アドルフ、入ってる?   作:王子の犬

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15.fünfzehn. ――フロック――テンペスタ――三倍――ぼっち――

 手近なロッカーを見繕い、手提げ袋を置いた。更識簪もこちらに習って背中の荷物を下ろした。

 着替えながら一挙一動を観察する。彼女はフロックコートのようなボタンのついたタオルを首に巻き、ほとんど肌を晒すことなくISスーツへと着替えてしまった。

 あまりの衝撃に動きを止めた。口を開閉するうちに、不審げな視線が突き刺さる。

 

「……ドイツには……」

 

 目の動きから察したのか、言葉を切った。

 総統は婦女子のこのような着替え方を知らない。もし知っていたとすれば、その者は総統ではない。

 驚愕と羞恥で呆けたままロッカーが閉まる音を聞いた。

 はっとして手を動かす。着替え終え、もう一度格納庫へ向かった。

 途中で織斑とすれ違った。確かめたいことが思い浮かび、声を発した。

 

教官殿(フロイライン)

 

 織斑は足を止め、背後を顧みる。

 

「ボーデヴィッヒと……」

 

 さも意外そうな顔つきだ。短い沈黙のあいだ、話したいことを整理する。

 

「どうした」

「……先ほど、岩戸技師から工作機械の視察……いえ、見学を受け付けていると聞きました。早速手配願いたい」

「見学……?」

 

 織斑は何度か瞬きしたあと、明るく答えた。

 

「わかった。手配する。……ちなみに希望日やだいたいの人数はわかるか?」

「そちらの都合のよい日で。人数は決まったら伝える」

 

 織斑はうなずき返しつつ、懐から取り出した四角い機械を操作する。

 

「今、詳細をメールで送った。後で良いから確認してくれ。……それと更識」

「………………はい」

 

 織斑は彼女に近寄って、話しかけた。

 

「確認しておきたい。トーナメントにはどの機体で出場するつもりだ」

「弐式は……まだ使える状態じゃ……ない……です」

「打鉄高機動型で出場する、ということだな?」

「………………はい」

「ちなみに、テンペスタに乗ってみたことはあるか」

 

 更識簪が首を振った。

 

「…………ありません」

「高機動型のテストパイロットが誰か知っているか」

「…………いえ」

「私だ」

「そう……ですか……」

「先任としてこの場で申し送っておく」

 

 織斑が両肩をつかんで顔を近づける。真剣なまなざしだった。

 

「高機動型は操縦系がめちゃくちゃだ!! 重要だから繰り返す! めっちゃくちゃだぞッ?

 

 伝え終えて満足したのだろう。織斑は教官の顔に戻った。

 織斑が去り、格納庫に戻ってきたところで、二手に分かれた。専用機と量産機で分けて配置されているためだ。

 整備員に導かれて災厄の雨(Schwärzer Regen)に腰掛ける。両腕と両脚にヒンヤリとした感覚が生じた。右手の親指と人差し指を擦り合わせると、何人かの整備員が笑顔を浮かべながら手を掲げる。

 小さなドイツ式敬礼――のようなもの――をした。返礼し、腰を上げる。点滅する棒を持った誘導係に誘われて外へ出た。

 ステップを踏みながらアリーナの中心部へ向かう。PICなる装置と圧縮空気を用い、複雑怪奇な数式を組み合わせ、正しく一〇〇〇インチの歩幅だ。最後の一歩だけは調整した。

 目的の場所にたたずみ、空を見上げる。曇天だ。その場で一周して観覧席を確かめる。

 目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。灼けるようなライトの光が顔に降り注ぐ。すべての席が国民で埋まり、皆の視線が中心にいる総統へと向けられている。

 薄らと目を開ける。人の姿はまばらだった。約一月後、会場には人が満ちあふれるだろう。その瞬間に向けてあらゆる準備を進めなくてはならなかった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの身分証からいくつかの事実がわかっている。この貧相な体つきの少女は特例措置で操縦士の資格を取得し、航空機だけでなく、ありとあらゆる車輌の運転免許証を持っていた。他にも無線や電気、応急救命の認定証、あげくに空挺降下訓練の修了証すらあった。

