アドルフ、入ってる?   作:王子の犬

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12.zwölf. ――候補生――リスト――再見――手の甲――

 

 

 格納庫に足を踏み入れた瞬間、仄かに流れるオイルの香りと、労働に勤しむ人々の熱気で、自分が未だ戦場にいることを痛感した。

 整備兵たちは、あたかも、甲斐甲斐しく出撃を待つ戦車群を世話するかのように、主無き機械の周囲を取り囲む。彼等は敬意をもって、色とりどりの機械たちと接している。

 よく見れば、機械のうちいくつかは同一の形状、兵装を持つ量産品だ。残りのいくつかは、唯一無二の形をもっていた。

 後から入ってきた篠ノ之が足を止めて、高い天井を見上げた。

 

「いつ来てもこの空気は慣れん……」

 

 そう呟き、彼女は身震いした。

 ISなる魔術めいた機械に圧倒されているのは、身体の動きをみるだけで明らかだ。

 整備兵だけでなく、ISスーツや学生服を身に着けた少女たちが、こちらをじっと見ている。傲岸さ、敵意、警戒、侮蔑といった、異物に対する防衛反応が見え隠れしている。

 押しつぶされるような息苦しさは、はじめ、自分に向けられているのかと思っていた。しかし、彼女たちの視線は、実のところ篠ノ之に注がれていたのだ。

 自分だけは何事もないような顔をして声をかける。

 

「大丈夫か?」

「……あぁ」

 

 篠ノ之は頭を振って先を歩き出す。後を追って、もう一歩を踏み出そうとしたとき、背後からやってきた少女たちが脇を通り過ぎようとした。

 何気なく視線を上げると、首輪を模したチョーカーを巻き、ISスーツに身をやつした金髪の少女と目が合う。

 

「へぇ……お前さん、右と左で瞳の色が違うのな」

 

 聞き取りにくい英語だ。おそらくアメリカ人。

 

「入口で立ち止まると邪魔になるぜ」

「……ご忠告痛み入る」

 

 一歩退き、道を譲る。

 アメリカ人の取り巻きと思しき女子学生が続いた。

 皆一様に肩で風を切って歩いており、威風堂々としている。あたかも私こそが優勢民族だと象徴しているかのようだ。神そのものだと言わんばかりの自信すら感じた。

 取り巻きの一人が、こちらへ流し目を送り、隣の者に誰それがいたと口にする。

 だが、彼女たちが興味を失ってもなお、目をそらすことなく、じっと見返す。

 借り物のオーラでは、帝国総統を、真なる優勢民族であるドイツ国民を統べる指導者を、炎と剣で攻撃することはできないと知らせねばならない。

 彼女たちが篠ノ之の姿を認めたのは一目瞭然だった。気持ちが後ろ向きになりつつある同胞に、総統の勇気を分け与えようと手を握りしめる。

 汗で湿っていた。しかし、こちらの手は乾いている。

 落ち着き払っているとわかったはずだ。剣士は他人に弱気を見せてはいけない。怖くてたまらなくなっていても恐怖心を表に出してはならないのだ。内心の臆病に苛まれたとしても、大いなる勇気をもって奮い立つ者こそが、真の勇者なのである。

 真の勇者は何事もなかったかのように振る舞うものだ。とはいえ、結局はどれだけ場数を踏んだか……慣れの問題でもあった。

 前を向き、自らの専用機のもとへ向かう。篠ノ之も合わせて動いたが、唇を引き結んで強ばった顔をしていた。

 災厄の雨(Schwärzer Regen)の傍へたどり着く 。ジャケットの代わりに作業服を身に着けた技師と思しき女性が、こちらに気づいて近づきながらにっこり微笑んだ。

 

「いらっしゃったんですね!」

「手続きをしたい。私と、できれば彼女の分も」

 

 女性は歩みを止めて、クリップボードの紙を一枚めくる。

 

「彼女は……量産機、ですね? 何でも良いのであれば一機ありますよ」

「本当ですか!?」

 

