蝶の影   作:木材

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人を変えるのは、容易ではない。







遠夜が炭治郎の妹、禰豆子を捕獲し、炭治郎の持っていた箱に入れて産屋敷亭まで運び終える頃には日は登っていた。

 

禰豆子を隠の隊士に預けると産屋敷輝哉の妻である産屋敷あまねに中庭へと通された。そこには既に柱のほとんどの面々が集まっていたが、風柱である不死川実弥はまだいなかった。

 

「無道、こいつはどういうことだ」

 

遠夜が到着してすぐ遠夜に声を発したのは音柱・宇髄天元だった。

普段と比べてかなり緊張感のある声からは殺気すらも感じる。だがそんな宇髄の声を聞いても遠夜は飄々とした態度を崩さなかった。

 

「伝令、聞いてないんですか?」

「俺がそんな地味な聞き逃しするとでも思ってるのか?面白くもない地味な冗談はやめろ。今回の件、お前が一枚噛んでると聞いたぞ」

「一枚噛んでる程度の俺じゃなくて当事者の冨岡さんには聞かないんですか?」

「冨岡は派手に言葉が足らない。だからわざわざお前に聞いてるんだ」

 

呆れたような視線を天元は義勇に向けた。どうやらしのぶだけではなく他の柱からも義勇は言葉足らずであると認識されているようだった。

視線を向けられた義勇本人は少し離れた場所で一人で立っており、言葉は発さない。普段通りの鉄仮面の無表情であり、表情からはなにを考えているのかはわからない。

 

「伝令の通りですよ。鬼をつれた隊士がいる。そのことについての緊急会議がある。それだけです」

「それだけ?ならなぜお前と冨岡はその鬼を斬らなかった。聞いた話では胡蝶の鬼殺の妨害も行ったそうじゃないか。それは立派な隊律違反だ。なぜお前らは拘束もされていない」

 

庭に植えてある松の木の上に寝そべるようにしてネチネチとした毒を吐くのは蛇柱・伊黒小芭内。余程今回の事態が気に入らないのか言葉からは毒気だけでなくかなりの刺が感じられる。

 

「別に事を荒立てる気はありませんけど、拘束して気が済むならしてくれて構いませんよ」

「…………」

「でもしませんよね、伊黒さんは。だって伝令の中に『俺と冨岡さんを拘束しろ』なんて伝令は無かったですからね。伝令になかったってことは、御館様が『必要無い』と判断したということ。独断でそれを行うのは御館様の意志に反しますねぇ」

「……お前は本当に俺を苛立たせるな」

「ならわかりきってることを下手に言わないことですね」

 

言いくるめられた伊黒は鼻を鳴らしてそれ以上なにも言わなかった。

 

「だが!なににしてもこの事態を引き起こした冨岡と無道には説明の義務がある!なぜそういう行動に出たのかは説明してもらわねば困る!」

 

煉獄の言葉に首肯するかのように柱の面々は遠夜に視線を向けた。実際柱という立場にいながら鬼を庇うなどという行為は普通ならあり得ない。元々鬼と仲良く、という思想をかがげていたしのぶの姉、カナエならばわからなくもないが、そんなことかけらも思っていない二人がそういう行動に出たのだ。理由があると思うのは自明の理だろう。

 

「ちょいと思うところがありましてね」

「おいおいおいおい、それだけで鬼を助けたってのか?正気とは思えんぞ」

「せっかちだなぁ。すぐにわかりますよ」

 

そう言って遠夜が肩を竦めると、隠の隊士が一人の少年を担いで中庭に入ってきた。

担がれていたのは炭治郎だった。隠の隊士はすぐにでも話を始めるために(というかこの場から一刻も早く離れるために)炭治郎を起こそうとするが、炭治郎は先の戦いで限界以上に身体を酷使し、加えて最後にカナヲに一撃を加えられてしまったためすぐに起きる様子はない。

 

「やれやれ」

 

見かねた遠夜は懐から瓢箪をだしてそこに入っている水を顔にかけた。

 

「っ!う、あ?」

「おう少年、起きたか」

「……⁈」

 

起きた炭治郎は状況が読めずに周囲を見渡す。当然だろう。起きたら知らない場所で知らない人間に囲まれているのだから。

 

(だ、誰だこの人達……無道さんも冨岡さんもいるけど……それにここはどこだ?っ!そうだ、禰豆子は⁈)

 

勢いよく周囲を見渡すが禰豆子も禰豆子が入っている箱もない。

 

「禰豆子、禰豆子は!?」

「落ち着け少年、まだ妹は生きてる」

「禰豆子に!今すぐ禰豆子に会わせて下さい!」

「うるさい」

 

騒ぎ立てる炭治郎を遠夜は蹴りで黙らせた。

 

「ごっ、ごほっ!ごほっ」

「少年、妹が心配なのはわかった。だがな、今少年は罪に問われてんのよ。だから下手な発言と行動は控えるべきだな」

「ね、禰豆……子…は……」

「それはこれからの少年と妹の行動次第だな」

「他人事のように言ってんじゃねぇぞ無道」

「はいはい」

 

わかっているのかいないのかよくわからない態度に天元はため息をついた。

その中でしのぶは一歩前に出て炭治郎に視線をむけて、言った。

 

「竈門炭治郎くん、これから君の裁判がはじまります」

(さ……裁判?)

