ーーー突然だが。
俺には可愛い幼馴染みがいる。天使のような美しい金髪はボブカットでふわふわしていて、目の色はまるで透き通る水面のように蒼く静かな色をたたえている。身長は小柄で160センチ程。いつもは無表情な顔が見せる偶の笑みはもうほんとに可愛らしくて、あぁ、十五歳なんだなーって思わせる天真爛漫さも兼ね備えていて…もうね、ほんとに可愛いんだ。性格も優しくって、女神みたいなんだよ。具体的にどこが素晴らしかったエピソードとか語り始めたらキリがないからここらでやめるけど。
さて、ここまでベタ褒めしておいて言うのもなんだが、彼女には欠点がある。いや、欠点っていうか、全面的に悪いのは彼女ではない上に俺に問題があるのだが。まあ対外的に見て体裁が悪いことを彼女が行っているというわけだ。なにしてるのかって? …簡単に言うとだね。
俺、今彼女の奴隷やってるんだ。
まー待て。確かに頭おかしいことを言っているように聞こえるのかも知れないが、順を追って説明しようか。まずは彼女、いや御主人様との馴れ初めからかな。
今までにも言っている通り、彼女は美しく可愛く性格よくって天使なのだが、それはまあ幼い頃からその片鱗があった。俺らが当時いた村じゃ彼女はジジババ共のアイドルだったし、なんなら俺の親世代から見てもアイドルみたいな存在だったらしい。舌足らずな口調で甘えるように
「おやつちょーだいっ!」
とか、はにかみながら言われて鼻血出してた親父の顔が今でも忘れられない。それは当時、弱冠5歳程度でしかなかった俺の心にこう、なんかもやっとしたものを生み出したのものだ。あとからこのことが悲劇を生むことになるわけだが、それも取り敢えずは置いておこう。
で、だ。そんなアイドル的、天使的で小悪魔な可愛さを持っていた彼女がモテないはずもなく、それはもーすごいことになっていた。彼女と同年代の男は言うに及ばず、小さな子供から果ては既婚男性まで、沢山の人が彼女に恋をしていた。
村ぐるみで愛されていた彼女は、片田舎で望め得る限りのものを手にしていながら、しかしずっと俺と行動を共にしていた。冷やかされることもあったけれど、その多くはそもそも子供が少なかったこともあるだろうが、嫉妬心からではなく揶揄うような、微笑ましいものを見ているような感じで……俺は、堪らなくそれが嫌だった。嫉妬心を持つものが少なかったと言っても、それを持つものは勿論居たし、そしてその多くは俺と同年代あたりの男ばっかで。俺は、よくハブられたりして、友達というものができた試しがなかった。
だから、羨ましかったんだ。友達がいて、楽しそうにみんなで遊んでいる奴らをみると。彼女といるときだけは彼らは遊びの中に俺も混ぜてくれたけれど、露骨に嫌そうな顔をされたり、時には一緒に遊んでいる中で堂々と無視をされたりもした。
苦しかった。悲しかった。寂しかった。なんでこんなにも彼女は愛されているのに、俺は寂しい思いをしてるんだろうって何度も思って。ニコニコと笑うだけでひたすらにみんなから無償の愛を貰っていた彼女を妬まなかったと言えば、それは嘘になる。両親に相談しようにも、前述した通り彼女にでれでれで。なんだかそれが無性に辛くって、出来なかったんだ。
他の大人たちも皆一様に同じようなもので、息苦くって、そんなこんなで二、三年前のある日、我慢できなくなった俺は彼女に……まあ、その、なんだ。鬱憤っていうかなんというか、非道いことを言って別れを告げたわけだ。
……今でも忘れられない、彼女の絶望したような瞳。必死に涙をたたえながら、震える声で行かないで、って絞り出すように細く叫ぶ姿。縋りつく彼女の体ごと、手を振り払って駆け出したあの日。
走って、走って、走って。その時丁度降り始めた雨で、ぬかるんだ土に足を取られて転げ回り、それでも走った。木の根に足を取られながら、必死だった。あんなに望んでいたはずの自由だったのに、なんでかな。苦しみからは開放されることもなく、むしろそれは強くなる一方で、心が軋んで痛かった。止まらない嗚咽。流れる涙。それらを止めようともせずに、俺はただ走った。
走って、走って、走って。雨で、熱くなっていた体の熱さえも奪われるほどの時間走り続けて。不意に絡れた足のせいで無様に転んだ。もう一歩も歩けないほどに足はガクガクで、口の中に入った泥の味はただひたすらに苦かった。
しばらくの間そうして蹲って、全てが嫌になって…でもまぁ当時はその寒さに耐え切れるほどの強さもなかったからな。寒さを凌ごうと洞窟か何かを探してあてもなくフラフラと彷徨って倒れて。
気がついたら奴隷になっていた。
展開が早すぎるよな。呆然としたわ。ガタゴトと牢屋でできた馬車の中、鎖に繋がれて、着ていた服が麻布の貫頭衣一枚になっていた俺の心境よ。泣き叫びそうになるのを必死に堪えて、ひたすらに頭を抱えて座っていたね。
ーーー目の前の惨劇から目を逸らすためにな。
それは、非道く残酷なものだった。目が覚めてすぐに気がついた罵声と呻き声。雨に打たれたりで失った体力のせいか、ぼやける視界に映った人影が、何か叫びながらぼろぼろのモノを蹴っていた。怖かったさ。事情がよく分かっていなかった当時の俺にも分かるほどヤバイ感じだったからな。
