蝶の影   作:木材

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勢いで書いてしまいました。




滝のような雨が降っている。

全身に水が染み込み服が重くなるが、そんなことを気にしている余裕はない。

 

「兄さん!」

 

少年は目の前で倒れる青年に必死で呼びかける。青年の着物は黒いはずなのに今は赤く染まっている。

 

「姉さん!姉さん!」

 

傍らには詰襟の上から白衣を着た少女が、少年と同じように倒れている女性に呼びかける。

倒れ伏す青年は傍らに倒れている女性に向かって手を伸ばす。それに応じるように女性も青年に手を伸ばした。

 

「……カ…ナエ」

「…に……ち…が……さ」

 

伸ばした手は互いの指先が触れると同時に、力なく地に落ちた。

 

 

 

少年と少女の慟哭が、曇天の空に響き渡り、それを嘲笑うかのように雲の隙間から光が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

それは人の姿をして人を喰らう怪物。

その肉体は強靭であり、あらゆる負傷がすぐに完治する。頭を潰そうが心臓を吹き飛ばそうが鬼は死なない。

 

しかし強力な生き物にはそれ相応の弱点がある。

 

鬼は、日光に弱い。日の光に当たるとたちまち消滅してしまう。

また、特殊な鋼でできた刀、日輪刀によって頸を落とすことでも消滅させることができる。

 

そしてこの日輪刀を携え、鬼から人々を守る部隊を『鬼殺隊』と云う。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「遠夜」

 

凛とした声が響く。

声のした方向を振り返ると、蝶の髪飾りをした詰襟の女性が立っていた。遠夜と呼ばれた青年はその女性の『表情ではなく気配』からどことなく不機嫌であることを読み取る。

 

「なんか用か?しのぶ」

 

しのぶと呼ばれた女性はその言葉を聴くと、眉間にしわを寄せた。青年の言葉が気に食わなかったのだろう。

そしてそれを青年は敏感に感じ取ったが、皮肉げに口元を歪めるだけだった。

 

「柱合会議が明日あるのよ。知ってるでしょ?」

「ああ」

「明日はちゃんと会議に出るんでしょうね」

「気が向いたらな」

 

その言葉にしのぶはさらにしわを深くする。

 

「いい遠夜、あなたは鬼殺隊最高戦力の『柱』なのよ?その柱が会議にも参加しないんじゃ他の隊員に示しがつかないじゃない!」

「いや知らんわ。あの会議、毎回同じことしかないからつまらねーんだよ。御館様からなんか重要な知らせがあるならともかく、ないなら行く意味ねーだろ」

「あ・な・た・は本当に……!」

「くくっ……おいおいどうした?いつもの(・・・・)口調がなくなってるぞ?」

 

煽るようなその言葉にしのぶは怒りが沸点に達し、全力の速度で目の部分に藍色の手拭いを巻いた青年の顔を殴りつける。

 

だが

 

「相変わらず血の気が多いな」

 

その拳は空を切った。

 

先ほどまで目の前にいたはずの青年は既にしのぶの背後を取っていた。そして手をしのぶの頭に置き、言った。

 

「やっぱその方(・・・)がお前らしいぜ」

 

しのぶが振り返ると、そこに既に青年の姿は無かった。

 

「…………風来坊。たまには帰ってきなさいよ」

 

不機嫌そうなしのぶの声を聞く者は誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しのぶの奴、動き速くなったなぁ」

 

屋根の上を走りながら青年はそう呟く。

 

「そろそろ会議でないと他の柱からめっちゃ言われそうだなぁ。特に伊黒あたりがいい反応してくれそうだ」

 

そう言いながら青年は路地裏に着地する。

だがその瞬間走ってきた子供が青年にぶつかりそうになった。

 

「あっ」

 

子供は追いかけっこをしていたため後ろから追ってきている子供の方に気を取られて前を見ていなかった。加えて青年が着地した時一切音がしなかったため、急に目の前に現れた青年に気づかなかった。

 

ぶつかる、と子供は思ったが、青年はそれをふわりと受け止める。

 

「わっ」

「元気がいいな。だがここは物が多くて追いかけっこするには向かねぇぞ。やるならもっと広いとこでやりな」

 

そう言いながら青年は子供を下ろす。追ってきた子供はその一連の動きを見てきらきらした瞳を青年に向ける。

 

「さ、続きはあっちでやんな」

 

そう言って子供を床に下ろし、青年は歩きだした。

 

「ありがとう!手拭いのお兄ちゃん!」

「おー」

 

手を振って走っていく子供達に軽く手を振って青年は歩いて行った。

 

「平和だねぇ、全く」

 

子供達が走っていったのとは逆方向に歩きながら目元を藍色の手拭いで塞いだ無地の紫の羽織を纏った青年ーーー無道遠夜は一人そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

無道遠夜はよく笑う少年だった。

 

元気で、よく笑い、時々悪戯をするような、視覚を覆った手拭い以外はどこにでもいるような男の子。それが私の最初の印象だった。

私が遠夜と初めて会ったのは、鬼殺隊に入隊して間もない頃だ。姉であるカナエと共に任務を行なった彼の兄の屋敷に招待された時に出会った。当時彼はまだ鬼殺隊に入隊しておらず、兄に修行をつけてもらっている段階であり、手拭いを四六時中眼に巻いて視覚を封じていた。詳しい修行内容は知らないが、どうも彼の兄が遠夜に継承しようとしている呼吸は他の呼吸とは違いだいぶ異質であるらしい。故に修行期間は長く、既に五年ほど修行を行なっているらしい。

