進撃の巨人 IF -TITAN OF RECORD-   作:ケリュケイオンの蛇

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巨人小説を執筆している友人に触発されて描きました。その関係で、その人の小説に出てくるキャラが一部登場します(※本人からの許可は頂いています)。1話完結型の短編ですが、長くなってしまったため2~3分割にするつもりです。一応出来た限りでは二分割予定。
タグを入れ忘れたのでここで注意を。オリジナルキャラ、独自解釈、オリジナル展開満載ですので苦手な方はブラウザバック推奨。
まだまだ拙い箇所はありますが、読んでくださる方がいれば幸いです。



進撃の巨人 IF -TITAN OF RECORD- 1話 『変革の風』前編

  この世界は牢獄だ。

  巨大な壁に囲まれた街は、そんな感想を抱かせるに相応しい。

  自由に壁を超えることも出来ない世の中において、多くの人は壁から出ることなく一生を終える。

  世界は広いのに、人は限られた小さな牢獄の中で生きている。

  それでも十分な生活ができていたからだ。また、その限られた世界でしか生きられなかったということもある。

  だが、その均衡はある日突然崩れることとなる。

  人類を牢獄の中へ追いやった元凶ーー

ーー巨人と言う名の狩猟者によって

 

 

進撃の巨人 IF

    -TITAN OF RECORD-

episode:1 『変革の風』前編

 

 

「心臓を捧げよっ!」

 

  広場に響いた大音響に、その場に居た少年たちは一斉に姿勢を正した。

  右手を胸に、左手を背中につけた敬礼は、王に絶対なる忠誠を示すもの。

  既に何度もやったこの動作に、戸惑う者はもう居ない。

  赤褐色の髪を揺らし、黄色の瞳を持った少年は前方に視線を移す。

  広場に設けられた壇上では、オールバックにした男を中心に、多くの大人達が鋭いまなざしを向けてきていた。

 

「本日諸君らは『訓練兵』を卒業する。その中でもっとも成績の良かった上位10名を発表する…呼ばれた者は前へ」

 

  手にした紙を見ながら言葉を放つ教官に視線を向けたまま、少年は意識を逸らす。

  長かった。5年前、人類の生存領域を作り上げていた3つの壁の1つが壊され、人類は生きる場所を3分の1減らすこととなった。その際失った人口はそれ以上だ。

  少年はそれを知らない。その時最前の壁にいて、巨人という絶望を見た被害者ではないからだ。

だが、今は少年の住む場所が最前の壁の内側だ。いつ自分も被害者になるか分からない。

だから力を手に入れた。そのために努力をした。

 

「主席、ミカサ・アッカーマン。2番、ライナー・ブラウン。3番、ベルトルト……」

 

  教官の声が絶え間なく響く。数多居る訓練兵の中の精鋭が次々と呼ばれて行く。

  才能だけではない、中には想像を絶する努力でその栄誉を手にしたものも居る。

 

「10番、クリスタ・レンズ。以上10名!」

 

  呼ばれた中には少年の名はない。才能も、努力も、彼ら10人の中には及ばないことは自覚していた。

  だから悔やむことはない。望んだ力は手に入れた。

 少年の拳に自然と力がこもる。それは、ようやく壁の外にいけるという希望を見たからか。壁という牢獄の中からではない、壁を越えたその先にある本当の『空』を見るために、少年はここまで努力を積み重ねてきたのだ。

 

「戦える…その力は手に入れた。俺は、戦う」

 

 誰にも聞こえないほど小さな、しかし確かな決意を持った声で少年は呟く。

 

「ヴァン・トランス!」

 

  成績上位10名の発表とは別の、卒業する訓練兵を讃える声に、少年は今一度心臓の位置に手を置いた。

 

「ハッ!」

 

  少年、ヴァン・トランスはその瞬間、本当の兵士となった。

 

 

  その日の夜は、兵舎内で祝宴会が開かれていた。大食堂を埋め尽くすほどの席に、卒業通知を受け取った第104期訓練兵団が集まっている。

  全員が集まって食事をするのも、今日で最後となる。明日は朝早くに宿舎を出て、それぞれ先ほど通達された担当場所に移るためだ。

  その特別な祝いの席の一角で、ヴァンは葡萄酒を口にした。もちろんアルコールは極めて低い。

まだヴァンを含め大半が15という年齢だが、本当の兵士となる意味での通過儀礼なのだろう。

  口に含んだ酒はほんのりと甘く、乾いた喉を潤した。

 

