蝶の影   作:木材

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あけましておめでとうございます











「ぎゃああああ!」

 

頸を斬られ、断末魔を上げながら斬られた頸が地面に落ちる。

 

「いって……ちょーっとてこずったな」

 

血が流れる傷口に軟膏を塗って止血を施す。傷の数は多いが一つ一つの傷は浅く、致命的なものはない。しかし傷の量が多いため失血量は少し多い。

 

「く、くそが!もう少しで、もう少しで俺は十二鬼月になれたかもしれないのに!」

「…………」

「お前さえ!鬼狩りさえ来なければ!」

「煩えよ」

 

消えかけてなお喚き散らす鬼の言葉を聞くことが億劫になった男は刀で鬼の頸を斬る。斬られた鬼はなにも言葉を発することなく、完全に消え行く最後まで男のことを睨み続け、そして最後にはその鬼がいた痕跡は跡形もなく消えた。

男は刀を振って血切りをすると、刀を鞘に収めた。

 

刀を収めるのとほぼ同時に山の隙間から光が漏れる。

 

「……朝か」

 

夜の闇は太陽の光によって消え、日輪に照らされた空は青く染まっていく。

 

太陽が登りはじめてなお、未だに沈まない月が空には浮かんでいた。

 

目元を覆う手拭いを少しずらしてその月と太陽を見る。男にはその二つの存在がとても大きく思えた。

 

「……遠いな」

 

男……遠夜の瞳には、顔を出した日輪が映された。

 

 

 

その光があまりにも眩しくて、遠夜は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禰豆子達の処遇が決まってからニ週間以上が過ぎた。

 

遠夜は任務を終えて蝶屋敷への道を歩く。

今回の任務では鬼の数が多く、遠夜は僅かながら負傷した。そのため普段から持ち歩いている軟膏を塗って治療したが、それを最後に軟膏を使い果たした。無くなった軟膏を補充するために、遠夜は蝶屋敷へと訪れた。

 

「……なんか、騒がしいな」

 

しかし遠夜が蝶屋敷に到着すると、屋敷から感じる気配は多く、それによく耳を澄ますと騒がしい声が聞こえる。

事前に烏による連絡を入れたからしのぶを怒らせるような事はしたつもりはないと考えた遠夜は思考を巡らせる。

 

「……ああ、そういえばあの少年いるのか」

 

そこで遠夜は負傷した炭治郎が蝶屋敷にいることを思い出す。気配から感じる限り、どうやら炭治郎だけではないようで、猪の頭を被った少年の他にもう一つ気配がするためもう一人いるようだ。

 

「動いてるってことは、機能回復訓練か」

 

任務が終わったばかりであるため時間に余裕のある遠夜は後で訓練風景でも覗きに行こうと考えながら蝶屋敷の門をくぐった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「遠夜」

「よ」

 

玄関から入るとしのぶが遠夜を待っていた。

 

「用件は伝えた通りだ。前と同じ軟膏が欲しい」

「ええ、聴いてます。少し調合に時間をいただけたらすぐに補充しますよ」

「助かる。任務明けだから時間あるし、テキトーに頼むわ」

「はい。じゃあ好きに待っててください」

 

そういうとしのぶは軟膏入れを持って調合室へと向かっていった。

手持ち無沙汰になった遠夜はやることもやれることもないため縁側でぼんやりしていようかと考えた。

だがそこで先程感じた気配のことを思い出した。

 

「ちょっと見に行くか。冷やかし程度に」

 

そう言って遠夜は足を道場の方に向けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

道場に着くと、ちょうど炭治郎がカナヲに転ばされたところだった。

 

「いたた……」

「おう少年、やってるな」

「あ、無道さん……」

「どうやらカナヲにしてやられたみたいだな」

「ええ……全然捕まえられなくて……」

 

今炭治郎がやっているのは機能回復訓練の一つである単純な鬼ごっこの全身運動だ。追いかける側と追いかけられる側を交互に行い全身を動かす感覚を思い出させるための訓練である。

一般人相手なら炭治郎が負ける道理はないが、相手はしのぶの元で数年訓練を積んだカナヲである。既に全集中『常中』ができるため炭治郎よりも遥かに身体能力が高い。加えてカナヲは目が良いため炭治郎の安直な動きを見切ることなど造作もない。

故に炭治郎がカナヲに勝つためにはまず全集中『常中』を習得しないとお話にならない。習得してからも少し訓練を積んで呼吸を上手く扱えるようにならねばならないため、炭治郎が機能回復訓練を終えるには少し時間が必要だろう。どんな天才でも一朝一夕で全集中『常中』は身につかない。二ヶ月足らずで柱に至った無一郎ですら『常中』の習得には少し時間がかかった。

 

「うう……どうやったら勝てるんだ……」

「残念ながら少年はまだ頭を使う前の段階だ」

「無道様、いらしてたのですね」

「よ、アオイ。ちょいとしのぶに用があったんでな」

 

軽く手を上げてアオイに挨拶をする。カナヲは相変わらず無口で遠夜に視線を向けるだけだったため遠夜も声はかけずに手を軽く振るだけにした。

 

「頭を使う前の段階って……」

 

床に座り込んだまま炭治郎が遠夜に聞いてくる。

そんな炭治郎相手にくつくつと笑いながら遠夜は皮肉げに答えた。

 

「まだカナヲと競う前の段階だって言ってんの」

「そんなぁ……」

「そう凹むな。とりあえず、少年はあの三人娘から少し話を聞け。あいつら、蝶屋敷(ここ)来てからそこそこ時間経ってるから色々知ってるぜ。知識だけならお前よりもあるかもな」

「そうなんですか?」

「ああ。後で聞いてみ。カナヲ」

「…………」

 

