蝶の影 作:木材
一定のリズムで伝わってくる振動を感じながら目隠しした顔を窓の外に向ける。
「…………」
前に座る大男と、傷だらけの少年は物珍しそうに周囲を見ている。両者共に見た目の割に子供のような態度を見せるため少し違和感があったが、本来なら年相応と言うべきなのかもしれない。
「お前ら、汽車は初めてか?」
目隠しの男、遠夜は二人にそう問うた。
「ええ、初めてです。今までの任務では徒歩で可能な距離でしたので」
「お、俺もです」
「そうかい」
「無論存在は認知しておりましたが、こうして実際に乗るのは初めてです」
「そいつぁいい。今後も乗るかもしれねぇからな。慣れておけ。人によっては、気分が悪くなる奴もいるとか聞くしな」
「影柱様は、初めて乗ったのはいつですか?」
「ん、俺か」
玄弥の言葉に遠夜は腕を組む。
脳裏に浮かぶのは自分と少し似た顔立ちの少年と、荘厳な顔立ちの中年程度の男性。
そして窓から見える広大な海。
その光景が脳裏を過ぎるが口に出すことはしない。
「さて、いつだったかな」
肩を竦めて遠夜はそう言った。
巖鉄と玄弥は首を傾げたが、遠夜はそれ以上答えることはなかった。
「割と、覚えてるものだな」
目隠しを上げ、僅かに見える夜の海を見ながら遠夜は小声で呟いた。
遠夜の呟きは汽車の汽笛にかき消された。
捌
「……よく食うなぁお前ら」
席に座りながら車内販売されていた弁当をかき込む二人を前に遠夜はそう呟く。
「はっ!す、すみません」
夢中で食べていた巖鉄は我に帰り恥ずかしそうに頭をかく。
「いやいいって。どんどん食え。どうだ、車内販売っていっても割と馬鹿にできないだろ」
「…はい。正直大したことないって思ってました」
箸を置いた玄弥がそう答える。
「くく、そうだよな。俺らが普段持ってる携帯食料と大差ないくらいに思ってても仕方ないかもな」
「……しかし、奢って頂かなくても」
「いーのいーの。大した額じゃねーしこれからお前らには存分に働いてもらうから」
「はぁ…」
「それに、お前らみたいな育ち盛りは食った分だけ強くなるからな」
「それは影柱様もでは?」
「おいおい、俺はもう二十歳だ。これ以上育つことはねーよ。まーその分お前らよりも身体はできてる。身体能力は多分今くらいが全盛期だろうよ」
人間の身体能力は二十歳から二十ニ歳と言われている。巖鉄は十八歳で玄弥に至ってはそれよりもさらに下であるため身体の回復は若さ故に早いが、筋肉が出来上がっていないためまだ身体は弱い部分もある。
「お前らはこれからよ。焦らず着実に力をつけていけ。特に玄弥」
「え」
「なーに焦ってんのかしらんが、人間は一朝一夕では強くならん。焦ってもかえって身体を痛めるだけだ」
「で、でも……俺は……」
「お前が呼吸を使えないのは聞いた。でも使えないなら使えないなりの戦い方がある。それはこれから見つけていけ」
「……でも」
「お前が
「な!なんで……」
「一応言っておくが、誰も告げ口なんぞしてねーからな。隠の連中も、悲鳴嶋さんも、しのぶも」
「じゃあ、どうやって……」
「気配」
「…………」
それきり玄弥は黙り込む。
巖鉄は何のことを話しているかはわかっていないようだが、下手に詮索するようなことはしなかった。玄弥にとってあまりいい話ではないことを感じ取ったのだろう。
「ま、俺がどうこう言うことじゃねぇか」
「…………」
「好きにやるといい。お前が後悔しないようにな」
なにも言わない巖鉄は悲鳴嶋の継子であるため、同じく悲鳴嶋の弟子である玄弥のことは知っていたのかもしれないが、そこは遠夜の知るよしもない。
「ふう」
食べ終わった弁当箱を畳み、箸を置く。その頃には二人は三つも弁当を平らげていた。