「ようやく終わりだな、訓練生活も」

 

  突然放たれたその言葉に、ヴァンは口からコップを離した。

  見ると金髪の少年が手を振りながら、笑みを浮かべていた。

 

「これで上位10名だったら言うことなかったんだけどなぁ! クソ惜しかったぜ」

「ミハエルは憲兵志望だったんだっけ?」

 

  数少ない友人とも言えるミハエル・ギルヴァの言葉に、言葉を返す。

  普段は異性の話ばかりで、将来的な目的をあまり話さない人間だったからだ。

  しかし記憶を探ると、そういえば、と思い当たる節があった。

 

「内地に行くのももちろんだけど、中から変えていかねぇといけねぇ気がしたからな!」

「口は達者、頭は愚者」

 

  真面目な顔で話すミハエルに、横から少女が口を挟んだ。

  口数が少ない少女が言った言葉に、ミハエルがムキになる。

 

「なんだとぅ!? 俺はお前より頭は良いぞ!」

「総合成績はボクのが上」

 

  ミハエルの反撃に淡々と言葉を返す少女、カルト・マヘンは黒髪を揺らし、ちびちびと葡萄酒を口にしていた。

 

「くっそぅ、おいヴァン!」

 

  悔しさでギリギリと歯を鳴らしていたミハエルがこちらを向き、ヴァンの方に身を乗り出してくる。

  唐突に叩かれたせいで揺れた机に、カルトの細い眉がピクリと反応した。

 

「何でカティに負けてんだお前!」

「や、俺より強いからだろ。頭は弱いけど…ッ!?」

 

  ミハエルにたいして言葉を返していた時、不意にヴァンの脛を激痛が襲った。

  いっつぅ、と苦悶に呻くヴァンについで、ミハエルが椅子ごと倒れこむ。

  おそらく机を叩いたのが彼女の癪に触ったのだろう、声にならない悲鳴を上げて膝を抱えている限り、ヴァンよりも容赦がなかったのかもしれない。

  数刻の間を置いて、いち早く回復したヴァンは改めてカルトに視線を送った。

  艶やかな黒髪は肩にかかるまでの長さを持ち、長い睫毛を持った瞳は今は細められている。酔いが回ったのか、ほんのりと朱の入った頬が彼女をより魅力的に見せ、場の空気に似つかわしくない落ち着いた雰囲気と合わせて扇情的にすら見える。

  腕に巻かれた鎖が異様といえば異様だったが、それも神秘性を醸し出す要素といえよう。

  一言でいえば可愛らしいという言葉がぴったりで、ヴァンは少し見惚れていた。

 

「ほーぅ、ほぉーう?」

 

  急に聞こえた声に意識を戻すと、ミハエルが嫌らしい笑みでこちらを見ていることに気づく。

 にやにやと笑みを浮かべるミハエルを睨むと、彼は意も介さずと言った感じで口を開いた。

 

「お前がカティに勝てない理由の一つが分かっちゃったぜ。惚れーー」

「死ね」

「ぐあぁぁ!  葡萄酒のアルコールが顔に、俺の顔にぃぃいい!」

 

  即座に投げられた葡萄酒が直撃し、再びミハエルが転げ回る。

  それをカルトが呆れたように見下ろし、周りの席にいた奴が笑い、ミハエルが悪態をつく。

  すっかり見慣れたこの光景に、ヴァンも自然と笑みがこぼれた。

 

「そういえば上位外のツートップはどうしてんだよ?」

「11位と12位なら10位にべったり…」

 

  惜しくも10番内に入らなかったものの自分たちとは実力がまるで違う二人の場所を聞くと、カルトがある一点を指差した。

  指された方向を向けばなるほど、10位として評されたクリスタ・レンズの隣と正面に位置する形で背の高い女と銀髪の少年が見えた。もっとも、銀髪の少年は後ろ姿だけだったが。

 

「10位はモテモテ…」

「天使だからな」

「気持ち悪い」

「oh…」

 

  カルトと話しながらヴァンはスープに手をつける。

  今日はいつもより調味料をきちんと使っているのか、味付けがしっかりしていた。

 

「ハンクはライナーたちのとこだしなぁ」

「呼んだか?」

「ッ!!」

 

