蝶の影   作:木材

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ルート分岐点


今回、恐ろしく長いです。




静かな夜だった。

 

宿の近くにある浜辺の岩の上で座禅を組みながら遠夜は瞑想していた。普段とは異なり、目隠しは外しており青味がかかった黒い瞳は海を映していた。

 

付近を色々と調べたが、あの病院の霊安室の空間以外にそれらしき痕跡は残されていなかった。やはりあの病院の霊安室を調べる必要があるだろう。

 

「しかし、あそこまででかくなってるとはねぇ」

 

『かつての姿』を思い出しながらそう呟き、ここ数日で得られた情報を整理する。

 

先日再び巌鉄があの病院に探りをいれたが、どうやらあそこの人間は(・・・)ほぼ白だと思っていいだろうという結論になった。なにより働いている職員全員が日光に当たっている様を3人の張り込みによって確認している。

唯一院長のみが日光の出ている時間に出勤していなかったが、院長室は日光が入るようになっているし、院長が日光に当たる場所に移動している様を遠夜も遠くから確認している。

 

鬼である以上、日光に当たるという行為は自殺行為に等しい。故に日光に当たることができる表にでてきた(・・・・・・)院長及び職員はほぼ確実に鬼ではない(・・・・・)

 

ならば血鬼術か、とも考えられるがこの線も弱い。血鬼術は結局鬼の血から発動する術であるため日光が当たれば灰になる。少なくとも血鬼術で完全に操作された集団ではないことは確かだろう。そもそもあれだけの人数を同時に操作することなどいくら鬼といえどもそう易々とできることではあるまい。

 

ここまで色々と鬼ではない証拠が揃うとやはり鬼は関係ないのではないかと思えるが、遠夜が霊安室で感じた視線と違和感は恐らく血鬼術が関係している。無論根拠は無い。完全に直感であるため論理的思考には程遠い。だがそれでもあれは鬼の気配のように思えてならない。

そもそもここに向かう際に遭遇した女、あれは完全に血鬼術によって操作されていたものだった。加えて女の口から『鬼狩り』という言葉が出た以上ほぼ間違いなく鬼はいる。

 

なのに尻尾を掴むことができない。

 

未だかつてこんな鬼はいなかった。ここまで情報を掴ませない鬼など上弦の鬼、または鬼舞辻無惨くらいだろう。

 

明日はあの謎の空間に玄弥と巌鉄を引き連れて潜入だというのに情報が全くと言っていいほど無い。こんな見切り発車で作戦を決行したことなど無い。だがこれ以上放って置いていいものではないように思えてならない。

 

「ヤキが回ったかねぇ、俺も」

 

そう呟きながら座禅を解く。今までの遠夜ならば不確かな情報だけで乗り込むようなことはしなかった。

目隠しの手拭いをつけ、後ろを振り返りながら言った。

 

「よぉ、そんなとこで見てねぇでこっちこいよ。別に取って食ったりはしねぇから」

 

遠夜の目隠しに隠された視線の先にいたのは玄弥だった。一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに遠夜の隣に来て座った。

 

「バレてたんですね」

 

そう言って少し恥ずかしそうに玄弥は笑った。

 

「さすがに柱の目は誤魔化せませんね」

「いやいや、悪くなかったぞ」

「え、そうですか?」

「ああ、まだ荒削りだが教えたことはちゃんと実践できてるようだしな。一般人相手なら気づかれないだろうよ」

「へへ…ありがとうございます」

 

そう言って笑う玄弥は歳相応の少年の顔だった。傷が多く人相も兄の実弥と同じであまり良いとは言えないから誤解されがちだが、玄弥もまだ成人すらしていない少年。幼さがあって当然だ。

そんな玄弥の頭をわしわしと撫でる。

 

「わ、わ」

「ちゃんとやりゃできんじゃねぇか。なーんで蝶屋敷の時にやんなかったんだよ。おかげでしのぶにどやされたじゃねぇか」

「あの時は…まだうまくできなくて。すみません」

「くく……まぁそう畏るな。いいって」

 

