修羅場の始まりの日。
「はい。……まぁ、一応、そんな古いタイプじゃないので、今日中には終わると思いますよ」
「あ、そうですか。じゃあ……すみません、お願いします」
業者の人に見てもらっている間、俺はこの家にいなければならない。なるべくなら、業者の方達はお客さんはいないほうがよかったはずだ。なのに、現状ではアホほど有名なアイドルが1人と、双子のJCが二人とよく分からん状況になっている。
「騒がしいかもしれませんけど……」
「大丈夫ですよ。お子さんがいるお宅には何度かお邪魔したことありますから」
‥……変な勘違いされていないだろうか。大丈夫だとは思うが……。
とりあえず、業者の方々にペコっと頭を下げながら、ソファーで寛いでる楓達に声を掛け……ようとしたら誰もいなかった。正確に言えば颯しかいなかった。
「颯、バカ一号とバカ二号は?」
「なーと楓さんならいーくんのエロ本探しに行ったよ」
「止めろよ」
「止められるわけないじゃん」
だよね、知ってた。
「てか、お前が参加してなかったことに驚きなんだけど」
「え? いや……だってほら……そういうのは、はーにはまだ早いっていうか……」
どうやら、成長期だけでなく思春期も
しかし、ここで俺が先回りしてエロ本の隠し場所に行けば、実は机の下で俺を監視している凪に勘付かれる。あれは楓の入れ知恵だな、ホント男ならぶっ飛ばしてた。
とりあえず、トイレに行って奴らの様子を見よう。どうせ簡単には見つからん。
「あ、すみません。もしアレだったらトイレあそこの扉にあるんで」
「ああ、すみません」
「エロ本探しを止める気はないの⁉︎」
なるべく自然な流れになるように業者の方に声をかけておいた。颯の台詞は無視して、トイレに入る。
手早く済ませ、トイレを出ると机の下の凪とソファーの上の颯はいなくなっていた。
居間には業者の人、洗面所は脱衣所とトイレとバスルームを兼ね備えているので無し、キッチンには誰もいない。そのため、寝室で探しているのは丸分かりだった。
部屋の扉を開けると、楓が中央でしゃがんでいて、その両隣に久川姉妹が控えていた。
「良いですか? エロ本を探す時は、その人の性格をよく分析する必要があります。何せ、男性にとってエロ本は絶対に異性に見られたくないものなので」
「先生、それだといっくんの場合は本棚に普通に飾ってありそうな気がするのですが」
「その通りです。ですが、この前に私がお邪魔した時に一掃したので、ほぼ確実に何処かに隠してあります」
「え……一掃されたのにまた買ったの?」
「男性は懲りない生き物ですから」
「しかし、まさかはーちゃんまで参加するとは……興味があるんですか?」
「は、はぁ⁉︎ 別に無いし! 私はただ……なーが心配で……!」
「ふふ、恥ずかしいことではありませんよ、颯ちゃん。私も学生時代に盗撮した樹くんのシャワー写真を今でも取ってありますから」
なんかエロ本講座が始まっていた。まぁ、もう好きにしろよ。だってエロ本なんて無いもの。
この前、一掃されてから、また楓と会うことがあるんじゃないかと思うようになって、それ以来、買っていない。
……あと楓、お前その件について後で問い詰めるからな。
「……さて、どうするか」
三人は楽しそうにしているし、俺はこういう場合どうしたら良いんだろうな。まぁ……大人しくゲームでもしてるか。
プレ4の電源を入れて、ゲームを起動する。A○EXを始めると、業者の方が「おっ」と声を漏らした。
「エーペですか?」
「……やるんですか?」
「ええ、たまに」
へぇ、意外……でもないか。楓ですら興味持ったゲームだしな。
「……あの、余計な事かもしんないんすけど」
「なんですか?」
「あの人……高垣楓さん、ですよね? どんな関係なんです?」
あー……やっぱ気になるよな。変な噂立てられて楓の仕事に影響が出ても困るし、適当に誤魔化すか。
「学生時代からの友達っすよ。ゲーム仲間なんすけど……今日は従姉妹が泊まりに来てまして、ゲームよりあっちに夢中みたいです」
「なるほど、そうでしたか……まぁ、俺はアイドルに興味ないんで、別に良いんですけど」