 篠ノ之がびっくりして声をあげた。

 

「代表候補生用の打鉄高機動型を組み立てるために、推進器や装甲といった諸々を外してしまった機体があるんですよ。

 しばらくリストから除外していたのですが、リバーウエストの担当者から部品に互換性があるって話を聞いたんで、強風用の推進器を試しに取り付けてみたのです。

 足回りの挙動が通常の打鉄と異なるとは思います。まあ、基本や近接戦闘の動作確認くらいには使えるでしょう」

「ありがとうございます。十分です!」

「では、すぐに機体を確保します。この端末に学生証をかざしてください」

 

 篠ノ之は言われた通り、女性が差し出した四角い端末に学生証をかざした。

 『ピピ!』と音が鳴り、端末の画面に『篠ノ之箒 乗機:無鐵(むくろがね)』と表示された。

 

「これで確保完了です」

 

 そう言って、端末を作業用のベルトバッグに引っかけた。

 

「少佐はどうされますか? 電撃戦でも?」

「今すぐにでもそうしたいが、まずはISスーツ(軍服)を取りに来たのだ」

「そうでしたか」

 

 女性は辺りを見回して、近くにいた若い整備兵に声を掛ける。災厄の雨(Schwärzer Regen)の中からISスーツを取ってくるように命じた。

 

「届くまでのあいだ注意事項を説明します」

「頼む」

「今日はアリーナの利用者が多いのです。外に出た際は戦闘訓練に巻き込まれないように注意してください。事前に空中戦闘訓練の届け出を出している生徒が何名かいまして、これが広範囲に、高速で飛び回るんですね。

 今日のところは申し訳ないのですが、基本動作と近接武装のみ使用可に限る、とさせてください。

 もちろん、万が一巻き込まれて動けなくなった時は回収機を出します。ですが、そういった事態はできるかぎり避けたいのです。安全第一でお願いいたします」

「……そんなに混雑しているのか?」

「こちらのリストで確認願います。付箋のところです」

 

 差し出されたクリップボードを受けとる。黄色の付箋が貼られた紙を見ると、様々な機体の名前が書き連ねてあった。

 ――――ヘル・ハウンドVer2・5、コールド・ブラッド、ラファール・リヴァイヴ、打鉄、打鉄高機動型、殲二〇(Jiān-20)(駆逐型)、試製襲撃機五一号、強風、改強風(ストリート6・タイフーン)、フォルゴーレ(稲妻)――――

 そこに、災厄の雨(Schwärzer Regen)無鐵(むくろがね)が加わるのだ。

 

「雑多だな」

「学年別トーナメントが近いですから、この時期はいつもこんなものですよ」

 

 クリップボードを女性技師に返す。

 

「ありがとう。助かった」

 

 ちょうど若い整備兵が灰色の布を抱えながら戻ってきた。受け取って確かめ、礼を言った。二つ折りにして腕にかけながら呟く。

 

「……もっと、こう、下半身が別の意匠のものはないのかね?」

 

 若い整備兵が首を振った。

 

「そうか……」

 

 深く息をした。今の状況で言えるのは、またしても羞恥に打ち震えねばならないということだ。心臓の鼓動が速くなる。落胆しながらも、弱気を押し退ける。自信ありげに振る舞うことも、総統の仕事なのだった。

 篠ノ之に声をかけ、足早に更衣室へむかった。

 彼女の着替えを見ないように、また自分の身体も見ないように目をつぶって着替え終える。

 ロッカーの扉を一度閉め、再び少しだけ開けた。視線をさまよわせ、制服に手をかける。

 ISスーツの上から制服を羽織ろうとしたが、背後から声がかかった。

 

「今からISに乗るんだぞ?」

 

 篠ノ之の確かめるような口調。とっさに嘘偽りなく理由を口にした。

 

「……もちろん。乗る前に脱ぐつもりだ」

「そんなことを言うやつがあるか」

 