 だが、総統の意思を宿した結果、彼女の技能のいくつか――ほとんど――を使えなくなっている。

 もう一度アリーナ全体へぐるりと視線をはわせた。

 空を飛び交う少女たちは数十年の民主主義の成果だ。

 不意に、聞き覚えのある、とても懐かしい音がした。

 不安を増長させる悪魔の共鳴(サイレン)だ。Ju 87とよく似たサイレン音。ボリシェヴィキどもの深い絶望を思い浮かべ、笑みを隠しきれなくなった。

 音は一カ所から生じていた。観覧席の一角に黒い射出口があり、その周辺で赤い回転灯が点滅している。

 射出口から白線が延びる。何もない空間に突如として出現した模様に驚き、雑音のない鮮明な音声が広がった。

 

『指定空域から速やかに退去してください。繰り返します。指定空域から速やかに退去してください……』

 

 電光掲示板が一〇(ツェーン)(ノイン)(アハト)……と数を減らしていく。

 

ゼロ(ヌル)

 

 黒い穴から何かが飛び出した。肉眼で砲弾が射出された瞬間を捉えるのは困難が伴う。発射炎と煙でようやく弾が撃ち出されたと認識するものだ。

 それゆえ、ISの助けを借りながら高速で飛び交う何かを見極めようと、必死に目を凝らした。空中で飛翔体とすれ違った濃緑色のISは、直後に襲いかかった衝撃波で明後日の方向へと弾き飛ばされた。

 飛翔体の正体を明らかにすべく、事前に登録してあった回線をつなげる。予想に反して笑い声が飛び込んできた。耳をふさいで雷鳴が鳴りやむのをじっと待っているアリーナとは対照的だ。搭乗者たちに困惑が広がっている。技師が細工したのか無線電信を傍受できるようになっていて、視界の右上に様々な言語が流れ去っていく。

 大体の内容はこうだ。

 

『テンペスタ!?』『テンペスタじゃん!?』『え゛テンペスタじゃない!? Ⅱ!? 違うの!?』

「…………テンペスタ? テンペスタとは何だ?」

 

 思わず呟く。

 首を傾げていると、小さな窓に織斑と技師の顔がひとつずつ映った。

 困惑の次に浮かんだ不安に、息もできないようになっていたのだ。自分がどんな表情を浮かべているのか。織斑の指摘によって判明した。

 

「物好きな……」

 

 呆れ交じりの声音だ。そう、眼前の光景はまさに電撃である。インターネッツによって、全世界の人々と知識を共有できるようになったにも拘わらず、人々は雷光に畏怖する。畏怖は信仰であり、雷鳴が轟くのは芸術的創造性を持たないトルコ人ですら知っている、一般的な真実だ。説明の必要すらない。

 独り言に対する答えは無線通信の向こうからもたらされた。

 

「説明しましょう! テンペスタは近接最速のISです! とにかく速い! 速すぎる! 第二回世界大会(モンド・グロッソ)戦乙女(ブリュンヒルデ)・アリーシャ・ジョセスターフの乗機でもありました」

「アリョーシャ? ボリシェヴィキの名に聞こえるが?」

「残念ながらアリーシャ・ジョセスターフはユーゴスラビア人です。一九九〇年代に勃発したユーゴスラビア紛争が元で、両親とともにイタリアへ移住しました。IS搭乗者としては、ここにいる織斑先生の次に有名な選手です。我々のようなISマイトは、戦乙女(ブリュンヒルデ)の乗機を設計し、名声を得ることを至上命題としています。…………織斑先生、その節はありがとうございました」

 

 技師が窓の中で頭を下げた。

 不思議がっていると、織斑がまんざらでもない様子で頬をかく。

 

「ピーキーな機体だったぞ」

「……あらゆる点において要求通りの性能だったでしょう? ()()()

 

 話している間、ずっと雷鳴が轟いていた。急に静寂が訪れ、視線を外すと更識簪が土まみれになって横たわっていた。

 

「遅かったな」

「………………遅れた」

 