しばらくして体力が戻り始めると同時に、その蹴られていたモノが人であったことに気が付いた。丁度その辺りで喚いていた奴もどっかにいってたから、俺はひっそりと近づいて、大丈夫かって声をかけたんだ。バカじゃね? っていう。大丈夫なわけないでしょ。一部始終見てたんだかさぁ。でもまぁ、1日の間に色々なことがありすぎて混乱していたからな。錯乱してそこまで気が回らなかったわけだ。
で、声を掛けたはいいものも、そこからどうしていいか分からずにおろおろしていた自分に対して、何か言葉を発するわけでもなくチラッとこちらを見て……そいつは気絶した。
死んだのかと思って大慌てになったね。そこから色々とそいつの面倒を見て、馬車に揺られ続けて2、3週間ぐらいかな?まぁともかく、そいつと一緒に居たわけだ。
今だからこそ思うのだが。多分、あの頃に発狂とかせず生き残ることが出来ていたのは、あいつの面倒を見てたからなんだろうな。
じゃないときっと、俺はどこかで折れていた。村から逃げ出してその直後に奴隷にされて、それでも俺の心が壊れることが無かったのは。
きっと、あの子のお陰だった。
まーだからってわけじゃあ無いんだが。そこそこ仲良くなっていたそいつを、俺は奴隷商の目を盗んで逃したんだ。凄かったんだぞ? 人の為に自分の命を賭けるなんて、それが俺の人生で初めてのことだったんじゃあないかな。
で、だ。真夜中、皆が寝静まって焚き火の番をしている奴しか居ない時を狙って、こそこそとあいつの首輪を外したんだ。手先は器用だったからな……。
……嘘です。
魔法を使って外したんだよ。どんなに手先が器用だろうと奴隷の首輪は外せねーよ。そもそも鍵がないからな。魔法道具なんだぜ、あれ。主人の意思によって身体能力とかを下げたり、色々な使い道があるらしいが。
とは言っても、当時の俺には奴隷の首輪の効力なんて知らなかったからな。素手で外せなかったから魔法を使ったっていう、それだけの話さ。
とまぁ、とにかく頑張って、必死に外して。震えるてと冷や汗に、叫び出してしまいそうな恐怖感と高揚を、あいつに笑いかけることで誤魔化して。
そうやってあいつを自由にしてやったのに、あいつキョトンとして動こうとしなかったんだよ。何度も逃げろって言っても、ふるふると首を横に振って、頑なだった。
そうやって俺の裾を握り締めて。その姿が幼馴染みの姿とかぶってさ。なんだか泣いてしまいそうになったから、口八丁にベラベラと口を回して離れさせ、お別れも言わずにバイバイさ。
……あいつ喋れなかったからな。
だからまぁ、もしかしたら。あいつは奴隷という身分から逃れたいなんて思ってなどいなかったのかもしれないし、ただの俺の独りよがりだったのかもしれない。今となっては分からずじまい。
それからはまあ、あいつが居なくなったことに気がついた奴隷商が叫ぶ声を子守唄に昼寝をして……なんだよ。別に図太かったわけじゃないから。夜更かししてたんだよ? そりゃ眠くなるでしょ。
……それから? あぁ、特に言うこともないな。奴隷として王都に出荷され、そこそこの高値で買い取られて、それからはずーっと奴隷生活さ。
その間にほんのちょっとしたごたごたがなかったと言えば嘘になるが、まー奴隷やってたんだから。むしろごたごたが無い方がおかしかったしな。
そうやって日々を過ごしてーーー二年半ぐらいかな? それぐらい経った後に、幼馴染みの……あれ? 名前紹介してなかったっけ。リーンだよ。リーン・アムリスキリア。長いよな、苗字。しかも発音しにくくって、小さい頃は俺とリーンの2人でずっと発音の練習して。懐かしいなぁ。
……また話が逸れたな。ともかく、感動的な再会を果たした俺たちはーーーっていうかいつの間にか俺のご主人様になっていたリーンと、感動的な再会を果たしたんだよ。
呆然としたね。いきなり奴隷になっていたぐらいの衝撃があった。なんせ、寝て目が覚めたら目の前に天使が居たもので。ベッドも心無しが高級になっていたし、部屋もなんか様変わりしていたしな。
それからは色々あったさ。ほんとにいろいろあった。でも、それは辛いことじゃなく、ただただ幸せな時間だった。
…だから、さ。まぁそういうことで、俺はリーンの奴隷になったわけなので。
「ーーーだから、離してくれませんか? 妖精女王」
「うふふ。自己紹介にしては長かったですね? それで、あなたのお名前はなんていうの、奴隷様?」
勘弁してほしいんですけど。話が噛み合わないっていう。あの、離してって言ったの聞こえてました?
「ーーーラック。ただのラックです、妖精女王」
「素敵なお名前ですね、ラック」
わーありがとーございます。うれしーなー。
「ーーーそれで、本当のお名前は?」
……バレてる。いや、咄嗟にね? 癖ですよ、癖。名前を聞かれたら一先ず偽名を言う。奴隷界では常識ですよ?
「ラースです。ラース・エイドリック。よろしくするつもりなんて無いので、ほんとに離してくれませんか?」
いや、ほんとに。こんな場面リーンに見られたらどうなると思ってるの?
「ーーーふふっ、ふ、あははははは! ダメ、ですよ。ラース。もうすぐやってくるリーンさんに、見せつけてあげましょう?」
ーーーーーは? いや、いやいやいや。えっ、リーンやってくるの? 早くない? まだ拉致られて30分も経って無いんですけど。
「では改めて。よろしくお願いしますね、ラース」
そうやって俺を突然拉致して抱きしめてきた女王様は、優美に蕩けた笑みを浮かべたのだった。