「隊士でありながら、鬼を連れていること。これは隊律違反になります。それはお分かりですか?」

「…………」

「一応裁判を始める前に、君の犯した罪について説明しておきますね」

「裁判の必要など無いだろう!」

 

しのぶの言葉を炎柱・煉獄杏寿朗が遮る。

 

「鬼を庇うなど、明らかな隊律違反!我々だけで十分対処可能!鬼諸共斬首する!」

「なら俺が頸を切ってやろう。派手な血飛沫を上げてやるぜ」

 

音柱・宇髄天元がそう派手に名乗りを上げた。

 

「ああ……なんてみすぼらしい子供なのだろう。可哀想に……生まれてきたこと自体が可哀想だ」

 

岩柱・悲鳴嶼行冥が数珠を鳴らしながら涙を流す。

 

(ええ……こんな可愛い子を殺してしまうなんて……悲しいわ、胸が苦しいわ)

 

恋柱・甘露寺蜜璃は炭治郎の境遇に胸を痛めた。

 

「……なんだっけ、あの雲の形」

 

霞柱・時透無一郎は炭治郎に気付いていないのではと思うほど興味なさげであり、空を眺めていた。

 

「まあまあ、今はとりあえず坊やから話を伺いましょう」

 

そう言って蟲柱・胡蝶しのぶは周囲を宥めた。

炭治郎は未だに事態が飲み込めず困惑するばかりで口を開こうとしない。ただただ周囲を見渡してばかりで、時々咳き込んでいる。

 

「竈門炭治郎くん、君がなぜ鬼殺隊士でありながら鬼を連れていたのか当人から説明して欲しいのです。なにかしら事情があるでしょうからね。もちろんこれは隊律違反です。そのことは知っていますよね」

「っ……は、はい"っげほ、げほっ」

「……見たところ、かなり疲労や怪我があるようですね。顎を痛めているようなので、こちらを飲んで下さい。鎮痛薬の入った水です。ゆっくりでいいですよ」

 

そう言ってしのぶは懐から瓢箪を取り出すと炭治郎の口に当てがい、少しずつ飲ませた。

 

「怪我が治ったわけではないので、無理はしないようにして下さいね」

 

飲み終えると炭治郎は息を荒くしていたため、しのぶは炭治郎の息が整うのを待った。

そして息が整った炭治郎はしのぶ達に向けて話し始めた。

 

 

炭治郎が外に出ている間に家族が全員殺されていたこと。

 

生き残った禰豆子は鬼になったが、人を食っていないこと。

 

禰豆子が人を守るために闘ったこと。

 

 

「妹は鬼になったけど、人を食っていないんです。今までも、そしてこれからも!」

「下らない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当然だろう。言うこと全て信用できない、俺は信用しない」

「ああ……鬼に取り憑かれてしまったのだろう。この哀れな子を殺して解き放ってやろう」

「聞いて下さい!俺は禰豆子を治すために剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前だ!その間禰豆子は人を食っていない!」

「阿保が、仮に今まで食ってなかったとしてもそれがこれからも続く保証はねぇだろ。これから食わないと言うなら、それをド派手に証明してみせろ」

 

柱の面々は炭治郎の話を聞いてはいるが、信用している様子は全くない。すぐにでも殺してしまおうという雰囲気が漂っていた。

 

「妹は!俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として、人を守るために戦えるんです!だから!」

「おいおい、なんだか面白いことになってるな」

 

突如、殺意に満ちた声が響いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

炭治郎が必死に訴えるのを遮るようにして一つの声が中庭に響いた。

その声に今まで一度も視線を動かさなかった義勇は、初めて視線を動かし声の主を見据えた。

 

「鬼を連れたバカ隊士ってのはそいつかい?」

 

その声は、風柱・不死川実弥のものだった。そして実弥の手には、炭治郎にとっては馴染み深い箱があった。

 

「っ!」

「一体全体どういうつもりだァ」

「不死川さん、いいもの持ってますね。どこで拾ったんすか?」

 

遠夜は手拭いで覆われた目を実弥に向ける。その声は、普段の飄々としたものではなく、明確な怒気が溢れていた。

 

「そこの道端で拾ったんだァ。なんだ?お前の物かァ?」

「いや別に」

「なら口出しすんな。で、坊主。鬼がなんだって?鬼殺隊として人を守る為に戦える?」

 

実弥は白い歯を剥き出しにして嗤うと空いてる手で刀に手をかける。

 

「そんなことはなァ!ありえねぇんだよバカがァ!」

 

実弥はそういうと刀を抜き放ち、箱に突き刺した。すると中から赤い血が吹き出し、苦しそうな呻き声が聞こえてきた。

そしてそれを見た炭治郎は激昂し、手を拘束されたまま立ち上がった。

 

「俺の妹に手を出す奴は!柱だろうがなんだろうが許さない!」

「へへ、そうか良かったなァ!」

 

実弥が刀を箱から抜くと炭治郎は叫びながら走り出した。

 

「やめろ!もうすぐ御館様がいらっしゃるぞ!」

「っ」

 

義勇のその言葉に一瞬実弥は怯んだが、迫りくる炭治郎にすぐに意識を戻し刀を振った。

しかし炭治郎はその刀を飛んで躱すと実弥の頭に自らの堅い頭を打ち付けた。

 

「ぶっ」

 

頭突きを受けた不死川は鼻血を出して倒れ、炭治郎は禰豆子のいる箱の前に立ち塞がった。

 

