驚きだ。
馴染み深い兵器たちの名を口ずさんだ彼女は、続けざまに金属の着ぐるみによじ登り、腰を下ろすように促した。
言われるがままに行動しているが、その実、どのように身につけるか検討もつかなかった。
少し離れた場所で、
彼女たちが、いかなる超技術を用いたのか、理解を絶する。
だが、一九四五年から二〇■■年までの数十年間で、かつて学者たちが唱えた絵空事を現実のものとすべく、労働者たちは競走し、切磋琢磨をしたのは想像に難くない。
それを証明するように、一市民にすぎなかった彼女たちですら、超技術の恩恵を受け、利用している。
自分は聡明だと思っている者ほど誤解しがちなのだが、そこにある技術すべてを理解する必要はない。
大部分を知っている必要もない。
極端に言えば何も知らなくてよい。記憶がなくても構わない。脚がなくとも、腕がなくともよい。
必要なのは、迅速な決断力と大いなる責任を引き受ける力だ。
……織斑が腕時計を口元に近づけた。
文字盤を一瞥したあと、小さな、無機質な声で口ずさんだ。
「記録開始。二〇■■年六月×日。五限目。一年一組。
対象ラウラ・ボーデヴィッヒ、搭乗機シュヴァルツェア・レーゲン。立会、織斑千冬」
牽引された荷台。後部に回り込み、簡易階段を登る。
灰色の作業服を身につけた技師の言うとおり着ぐるみに腰掛ける。
技師のひとりがクリップボードをその場に置き、大声を掛け合い、二人がかりで太いケーブルを除去した。
装甲の隙間から赤い光が漏れる。点滅するにつれ、装甲車のパトライトが光り出す。
「ボーデヴィッヒ! 既に承知だとは思うが、伝えておく」
「……どうした」
「ISを起動した瞬間から撮影が始まる。ISの使用を停止するまで撮影が続く。ISを使用するたびに、
「……撮影? 提出? 書類仕事に煩わしさを抱いてはいたが……」
「確かに
「自動だと? 誰かがそう命じたのか」
織斑が肯定した。
彼女は強風で髪が乱れないように頭を抑えて言い放った。
「協定で決まっている。
私がこれまで、つねづね口にしてきたように、ISと共に飛んでいるのは、人でもなく、武器でもなく、責任だ!」
――
何もないところに文字が浮かびあがる。
瞬きを忘れて律動に身を任せる。
猛る戦車の機械的な音響、殺人的な振動は感じられない。
むしろ、獣たちから身を隠し、息を殺して森を抜けたあと、ほっと一息をつくように、静寂のなかで響き渡る微かな嘆息が、両足を接地する瞬間に生じたにすぎなかった。
昨日空き地で覚醒したときと同じく、左右も見回し、手や足が無事か確かめる。
神経と連動した機械は、自らの血肉と同じくして動いている。
眼前の空間をテレビジョンが映像を投影する。
無数の
自在に動くこの機械に、もし数多におよぶ頭脳が搭載されているとすれば、搭乗者はすべての頭脳へしかるべき時に、しかるべき成果を挙げられるよう采配しなければならない。
「ボーデヴィッヒ」
どこからともなく声が聞こえた。
確かめるべく自分の耳に手をかざす。
だが、不思議なことに、織斑の声は宛がったはずの手のひらと、耳の間から生じていた。
「問題はないか? 痛いところ、苦しいところ。動きにくい、ひっかかるとか」
「ない。手足のように動く」
「結構だ」
「……撮影はもう始まっているのか?」
「そうだ。いきなり気合いが入ったな」
織斑の声が弾む。
再び、自分の身体を見下ろした。貧相な、小さな身体。
ただし、膝から下、肘から先が機械でくるまれて膨れ上がっていた。
「まあ、そうだ」
答えながら、今度はゆっくりと周囲の反応を確かめる。
肉体が行うように、その場で回る。
軍靴の感触を感じられないのは、いささか現実感に欠けてはいた。
しかし、この瞬間も、呼吸に応じて胸が上下している。
夢ではない。まぎれもない現実だ。
技師たちの瞳に、輝きが見て取れる。一目で高揚感や強い意志、羨望を見抜いた。
彼等は機械をまとうこの身に、明らかな敬意を抱いている。
首を回して、空の小さな煌めきを見つける。
すぐさま、レンズが視線を追いかけ、四角い枠のなかに、風にたなびく艶やかな髪を捉えた。
イギリス娘と中国娘が空中で絡み合うように激しく斬り結んでいる。舞踏のなか、娘たちが互いに抱く愉悦、高慢と嫉妬のような気持ちまでも、確かに捉えていた。
とてつもなく新鮮な光景だ。
一九〇三年に世界初の操縦可能な飛行機が生まれたが、それからたった百数十年で、その身で風を感じるまでになったのだ。機械をまとった人間が、直接空を飛んでいる。
ある考えが頭をよぎった。
――この、ISなる機械を使えば、彼等を、もっと、激しく扇動することは、きっと可能なのではないか?