「ご馳走様でした」
「ご、ご馳走様でした」
「腹は膨れたか?」
「お陰様で」
「そうか」
そういうと遠夜は懐から懐中時計を取り出し、目隠しを少しずらして時間を見た。
「目的地までまだ時間はある。今後は夜活動することも増えるから今のうちに寝ておけ」
時計を懐に戻しながらそう言った。
「え、でも」
「これからかなり働いてもらう。少しでも体力を温存してもらう必要がある。悪いことは言わんから寝とけ」
「影柱様は……」
「俺も少し寝る。隠も二人乗ってるから目的地の駅に着く前に起こしてもらうように言っておくわ」
「……じゃあ、少し失礼して」
そういうと巖鉄は腕を組んで目を閉じた。
玄弥は少し迷っていたが、食後の満腹感から徐々に眠気が襲ってきて数分後には寝息を立て始めた。
二人が眠ったことを確認すると遠夜は席を立った。
「……後藤」
「はいはい、わかってますよ」
同行している隠(一般人に擬態)の後藤にそう一言伝えると遠夜は竹刀袋から刀を取り出し、羽織で隠れるように腰に携えた。
「ちゃんと帰ってこいよ?お前さんがいないとこの任務始まらんからな」
「いやぁ、案外あの二人だけでどうにかなるかもしれんぞ?」
「冗談は程々にしておけよ。隠の俺でもわかる。まだあの二人の実力はお前さんに遠く及ばない。二人ともめっちゃ強いよ?でも、お前ほどじゃない。相手が十二鬼月であるなら、お前がいなきゃ殺せんよ」
「なんだ、今日はやけに素直だな」
「死なれたら俺も困るんだよ」
「そうかい。んじゃ、せいぜい死なないように頑張るわ」
「……目標は最後尾の車両だ」
「へーい」
ひらひらと手を振りながら歩いていく遠夜の後ろ姿を後藤はじっと見ていた。
なぜかいつもよりその背中は小さく見えた。
ーーー
最後尾から2番目の車両の引き戸を開ける。汽車は依然として走り続けているため開けた瞬間肌を刺すような風が身体に叩きつけられる。
「よっ、と」
扉の出っ張りを利用して車両の屋根に登る。車両の振動と風を強く足に感じた。
「足場が不安定だねぇ」
羽織に隠した刀を顕にする。そして自らが纏う氣を練り上げ、足元の車両にいる一人の女に向けて殺気を放った。
「出てこいよ、かくれんぼでは既に負けてんだ。さっさと次の遊びにしゃれ込もうじゃねぇか」
気配から女が席を立つのがわかる。
ここで女が少しでも他の客に手を出そうとするなら、窓を突き破って直ぐ様頸を飛ばす準備はできている。
女は他の客に手を出す素振りは見せず、車両から出る。そしてそのまま屋根にいる遠夜の元へ飛んだ。
着地した女は和服の女だった。女はなにも言わず遠夜をじっと見つめる。
「あまりおしゃべりは好きじゃねぇんだ。単刀直入に聞こう。お前は鬼か?」
遠夜はこの女が汽車に乗る前から存在に気付いていた。常に円で気配を感知しているため、この女の気配が明らかに人間と異なるものであることがわかったからだ。
しかし感じ取った気配は鬼のものとは違うものだった。人とも鬼とも言えない気配を持つ女を警戒して、後藤にその存在を伝えて所在を探ってもらっていた。
同行している二人に存在を伝えなかった主な理由としては、まず鬼であるという保証ができないこと。鬼だと断定して斬ることもできるし、なんなら二人は遠夜が命じれば斬るだろう。しかし気配が異なるとはいえ、鬼ではない存在を斬ってしまうことは許されることではない。それは紛うことなく殺人である。鬼を斬るのが鬼殺隊であり、人を斬ることをしてはならない。まず鬼であることを確証が欲しかった。
