ハーメルンバンドリ作家合同企画(テーマ交換・オリキャラ無し)   作:大里野上

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 今回の作家は苗根杏さんです! 普段はクロスオーバー等を多く書いている方ですね!

 テーマ「青葉モカの一週間」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=216522

 作家ご本人の書いた前書き
書きたいものを書かず、さらにウケも狙わず。ただただ理解が難しいような小説を書いてしまいました。ホントに厄介でした。読み返したくもリメイクをしたくもありません。反省はしてるけど謝りません。叩くなら叩いてください。



ロビンソン

 

『憂鬱』だ。

 

憂鬱。多くの辞書によれば、気持ち、心がふさがれ、晴れないこと。また、その様子のことを『憂鬱』と言う。一面に雲のかかった空を想像してもらえれば、わかりやすいだろう。ああ憂鬱。なんという憂鬱。

 

杞憂であってほしい。寝起きの変なテンションであってほしい。いざ起きればなんて事ないじゃあないか、なんだなんだ私の考えすぎだ。と、なればいいのに。そう思っても、身体は動かない。杞憂かもしれないのに。

 

『杞憂』。蛇足、推敲、虎穴に入らずんば虎子を得ず、などの故事成語からだと言われている。出典は春秋戦国時代の道家の文献『列子』。紀元前の中国にあった『杞』という国の男が、天地が崩れ落ちたらどうなるんだろうという突拍子もない心配をし、そのあまり食欲不振と不眠症に悩まされることになったそうな。

 

ここまでは一般的に知られているが、その後、杞の人がどうなったかは、あまり知られていないようだ。

 

というのも、なんと、夜も眠れぬ杞の男を心配する人が現れたのだ。その人いわく、『天は崩れない。天というのは空気の集まっているところだ。空気のない場所などない。私たちの生活は天において行っているようなものだ。心配ない』と。

 

しかし男は『太陽や星、月が降ってくるかもしれない』と言う。すると、それには『太陽や星、月などは空気の中で光っているだけ。もし落ちてきても、ぶつかって死ぬことはない』と言ったそうだ。

 

だが、また男は『地が崩れたらどうなるんだ』と言った。またまたそれには『地は土が積み重なったものだ。土のないところなんてないだろう、私たちがこの地面を歩き回っている限り、崩れる必要はない』と説得。すると心配性の男は、心配が消え去って健康に戻り、喜んだそう。男をさとした人も心配がなくなって、また喜んだそうだ。

 

それはさておき、憂鬱の憂鬱たる原因は、学校にあった。今日は平日。『月曜日』である。

 

なぜこのような日が7日に1回も来るのか?私は常々思う。まずもっておかしい。5日学校に行って2日休む、という日程がおかしいのだ。5日行ったら5日休まなければならないだろう。何故5日も頑張ったのに、2日しか休みがないのだ。納得いかない。かのイエス・キリストでさえ、復活には3日かかったというのに。私たちはただの人間でしかないんだぞ、せめて4日は休ませろ。と思いつつ、私は『左手』で寝惚け眼をこする。

 

1週間がキッパリ半分に分けられないことからして、既におかしい。7日で1週間。8日だったら4日行って4日休めばいいのに。もう全てが面倒くさい。今日は遅刻していこうかな、そんなことを考えながら『右手』で布団を剥がす。

 

「は?」

 

………昆虫のような皮膚をした右手が、パジャマを破って出ている。一言でいえば、そんな状況だった。

 

いやいやいや…え?

 

ドッキリ、じゃあないよな。カメラも見当たらん。パスパレじゃあるまいし。寝起きドッキリだとしたら時代遅れすぎるだろ。こんな昭和の妖怪人間みたいな三本指…どうやってできてるんだ?