「次は武装の実体化だな。やってみろ」
実体化? 武装?
織斑に身体を向け、いぶかしむように目を細める。
しばらくして、彼女は真面目な顔をしたあと、腰に手を突いて、自信たっぷりに片目をつぶって見せた。
「……さすがだな」
織斑が熱心にうなずいた。
「安全回路の存在を見向くとはな。プログラムを出せるか?」
「当然だ」
答えて、ふと考える。
織斑は同胞なのではないか? 何らかの理由があって、同胞だと口にしていないだけなのでは……。
「
あなたも、
二五箇条綱領、国家社会主義ドイツ労働者党の党綱領。
正確な発音で口にしたはずが、またしても、ただのプログラムに変換されてしまった。
「プログラムを出してみろ」
織斑は大声を気にせず繰り返した。
……二五箇条綱領ではない!?
二度三度瞬いたのち、投影文字を探し、すぐさま見つけた。
「……これだな」
『武装』
・駆逐刀
・ワイヤーブレード
・レールカノン
・ジークフリート
・
「好きなものを選べ。そうすれば具現化する」
「もちろんジークフリートだ」
その答えを予測していたのだろう。織斑が満足げに呟いた。
「……だろうと思った」
即答したのは、もちろん一番強そうな名前だったからだ。ゲルマン神話の伝説の竜殺しで、叙事詩に幾度も触れ、慣れ親しんでいる。
『ジークフリート』を選んだ瞬間、蒼白い発光が生じた。
驚きのあまり開眼したまま、両腕を空に、できるだけ開けた空間に向けてかざした。
顕現に大量のエネルギーが消費されているのか、激しい発光が生じている。
何もない場所から鋼鉄の板が押し出されていく。平たい板の中心に円形の巨大な
見立てでは全長
今度は左側の鋼鉄板の上から凄まじい発光、稲妻がうねり、のたうち回った。
あたかも、粒子を積み重ねていくように、黒い、長い、巨砲が徐々に姿を形作る。
「中身を改修し、給弾機構をIS用に対応させたおかげで、威力はそのままだが、速射性能が大幅に向上した」
織斑が説明する。
全長
「つまりは、
ビスマルク級戦艦の主砲は、確か二本を束ねていたはずだ。デーニッツは連装砲と呼んでいた。
「単装ならば……もう一門行けそうだな」
先ほどと同じ要領でジークフリートを顕現させる。
今度は右側だ。
激しい発光後、顕現。
――『もし』が許されるのであれば、スターリングラードに籠もるボリシェヴィキの赤軍戦士どもの頭上に、両翼の巨砲が放つ
しばしの間、上機嫌になる。
胸中を悟られまいと、悠然とした表情で周囲の様子をうかがった。
織斑は腰に手を当てたまま満足げに肯定している。技師たちも同様だ。拍手すらしている。
対して少女たちは、何というか、口を開け、呆れ顔で巨砲を見つめているにすぎない。
彼女たちの顔がどことなくおかしくて、大きな声で笑った。
気持ちが緩んでしまったのだろう。これほど笑ったのは目覚めてから初めてだ。
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