もう一つは、二人は隠密行動や演技が苦手であるといった理由だった。しかも二人とも戦闘は些か派手であり、この状況で派手に動いては他の客が半狂乱になり事態が面倒なことになりかねない。実力は確かなところだが、この移動中の汽車という点では二人に行動されるとより面倒になると考えた。伝えることすらしなかったのは、遠夜が席を立つことでなにかを察し、落ち着かない様子にあの二人がなるととても目立つと考えたからだ。
『…………ほう、まさかここで
「おいおい無視か?」
『お前1人か?』
「いいや、そんな訳ないだろ?」
『……そうか、
「あ?」
『くるなら来い、鬼狩り。俺を見つけられたなら相手してやる』
それだけ言うと女性は倒れた。
「…………」
感じ取れる気配はやはり鬼とも人とも異なる。いうなれば二つを混ぜ合わせたかのような気配が女性からはする。
(人が八割、鬼が二割ってとこかね)
恐らくこの女性はなにかしら鬼によって身体を弄られている。遠隔操作できる窓のような存在だろうか。
「……とりあえず、保護しておくか」
そう考えた遠夜は隠の後藤を呼びにいった。
*
「あー、やっと着いた」
汽車から降りると遠夜は伸びをした。その際、骨や関節が音を立て、固まった部分が解される。
「結構かかりましたね」
「まーな。少し距離ある場所だから仕方ねぇ」
「わぁ……」
玄弥は駅から見える広大な海に目を奪われていた。
「海を見るのは初めてか?」
「あ、はい。汽車からも見えましたけど、ここまで大きくは見えなかったんで」
「……そうか。んじゃ、飯食いにいこうぜ」
「ちょ、影柱様!任務は⁈」
「かてぇこと言うなよ黒磐ぁ。せっかく海の幸がうまいとこに来たんだ。そんくらいいいだろ」
「しかし……」
「わーったよ。今から潜入先の下見にいくぞ。それでいいな」
「はい」
「は、はい」
思ったよりも簡単に遠夜が折れたことに少しだけ2人は驚きながらも素直に従った。
「んじゃいくか。少し歩くが、まぁそんなに時間はかからんだろう。今は真っ昼間だし、鬼はでてこねぇはずだ。病院の方に話を通して中を調べんぞ」
「承知」
「了解です」
「ではご案内します」
ーーー
「ここが……」
「はい。黒条総合病院です」
聳え立つ巨大な建物に玄弥と巖鉄は息を飲む。今まで見てきた建物とは異なり、煉瓦によって構成された建物は現在の日本ではかなり珍しい。首都である東京方面ならばこのような建物も多いだろうが、今現在日本に存在している建物はほとんど江戸時代のものと差がない。そのようなものばかり見てきた彼らには目の前の病院は非常に物珍しいものだった。
「すごい……」
「煉瓦造りの建物はまだ珍しいからな。加えてここは外科だけでなく内科もやってるから、こんだけでかくなったんだろうよ」
「詳しいですね」
「資料に書いてあったぜ?端っこの方だから見落としても仕方ねぇだろうしさほど重要な情報じゃねぇ。さて、後藤。潜入は?」
「すぐにでも可能です。しかし潜入なのに病院側に話を通していいのですか?」
「言われた通りの話を通したんだろう?」
「ええ、まぁ……とりあえず探偵的な組織で人探ししてると偽って情報収集したいという旨を伝えておきました」
「ん、十分。というわけで巖鉄、玄弥。お前らで院長のとこにいけ」
「え⁈」
「お、俺らで⁈」
「そそ。ほらいけ。さっさと」
「い、いや!なぜ我々で⁈」
「俺は俺で調べることがある。そんでそれはお前らにはできん調査だ。だからできることを振ったまでよ」
遠夜にしかできない。そういう類のなにかがあることは巖鉄は察していた。この影柱は他の柱と比較して存在感はやや希薄であり、なおかつ実力でも一歩劣るだろうことは巖鉄にも理解できていた。まだ未熟である自分が勝てるとは思わないが、正直他の柱と比較したら絶望的なほどの差は感じられない。だが、それ以外の何かがこの影柱にあることも同時に理解できた。