 

左手で、手の甲?をつねってみた。痛い。

 

少しだけぬめりけのある緑色の皮が引っ張られる。爬虫類の鱗というより、イモムシみたいだ。普通につねったみたいに痛い。それと同時に、この状況が夢ではない事が分かった。

 

いや、しかし、遅刻してでも学校に行かないと。今は真剣に単位が…いやいや、こんな状態になって単位の心配とか呑気かよ私。いやいやいや、でも意味不明すぎるだろ。前に『道に迷いましたあ!』と遅刻した事はあるが、欠席理由が『手が虫になってましたあ!』は流石にないわ。私はフランツ・カフカか。

 

……落ち着こう。とりあえず、家族にもバレてはならないし…隠すものを買わなくては。

 

心当たりは?ない。道端で変なものは?食べてない。昨日…つまり日曜日に家族と出かけた山梨旅行の時のことを思い出すが、ブドウ狩りをした後に駅前のベンチで寝てたぐらいしか覚えてない。あと、甲府駅周辺に行ったぐらいか。つまらない街だった。あのあいだに変な薬物を盛られたなんて事はないだろうし………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モカ!?大丈夫…?」

「ん〜?ああ、ちょっと筋肉のスジ?をやっちゃってね。こうしてるうちは痛くないし、だいじょび〜」

「ふるっ…じゃなくて!練習どうするの?」

「ごめんねぇ、これだと流石にギター弾けないし…」

「仕方ねえか。まあ、ゆっくり休んでくれ」

「そうだね……無理はさせられない」

「ありがとぉ〜。モカちゃん、泣きそうだよ〜…よよよ…」

 

学校に来たはいいが、割と緊張…というかゾクゾクしてる。

 

いつも通りの態度で接しているつもりだが、心臓はバクバクしている。こんなのがバレてみろ、私は普通に生活も出来なくなる。吉良吉影だったら即爪を噛んでいるくらいの、それこそ川尻早人を殺してしまった川尻吉良のような……。

 

「モカ、聞いてんの」

「……あ〜、ごめんごめん〜。ヘルシェイク矢野のこと考えてた〜」

「ま、いいけど」

「…顔、赤いよー?」

「し、しっ…知らないっ」

 

素直じゃないな。そこがまた、可愛いのだけど。と呑気な感想を言いつつも、そそくさとその場を去ってトイレに行く。誰もいないことを確認して、右腕がカンペキに隠れるように確認してみる。

 

現状、不審者みたいな格好でドラッグストアの包帯を買い(遅刻はしたけど)、ネットの巻き方を見様見真似でやってみた。割とうまく隠せている。

Afterglowの練習には参加できないが、仕方がない。全く、クラスが別になっても一緒になれるようにとバンドを組んだのに、こんな腕のせいで…。

 

……これこそ杞憂かもしれない。明日には治ってる、そう信じて1日過ごしてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──学校が終わってすぐ、私はこれまでに無いほど急いで家まで帰った。閉じこもりたい。右腕にこんなのを抱えて普段通り生活しろってんだから、ストレスも溜まる…。

 

衝動に駆られて、自分の部屋に入り、ドアを閉じたあと。私はすぐに服を全て脱いだ。全身鏡の前に立つと、私は思わずその場で崩れ落ちた。

 

脚は右足の付け根まで、腕はまるごと胸のあたりまでが緑色に染まっていた。あしゅら男爵のように、半身だけが別の生き物になっているようだった。実際そうなのだろうけど。

 

この僅かな時間で、増殖している。『何か』が。ウイルスだか不治の病だか知らないが、明日の朝にはもっと酷くなっているかもしれん…そんなことを考えても、右半身からは汗も出ない。

 

座ったままガタガタ震える足を開き、自分の性器を見る。こうやって自分のブツを鏡に映すのは数ヶ月ぶりだが(決して自慰や自撮りなどではなく、ライブでキワドイ衣装を着る時にした毛の処理のためだ)、前とはあまりにも違いすぎる。周りの陰毛が抜け落ち、中身さえピンク色どころではない、ぬめぬめとした、スライムを彷彿とさせる濃い緑色のなにかに変わっていた。子宮まで侵食していないことを願うばかりだ。

 

先の事を思うと夜さえ眠れないが、疲れ果てた身体と心は、自然と睡魔に誘われてゆく。裸のままベッドに倒れ込むと、瞼は勝手に閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きたのは5時半だった。火曜日になっていた。布団にくるまると、母がやってきた。休む旨を伝えると、仕方ないと了承してくれた。ごめん、休むのは、生理でもなんでもないんだ。自分の娘が毒虫のような何かに変わっているなんて、いざ目の当たりにしたらパニックになること請け合いだろう。隠すしかないんだ。

 

昼間、ようやく布団から出た。全身鏡の前に立つ。右半身はすっかり緑色。左半身は膝から手の先、顔の半分ほどが『何か』に侵されていた。

 

