眼鏡を掛け、理知的な雰囲気を漂わせた少女だった。
年齢は一つか二つ上だろうか。後ろで結った赤みがかった髪は、生来の色ではなく染めたにちがいない。制服のリボンは黄色。左腕に『新聞部』と書かれた腕章を留めている。
少女は席を立った。椅子を引き、こちらに身体を向けた。
「あなたが噂のボーデヴィッヒ少佐ですね?」差し出された手を握り返す。
「
「IS学園整備科二年の黛薫子です。新聞部に所属しています」
新聞……と心の中で身構える。総統の名が広まるにつれて、いつかは来ると思っていた。
この新聞部から来たという少女は、表現の自由を謳いながら、大衆のためと、もっともらしい主張を振りかざし、あらゆる中傷をものともせず、巧みな嘘を操る。いやみったらしい大言壮語を、あたかも苦心さんたんたるものとして表現するに違いない。
「どうぞ」
黛が席を譲る。
こちらがいつもの席に着くと、黛は隣の席へ移った。
マウスを器用に操り、何度かクリック音を響かせた。
「さて」
毎日扱っているおかげでマウスの扱いは手慣れたものだ。
ツーゼを起動したまま、
一通り目を通したあと、制服のポケットから
「新聞記者のお嬢さん。私に何の御用かな? よもや挨拶をしに来ただけではあるまい」
「まずはこちらをご覧ください。学校新聞の今週号とインタビューの質問用紙です」
黛がすかさず透明の封筒を取り出し、こちらの机に置いた。
中には大小二枚の紙が入っていた。二つ折りになった新聞、そして白紙だ。
樹脂でできた封筒の表面を何度か撫でたあと、肌触りと薄さ、強度に驚きつつ、新聞を広げる。見出しや白黒写真、イラストへと目を通す。両面印刷になっていて、裏返すと、四つ枠から成る風刺画があった。
――大衆紙か。毎週水曜日発行。地域限定の小新聞だが、何かが足りない。そう……プロパガンダだ。
新聞を置き、白紙を引き出して裏返すと、次のような項目が箇条書きで記されていた。
・名前
・生年月日
・年齢
・性別
・出身国(出身地)
・職業
・趣味
・特技
・どうしてIS学園に?
・今いちばんやりたいことは?
・在校生にひと言
・その他 (何かあれば自由に記入)
「インタビュー? つまり、取材を申し込みたい、と」
黛はにっこりと笑った。
「毎週、新入生の紹介記事を載せていて、一年かけて一年生全員を紹介しているんです。今年は織斑一夏くんから始まって、今週号は一年一組のシャルル・デュノアくんです」
新聞に目を落とす。デュノア少年の略歴があり、続いて対談形式となっていた。制服姿とISに搭乗したときの写真が収められていた。
「……急で申し訳ないのですが、明日の授業後にインタビューさせて頂けませんか」
「つまり来週号に載せたい、と」
黛がうなずく。
「時間はいつを考えている?」
「新聞部の部室にて、十五分から三〇分を予定しています」
同封されていた質問用紙をたぐり寄せながら考える。
――確かに急な話だ。しかし、総統の存在を、考えを、学生たちに知らしめるには良い機会ではないか。総統としての重みを、その一端を、彼女たちに見せつけられるのではなかろうか。
とはいえ、彼女たちは無関心な民衆だ。多数の幸運に恵まれ、最先端たる軍事教育に触れながらも、彼女たちの理解力は勉学に向けられるものとは、おおよそ比べものにならないほど貧弱である。
黛が続ける。
「インタビューは質問用紙に沿って行い、対談形式で掲載します。当日は録音と録画をし、私ともう一名が質問と記録を行います。
少佐は質問用紙を持参してください。インタビュー後に回収させていただきます」
メモ帳に明日の日付と時間、場所を書き留めた。
――幸い、三〇分程度ならば調整が可能だ。
続けて署名するべくボールペンを動かそうとして、ふと思いとどまった。
――重要なことを確認せねばなるまい。
「……
「ぜひぜひ。心の奥底に秘めた熱い思いの丈を披露してください。紙面の都合ですべては掲載できませんが、最大限伝わるよう善処します」
「結構。明日は、あなたたちにとっても、有意義な時間となるだろう」
再び握手を交わす。
「おや~~?」
手を離した直後、黛が何かに気づいた。席を立ち、周りを見回し、手招きするような仕草をしてみせる。
こちらも気になって振り向くと、見知った顔がばつの悪そうな顔つきで立っていた。どうやら本を選ぶ振りをしつつ、会話に聞き耳を立てていたようだ。
黛が年相応に悪戯っぽい雰囲気を漂わせる。
「本音じゃん。図書館に来るなんて、珍しい」
「う~~」