「……冨岡が横槍をいれたとはいえ、あの不死川に一撃を入れた」

 

その事実に僅かながら柱の面々は驚愕する。実弥は柱故に実力は折り紙付きである。そのためその不死川に癸の隊士が一撃を入れることなど階級的にはほぼ有り得ない。だからその場にいる全員が僅かながらも驚愕した。

 

「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないのなら、柱なんて辞めてしまえ!」

「て、めぇ!ぶっ殺してや」

「はいちょっと失礼するよ」

 

実弥の殺意の篭った声を遮るようにして遠夜は前に出て、そして炭治郎の腹を思いっきり蹴飛ばした。

吹き飛ばされた炭治郎は伊黒が寝そべる松の木に当たって止まり、咳き込んだ。

 

「無道ォ……なんのつもりだァ」

「別に。ちょいと説教をね」

 

遠夜は箱を回収すると、炭治郎に向けて歩いていく。

 

「む……無道さん」

「少年、君がどういう人生を歩み、そしてどんな鬼に会ってきたかは知らない。だがな、少なくとも俺達は皆善良な鬼に遭遇したことは無い、一度もな。見分けなんてつくわけないの。それにな少年、ここにいる彼等は君よりもはるかに色んな鬼と遭遇し、そして人々を守ってきた。だからこそ柱足り得る。だからな、お前程度が簡単に辞めてしまえなんて言う権利は、無い」

「…………」

 

遠夜の言葉と威圧感に屈したのか、炭治郎は実弥を睨みつけたまま黙った。そんな炭治郎の様子を見て遠夜は箱を縁側付近に置いた。

 

「無道ォ、てめェ」

「あのまま放置してたら、貴方あの少年のこと殺してたでしょ」

「殺してなにか問題があんのかァ?」

「それを決めるのは俺達じゃないでしょう。冨岡さんが言ってたようにもうすぐ御館様がいらっしゃいますから、決めるのはその時でいいでしょう」

 

遠夜は先程のような怒気の篭った声ではなく、普段の飄々とした声に戻っていた。

 

座敷から二人の人影が現れる。当主、産屋敷輝哉の長女と次女だった。

 

「御館様の、御成です」

 

その言葉と同時に座敷の奥から一人の人影が現れる。鬼殺隊の当主、産屋敷輝哉だった。

 

「よく来たね、私のかわいい剣士達」

 

輝哉は二人の娘に手を引かれながら縁側まで歩いた。そして日が当たるところまで来ると、見えない目を空に向け、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「おはよう皆、今日はいい天気だね。空は青いのかな?半年に一度の柱合会議で顔ぶれが変わらないのは嬉しいね。ああ、でも今回は緊急の会議だから前の会議からは半年経ってないね」

 

そう輝哉が言うと柱の面々は全員、輝哉の前に跪いた。遠夜は炭治郎に頭を下げるように手で示して炭治郎にも頭を下げさせる。

 

「御館様におかれましても御壮健でなによりです。ますますの五徳を切にお祈り申し上げます」

「ありがとう、実弥」

「畏れながら、柱合会議の前にこの鬼を連れた竈門炭治郎なる隊士について、ご説明いただきたいと存じますが宜しいでしょうか」

「そうだね、驚かせてしまってすまない。炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして、皆にも認めてほしいと思っていてね」

「…………ああ、例え御館様の願いであっても、私は承知しかねる」

「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊士など認められない」

「私は!全て御館様に委ねます!」

「僕は……別にどちらでも。すぐに忘れるので」

「…………」

「…………」

「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

「心より尊敬する御館様だが、理解できないお考えだ!全力で反対する!」

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊!竈門、冨岡、無道の処罰を願います」

「……まぁ、御館様に命じられたようにしますよ俺は」

 

過半数の柱が反対の意を申し出をし、数名は無言や中立といった立場の意思を示した。

そんな柱の面々を見て、輝哉は口を開いた。

 

「黒雨」

「はいはい、あっしの出番ですね」

 

陽明が突如として柱達の背後に現れる。相変わらず帽子に甚平、下駄に杖といった出立だった。

 

「なに⁈」

「いつの間に⁈」

「どもども、お久しぶりっす皆さん」

「黒雨、手紙を」

「はい」

 

陽明は懐から手紙を取り出し、そして読み上げた。

手紙は義勇と炭治郎の師である、鱗滝からのものだった。

 

その内容は、炭治郎と禰豆子が共に在ることを容認してもらうよう懇願するものだった。

禰豆子は、にわかには信じ難いほどの強靭な精神力で飢餓状態であっても人を襲うことはなく、そのまま二年以上の月日が経過した。

 

そしてもし、禰豆子が人に襲い掛かった場合、鱗滝、義勇、炭治郎の三名は腹を切って詫びるという内容だった。

 

「……切腹するからなんだというのです。死にたいのなら勝手に死に腐れよォ!なんの保証にもなりはしません!」

「不死川の言う通りです!人を喰い殺せば、取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

 

だが反対派の柱は認めない。人が死ねば取り返しがつかないことをよく知っているし、その思いを、痛みを体感したことがあるから。

 

「……確かにそうだね」

「では!」

「御館様!」

「人を襲わないという、証明はできない。保証もできない。だが、人を襲うという証明もまた、できない」

「っ!」

 

輝哉の言葉に、実弥は息を詰まらせる。

 