そこでかつて怪我をして蝶屋敷で世話になった際、蟲柱の胡蝶しのぶの話を思い出した。
『自らの実力が劣っているのならば頭を使えばその差は縮まります。才能が乏しいながらもそうやって柱にまで登り詰めた人もいるのです。だから頭を使うことを辞めてはいけませんよ』
もしかしたらしのぶの言った人物は遠夜のことなのかもしれない。
(この人は、多分御館様並みに頭が良い。頭の良さの方面は大分異なるだろうし、なにが目的かはわからないが、今はこの人の言うことを信じてみるしかない)
そう考えた巖鉄は不承不承といった様子ではあるが遠夜の申し出を受け入れた。
「んじゃ、よろしくー」
それだけ言うと遠夜は姿を消した。
正直、この手の仕事は得意ではないが玄弥と隠の後藤と共に乗り切るしかあるまいと腹を括り、病院へと足を向けた。
ーーー
「院長先生、お客様です」
「通せ」
病院の看護師に連れられて巖鉄、玄弥、後藤は院長の元へと赴いた。服は予め用意されていた一般的な服に着替えたためあまり目立つような服装はしていない。
そしてそこにいたのは、灰色の髪をした青年だった。年齢は悲鳴嶋と大差ないだろう。
「ようこそ、黒条総合病院へ。私が院長の黒条月慈です」
青年は巖鉄達にそう名乗った。
身長は巖鉄よりも低いが、それでもそこそこの高身長であることがわかる。顔は比較的整っているが平凡な顔立ちをしていて、その瞳は冷徹な光を宿していた。
(……?あれ、この人……)
玄弥は月慈のことを見るとなぜか違和感を感じた。
(……俺、どっかでこの人に会ったことがある、のか?)
その違和感は既視感からくるものだった。会ったことなどないはずの月慈になぜか玄弥は既視感を覚えた。
「お聴きした話ですと、人探しをしているとか」
「はい。我々は警察に準ずる組織の者です。ここ最近、この付近で人が失踪しているとの通報がありましたが、この付近で人が失踪している以外の情報が無く警察もお手上げだったそうです。そこで我々に白羽の矢が立ち、調査のために聞き込みをしているところです」
無論、今巖鉄が述べたことは嘘八百である。予め後藤が通しておいた話に合わせて述べているに過ぎない。
ただ完全な嘘というわけでもなく、この付近で行方不明になっている人間がいるということは事実である。そのため調べればそのような事実が出てくることも折り込み済みだ。
「なるほど」
「そういったお話は聞かれたことはありますか?」
「小耳に挟む程度ですが、知っています」
「良かった。そこで今この周辺すべての人になにか手掛かりがないか聞き込みをしているのです」
「……ふむ、私個人で知っていることはあまりありませんが、職員の中でなら知っている人もいるかもしれません。なので明日またお越し下さい。職員に話は通しておきますので知っている者はここに呼んでおきます」
「お心遣い、痛み入ります」
「その様子ですと現状、なにも掴めていないのですか?」
「お恥ずかしながらまだなにも。調査を開始したのが数日前なのですが、めぼしいものはなにも見つかっておりません」
「そうですか。なにかお力になれることがあれば言ってください。可能な限り助力します」
「ありがとうございます」
翌日面会の予約を入れて二人は院長室を後にした。
その二人の後ろ姿を見て月慈は目を閉じた。
ーーー
「ふぅ……」
「お、お疲れ様です。巌鉄さん」
「ああ」
嘘を並べて人を探るということは慣れないためか、病院を後にした巌鉄は非常に疲れたため息をついた。
「水です」
「ありがとう、いただくよ」