そう言って遠夜は一度言葉を切った。

 

「緊張してるだろ」

「っ」

 

遠夜は塞がれた視界を海に向けながらそう玄弥に言った。

 

「ま、そうなるわな。なにしろ十二鬼月の可能性が高いとこに明日は殴り込みだ」

「……俺、呼吸も使えなくて弱いからみんなの役に立てるのかなって考えたら、眠れなくて」

「んー、そこはそんな大事じゃないかな」

「え?」

「まずは生き残ることを第一に考えな。死ななければとりあえずいい」

「死ななければ、いい」

「そ。生きてさえいれば、それだけでいいんだって。怖がるのも最初は仕方ない」

「無道さんは、怖くないんですか?」

「んー?怖くない、と言ったら嘘かな。でもまぁ大したことないよ」

「……強いんですね、羨ましいです」

「いやいや、俺は鬼は怖くないけど怖いものくらいあるし強くねーよ?」

「無道さんが怖がるものってなんですか?」

「得体の知れないものと完全にキレたしのぶ」

 

後者に関してはどう考えても遠夜の普段の行いのせいだが、前者については玄弥はよくわからなかった。鬼は怖くないというのに得体の知れないものは怖いと言う。玄弥は遠夜にとってそこの線引きがイマイチ理解できなかった。

 

「お?わかってない感じか?」

「得体の知れないものが怖いって…考えたことなかったんで、ちょっと想像つかないです」

「そうか〜、まぁそうかもな。これは昔、ある人に言われた言葉なんだが、人を恐怖させる条件って三つあるんよ。無論対象が怪物や概念であること前提だがな」

「条件って…」

「一つ、怪物は言葉を発してはいけない。二つ、怪物は正体不明でなければならない。三つ、怪物は不死身でなければ意味が無い。これが人を恐怖させるための条件。これを聞いた時すげー納得してさ。今まで怖いと思ったものは大体これに当てはまってたから」

「正体不明…」

「そう。鬼は鬼でも得体の知れない能力持つやつとかいるだろ。そういうやつ見ると、俺は怖いと思う。一つ目の条件は大体満たす奴はいないけど、二つ目は割と人間でもいる。それこそこの言葉を教えてくれた人も結局正体不明だったし」

 

その時のことを遠夜は今でも思い出せる。御影山で修行している時に出会った女性だ。この国の人間としては珍しく赤毛の髪の毛をしており、かなり美人だった。兄である日永と知り合いだったらしく、人形師を名乗っていたが兄自身も彼女の詳しいことは知らないらしかった。

 

「ま、それ以来怖いと思えるものは減ったかな。その分怖いやつにはとことん恐怖を感じるようになったが」

「その恐怖をどう消してるんですか?」

「恐怖ってのは火みたいなものだ。うまく使えばこちらの利益になるが、下手にでかくすれば身を滅ぼす。だから消すことはしてない。恐怖は捨てるな。俺やお前みたいに弱い奴ほど、うまく扱える恐怖は武器になる」

 

尤も、ある程度制御できるならの話だがな、と最後に付け加えた。

 

「……俺に、できるでしょうか」

 

不安げに呟く玄弥に遠夜は言った。

 

「素質はあるよ。だからそれはお前次第だな。死にたくなければ死ぬ気で制御しろ」

 

素質はある。そう言われたが玄弥はいまいちその言葉を信じることができなかった。なにしろ自分には才能がない。兄のように単身で鬼と戦えるような勇気も技量も持ち合わせていないのだから。

 

「自分が弱い自覚がある奴の方が、恐怖の制御はうまいんだ。だからお前ならできるよ」

 

ここ数日で玄弥はわかったことがある。

この無道遠夜という男は、できることはちゃんとできると言うし、できないことはできないときっぱり言う。できるかどうかが五分五分の場合はその旨を伝える。そしてその言葉は決して偽らない。だからこそこの玄弥に向けられた『できる』という言葉は信憑性が非常に高いものであることがわかる。