 

遠夜はお世辞にも素直な子ではなく、よく勝手なことをしては怒られていたが、それでも毎日笑う快活な少年だった。二つほど年上だが、あまり年上らしくなく屋敷の人にはよく怒られていたし、私が注意してもほとんど話を聞かなかった。

だが頼まれた家事などはきっちり行うし、読み書きの勉強もちゃんとやっていたため嫌われてはいなかった。寧ろ好かれていたと思う。ただ計算の勉強の時だけは必ず逃げ出して、そしてその屋敷の当主である遠夜のお兄さんに捕まっていた。

 

姉は彼の兄と行動を共にすることが多くなり、それに比例して私も彼と彼の兄と共に過ごす時間が長くなった。そして遠夜と話すことも多くなり、同時に彼の兄ともよく話をした。

 

彼の兄は遠夜とは違い非常に落ち着いた人だった。穏やかで、とても優しく、そして温かい人だった。姉のカナエとどこか似たような雰囲気がある人で、私は彼のことを本当の兄のように慕っていた。

そして当然遠夜も兄のことを慕っていた。鬼殺隊に入ったら兄のような剣士になりたい。そう笑顔を見せながら語っていた。

 

そんな日々が続き、遠夜はとうとう鬼殺隊に入隊した。その年の最終選別で生き残ったのは、遠夜だけだったらしい。

私は既に入隊していたため階級はいくつか上がっていたが、遠夜は最終選別を終えた時点で私よりも強かった。当然といえば当然かもしれない。私は膂力が無くて鬼の頸を切れない。だから私よりも強い。

最初は嫌だった。いくら私よりも長い時間修行したとはいえ、私だって血反吐を吐く思いで修行したのだ。それなのに私のことをあっさり追い抜いていく遠夜に嫉妬してしまったこともあった。まだ幼かった私にはその感情をうまく処理することができなかったため、遠夜にきつく当たったてしまうこともあった。本当はそんなことしたくないのに。でもどうしても抑えられなくて、当たったてしまう。そんな自分が嫌だったが、姉と彼の兄が私にこう言ってくれた。

 

「人は自分と他人を比べてしまうものだけど、それでもしのぶはしのぶだよ。どんな形でも、君なりの戦い方、接し方がある。どうしてもどうすればいいかわからない時は、お姉さんか僕を頼ってくれていいんだよ」

「そうよしのぶ。お姉ちゃんと日永さんはいつでもしのぶの味方だからね」

「だからしのぶちゃん、遠夜のことを見限らないでね」

 

そう言って姉は私を抱きしめ、彼の兄ーーー日永さんは頭を撫でてくれた。日永さんの言葉は、よくわからなかった。遠夜が私を見限ることがあっても私が遠夜に見限られる状況じゃないのに。そう思った。

 

疑問はあったが、善は急げということでその日のうちに私は遠夜に謝った。一切の偽りをせず、私の心を包み隠さずに。

 

遠夜は黙って聞いていた。夜空に浮かぶ三日月を眺めながら。

そして私が話し終わると、私に顔を向けた。

その時の遠夜の顔は、今でも忘れない。

 

「そっか。『僕』は嫌われたわけじゃなかったんだね」

 

その時初めて遠夜の眼を見た。

 

普段のような笑顔。珍しく手拭いがないため目があらわになっているから普段とは違うが、それでも普通の人がするような笑顔……普通の笑顔なのだが、なにかが違った。

 

決定的な『なにか』が。

 

前に眼は心を映す鏡だと日永さんが教えてくれた。だが、遠夜の眼は表情に対して酷く濁っていたように思えた。

 

その眼が私は少し怖かった。

 

普段の態度からは考えられないような眼をしていたから。

 

仲直りはできたが、その日から私は少しだけ遠夜が怖くなった。なんであんな眼を私に向けて来たのか、わからなかったから。

 

自分で考えてもわからないし、本人に聞くわけにもいかなかったから私は兄である日永さんに聞いた。なぜ遠夜の眼はあんなに濁っているのか。

日永さんは灰色の瞳を私に向けて話し始めた。

 

「カナエさんには言ったんだけど、実は遠夜は僕の本当の弟じゃないんだ。縄に縛り付けられて捨てられていた孤児の遠夜を僕が保護したんだ。それに遠夜という名前も本当の名前じゃなくてね。本名は頑なに名乗ろうとしなかったから僕の父さんが名付けた」

「日永さんの……お父さん?」

「うん。僕の父さんは鬼殺隊とはあまり関係ない一般人だけど、僕が事情を話したら快く受け入れてくれた」

「そのお父さんはどちらに?」

「元々父さんは藤の紋の家でね。今はそっちにいる。時々会ってるよ」

「そうなんですね」

「どういう経緯で遠夜が捨てられたのかはわからない。話そうとしないんだ。でも『絶対に帰りたくない』って言うから受け入れたんだ」

 

そう語る日永さんの眼は悲しそうな光を宿していた。

 

「遠夜は、賢い子だよ。計算だけはてんでダメだけど、他の事は理解力が高くて頭の回転が早いから教えたらすぐに理解する。でも心はとても冷たい。人を信じることができないんだと思う。そしてそれが世間的には異質であることを多分理解しているんじゃないかな。だから普段は万人受けするような快活な少年を演じている。その方が、きっと遠夜にとっても楽なのかもしれないね」