玄弥の差し出した水筒を受け取り、巌鉄はそれを喉を鳴らして飲んだ。
「ふぅ、ありがとう」
「はい」
「玄弥、あの院長さんどう思った?」
「どう、とは?」
「なにか違和感を感じたか?」
違和感、と言われるほどのものは感じられなかったが、感じたことは確かにあった。
「感じた、といえば感じたんですかね……」
「む、どうした。煮え切らない言い方だが」
「いや、ちょっと俺もよくわかってなくて……」
「まぁいい。で、どう感じた」
「……その、誰かに似てると」
少し迷った末、玄弥は思ったことをそのまま伝えた。
「似てる?」
「はい……誰かに似てると思いました」
「ふむ……」
「でも、その、誰に似てるのかは……」
玄弥は院長である月慈に出会った時、たしかにそう思ったのだ。あの銀灰色の瞳を思い出すと今もそう思う。
しかし誰に似ているのかはわからない。月慈の顔は今まで会ってきた誰にも似ていないように思える。しかし、それでも思うのだ。似ていると。
「似ている、か」
「あの、俺の直感なんでそんなアテにしなくても」
「いや、直感というのは大事だ。本能的にそう感じているということだからな。無論外れる時も多々あるだろうが、それでも思考する要素としては十分だ」
「……そうですか。あ、そういえば巖鉄さんはどう思ったんですか?」
「ん、俺か。そうだな……」
第一印象は、冷たいといった印象だった。無論初めて会った人間をいきなり冷たい性格だと言っているのではなく、雰囲気の話だ。
「雰囲気は、どこか冷たく人間味が薄い感じがした。今日の会話だけでは正直あまりわからんがな」
「そうですよね」
「だが、あの人は鬼じゃない」
玄弥は巖鉄の言葉に目を丸くした。
「なんでそう言い切れるんですか?」
「院長室を見ただろう?あの部屋、日光が差し込むような配置になっている。もし月慈さんが鬼なら、そんなことはしないだろう」
「たしかに……」
「加えて、話していた時にあの人自身に日光が当たっていたのにその場所は焼けることなく健在だった。故に彼は鬼ではないの言える」
鬼は日光に弱い。日光に当たった瞬間、そこからたちまち焼けて崩れていく。なのに月慈は日光に当たったというのに全くその様子はなかった。つまり、月慈は鬼ではないと断ずるには十分な理由だった。
「となると……従業員の誰かだと考えるのが妥当か」
「そうですね」
「とりあえず今は影柱様の帰還を待とう」
ーーー
遠夜が戻ってきた時には日が暮れ初めていた。
「悪いな、随分待たせたみたいだ」
「大丈夫です。それで、調査の方は?」
「飯でも食いながら話そう。移動すんぞ」
二人が遠夜に着いていくと、そこは海辺の民宿だった。
「この周辺にちょうどいい藤の花の家がなくてな。仕方ねーから宿とった」
「ああ…なるほど」
「随分辺境の地だからな。なくても仕方ない。それに、ここは飯がうまいらしいんだ」
「なんならそれが目的ですね?」
「まぁな。まさかそれも駄目なんぞ言わんだろ?」
「言いませんよ」
「よしよし。んじゃ飯食いながら話そう。腹減っちまった」
ーーー
「ふーん、なるほどねぇ」
海鮮丼を頬張りながら遠夜は二人の話を聞き終えた。
「黒磐の話はいい情報だ。とりあえずあの病院の上が鬼じゃねぇならあの病院全体で黒ってことじゃないのがわかった」
「はい。鬼は日光を浴びればそこからたちまち崩れていく。例えそれは血鬼術であったとしても灰になる。だから院長の黒条月慈さんは鬼ではないはずです」
「ま、そっから鬼探すとなると……ちと面倒だが。まぁ候補が一人減っただけよしとするか。そんで玄弥の話だが……」
「い、いや。俺の話はそんな大したことでは……」