「禰豆子が二年以上も人を食わないでいて、なおかつ禰豆子のために三人の命がかけられている。これを否定したければ否定する側は、それ以上のものを差し出さねばならない」

「そもそもそれが事実として信じられない!二年以上も人を食わないで生きていける鬼が、いるとは到底思えない!」

「そこについてはあっしが保証しますよ。これは、あっし個人としてではなく情報屋という職に則っての発言ッス。なにか異論はありますか?」

「ぐ……」

「むぅ!」

 

柱の面々は皆、陽明の情報屋としての腕を知っている。情報屋として陽明が嘘や曖昧なことを言ったことは、これまで一度もない。故にこの言葉が事実であることを否が応でも突きつけられることになった。

 

「それに、皆には伝えそびれていたけど……炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

その言葉に全員が騒然とする。

 

「なに⁈この小僧が⁈鬼舞辻はどんな能力を持っていた⁈姿はどんなだった⁈根城は突き止めたのか⁈」

「……戦ったの?」

「おい、奴はどんな能力を使った。根城は突き止めたのか⁈おい答えろ!」

「黙れ!俺が先に質問している!まずは奴の能力をだな……」

 

一気に騒がしくなった現場を、輝哉は口に指を当てるだけで沈めた。

 

「……鬼舞辻はね、炭治郎個人にむけて追手を放っている。それは単なる口封じなのかもしれないが、私は初めて見せた鬼舞辻の尻尾を掴んで離したくない。わかってくれるかな?」

 

輝哉の言葉に場は静まり返る。輝哉の意思が、強い想いが理解できたからだ。

しかし、実弥だけは違った。無論輝哉の言葉は理解できる。それでも鬼への憎悪はそれを超えていた。

 

「わかりません御館様。人間は生かしていてもいいが鬼は駄目です。今まで俺達鬼殺隊がどんな想いで戦いどれだけの者が犠牲になったか。承知できない!」

 

そういうと実弥は日輪刀で自らの腕を切り、血を流した。それを見て陽明は呆れたようにため息を吐く。

 

「あーあーお庭汚しちやって。あとで掃除して下さいよ」

「陽明さんは黙ってて下さい。今から俺が証明しますよ!鬼という生き物の醜さを!」

 

実弥はその血を先程突き刺しできた穴に向けて流す。中からは苦しそうに呻く声と、箱を引っ掻くような音が聞こえてきた。

 

「禰豆子!」

「無理することはねぇ、お前の本性を見せればいい」

「不死川サン、そのやり方自体は反対しませんけど、日向では鬼は出てきませんよ」

「…………御館様、失礼仕る」

 

そういうと実弥は禰豆子の箱を持って座敷の日陰の方は飛んだ。

箱を転がすと、実弥は再び刀を箱に突き刺す。

 

「っ!禰豆子!」

「ほぅら出てこい鬼ィ。お前の本性を見せてみろォ!」

「やめろぉ!」

 

頭を下げていた炭治郎は起き上がり、そして実弥に向かっていこうとした。

 

「ごっ!」

 

しかしそれは伊黒の技によって阻止された。凄まじい力がかかっているわけではないが、それにより炭治郎は息をすることすらままならなくなって。

 

(息が、できない!)

 

実弥はそんな炭治郎の様子を気に留めることなどせず、刀の鋒で箱の扉を開ける。

中から姿を現したのは、少女の鬼。竹の猿轡をつけて、怪我を負わされたことと目の前に人の血があることによる極度の飢餓状態故に口からは絶えず涎が出ている。

 

「どうした鬼ィ、欲しいだろう?来いよォ」

 

鬼……禰豆子は極度の飢餓状態であるにも関わらず実弥の血を目の前にしてもまだ襲いかかる様子は見せない。普通の鬼ならば既に襲いかかって、そして実弥に斬られているだろう。それを屈強な精神で抑え込んでいることに遠夜は関心した。

 

(ここまで精神力が強いとは、な)

 

実弥は稀血だ。いや、稀血を遥かに超える鬼を酩酊させるほどの希少な血故に飢餓状態で、至近距離で実弥の血を前にして耐えることなど、どれほどの精神力がいるのかは想像を絶する。

 

感心する遠夜の横では炭治郎が伊黒に抑えられており、それをどうにか抜け出そうと炭治郎はもがいていた。

 

「伊黒さん、強く抑えすぎです」

「動こうとするから強くなるだけだ。こいつが動こうとしなければ、もう少し緩めるさ」

「……竈門くん、肺を圧迫されている状態で無理に呼吸を使おうとすれば血管が破裂しますよ」

「血管が破裂!いいな派手な響きで!いいぞ破裂させろ!」

「脳みそまで派手に筋肉になってんすかねぇ」

「おい無道!地味に聞こえてるぞ!」

「ああ……なんという弱く哀れな子供……南無阿弥陀」

 

柱がそんなやり取りをしている中、まだ禰豆子は耐えていた。

 

「ふぅー、ふぅー!」

 

息を荒くし、手は強く握りすぎて血を流しながらも本能に抗い続ける。身体はどうしよもなく血を求めるが、それでを全ての精神力を費やして抑え込む。

 

「ああああ!」

「なに?」

 

そんな禰豆子を見た炭治郎は無理矢理腕に力を込めて拘束していた縄を引きちぎり、縁側へと近寄る。

 

 

「禰豆子!」

 

 

炭治郎の呼びかけに禰豆子は目を見開く。

 

そして脳裏に映るのは、家族の光景。

 

 