 

「それに、お前に死なれると俺が不死川さんに殺される。だからできてもらわないと困るわ」

 

実弥の名前を出すと玄弥の顔が少し曇る。

玄弥は鬼殺隊に入隊してからまだ兄である実弥と顔を合わせていない。実弥が柱であり、非常に忙しいことに加え玄弥自身も修行と任務がある。故に容易に顔を合わせる機会を作ることができない。

 

「兄貴…」

 

この様子を見る限り、予想通りではあるが玄弥はまだ兄である実弥には会えていないらしい。

 

「まだ、不死川さんとは会えてないのか」

「……はい」

「ま、柱は忙しいしねぇ。仕方ないかもしれんな」

「……」

「気長に待て。いつか会える。そん時は今より強くなって兄貴を驚かせてやれ」

「…はい」

 

遠夜は不死川兄弟になにがあったかは知っている。陽明とよく会う都合上、今の柱の身の上話もある程度知ってしまった。無論陽明がペラペラとなにも考えず話したわけではない。陽明としても共に戦う者がどのような思いでここにいるのかを知っておいた方がいいという考え方の元に話した。

 

「大丈夫だって。少なくともお前ら(・・・・)はちゃんと生きて帰してやるから」

 

そう言って遠夜は岩から降り、姿を消した。

 

残された玄弥は波の音を聞きながら空を見上げた。

 

 

磯の匂いはどこか濁っているように感じられた。

 

 

 

 

翌日

 

深夜

 

「さて、準備はいいなお前ら」

 

遠夜の言葉に玄弥、巖鉄は力強く頷く。

 

「潜入先は霊安室。そこにある謎の空間の調査だ。霊安室の鍵はすでに複製してある。職員に気づかれないように潜入、そして調査だ。帰りは最悪見つかっていいが、行きに見つかるのはまずい。だから潜入順路を途中で変更する可能性もある。あとはお前らの気配遮断がどれくらいできるかだ。なにか質問は?」

 

玄弥は大丈夫そうだが、巖鉄は少し不安そうな様子がみれる。

 

「なにかあるか?黒磐」

「……影柱様、本当に調査する必要があるのですか?」

「なんだ、面倒臭くなったか?」

「いえ、決してそうではありません。しかし、この病院の職員達は全員日光に当たっているのを確認しています。ここ数日、近辺で消えた人間もおりません。職員たちは全員と話しましたが、鬼の気配を纏う者はいませんでした。これほど鬼に関連する情報が無い状況であっても調査するのですか?」

「ああ」

「なぜですか?」

「勘だ。具体的無い根拠はねぇ。だからお前らが付き合う義理もねぇ。ぶっちゃけ俺が見つけたあの謎の空間以外怪しさもない。だがやる必要があると俺は思ってる。嫌ならやめて構わん。もちろん報告もしねぇ。好きにしろ」

「……ここまで来たんです。やらないわけにはいきません。影柱様がやるなら、私も同行します」

 

納得はしていないようだが、意思は固そうだった。

そんな巖鉄の様子に遠夜は満足げに頷き、絶を行い裏口の扉を開いた。

 

「うし、んじゃ行きますか」

 

夜闇に紛れた潜入が始まった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……静かですね」

 

潜入してから数分、遠夜達は順調に霊安室へと向かっていた。

だがあまりにも静かで物音もほとんどしない状況に玄弥はそう呟いた。

 

「深夜の病院だ。騒がしい方がおかしいがな」

「それもそうですね」

 

巖鉄の言うように深夜の病院が騒がしくなることなど急患の患者がいる時くらいだろうし、そう毎日急患がいるはずもない。

 

「これなら容易に霊安室まで辿り着けそうですね……影柱様?」

 