夕方、ドアがノックされた。母ではない。出会った日から、何も言わなくても自分だと分かるように、2人で約束したノックの回数。

 

ドアの向こうにいるのは、美竹蘭だ。

 

「モカ、大丈夫?」

「なんとかね〜」

「…ウソつかないで。モカはどんなにだるくても、1日休むことだけはしなかった。風邪の日だって、放課後家を抜け出して逢いに来て…」

「インフルなんだよ。ほっといて」

「開けるよ」

 

全身の毛がゾワッと逆立つように、身体が勝手に反応する。

 

「ダメ!!見ないでッ!!」

「なんでそんな風に突き放すの!?友達じゃんっ…」

「だからダメなの!!友達だから!!」

 

身体のどこも痛くない。肌が少しおかしくなってるだけ。気分だってそのうち戻るし、形だけだったら人間だ。なのに…。

 

………いや、もう人間ではないのかもしれない。

 

1日ほど経過して気づいた。『腹が空かない』。水を少し飲んだだけだが、全く本質的な体調には問題ない。人間でなくなったこと以外は、自分の中では吹っ切れている。

 

それとこれとは別だ。蘭には、たとえ一生姿を見せなくてもいいからバレたくない。決して他人にも見せられぬ、毒に侵されたケモノのようなこの身体。

 

「………モカ、本当におかしい。どうかしたの?」

「ああ、私はどうかしている」

「なんで見られたくないの?」

「友達でいたいから」

「私は、どんな事があってもモカとは親友だよ」

「薄っぺらな言葉を吐くな!」

「本当だよッ!あんたの正体が宇宙人だって、私は友達でいたいよ!!」

 

違う、違うんだ。

 

「開けたければ開ければいい!言葉なんて乾いた犬のフンよりも脆いってことが分かる!」 

「モカはそんなこと言わない!……開けるよ!」

 

蘭は、ここまで薄情で不親切な言葉を発するようなやつではない。私の事情を知らないからだ。こんなに友達友達と言っているが、

 

蘭は、私の一糸まとわぬ姿を両目でしっかりと見た。その上で、吐いた。

 

「………ッ…!?」

「………………言ったでしょ…」

 

蘭は慌てて私の部屋を出ていった。下のトイレで、彼女の嘔吐する音が聞こえた。

 

千の秋が過ぎたような、永久にも思える時間が流れ、私は一言も喋らずに、1ミリも動かずに、立ち尽くしていた。

 

人生は、やり直しがきく。本当だと思っていた。でも違う。例えそれが数分でも数十年でも、積み上げてきた厚みが、その積み上げてきた『何か』自体が土台なのだ。

 

やり直し、とは、その土台を全て。ありったけのダイナマイトを爆発させたみたいに跡形もなく吹っ飛ばして、1から積み上げることを言うのだ。ゲームのリセマラも、チュートリアルだけの最短ルートだとしても、積み重ねを吹っ飛ばして、また1からやり直す。

 

それが自分ひとりで重ね続けた積み木だったならば、どんなに罪が軽くなったことか。

 

私が今まで積み重ねてきた何かは、ほかの人たちと一緒になって1から始めたものだ。それを、私ひとりの、訳の分からない理由でぶち壊した。故意でなく、やり直しをした。誰の許可を得た訳でもないのに。

 

こうなるのと、こうなってしまうのとは、違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日の深夜、私は家を出た。

 

帽子を目深に被り、マスクと伊達メガネを身につけた。ほんの少しだけ、あの憎たらしい皮膚が見えるが、まだ深夜だし見えにくいだろう。職質されても、相手はビビって逃げ出すか少し早いハロウィンだと思うか…。

 

前よりも面積の増えた緑色の肌を撫でながら、街灯を避けて歩く。

 

日が昇ってからは、路地裏でうずくまっていればいい。どうせ腹も空かぬ。私は人間ではないのだから。

 

突如として、耳鳴りがした。私はその場にうずくまった。目の前には廃工場があった。今でもたまに来ているが、Afterglowのメンバー、幼馴染のグループで何度も来ていた場所だ。バンド結成後も、ミュージックビデオをここで撮った。

 

秘密基地として拠点を置いたこともあった。私は確か、コンテナの中に布団を敷いてよくそこで寝ていた。

 