 

日永さんはそこで言葉を切ると空を見上げた。

 

「遠夜が僕のことを慕ってくれて、『僕みたいな剣士になりたい』っていう言葉は嘘じゃないと思う。でも、本心でもない。誰にも本心を見せないんだ」

「…………」

「多分、それに気付いているのは僕くらいだろうね。今後気付く人がいるかもしれないけど、それでも見限らない人が遠夜には必要だと思うんだ」

 

あの時の言葉はそういう意味だったのか、とこの時納得した。だが同時に疑問も生まれたため、それを口にした。

 

「でもそれは……私に言うことなのですか?」

 

私のような怒りっぽい人では、遠夜の心を解かすことはできないのではないだろうか。私は怒りっぽくて、まだまだ未熟な子供だ。閉ざされた心を開くことができるとは、思えなかった。

しかしそれを聞いた日永さんは笑いながら私に灰色の瞳を向けた。盲人であるこの人に私の姿は見えていないはずなのに、心の奥まで見られたような気がした。

 

「しのぶちゃんみたいにしつこく色々言ってくれて、優しい子が遠夜には必要だと僕は思うな」

 

そう言って日永はしのぶの頭を撫でた。

 

「……僕たち鬼殺隊は、いつ死んでもおかしくない。そういう環境下にいる。だから僕が死んだ時に遠夜のことを見てくれている人がいないと、遠夜は独りぼっちになってしまう。カナエさんにも頼んであるけど、もしもの時があったら……」

 

 

遠夜をよろしくね

 

 

そう言う日永さんの目は、酷く悲しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時が経ち、姉さんは柱へと至った。その頃には蝶屋敷で住む子も増えていた。

日永さんは既に柱であり、柱の中でも悲鳴嶼さんを越すほどの実力を持っていた。盲人であったが、剣術、体術どちらにおいても天才だったのだろう。そんな兄を追うように遠夜も実力をつけていき、とうとう私と同じ階級にまで登り詰めた。悔しかったが、遠夜なりに努力した結果だ。素直に認めることにしたが、負けたくないので私もさらに努力と実績を重ねた。

 

私と遠夜の階級が『甲』……上から二番目になったあたりだろうか。姉さんと日永さんは付き合うようになった。私としては素直に嬉しかった。前から日永さんのことを目で追っていたし、日永さんと共に任務に行く時は見られることが無いのにいつもより身なりに気を使っていた。加えて日永さんのことを話している時の姉の顔はすごく輝いていたからだ。いつから想いを寄せていたかは覚えていないが、それでもそれなりの期間伝えずにいたようだから姉さんからの報告を聞いた時は本当に心の底から祝福できた。

 

対して日永さんはそういうことには疎くて、自己評価が低い。だから姉さんのような美人が自分のことを好きになるはずがないと考えていたらしい。感情の機微に鋭い日永さんだが、自分の周囲にそのような感情を抱く人が居なかったため、それがどういう感情なのかわからなかったと恥ずかしそうに頭をかきながら言っていた。

 

そんな日永さんがおかしくて笑ってしまった。だって、私の中では日永さんは完璧超人だったから。目が見えないのに料理もできるしすごく物知りだし、読み書きや計算だってできる。加えて剣術は天才。完璧としか言えないようなところしか知らなかった。でも日永さんにも苦手なものがあって、わからないこともある。姉さんの話だと裁縫だけはダメで一度やってみたら手を包帯だらけにしてしまったらしい。その話を聞いて私は姉さんの思い人の意外な一面を知ることができて嬉しかった。

遠夜も祝福していた……と思う。あれ以来遠夜の目を見ていないから本心かはわからない。手拭いで塞いでるから見えないというのもあるが、そもそも遠夜の目を見たところで本心かはわからない。

 

それからというもの、日永さんはよく蝶屋敷に遊びにきてくれた。無論姉さんに会いに来ているのだが、私ともよく話してくれた。さらにはこの前姉さんと助けた子、カナヲとも話してくれていた。カナヲは感情が壊れているため自分からはなにも話さないが、それでも日永さんは一切不快な顔もせず楽しそうに話していた。

遠夜も蝶屋敷に来るようになった。任務の帰りは一人できていたが、休日は日永さんと共にきてくれた。相変わらずなにを考えているのかよくわからないけど、それでも嫌な態度はしない。顔に出やすい日永さんや姉さんとは真逆で全く表情に出ない。笑顔を作ってはいるが、それもやはりいつもの貼り付けた笑顔。目を塞いでるのも相まって本当になに考えてるのかわからない。

 

 

遠夜をよろしくね

 

 

そう言われたけど、私がいなくてもきっと姉さんと日永さんが遠夜の心も解かしてくれるのだろう。なんならカナヲのことも日永さんがどうにかしてしまいそうだ。そんな風に思っていた。

 

でも私は今の楽しい時間に身を置きすぎて忘れていた。

 

 

 

人というのは、いつかいなくなるのだということを。

 

 

 

そして私達のいる環境は、本当にそれがなんの前触れもなくあっさりと訪れてしまうことを。

 

 

 

 

 

ある日屋敷に日永さんがやってきた。なにやら落ち着かない様子でいたが、姉さんの顔を見てなんとなく察した。

そして日永さんと姉さんが婚約したことが日永さんの口から私と遠夜、そしてカナヲに伝えられた。私達は手放しで祝福した。みんなそうなることを望んでいた……というかさっさと結婚しろとまで思っていた。それくらい二人でいる時の空間は新婚そのものと言っていいくらい桃色な空間だったのだから。遠夜はなにも感じてない……というかわかってない様子だったが、私は五分もしないうちに砂糖を吐き出しそうな気持ちになった。でも姉さんが幸せそうだから良しとした。

 

……それでも「私がいないとこでやって」くらい言ってもバチは当たらないわよね?