忘れてはいけない。人は、守り、慈しむものであると。

 

忘れてはいけない。自分のために、命を掛けてくれている人たちがいることを。

 

忘れてはいけない。自らが、『人』として生きていくために。

 

 

理性を完全に取り戻した禰豆子は実弥の腕から目を逸らす。まるでそんなものはいらないとでも言うように。

 

「なっ」

 

程度に違いはあれど、少なからず柱達は皆驚愕した。実弥という稀血を完全に拒否することができる鬼ならば、今後人を襲うことは無いに等しいと言える。そんな鬼が、実在するとは思えなかったが、目の前に現実として突きつけられれば認めざるを得ない。

 

「どうやら、結論は出たようだね」

 

二人の娘に事態がどうなったかを聞くと、輝哉はそう言って柱達に向き直る。

 

これで、禰豆子が人を襲わない証明ができたね」

「……はぁぁ」

 

禰豆子が無事に耐え切ったことに炭治郎は安堵の息を吐いた。

 

「炭治郎」

「は、はい」

「それでも、禰豆子のことをよく思わない者は必ずいる。だから証明しなければならない。二人が鬼殺隊として戦えることを、役に立てることをね」

「っ!」

「炭治郎、十二鬼月を倒しておいで。そうしたらみんなに認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

「……俺は、俺と禰豆子は、鬼舞辻無惨を倒します!俺と禰豆子が、悲しみの連鎖を断ち切る刃になります!そのために、刃を振るいます!」

「いい心がけだね。でも今の炭治郎には無理だから、まず十二鬼月を倒そうね」

「はっ、はい……」

「鬼殺隊の柱は、当然抜きんでた才能がある。血を吐くような訓練で自分を叩き上げ、十二鬼月をも倒している。だから柱は尊敬され、優遇される。炭治郎も口の利き方には気をつけようね」

「は、はい」

「それから実弥、小芭内、あまり下の子に意地悪をしないこと」

「御意」

「……御意」

「それと遠夜」

「はっ」

「会議の後、話がある。私の部屋に来ておくれ」

「……御意」

「じゃあ炭治郎の話はこれでおしまい。下がっていいよ」

 

輝哉の言葉にしのぶは一つ申し出をした。

 

「でしたら竈門くんは私の屋敷でお預かりしましょう。はーい、連れて行ってくださーい」

 

そう言ってしのぶが手を叩くと隠の隊士が現れ、凄まじい勢いで炭治郎と禰豆子を回収してその場から去っていった。見たところ、相当柱に対して畏怖の感情が強いらしい。

 

「じゃあ、柱合会議を……」

「ちょっと待って下さい!」

 

輝哉の言葉を遮って連れて行かれたはずの炭治郎の声が響く。何事かとそちらを見ると、炭治郎が走ってきていた。

 

「……なんだあれ」

「さぁ」

「そこの、傷だらけの人に頭突きをさせて下さい!」

「……本当になんだあれ」

「……さぁ」

 

事態を飲み込めず天元は小さくツッコミをいれるが、なんなのかわかっていない傍らにいる遠夜はただただ呆れるしかできなかった。

 

「禰豆子を刺した分だけ!絶対に頭突きをしたいです!頭突きなら、隊律違反にならないでじょっ!」

 

騒ぎ立てる炭治郎は無一郎の飛ばした小石を当てられて炭治郎は崩れ落ちる。

 

「……御館様の話を遮ったら駄目だよ」

「も、申し訳ありません時透様!」

「申し訳ありません御館様!」

 

勢いよく謝ると隠の隊士は炭治郎を担いで走っていった。

 

「炭治郎、珠世さんによろしく」

 

最後の輝哉の言葉に炭治郎は目を見開き、他の柱(遠夜と陽明を除く)は首を傾げたが、輝哉は説明することはしなかった。当たり前といえば当たり前ではあるが。

 

「じゃあ、柱合会議をはじめよう」

 

輝哉は柱達を中に入るよう促し、柱達はそれに従った。

 

 

ーーー

 

 

「以上が報告だね。皆の報告にあるように、今まで以上に鬼の被害は増えている。鬼殺隊士も増やさないといけないが、皆の意見を聞きたい」

 

輝哉が全員の報告を聞き、そう結論づけて柱に意見を促す。

 

「……今回の那田蜘蛛山の件ではっきりした。隊士の質が信じられないくらい落ちている。ほとんど使えない。なにより育手の目が節穴だ。使えるやつと使えないやつの見分けくらいつくかと思ったんだが……」

「さっきの奴はなかなか使えそうだがなぁ。不死川に一撃を入れていたし、見込みがある」

「ケッ……」

「人が増えるほど、組織における制御統制は難しくなっていきます。今は随分、時代も様変わりしていますし」

「愛する者を惨殺され入隊した者、代々鬼狩りをしている優れた血統の者以外に、それらと同等の結果を求めるのは残酷だ」

「それにしても、先程の少年は入隊して間もなく十二鬼月と接触しているとは!引く力が強いように感じる!あまり合い見えない我らからしても、羨ましいものだ!」

「……そうだね。しかし、これだけ下弦の伍が動いたということは、那田蜘蛛山近辺に無惨はいないのだろうね。無惨は隠したいものがあると騒ぎを起こして巧妙にそちらに注意を逸らすからね。もどかしいものだ」

 

そこで輝哉は一度言葉を切る。

 

