ハーメルンバンドリ作家合同企画(テーマ交換・オリキャラ無し) 作:大里野上
テーマ「雨の夜」
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貴方がいれば嫌いなものも。
▽
雨の日は、昔からあまり好きではない。
湿気で髪がうねるし服や靴は濡れる。何よりも愛用しているギターの音が乗らない。だからそんな日はいつもやっている練習も中断することが多かった。
青色のギターをスタンドに立てかけ私はベッドに背中から倒れた。目を瞑って、思い出すのは私の所属するバンド『Roselia』のリーダーである湊さんに言われたこと。
「Roseliaは頂点を目指せるバンドでなければいけない。だから常に完璧な演奏であることを意識して。練習に妥協は許さないわ」
彼女と出会ったのは彼女の歌を聞く前だった。だけど完璧を求めて色々なバンドを転々としていた私にとって彼女との出会いは必然的なものだったのかもしれない。
彼女の歌を聞いた瞬間、直感的に彼女しかいないと感じたのだ。
圧倒的な歌声を持つのだから彼女が大口を叩くのも頷けた。今まで出会ってきた人たちのように口だけではない技術があっての言葉。練習の時の彼女の態度も音楽に真剣ということがわかる行動ばかりだった。
初めて出会った私と隣同士で肩を並べて歩いてくれる人。彼女の存在は、言ってしまえば大切だった。これ以上のバンドメンバーはいないと無意識のうちにそう思っていたのだろう。
「ただRoseliaの演奏に見合わない演奏をしたら問答無用で脱退してもらうわ」
だからその言葉を聞いた時、私の中にあったのは少しの焦りだった。さも当然のように口では言った。だがメンバーである今井さんよりも、宇田川さんよりも、白金さんよりも、誰よりもプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのはきっと私だろう。
私はずっと完璧な音を出している。それは事実であり、だからこそ私の技術は彼女たちよりも上だった。けどそれだけであることを私は知っていた。
楽器の他にできることはない。
今井さんのように気遣いができるわけじゃない。
宇田川さんのように盛り上げ上手なわけじゃない。
白金さんのように衣装作りができるわけじゃない。
私はギター以外に取り柄のない。そして私は完璧な音以外を作り出せないことを私は自覚していた。
その事実は少しずつ私のことを追い詰めていた。
音楽を奏でる時、その人間の内面が出る。
今井さんなら不器用なりに支えようとする音。
宇田川さんならドラムが好きで楽しそうな音。
白金さんなら控えめなりに主張する綺麗な音。
私は完璧なだけ。真面目過ぎてつまらない。そんな印象を受けても仕方ない音だった。
だけどそれ以外の音の作り方を知らないからどうしようもなかった。
そして少しずつ少しずつ成長していく彼女たちの演奏に私の焦りは大きくなっていった。
練習時間は足りないくらい。もっと練習しなければいつか追い越されるかもしれない。湊さんに、切り捨てられるかもしれない。それが怖くていつも練習を欠かすことはないのに。
ギターの音が乗らないからと、自分に言い訳をして練習を中断をするのは思うことがあるから。
本来なら現状でも安定した演奏ができているのなら焦る必要はないはずだ。それも自覚していた。きっと彼女たちのことだけならそこまで追い詰められていなかったはずだ。
だが私には追い詰められる大きな理由が一つあった。
「おねーちゃん! 今時間ある? あるなら聞いてほしい話があるんだ!」
部屋の扉をノックなしで開いたのは私と同じ水色の髪、同じ顔、私とは真反対の明るく人当たりのいい笑顔の女の子。
「部屋に入る時はノックしなさい。それから今は練習中よ。出て行って」