  何気なくつぶやいた言葉に返答され、ヴァンはスープを噴き出しかける。

  ゲホゲホと咳き込みながら隣を見ると、何食わぬ顔で食事をしている主、ハンクが居た。

 

「いつから…」

「最初から。まぁ、さっきまで寝てたが」

 

  全く気配を感じさせなかった友人に、ヴァンは驚きを隠せなかった。

  目に光が見えないのはいつものことだろう。死んだ魚のように虚ろだ。正直気心知っているヴァンでもハンクの目は怖い。

  ハンク自身は焦点があっているようだから何も言わないが。

  その時、机を叩く音が辺りに響き渡った。

 

「やっと、このクッソ息苦しい最前線の街から脱出できるからだ!!  内地での安全で快適な暮らしがオレ達を待ってっからだろうが!!」

 

  机を叩いていた主を見て、ヴァンは嘆息した。

  机を叩いてご機嫌になっている男はジャン・キルシュタイン。

  今期の上位成績者の一人で、6位として確かな実力を持つ。

  ただしヴァンとは違い、その向上心は内地で安全な暮らしをしたいという保守的な考えの人間だ。

  もともと内地に行ける憲兵団が上位10名しか行く権利が与えられないため、憲兵団目的である彼が上位でも間違ってはいない。

  しかし、中には保守的な考えに不満を持つものも居る。

 

「…何故ボクはあんな奴なんかに」

 

  ブツブツと文句を垂れるカルトを見て、ヴァンは苦笑した。

  カルトは巨人を倒すために調査兵団を志望している。普段から調査兵団のことを見下したようなジャンのような人間は、彼女とは相性が悪いのだろう。

  もっとも、彼女よりも、快く思っていない彼女に似た人間もいるようだが。

 

「ジャン…内地に行かなくても、お前の脳内は“快適”だと思うぞ?」

 

  予想通り、カルトによく似た思考を持つエレンがジャンに食ってかかる。カルトの機嫌を損ねている大半の言葉は、ジャンがエレンに対して放つ皮肉であることがほとんどだ。

 

「いいぞエレンもっと言えー」

「カティ…声小さくて届かないと思うぞ」

「気持ちは届く」

 

  呆れたようなハンクの言葉にカルトはドヤ顔で返した。

  イラついたのかハンクがおもむろに空になったコップを持つとある方向に投げつける。

  いてぇ、と当たった先で悲鳴が上がり、ハンクがひそかにガッツポーズを取った。

 

「(特に理由のない暴力がライナーを襲う…すまないライナー)」

 

  悲鳴の主に心中で謝罪を入れ、再び目の前の料理に手を付ける。やはりスープは味付けが濃い。コンソメが良い感じに舌を刺激してくれる。

  明日からは、いよいよ現場に出ることになる。それまでは、居心地の良いこの雰囲気を楽しんでおこう。

  まだ夜は長い、そう呟いたヴァンの表情は、とても楽しげだった。

 

 

  数刻後、酔いを冷ますためにヴァンは外で涼んでいた。

  冷えた夜風が肌を程よく抜けて行き、ひんやりとした心地よさを感じる。

  視線をずらすと壁伝いに距離を置いた先にエレンが二人の友人と話し込んでいるのが見えた。あれからジャンと殴り合いになったことから頭を冷やしているのだろうと解釈する。

  確か同じ地区出身の幼馴染だったはずだ。よく一緒にいるので親しい間柄なんだろうと思う。

  邪魔をするのも無粋だと判断したヴァンはその場を離れようと踵を返した。

 

「よぅ、お前も涼んでるのか?」

 

  踵を返した先で声をかけられ、ヴァンは視線を上げた。

  上げた先にはヴァンより10cm以上も高い背丈を持つ男が人の良い笑みを浮かべて立っていた。

 

「ライナー。何の用かな」

「いや、俺もさっき飛んできたコップの痛みを冷やそうと来てな? お前も居たとは驚きだ」

 

  余韻に浸っていた姿を見られたかと内心焦るヴァンの予想を反して、ライナーは肩を竦めた。

  大して気にならなかったのかとヴァンは胸を撫で下ろす。

  しかしライナーの意外そうな言葉に苦虫を潰したような表情になり、ヴァンはそのまま通り過ぎようとした。

 

「まぁ、待て。今のは謝ろう。言い過ぎだったな」

「別に気にしてないけどな」

「いや、お互い最後の付き合いかもしれん。少し話さないか?」

 

