ハーメルンバンドリ作家合同企画(テーマ交換・オリキャラ無し)   作:大里野上

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 今回から連続で同じ作家さんとなっています!『アルバイトだらけの生活にも、癒しはあって然るべき。』の本醸醤油味の黒豆さんです! バンドリベテランの作家さんであり、企画者の大好きな作家さんです!

 テーマ「削劇」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=164917
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/132908/


Fade from ①

 私は今の日常を、愛している。ギターをストイックに、ただひたすらに求めていた頃は頃で充実していたが、それでも自分が周囲とナニカが違うことには気づかされていた。それは湊さんに──Roseliaに出逢えたからこその幸せだった。

 

「紗夜、起きなさい」

「……おはよう、お母さん」

「もう、先に顔洗ってきなさい、ひどい顔よ?」

 

 娘に対してなんてひどい言葉を掛けるのかと鈍い思考をなんとか回しながら呻いた。朝はどうしても弱い。特にまだ春になり立てのこの涼やかというには少々寒すぎる空気感もそれを助長しているように感じる。

 ──とにかく、眠い。寝ぼけ半分の頭をすっきりさせるために、顔に冷たい水を浴びせる。痛みに似たような感覚が、やがて温もりに似た眠気を振り払った。

 

「朝ご飯はパンでよかった?」

「大丈夫」

 

 数分待ち、バターを塗られてこんがりとした匂いを放つパンを齧る。サラダを咀嚼しながらふと私は母の顔を見上げた。よく似ていると言われる顔をじっと見てほんの少しだけ首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「……なんでもないわ」

 

 違和感があったけど、そういえばお父さんがいないせいかと思い直した。単身赴任中でとても寂しがっていた。我が父ながらああも母や娘に甘えてくるのはどうなのだろうか。とはいえいないはいないで静かなのだから、それを寂しいと思えてしまうのも、家族ゆえよね。

 

「行ってきます」

 

 朝練と、それから白金さんの生徒会の手伝い、三年生になってもバンド以外にやることは沢山あった。これも、以前は考えられなかった。

 ──私は、この今を楽しんでいる。楽しいと感じられることでつい口角が緩んでしまうのだ。

 

「ふふ」

「どうかしましたか、白金さん」

 

 授業が終わり、日が傾き始めた時刻、生徒会で会長でバンドのキーボードもやっている白金燐子さんが私の横顔に向かって微笑みを浮かべた。以前はよく斜め下を向いているイメージが強かった彼女が変わり始めていることへの喜びを感じながら、私は敢えてすまし顔を作って応対した。

 

「いえ……今の氷川さんの顔、とても、素敵だなぁって……」

「……からかわないでください」

「お世辞は……苦手ですから」

 

 それをからかうと言うのよと書類の方に視線を向けた。私は上手く笑えているらしい。以前の私では考えられないことだ。

 私は、こんなことを自称するのはなんだかナルシストだと思われるかもしれないけれど、私は大概のことはヒトよりも上手くできた。勉強も、運動も。ただ芸術とお菓子作りだけは上手くいかなかったけれど。私は堅物で論理的すぎるのが原因で……ってそんなことはどうでもいいわね。

 ──そう、そのなんでもできたというものは、けれどステータスにも自信にもならなかった。出る杭は打たれるもの、私はどの分野でも居場所を失っていった。私はただ、何においても負けたくなかっただけなのに。

 

「さぁ、終わらせたら練習に向かいましょうか」

「はい」

 

 でも、もうそれも過去の話だ。私は今、こうして仲間を得ている、安らぎを得ている。行きつけの珈琲店の一人娘の羽沢つぐみさんと話をしたり、その喫茶店にいる常連の松原花音さんと話をしたり、ファストフード店で丸山彩さんをからかってみたりする日常がある。とても充実しているのだから。

 

「あら、思ったよりも早かったわね」

「早く終わらせてきましたから」

「さっすが紗夜さん!」

「紗夜ってば、やる~♪」

 

 何よりもこのRoseliaが一番の居場所だった。私の大切な仲間、友人がいるこの空間が好きだった。高みを目指すという雰囲気も好きだった。私はいつでも高いところばかりを見てきたから。才能に溢れたヒトたちと一緒に過ごせることが幸せだ。私は独りじゃないと教えてくれるようだったから。

 ──Roseliaのおかげで、私は私の才能を好きになれた。なんでもできたとしても、それはただ私の一部でしかないのだから。

 

「今日の紗夜さんもチョーすごかったですっ」

「ありがとう、宇田川さん」

 

 練習が終わったら、いつものように最年少である宇田川あこさんが目をキラキラさせて私に向かって前のめりに感想を述べてくる。

 なんだかとってもむずがゆいけど、悪い気分じゃない。もし、もしこんな風に私のことを純粋な目で慕ってくれる子がいたなら、どうなんだろう。私は姉タイプだと言われたこともあるし、案外うまくやっていけるのかしら。

 