「ごめんね。けどおねーちゃん今ギター弾いてなくない?」
「休憩していたからよ。もう再開するから出て行ってちょうだい」
起き上がって扉の前から私の元に近寄ってきた彼女に言う。
私が追い詰められている元凶。双子の妹である日菜の存在は私のことを苦しめていた。それを知らない彼女は今日も私の嫌いな気楽そうな笑顔を私に向けていた。
「それならあたしにも聞かせて! おねーちゃんのギターの音ってるんっ♪ってするから!」
「嫌よ。練習の邪魔だから今すぐ出て行って」
「ええ! いいじゃん! おーねーがーいぃ!!」
あいもかわらず訳の分からない言葉を使う。肩を揺らされ私の苛立ちは膨らむ。
練習の風景は見せたくなかった。だから私は嫌だと言っているのに日菜が出て行く気配はない。むしろ駄々をこねるだけ。
奥歯を噛みしめる。ギシッと鳴った気がした。
「ダメなものはダメよ。わがまま言わないで」
「……わかった。ごめんね」
トーンを変えて言えば日菜はしおれた様子で私から離れた。部屋から出る前に私のことを見る。私はそれを気にすることなくギターをスタンドから取って再度チューニングをした。
「おねーちゃん、今度はおねーちゃんのギターの音聞かせてね」
「早く出て行って」
日菜にギターの音は聞かせたくなかった。なぜなら日菜が私の真似をしてギターを始めたから。なんでも見て覚えることのできる『天才』である日菜はいつだって私の真似ばかりしてきた。ギターだけは真似されたくなかった。これは言ってしまえば小さな抵抗だった。
日菜が部屋から出て行く。その表情は見えなかったが日菜の感情はなんとなく感じ取れて、双子とは不便なものだと思った。
▽
一人夜空を見上げることが好きだった。星は綺麗だから。私の綺麗とは言い難い思いも浄化される気がしていた。そんなの、私の勝手な自己満足だけど。
ここ最近はこの綺麗な夏の夜空を見上げるために夜散歩に出ることは多かった。
幼い頃よく来ていた近所の公園まで足を延ばして、幼い頃は大きかったブランコに腰掛ける。足で地面を蹴って揺れるブランコ。外灯が地面に影を移す。幼い頃に戻った気分だった。
揺れるブランコに乗ったまま夜空を見上げる。
夏の大三角形というのはどれを指すのだろう。星は肉眼で確認できる範囲でも光が強いものと弱いものがあるが私には全部同じに見えた。
幼い頃、流れ星に願いを叶えてほしいと思ったことがあった。聞いたことがあったのは流れ星が流れている間に願い事を三回唱えれば願いが叶うというもの。物理的に無理があるというのに幼い頃はめげずにやっていたと今思い返せば少しだけ笑えた。流れ星の正体を調べてそれが宇宙の塵だったことには少なからずショックを受けたけれど。
__願いを叶えてくれるのは、流れ星でないといけないのかしら。
ふとそんなことを思った。もしも今光り輝いている星たちに願いを伝えても叶うのなら。
日菜が、ギターをやめればいいのに。
動いている間に摩擦の発生していたブランコは動きを止めた。私の視線は天から地に変わる。
何を考えているのだろう。けど思ってしまったのは事実だった。
日菜がギターを始めたことは知っていた。アイドルバンドとしてテレビにまで出て活動していることも知っていた。だからこそ今までは日菜の演奏を聞かないようにしていた。
だけど私のその努力は空しくも両親によって水の泡になった。
夕食時間に日菜が出演している音楽番組を見ることになった。
その番組で私は初めて日菜の演奏を聞いた。
衝撃だった。自由な音だったから。そして私並みの技術だったから。ギターを始めて間もないのに、私が今まで積み上げて来たものを一瞬で凌駕していた。バンド内で見ても日菜はあまりにも上手すぎた。そのうえ楽しそうに弾いていた。
私がギターを弾く表情とは対照的だった。
負けたと思った。