遠夜はカナヲを呼ぶが視線を合わせるだけで返事はしない。

 

「今暇なんだ。ちょいと付き合え」

 

そう言って遠夜はカナヲに木刀を投げた。カナヲはそれを難なく掴むと木刀を不思議そうに眺めた。

 

「ほれどうした?打ち込んでこい。暇つぶしがてらに稽古つけてやらぁ」

「…………」

 

カナヲは答えることはしなかったが、無言で木刀を構えた。

 

「え、でも無道さんの木刀は……」

「いらん」

「えええ⁈危ないですよ!」

「凡人とはいえ、一応柱だぜ俺。まだまだ負けんよ。お前にも、カナヲにもな」

「…………」

「来い」

 

カナヲは返事をすることなく木刀を持って遠夜に向かっていった。

迷いなく振り切られた木刀を難なく頭を下げて回避。続け様に振り下ろされてきた木刀も横に回避する。止まることなく連続で振られる木刀を無駄のない最小限の動きで回避し続ける。

 

「す、すごい」

 

炭治郎は目で木刀を追うことはできるが、あそこまで綺麗に回避することはできない。遠夜は羽織を掠らせることすらさせずに回避し続けている。だが炭治郎では防ぐ工程を入れないとここまで耐えることはできないだろう。

 

「おーおー速くなったなぁ。さすがしのぶ、教えるのが上手い」

「…………」

「でもまだまだだなぁ。お前……いや、お前達(・・・)ほど素質があれば俺なんぞあっという間に抜かせるのに、まだこの程度か」

「…………」

「さすがに、まだ経験不足か」

 

そういうと遠夜は振り下ろしてきた木刀を蹴りで上に弾き飛ばし、さらにその勢いをそのまま利用してカナヲを蹴り飛ばす。その蹴りを腕で防いだカナヲは距離を取って体勢を立て直す。打ち上げられた木刀は遠夜の手に収まった。

 

「悪くねーな。だが身体の使い方がまだまだできてない。上半身と下半身で動きにズレがある。呼吸も、発展途上ってとこだな」

「…………」

「次手ぇ抜いてきたら吹っ飛ばすからその気でいろ。いいな」

 

そう言って遠夜は木刀をカナヲに投げた返した。

 

「…………」

「返事くらいできないもんかねぇ。まーいいや、来い」

 

再びカナヲは遠夜に迫る。先ほどよりも数段速い攻撃が遠夜を襲うが、それを回避する。

 

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

 

淀みなく放たれた九連撃は確実に遠夜を捉えにかかる。

 

「っと!」

 

しかし花の呼吸の全ての型を知っている遠夜は連撃の隙間を縫ってカナヲの横を通り過ぎて回避する。

 

「……!」

 

目のいいカナヲはそれを見切り、回避後隙のある遠夜に追い打ちをかける。

 

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 

続け様に放たれた波状攻撃も木刀の側面を撫でるようにして受け流す。

 

「いいね、今のは避けきれなかった」

「…………」

 

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 

「そいつは悪手だ」

 

迫ってきた木刀を完璧なタイミングで遠夜は掴んだ。

 

「!」

「もう一回、徒の芍薬なら腕で防がせることもできた。今は攻撃の鋭さよりも厚みを大切にすべき状態だったな」

 

そう話す遠夜の顔面に向けてカナヲの蹴りが放たれるが、それを木刀を掴んでいない方の手で防ぐ。

 

「いい追撃だ」

 

足を掴んだまま遠夜はカナヲを道場の壁に向かって放り投げるが、空中で体勢を立て直したカナヲは激突することなく着地する。

 

「よし、じゃあもういっ」

「なに勝手に遊んでいるのですか」

「へばっ」

 

突如、背後から現れたしのぶの投げた瓢箪が遠夜の頭に直撃した。瓢箪は遠夜の頭に当たった後、綺麗に炭治郎に飛んでいき、炭治郎の手に収まった。

 

「人に仕事を頼んでおいて貴方自身は好きに遊んでいるとは、いい度胸ですね」

 

笑顔のまま底冷えするような声を発するしのぶに炭治郎は怯えを隠すことができない。

 

「竈門くん」

 

そんな状態でしのぶに話しかけられた炭治郎は濡れた子犬のように身体を震わせた。

 

「は、はい!」

「そんなに怯えないで下さい……遠夜(この馬鹿)になにかされましたか?」

「い、いえ!なにも!」

「そうですか、なら良かったです。カナヲもなにもされていないわね?」

「…………」

 

返事はしないが、カナヲはしのぶの目を見て頷いた。

 

「じゃあ私はこれを借りていきます。竈門くん、訓練頑張ってくださいね」

「は、はい……」

 

遠夜はしのぶに首根っこを掴まれ、引き摺られながら消えていった。

 

「……アオイさん」

「……続けましょうか」

 

いたたまれないような気持ちになった炭治郎はアオイに目を向けたが、アオイは何事もなかったように訓練を続けるように言った。その目が虚だったことを炭治郎は見ないことにした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「よっと」

「へぶ」

 

引き摺られてきた遠夜はしのぶに放り投げられて顔面から撃墜した。

 

「おい、医者が患者増やそうとすんな」

「遠夜にはちょうどいいでしょう?頭が良すぎるのも考えものなので少し馬鹿になるくらいが丁度いいです」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしろやヤブ医者」

「お黙りなさい問題児」

 

遠夜は肩を竦めてしのぶに向き直る。

 

「で?どーしたんだよ。調合するとこからやるならもう少しかかると思ったんだけど」

「ええ、そうですね。実は調合に必要な分の薬草が不足してしまっていて、軟膏が調合できないんです」

 