「離して…離せよッ!バケモノ!」

 

蘭の涙混じりの叫び声が聞こえたのは、その廃工場の中だった。私は走って、その中に転がり込むように入る。当の蘭はというと、私の聞き間違いではなく、本当にそこにいた。人間ではないなにかに囲まれて。

 

そいつらは、細部の違いこそあれど、ほぼほぼ同じような…『私と同じような』見た目をしていた。緑色の皮膚だ。

 

服を破かれ、今にも、腹に鉄パイプを突き刺されようとしていた。

 

「蘭ッ!!ダメ!それだけは……イヤ!!!」

 

咄嗟に身体中の毛がゾワッとする感覚がした。

 

「モカ!?そこにいるの?来ないで、モカ!」

「うぁぁあああああああっ」

 

私は無我夢中で走っていった。その時、何故か一瞬にして化け物のところまで自分が移動していた。孫悟空が瞬間移動をするみたいに、あっという間に。

 

正確には、私は恐ろしいほどのスピードで化け物の眼前まで移動した。

 

自分でもビックリしたぐらいだ。そのせいで少しの隙ができ、化け物に裏拳の勢いで吹っ飛ばされる。

 

……この身体能力を活かせば、いけるか?

 

「蘭!もうすこし堪えてて!」

「あたしはモカに酷いことをしたんだぞ!それなのに…それなのに!」

「うるさいッ!私は青葉モカ!あんたは私の大親友で幼馴染で、素直じゃなくて音楽が好きで友達想いな美竹蘭!それだけだ!」

「………ありがとう」

 

私たち、2人だけの用は済んだ。あとはこの化け物共を片付けるだけだ。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ」

「………チュミミ」

「ミミ…チュミ、ミーン」

 

身体中に力を入れると、緑色になっている皮膚の部分が沸騰するみたいにぷつぷつと泡がたつ。そこから、抹茶のような空気の溜まったドームが小さく、細かくなっていく。

 

「…………」

「…新しい、敵…?」

「…蘭」

「!!」

「逃げて」

「モカ……なの?」

 

飛蝗に似た『何か』。それが私の姿だった。

 

「チュミ……ミ…チュミミーン……」

「来いよ。まとめて佃煮にしてやる」

「チュミミミ」

「チュ」

「ミィーン」

 

太陽は、常に照らす者を選んでいる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォオオオオオ!!!」

 

私は、奥から出てきた化け物も含めて、50匹以上はいる大群の中へ突っ込んでゆく。

 

いたずらが好きな悪魔が、人々を惑わすために、わざとこの世に残した忘れ形見は『3つ』あると………友希那さんは語っていた。

 

ひとつは『ヴァイオリン』。

 

ひとつは『鏡』。

 

ひとつは『モナ・リザ』。

 

かのレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザは、世界一有名と言われている。その絵に描かれた何者かは『男とも女ともとれる容姿』をしているのだ。絵で見れば女と思うかもしれない。しかし、細部に気をつけて見てみると、男性的な部分があったりもする。ダ・ヴィンチの弟子であるサライや、ダ・ヴィンチ本人の自画像の線画とも所々一致するところがあるし、胸の谷間も、他の誰かによって描き足されたものだとする説さえある。

 

『モナ・リザの微笑み』というものもある。絵の何者かは、微笑んでいるように見えて、左側の口角は上がっていない。一気に少し無機質な笑い顔に見える。しかし一度目を逸らし、もう一度見てみたりすると、また笑っているように見える。トリックアートのような仕組みだが、モナ・リザ自体はそのような意図で作られたワケではないらしい。

 

それだとしたら、ダ・ヴィンチは不本意だろうな。

 

今の私みたいに。心ばかりは普通の人間なのに、化け物扱いされて。どこに行けばいいのかすら分からなくなって、今はただ戦うことだけに執着するようになぅている。それしか出来ることがない。私は敵ではないというのを証明するしかない。

 

私だって、人から見れば化け物。しかし人の私を見た化け物は、私のことを化け物だと思うだろう。地球人から見れば火星人は宇宙人だが、火星人から見た地球人がまた宇宙人であるように、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が昇る頃には、私はおよそ100体以上の化け物の死骸の上にいた。

 

「………ヤツらが、また誰かを殺そうとしている」

 