 

 

 

 

でもそんな幸せな時間は長く続かなかった。

 

 

 

 

姉さんと日永さんの婚約の知らせから一週間後

 

 

 

 

 

 

 

二人は上弦の弍の鬼に殺された。

 

 

 

 

 

 

 

その日から遠夜は変わった。今までの快活な性格ではなくなり、皮肉屋で現実主義な性格になった。以前のような快活さは一切ない。もしかしたらこれが遠夜の元々の性格なのかもしれない。

私は私で変わったと言われる。当たり前だと思う。基本的に私は怒りっぽくてほとんど笑顔を見せない……らしい。でもその日から私は姉さんが好きだと言っていた笑顔を貼りつけて過ごすようになり、口調も姉さんの真似をするようになった。姉さんの……姉さんと日永さんが抱いていた『鬼と仲良く』という願いを胸に抱いて。

 

そんな私を見て遠夜はこう言った。

 

 

「なんだ、カナエの真似か?『俺』と逆だな。それに……随分とつまらない『顔』になった」

 

 

そう言って今までの遠夜では考えられないほど歪んだ笑みを私に向けた。

 

そして今、私達は柱へと至ったが、未だに二人の喪失から抜け出せずにいる。

 

私は仮面を被り続け、遠夜は一人彷徨い歩く。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

産屋敷亭

中庭

 

 

「おい胡蝶、今回はあいつ来るんだろうなぁ」

 

傷だらけで目を血走らせた白髪の男が庭の落ち着いた雰囲気とは合わないほどの殺気を放つ。

 

「私に言われましても……来るように釘は刺しました。実際に来るかどうかは本人次第かと」

 

華やかな羽織を着た小柄な女性……胡蝶しのぶがそう答える。

 

「あいつの手綱握れるのはお前くらいだろうが」

「…………本当に握れてたら毎回連れてきてますよ」

 

しのぶはそう言って遠い目をした。

 

「…………そうだな」

 

不服ながらも男……風柱・不死川実弥はその言葉に納得した。

 

「うむ!自由なのはいいことだが、些か無道は勝手が過ぎるな!それが奴の強みとも言えるが!」

 

炎のような髪をした男……炎柱・煉獄杏寿郎が無駄に声を大にして言う。

 

「実力はあるんだがなぁ。この前も下弦の鬼と派手に斬り結んで無傷で帰ってきたくらいだ」

 

非常に派手な風貌に身を包んだ男……音柱・宇髄天元が腕を組みながらそうこぼす。

 

「先代影柱とは真逆な性格……だが、彼もまた紛う事なき柱である。南無阿弥陀仏」

 

岩のような肉体をした巨漢……岩柱・悲鳴嶼行冥が手を合わせながら念仏を唱える。

 

「いいや、俺は認めない。あいつには柱としての自覚が無さすぎる。義務である柱合会議にすら来ないような奴はさっさと降格処分にでもしてしまえばいい」

 

松の上に座った男……蛇柱・伊黒小芭内が蛇のようにネチネチとした口調で毒を吐く。

 

「……僕は別にどうでもいいかな。たまに剣の相手してくれればそれで」

 

色白で長髪、さらに周囲と比べたらだいぶ若い少年……霞柱・時透無一郎は興味なさげに空を見上げる。

 

(無道さん……自由奔放ね!素敵!)

 

桃色の髪をした女性……甘露寺蜜璃はあまりにも場違いな思考を巡らせる。

 

「………………」

 

そして珍しいデザインの羽織を着た青年……水柱・冨岡義勇はなにも言わない。

各々が遠夜への印象をこぼしている中、一つの影が屋敷の庭に入ってくる。

 

「おや皆さん、早いね。まだ会議が始まるまで時間あるのに」

 

入ってきたのは影柱・無道遠夜だった。

 

「うむ!今回は来たようだな無道!今回も来ないのかと思って心配していたところだ!」

「へぇ、そいつはありがたい。こんな形ばかりの柱でも心配してくれるってのか」

「誰がお前のような奴を心配するか。お前、御館様に柱に認められたからって何をしてもいいと思っているようだが、そんなことはない。柱に認められたからにはそれ相応の責任を持つことになる。お前が勝手なことをして俺たちまで同類だと思われるのは耐えられん」

「まー皆さんが俺を認める認めないは自由ですよ。俺としても柱になるような器でもないし、なったらなったで勝手にやるよって御館様に言ったのに柱にさせられちゃったんだから」

「お前がどう言おうが関係ねぇよ。御館様が柱として認めた以上、お前はその栄誉に恥じない動きをするのは当たり前だろうが」

「皆さんがどうかは知りませんけど、俺は別にそこまで大きな恩はないんですよねぇ。鬼殺隊に入れてもらって、そこでそれなりの恩はありますけど、そこら辺は実践で帳消しにならないかなぁって」

「てめぇ……」

 