  会話を続けようと誘ってきたライナーの言葉にヴァンは驚いた。

  普段から面倒見がよく、話していた間柄とはいえ、ヴァンとライナーの接点はあまり多くない。少なくともヴァンより声をかける知人は多いだろうし、こう言う場で優先されるほどとはヴァンも思っていなかったからだ。

  少しだけ嬉しいと感じた心中を隠し、ヴァンは了承した。

 

「仕方が無いな。特に断る理由もないし、構わないよ」

「そう言ってくれると助かる。おーい、3人とも来いよ!」

「はっ?  3人?」

 

  ライナーの言葉に目を丸くし、ヴァンはライナーの振り返った先を見やる。

  視線の先には不機嫌そうな顔をしたアニと、困ったような笑みを浮かべたベルトルト、それに相変わらず死んだ魚のような目をしたハンクが居た。

  また異色な組み合わせを、とヴァンは息をつく。ライナーの交友関係の広さには驚きだった。ベルトルトはいつも一緒にいるようだが、アニにはよく格闘訓練で蹴られている印象しかない。

ハンクを連れてきたのは放っておくとずっと一人で過ごしそうな彼に見かねて連れてきたというところか。

 

「まだあまり寝れない連中みたいでな。連れてきた」

「チッ…私は別に寝ても良かったんだよ……ライナー後で蹴る」

「まぁまぁ、よろしくね。ヴァン」

「俺は眠いぞ」

 

  三者三様の答えにライナーの表情が固まる。特にライナー蹴る、というアニの小声に反応して、だろうが。

  別に自分に害はないからか、ヴァンは特に気にしないようにした。

 

「それで、ライナーたちはどこに行くんだ?」

 

  せっかくだ、とヴァンは言葉を放った。会話すれば変にぎこちなくなることはないだろうと思ってのことだ。ついでにライナーの立場を守る役目もあった。

 

「ん? 俺は調査兵団かな。エレンの言葉もあるが、故郷に帰るためにもな」

「私は憲兵団かな…ていうか、これジャンにも言ったんだけど」

「僕はよくわからないな…さっきまでは憲兵団がいいと思ってたのに、今はライナーと一緒に調査兵団も良い気がするんだ」

「俺は調査兵団かねぇ。なんでかは言わないけどさ」

 

  律儀に答えを返してくれた4人に、そっか、と頷き礼を言う。

  やはりエレンの言葉が大きいのだろうか、最近は特に調査兵団を目的とした声が多いようにヴァンは感じた。ヴァンの交友関係が偏っている可能性も否めなかったが、それでも嬉しいと思う。

  純粋に同じ目的意識を持っている仲間は素直に嬉しい。

 

「逆に聞くが、お前は?」

「調査兵団。エレンに会う前、5年前から決めてたよ……入りたいって」

 

  ライナーの問いに、ヴァンはすぐに答えた。

  すぐ近くの壁によりかかりながら、ヴァンは言葉を続ける。

 

「ずっと思ってた。この世界は牢獄だって。壁に囲まれた狭い世界でしか俺たちは生きられない。けど、壁の外に出ようとは思えない。壁を塞いだ原因は、外にあるから」

 

  次々に紡がれる言葉に、ライナーたちは口を挟まなかった。挟めないほど驚いてるのだろうかとヴァンは思う。

  けど今は先を促しているようにも思えて、ヴァンは言葉を紡ぎ続けた。

 

「5年前、その牢獄の一つが壊された。けど人類はそこから逃げることもできなかった。ただ奥にあった古い牢獄に戻っただけだ。けど、狭すぎて多くの人が追い出された。巨人に喰われた…開拓地で知り合った友人も一緒に喰われた」

 

 淡々と語られる事実。5年前、目の当たりにしてきたのは地獄だった。ヴァンの居住区はウォールローゼの先端地区だったため、直接巨人は見ていない。そのことに関してエレンたちシガンシナ区やウォールマリアにいた人間からすれば生ぬるい程度の経験だろう。

 しかし、ウォールローゼの先端地区だったからこそ、見てきたものがあった。

 

「殺さなきゃと思った。仲間を追い出した人間もそうだけど、やっぱり人間を殺す巨人は俺が殺さないと、ってな……」

 

