。   作:バナハロ

6 / 27
大人の中身が大人とは限らない。
恋愛経験のない成人女性は少女漫画脳。


 7月になった。つまり、クソ暑い季節。外ではウルトラマンエースが復活出来そうなほどの太陽エネルギーが地球を照らしているが、そんなものはオフィス内には関係ない。デスクワークなら尚更だ。

 クーラーがガンガン効いている室内でキーボードを打っていれば良いので、やはりインドア万歳である。

 そんな快適な職場だが、何もかもが快適というわけでは無い。端的に言ってポケットの中がかなり鬱陶しい。

 

 高垣楓『こんにちは』

 高垣楓『今、お昼です』

 高垣楓『そちらはお仕事中ですか?』

『高垣楓 が 写真 を送信しました』

 高垣楓『ふふ、今日のお昼です。美味しそうでしょう? このチキン』

 高垣楓『チキンと味付けしてあってとても美味しいです』

 

 普通に通知をオフにした。さて、仕事するか。

 

 ×××

 

「で、喧嘩になったんですか?」

 

 夕方。せっかく定時で帰ろうとしたのに、楓に愚痴られたのか涙声になっていた三船さんから電話で呼び出されたため、急遽、スタバに来ていた。

 俺も楓も三船さんも、明日は普通に仕事なためカフェでコーヒーを一緒に飲んでるだけ。しかし、空気は重い。主に俺と楓の空気が。

 事の発端は、楓からの通知をオフにした俺が昼休みには通知を切った事すら忘れていたため、三船さんから電話が来るまで気付く事すらなかった事だった。知らない間に20件以上のL○NEが溜まっていた。

 コーヒーを口に含みながら、俺は三船さんの問いに答えた。

 

「別に喧嘩はして無いですよ」

「それ、喧嘩してる大人が一番、言う奴ですよね」

 

 そんな風に言われても、俺はまだ楓に何も言っていない。

 ……いや、挨拶だけしたわ。「こんにちは」って言うと三船さんは「こんにちは」と返してくれたが、楓は三船さんの方を見て「あら? 美優さん、誰に挨拶してるんですか? そこには誰もいませんよ?」と変わった挨拶をしてくれた。

 だから「何も言ってない」というよりは「口を聞いていない」と言う方が正確かもしれない。

 しかし、楓のその反応は誰がどう言葉を取り繕おうが相撲部屋の挨拶と同じ意味を持つのは間違いない。

 

「俺に言われましても……。そいつが勝手にシカトごっこをかましてるだけなんで」

「美優さん、お店を変えませんか? 近くに美味しいミルクレープ置いてあるところがあるんですよ」

「じゃあ俺帰るね。用ないみたいだし。あと仕事中にL○NE20件以上溜めるのやめろよ。聞こえてないみたいだし、そもそも頭の中は聞かん坊だし言っても無駄だと思うけど」

「ブンブンと()()()()()()()()()()()()()()()のが分からないんでしょうか?」

 

 徐々にヒートアップしていく俺と楓。微笑みながらも笑っていない目を細める楓と、楓の言うところの「冷たい視線」を温めるつもりも無く突き刺す俺。

 こいつ、いつからそんな口が悪くなったんだ? 俺の言えた話ではないかもしれないが。

 そんな俺たちの間に入って喧嘩を止めたのは「ぐすっ……」というしゃくりあげるような涙声だった。

 

「……すみません。やっぱり、私の所為でお二人の仲が悪くなってしまわれたんですよね……」

「……え?」

 

 な、何をいきなり言うてんの……? なんで三船さんが涙目になってんのか皆目見当も付かないんだけど。

 頭の上にクエスチョンを浮かべていると、隣から楓が俺の腕を引き、耳元に口を近づけてきた。

 

「何? てかようやく俺を視認できた? 目にゴミでも入ってたのか?」

「良いですから、そういうの。ていうか、あまり美優さんをいじめないで下さい。美優さんは私達が別れたのは自分が仕事が遅いからだと思ってしまっているみたいなんですから……」

「はぁ……?」

 

 マジかよ……また変な方向に持って行ったな……。まぁ、気持ちは分からないでもないが……てか待てコラ。虐めないでくださいって、なんで俺だけの所為みたいになってんの? お前も共同責任だろ。

 しかし、そういうことならこの場で喧嘩するのは三船さんに悪いわな。とりあえず、表面上だけでも仲直りしないと。

 

「あー……悪かったよ、楓。次からは忘れないようにするから」

「分かれば良いんです」

 

 ……コノヤロウ、立場を利用してよくも言ってくれるな本当に。だが、ここで怒ってはまた同じ事になる。三船さんはホッと胸を撫で下ろしているようだし、とりあえず俺もホッとしておこう。

 ま、形だけであれ今の俺の一言でもはや、用事は無くなったな。

 

「じゃあ、俺帰るから。明日も仕事だし」

「え、もう帰るんですか?」

 

 楓が少し寂しそうな声を出す。付き合いたての頃はその声を聞いただけでなんでも言うこと聞いてあげてたが、もう効かないから。

 

「当たり前だろ。お前もあんま三船さんを振り回すなよ」

「はい? 今回の件は樹くんが撒いた種ですよね?」

「しつこくカマちょしてきたのは誰だよ。普通の大人なら20件も連続して送らないけどな」

「普通の大人なら少しくらいかまってくれても良いでしょう?」

「だからその件については謝っただろうが。今の話はどっちが撒いた種だって話だろ」

「……」

「……」

 