「いやいや、そういう直感は大事よ。しかし誰かに似てる、か」
さすがにお前の関わった人間のことなんぞわからんからなぁ……とぼやきながら遠夜は箸を置いた。
「んー……そこは玄弥に頑張って思い出してもらうしかねぇかなぁ」
「ですよね」
「ま、気負わずにいけ。院長が鬼でないなら、院長の素性はそんな重要じゃなくなる。気にはなるけどな」
「はい」
「影柱様は、なにを調べてたんですか?」
「あの病院の間取り」
「間取り、ですか」
それがなんの役に立つのか、と言いたげな雰囲気を遠夜は読み取った。
「病院で人が消えてるんだろ?まぁ正確には病院に関わった人間というべきだが、それも大差ないだろ。そんで消えた人間はどこに行ったかって問題になる」
「それは……鬼に……」
「食われた、といいたいんだろ?それは間違ってない。だが、その捕食はどこで行われた?」
「…………?」
「ん、わからんか。じゃあ捕食された人間はどうなる?」
「……死にます」
「そらそうだ。で、その食われた痕跡はどうなる?」
「あっ!」
「お、玄弥。わかったか」
「捕食されたらその痕跡が残る。でも今回の調査は人が消えてるのであって捕食された形跡は見つかっていない」
「正解」
人が死ぬならば、なにかしらの形で形跡が残る。捕食したとなれば尚更だろう。形跡は血痕や死体などなど色々あるだろうが、形跡がなにもないというのはやはりおかしい。無論血鬼術によって跡形もなく消されたという線はあるが、隠がなんの情報も得られないところを見るとそんな高火力の血鬼術を使用してくるとは考えづらい。
(考えられるとしたら幻惑系の隠蔽型血鬼術か、空間系の血鬼術を使うと考えるのが妥当だろう。多分、前者かな)
遠夜が円を使って病院の間取りを探ったところ、いくつか不審な空間が存在した。その空間を血鬼術で隠蔽しているのなら納得がいく。
「よし……腹は膨れたか?」
「あ、はい」
「大丈夫です」
「これからあの病院に潜入するぞ」
ーーー
「夜になると途端に薄気味悪くなるねぇ」
夜闇に佇む病院を前に遠夜がそう呟いた。
「雰囲気、昼と比べると随分違いますね」
「ちょっと気味が悪いです」
「よーくわかるよ。さて、さっさと入ろう。入り口からは当然入らんから……裏口から入ろう」
「しかし、裏口も鍵がかかっているのでは?」
「南京錠だから簡単に開けられる」
そういって袖口から針金のようなものを取り出し、鍵穴をいじくり回す始めた。すると南京錠はすぐに開いた。
「開いた!」
「よし。んじゃ、忍び込むぞ……と言いたいが」
「?」
「お前ら目立ち過ぎるんだよなぁ。隠密行動が慣れてないのは仕方ないけど、巖鉄はでけぇし、玄弥は厳ついから」
やはり遠夜から見て二人は忍び込むことには恐ろしく向いていないように見える。玄弥はともかく、巖鉄は特に向いてないだろう。
深夜とはいえ、夜勤で病院に残っている看護師はいる。明日以降に再び聞き込みにこの病院に来ることを考えると、巖鉄と玄弥は今見つかると面倒なことになりかねない。
「…………否定できませんね」
「そう、ですね……」
「んー……あ、そうだ。ならこの場所を調べておいてくれねーか?」
そう言って遠夜は二人に紙を渡した。そこには住所のようなものが書かれていた。
「…これは?」
「ここ最近、一家丸ごと失踪した家」
「えっ」
「一家丸ごと?」
「そ。隠の情報曰く、一家丸ごと失踪したらしい。昼間にそこまでみておきたかったんだが、時間なくてな。なら今のうちにお前らに見てきてもらった方がいい」
「承知しました。必ずやり遂げてみせます」
「ん、じゃあよろしく〜」
そういうと遠夜は裏口から病院内部へと侵入していった。