 ウォールマリアから避難してきた住民の受け入れで、ヴァンの街は大混乱に陥った。巨人が壁を突破したこと。壊される程度の壁、そのたった一枚先まで巨人が来ていること。そして、押し寄せてくる人の波が、街の住民の不安を駆り立てた。

 中央政府の勅命がなければ、殺しに発展していたかもしれない……けれど、その中央政府の命令で、結局多くの人が死んだ。

 死ななくても良かった命が、失われていくのを見てきた。避難民の大規模領土奪還作戦に始まり、その後も偵察部隊として元々ウォールローゼに住んでいた住民も駆り出された。

 開拓地で開拓する日々の中で、一人、また一人とヴァンに親しくしてくれた人達が消えていくのは、悪夢としか言い様がない。

 でも、とヴァンは言葉を続けた。

 

「この牢獄のような世界で、空は凄く綺麗なんだ。この世界全体に広がっていて、優しく包んでくれているようで、俺は空が好きなんだ」

 

 開拓地でも、訓練兵団に入ったあとも、変わらない空を見てヴァンは平静を保てたのだ。自分たちが生きている限り、空は変わらず見ることができる。それは壁の向こうも同じだろう。

 ならば、生きてさえいれば。いつか壁の向こうで空を見られるんじゃないか、と希望を抱いた。調査兵団は最も死のリスクが高いが、壁の向こう側に行ける可能性は最も高い。

 そのためには巨人が障害になるが、空と同じように地上も広大だ。おそらく巨人の種類も豊富だろう。

 直接巨人を見ていなかったヴァンには巨人がどういうものか分からない。エレンたちは悪魔や殺さなければいけない敵と称しているが、ヴァンの考えは違っていた。

 

 

「例えばもし、巨人の中にもそう思える奴が居たら、俺はきっと、その巨人を好きになると思う。たとえ、憎しみしか持ってくれないとしても、通じ合えるものがあるならもうそれはーー」

 

  それまで唄うように語っていたヴァンの言葉が止まる。今まで通り、ヴァンの本心が詰まった言葉が喉まで出掛かっているが、意図的にヴァンはその言葉を飲み込んだ。

  ヴァンの価値観は異端だ。エレンとは違った意味で、それまでの人類の常識的思考から外れてしまっていた。

  正直、話してしまえば関係性が崩れてしまいそうで怖かった。中の良い友人から拒絶されてしまいそうな気がした。

  けど、ヴァンは友人に対して正直になることを選んだ。

  ライナーやハンクはもちろん、ベルトルトやアニも同じように3年間過ごしてきた仲間だ。

  自身の本音を言わなければ、とても仲間とは言えない。

  そうヴァンは思い、決意したように口を開いた。

 

「ーー友達なんじゃないか」

 

  その言葉は、ライナーたちの耳に届き、空気を固まらせた。

 

 

  あれから一日経ち、ヴァンたち元訓練兵は街に出ていた。

  ウォール・マリアが突破された今は、最前の壁となったウォール・ローゼの最南端、トロスト区は護りの要と言われるほどに重要視されていた。

  5年前の教訓を活かして、壁外側の壁は固定砲台を増設、壁そのものも一部増強が図られている。

  また、駐屯兵団も細かい役割分担を行い、5年前に比べて壁外監視をいっそう強めていた。

  ヴァンたち訓練兵は卒業した後、次の兵団を決めるまでの間、空白の一日を使って駐屯兵団の仕事を日中補佐することが義務つけられていた。

  主に固定砲整備班に回されることの多い元訓練兵だが、ごく稀に別の担当を回されることもある。

  今回はヴァンの居る班がその例で壁内警護7班という割り当てをされていた。

 

「しかし、マジで賑やかなもんだな。さっきエレンも言ってたけどよ」

 

  活気づいた街を歩きながら、ミハエルが口を開く。

  その言葉に釣られて辺りを見渡せば、多くの人が視界に入り、ヴァンは息を零した。

  5年前の混乱した人混みとはまた違う、平穏を謳歌しようと明るく振舞う人たちがそこに見える。

 

「…流石に、5年前とは違う」

「平和ボケ、というよりは目を逸らしてるだけだと思うけど」

 

  カルトがミハエルの言葉に返答し、ヴァンがその上に言葉を重ねた。

  一見して明るく活気のある雰囲気が漂っているが、一部の人々の表情はまだ陰りがおちている様子だ。

 

「ま、巨人相手にやれる対策は全部やったんだ。後はなるようになるしかないな」

 