「しかし、鬼共は今ものうのうと人を喰らい、力をつけ、生きながらえている。死んでいった者達のために、我々がやることは一つ。

……今、ここにいる柱は、始まりの呼吸の使い手の剣士達以来の精鋭が集まったと確信している」

 

 

「宇髄天元」

 

「煉獄杏寿朗」

 

「胡蝶しのぶ」

 

「甘露寺蜜璃」

 

「時透無一郎」

 

「悲鳴嶼行冥」

 

「不死川実弥」

 

「伊黒小芭内」

 

「冨岡義勇」

 

「無道遠夜」

 

 

「私のかわいい剣士達、皆の活躍を期待している」

 

 

輝哉のその言葉で、緊急柱合会議は締め括られた。

 

 

ーーー

 

 

柱合会議後、遠夜は輝哉の妻、あまねに連れられ輝哉の自室に訪れた。

 

「御館様、無道様がお見えです」

「入っていいよ」

「失礼します」

 

輝哉は変わらず穏やかな雰囲気を纏ったまま、遠夜を待っていた。

 

「よくきたね」

「いえ。して、私になんのご用が?」

「そうだね、まずは任務に関することから。遠夜には、少し調べてほしい場所があってね」

「……潜入、ですか」

「そうなる。隠の隊士にも潜入をさせているんだけど、隠では手掛かりが掴めない。だから遠夜に調べてほしい」

「そうするだけの価値のある場所、というわけですか」

「そうだね。ここには、多分十二鬼月がいる。もしかしたら……」

「上弦、ですか」

「上弦、または下弦の上位がいると私は思っている」

「承知しました。潜入任務、必ずや成し遂げてみせます」

「頼んだよ。それで、潜入する場所なんだけど」

 

そういって輝哉はあまねに目配せをすると、あまねは隠しの調査資料を遠夜に手渡した。

それを受け取った遠夜は手拭いを少しずらしてそれを見た。

 

「っ……」

 

それを見た遠夜の目は大きく見開かれ、動揺が輝哉に伝わってくる。動揺を感じ取った輝哉は悲しげに目を伏せた。

 

「できることなら他の者に頼みたかった。でも鬼の手掛かりが全く掴めないのに他の者をいかせるのは少し時間がかかりすぎてしまう。だから索敵が得意な遠夜にお願いしようと思った」

「……へぇ」

「すまない、他意は無かったんだ」

 

輝哉はそう言って遠夜に頭を下げる。

 

「わかってます。ここ、そんなにきな臭いんですか?」

 

そう言う遠夜の気配は既に普段の掴み所のないものに戻っていた。

 

「うん。色々と不可解な点が多くてね。人が消えたり、遺体が返ってこなかったりと黒い噂は絶えない。でも隠が調査した範囲では中ではなにも起こってないんだ。それに噂は噂でしかないのか、実際に被害に遭ったって人はいない。表面上はただの病院に見える。でも、それだけではないと思うんだ。だから遠夜に調べてほしい」

「……わかりました。実際、ここ調べるなら俺以上に適任はいないでしょう」

「実際に潜入するのは色々と準備がいる。こちらも支援するための体制をつくるために少し時間がほしい」

「構いませんよ。俺も、少し時間が必要ですから」

「ありがとう。詳細は決まり次第連絡するね」

「御意」

「会議の後にすまないね。あともう一つ」

「はっ」

「禰豆子のことだ」

 

その言葉にわずかに遠夜は眉を動かす。

 

「成り行きかもしれないけど、君も義勇と共に禰豆子を助けた。だから禰豆子に関して、君もちゃんと責任を取る必要がある」

「…………」

「でも、禰豆子のことに関して君は命を賭ける必要はないと思うんだ。君が命を賭けるべき場所は、他にある(・・・・)だろう?」

「…………」

「だからね、もし禰豆子が人を襲うような事態になってしまったら、遠夜は黒雨の後釜についてもらうことにしたよ」

「はぁ。そんなのでいいんですか?」

「うん。鬼殺隊を一時的にでも混乱させたんだ。残りの人生を全て鬼殺隊のために使ってもらう。いいね」

 

その言葉には優しさとともに明確な強さが込められていた。輝哉にとってこれが落とし所だと判断した結果であり、代案を遠夜が出せない以上、遠夜はこれを拒否することはできない。事実成り行きであったが、自らが行った行為に対して何かしらの形で責任を取る必要はあったため遠夜にこれを拒否する権利は無い。尤も、あったとしても拒否しなかったであろうが。

 

「異論があるなら聞こう」

「異論はありません」

「なら下がっていいよ」

「御意」

 

頭を下げて遠夜は輝哉の自室を後にした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「遠夜」

 

輝哉の自室を後にし、産屋敷邸を歩いていると背後からしのぶが声をかけてきた。考え事をしていたためか遠夜はしのぶの気配に全く気づくことができなかった。

 

「おっと、しのぶか」

「あら、随分なご挨拶ですね?どうせ気配で気づいていたのでしょう?」

「いや、今は全く気づかなかった」

「あら珍しい。なにか考え事でも?」

「ちょいとな」

 

肩を竦める遠夜に普段とは違う気配を感じたしのぶは、先程まで遠夜が輝哉に呼ばれていたことを思い出した。

 

「御館様になにか言われたのですか?」

「次の任務について言われただけだ」

「御館様から直接任命される任務、ですか」

 