不死川は遠夜の言葉に本気の殺気を放ちながら腰にある日輪刀に手をかける。不死川だけでなく柱は皆御館様……産屋敷輝哉を心から尊敬している。そのため産屋敷のことを悪く言う、または不躾な態度を取る人間を許さない。故に遠夜のこの態度は柱全員の逆鱗に触れかねない言動だった。

 

「いやいや、落ち着いてよ不死川さん。今の言い方だと俺が全く御館様のことどうでもいいみたいな言い方に聞こえるかも知れないけど、ちゃんと俺だって御館様のこと尊敬してるんだよ?ただ貴方達と比べたら尊敬の度合いが低いってだけだよ。実際御館様のしてきたことはすごい。鬼殺隊という政府非公認の組織これまでずっと維持してきたんだ。廃刀令が出ているのに刀を携えている組織なんて政府に潰されてもおかしくないのに、それをうまく隠して運営してきたんだ。誰にでもできることじゃない。あの人だからできることだ」

「それが分かっているなら……」

「でも俺は貴方達と違って個人的に御館様に救われたことはない。だから貴方達と比べて尊敬の度合いが低いのは仕方ないでしょう。貴方達がどう思うのかは自由ですけど、それを俺に押し付けないでいただきたいです」

 

手拭いで目が塞がれているため感情は読めないが、その言葉が不死川の理性を飛ばし日輪刀を引き抜き遠夜に切り掛かった。

 

「やれやれ……」

 

そう呟くと遠夜はゆったりとした動きで不死川の動きをかわす。この程度の速度で回避は本来なら無意味。なぜなら柱は全員腕が立つ。この程度の速度の標的を斬れないようなら鬼を倒すなど夢のまた夢であるからだ。

だが不死川の日輪刀は遠夜の目の前を素通りする。

 

(こいつ!)

 

不死川は構わず日輪刀を振り続ける。だがそれらを全て遠夜は回避し続ける。不死川の剣は遅くない。むしろ柱に上り詰めるほどなのでかなり早い方だろう。それを剣も抜かずに回避し続けるのがどれほどのことなのかは、言うまでもない。

 

無論不死川も本気ではない。鬼相手ならともかく、人間相手であるため無意識ながら手加減はしている。だからこそ遠夜がここまで回避できている。本気の速度ならば刀無しで回避できるほど甘いものではない。

 

「こんのっ」

 

苛つきでほんの僅かに甘くなった斬撃を回避するとカウンターを放つ要領で拳を傷だらけの顔に放とうとするが

 

 

その拳と不死川の刀は止められた。

 

 

遠夜の拳は宇髄に、不死川は悲鳴嶼に止められていた。

 

「そこまでだ。柱合会議前にやるには些か派手すぎるぜ」

「もうすぐ御館様がいらっしゃる。そこまでにしておけ」

「おおっと、こいつは失礼」

「……チッ」

 

不死川はいかにも不服といった様子だが、最年長である悲鳴嶼に言われて素直に刀を収める。遠夜も特別戦いたいわけではないため拳を収める。

 

「もう、もう少し協調性というものをつけようとは思わないのですか?それについては幼い頃の貴方の方ができていましたよ」

「かもな」

「…………」

 

しのぶの善意からくる言葉も聞いてはいるが、聞き入れてはいない様子だった。そんな遠夜の態度にしのぶは笑顔のまま額に青筋を立てる。

 

 

 

 

「やあ、私のかわいい剣士(子供)達。今日はいい天気だね。空は青いのかな」

 

 

 

 

険悪になりそうな雰囲気の中、非常に落ち着いていて、さらにこちらも落ち着くような声が響く。その声が聞こえた瞬間、全員が跪き頭を下げる。その男は顔の上半分が痣のようなもので覆われており、傍らには少女が付き添っている。

 

産屋敷輝哉。鬼殺隊のトップであり、屋敷の主人でもある男だ。

 

「半年に一度の柱合会議で人員が変わらないのは嬉しいことだ。そして遠夜、今回は参加してくれて嬉しいよ」

「どーも」

「御館様、些かこの男の行動は目に余ります。鬼は最低限殺しているようですが、それは通常の隊員でできることです。柱としての義務である柱合会議に出席しないどころか、担当警備区域を巡回もせずにただぼんやりしているだけ。どうかこの男に然るべき処罰を」

 

不死川が遠夜に向かって殺気を放ちながら産屋敷にそう懇願する。だが殺気を向けられた遠夜は涼しげだった。

 

「実弥、君の言いたいことはわかる。確かに遠夜は柱合会議の参加率は良くない。警備区域を巡回していないのも確かだ」

「ならば!」

「でもね実弥、遠夜は会議に参加しなくてもちゃんと会議の内容は把握してるし、会議に参加しない時は必ず私に事情を説明して許可を取っている。警備区域については巡回はしていないが、遠夜の警備区域で犠牲者は出たことがない。巡回はしなくとも、遠夜は遠夜のやり方で住民を守っている。だからそんなに責めないであげてほしい」

「…………はい」

「遠夜、仲良くしろとは言わないけど、最低限ちゃんと意思伝達はしようね。君はいつも意図的に(・・・・)大事なことを言わない癖がある。それはみんなの誤解を招いてしまうからね」

「善処しましょう」

 

正直、あまり反省の色は見られない。

頭を下げながらこれはまたやるな、としのぶは内心で顔をしかめわずかに額に青筋を立てる。

 