 何度か同じやりとりをして、仕方なくこちらが折れた。同胞の貴重な時間をすり減らすわけにはいかなかったのだ。

 

「しかしな、これは、その……」

 

 羞恥心で胸がはりさけそうだ。

 とはいえ、下手に恥ずかしがっていては余計に目立ってしまう。篠ノ之の言うことは確かに道理でもあった。それでもやはり、衆人環視のなか、水着以上に激しい切れ込みの服を着るのはとても辛いものだ。

 今の自分にできることは、見かけだけでも堂々と乗機のもとへ向かうぐらいだ。

 更衣室をあとにして、格納庫を突っ切る形で歩き出した。

 気分転換を兼ねて視線を巡らせる。

 機械の展覧会である。甲斐甲斐しく世話して回っている整備兵は皆若年であり、この身と大して年の変わらぬ少女だった。

 男たちの姿はない。先ほどのアメリカ人が取り巻きと談笑する姿を見つける。

 

「ヘル・ハウンドVer2・5。隣がコールド・ブラッド」

 

 篠ノ之が機体を指さして名前を口にしていく。

 整備兵や見知らぬ女子学生とすれ違った。だが、総統のISスーツ姿に目を見張る者はいなかった。水着のような服装の少女ふたりが連れだって歩いているだけなのだ。とかく恥ずかしい格好なのだが、格納庫内では特別な姿ではなかった。

 先日の授業で目にしたラファール・リヴァイヴ。打鉄と呼ばれる東洋の戦士を模した機械が続く。進むうちに先ほどの技師の立ち姿が見えた。クリップボードを持ったまま手を振っている。

 彼女の背後に、骸骨のような機械が腰掛けた状態で鎮座している。足回りや腰の推進器周辺にだけ申し訳程度の装甲が施されているにすぎない。一見しただけで『無鐵』なる機体だとわかった。

 篠ノ之が女性技師に質問をなげかける。

 

「あの、この機体は打鉄なんですよね」

「そうですよ。先ほど申し上げたとおり、打鉄から装甲を除去していますね」

「だったら武装は……」

 

 他の打鉄のところに設置してあるような、剣の類いはなかった。

 機体の裏には、金属の棒に持ち手をつけただけの鈍器が置いてあるだけだ。ちょうど中国の明朝時代に使われていた斬馬刀ほどの大きさだった。

 篠ノ之が指さすと、技師が頷いた。

 

「正式な武装で使えるものはすべて他に回してしまっています。元々馬上槍(ランス)を宛がっていましたが、先日の突撃(チャージ)で壊れてしまいました……アハハ」

「もし……隣の赤いのは何だ」

 

 技師の乾いた笑い声を聞き流しながら、すぐ隣を見やった。

 機械の足回りと背面が推進器と装甲で膨らんでいる。こちらが目を引いたのはその色だ。全身が赤く塗装されて、とにかく目立つ。

 

「高機動型です。打鉄だったときの推進器と装甲の移植先ですね」

 

 三倍速いんです! とつけ加えた。

 観察するつもりで赤い機体の後ろへ回り込んだ。背面にいた整備兵が一瞬こちらに視線を向けたが、総統の姿でなかったために構わず作業を続けた。ミュンヘン時代、狂ったようにまとわりついてきた大衆だったが、一介の少女に対しては興味を示していないようだ。

 今は素っ気ない対応がうれしかった。飾り立てせず、ありのままの姿を映し出してくれるからだ。

 職頭らしい女性が十代半ばほどの年若い整備兵に指示を与えている。手のひらに乗るような四角い機械とを見比べながら、片手で文字盤を叩いていた。

 もう一度正面を見ようと移動した。

 搭乗者と思しきISスーツ姿の女子学生がいて、ぶつからぬように横へ動く。見覚えのある水色の髪だ。

 

「あの、どうして真っ赤に……」

 