遠夜の言葉に少しだけしのぶは表情を曇らせた。輝哉から直接任命される任務は総じて難易度が高い。柱故にそのように難易度の高い任務を任されることも多々あるのだが、それでも直接任命される任務は別格に難易度が高い。無論しのぶもそのような任務に就いたことがあるが、非常に苦労した記憶がある。

 

「どのような任務なのですか?」

「潜入だとさ。ただ誰かになりすましたりするんじゃなくて、夜とかに忍び込むのがいいだろうな」

「どこに潜入を?」

「病院」

「病院?」

「ああ。房総の方にあるでっかい病院よ。そこがきな臭いが、なかなか尻尾を出さないらしいから俺が直接いって確かめて欲しいとさ」

 

普段通り飄々とした態度に言葉。いつもと変わらないと他の柱なら判断するだろう。しかし昔から馴染みのあるしのぶはどこか違うことを察した。このわずかな変化に気づけるのはしのぶと輝哉くらいだろう。生きていれば、日永やカナエも気づいただろうが。

 

「……遠夜」

「ん?」

「その任務の資料って、私が見ても大丈夫?」

「…ああ、極秘とかは言われてないし、大丈夫だろ。なんか心当たりでもあんのか?」

「いいえ、ちょっと気になって。潜入先が病院なら医療関係者として助言くらいはできるかもしれないし」

「そいつはありがたいねぇ。ほい」

 

遠夜は懐から取り出した資料をしのぶに渡した。

 

渡された資料に目を通すと、潜入先は房総半島の中央部付近にある『黒条総合病院』という日本の中でもかなり大きな病院らしい。

隠の隊士が潜入しているが、有効な手掛かりは無く、院長や医師、看護師全員と接触してみたが鬼らしき気配は無かったとのこと。

 

「資料を見る限り、柱が行くほどの案件とは思えませんね」

「そうだな。でもまぁ、御館様が行かせるんだからつまりそういうことなんだろ」

「院長は……黒条月慈さんという方ですね」

「……へぇ」

「……遠夜、なにか隠してますね?」

 

幼い頃から付き合いのあるしのぶは遠夜の僅かな変化に気がつくことができた。他の人が見たら確実に気がつけないほどの、ほんの小さな変化。それを見抜くことができる人は、恐らくしのぶの他には輝哉か日永、そして陽明くらいだろう。

 

「さぁ?なんのことやら」

「貴方がそう言う時は大体なにかある時です。昔からそうなんですから」

「へえ?俺のことよく見てるんだな」

「なっ!」

 

遠夜の言葉にしのぶの顔は一気に熱くなる。そういうつもりで言ったわけではないのかもしれないが、今の言い方ではまるでしのぶが遠夜のことをよく目で追っているように聞こえる。間違ってはいないが、それはあくまで監視としてだ。基本問題児の遠夜はなにをしでかすかわかったものではない。だから監視しておく必要があるため、しのぶはよく遠夜のことを見ていた。

だが聞く人が聞けばそれは遠夜を異性として意識しているから目で追っているように聞こえる。恐らくこの場に甘露寺がいた場合、そのように解釈するだろう。

決してそういう意図はない。自らにそう言い聞かせながらしのぶは遠夜を睨む。

 

「貴方は問題ばかり起こすから監視しているだけです!」

「見てることは否定しないのかよ」

 

実際見ているため否定することはできないが、これだと本当にしのぶが遠夜のことを異性として意識しているように聞こえるためそういう経験のないしのぶは更に顔を赤くする。

 

「〜っ!貴方がもう少し素直ならわざわざ見たりしないわよ!」

「くく、おいおい。口調が戻ってるぜ?」

「うるさいわね!遠夜が変な言い方するからでしょ!」

「ん〜?なんのことだ〜?どんな解釈したんだ〜?わからね〜なぁ〜」

 

完全に煽りに来ている遠夜にどんどん怒りが溜まっていくが、ここで下手に口を出すと余計羞恥が重なるだけであると冷静な思考は判断し、深呼吸することで怒りを抑えようとした。

 

「ふぅー、ふぅー」

「感情を制御できないのは未熟者ってな」

 

その言葉にしのぶは完全に我を忘れた。

 

「誰のせいよ!」

「ぐふ」

 

しのぶの全力の飛び蹴りが遠夜の顔に突き刺さった。怒りのあまりに普段人にやるような威力以上の、それこそ鬼相手にするのと同等の力でやってしまった。

 

「あっ」

 

冷静になった時にはもう遅く、遠夜は鼻血を流して倒れていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「…………」

 

気がつくと蝶屋敷の病室だった。

ズキズキと痛む鼻にはガーゼが詰められており、そのガーゼは血に染まっていた。さらには後頭部も痛む。触ってみると傷はないが、僅かに腫れているのがわかる。たんこぶができているようだった。

いくらしのぶの飛び蹴りが強いとはいっても、遠夜とて柱。人間の飛び蹴りで意識が飛ぶようなことはないが、どうやらしのぶの飛び蹴りで仰け反り勢いよく後ろへ倒れた時に頭を強く打ち付けてしまったため意識が飛んでしまったのだろう。

 

「いてて……」

「あ、起きましたか」

 

起き上がると、近くにいた蝶屋敷の看護師として働く神崎アオイが声を掛けてきた。

 