私の口をついて出た言葉は、それだった。

 

なんのために?分からない。知ったことではない。考えないこと。考えても仕方の無いこと。

 

「………私は、何をしたらいいの?」

 

後ろから、バン。という音が2回だけ響いた。誰だ!と叫んで振り返ると、黒い外套が立っていた。

 

首のそばから垂れている銀色の髪は、暗い中でも見覚えがあると分かった。

 

「銃声よ。気に障った?」

「…湊、さん……?」

「あら。フードを被っていても気づかれるものね。まあ私の声ですもの、そう簡単には忘れられないわよね?」

 

黒い外套、そしてフードの向こうに琥珀色の目が光る。その手に握られているのはいつものマイクではなく、『ナガンM1895』。ベルギーやソ連で作られていた、口径7.62mmの回転式拳銃だ。日露戦争、第一次世界大戦にも使われている。映画『シャーロック・ホームズ』で見たことがある。

 

どこから持ってきたのやら、その銃口をこちらに向ける。手と足は震え、歯をガチガチと鳴らしている。明らかに、『おかしく』なっている。

 

もう一度こちらに向かって発砲する友希那さん。もちろん照準は合わず、私の真横にあったゴミ箱を裏側まで貫いた。荒々しく息をつき、こちらに早歩きで寄ってくる。アル中みたいに落ち着かない手で、私の胸ぐらを掴むと、憎しみのこもった琥珀色の目が私を睨む。

 

「あなたに似たような生き物に街が荒らされたわ。何者かがやっつけたみたいだけど………うちの家族は、既に『手遅れ』だった」

「ごめん、友希那さん」

「黙れ!!貴様が犯人なんてことは分かってる!!」

 

違う!と言っても、火に油を注ぐだけだろう。多分、あの化け物共はまだ街にいる。1人で友希那さんの父さんや母さんを殺せるくらいには…。

 

「友希那さん…やめて。私はそんなので死なない」

「……うるさい。うるさい、うるさい!!うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

3発、今度はきちんと私に……右目、左膝、脇腹に7.62mm弾が直撃する。私は右目に刺さるように埋まった弾を、ほじくり返す形で取り出す。

 

それをキャッチボールくらいの軽い感覚で投げると、友希那さんの後ろのコンクリの壁にクレーターを作って命中した。壁に隙間なく描かれた、色褪せたスプレー缶の落書きがひび割れるのと同時に、友希那さんはその場に崩れ落ちた。失禁した。嘘、嘘だ、と呟いてアスファルトに顔を打ち付ける。

 

しばらくすると、血と涙を流しながら、絶望したように叫び始めた。父と母の名前を交互に呼び、そこら辺に落ちていたガラスの瓶を割って、その破片で喉を掻っ切ろうとした。完全に錯乱している。壊れたのだ。

 

私は、『決意』をした。

 

その瞬間、友希那さんのもとに駆け寄り、抱きつく。そして、耳元でこう呟いた。

 

「正確には、私の同類が貴方の家族を殺したようだ。私は、あの化け物共を一匹残らず駆除する。本能のまま人を嬲り殺すヤツらの首をぶった斬る。そのあと、私も死ぬ」

 

最早人の言葉ではない何かを叫びながら、友希那さんは私の背中を何回も何回もガラスの破片で突き刺す。緑色の血こそ出るが、その度に自分の意思とは無関係に修復される。そこの部分だけ巻き戻し再生されてるみたいに、キレイに元通りになっては血を吹き出す。

 

「本当に、ごめん」

 

10秒ほど、たっぷり躊躇してから、私は友希那さんの胸の真ん中に拳を入れる。たくさんの骨の折れる音がしてから、黒い外套を静かに赤黒い血が滴る。

 

私は、あの月曜日から初めて、ヤツらこと化け物以外の何かを、この手で殺した。

 

「モカ!!」

「……蘭。追ってきてたんだ」

「そこに倒れてるのは?また、あの化け物?」

「いやあ、同族を殺すのは心が苦しいね」

「…………ウソ。ただの人だ。心が苦しいってのもウソ」

「私は、あの化け物共を一匹残らず駆逐する。私も自殺する。蘭は勝手にして」

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日。山梨県の甲府市、甲府駅前。普段は堂々と空を見上げる武田信玄公像が、今は無惨に崩れ落ちている。