「ね、ねっ! 帰り道、ファストフード寄りませんか? あ、りんりんも一緒にどう?」

「うん……わたしも、ぜひ……!」

 

 そんな話をしていると、今井さんがアタシもと手を挙げ、それだったら私もご一緒させてもらおうかしらと湊さんまでついてくることになった。

 なんだかんだで、仲がいいのが、私たちの特徴だ。最初はもっと音楽以外のものをそぎ落としたいという湊さんの言葉があったけれど、やはり私や今井さんが反対した通りだった。

 ──失わなくても、良いものは作れる。最高の高みは、むしろ失っては辿りつかないのだと。スポーツが一人ではできないのと同じだと私は説得した。ダンス部の経験もあった今井さんの援護はとても心強かった。

 

「あ、紗夜さん! こんにちは!」

「上原さん」

 

 と、そこでバイトをしている上原さんに出くわした。上原ひまりさんは羽丘学園に通う幼馴染五人で結成したバンドのリーダーを務めているベーシスト。そして羽丘と花咲川の二つがなにかと交流が深いため、私は特に知り合いでもあった。

 

「副会長さんは大変そうですか?」

「そーなんですよね~、つぐは二年のわたしが指名されたならってめっちゃ張り切って色々するからもうホントに──」

 

 ただこのマシンガントークだけはやや慣れない。こういうのは今井さんの管轄なので曖昧に相槌を打っておく。特に上原さんはRoselia以外では羽沢さんと同じくらいに今井さんとの共通の話題に上がりやすいメンバーであることもあって、そのマシンガントークについていけるスキルを私は評価している。

 それは周囲に馴染めなかった私や、周囲のものをそぎ落とした湊さん、コミュニケーション能力に難がある白金さんと独特のワードを扱う宇田川さんにはできない、今井さんだけの特徴でもある。

 

「ごゆっくりどうぞ!」

「ありがとうございます」

 

 結局八割がたの話を聞き流し、私は仲間たちのいる場所に戻っていった。湊さんは珍しく炭酸を飲んで顔をしかめる。それを私と今井さんが笑うと湊さんは、大丈夫よと強がる。それがまたおかしくて、私は三人と顔を見合わせて笑った。

 ──そんな時、宇田川さんが口にバーガーのソースがついていることに気づいた。

 

「あこちゃん、口……」

「んっ……りんりんありがと」

「うん……大丈夫」

 

 何かを言う前に、私の視線に気づいた白金さんが紙ナプキンで拭き取っていた。日常茶飯事であるその光景だが、私は何か違和感のようなものに、言葉を奪われた。さっきもそうだけれど、宇田川さんを見ていると少し、何か引っかかりを覚える。一体、これはなんなのかしら。

 

「……氷川さんって、お姉さん、みたいですよね……」

「お姉さん?」

「はい……あこちゃんのこと、よく見てる気がしますから」

「確かに、宇田川さんが気になるような言動をしているからということが原因のような気がするけれど」

「確かにね~、あこってばおっちょこちょいだから」

「そうね」

 

 湊さんも大概だけれど……とは思ったけれどやめておこう。未だに炭酸に眉根を寄せる彼女をこれ以上責めるのは酷だわ。

 それよりも、宇田川さんは妹体質で、実際姉がいるのだからそういう気になるところに気づくというのが姉みたい、ということになるのかしら。

 

「でもここってあこ以外一人っ子だよねー」

「確かに、そーだね! リサ姉もりんりんも友希那さんも紗夜さんも、みんなお姉さんみたいなのに」

「いや友希那はちょっと違うかな~?」

「リサ……!」

「ふふ、でも友希那さんも……あこちゃん相手には、お姉さん……してると思います」

 

 和やかな会話、いつも通り幸せな日常の一幕、そんな日々に違和感がある。違和感の正体、今井さんと宇田川さんの最初の会話、白金さんの言葉、何かがある。あるのではなくて、何かが足らない。

 

「どーしました?」

「あ……いえ、少し疲れたのかも」

「大変ですよっ! 今日はゆっくり休んでくださいね!」

「そうね、いつも家でも練習しているのでしょう? 疲れを感じた時は無理するべきじゃないわ」

「友希那のゆー通りだよ~、紗夜~?」

 

 そうだわ。きっと疲れているのね。そんなことを考えて私はみんなと別れることにした。別に頭痛がするわけでも体調が悪いわけでもない。夜は寒いくらいだからちゃんと窓を閉めて、風邪を引かないようにしている。なのに……何かが間違ってる。何かが足りない。そんな奇妙な感覚を引きずって帰宅をした。

 母に出迎えられて、ご飯を作るまでゆっくりさせてもらうことにする。いつもは手伝っているけれど、今日はそんな気分にはなれなかった。

 

「……ん?」

 