その言葉に遠夜は目を丸くする。しのぶは昔から几帳面であったため補充のし忘れなどそう無い。片手で数えられる程度のものだったから遠夜は珍しいこともあるものだと考えた。

 

「へぇ、珍しい。いつもある程度在庫確保しておくのに」

「いつも仕入れている薬屋の方であまり薬草が取れなかったようでして」

「あー、そういう」

「他の所から仕入れますので、軟膏の補充は少し待ってもらってもいいですか?いつになるかはまだわからないのですが……」

「構わんよ。しばらく大きな任務もねーし」

「助かります」

「で、お前はなに企んでんだ?」

 

遠夜の言葉にしのぶは笑顔で首を傾げる。

 

「なんのことでしょう」

「あの少年匿ってなにするんだって聞いてんの。継子の枠を増やすとか言ってたけど、そういうわけでもあるまいて」

「別に取って食べたりはしませんよ?」

「そりゃそーだ。んなわかり切ったこと聞いてんじゃねーんだよ」

 

羽織についた埃をはたきながら遠夜は立ち上がり、近くに置いてあった薬品の入った瓶を手に取って眺めた。

 

「同じ話を、少し前に煉獄さんとお話ししました」

「へぇ?で?」

「彼らは癸の隊士でありながら、あの山を生き抜きました。きっと才能と素質があります。なので、ここで治療すると共に常中の習得をさせようと思いまして」

「ほー」

「才能のある隊士を育てるのも柱の役目。せっかくの才能を、伸ばしてあげようと思っただけです」

「そうかい」

 

聞いておいてすごく興味の無さそうな反応にしのぶは内心で青筋を立てる。このまま帰られるのも少し癪なので遠夜が嫌がりそうなことを提案することにした。

 

「……そういえば遠夜、しばらく大きな任務は無いのでしたよね」

「今度の潜入までは担当の地区の警備以外は任務ねーよ」

「なら、炭治郎くん達に稽古をつけてあげてはどうですか?」

「はぁ?」

「今はお暇なのでしょう?なら断る理由は無いはずですが」

「……まぁ、無いな。というか達?」

「ええ。善逸くんと伊之助くんの二人もよろしくお願いしますね」

「その二人、俺は見てねーんだが?」

「どちらもカナヲに負け続けて訓練を放棄してしまったのですよ」

 

その言葉を聞いて遠夜は天を仰いだ。

遠夜はやる気のある隊士の稽古をつけるのは吝かではない。寧ろ普段の性格の割に積極的だ。しのぶから見ても教えるのはそこそこうまい。継子がいるため当然といえば当然かもしれないが。

無論、遠夜の性格上煽りがちにはなるが、必要なことはきっちり伝える。継子である夕霧にも必要なことは全て伝えてある。

しかしやる気のない人間に対してはとことん無関心になる。そのため訓練を放棄している二人の面倒も見ろと言われるのは、遠夜にとってかなり面倒くさいことだった。

 

「……あの少年ならともかく、他の二人は訓練放棄してんなら俺からそいつらに行動することはねーよ」

「善逸くんは私がどうにかします。なので伊之助くんの方はよろしくお願いしますね」

「え〜」

 

心底嫌そうな表情をする遠夜にしのぶは少しだけ鬱憤が晴れる。

 

「いいですね?」

「最低限、あいつらが道場に顔を自分から出しにくる。でなきゃさすがにやらんぞ」

「……ま、それくらいは仕方ないですかね。わかりました」

 

しのぶの言葉に小さく溜息をついて、手に持っていた薬瓶をしのぶに投げつける。

 

「試薬は丁重に扱ってくれませんか?」

「それ、今試作してる毒に混ぜて見ろよ。少なくとも人には有効な毒になるぞ」

 

大したことは言っていないように言う遠夜をしのぶは驚愕の目で見た。

 

「んじゃ、軟膏頼むわ」

「ちょ、遠夜!試作の毒のことなんて私一度も……」

「この前お前の実験記録簿見た。そんだけ」

「そ、それだけで……」

「大したことねーよ」

「あ!ま、まって……」

 

引き止めようとしたがその時には既に遠夜の姿は無かった。

腹立たしい気持ちになりながら大きくため息をつき、しのぶは手元の薬瓶を眺める。

 

 

薬瓶は日光を反射して鈍く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

「というわけだ少年。次の任務が来るまでお前の訓練を見てやる」

 

そう言われた炭治郎は目を点にする。

 

「え、と?」

「しのぶに訓練を見てやれって頼まれた(脅された)から、稽古つけてやるって言ってんの。つっても少し助言する程度しかやれること無いんだけど」

「そ、そうなんですね!ありがたいです!お願いします!」

 

受け入れたのか、思考を放棄したのかはわからないが、炭治郎は遠夜に見てもらうことを受け入れた。

 

「さて、じゃあ早速……」

「あ、あの無道さん」

「ん?」

 

稽古の話を始めようとした遠夜の言葉を遮るように炭治郎は声を出した。

 

「どした」

「あの……この前、いや、二年前に俺と禰豆子を守ってくれてありがとうございました」

 

ああ、そのことかと遠夜は苦笑する。

炭治郎からしたら助けられたことなのかもしれないが、遠夜にとって炭治郎達が生きようが死のうがどうでも良かった。義勇の意思に従ったに過ぎない。だから礼を言われるような謂れは無かった。

 

「よせよ。お前らを助けたのは正直成り行きだ。冨岡さんが助けるって言ったから助けた。それだけだ。お前達が死のうが生きようが、どっちでも良かったんだ俺は」

「そうかもしれません。でも、御館様の屋敷で無道さんは俺と禰豆子を庇ってくれました。そのことにお礼を言うべきだと思ったんです」

「自分の意思じゃねーとはいえ、助けた命だ。死なれると寝覚めが悪いし、助けた以上責任があるからな」

 