私が今までしてきた努力を全てさら地に戻す演奏。それを聞いてしまったら私の演奏に価値があるとは思えなかった。
完璧なうえで自由な演奏は私にはできない。『天才』である日菜にしかできない演奏に思えた。
姉の私は何度練習しても思い通りにいかないのに、妹の日菜はすぐに思い通りに弾いてしまう。嫉妬なんてしないわけがない。妬みや嫉みが生まれないわけがない。私の中で日菜は昔からずっとコンプレックスでしかなかった。
ぽつりと地面の色が変わった。少しずつその色に染め上げられていく。
見上げた空に先ほどまであった星たちはいつの間にか雲に隠れていた。代わりというように雨が私のことを濡らしていく。
雨は嫌いだ。
前髪がおでこに張り付くし服や靴は濡れる。だけどもやもやが胸にある今はそれを洗い流してくれる天の恵みのように思えた。目を瞑り音に集中する。
段々と強くなりざーと独特の水の音。私を濡らす冷たい水と遊具に当たる水の音は今はそれほど嫌いではなかった。だがそれはいつまでも続かなかった。
「何してるのおねーちゃん!」
遮られた雨水は私に降りかかることはない。代わりに雨を遮る傘に落ちる水の音が私の耳には届いていた。
「なんで傘も差さずに外にいるの!? 風邪引いちゃうよ!?」
私の目の前に現れたのは今一番会いたくない人。心配そうなその表情は私のことを憐れんでいるように思えた。
「……放っておいて」
「放っておけるわけないでしょ! 帰るよ!」
「先に帰って」
「おねーちゃん!」
「私に構わないで!!」
最近よく出してしまう大声は大半を雨にかき消される。だけどすぐ近くにいる日菜にはばっちり聞こえていた。開かれた目を見るのは久しぶりだった。
「私の真似ばかりするのはやめて! そのせいで貴方と比べられてこっちは迷惑なのよ!」
「真似って、あたしはただおねーちゃんが楽しそうにしてるからそれで……」
「それが迷惑だって言っているのよ! どうしてわからないの!!」
日菜は昔から人の感情を読み取るのが苦手だ。人と歓声が違うから、人が取る行動に興味津々で。それが私のことを何度も何度も傷つけたことを日菜は知らない。だから分からせたかったのかもしれない。
「貴方はなんだって手に入れられるじゃない! それなのに私からギターまで奪わないで!!」
結局私は日菜とギターの腕を比べられたくないと思っているだけ。いくら努力を積んでも日菜はすぐに追い抜いてくる。それも私よりも完璧な形で。
日菜とは双子ということもあってずっと比べられてきた。私にはギターしかないのに、それ以外を持っている日菜に取られたくはなかった。湊さんが日菜のギターを聞いたら多分日菜の方に可能性を感じるのだろう。そうなったら私はRoseliaとしていられなくなるかもしれない。日菜は芸能人なのだからそんなことありえないと頭ではわかっていても可能性を考えると怖くて仕方なかった。
そんなの、不安も期待も努力も全部、悪い方に進んだら日菜のせいにしたいだけだ。
日菜がこんな私のことを好いていることは知っていた。むしろそのせいで私は自分が惨めに思えていた。
それだけで私はたった一人の妹に酷い言葉を吐いた。
「……そっか。ごめんねおねーちゃん」
きっと私の発言は許されることではないのだろう。
日菜の顔を見てそう思った。
雨はさっきよりも強くなった。
▽
Roseliaの活動は続いている。ライブの回数も増えていった。
日菜との関係は、少しずつだけどよくなっているように思っている。さすがにあの日は私としても言い過ぎたと思ったから後日頭の冷えた状態で謝りに行った。日菜は笑顔で許してくれた。
日菜への嫉妬は私の心の狭さから生まれたものだと自分を見つめ直した時に感じた。
日菜はいつだって私のことを考えていた。前に一度日菜と話した時にそう思った。私は日菜のことなんてこれっぽちも考えていなかったというのにね。