じゃあなんで聞いたんだよ。
「でも……異性でお互いの部屋に行くなんて結構な信頼関係ですよね?」
「まぁ……そうっすね」
テキトーに肯定しておいた。なんか言い訳を並べても変に勘繰られそうだし。
「うちの女房と結婚する前の話なんですけどね。俺もエロ本探されたことあるんですよ」
「そうなんすか?」
ちゃんと手を動かしながら話をしはじめた。俺も俺で、画面から目を離さずに受け答えしているが。
「でも、実際の所、エロ本を見つけたからって女の人って怒らないらしいんですよね」
「へー」
じゃあなんで捨てられたんだよ。ていうか、何処の彼女もエロ本を探す習慣があるのか? 怖いな、女って。
「ただ、自分の男がどんな趣味をしているのかを把握するために探すらしいんです。……ま、うちの女房の場合は、ですけど」
「ふーん……いや、怖すぎますねそれ」
男にとっては公開処刑も良いところだ。てか、何が言いたいのん? 惚気? 新婚さんなんですか?
「つまり、そういう事じゃないですか?」
「はい?」
「高垣さんも、あなたの好みが気になるのでは?」
……あー。え、そうなの? や、だとしてもだ。別にあいつの場合は俺のことをからかうネタが出来たとか、そんなんだろ。巨乳好きであることはすでにバレてるわけだしなぁ。
「まぁ、とりあえずエロ本持ってることは気に食わないのでバレたら捨てられるんですけどね」
お、おう……結局、怒ってないのに捨てられるのか……。まぁ……要するに楓は俺の事を「性癖が気になる程度には興味ある」と言いたいんだろうが、それは無いだろう。元々、俺をフッた女だしな。
でも、そういうことを気付かせようとしてくれるお節介は正直、嬉しい。俺に構ってくれる人間は会社じゃいないから、こういう方には少しありがたみを感じる。
なので、何か言っておこうと口を開いた時だ。
「あら? 私に隠れてゲームですか?」
部屋を荒らしていた楓が顔を出し、俺の隣に座ってコントローラを奪う。まぁ、激戦区を出てアイテム集めのタイミングだから別に良いけど。
……しかし、何を焦ってんだこいつ? 修理業者のおっちゃんを見ると、少しニコニコしながら楓を見てるし。手を動かして下さい。
「あの二人は?」
「まだ探していますよ」
ホント、誰も止める人がいないのは辛い。一人で子供三人を相手にしないといけないのか。
……や、まぁ良いけど。何か物を壊されない限りはなんの問題もない。それに、そろそろ楓に聞きたい事もあったし。
「で、お前さ。ここ最近、よくL○NEとかして来るけど……何なの?」
「ご迷惑ですか?」
「や、そういうんじゃなくて……こう、何? てっきり嫌われてるもんだと思ってたから」
「……別に、嫌ってはいませんよ」
ふいっと目を逸らし、冷たい声で答える楓。や、元々、視線はテレビの方を向いているわけだが。
嫌っては、か。じゃあやっぱり前みたいな感情はないんだろうな。となると、今は本当に友達感覚で遊びにきているだけか。
しかし、その割には頬を赤らめているような……こいつが頬を赤らめるときなんて滅多に……いや、だから落ち着けよ俺。こいつの表情を深読みしてもろくなことにならないだろ。
正直、未練があるくせにもっかい向き合うのを諦めている身としては複雑だが、向こうが友達感覚で楽しんでいるのなら、こちらもあまり緊張しない方が良いだろう。
そう、フランクに行こう、フランクに。友達にエーペを教える気持ちでいとこう。……あ、足音する。
「むしろ、その……好」
「おい、来るぞ敵。多分、あの建物の中」
「……」
「なんでコントローラ置いてんの?」
ていうかなにその目……。
「……樹くんは本当に相変わらずですね」
「は? って、来るって」
「私にどう思われているかとゲーム、どちらが大事なんですか?」
へ? どう思われてるかって……でも、楓はエーペで殺されると機嫌悪くなるしなぁ。
「……そもそも今日、何故、私がここまでついてきたと思っているんですか?」
「エロ本探し?」
あ、なんか今、地雷踏んだ気がする。待って、もしかして真面目な話してたの?