そう言って遠夜はバツが悪そうに頭をかいた。炭治郎は本当に心から遠夜に感謝をしているが、遠夜からしたらそんな感謝を向けられるようなことをした覚えはない。成り行きで助けることになった。本当にそれだけだったから。

 

「……ま、そんな程度だ。だから感謝はしなくていい」

「はい!勝手に感謝してますから大丈夫です!」

「…………頭硬いなこいつ」

「よく言われます!」

 

褒めてねーよ、と呆れながら遠夜は呟くと炭治郎に向き直る。

 

「で、少年。三人娘から話は聞いたか?」

「はい。全集中の呼吸を四六時中行うことが身体能力を高める秘訣だと聞きました」

「そう、全集中・常中。これができるできないでは身体能力に天地ほどの差がでる。少年がカナヲに勝てないのは、これができてないから。今の少年じゃ一生かかってもカナヲを捕まえるなんてことはできん」

「うう……」

「だが常中を習得すればカナヲを捕まえることもできるだろう。お前たちの呼吸を使わない状態での身体能力にそこまで差はない」

「そうなんですね」

「じゃ、やってみ……といってできるもんでもねーか」

 

呼吸は肺で行う。そして人の肉体は簡単に強くはならない。日々の鍛錬で少しずつ強くしていくものだ。やれといって簡単にできるものではない。

 

「少年のことだ。試すくらいはしてみたんだろ?」

「はい……でも、全集中の呼吸を長時間やろうとすると死にそうになります……心臓耳から飛び出すかと思いました……」

「だろうな。はじめは誰でもそんなもんだ。で、少年はこの常中を習得するにはどうすればいいと思うよ」

「……呼吸を長時間使えないってことは、肺が弱いってことです。だから、肺を強くします」

 

炭治郎の答えに遠夜は満足げに口角を歪める。

 

「概ね正解。だが実際のところどういう修行をするんだ」

「俺に水の呼吸を教えてくれた鱗滝さんの修行をやります。そのままはできないんで、代用の修行もあるでしょうけど……」

「ん、それでいい。ただ今までよりも肺を意識してやると効果が大きくなる。意思するとしないではかなり差があるからな」

 

あとこれ、と言いながら遠夜は懐から瓢箪を出して炭治郎に投げ渡した。

 

「……瓢箪?」

「そ。それを息吹き込んで壊せ」

「……は⁈この硬いのを⁈」

「おう。その瓢箪、特別製だから普通の瓢箪よりも硬いから生半可な呼吸じゃ壊れんぞ」

「…………」

「今カナヲがどのくらいの大きさ壊してるかはしのぶに聞け。俺が壊せるのは……」

 

そう言って遠夜は奥から巨大な瓢箪を転がしてきた。大きさは、炭治郎の身長と大差ないほどのものだった。

 

「こんくらい。カナヲもこれに近いくらいの大きさは壊せるだろうよ」

「でっか!頑張ろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりちゃんと指導してますね」

 

庭を走り回る炭治郎を蝶屋敷の屋根の上から眺める遠夜の背後から声がかけられる。言わずもがな、しのぶだった。

 

「皮肉か?」

「本心です」

「皮肉なのは否定しないのかよ」

 

遠夜は苦笑しながらそう答えた。

事実、しのぶの言葉は継子である夕霧の指導は雲海に任せきりのクセに炭治郎の指導はちゃんとやることに対する皮肉であった。

 

「夕霧の指導もしてるよ。ただ、御影山は遠いから頻繁に指導できないだけだ。それに、夕霧はまだ影の呼吸の型を習得する以前の段階だ。基礎力を身につけてる状態じゃそこまで指導することはねーよ」

「特殊な呼吸らしいですからね。詳細はわかりませんけど」

「大事なのは型よりも氣だからな。変であることに変わりはねぇ。ま、夕霧は氣の才能はあるから、来年には型の修行に入れるだろう」

 

それまでに全部終わってればいいんだがな、と最後に遠夜は付け足した。

 

「…………そうね」

 

しのぶはそれだけ答えると修行に励む炭治郎に視線を移した。そんなしのぶを見て、遠夜は口を歪める。

 

 

しのぶが遠夜の真意に気づくことはなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

炭治郎が遠夜の指導の下、修行を開始してから数日。

 

炭治郎の身体は確実に強化されていた。怪我をする前よりも動けるし、体力も確実に回復してきていた。

遠夜の指導は、炭治郎が知っている時の遠夜とは打って変わり非常に的確なものだった。走り込みをする際は肺を意識しながらも深く息をするなど短期間で確実に効果のあるものだった。炭治郎が知っている遠夜の人物像は飄々としていて掴み所がなく、他人を煽ることばかりするといったものだったため、炭治郎からしたら意外だった。こんなにも真剣に、かつ的確な指導をする人には見えなかったからだ。

 

その勢いで伊之助と善逸にも指導をしてくれないかと炭治郎が頼んだところ

 

「やる気ねー塵につける指導はねぇ」

 

と一蹴されてしまった。

仕方なく炭治郎は一人で修行を行っている。

 

現在、炭治郎は昼に酷使した肺を休ませると同時に指先まで空気を巡らせることを意識しながら瞑想をしていた。

 

(瞑想で集中力を上げる……これは鱗滝さんも無道さんも効果があるって言っていた!)