関係が悪くなったことに日菜は悪くない。私の弱さに原因があると思って、今はそれを直すために必死だ。
『日菜とまっすぐ話せますように』
七月七日の短冊に掛けた願い。少しずつ日菜と過ごす時間が増えた気がする。日菜のさす擬音が何を指しているのか分かってきた気がする。それは着実に叶いかけていた。
日菜におねーちゃんと呼ばれることが、慕われていることが少しだけ誇らしかった。数か月前の自分とは大違いで、今の自分は嫌いじゃなかった。
だけどそう思えたのには一つ理由があった。
日菜の演奏は見ないようにしてきた。あの日から、ずっと避けていた。私がどれだけその事実から目を逸らして日菜と共に時間を過ごしてきたことか。
日菜の隣、解説や裏話を聞きながらライブの映像を見る。
走りがちで主張の強い演奏。だけどそれはやっぱり楽しそう。技術力だけじゃない個性的な演奏、魅力的な音。私にはないものだらけ。
やっぱり私と日菜では違いすぎる。レベルに差がある。
私の音はテンポもリズムも正確だ。だけどそれ以上でも以下でもない。
私は、音楽性に左右されずに評価されるからこそ高い技術や正確さを信じてやってきたつもりだった。それは、日菜に負けないため。
それなのに日菜と比べてテンポもリズムも正確なはずなのに自分の演奏がとてもつまらないもののように感じた。
そのあとのRoseliaの練習は散々なものだった。ミスの連続。できていたフレーズも練習したてのようにぎこちない演奏。とても、普段の私の演奏とは言いにくかった。
「紗夜、今日は本当にどうしたの。あなたらしくなかったわよ」
「……私らしいってなんなんでしょう」
「え?」
「申し訳ありませんでした。今日の分は必ず取り返しますから」
こんなこと湊さんに言ったって解決しないのに。私は今日の練習のことを謝って早々と家に帰った。
自分の部屋に戻って鞄とギターを置く。ベッドに腰を掛けた。
「ねえおねーちゃん! ギターの練習が終わったら一緒にテレビ見ようよ!」
日菜はいつもの調子で私の部屋に入ってくる。そんな日菜に苛立ってしまうのは自分が弱いせいだ。
「……ギターの練習なんてしないわ」
「え? でもいつも家に帰ってから練習してたよね?」
「弾かない」
「おねーちゃ……」
「弾かない!! 弾きたくないの!!」
今思えば短冊に願いを込めてから日菜を怒鳴りつけたのは初めてのことだった。日菜の困惑顔が私の脳裏に焼き付いていた。
▽
ギターを弾けば弾くだけ自分の演奏がつまらないものに聞こえた。練習する意味も理由もないように思えた。
Roseliaの練習でこれ以上失敗したら脱退を告げられても仕方のないところまで来ていた。それは、困る。だけどどうすればいいのか、私にはわからなかった。
「あなたは……苦痛に感じたことはないの? ずっと憧れと言われ、追い続けられることが」
後輩の巴さんにそう切り出したのだって何故かはわからない。だけどその回答に息を呑んだのは間違いなかった。
「アタシは……あこがアタシを慕ってくれてるのは純粋に嬉しいです。けど、ドラムもホントはあこの方が上手いんじゃないかって思うこともあります。でもあこはアタシのことを慕ってくれている。それならアタシはあこの気持ちを大切にしたいし応えたい。
あこはアタシのたった一人の妹ですから」
たった一人の妹。日菜だってそうだ。私はそんな風に見られていなかったから巴さんがやけに大人びて思えた。
たった一人の妹。だからこそ私はその日菜と比べられてきた。
慕ってくれているのは私だって純粋に嬉しい。だけど私はどうしても自分の音と日菜の音を比べてしまう。
日菜に負けないことでしか自分を信じられなかった。だからこそ何にもなれないつまらない音になってしまった、なんて皮肉なものだ。