「お〜、アオイか」

「無事に目が覚めたようでなによりです」

「無事って言っていいのかこれ」

「一応検査はしますけど、こぶができた程度で他は異常なさそうなので無事でしょう」

「だといいねぇ。おー、痛」

「しのぶ様を煽るからですよ。元々あまり煽り耐性のある方ではないことくらい、無道様ならわかるでしょう」

「反応いいからねぇ。つい煽りたくなっちまう」

「ただ煽るならともかく、あの煽り方(・・・・・)は駄目です。その手の話にしのぶ様は恐らくあまり耐性が無いでしょうから」

「くく……あの歳で初心ってのも面白い。ま、鬼殺隊にいる以上仕方ないかもしれんがな」

 

反省の色が全く見えない遠夜にアオイは呆れたようにため息をつきながら額に手を当てる。この男はわかっていながら(・・・・・・・・)やっているとなんとなく察しがついた。

 

「そんな馬鹿みたいなことでベッドを占領しないでほしいんですけど」

「ならその辺に転がしておけばよかったのによ」

「仮にも患者なのでそんなことはしません。そんな理由で患者にならないで下さいね」

「へーい」

「本当にわかっているのですか?」

「はいはい。ところで俺の手拭いどこ?」

 

起きた時から手拭いがなかったため、今は気配ではなく視覚を使ってアオイと会話をしている。

 

「しのぶ様が預かっています。無道様が倒れた際に少し汚れてしまったようなので」

「そうかい」

 

遠夜はベッドから降りて近くにたたんであった紫の羽織りを着て、首を鳴らした。

 

「行かれるのですね」

「まーね。この程度の傷なら絶対安静とか言わねーだろ?」

「はい。ですが軽い脳震盪を起こしていたので今日は激しい運動はしない方がいいと思います」

「ま、そのくらいは仕方ないか」

「ではまた」

「ん」

 

そう言って遠夜は病室を後にし、その後ろ姿を見送ってからアオイは作業に戻った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

気配を辿っていくと、しのぶは自室にいるのがわかったため遠夜は自室を訪れた。

 

「しのぶ」

「入って大丈夫ですよ」

「失礼」

 

仮にも女性であるため最低限気を使って声をかけると普段の口調に戻っているしのぶの声が聞こえた。

入室許可が得られたため襖を開くとしのぶは普段の隊服、羽織りの姿だったが、髪は下ろしていた。

 

「起きたんですね」

「おかげさまでよく眠れたよ。いい蹴りだった」

 

思いっきり皮肉を言う遠夜から目を逸らしてバツが悪そうにしのぶは口を開く。

 

「……その、かっとなってしまったとはいえ…やり過ぎてしまいました。ご、ごめんなさい」

「いい。面白かったから」

「……はぁ、本当に昔からそういうとこは変わりませんね」

「お前も生真面目なのは変わらんな」

「そんなことを話に来たわけではないのでしょう?」

「ああ。手拭い、しのぶが持ってるって聞いたから」

「綺麗に洗いました。今は乾かしているところですので、もう少し時間を下さい」

「そうか。んじゃそれまでしのぶの研究資料でも見せてもらおうかねぇ」

「はいはい、どうぞ……って、え?」

 

遠夜の言葉にしのぶはキョトンとした顔をした。

 

「ん、なに」

「え、いや……結構専門知識盛り沢山の資料なんで、専門知識のない方が読んでもわからないと思うのですが」

「薬学の知識なら、それなりにある。昔勉強したからな」

「え」

「さすがにかなり前だから抜けてる知識もあるだろうけど」

 

そういいながら遠夜は既にしのぶの研究資料を開いて読み始めていた。

 

「どこで習ったのですか?」

「昔、兄貴(・・)と一緒に勉強した」

「ああ…日永さんと勉強したのですね」

 

遠夜はその言葉に返すことなく資料を読み進める。

 

その様子を見てしのぶはふと、遠夜の素顔を久しぶりに見たことを思い出した。

 

(最後に見たのは……いつだったでしょう)

 

初めて見た時の印象が強く、まだあの日の『恐怖のような』感情は残っていたためあまり素顔を見ようとしてこなかったが、こうして見ると比較的整っているのがわかるが、所謂平凡な顔だといえる。

髪は短く整えられており、義勇とは違い多少気は使っているのがわかるが、それでも女性のしのぶから見ればまだ雑の域はでないものだった。

瞳の色は青味がかかった漆黒であり、どことなく不思議な色だ。

やはりあの日と同じようにどこか濁っており、感情は読み取れない目をしていた。

 

(……あの日から、貴方は変わらないのね)

 

本心を見せることなく、誰も信じることをしない。日永に遠夜のことを託されたのに遠夜のことを未だに変えることができない事実に僅かながらしのぶは無力感を感じて遠夜の顔をじっと見つめた。

 

「……なんだよ」

 

遠夜はその視線に気がついてしのぶのことをジト目で見た。

 

「なーんにも」

「なんだそりゃ」

「貴方の真似ですよ」

「おっと」

「……なにか、気がつく点はあった?」

「もうちょい読まないとさすがにわからん」

「それもそうね。少し席を外すわ。竈門くん達の薬の時間なので」

「そうか。もう少し読ませてもらうわ」

 

遠夜はそう言って資料を読み漁ることに戻る。

それを横目にしのぶは立ち上がり、自室を後にする。

 

 

 

最後に襖を閉じる時に見えた遠夜の瞳は、変わらずなんの感情も宿していなかった。

 

 

 

 





次回は炭治郎達との絡み多め。


その後はオリジナルシリーズ。
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