 

そこでふと炭治郎は遠夜のことを考える。

 

(いつも手拭いで目を覆っているけど、あれはなんのためにやっているのだろう。というか、よく考えたら俺は無道さんのこと、なにも知らない……)

 

炭治郎は無道遠夜という存在について、ほぼなにも知らないことを思い出す。自分を助けてくれた柱であるということはわかっているが、それ以外はなにも知らない。遠夜自身があまり自身のことを語ろうとしないのもあるが、それ込みでも恩人のことをあまりにも知らなさすぎる。

 

(それに、無道さんからは感情の匂いがしない)

 

鼻がよく効く炭治郎は匂いから感情を読み取ることができる。だが遠夜からは彼自身の匂いはしても感情の匂いは全くしない。今まで多数の人間に会ってきたが、感情の匂いがしない人間は初めてだった。

 

(無道さんのことを知れれば、なにかわかるかもしれない)

 

そう考えて炭治郎は更に集中力を増し、意識の海に落ちていく。

そして深く集中したせいか、近くにきていた気配に気がつかなかった。

 

「もしもーし」

「はいっ!」

 

かけられた声に反応すると、美しい女の顔が目の前にあった。

 

「わっ!」

「頑張ってますね」

「…………!」

 

声をかけていたのはしのぶだった。

しのぶは触れるくらい炭治郎に顔を近づけていた。美人の顔がすぐ側にあったため炭治郎は固まる。

 

「お友達二人はどこかへ行ってしまったのに……」

 

そう言うとしのぶは顔を遠ざけ、炭治郎の隣に腰を下ろした。

 

「一人で寂しくありませんか?」

「いえ!できるようになったら二人に教えてあげられるので!」

「君は心が綺麗ですね」

「っ……」

 

美人に笑顔で褒められて照れてしまった炭治郎はうまく言葉を返すことができずしのぶから視線をそらした。

 

「あの、どうして俺たちをここに連れてきてくれたんですか?」

 

数瞬間の沈黙の後、炭治郎は疑問に思っていたことをしのぶに聞いた。

 

「禰豆子さんの存在は鬼殺隊の公認になりましたし、君達は怪我も酷かったですからねぇ。それに、君には私の夢を託そうかと思いまして」

「夢……?」

「ええ。鬼と仲良くする夢。君ならきっとできますから」

 

そう言って笑うしのぶからは、なぜか笑顔とは真逆の匂いが感じられた。

 

「……怒ってます?」

「!」

「なんだかいつも怒っている匂いがして……笑顔だけど……」

 

そう言われたしのぶは目を伏せた。炭治郎が言っていることは、その通りだったからだ。

 

しのぶは内心でいつも怒っていた。敬愛していた姉が殺された日から、絶えることなく怒りの感情が胸の内に燻っていた。

 

「私の姉はとても優しい人だった。死ぬ間際ですら、鬼を哀れんでいた。でも、私はそうは思えない。人を殺しておいて可哀想?そんな馬鹿な話はないです」

 

だがそれが姉の意思ならば、引き継がねばならない。哀れな鬼を斬らなくてもいいようなことにできるならば、考え続けなければならない。そう思いながら日々を過ごしてきた。

 

だからしのぶは、姉が好きだと言ってくれた笑顔を貼りつけて、姉の意思を引き継いできた。

 

「……でも、少し疲れまして」

 

鬼は嘘ばかり言う。人間だった頃とは打って変わり、理性を無くして保身の為に平気で人を騙す。

 

「……ちょっと、うんざりしてしまいましてね。君が頑張ってくれていると思うと、気持ちが楽になります」

「…………」

 

炭治郎は答えることができなかった。

 

「全集中の呼吸が止まっていますよ」

「あっ!」

「ふふ」

 

素直な反応をする炭治郎にしのぶは顔を綻ばせる。

 

(どこかの問題児とは大違いね)

 

これくらい素直なら可愛げもあるのに、としのぶは思った。

 

「……あ、あの!」

「はい、なんですか?」

 

ずっと聞き役に徹していた炭治郎が唐突にしのぶに言葉を発した。それにわずかに驚きながらもしのぶは返事をする。

 

「無道さんについて、少し聞いてもいいですか?」

 

提示された疑問に内心驚き、目を丸くする。まさか炭治郎から遠夜の話題が出されるとは思ってなかったのだろう。

 

「遠夜について?」

「はい。俺、無道さんに助けてもらったのに無道さんのことなにも知らないので」

「…そうですか。いいですよ。なにから聞きますか?あ、聞く時も全集中の呼吸は続けてくださいね?」

「はい!じゃあ……無道さんって、どんな人ですか?」

 

炭治郎は少し考えた後、しのぶにそう聞いた。何から知りたいかと聞かれても知らないことが多すぎるため抽象的な質問をした。

 

「そうですね、一言でいえば問題児ですかね」

「ええ⁈問題児なんですか⁈」

「それはもう!命令無視、独断先行、柱合会議もすっぽかす!とんだ問題児ですよ」

「ええ……」

「そのくせしっかりそれらに理由をつけてくるんです。しかも正当性のある理由を。だから責めるに責められないんです。そのことについて触れると、煽るような口調で反論してくる。だから柱の面々からは嫌われてます」

「…………」

 

聞かなければ良かったと、炭治郎は少しだけ思った。遠夜の話を始めてからしのぶの怒りの匂いは少し強くなった。もしかしたら、その遠夜の後始末をしのぶがしているのかもしれない。

 

「それに…」

「?」

「現実主義なところがありましてね。希望的観測をしないようにしているせいで、少し無理をする癖がありまして。加えてそれを周囲に悟らせないようにするんです」

「え……」

「簡単にいえば、いじっぱりです。他人に弱味を見せたくないんでしょう」

 

少しだけ、悲しそうな顔をしながらしのぶはそう言った。

 

「……しのぶさんは、無道さんのことが大切なんですね」

「なっ!」

「え?」

 