全員を見渡し、全員が今の話を理解したと感じた産屋敷は手を叩き

 

 

 

「じゃあ、今回の柱合会議を始めよう」

 

 

 

そう宣言して縁側に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、嫌な夜だなこれは」

 

遠夜は深夜に高台に一人座りながらそう呟く。遠夜の感じ取る気配の中に一つ、確実に人ではない気配がある。

 

人ではないが、気配の大きさは人と同じようなものだ。そうなると、もう選択肢は一つしかない。

 

「出て欲しくは、なかったな。なんか気分乗らないし」

 

そう言って遠夜は高台から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、あうっ!」

 

走り続けた結果か、女性は足がもつれて転んでしまう。起き上がって逃げようとしたが、目の前には川が流れていて逃げられない。普通なら川を泳いででも逃げようとするだろうが、生憎女性は泳いだことなど一度もない。加えて着物を着た状態では着物が邪魔をしてうまく泳ぐことなどできないだろう。

 

「あ……あ……」

 

後ろから迫る異形の存在。それに背中を切られて全力で逃げてきた。どういうものかはわからないが、それが『人』ではないこと、そしてこのままでは自分は殺されるというのがわかった。だからこそ彼女は逃げたのだ。

 

「おお?鬼ごっこは終わりか?本物の鬼である俺との鬼ごっこは楽しかったか?」

 

下卑た笑みを浮かべながら鬼は女性に近づく。

 

「こいつは稀血かもなぁ。匂いがどうも普通の奴とは違え。これを食えば……俺も晴れて十二鬼月になれるかもなぁ」

 

鬼の言葉を何一つ理解できず、女性はさらに混乱する。もともと逃げられるような状態ではなかったが、完全に腰が抜けてしまい立つことすらできない。

 

もう終わりだ。

 

そう思ったところで鬼の背後から足音が聞こえてきた。

 

「随分と楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」

「ああ?」

 

鬼が振り返ると、そこには藍色の手拭いで目元を覆った黒髪短髪の青年がいた。

 

「なんだてめぇ。邪魔すんじゃねえ。いまから俺はこの女を食うんだからよ」

「おおっと、いきなり犯罪宣言されちゃったよ。いたいけな婦女を食うだなんて強姦もいいところだ。お巡りさんこいつです」

 

そんな戯けたような言葉を言いながら浮かべる笑みは、どこか歪んでいる。そう、笑顔というよりは嘲笑に近い笑み。そう思えるようなものだった。

 

「ふざけてるのか?お前のその格好、鬼狩りだろう」

「なんだちゃんと話できるやつじゃん。てことはそれなりに人食ってるなお前」

(なんなんだ……?)

 

目の前の男からは殺気も感じないし腰に携えた刀を抜こうともしない。この鬼が今まで見てきた鬼殺隊の隊士は皆鬼を見ると刀を即座に抜いて切り掛かってきた。

なのにこの男はなにもしようとしない。戦う意思すら見せようとしないのだ。

 

(……まあいい。さっさと女を殺してついでにこいつも食ってしまおう)

 

そう考えたところで女性の方に顔を向けた。

 

 

するとそこに既に女性はいなかった。

 

 

「なに⁈」

「お探しなのはこの女性かな?」

 

声がした方を見ると、そこには先ほどの手拭いの青年が襲っていた女性を抱き抱えている姿があった。

 

「せっかくの獲物をこんなに簡単に取られるなんて……おたく本当に鬼か?感覚は人よりも鋭いんじゃないんか?え?」

(早い!しかも一切動いたのを気取らせないだと⁈こいつ、今までの隊士とは違うのか⁈それにいちいち煽るような言動がカンに触る!)

「じゃあお姉さん、ちょいと下がっててもらえる?巻き添えになりたくないでしょ?」

「は、はい」

 

怯えながらも女性はそう答え、青年と鬼から距離を取る。

 

「ナメやがって……殺す!」

 

血鬼術・金剛血装

 

血鬼術を発動させ、鬼は腕、足、胴体、首に鎧のようなものを纏う。その鎧は血のような赤色でありながら、金剛石のような光沢と見た目をしていた。

 

「へえ、纏う形の血鬼術か。こいつは……硬そうだな。一般隊士じゃ斬れなさそう」

「俺の鎧はお前ら鬼狩りの刀も通さない!頸が斬れなきゃ鬼は殺せない!お前ごときに俺の鎧は斬れねぇよ!」

 

そう言って鬼は青年に殴りかかる。その拳を回避すると、鬼は勢い余って地面を殴りつけることになった。そしてその殴りつけた地面は大きくえぐられ、消したんだ。

 

「へぇ、その鎧……肉体強化もしてるのか」

「わかったところでどうしよもねぇよ!盲人のお前になにができる!」

 

そういって体勢を立て直した鬼は青年の顔に殴りかかる。

 

だがその拳は流れるような所作で受け流された。

 

「なに⁈」

「全く、血の気が多いな」

「クソがぁ!」

 

鬼はやけになって連続で拳を出し続ける。それらを青年は悉く受け流していくが、鬼と人間では肉体の格が違う。肉体の格比べなら確実に人間である青年が先に限界になる。

青年の受け流しが、鬼の拳に間に合わなくなってきた。少しずつ鬼の拳が青年を上回ってきており、拳が顔の横を通り過ぎたことにより頬が浅く斬れたりしてきた。

 

「ここだ!」

 

