ハーメルンバンドリ作家合同企画(テーマ交換・オリキャラ無し)   作:大里野上

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本日は、星乃宮 未玖さんです!

テーマ「ステレオ」
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世界で一番の宝物

 ──ねぇ、パパ。これってなぁに? ここからお歌が聞こえるよ。

 

 ──ん? ああ、これかい? ……これはね、スピーカーって言ってね。パパの宝物なんだ。

 

 ──宝物?

 

 ──あぁ、パパが一番尊敬する人から貰った、世界に一つしかない宝物さ。……いつか、友希那の歌もこれで聞いてみたいな。

 

 ──うん! 約束する! だからいつか、絶対パパと……。

 

 

 

「…………あぁ……夢」

 

 

 耳元から響く目覚ましのアラームの音。それで先程まで見ていたものは夢だと知る。

 

 そうして起き上がり、微かに残る微睡みの中で顔を洗いながら、先程までの夢を追想する。

 

 それは未だ幼かった頃の記憶。父がまだ音楽に携わっており、そんな父といつかステージで共に歌を歌う事を夢見ていた、遠い過去の記憶。

 

「…………」

 

 リビングに入り、そっと隅の一角を見やる。その先に置かれたインテリアの中の不自然な空白。……かつて、父が宝物と称したステレオタイプのスピーカーが置かれていた場所。

 

 それを見るたびに、あの父と過ごした日々は戻らないと突きつけられる気がして、私の心に薄く罅が入るような感覚になる。

 

 いや、それ以上に苦しいのは。あの日、誇らしげにスピーカーを見ていた父の姿があったからだろう。

 

 世界に一つしかない宝物。そう語るまでに大切にしていたそれを手放したのに、一体どれほどの苦悩をしたのか。まだあの日の父の背を追いかけるだけの私には、まだその一欠片も掴めていない。その事がどうしても悔しいのだ。

 

「あぁ、友希那。おはよう」

 

 そんなことを思いながらテーブルにつけば、そこには既に父がおり、朝食をとっていた。

 

「……おはよう。お父さん」

 

 父の挨拶に返事をして私も朝食を食べつつ、チラリと父を見る。すると父はもう食べ終えたのか、穏やかな顔で食後のコーヒーを飲んでいた。

 

「……? どうしたんだい、友希那」

 

「……ううん、なんでもないわ」

 

「……そうか」

 

「…………」

 

 父の少し寂し気な顔と声。そうして訪れる沈黙。重くのしかかるようなその空気に、私は内心で後悔とともにため息をつく。

 

 ……私だって、父とこんな会話をしたいわけじゃない。

 

 でも、幼い頃からずっと父の音楽ばかり追いかけてきた私には、音楽を辞めてしまった父になんて言葉をかければいいのか、その背をどう見つめればいいのか。その答えが未熟な私には、どうしても持てなかった。

 

「……友希那」

 

「っ! ……どうしたの、お父さん」

 

「今日、バンドの練習はあるのか?」

 

「えっ、あるけど……。それが、どうかしたの?」

 

 そんな時、久々に投げられた父からの音楽に関する話題。不意な父のその言葉に、私の心が熱く震えるのを感じた。

 

 ──もしかしたら、父がバンドの練習を見に来てくれるかもかも知れない。

 

 そんな幻想が私の心の隅を過り、父に返す言葉がほんの少し声が上擦る。そんな私の姿に何か察したのだろう。父は少し視線を細め、けれどなにも言う事はせず、言葉を続ける。

 

「いや、少し話があってな。大事な話だから出来ればちゃんと時間のある時にしたかったんだが……」

 

 ……まぁ、多分そんな事だろうとは思っていた。音楽を離れてから頑なに音楽についての話題に出そうとすらしなかったあの父が、そんな簡単に折れる筈もない。

 

「そう。……でも、ごめんなさい。今はバンドを結成したばかりだから。今はそれに集中したいの」

 

 だとしたら。今の父に今の私が返す答えはこれしかない。

 

 だって、これは意地なのだから。あの日、父の音楽が辱められ、唾棄されたあの日。それを私は否定しなければならない。

 

 ──父から受け継いだ私の音楽は、父の音楽を否定したあなた達の心をこれほどまでに揺さぶってみせたぞと。

 

 そして、そこまでの道が険しいと知るが故に私は一時も歩みを止めるつもりはない。……それが例え、敬愛する父と家族としての時間を削る事になったとしても。それが、あの日の誓いの代償なのだから。