 

逃げ惑う人々の中心にいるのは、化け物の群れではなく、たった1人の少年。長く伸ばした赤い髪と、整った顔立ちはこちらに中性的印象を与える。

 

「やあ、モカ」

「初めまして。この壊れようは全部お前がやったのか?」

「ククク、結構上手くぶち壊せてるだろ?」

「殺した奴は?」

「500……いくつだったかな。数えてないね」

「そうか。死ね」

「ちょちょ、待てよ。ワタシはお前と戦うつもりはないんだぞ」

「…………私は、あの化け物共を殺すつもりでいる。お前も、化け物なんだろ?」

「クク。知りたい?そう、ワタシは『アチュード』……そのボスだ」

「『アチュード』?それがあの化け物達の名前だな?『私と同じような異形』達の………『今の私の』名前なんだな?」

「そう、お前も同じ…ワタシと同じだ。兄弟のようなものだよ、モカ」

「そいつは反吐が出るね」

 

私が例の怪人体になろうとすると、ヤツは手袋をはめた右手を前に出した。

 

「申し遅れた。『アチュード』としての名は……『モスマン・アチュード』」

 

そう言うと、ヤツは右手の手袋を外して、こちらに手の甲を見せた。アゲハチョウのような虫のタトゥーが彫られている。それに左手で軽く触れると、仕組みは分からないが、突然、赤々と光りだした。何が始まるのか分からないが、本能が働いて、身体が戦闘態勢になる。

 

「おいおい、そこまで構える必要は無いじゃあないか。少しだけ、ワタシの『本当の姿』を見せるだけだ。なあ、知ってるか?ここ、山梨の地名の由来。正確には…『甲斐国』」

「………………………」

「甲斐国は、私たちが暮らす『現世』と、黄泉の国である『あの世』の交わる場所であるところから……『交い』から『甲斐』がきている」

「豆知識をありがとう。ならば死ね」

「まあ落ち着いて聞けよ。いいか?ここら一帯は『あの世』と直通していると言っても過言ではない。お前も実際、あの世から来ているようなものだ」

「どういうことだ」

 

「知らなかったのか?お前は……青葉モカは、生き返ったんだよ」

 

「突然なる心臓発作………それが死んだ原因だ。そして、偶然にもアチュードとして蘇った。死んだ人間の一部はアチュードとして蘇る。手の甲の『蝶』の模様を見れば分かるだろう」

「……蝶は、キリスト教では『復活』を意味すると言われている」

「他のアチュードの手にも、このような模様がある。気づいてたか?」

「いや、全然。どうせ殺すし」

「それはワタシにも当てはまるのかね?」

「さあね…ただ、私は人間の味方でありたい。敵ではないことを証明したい。こんな身体になっても、心だけは人間でいたい」

「愚かな…『カタピラス・アチュード』。私の可愛い兄弟になるハズだったのに……」

「フン」

 

…一人っ子で十分だ。

 

ヤツと同じ要領で、私は右手の青い蝶のマークに手で触れる。

 

「変身ッ!!!」

 

胸の中央がひび割れた。身体中の皮膚が硬くなり、思うように動かなくなる。私は割れ目に指を食い込ませる。関節がギチギチと音を立て、段々と全身の表面、硬くなった皮膚がバラバラになって崩れ始める。

 

「ぐ……うぁぁぁぁああああぁああぁぁぁああああああ」

「…………見たことの無い行動パターンだ。何をする気だ?」

「きっ…貴様に私の心は永遠に分かるまい!私は人間だ!!パターンなんぞ知るかぁぁぁぁ!!」

 

ふと、腕にむず痒い感覚が生まれた。見てみると、青い蝶がいた。いや、私の身体から出てきていた。文字通り、私の身体の中から青い蝶が生まれたのだ。

 

そのまま、全身がひび割れて、その隙間から光が漏れ出すと、青い蝶が空へ羽ばたいてゆく。私の背中に羽が出てきたかと思うと、身体中が光って、青色の装甲のようになる。

 

言わば、『カタピラス・アチュード』は、幼虫。イモムシのようなもの。今の私は『完全体』だ。

 

「私は、『バタフライ・アチュード』!!『アーフ』だ!!」

「……AF、アーフ。悪くないな」

「さあ、祝え!!救世主の誕生日だ!!」

 