「玄弥、この家屋の調査は俺が行く。だから玄弥はここで隠と共に病院を見張っていてはくれないか」
「え、俺も行きますよ」
「いや、家屋の調査程度なら俺一人で大丈夫だ。だが影柱様が潜入、そして鬼と接触した時に誰かしら援護がいた方がいい」
「なら……」
「だが俺は身体がでかすぎる故に身を隠す術がない。この裏口もいつ誰が来るかわからない。見つかれば明日以降の調査に支障をきたす。だからここで影柱様の帰還を待て。ついでに隠と連携して夜中に出入りしている存在を見張れ。夜勤帰りの看護師が多いだろうが、その中に怪しい存在が混ざっている可能性もある。だからそれを確認しておくのだ」
「なるほど…わかりました」
「念のため言っておくが、断じてお前が足手まといになりそうだから置いていくのではないぞ。呼吸が使えないからといって、お前が弱いというわけではない。お前の戦い方は異例ではあるが、それがお前の才能であることを忘れるな」
巖鉄は、玄弥が一瞬思ってしまったことを的確に言い当て、そして巖鉄自身が思っていることを嘘偽りなく真っ直ぐ伝えた。
確かに玄弥は呼吸が使えず戦力としては少々劣る。だが玄弥には玄弥なりの才能と武器がある。あまり褒められたものではないかもしれないが、巖鉄としてはそれが立派な武器であることを認めている。だからこそ、玄弥が足手まといではないことを伝えた。
「……はい。ありがとうございます」
「よし。では頼むぞ。だが気を付けろ。待機とはいっても、どこでなにがあるかわからんからな」
「はい」
安心したように巖鉄は微笑むと刀を腰に携えて歩いていった。
「…………」
一人になると玄弥は裏口が見え、なおかつ姿が隠せる場所を探した。病院は周囲が鉄格子で囲まれているためあまり身を隠せるような場所は目に入らない。仕方ないため付近に植えられていた木を登り生茂る葉の中に姿を隠した。
(とりあえずここなら簡単には見つからないよな)
時刻は深夜であり、なおかつ裏口から出てわざわざこの木の場所付近まで近づかなければ玄弥の姿は確認できない。だから簡単には見つからないと玄弥は考えた。
(でも、なんだろう)
鬼の気配はしない。だがなぜかはわからないが嫌な予感がする。
(ここにいちゃ、いけない気がする)
冷や汗をかきながら、玄弥はそう思った。
ーーー
「……ここが、影柱様の示した場所か」
目の前に建つ家屋を見据え腰の刀に手を置く。目の前の家屋からは人の気配は全くせず、ただ静かに佇んでいる。
(人の気配はしない。調べるためにも一度入るしか無さそうだ)
人様の家屋に無断で入るのは気が引けるが、仕方ないことだと腹を括り家屋に侵入する。
「……中にも、人はいないな」
相変わらず人の気配はしない。
とりあえず全ての部屋を見てみたが、人はやはりいなかった。
(やはり人はいないか)
居間に入りそこにあったちゃぶ台に手を触れる。
(埃は溜まっていない。つまり、この家屋が無人になったのはつい最近ということか)
隠の話ではニ週間前まではこの家屋に家族が住んでいたらしい。しかしある日唐突に一家丸ごと失踪したのだとか。
(普通に考えれば、鬼に喰われたのだろう。しかし仮にそうだとしたらこの家屋はあまりにも
仮に鬼に喰われたのだとしたら血痕などの形跡が残る。なのにそれは一切無い。家具も荒らされた形跡は無い。
(確かにこれは手を焼きそうだ。今までの鬼とは確実に違う)
今までの鬼はなにかしらの形跡を確実に残した。被害者の血痕然り、周囲の傷跡や争った形跡などが残されていたのにこの家屋には何もない。だからこそ、おかしい。一家丸ごと失踪してここまで綺麗なことなどありはしない。
(……だがなにも手掛かりがない。一度別の場所も……)