 一人になったことで違和感は薄れるかと思いきやどんどんと強くなっていく。焦燥感のように何かが訴えてくる。探せと、見つけないと、と。私に訴え掛けてくる。そんな胸のざわつきのまま二階に上がり、そこで私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──比喩じゃない。ただの一度もない。記憶にある限り、こんな部屋は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の隣の部屋、でもどうして? そしてそのドアにはネームプレートが掛けてあった。私の部屋に紗夜、と名前が入っているように、でもその文字は潰れていて、読めない。まるで黒くスプレーをされたように。

 

「どういうこと……?」

 

 突然現れた部屋、なんていう恐怖心はあったが、それよりもちょっとの好奇心と、ここに何かがあるという勘のようなものが勝り、私は部屋を開けた。そして、その部屋の景色に圧倒的に恐怖が上回った。

 ──()()()()()()。まるで昨日まで誰かいたような生活感がある。母の部屋は一階で、ここにいるのは母でも父でもない。もちろん私でもない。

 

「なんで、どうして……!?」

 

 しかし部屋の内装はおそらく私と同じ年頃だろうという予想がついた。かわいげのない、と言われたこともある私の部屋よりも随分かわいいもので埋め尽くされた部屋。ネコのぬいぐるみ、丸山さんが所属しているアイドルグループのポスターが丸めて置かれている。何かの台本のようなもの、表紙だけがあって中身が真っ白にしか見えない奇妙な台本。調べれば調べるほど、頭に疑問符が浮かび上がる。

 

「誰の部屋なの? いえ、そもそも……いつからここにあるの?」

 

 急に部屋が増えるなんてファンタジーはあり得ない。あり得ないとは思いつつも、そうとしか考えられない。

 ──と、そこで私はあるものを見つけた。ギター、私のよりも少し水色気味のギターがあった。そしてその上のコルクボードには、私の写真があった。Roseliaを取り扱った雑誌の切り抜き、プライベートで撮ったであろう写真。

 それ以外にも()()()()()()()()()()()()()を見つけた。おそらくメンバーで撮ったであろう写真には丸山さんの右側、若宮イヴさんの間にぽっかりと隙間があった。

 

「なに……これは」

 

 怖い、けれど、この秘密を解き明かしたくなる。なんで突然部屋が現れたのか、何故今まで認識できなかったのか、そもそも、この隙間が私に訴えかける意味を。

 ──仮説を立てた。いやおかしいことだけど、それならば先ほどの違和感とこの謎の辻褄は合う。だからその仮説を立証するために私はあるものを探した。

 手記のようなもの、この部屋の主が残しているであろうものを。探して、探して、不意にコトン、と音がして本棚に振り返った。

 

「……あった」

 

 さっきまでは整頓されていたのに、まるで自分から見つけてほしいのかと思うほどに不自然に、ダイアリーが飛び出ているのを見つけた。少しクセのある字で書かれていて、名前の部分は塗りつぶされているように読めない。認識できない。ならばと私はパラパラとめくった。

 

「六月十三日……今日は彩ちゃんと麻弥ちゃんに出くわしたよ、芸能人なのにどうして変装をしないのか、って話になったんだけど、彩ちゃんは自然体が一番見つかりにくいんだよって言ってた。でも千聖ちゃんはゼッタイ変装してるのに、変なの……」

 

 間違いない。この日記の持ち主は丸山さんたちのメンバーの一人だ。私の記憶からすっぽり抜け落ちていたパートの担当としてもこのギターとも一致する。この子はアイドルバンドのギタリストだ。

 

「六月二十日……最近雨ばっかでなーんかるんってこないなぁ、つまんないけど、きっとおねーちゃんは邪魔しないでって言うからなぁ……つまんないなぁ……?」

 

 ああ、そうだ。予想した通りだ。この子は私の妹だ。なんで記憶に一切いないのか全く理解できていないけれど、私には妹がいる。丸山さんたちの知り合いで、羽丘学園に通っている。今井さんとも仲がいいようでたびたび名前が出てくる。きっと、確認しても覚えがないと言われるだろうことは明白なため、更に読み進めていく。

 

「七月七日……たまたま七夕のイベントでおねーちゃんに会った。行く気がないって言ってたけど、会えたからラッキーって思った……」

 

 去年の七夕、確かに私は買い物を頼まれて行くつもりのなかった商店街近くの七夕のイベントに足を運んだ。記憶では特に誰かと出会った覚えはない。けれど、願い事を乗せた短冊が鳥に奪われてしまって探して小さいころよく遊んだ公園まで追いかけて……誰の短冊? 私の短冊はきちんと手に持ったままだった。それを見られないように……見られないように? 私は、なんと願いを書いたの? きっとこの子に見られないように書いたはず、それなら、私の短冊に書かれた願いは……? 思い出せない、部屋に戻って今度は私の当日の日記を探した。

 

「……ダメだわ」

 

 そこに書かれた願い事の内容は──とまっすぐ話せますように、というもの、名前は、やはり黒塗りされたようになっていた。

 おねーちゃん、か。私は、この日とんでもないものを失っていることに気付かされたのだった。

 

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