 女子学生は困惑の言葉を技師へ放った。

 三倍速いからです! と豪語する技師に狼狽えながら、不安げな表情を隠そうともしない。よろめくのを見て、そっと彼女の肩を抱きとめる。

 こちらに気づいて首を振り向けた。

 

「……ぁ」

 

 彼女が吐息を漏らす。目を見開いて飛び上がらんばかりに驚いているかに見えた。

 同じように、こちらも驚いていた。身体を離して、とっさに頭を巡らせる。

 昼休みの礼をせねばと思った。

 

「先ほどは……」

 

 言いかけて、口をつぐむ。

 ――昼休みのときは、礼を失したがために逃げ出されてしまったではないか!

 水色の髪の少女が硬直から脱するまで待った。心の中で口にすべき言葉を幾度も反芻する。失礼を繰り返してはいけないのだ……。

 互いに何度も瞬きを交わすうちに、周囲がにわかに騒がしくなっていった。

 『日独そろい踏みー!!』『対日宣戦布告来ちゃう!?』『日独同盟でしょ! こんなこともあろうかとってね!!』と先ほどすれ違った少女たちが隠す気持ちを忘れて口々に囃し立てあう。どういう意図か分からないが、四角い機械を目線の高さに掲げている者もいた。

 こちらは雑音を気にしてはいられなかった。

 

「先日はあいさつをせず非礼をいたしました……。私はラウラ・ボーデヴィッヒ(アドルフ・ヒトラー)。友邦ドイツの陸軍少佐(真なる国家指導者)です。どうぞ、お見知りおきください……」

 

 水色の髪の少女が微かに手を差し出す。合図だと思い、彼女の手を取って軽く身をかがめ、甲へと軽く口づけをした。

 沈黙のあと、気を引き締めながら顔を上げた。真摯な気持ちを、少女純粋な瞳へ差し向ける。

 

「私に、どうか、あなたの名前をお教えくださいませんか」

 

 問われて、少女は次なる言葉を黙考した。上下の唇を開閉させながらも、もごもごとした、情けない口調をしまいと努めている。やがて、拙いながらも、聞き取れる言葉を発した。

 

「……更識(さらしき)(かんざし)……」

 

 堅さの抜けない、心許なげな表情だ。

 本来の、総統の姿ならば目の前に現れたとたんに、魂が抜けたように何も知覚できなくなってしまうだろう。

 この身は一介のアーリア人少女に過ぎない。だが、精神は未だ総統の形をはっきりと保っている。心を尽くせば、少女に届くのだ。

 

「親愛なるお嬢さん(フロイライン)。お知り合いになれたことを光栄に思います。これから共に、競い合おう(祖国を変革していこう)ではありませんか……」

 

 礼を尽くすと同時に、ISなる機械を扱う者として宣戦布告でもあった。

 周囲が再び騒がしさを取り戻していく。どことなく色めき立っているようにも感じたが、当然のことであった。覚悟はしていたのだ。いずれ、総統としての重みが、この小さな身体からも感じられる日が来ると。

 彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていった。赤さと比例して、なぜかフラッシュを炊く音が増えていっている。いたずらに戸惑わせても良くないと思い、彼女から視線をそらす。

 手を上げて技師を呼ぶ。

 そのとき、何かを蹴飛ばしたような音がして振り向くと、脱兎のごとく駆けていく更識簪の後ろ姿があった。

 

「またしても、逃げ出されてしまったか……」

 

 しかし、名前を聞き出せたことを大いなる一歩だと思い直す。

 織斑の姿を見つけ、技師に目配せした。白いブラウスの胸のあたりが珈琲色に染まっていたからだ。

 技師が取り出したタオルハンカチを受け取り、織斑に近づいて差し出す。

 しかし、織斑は受け取ろうとはせず、呆けたように開いた唇のすきまから、うめきにも似た音を絞り出すだけだった。

 

「ボーデヴィッヒ……お前……」

 

 どうやら織斑はまたしても何かに驚いているらしく、衣服の染みに気づいていないようだった。

 

 

 




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