アドルフ、入ってる?   作:王子の犬

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0日目
1.eins. ――覚醒――把握――復活――剣道――


 目が覚めた時、何かが、決定的におかしかった――。

 

 頭上に広がる空。雲一つない快晴だ。四月にしては、汗が肌にまとわりつくほどの暑さ。遠くで流れる、ピアノの楽曲の調べ。女たちの合唱(コーラス)

 しかし、砲声が聞こえない。砲弾の落着音、防空サイレンもなかった。

 頭を動かして、あたりの様子を観察する。空き地だ。ペンキを塗り立ての真新しい建物。壁のそばに自転車が立てかけてある。

 総統官邸ではない。ならば、どこだ。

 あまりにも情報が欠落している。そしてひどい空腹だ。

 

 デーニッツはどこだ。カール・デーニッツ、海軍元帥。

 

 近くにいるはず。探してみるが、彼の気配がない。それどころか、人がいる様子もない。

 時間が経つにつれ、徐々に頭の中の霞が消えかかっていった。

 ――昨日は総統地下壕の一室にいたはずだ。赤軍どもが押し入って、拉致したというのか。であるならば、拘束されているはずだ。

 総統を野営先に転がしておくなどありえない。

 エヴァはどこだろうか。遠くから女の声がするのだから、彼女もまたいるのではないか。

 じっと様子を観察していても、何も起こらなかった。

 昨晩は何をしていただろうか。エヴァとの談笑。覚えている。古いピストルを見せた。しかし、細かいところは覚えていない。靄がかかっていてはっきりとしていない。

 事態を把握せねばならなかった。今の状況。詳細に検証すること。

 観察し、熟視し、認識する。 

 感覚を研ぎ澄ますのだ。得た情報を順番に積み上げていく。

 ――地面に寝ている――立てかけられ放置された自転車――雑草――手入れされた低木。――スギナ――オオバコ――蒲公英(タンポポ)の花。まだ合唱が聞こえる。叫び声――断続的に打ち下ろすような、木を叩きつける音。

 視線を向ける。三角屋根の建物。壁を一面開放して男? 女? ――が向かい合ってぶつかり合っている。三八年に派遣した、ユーゲントが持ち帰った写真に無かったか。ケン・ドー。大日本帝国の国技だ。

 体を起こした。

 空腹以外は問題ない。持病の頭痛もなく調子がよかった。

 足、手、指。震えはなかった。肉体的な問題はないはずだったのに、激しい違和感に襲われた。

 ――このように小さかったか?

 記憶にある、見慣れた手とはほど遠く、銃も握ったことがないような、華奢な手だ。指、手のひら、手首、腕……と視線をあげていく。

 もっと色が濃かったはずだ。このような……このような、アーリア人的な、いや、病的な色白ではなかったはずだ。

 自分の姿を見下ろしてみる。服を着ていた。

 制服――軍服のはずが、よく似た服装を身につけていた。生地は上質で、まるで卸し立てだった。

 ガソリンのような強いにおい。焼き菓子やケーキのくずのようなものも付着してる。

 しかし、どうしてなのだ。なぜ、()()()()を着ているのだ?

 もしや、無意識にエヴァの衣服を身につけるような性癖を持っていたのだろうか? 否、総統にはそのような性癖はなかったはずだ。ないはずだ!

 強烈な不安に見舞われた。小さな手で、自分の肌と服を触る。

 すべてが小さい。柔らかいが、肥満によるものではなかった。

 立ち上がると、体の、あまりの軽さに感激する。小さくなった恩恵か?

 服についたゴミを払っていると、誰かの声が聞こえてきた。

 

「おおい。君だ」

「あなた、大丈夫?」

 

 先ほどから剣戟を交わしていた者たちがヘルメットを取って、駆け寄ってきた。

 まだ、少女ではないか。ふたりとも黒髪。

 彼女たちの瞳には敬意がある。外国人ではあったが、教育が行き届いてる。

 後を追いかけてきた数人の少女も加わり、取り囲んで見下ろしてきた。

 グループのリーダーだろうか。直垂に『篠ノ之』(読めない)――と描かれた、長い髪を後ろで結わえた少女が一歩前に出て、口を開く。

 

「君、大丈夫か? どこか痛めてないか?」

 

 優しく話しかけられた。しかし、むしろ、この問いに当惑を覚えた。

 ――なぜ。

 なぜ、彼女たちは、だれひとり、ドイツ式敬礼を行わない?

 ドイツ帝国の総統が手の届くほど近くに現れたのだ。正しい行動をとるべきだ。

 

「ボルマンを呼べ」

 

 マルティン・ボルマン。秘書にして個人副官。あるいは、全国指導者。

 

「知ってるか?」

「知らない。誰それ」

 

 リーダーの少女が他の者たちを見やる。視線を交わした者たちはいずれも首を左右に振るだけだ。

 

「マルティン・ボルマンを知らないだと!?」

 

 ここはベルリンではないのか? 早急に、早急に総統地下壕に戻らなければ!

 

「こ、ここはどこだ……」

 

 しかし、帰り道を知らない。無知な少女たちにすがるしかなかった。

 正しい情報。正しい帰り道。

 敵の攻撃は中断されている。今のうちに、帰るのだ。

 少女は腕を組んで、言葉を選んでいるように見えた。腰を折って顔を近づける。再び、仲間たちへ向き直った。

 

「服、改造しているが、うちの制服だ」

「でも、見かけない顔よ?」

「リボンはうちらと一緒の色だね」

「ってことは、転校生?」

 

 輪の後ろで誰かが言った。

 

「だったら、ここがどこか分からないのは道理だ。よし、私が職員室まで案内しよう」

「それがいいよ、篠ノ之さん」

 

 篠ノ之、と呼ばれた少女が向き直った。

 

「君。名前は?」

 

 親切な外国人。だが、国の最高指導者の名を知らないのは不勉強だ。

 仕方ない、教えてやらねばならない。教育である。

 

ボーデヴィッヒ(ヒトラー)だ」

 

 ……。

 …………。

 ………………んんん?

 

 おかしい。今、確かに自分のことを言ったはずだ。

 だが、耳に入ってくる音が()()()()()()()()()()

 だから、言い直した。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ(アドルフ・ヒトラー)

 ドイツ連邦共和国の陸軍軍人(大ドイツ帝国の首相)だ。

 明日からIS学園に通うことになるだろう(国家社会主義ドイツ労働者党の指導者である)

 

 またしても言おうとしたことと、言ったことが異なっていた。

 自らを規定する肩書き、そして名前。ラウラ・ボーデヴィッヒ? 誰が? 女の名前だぞ?

 正しいドイツ語を話したはずが、なぜ、外国語に変換されているのか。

 いったい、何が、どうなっている?

 

 

 




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