 

「そう……か。なら……仕方ないな、また今度にしよう。それじゃあ仕事、行ってくるよ」

 

「……えぇ。いってらっしゃい。……気をつけて」

 

 私のその言葉に、父は少し寂しそうな微笑みを浮かべ、軽く手を振って玄関へと向かう。

 

 その過ぎ去っていく背に何故か声をかけたくて。だけど誓いが邪魔をして、気づけばその背はもう遠く。手を伸ばそうとしても、届かない。

 

 パタン。そんな軽い音で閉ざされた扉が、私と父の心の壁を示すようで。心配した母が呼びに来るまで、私は座ったまま動く事が出来なかった。

 

 ──あぁ。やっぱり私は弱いままだ。

 

 


 

「友希那~! おはよー!」

 

「……リサ。おはよう」

 

 あれから暫く。ようやく家を出た私に、幼馴染みのリサが声を掛けてきた。挨拶をしてリサが話した事に私が相槌を打つ。そんないつもと変わらない通学路。だけど、私の心は重いままで。

 

「……? どうしたの、リサ?」

 

 ふと、リサが足を止めて私の顔を覗き込んでくる。心配に濡れた瞳が私を見据える。

 

「友希那……元気なさそうだけど、どうしたの? 大丈夫?」

 

「……っ」

 

 その彼女の言葉で、私はやっぱりこの幼馴染みには敵わないと思った。

 

 私がいくら取り繕っても彼女は必ずそれを見抜いてくる。そして、それが何故だか心地よくて。まるで陽だまりの中にいるような安心感に包まれる。

 

 

 ──そうして気づけば、リサに全てを話していた。

 

「あーっと、なるほどねぇー……」

 

 私の話を聞き終えたリサは、何故か額に手を当てて空を仰いでいた。そうしてしばらく唸ると、私にこう問いかけてきた。

 

「友希那……。今日ってなんの日か覚えてる?」

 

「え? ……ごめんなさい。何かあったかしら? ちょっと分からないわ」

 

 はて、今日は何の日だったか。わざわざリサが言うくらいだから何かの記念日か何かなのだろうが、全く覚えがない。

 

 その私の姿で察したのだろう。やや呆れたようにリサは溜息をついて。そして、何か思い詰めた表情で言葉を紡ぐ。

 

「だよねー……。ねぇ、友希那?」

 

「……なに?」

 

「今日は私達だけで大丈夫だから、お父さんの話を聞いてあげて?」

 

「…………」

 

 ──その言葉につい、足を止めた。だってそれは、私の中で考えていた選択であり、そして自ら捨てた選択なのだから。

 

 しかし、目の前の彼女の言葉が、何か思い詰めたその表情が。定まった私の天秤を揺り動かす。

 

「だけど……」

 

「うん、分かってる。友希那の音楽への情熱も、練習を大事にしたいって思いも。

 ……でも、それでも。今日は、今日だけは、お父さんの話を聞いてあげて」

 

 お願い。と、そう言って頭を下げる幼馴染み。ここまで言うのだ。きっと彼女は話の内容を知っているのだろう。私の思いも、覚悟も、その全てを知っているというのに。

 

 それでも頭を下がるその姿に、これ以上彼女が譲るつもりのない事を察した私は、傾いた天秤を反転させた。

 


 

「……ただいま」

 

 学校を終えて帰宅した私。家のドアを開け、リビングを見やるとそこには少し意外そうな顔をした父の姿。

 

「……今日は、練習があるんじゃなかったのか?」

 

「そのつもりだったけど……。リサが、話をするべきだって。……それで、話って?」

 

 私の答えに父は「そうか……リサちゃんか……」と呟いて、私に暫く待つように言うと、リビングを出てラッピングされた箱を持って戻ってきた。

 

「友希那。今日は何の日だった覚えてるか?」

 

 また、この問いだ。今日は何故だか何の日かを聞かれる。もしかして、私が忘れているだけで重要な事があったのかもしれない。

 

「それ、リサにも聞かれたけど……。何かあった?」

 

 そう思い父に問いを返したら、父は少し呆れたように、けれどどこか懐かしそうに微笑んで。そして、手に持った箱を私に差し出しつつこう言った。

 

「──誕生日おめでとう、友希那。」

 

「……え? あ、そう……今日は私の誕生日だったのね……」

 