 言い終え、ゼエゼエ、と息を吐く。ひどく疲れた様子だ。立ち上がるのをゆっくりと待つ。赤い機体が身を起こしたと同時に、気遣いと好奇心に満ちた問いかけが二人の女性から発せられた。

 

「無事か?」「どうでした? 乗り心地は!?」

「…………最悪」「だろうと思った」「えぇ…………」

 

 真っ赤な機体に目をはわせた。鮮やかな朱色に目を奪われがちだが、推進装置の膨らみを除けば、贅肉を削ぎ落とした美しい姿だった。更識簪の幼げを残す、整った佇まいがよく映えた。

 

「…………改善」

「できません!」

「……え?」

「なぜなら改善する余地がないからです。打鉄の原設計からの能力向上値はせいぜい三〇%が限度です。完成している機体はそれ以上完成しません。

 たとえ話をしましょう。

 第二次世界大戦において名声を轟かせた、大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機一一型は生まれた時点では最高の戦闘機でした。しかし、完成し尽くした美しい機体は、それ以上の美しさを得られませんでした。零戦の美しさは『とてもすごい』の領域でしたが、残念なことに『これ以上ないってくらいすごい』には至らなかったのです。

 なぜでしょうか?

 答えは簡単です。『速さ』が足りなかったからです。

 よろしいですか?

 他を圧倒する速さは他を圧倒する美しさと直結します。篠ノ之博士が設計した機体を差し置いて、テンペスタが史上最高のISとされるのは、『速い』からです。

 カスタムマリーン打鉄(打鉄改・海自仕様)チームの一員として言わせてください。一つのことに特化するのは最高にかっこいいです。……ということで、設計の限界を超え、あらゆる点において、三倍速くなった打鉄は最高にかっこいいのです。ものすごく速い打鉄を操縦する簪嬢は最高にかっこいいのです。……ご理解いただけけましたでしょうか」

「……当然、打鉄弐式もドクトリンを適用するのだな……?」

「名案ですね。打鉄高機動型の二乗だなんて……

 

 三の二乗、すなわち九倍である。

 少女の顔色が悪くなった。

 織斑が口元に手を当てながら問題点を挙げた。

 

「あらゆる点において……というのが問題だ。その……なんだ、ボーデヴィッヒは当然……更識と組むだろうから機体の欠点を伝えておく……」

 

 最高速度が三倍になっただけではなかった。打鉄に搭載されたISコアなるツーゼの計算速度を三倍に引き上げ、武器弾薬は従来の三倍もの搭載量を誇る。すべての可動部が三倍速く動き、すべての部品が三倍速く寿命を迎える。

 操縦者にも三倍速く判断を強いるようになった。

 

「私か、アリーシャか、あるいは()()にしか扱えない……」

()()ならば扱えるのだな?」

 

 織斑は確認の意図を掴みきれずに何度も瞬きした。目をそらし、口を手で覆って押し黙った。

 質問を変えよう。

 

「これ以上速いISは存在するのか? 技術者としての見解を聞かせて欲しい」

「原子力推進機を搭載した史上最速のISなら過去にいましたね。もちろんロシア製で」

「……おい」

「いたとは?」

「建設中のキャノンボール・ファスト・シベリア会場をうっかり汚してしまいまして、情報統制を敷いたんですね。『なんかおかしくね?』と隣国の研究機関経由でメディアにばれまして、ロシアは世界中の大会出場権を剥奪され、お漏らししたISはすぐに解体されました。ですから、現時点ではテンペスタ、あるいはテンペスタⅡが最速です」

「そのテンペスタはこの大会に出場するのか?」

「一年生にはいませんね。操縦がピーキーすぎて、初学者に扱わせるのは酷です。整備も技能認定証を取ってないと触らせられません。学園に常駐しているメーカーの技術者ですら苦労しています。何よりマニュアルがイタリア語またはラテン語というのも厄介でした。織斑先生(読めて話せる人)が赴任されて本当に助かりました」

「……つまり、最強ではないか!」

 

 更識簪に聞かせるべく大げさに言った。

 