「私もまだ未熟だし未だに心から音楽を好きだと言うことができないでいるからこそ、今の私の言葉を受け止めきれないこともあなたの苦しみもわかるわ。でも、この苦しみと逃げずに向き合うことこそが何よりも大切でとても尊いことなのだとわかってほしい」
逃げずに向き合う。湊さんに言われてもなお私はどうすればいいのかわからなかった。
一人商店街を歩く。あてもなく歩く。
向き合うべきはわかっていても、これを伝えていいものか。そもそもそんな勇気は私にはなかった。
雨が降る。突然降られたから私の服は濡れていた。もう少し濡れていてもよかったが秋風は冷たくてそれ以上当たっていると風邪を引きそうだった。
秋時雨。もうそれが降る季節になっていた。
日菜との関係性は少しずつ変わっている。だけど私自身は何も変わっていなかった。
「おねーちゃん……?」
「日菜……」
「よかったぁー、ここにいたんだ! 雨がすっごいから傘渡しに来たんだ! はい、これ」
現れた日菜は私を見つけて安心してして、その流れでいつもの笑顔を私に向けていた。
どうして、私が何度突き放して拒絶しても、貴方は私のそばにいようとするの。
日菜がこんなに、私のそばを離れずにいてくれたというのに。
私は……全部日菜のせいにしていた。
気づけば涙が零れていた。今までの罪悪感が形になって溢れた。
それを見て日菜は慌てていた。自分が何かしたのかと焦っていた。
その日菜に何度も何度も謝った。涙は家に着くまで止まなかった。
覚悟は決まった。
「私は日菜と比べられたくなくて貴方がやっていないギターを始めた。けど貴方は私の後を追うようにギターを始めて、あっという間にわたしを追い越していって」
「おねーちゃん、そんなことないよっ!」
「貴方だって気づいているはずよ。私より、貴方の方が……」
「おねーちゃん! もうそれ以上は!」
日菜の悲しそうな顔を見るのは何度目だろう。だけど今日のこれは初めて見る悲し気な表情だった。
「貴方の演奏する音を聞くのが怖かった。自分への劣等感と貴方への憎しみが増していってしまうから」
それを見てもなお、自嘲する言葉は止まってくれない。言わないと私は変われないと知っていた。
「七夕祭りの日、私は短冊に『日菜とまっすぐ話せますように』と書いたの。けれどそれを星が叶えてくれるはずがないから以前よりも貴方と一緒に過ごす時間を増やしたわ。そうすれば短冊に掛けた願いを叶えられると思ったから。でも貴方の演奏を聞くことだけは逃げ続けていた」
久しぶりに聞いた日菜の音は技術にとらわれない魅力的な音をしていると思った。音楽を楽しんでいる。私にはないそんな音。
日菜に負けないために技術を磨いて来たけど。私の音なんてその程度のつまらない音だとはっきり感じてしまった。
日菜に負けたくないというだけで弾いていたギターの音なんてつまらなくて当然だった。
もう全部嫌だった。つまらない音を奏で続けている自分も短冊の願いからどんどん遠ざかっている自分も全部嫌いだった。
「おねーちゃんの、おねーちゃんの嘘つき!!」
自嘲した言葉に返ってきたのは初めての言葉でハッと顔を上げる。
「おねーちゃん約束してくれたよね? あたしたちはお互いがきっかけだから勝手にギターやめたりしないでって! あたし、それがすっごく嬉しかったのに!
あたしおねーちゃんの音、大好きだよ! 前よりも今の方が楽しそうな落としてるんだよ? 自分で気づいてる?
あたしはおねーちゃんの音がつまらない音だなんて思ったことないよ! おねーちゃんの音を聞いてあたしはギターを始めたんだよ!」
日菜が私に怒るのは初めてのことだった。
「あたし、知らないうちにおねーちゃんのことたくさん傷つけてたんだよね。本当にごめんね。でもね、あたしはおねーちゃんにギターやめてほしくないよ。どんな理由だっていい! 苦しいことがあったらあたしのせいにしたっていいよ。おねーちゃんがギターを続けてくれるなら……!