 ……あぁ、そうか。今日は私の誕生日だったのか。『Roselia』の活動に専念しすぎてすっかり忘れてしまっていた。そんな事を思い私に、父は少し意地悪そうな顔を浮かべ、こう続ける。

 

「その顔、すっかり自分の誕生日を忘れてましたって顔だな?」

 

「う、その……ごめんなさい」

 

「あぁいや、別に怒っている訳じゃないさ。ただ、よく似てしまったなって思っただけさ」

 

「似てる……? 誰に……?」

 

「そりゃあ俺をにさ。……全く、そんなところまで似なくてもいいのにな」

 

 そう言いながら複雑そうな表情を浮かべる父。だがそれも一瞬の事で。父は再び微笑みを浮かべ、手にした箱を私に手渡した。開けても良いかと聞けば了承の返事。

 

「これは……」

 

 そして、その箱に入っていたのは、小型のステレオタイプのスピーカーだった。そして、暫くパッケージを見つめていた私に父が話かけてくる。

 

「友希那……。少しいいかな」

 

「? ……えぇ」

 

「昔、ここにあったスピーカーの事を覚えてるかな?」

 

「……うん」

 

 当たり前だ。忘れる訳がない。だって私のかつての夢だったのだから。父はかつてそのスピーカーの置かれた場所に立ち、あのスピーカーがまるでそこにあるかのように手をかざしていた。

 

「あのスピーカーはな、俺の宝物だったんだ」

 

「……うん、知っている」

 

「俺が音楽を始めた頃、親父が……友希那のお爺ちゃんが買ってくれた物でな」

 

「…………」

 

「ずっと仕事人間で、音楽の事なんて何も分からないのに、あんなバカデカいスピーカーなんて買ってきてな」

 

 それでも嬉しかったと、自分が音楽を辞める時にはこのスピーカーと別れる事も厭わない程に自分の音楽の分身と言っても良かった。そう語る父のその背中は、傍目でも分かるほど悲しみで染まっていて。私は何も言えなかった。

 

「そして、あの時から音楽を辞めて、あのスピーカーを見る度に親父に責められてる気がしてな……。気づけばあのスピーカーを手放していたよ」

 

「……それで、どうだったの?」

 

 まるで懺悔のような父の言葉に敢えて問いかける。握り締められた父の右手が白くなる。

 

「──そりゃあ、後悔したよ。何度も自分を呪ったさ。もう親父の墓に顔を出さないとも思ったよ」

 

「……」

 

「その度に自分で分かるんだ。……自分の中の音楽への情熱が、燃え尽きてしまったんだって」

 

「父さん……」

 

 だからと、父はそう前置きをして私の方に振り返る。その頬に伝うその雫は敢えて見ない。

 

「だから友希那がバンドを始めた時に、いつかそれを贈ろうと決めていたんだ。……いいか友希那。お前は後悔だけはするな。約束出来るか?」

 

「……うん。約束する。絶対に後悔なんてしない」

 

 ならいいんだ。と、どこか安心したような表情でそう言った父は、話は終わりだと言い、部屋へと戻っていった。

 

「…………」

 

 そっと、先程まで父のいた場所に立ち、練習が終わっているであろう時間だと確認してリサの番号をコールする。

 

「もしもし、友希那? どうしたの?」

 

「リサ、今日が何の日か分かったわ」

 

「そっか。……で、どうだった?」

 

 短いコールで出た彼女にそう伝える。電話越しで彼女が微笑んだのが分かった。

 

「最高のプレゼント、二つも貰えたわ」

 

「ん? 二つ? アタシが知ってるのは一つだったんだけど……?」

 

「あら、そうだったの……?」

 

「うん。えー、なんだったの? もう一つのプレゼントって」

 

「……ふふ、内緒よ」

 

 リサも先程の父の話を知っていると思っていたので、それは少し意外だったが、娘の幼馴染みとはいえ余り他人に話す内容ではない事を思い出し、幼馴染みの不満げな声を聞きながら、そっと心の中に秘めておく。

 

 だって、そう簡単に言葉にしてしまえば、このプレゼントの重みが軽くなってしまうから。

 

 いつかの時、成長した私があの人に言うからこそ、このプレゼントは価値のあるものになる。それこそ、世界で一番大切なものにだって。

 

 

 

 ──それは新しい夢。そして、今は叶わない夢。燃え尽きてしまった不死鳥が私の、私達の音楽で再び灰から舞い上がらせる事が出来た時。

 

 

 ……その時には、必ずあの人と同じステージに。 

 

 

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