私はバタフライに向き直ると、不意打ちをするような形で、既にこちらに向かって走ってきていた。避けるような時間は無いな、と考えた。

 

「『間混相殺』(カンコンソウサイ)ィィィィッ!!!」

「なにッ」

 

瞬時に身体中から蝶を出して、ヤツの拳へと飛ばす。技名は即興だ。

 

恐らく、このアチュードの身体の可能性は無限大に近いだろう。細胞があらゆるものに順応する。

 

人間の体ですらまともに戦ったことが無いので、デタラメにやるしかない…。全身から蝶が出てくるのは分かった。そいつが相手の体力を少しずつ削ることも。私は街灯を真ん中からぶった斬り、1mほどの棒になるように折った。

 

それに蝶を纏わせると、如意棒や棍棒のような武器の形状になった。

 

「『棒汐武人』(ボウジャクブジン)!!」

「…!……細胞から武器を作り出したか。この『1週間』で、かなり成長したみたいだな。『オリジナル』は伊達じゃあないな」

 

オリジナル、とは、アチュードに殺されてではなく、自力で生き返ってアチュードになった者のことだろう。オリジナルの方が戦闘力は高いのか?

 

………愚問だな。今、適当に『棒汐武人』を振り回しているだけでバタフライを軽くいなし続けられている時点で、性能はダンチみたいだ。

 

「くぅッ」

「オラオラオラオラッ!!」

「こ、これほどまで……とは…なんのッ!!」

 

こちらの『棒汐武人』を掴むと、私の手から引っこ抜く形で奪い取り、膝で折ろうとする。あちらもあちらで闘いには慣れてないみたいだ。

 

私は手首をちぎり、静脈にあたる所を引っ張り出す。それは鞭のように形を変えた。モスマンに打ち付けてから、私はそれの両方の端っこを持って引っ張り、モスマンを縛る。

 

「『使者悟紐』(シシャゴニュウ)ッ!!!」

「がぁぁぁぁああッ!…こ、のおっ!!」

「『転散夢様』(テンチムヨウ)!!『玉寂昏郷』(ギョクセキコンゴウ)!!『駆鳥閃光』(カトリセンコウ)!!」

 

原型を留めないほど無茶苦茶に殴ってから、真上に投げ飛ばす。それをジャンプで追い越し、両方の拳を組むように合わせてゴンッと打ち付ける。アスファルトが割れて、その中に緑色の血を流してニヤつくモスマンがいる。

 

「本当に予想以上だな」

 

隠れていた一般人がモスマンのいる所から離れようと走り始めた時、モスマンは突如として叫び出した。私は地面に着地し、そんなヤツを見ていると、両手をサムズアップをするように親指を立てて、顔の前に持ってくる。

 

何をするのかと思ったら、ヤツは自分の目に親指を突き立てた。

 

「なッ」 

「私は、ここが『やる気の出るスイッチ』のようなモンでね……私に従わない貴様はもはや齧ったリンゴ!冷めたパスタ!サンタクロースのいないクリスマスッ!…ここで処分するしかあるまいッ」

 

目を潰したヤツに何が出来る。そう思った次の瞬間、モスマンは地面を叩く。

 

「『永鼓盛彗』(エイコセイスイ)」

 

周りの建物まで崩れていく様は、昔…小学生の頃に体験した、東日本で起こった地震のようだった。一気に私は、地面の隙間。そのド真ん中に放り込まれる。私の呼吸を聞いて、そこに割れ目を作ったのだろう。

 

だが、無意味だ。

 

「…………『音呼千神』(オンコチシン)」

「が、ぁ……ああぁっ」

「音を置き去りにしたのさ。私が早すぎるから」

 

私は既に、蘭を助けたあの夜のように、高速で移動していた。そしてヤツに気づかれないうちに、音を置き去りにして、硬化したツメで身体を真っ二つにした。

 

時間差で、私が移動した時の風と音が流れる。

 

やりきった。あとは死ぬだけ。と思ったその時、私の身体の表面だけが、サラサラと流れていく。変身が解けた。全身に青いカビのような、または痣のような、まだらな模様がついている。

 

どうせ、真人間には戻れまい。残りのアチュードを倒して、私は自決する。その事実に変わりはない。

 