 うん、やっぱ無理だわ。俺も楓も気が強いタイプじゃないのに、どうにもこういうときは譲れなくなってしまう。別れる前はここまで喧嘩することもなかったはずなんだけどな……。

 険悪になる俺と楓の間に、三船さんがやんわりと口を挟んだ。

 

「あの……2人とも、どうやってお付き合いされたんですか?」

「「……え?」」

 

 思わず俺と楓から間抜けな声が漏れる。

 

「あ、いえ……その、楓さんからいろんな話を聞いた感じですと、昔はあまり喧嘩なさらなかったそうなので……少し、気になりまして」

「お前……何余計な話してんだよ」

「え、あの……あまりそう言った話をした覚えは……」

「最近、楓さんと飲みに行った時は毎回、酔っぱらった勢いで色んな話をされてますよ?」

「え……そ、そうでしたか?」

 

 驚いたような顔になる楓だが、恥ずかしそうにしている様子ではない。まぁ、こいつは割と平気で惚気話するタイプだからな。学生時代は飲み会のたびに周りに惚気話をして呆れられてたもんだ。

 

「はい。まぁ……そうですね。楓さんの部屋の掃除はいつも加賀山さんがしてくれてたから、わざと見えるところに下着を置いておいたとか、料理してくれている時のキャベツの千切りが早過ぎて気持ち悪かったとか、レポートや試験の時はしつこいくらいに面倒見てくれたとか、そういう話ばかりでした」

「……ふーん。なるほどね?」

「……っ」

 

 ふいっと目を逸らす楓を、さっきの喧嘩の時と同じくらい冷たい目でジロリと睨んだ。こいつ、そんな風に思ってやがったのか……って、何その顔。なんで恥ずかしそうにしてんの? 

 

「おい、そこは顔を赤らめるとこじゃないだろ。悪口がバレて照れるってどんだけ性格悪いの?」

「……」

「……」

 

 あれ、なんか静かになった。つーか、そんな顔されたら怒るに怒りづらいんだが。三船さんは三船さんで駄目な人を見る目で見てくるし……。

 そんな三船さんだったが、すぐに気を取り直していつもの綺麗な笑顔を浮かべて聞いてきた。

 

「それで、どのようにお付き合いされたんですか?」

「どのようにって……大体、なんでそんな話聞きたいんすか?」

「いえ、聞きたいというよりは……」

 

 そこで、急に頬を赤らめる三船さん。ニヤニヤしたり冷たくなったり恥ずかしがったり忙しい人だな。まぁ、可愛いから良いが。

 そんな表情豊かな26歳は、言おうか言うまいか少しためらった後、結局、少し恥ずかしそうに頬を赤らめたまま呟くように答えた。

 

「そ、その……お付き合いした時のこと思い出せば‥……2人とも、仲良かった頃に戻るんじゃないかな……と……」

 

 途切れ途切れにそう言う三船さんは、それはもう年相応ではない可愛さがあった。楓に未だに未練がある俺ですらどきっとする程だ。その俺を看破した楓に、隣から太ももを抓られたが。

 死角で制裁したり、されたりしている中で、楓と俺はそんな乙女な三船さんに無慈悲に答えた。

 

「そんな少女漫画みたいな事ありませんから」

「そうですね……むしろ、俺にとってあの頃は黒歴史だったんでね……」

 

 大学デビューに失敗して高二病みたくなってた頃だからな……大学二年にもなって……。

 そもそも俺と楓は、少女漫画が好きそうな三船さんが楽しめそうなロマンチックな付き合い方をしたわけでもない。告白の会話が「そろそろ付き合っとくか俺ら」「そうですね」だったし。

 

「……そ、そうですか……」

 

 しゅんっと肩を落としてしまう三船さん。まぁ……でも、確かに俺だって楓と喧嘩したいわけではない。これからは少し気をつけるとしよう。

 

「じゃ、マジで俺は帰るぞ。何にしても、仲直りしたのなら用事ないだろ」

「あ、そ、そうですね」

「むー……」

 

 少しつまらなさそうに唇を尖らせる楓。なんだよ、そんなに俺と喧嘩したかったんか。

 少なくとも三船さんの前で喧嘩するのは避けたい所だ。でも、楓がこういう顔をしている時ってのは、必ず後になってちょっかい出して来る。

 ‥‥仕方ないな。小さくため息をつくと、ふてくされてる時の表情になっている楓に、静かに声を掛けてやった。

 

「休日ならいくらでも付き合ってやるから、そんな顔すんな」

「……え?」

「まぁ……!」

 

 驚いたように頬を赤らめて俺の顔を見上げる楓と、「意外……」と言わんばかりに口に手を当てて目を大きくする三船さん。なんかまた変な勘違いをされた気がするが、無視して帰宅しようとした時だ。帰ろうとする俺の腕を楓が引いた。

 

「待って下さい」

「何?」

「では……その、今週の土曜日に……また樹くんの部屋にお伺いしてもよろしいですか?」

 

 ‥……早速かよ。まぁ、別に良いか。俺もこの前、一緒にゲームしたときは柄にもなく楽しいとか思ってたし、もっと上手く教える方法とか考えちゃってたし。

 

「好きにしろよ」

「では、楽しみにしていますね?」

「ん」

 

 頷き、今度こそ帰宅した。

 ……まぁ、あの25歳児は性懲りもなく、明日もL○NEして来るだろうし、その時はかまってやるか。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。