どうあがいても受け流しが間に合わないタイミングで拳を突き出す。咄嗟に青年は腕で防御を図るが、この拳は人がまともに受ければ胴体が吹き飛ぶほどの威力がある。防御した腕は粉々に砕け、それを貫通して青年の命を奪うこともできる。それほどの威力がある拳を防ごうとするなど本来なら愚の骨頂だろう。

 

だが青年は嗤った。

 

「『凝』」

 

そう呟くとほぼ同時に鬼の拳と右腕が接触した。接触した瞬間青年は後ろに飛ばされたが、何事も無かったかのように着地した。

 

「おーいて。ヒビは……入ってないな。いやーいい攻撃だったよ。腕が痺れるほどだったわ」

(……馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!なぜ俺の本気の拳を受けて無傷でいられる!攻撃の瞬間、後ろに飛んで衝撃を緩和したとはいえ、本来なら人間なんぞ吹き飛ばせる威力だぞ!無傷でいられるはずがない!)

「困惑してるな」

「っ!」

 

鬼の心中を感じ取った青年は嘲るように口元を歪める。

 

「ネタバラシをする気はない。お前の実力はもう底が知れた。敢えて隙を作って全力の攻撃をさせたのにな。どうやら十二鬼月の下弦ですらないようだし、さくっと殺して寝るわ」

 

そう言って青年は刀を抜いた。刀は月明かりに照らされて深い藍色に輝いた。

 

「っっ!!!」

 

その瞬間、鬼は言い表せない悪寒に襲われた。

 

(な、なんだこれ……殺気?これほど強い殺気をあの全くなにも感じない状態から一気に?)

「ああ、全く。今日は嫌な日だ」

(……この感じは……恐怖?俺が恐怖を感じているのか⁈そんなことあるのか⁈今までそんなこと無かったのに⁈)

「はぁーあ、今日はお前だけだと願うわ」

 

そういうと青年は息を深く吸い込み、集中力を最大まで持っていく。

 

(いや!錯覚だ!俺の鎧は硬い!今まで鬼狩りの刀を何本もへし折ってきた!大丈夫だ……大丈夫だ!)

 

手拭いで塞がれた顔が鬼に向けられる。

 

 

その顔は、影に塗りつぶされていてなにも見えなかった。

 

 

「っ!!!」

 

 

全身から冷や汗が噴き出す。鬼になってから冷や汗などかいたことなかった。

 

 

「全集中・影の呼吸、壱ノ型」

 

 

 

無間舞踊

 

 

 

「……?」

 

圧倒的威圧感はあるのに、なにもしてこない。ただゆっくりと歩いてきているだけ。なのに、なのに近づくと死ぬということが本能でわかる。

 

「ぐっ……」

 

凄まじい圧。

足がすくむ。

 

 

勝てない。本能でわかる。

 

 

だが逃げることもできない。

 

 

「さあ、どうする?逃げてもいいんだぞ?」

「こん……のぉ!」

 

血鬼術・金剛血装『最大硬化』

 

ばきばきと音を立てながら頸の周りの鎧が分厚くなり、さらには両腕の鎧を鋭く尖った形に変換させた。

 

「あああ!」

 

鬼はそのまま突っ込んできた。恐怖を振り払うように大声を出しながら走り出す。

そして青年に飛びかかろうとしたところで、鬼は確かに聞いた。

 

 

 

「しかしつくづく運がないな。なりたくもない鬼にされて、今ここでよくわかんねー奴に斬られるんだから」

 

 

 

その言葉に鬼は目を見開く。

 

 

 

「次生まれてくる時は、こんな化け物にされないといいな」

 

 

 

鬼は鋭く尖った拳を振り下ろす。

それを青年は緩やかな動きで回避し、手に持つ刀で鬼の頸を落とそうとする。非常に緩慢な動きであるため鬼の視力でなくともその程度の動きは見える。見えているのに、それをみていることしかできない。

 

(なぜ……見えているのに……回避できない。だが!鬼狩りの刀でも俺の鎧は斬れない!)

 

数瞬後、その考えは間違いだったと気づく。

 

 

青年……遠夜の刀は鬼の頸を鎧ごと斬り裂いていた。

 

 

「な……あ…」

「確かにお前の鎧は硬いんだろうな。一般隊士じゃこれは斬れないわ。でもね、仮にも俺柱なんよ。その程度の硬度じゃ話にならんよ」

「お、俺の鎧の……最大硬度を……こんないともたやすく?」

「もう少し人を食ってさらに硬度上げてたらこうはいかなかったかもなー。十二鬼月の上弦レベルだったら……って、もう聞こえてないか」

 

そう口にした時には鬼は消えていた。

藍色に輝く刀を収めると、襲われていた女性に顔を向ける。

 

「もう大丈夫すよ、鬼は始末したんで」

「あ、助けていただき、ありがとうございます…つぅ……」

 

お礼を述べるとともに女性は顔をしかめた。肩から背中にかけて爪で引っ掻かれたような傷がついている。恐らく先程の鬼にやられたのだろう。

 

「ちょっと見せてな……あー、思ったより傷深いな。手持ちの道具じゃ応急処置が限界だな。歩けますか?」

「えっ……と」

「んー、じゃあちょっと我慢してもらえます?おぶりますんで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って遠夜が連れてきたのは蝶屋敷だった。先に鎹烏を飛ばしていたため話は通っているので遠夜は躊躇なく門の戸を叩く。