純粋無垢な表情で首を傾げる炭治郎にしのぶは僅かに頭を痛める。多分、炭治郎はなにも悪いことを言った自覚は無い。仕方ないといえば仕方ない。炭治郎は恐ろしく純粋故に言葉に裏はない。だから邪推してしまうしのぶは己の心を少し恨んだ。

 

「しのぶさんが無道さんのこと話してる時、怒ってる匂いが強くなりましたけど、同時に親愛の匂いも嗅ぎとれたんです」

「……本当になんでもわかる鼻ですね」

「へへ」

 

得意げに笑う炭治郎を見て心が暖かくなるのをしのぶは感じた。

 

「……そうかもしれませんね」

 

もう、身内と言えるような存在は遠夜しかいない。無論、カナヲやアオイ、なほ、すみ、きよも大切な妹だと思っている。しかし付き合いの長さや年齢を考えても同じ目線でいてくれるのは、もう遠夜しかいない。そのことをしのぶは今自覚した。

 

「もう少し、素直なら良かったんですけどね」

 

そう言ってしのぶは空を見上げた。

 

「無道さんの話、もっと聞いてもいいですか?」

「ええ、たくさんお話ししますよ」

「……なんか気合入ってません?」

 

それからしのぶは炭治郎に遠夜のことを色々話し、炭治郎はそれを呼吸を続けながらも聞いていく。

 

 

 

平和な夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

一週間後

 

産屋敷亭

 

「よくきてくれたね、遠夜」

 

縁側に座り、月明かりを浴びながら穏やかな笑みを遠夜に向けるのは、当主・産屋敷輝哉。

 

「いえ」

「待たせてすまなかったね。相手は国に準ずる機関だから政府非公認である我々が下手な手段に出るわけにはいかなかった」

「承知しております。つまり、任務の準備が整ったと」

「うん。遠夜の準備が整い次第、潜入に向かってほしい。補佐として二人、遠夜につけるから色々と任せるといい」

「はい」

「概要はこの資料にまとめておいたよ。目を通しておいてね」

「承知」

 

あまねに渡された資料を受け取ると、遠夜はそれを懐にいれた。

 

「無事で帰ってきてね」

「……善処します」

 

苦笑を浮かべながら遠夜は産屋敷亭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝶屋敷に戻ると、炭治郎が屋根の上で瞑想をしていた。

 

「……ほんっと、真面目だな」

 

『絶』を行い、身体から溢れる氣を完全に無にし、足音を殺して炭治郎の背後に立った。

 

「おう少年」

「うわぁ!」

 

気配を絶ち、足音をほぼ完全に消して背後から声をかけたため全く気づかなかった炭治郎は驚いて声をあげてしまった。

 

「む、無道さん!」

「くく、どうしたそんな声出して」

「気配を消して背後から声をかけないで下さい!」

「あまりにも気づかないから、面白そうだと思ってな」

 

くつくつと笑う遠夜に炭治郎は困ったようにため息をつく。しのぶが言ったようにやることは悪戯っ子とさして変わらない。

そんな炭治郎を見て遠夜は口元を歪める。

 

「常中、できてんな」

「え、ああ。無道さんの指導のおかげです」

「そうかい」

 

遠夜は炭治郎の隣に腰を下ろした。

 

「しっかしこんな早く常中ができるようになるたぁな」

「無道さんはどれくらいかかったんですか?」

「一月半」

「え」

「才能ねーとこんなもんだよ。お前は才能ある方だから一月弱で習得できたんだ」

「……俺は、昔から頑張ることしかできなかったんです。だからがんばりました!」

「お前はほんっと純粋な」

 

苦笑を浮かべながら遠夜は炭治郎の頭を乱暴に撫でる。

 

「わ、わ」  

 

口元から苦笑を消し、遠夜は真面目な口調でこう言った。

 

「少年、これからお前にはきっと色々な苦難が降りかかる。もしかしたら『もう辞めてしまいたい』と思うこともあるかもしれん。でもな、絶対に諦めるな。足を止めるな。絶望していい。泣いていい。悔やんでいい。でも、絶対に諦めるな。それがお前の力になる」

 

普段の飄々とした態度とは異なり真面目な雰囲気の遠夜に炭治郎は面食らったような顔をしたが、すぐに力強く頷いた。

 

「はい」

 

炭治郎のその一言だけで遠夜は満足した。きっと、この少年はなにも諦めない。そうわかったから。

遠夜は炭治郎の頭から手を離し、座り直した。

 

「明後日からはしのぶに少し修行見てもらえ」

「え……出陣ですか?」

「ああ。ちょいと大きな任務でな。死ぬかもしれん」

「…………」

「んな顔すんな。鬼殺隊じゃ、よくあることだ」

 

それに、お前はもう心配無さそうだからな、と言おうとしてやめた。もしかしたら、今後重荷になる言葉かもしれないと考えて言うことを躊躇った。

 

「……この前、しのぶさんとこんな感じで話しました」

「へぇ」

 

珍しい。そう思った。あまりしのぶは隊士に深入りしようとはしない性格だった。故に隊士とこのように話すのはそうない。

 

「しのぶさんは無道さんのこと、大切に思っています。だから、しのぶさんのためにも、俺のためにも、必ず生きて帰ってきてください」

 

炭治郎の真っ直ぐな目に見つめられて遠夜は僅かに嗤う。

 

「約束はしねぇが、まぁ善処するよ」

「あと、あまりしのぶさんを困らせるようなことしちゃダメですよ」

「ほっとけ。親戚かお前は」

 

苦い顔をしながら吐き捨てるように言い、最後にじゃあな、と告げて遠夜は姿を消した。

 

 