  ミハエルがフォローするかのように声を出し、重くなりかけた会話を立ち直らせる。

  ミハエルの人柄が上手く作用しているのだろう、ムード作りに関しては上手いミハエルを、ヴァンは少し羨ましく思った。

 

「君の性格が羨ましいよ、ミハエル」

「ヴァンはそのままで良いと思う…バカが二人は辛い」

「だからお前より頭良いっつうの!」

 

  ミハエルの機転が功を奏したのか、会話に華が戻ってくる。

  毒のあるカルトの言葉にミハエルが食ってかかり、ヴァンがそれにノる。

  訓練生活で何時の間にか日常となっていたその光景は、失ってしまうにはあまりにも尊い。

 

「ハンクたちもいれば完璧だったんだけどな」

「あいつらは班ちげーから…!?」

 

  何気なく呟いたヴァンの一言にミハエルが答えかけるも、そのセリフが途中で止まる。

  どうした、とヴァンがミハエルの視線を追い、その先を見て硬直した。

  民家の立ち並ぶ住宅街の向こう側、いつもと同じようにそびえる巨大なウォール・ローゼの壁。

  そこに"いつも"とは明らかに違う異物が紛れ込んでいた。

 

「…超、大型巨人」

 

  壁の向こうから立ち上る凄まじい煙。その煙の中から悠然と壁を超え、人に似た頭がこちらを覗いている。

  人の皮膚を一枚剥がし、筋組織をむき出しにしたような醜悪さ、遠くからでも一目で分かる異様な巨大さ。それらが想起させるものの名ををカルトが呟いた。

  その言葉に反応したヴァンがカルトに振り返る。

 

「間違いない…5年前と同じ……あいつの顔は忘れもしなかった!」

 

  巨人を見ていたカルトの瞳に恐怖が覗き、一瞬後に憎悪が宿った。カルトにとっては悪夢そのものである存在が姿を見せたのだ。

  その眼差しは、まさに仇敵に出会った時のもので、カルトの言葉に真実味を持たせていた。

 

「あの方角って、エレンたちの担当じゃねぇか!?」

「なんだって!?  いや、あいつらは立体機動装置がつけられてる。死なないことを信じるしかない。それよりもーー」

 

  超大型巨人に気づき、混乱状態に陥る人々の中でミハエルと声を掛け合う。

  ヴァンが言葉を紡いでいた最中、トロスト区中を揺れ動かすほどの轟音が響き渡った。その音に首を動かしたヴァンが、音の正体に唇を噛みしめる。

 

「クソッ、壁を破られた…!」

「破片に気をつけて…前は破片の被害も大きかった」

 

  同じように唇を噛んだのだろう、張りのある唇から血が流れることにも構わず、カルトが呻くように声を出す。今は巨人よりも優先することが分かっているようだ。

  いつ暴走するかは分からないが、感情を抑え込めるだけカルトも兵士として成長したらしい。

 

「とにかく、今は自分達のなすべきことを…」

 

  ヴァン達の所属する壁内警護班は壁内で起きる混乱、騒動を取り締まる目的で構成されているグループだ。

  5年前からは暴徒や乱闘以外に、巨人襲撃時用マニュアルも組み込まれている。

 

「あ? あぁ、そうだな…皆さん、落ち着いて避難を開始してください。所持する財産は最小限に!」

 

  ヴァンの指示にミハエルがマニュアル通りの言葉で一般人に呼びかける。

  一般人に避難ルートの誘導を行いながら、ヴァンはカルトに指示を飛ばした。

 

「カティは先に戻って装備を受け取って来い!  この距離ならユミルたちとも合流できる」

 

  ヴァンの言葉にカルトは勢いよく顔を上げた。

  戸惑ったようにヴァンを見ていたが、ヴァンの視線に何かを感じたのか強く頷く。

 

「ん…二人もすぐ戻ってきて。立体機動用装備なしに巨人に会うのは危険すぎる」

「分かってる!」

「ならボクはもう行く。二人とも、また後で」

 

  わざわざまた、という言葉をつける辺り、再会すること前提らしい。

  普段とはまったく違う重みのある言葉に、ヴァンは苦笑する。

  カルトに言われずともこんな場所で死ぬつもりはない。

  ヴァンもミハエルもその思いは同じだったのか、同時に言葉を放った。

 

『また後でっ!』

 

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