 

「へーい、さっき連絡した影柱でーす。怪我人いるんで開けてもらえますかー」

 

気の抜けた声でそう呼びかけると、門が開き中からしのぶが顔をだした。

 

「話は聞いています。そちらが怪我人の方ですね?」

「は、はい」

「応急処置はしてあるようなので、本格的な治療をします。遠夜、中の治療室に運んで」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

怪我人の女性を治療室まで運んだ後、遠夜は一人縁側で空を眺めていた。

そして遠夜に声をかけながら人影が腰を下ろす。人影はしのぶだった。

 

「しのぶが治療しなくていいのか?」

「ええ。傷は深かったけど、命に別状はないし、それほど酷いものでもなかったのでアオイに任せました」

「そうかい」

「遠夜は負傷していませんか?」

「してねぇよ」

「ならいいんですけど」

「なんだ、負傷した方がよかったか?」

「そんなわけないでしょう。負傷なんて、しない方がいいに決まってますから」

「じゃあなんでそんな不満げなんだ」

「貴方は昔からよほど大きな傷でないとここで治療を受けようとしないじゃないですか」

 

そう言いながらしのぶはわずかに頬を膨らます。

 

「自分でできる程度なら自分でどうにかするさ」

「あのね遠夜、できてないから言ってるのですよ?確かに貴方は日永さんや姉さんに治療の指導を受けていたから応急処置や大きくない傷の治療ならできています。ですが日永さんや姉さんと違って貴方の治療は全体的に荒いです。特に自身に施す施術は雑の一言に尽きるのですよ」

「別に今こうして回復しているからいいじゃねぇか」

「確かに回復はしました。でもね、雑な治療は後に後遺症や傷跡が残ったりするのですよ。その程度もわからないような甘い指導は受けていないはずですが」

「傷跡はともかく、後遺症が残らない程度にはやってる。無駄に時間かかるよりマシだ」

 

その言葉にしのぶは完全にキレてしまい、手拭いで覆われた遠夜の顔を小さい手で鷲掴みした。所謂アイアンクローである。

 

「治療が無駄とは言ってくれますねぇ。雑に治療して後遺症が残って戦線復帰できなくならないようにするために心身共に費やしている私達がやっていることが無駄だって言いたいんですかそうなんですか?」

 

口調はいつもよりも怒りが込められており、手はさらに力が込められていく。恐らく表情はいつもどおり貼り付けた笑顔だろうが、額に浮かぶ青筋はいつも以上の数になっているだろう。

 

「私達が施している治療は全て必要なことだからやっているんですよ意味もなくやっている治療があるとでも思ったんですか計算以外では頭いい癖にこういうとこでその頭は役に立たないんですかそれともこれは飾りなんですかならこんな頭いらないですよね今すぐ潰しましょうか」

「いや息継ぎしろよ。どうでもいいとこで全集中・常中で鍛えた肺活量使うなやというかそろそろ本気で痛いんだが」

 

未だに頭をギリギリとしのぶの手は締め上げており、頭蓋骨がミシ、ミシと嫌な音を立て始めている。

小柄とはいえ、しのぶも柱である。血の滲むような訓練を積んできたため、握力も同年代の女性と比べるまでもなく強い。その握力が全て遠夜の頭蓋骨に向けられているのだ。痛くないはずがない。

 

「間違った知識を持つ大事なことには何も気づかないような頭いらないですよね」

「わかった、全面的に俺が悪いこともしのぶ達がやっていることが無駄なことではないのも俺がポンコツだってことも理解した。反省した。もう二度と無駄なんてことは言わないからこの手を離してくれ本気で頭蓋骨が嫌な音立て始めた」

「本当に理解しましたね」

「理解しました」

「…………次言ったら試作の毒飲んでもらいますからね」

 

そりゃ怖い、と呟きながら遠夜は肩を竦める。

暫し二人の間では沈黙が流れ、ふとしのぶは遠夜の横顔を見た。相変わらず手拭いで目を覆っているためいまいち表情が読めない。纏う雰囲気は変わらないが、昔と比べて身長は伸びたからか少し印象が変わったようにも思える。男性としては平均程度の身長だが、鬼の頸を切るだけの膂力のないしのぶは少し羨ましく思った。

と、そこで遠夜の頬に切り傷があるのを見つける。

 

「遠夜、頬に切り傷がありますよ」

「ん、ああ。このくらいならほっといても治る」

「雑菌が入ると化膿しますよ。軟膏を持ってくるのでここにいて下さい」

「いや、だから」

「いいですね」

「アッハイ」

 

膨れ上がった怒りの気配を察した遠夜は大人しく引き下がる。

 

「よろしい」

 

そういうとしのぶは自室に置いてある軟膏を取りに歩いて行った。

一人になった遠夜は朝日が登り始めた夜空の方に顔を向けた。

 

 

「やっぱお前そっちの方があってるよ」

 

 

遠夜の呟きは朝日にかき消された。

 

 

 




無道遠夜(むどうえんや)
年齢 20歳(炭治郎入隊時点)
身長 170センチ
体重 60キロ
出身 千葉県
趣味 食べ歩き 深夜徘徊
好きなもの 海
嫌いなもの 計算



無道日永
年齢 24歳(享年)
身長 176センチ
体重 67キロ
出身 不明
趣味 陶芸
好きなもの 家族・仲間
嫌いなもの 苦い食べ物

つづ……く?
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