やはり、遠夜からは感情の匂いがしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全集中・常中は言葉の通り、全集中の呼吸を四六時中やることで身体能力を格段に上げる技術です。柱は皆行なっている技術でして、これができるのとできないのでは大きく身体能力が異なります」

 

翌日道場に顔を出すと、しのぶが見たことのない二人に教鞭を取っているところだった。気配自体は前から感じ取っていたが、二人は一度も道場に顔を出さなかったため遠夜と顔を合わせることはこれが初だった。尤も、伊之助の方は那田蜘蛛山で会っているが。

 

「あ!無道さん!」

「え⁈誰この目隠しの人!絶対やばい人でしょ!いやぁぁぁぁあ!」

「煩えなこいつ」

「…………」

「それに比べて、お前は静かだな猪頭」

 

以前と打って変わり静かな伊之助を不思議そうに見ていた遠夜だが、しのぶの言葉を思い出した。

 

(……確か、カナヲに負け続けてヘソ曲げたんだっけか)

 

それを思い出した瞬間、遠夜は非常に悪い笑みを浮かべた。

しのぶは笑顔で見ているが、炭治郎はなんとなく察して目を逸らした。

 

「あれ、というかお前いたのか?」

「……あ?」

「俺、一ヶ月弱ここにいたけど、お前一回も道場来なかったじゃねぇか」

「…………」

「なんで来なかったんだ?……あ!もしかして」

 

そこで一度言葉を切ると、俯きがちな伊之助の顔を覗き込み、酷く嘲るような笑みを浮かべながらこう言った。

 

「もしかして、負け続けて不貞腐れるようは雑魚だったのか?」

「ああ⁈」

「違うか?カナヲに負け続けた挙句訓練から逃げ出したんじゃないのか?え?」

「ぐっ……」

「くく、あーあーなーんだよ。俺に勝負挑んでくるくらいだから常中程度できてると思ってたんだが……」

「…………」

 

炭治郎はこの時の遠夜を心底楽しそうだったと語る。

 

「あっれぇぇぇぇ?もしかして、できないのかぁ?この程度もできないのかなぁ?おやおやぁ?俺を倒すとかほざいてたのに、できないのかなぁぁぁぁあ?」

 

善逸はこの時の遠夜のことを悪魔か何かだと思った。

 

「…………」

「あっ……本当にできないの?ああ…ごめんな……こんな基礎中の基礎もできてないような(ゴミ)だとは思ってなかったんだ……そうだよな、お前みたいな雑魚に基礎中の基礎ですら求める俺が間違っていたよ……すまんな」

 

その一言に伊之助は完全にキレた。

 

「ああああ⁈できるつってんだろ!ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞクソ手拭いがぁ!ぶっ殺すぞ!」

「よーしじゃあ今から四時間全集中やれよ。できるなら余裕だよなぁ?」

「やってやんよ!見てろよ!」

「んじゃあとよろしくしのぶ」

「はい」

「おい!逃げんな!見てろって言ってんだろ!」

 

叫ぶ伊之助を放置して遠夜は嘲笑を浮かべながら道場を出て行った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「……さて」

 

蝶屋敷の外に出ると、門の所に二人の男が立っていた。

一人は六尺(約180cm)以上はあるであろう糸目の大音。

もう一人はそこまで身長はないが、体付きは良く顔に傷痕がある若い男だ。炭治郎とそう変わらない年齢だろう。

門の所にはアオイがおり、二人の対応をしていたが遠夜に気づくと遠夜に近寄ってきた。

 

「影柱様、御館様からの使者だそうです。影柱様に……」

「知ってるよ。アオイ、下がっていいぞ」

「はい」

 

それだけ言ってアオイは屋敷内に戻って行った。

 

「話は聞いてるな?」

「はっ。黒条総合病院への潜入、そこに巣食う鬼の排除だと伺っております」

 

大男の返答に遠夜は頷く。

 

「多分、下弦の上位か上弦がいる。隠はなにも手掛かりが掴めないが、まず間違いなくいるだろうな」

「手掛かりが掴めないのに、なぜいると断言できる」

 

傷痕だらけの若い男はそう遠夜に僅かに突っかかる。

 

「まず、鬼かどうかはわからないがあの場所で黒い噂がある。火のないところに煙は立たぬって言うだろう。その時点でなにかあるんだよ。加えてそこで『なにも手掛かりが出てこない』ってとこだ」

「なにも出てこないなら、それは白じゃないのか?」

「いいや、本当になにもないならそもそも噂すら立たん。噂があるのになにも出てこないってことは、それを隠すのが凄まじく上手いってことだ。なにか隠す必要のあるものがある可能性は高い。さらにもう一つ。そこまで上手く隠せるとなると、人間一人でできるものとは思えない。人は必ず痕跡を残す。それすらも隠せるとなると、血鬼術の可能性も出てくる」

「……そういうことか」

「そゆこと。おっと、そういや名前聞いてなかったな。お前たちは俺の任務の手伝いをしてくれるんだろ?」

「私は黒磐(くろいわ)巖鉄(がんてつ)と申します。岩柱、悲鳴嶼行冥様の弟子です。階級は甲」

「へぇ……」

 

道理で、と遠夜は考える。黒磐は纏う氣が悲鳴嶼のそれと似ていた。無論彼に氣を扱う能力はない。だが見えなくとも修練を積めば纏う氣は洗練される。その洗練された氣が悲鳴嶼のそれと似ているのは教えたのが悲鳴嶼だからだろう。

 

「継子ではないんだな」

「私の扱う型は岩の呼吸から派生したものです。なので継子と名乗るのは少し違うかと」

「なるほどね。で、お前は?」

 

遠夜は傷痕だらけの若い男に顔を向ける。

 

「不死川玄弥です……」

「不死川……?」

 