次の瞬間、後ろに気配がした。

 

「…吾が手により死ね、アーフ……」

「ガフッ」

 

モスマン・アチュードは灰になった。私の土手っ腹に穴を開けて。風にさらわれるように、身体が崩れ落ちて流されていった。後ろから、私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「………モカ?」

 

蘭だった。

 

「モカ!!しっかり!」

 

ギリギリ、だ。本当にギリギリ、『ダメ』かもしれない。意識がゆっくりと、しかし確実に遠のいていくのが分かった。

 

「起きてよ!!生き返れるんでしょ!?モカ!!再生できないの!?ねえ、起きて!!」

「……………そこまで…言ってくれるなんて……モカちゃん、嬉しいよ〜………」

「身体だって、このままでいい!モカなんでしょ…?それなら、もう…!」

「へへ…聞こえる?私の……心臓の…心の鼓動…」

「…………聞こえる…聞こえるよ。モカの音楽が、私の胸に…」

「そう………それで、いいの…それが……私……」

 

 

土曜日。私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アチュードは、この世から居なくなった。青葉モカを含めて。あのモスマンとやらは、自らをボスだと名乗っていた。その事実は本当だったらしく、モスマンが倒された日から、日本各地で大量の灰が見つかった。アチュードが倒されたあとに出てくる灰だ。

 

ボスであるモスマンが死んだから、アチュードは全員亡びたのだろうか。だから、最後にモカは復活しきれなかった。しかし、モカは自分の目的を達成していた。アチュードを全員倒して、自分も死ぬ。その目的を彼女は達成していたのだ。

 

 

 

 

 

モカの遺体を、モカの家族に届けようかと考えた。でもそんな事したら、モカの親はその場で卒倒どころじゃ済まないかもしれないと思い、東京までは持って帰ってきたが、あの日…水曜日、私が襲われた廃工場のコンテナの中に置いておいた。バレないと思うけど…。

 

わざわざ東京まで持って帰ってきたのは、少しだけの『期待』があったからだ。またCIRCLEの地下にAfterglowのみんなで集まっている時、ちょっと遅れて、あの寝惚けたみたいな声が聞こえてくるんじゃないかって。紺色のギターを背負った、パンが大好きな普通の女の子がやってくるんじゃないかって。

 

あんな憎たらしい緑色の皮膚なんか全部取り払われて、もうずーっと、永遠にただの女の子でいられる青葉モカが、腹の風穴なんて塞いで、かのイエス・キリストみたいに復活するんじゃないか…なんて。だとしても、イエス・キリストでさえ3日で復活したっていうのだ。モカみたいなのんびり屋が起きるまでは気が遠いな。

 

有り得ないよな。

 

少しだけ非常識に慣れすぎた自分に呆れるように笑うと、私はCIRCLEの地下のライブスペースのドアを開ける。

 

「やっほー」

「…………は!?も、モカ!!?」

「んー?」

 

今、その場で首を傾げているのは、『青葉モカ』本人だった。たちの悪いドッキリではないようだ。パスパレじゃあるまいし…いや、こんな木梨憲武の葬式ぐらい不謹慎なことはテレビ局もやんないと思うけども。

 

水色のパーカー、小さな身体に抱えられたシェクターのギター、私が中学の頃にあげたチョーカー…いつもの青葉モカ。いつも通りの、彼女だ。

 

「な……なんで!生き…て…」

「なんで死んだと思ったの?」

「だ、だってお腹に…穴が……!」

「あのくらい、再生できるもん。いやあ、今日はヘトヘトでねえ…家で寝よっかな〜と思っちゃったんだけど、Afterglowの練習あるじゃん?行かなきゃだし〜」

 

…………もし彼女を山梨に置いてきたら、また事情は変わったかもしれない。そんなことを思いながら、私は目頭に込み上げてくる何かを手で拭う。

 

「泣いてるの?」

「な、泣いてなんか…」

「待ち合わせまで30分あるよ」

「………モカ…ッ……」

「お〜、よしよし……泣いてくれるの、嬉しいな」

「あたしだって!モカに会えるの、嬉しい…」

「…ふふふ。ただいま〜、蘭」

「……おかえり。モカ」

 

誰が死んでもいい。私が死んだっていい。モカには、死んでも死んで欲しくない。そう思った。 

 

 

 

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