がたん
なにかが開く音がして咄嗟に刀に手を掛けそちらを見る。それなりの時間暗がりにいたため目が慣れていたため音がした扉の全貌を見ることができた。
そこにいたのは
「にゃー」
「………………」
猫だった。
「なんだ猫か」
驚いて損したと言わんばかりに巖鉄は刀から手を離して猫を抱き抱え、そのまま外に出た。
「次の場所にいくとするか」
「にゃー」
「ん、またな」
猫をその場に下ろして巖鉄は歩いていった。
その後ろ姿を、瞳が紅く染まった猫が見ていた。
*
「っと……」
遠夜は巡回をしている看護師からうまく身を隠し、やり過ごす。
侵入した遠夜は自身の円で調べた間取りの謎な空間を目指して病院内で音を殺して移動していた。
できるだけ音が出ないように草履は脱ぎ、足袋の状態で移動している。本来、夜目が効く遠夜は目隠しを外すのだが、潜入という現場である以上気配が重要だと考えより気配を強く感じることができる目隠しの状態で動いていた。
(地下への扉は……あそこか)
絶により気配を消しながら目的である地下への扉を見つけた遠夜はその扉へと近寄り、扉を引いたが当然鍵がかかっている。
(この鍵は……さすがに針金じゃ開けられないな。鍵をちょいと拝借するかね)
そう考え、遠夜は看護師達のいる受付付近まで行き、看護師が一時的にいなくなった瞬間を狙って予め調べておいた鍵入れから鍵を拝借した。
(思ったより簡単だったな)
少々拍子抜けしながらも遠夜は鍵を使って地下への扉を開いた。重い扉をできるだけ音を立てないように開きながら中へと滑り込み、扉を閉めた。円で感知できる範囲には看護師はいなかったため恐らく扉が開いたことに気づいている者はいない。
扉の先には階段が続いており、地下へと入れるようになっている。そしてその先は見取り図の通りなら霊安室となっているはずだ。
階段を降り、扉に手を掛ける。霊安室自体には鍵はかけられておらず重苦しい音をしながら扉が開いた。
地下故に空気はひんやりとしており、どこか物寂しい。
「さて……ここまでは見取り図の通りだが」
遠夜は昼間に円を使うことで地下に霊安室よりもさらに下に謎の空間が存在していることを知った。公開している見取り図にも存在していないため、この空間は鬼と関係があると疑いがかけられている以上非常に怪しい。
「……ふむ」
鬼の気配は下の空間からはしない。そもそも下の空間へ降りるための手段が不明だ。
だが不意に冷たい風がわずかに遠夜の頬を撫でたのを感じる。
「……風」
円を霊安室全体に広げると、壁にわずかな隙間があるのが確認できた。その隙間はよく見ると人一人が倒れるほどの大きさの穴に蓋をしているような構造になっているのが確認できる。
「これだな」
すぐにでもこの穴の調査をしたいところだが、一つ問題があった。
取手のような場所は確認できないため、この蓋を取り外すことができないのだ。日輪刀で切り裂くことは、恐らく可能だがこの蓋を斬るとなるとそれなりの力がいる。現状、この場で大きな音を出すことは悪手であると判断した遠夜は仕方なくこの場の調査を後回しにし、霊安室から出ようと扉に手をかけた。
(視線……見られてるな)
どこからかははっきりしないが、確実に見られている。そう思えるほど強い視線を向けられているのにどこから見られているのかはわからない。
(これ以上は、今は無理かな)
そう判断して遠夜は霊安室の扉に手をかけた。そして振り返らずに口を開く。
「またくるよ」
そう言って遠夜は霊安室を後にした。
その様子を暗い部屋の中から紅い瞳をした男が見ていた。
その紅い瞳には
『下弐』
という文字が刻まれていた。