「さては小テストの成績が悪かったんだね? お姉ちゃんに怒られちゃったのかにゃー。へへへっ、だったら勉強、こっそり教えたげよっか。何なら過去問、そろえたげるよ~~」
「ち、ちがっ~~」
対する布仏はこの上級生が苦手らしく、口を開閉しては、何事かを言いかけた。
にわかに騒がしくなった。司書がこちらを一瞥するのが見えた。黛はしれっとした顔つきでこちらを顧みる。
「少佐。失礼いたします」
「む、無視しないでよ~~」
黛は頭を下げ、布仏の肩をなれなれしい仕草で抱くと、二人して出口へと消えていった。
再びツーゼの前に座ろうとしたとき、隣の画面が目に入った。
一枚の写真が映っている。先ほど見た学校新聞とまったく同じ内容だ。何度見比べても一緒だった。
インターネッツで過去の情報にあたったとき、新聞記事の写真がいくつも残されていた。ほとんどが何らかの方法で写真をツーゼの中にいれたのだ。
「
「でしたら、スキャナーを使います。やり方を教えますので、ついてきてください」
司書はガラス扉を引いて、裁断機が置かれた一室へと誘う。扉のすぐ脇に巨大な裁断機があり、その向かいに胸の高さほどの機械が鎮座している。司書が首にかけた樹脂板を手掛けの前にかざす。小さな画面に光が灯り、眠っていた機械が息を吹き返した。手掛けに指を差し入れ、軽く力を入れて持ち上げて見せた。
「
言われるが司書の言葉に従った。
『ピ!』
電子音が鳴り響き、思わず身構えながらもガラス面に新聞を置く。蓋を閉じる。ボタンを押すと、ガラス面と蓋の隙間から白く眩い光が通り過ぎていった。モーターの駆動音がおさまるのを見計らってから新聞を取り出す。
「以上です。読み取った情報はメールアドレスに送信されました」
「ありがとう」
にこやかに返礼をした。退室する司書について部屋から出たあと、平静を保ったままツーゼの前に戻り、立ったままマウスを操る。司書の言ったとおり、
簡単なメッセージとともに写真が添付され、開くと、ガラス面に置いた新聞に相違なかったのである。
――現像や暗室が不要である、と。
画面をしばし見つめたあと、マウスの側に置いたメモ帳とボールペンを持ち上げる。
握りしめたボールペンを基準にして視線を固定した。司書とカウンター。扉の置くには他の司書、作業机。目の前の光景を脳に焼き付け、簡単なスケッチを描く。
再びスキャナーの前に立ち、先ほどの手順を繰り返した。
メモ帳に描いた絵をくずかごに捨て、
昼食後、ひとつ目の授業を終えた。教師の背中が見えなくなってから肩の力を抜き、机から質問用紙を取り出す。隣席の生徒から借りた鉛筆を握りしめ、最初の一文字を書き出した。
「そこ、
手を止め、顔を上げた。
指先を天井に、手のひらをこちらに向けている。
ささやかな、しかし輝かしい勝利に目を丸くしてしまった。
「篠ノ之か」
彼女は隠れるような、小さく控えめなドイツ式敬礼をしてくれたのだ。
返礼しようと手を上げたが、鉛筆をにぎったままである。机に置こうとしたとき、もう篠ノ之は手を下げていた。
――わかっている。今は厳しい時代だ。
篠ノ之が妙だと言わんばかりの表情を浮かべたので、声を潜めて言った。
「これで良いのだ。ありのまま、自由に書けば学校新聞の原稿になる」
「……私も四月に書いたぞ。剣道部新入部員として、神楽たちとひとまとめだったな」
「今回は私ひとりだそうだ」
「ひとり? 扱いが違う」
「それは、もちろん、名が通っているから、珍しいからだろう」
「まあ、いろいろ目立ってるというのは分かるが……」
今の状況は、本当に、すべてをふりだしから始めなければならなかった。外見はおろか、性別までもが困難に直面していると言って良い。ミュンヘン一揆での逮捕後、勾留を解かれた時よりも状況としては悪い。
一九四五年以前よりもブルジョワの女々しい影響や習慣がプロレタリアートに浸透している。ブルジョワ的な羊の皮をかぶることが必要だ。
そして、羊の皮という意味では、この貧弱な少女の外見はうってつけと言えよう。しかるべき服装をまとい、しかるべき場所に立って演説すれば、人間的情熱と精神的感受性は火山の爆発となるだろう。
情熱こそが、大衆の心の扉を開きうるのだ。情熱を伝える手段は『ことば』である。
だからこそ、大衆との関係性を失わないよう、几帳面すぎるほど努力しなければならない。
「紙面を多く割くという。ならば、真摯に臨むほかあるまい」
「だからな、綴りが……」
不安げな篠ノ之の表情をよそに、質問用紙に心の内を記していった。
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