「更識! さきほど教官殿(フロイライン)が、更識なら必ず乗りこなせる! と太鼓判を押したのだ。あとは鍛錬し、実績を見せつけてやればよい!」

 

 無線通信で打鉄高機動型とも繋がっている。歓声が聞こえたのか、彼女は一瞬だけ振り返った。

 織斑と技師に礼を言い、無線通信を切る。

 アリーナは水を打ったように静まりかえっていた。赤い打鉄は学年別トーナメント出場機において事実上、最速にして最強のISであると見せつけたのだ。

 彼女の勝利と名声を確信すると同時に、新しい世界における自らの使命を模索していかなければならないと痛感したのだ。

 現在の自分を競技者としてみたとき、篠ノ之たち初学者とほぼ変わらない。専用機の唯一無二の優位点を、どうやっても、まったく、発動の仕方すらわからないのだ。

 この状況は、変わらなくてはならない。今この時も、変えねばならない。

 トーナメントで勝利を重ねていけば、いずれ眼前で、大いなる力を苦闘する少女と剣を交えなければならない。少女の背中を押した。彼女は才能を開花させてゆくだろう。それゆえ、自分も力を尽くすのだ。

 災厄の雨(Schwärzer Regen)の持ち味は大火力にある。大火力を集中運用することによって最大の戦果を得るのだ。

 ――加減速するたびに音の壁を突き破るような敵を相手取ったとしよう。火力を展開する前に浸透を許し、混乱し、なんだかよく分からないまま敗北を喫するだろう。敵が速すぎる。

 

 ……。

 …………。

 ………………戦術が必要だ。

 

 赤い残像を捕捉できるか試してみた。

 手段に窮して、口をパクパクさせるしかない。無能そのものではないか。親衛隊の誰かがいれば、と強く思った。

 彼らの戦闘技能と信念を以てすれば、運動場のトラック一周程度の領域を超音速で複雑かつ立体的に動き回る飛翔体を撃墜できる……かも知れない。

 有効な戦術や装備がないかと思い、格納庫へとって返した。一旦整備員に機体を預け、差し出されたタオルで汗を吸い取った。あまり座り心地の良くない椅子に腰掛けながら水分を補給する。

 水が底をつくと、カメラらしき黒い塊を首にかけた女がこちらを指さしてきた。うさんくさそうにじろじろと眺めてくる。視線に気づいたのか、背を向け、誰かを手招きした。

 

「篠ノ之ではないか」

 

 現れた彼女は制服姿のままだった。

 

「お茶会に参加していたのではなかったか?」

「解散したんだ」

「そうか。友人と一緒だったんだ。さぞかし楽しかったのだろう」

 

 そう言った途端、篠ノ之はうつむいて肩をふるわせる。

 

「……余った」

 

いまいちよく聞き取れなかった。

 

「余ったんだ。私だけ……」

「何があった?」

 

 篠ノ之は凜とした佇まいが魅力的な少女だった。今は、見る影も無くしょぼくれている。

 

「……わいわいやって一息ついたあと、組み合わせの話になった。じゃんけんで決めようって提案したら、一夏がこう言った。

『俺、今回はシャルと組むからさ』

 ……男同士が良いってのはまだわかる。……ただなあ。いくら男友達に餓えていたからといって、見つめ合って指を絡めるのはちょっと……

 

 雷鳴のような音で最後のところはよく聞こえなかった。

 

「確かに。その後は」

「すぐ凰とオルコットが手を組んだ。凰なんか、『デュノアぶっ殺ッ、じゃなくって、ぶっ倒す!!!』などと気勢を吐いたんだ。まあ、織斑先生も代表候補生同士で組んでいいって言っていたからな。合理的な判断だ。

 ……で、残りは誰だと思う?」

「記憶が確かならば、岸原、四十院、相川、鷹月、そして篠ノ之」

「五人だったんだ。……気がついたら余ってた。余ってたんだ……。

 どうすればいいんだ。これじゃ、私がぼっちじゃないか……」

 

 壁際で足を抱え、うずくまる姿が見ていられなかった。そっと肩に触れ、元気づけるべく頭を巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 




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