「もういいです。帰ります」
「ちょっ、冗談だから! 待っ……!」
「待ちません」
ゲームの画面なんて気にしてる場合じゃなかった。何となくだが、ここで帰らせたら終わりだ。そんな気がする。
なんとかいい感じのことを言わないと……いっそ、好きと言っちまうか? 付き合い始める前にした告白は冗談で済まされた事もあった。今、言えば少なくとも引き止められるかもしれない。
いや、それはその場凌ぎに過ぎない。それこそ博打だ。尚更、逃げられる可能性すらある。
クソ、こんなことなら今までもっとちゃんと人付き合いとかしてくれば……!
とにかく何か言おうとした時だ。俺の寝室の扉が開いた。
「いーくんのお宝はっけーん!」
「面白いものが面白いところに隠してありました。さて問題です、これはなんでしょうか。衝撃の答えはCMの後」
うるせーのが最悪のタイミングで帰ってきやがった! え? ていうかお宝? 俺もうエロ本うちにないはずなんだけど。まさか、俺でも記憶に残ってなかった奴があったってのか? 何にしても最悪だ……!
楓がさらにイラッとした表情を振り向かせて足を止める。頬をひくっと釣り上げ、片眉を上げる。楓の顔に青筋が浮かんでるの初めて見た。
「へぇ? まだ隠し持っていたんですか? このどすけべ」
「や、違……」
「良い機会ですね。見せてもらいましょうか、私にも見つからない場所に隠していたエロ本とやらを」
や、ホント俺も少し見たいわ。見てる場合じゃないが。って、業者のおっさん。テメェなんで笑いを堪えてんだコラ。
もはや止める間も無く、楓は二人から本を受け取った。直後、どういうわけか顔を赤く染め上げた。え、俺、楓が照れるようなマニアックな本は買った覚えがないんだが……。
「お前ら、何持って来たんだよ」
「ライフラインは次の三種です。『フィフティーフィフティー』『オーディエンス』『テレフォン』どちらをご利用しますか?」
「随分、懐かしい番組を出してきたなおい。てかどれも役に立たないよね。フィフティーフィフティーに至っては選択肢もないし」
「A、高垣楓写真集」
「あ、選択肢くれるん……今、なんて?」
……おい、待て。凪、お前いまなんつった? 俺の疑問を他所に、颯が続けた。
「B、ミステリアスアイズフランス旅行!」
「おい待て! 答えが二つあるように聞こえましたが⁉︎」
「C、命もやして恋せよ乙女MVディスク」
「分かった! 全部、全部だから! タイトルを 選択肢{朗読・声に出して読む・音読・読み上げる}すんのやめろ!」
「D、シンデレラガール記念、高垣楓インタビュー記事!」
「‥‥お前ら、今日の晩飯覚えとけよ……」
「ここで臨時ニュースです。大事件が発生しました。凪はそちらの謝罪に行かなければなりません。もしかしたら放送は中断になるかも。つまり、ご飯抜きは勘弁して下さい」
「喧しい」
そんな大人げなくJCと口喧嘩をしていると、楓はさっきまでと打って変わって真っ赤な顔でニヤニヤしてしまうのを必死で噛み殺す面白い顔になっていた。こんな表情豊かな楓は見た事がない。
「あ、いや……楓、これはその……」
「……うです……」
「へ?」
「……没収です、全部……!」
「ちょっ、そんな……」
「帰ります」
グッズをすべて回収し、楓は部屋を出て行ってしまった。
思わず俺がその場で片膝をつき、立ち崩れる中、肩に凪が手を置いた。
「晩御飯、お願いします」
「うるせえよ……」
ホントうるせえよ……。