あたし、昔みたいにおねーちゃんとまた仲良くなりたいって思ってた。けど、そのせいでおねーちゃんが苦しい気持ちになるんだったら……」
__いいよ。あたしのこと、嫌いでも。
日菜の口から出てきたのは胸を抉られるような言葉だった。衝撃すぎて言葉が見つからない。
「そんな風にギターをやめようとして約束を破るおねーちゃんなんて、あたしだって大っ嫌いだよ!!」
涙を流しながら言われた言葉。大嫌いは私が今まで簡単に思ってきた言葉。だけどいざ日菜から言われると胸が痛くて仕方なかった。
本当に優しい子なのだと、そう思う。私は日菜の流れる涙を指を拭く。日菜と視線が合った。
「貴方はいつもすぐに私を追い越していくのに、私を待って立ち止まって。時には傘をさして、私を苦しみから守ろうともしてくれた。私はいつしか貴方の優しさに甘えていたんだわ」
だけど日菜と交わした約束も、短冊に掛けた願いも、どちらも違えてはいけないわね。
日菜が常に先を行く現状を受け入れられるほどできた人間ではない。でもいつか。
「貴方と並んで一緒に歩いていくことができるように、私はギターを弾き続けようと思う。そしていつか自分の音に誇りを持てるようになりたい」
__ありがとう、日菜。
私はその身体を抱きしめる。
日菜の涙は止まらない。私の涙も止まらなかった。
▽
スタジオ練習を終えて外に出ると雨が降っていた。予報では降らないと言っていたのに、やはり予報は予報だった。
あいにく今日は降らない想定で家を出たからこの雨は想定外。私は傘を持っていなかった。今井さんと白金さんは折りたたみの傘を持っていたらしい。サイズ的に言うと人二人入れてギリギリだった。
「んーどうしよっか……この感じだとしばらくは止みそうにないよね……」
「でしたら今井さんは湊さんを、白金さんは宇田川さんを傘に入れて先に帰られてはどうでしょう」
「え!? あ、アタシは別にそれでもいいけどさ、紗夜はどうする気なの?」
「私でしたらもう少しで迎えが来ますので」
「迎え?」
スマホがピロンと音を鳴らす。メッセージを送ってきた人物の表情を想像して笑みが零れた。
「あーなるほど~。そういうことね。いやー仲良くなったみたいで何よりだよ」
「さあ。何のことかしら」
「べっつにー。それじゃあ友希那帰ろっか。またね紗夜~」
にやけた顔の今井さんを適当にあしらって私は彼女たちが帰路につくのを見送る。
私がメッセージを返せばその倍の文字が返ってくる。
全くあの子は……。とおもうがそれを楽しく嬉しいと思っている自分がいた。本当に変わったものだ。
メッセージは止むことを知らない。
「おねーちゃん!!」
傘を差し出し手を振る制服姿の彼女。学校帰りだろうか。普段天気予報なんて見ずに出て行くのに傘を持っているなんて珍しいこともあるもんだと思った。
「学校帰りだったのね」
「うん。本当は天文部の活動をしてたんだけど雨降ってきちゃったから中止にしたんだ。星、キレイだったのになー」
「そう。それは残念だったわね」
「けどおかげでおねーちゃんと一緒に帰れることになったし結果オーライだよ!」
さぁ入って入って、という日菜の言葉に従って私は傘の中、日菜の隣に移動する。私が中に入ったことを確認して私たちは歩き出した。
「それにしてもよく傘なんて持っていたわね」
「帰る時に傘持ってなくてどーしよーって思ってたらつぐちゃんが貸してくれたんだー。つぐちゃんは蘭ちゃんたちと帰るからって」
「羽沢さんには後でお礼をしないとね」
「お礼何がいいか一緒に考えてよ」
「……仕方ないわね」
雨は嫌いだ。じめじめするし髪はうねるし服や靴は濡れる。ギターの音だって乗らない。だからずっと嫌いだった。
だけど日菜と本音をぶつけ合ったのはいつだって雨の日。雨の夜。
その結果こうやって日菜と話せているのなら、雨も案外悪くないかもしれない。
「もうおねーちゃん! 話聞いてよ!」
「ごめんなさい。それで何だったかしら」
「昨日パスパレの練習があったんだけどその時に彩ちゃんがね……」
雨の夜。どんよりとしたそんな日も貴方の笑顔で照らしてくれるのなら。
「……日菜。ありがとう」
「え? 何?」
「別になんでもないわよ」
「ええ? なんて言ったの? 教えてよおねーちゃん!」
貴方と一緒なら昨日よりも好きになれそうだ。
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