聞き覚えのある名字に手拭いをズラして顔を見る。その顔はどこか知っている男のものとどこか似ていた。

 

「……風柱の?」

「………はい」

「へぇ。兄弟揃って鬼狩りかい。それに急に敬語になったな」

「さっきまでは、ちゃんと尊敬に足る人物なのかわからなかったんです。聞いた話だけだとどうも破天荒なだけな人だったので」

「まーなー」

 

否定する気はない。というかできない自覚がある。

 

「でも、今のでちゃんと考えて行動できる人なのがわかりました」

「へぇ?考えて行動できる人なのか、尊敬できるのは」

「はい。受け売りですけど、俺はそれに納得したので……」

 

つくづく兄弟だな、と遠夜は思った。実弥も似たような思考をしている。普段は憎しみに任せたような行動に思えるが、よく見ると合理的思考に基づいて行動している。そしてそういう行動できる人の話なら実弥は耳を貸す。

 

「……概要は頭に入ってるか?」

「はい。房総にある黒条総合病院への侵入、鬼の痕跡を探り、鬼の排除ですね」

「そ。隠の連中が一般人に模して潜入する。だが夜中の捜査は隠じゃできん。だから俺らは夜に潜入して、鬼の痕跡を探る。いいな」

「はい」

「はい」

「最低限の気配の消し方と、足音や移動時の音の抑え方を教えてやる。これはそんな難しくないから数時間あればできる」

「お願いします」

 

遠夜は頷くと二人を自らの屋敷に招き、隠密行動の基礎を叩き込んだ。

 

 

その後、基礎ができているかを確認するため、蝶屋敷の中を誰にも見つからずに一周して戻ってくるという泥棒紛いのことをやらせ、二人は誰にも見つからずに帰ってこれたが、しのぶには気配で悟られてしまっていた。

 

 

 

 

そしてそれをやらせたことがバレた遠夜と静かに激昂するしのぶの追いかけっこが始まり、それを見た炭治郎達がドン引きしたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

目に映るのは異形の空間。

 

自分のすぐ横で血溜まりが形成される。

 

慟哭と悲鳴。

 

肉と骨が砕ける音。

 

残るのは残骸。

 

 

その残骸は、数秒前まで同胞だったもの。

 

 

いや、同胞というのも違うかもしれない。別に仲間意識はなかったし、関わることもほとんど無かった。

 

だから死んでも何も感じない。

 

 

 

 

そう、何も。

 

 

 

 

「お前はなにか、私の役に立つか?」

 

 

 

 

周囲のかつての同胞……いや、鬼だったものを血肉の塊に変えた女がそう聞いてくる。

横でのたうち回る男を横目に見る。先ほど女の血をふんだんに与えられてその激痛に耐えているのだろう。

 

 

 

なにも感じない。どうでもいい。

 

 

 

「そうですね……」

 

 

 

正直、女の求めるできる成果を上げられるかどうかはわからない。

 

 

 

「まぁ、やれるだけのことはやりますかねぇ」

 

 

 

それしか言えない。多分この答えはお気に召さないだろう。

女は表情を変えない。

 

 

 

「ほう?他の者の有様を見てもそう言えるのか?」

「この命は元より貴方様のものです。生かすも殺すも、持ち主である貴方様が決めればいい。道具に心は要らない。そもそも私は、自らの生き死ににそんなに興味はない」

 

 

 

嘘を答えたところで女には通用しない。なら嘘偽りなく答えればいい。それで死んだらそれまでだ。

心残りはあるが、所詮その程度の人生だったということだろう。

 

 

 

「ほう……」

 

 

 

女は目を細めて見てくる。

首に衝撃。そちらを見ると大きな針のようなものが刺さっており、そこから何かが流れ込んでくる。

 

激痛

 

 

 

「気に入った。私の血を分けてやる」

 

 

 

凄まじい痛み

 

内側から身体をぐちゃぐちゃにされているような感覚だ。

 

だが同時にその痛みが自らの身体の底から新たなる力を呼び起こす感覚がする。

 

 

 

「お前たちがこの血の量に耐えられたのなら、更なる力に目覚めるだろう。そして私の役に立て」

 

 

 

そう言って女は琵琶の音と共に襖の奥に消えていく。

 

酷い暴論だ。理不尽極まり無いことしか女は言わなかった。気に入った奴ですら死んでもいい扱いだ。

 

 

それでも何も感じない。

 

 

「はっ……」

 

 

赫い瞳がいつの間にか放り出されていた夜の空を映す。

 

 

瞳の左眼は三つの勾玉のような模様。

 

 

右眼には『下弐』という文字。 

 

 

下弦の弐の鬼、月詠は夜闇の中で一人嗤った。

 

 

 

 

 

 

やはりなにも感じなかった。

 

 

 

 

 

 




黒磐巖鉄
年齢 20歳
身長 183センチ
体重 86キロ
出身 越後
趣味 釣り

柳生一族の末裔。次の柱候補として名前が上がるほどの実力だが自らを『未熟』と称している。
柳生一族だが分家の出身であり剣術に関しては非常に優秀。柳生十兵衛の再来とまで言われた(尤も、剣術が衰退している時代故に実際は優秀止まりであり天才にはなり得ない)が本人は宗家を嫌っているため嬉しくない模様。
親友を鬼にされ、鬼となった親友を日輪刀でない普通の刀で応戦し、呼吸も使えない状態で朝まで戦い続け朝日を当てて親友を殺した。その経験から同じような者を出さないためにも鬼殺隊に入隊。悲鳴嶼の元で修行を積む。
黒磐の扱う型は柳生一族秘伝剣術を基にしている。天才ではないが秀才。


パワハラ会議書いてみたけど、書いてみたらなんかあっさりだった。
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