少々肩透かしではあったが、順調に目的地まで進めていることに安堵した巖鉄がそうこぼしたが、すぐに遠夜の様子が変であることに気がついた。いつもより雰囲気が硬い。そう感じた。

 

「……」

「影柱様、どうかなさいましたか?」

「ん、ああいや……」

 

どうも煮え切らない答えが返ってくる。なにか懸念すべきことがあるのだろうが、それを言われなければ理解はできない。

 

「……進むか」

「はい」

 

しかし遠夜はなにも言わなかった。少々訝しげに思えたが、遠夜を信用している巖鉄と玄弥はそのまま従った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

霊安室

 

潜入してその後特に大きな障害もなく霊安室へと辿り着いた。

 

「無事潜入できましたね」

「うむ、大きな障害もなくて良かった」

 

二人は少し安堵しているが、本番はこれからである。この先は鬼の領域。少し判断を違えば、待つものは死のみ。

 

それを二人とも理解しているためか、安堵した雰囲気をすぐに締め直した。

 

「影柱様」

「……ああ。巖鉄、ここだ」

 

先日潜入した際に遠夜が見つけた謎の空間への入り口と思われる場所。分厚い石の壁によって閉じられたそれは人の力で動かすには些か大きすぎる。

 

「俺がやってもいいが、これは俺よりもお前向きだ」

「はっ。お任せを」

 

巖鉄は前に出て、遠夜は後ろに下がる。

巖鉄が深く息を吸い、刀に手を掛ける。

 

 

その瞬間、巖鉄の周囲の空気が酷く重くなったように感じた。

 

 

(へぇ……優秀たぁ聞いていたが、これほどとはな)

 

正直、精神面の幼さが残る巖鉄が柱候補に上がるほどの実力があるという話は半信半疑だった。実際実力は纏う氣で高いことは理解していたが、これほど覇気のある人物だとは想定していなかった。

 

「いいねぇ」

 

巖鉄の放つ覇気の強さに遠夜は密かに口元を歪める。

 

黒鉄(くろがね)の呼吸、壱ノ型」

 

 

 

 

「斬鉄剣」

 

 

 

 

影の呼吸の型である『絶影』に匹敵する速度で放たれた斬撃は、石の扉を切り裂いた。

そして崩れた石扉の向こうには、やはり通路があった。覗いてみると、その先に明かりが見える。

 

「やるねぇ。岩の呼吸の派生だったか?」

「日輪刀の色からそのように区分されていますが、本来は柳生一族の剣術を基にした型です」

「そうか、お前柳生一族の分家出身だったな」

「ええ、まぁ」

「いいじゃんいいじゃん。こんだけの実力なら俺いらないんじゃね?」

「冗談もほどほどに。私にはまだ十二鬼月を倒せる程の実力はありません」

「かてぇなぁ。ま、いいけど」

 

普段と比較すれば随分硬いが、それでもこれから戦いに行く人間にしてはやたら軽い。本当にこれから戦いに行くのだろうかと少し疑ってしまう。

 

「さて…」

 

だがそれもすぐに消え去る。

 

「いくぞ」

 

纏う気配が一気に鋭いものとなり、刀に手を掛けて歩き出した。

 

「はっ」

「はい」

 

それを感じ取った玄弥と巖鉄は気を引き締めて遠夜へ続いた。

 

 

ーーー

 

 

「……へえ」

 

通路の先には、無機質な石でできた巨大な部屋が続いていた。明かりはないはずだが、不思議と部屋は明るい。そして部屋には、無数の分娩台。

 

「大当たりか」

「地下に…こんな巨大な施設が」

「すげぇ…なんだここ」

「気ぃ引き締めろ。いるぞ」

 

遠夜が貸しから刀を鞘ごと外すとほぼ同時に空間が歪み、そこから人形のなにかがでてきた。

 

(空間操作系の血鬼術か。まぁ予想はしていたが…)

「…これは」

「鬼……ですか?」

 

それは目が虚になった人だった。鬼の気配はするが、どちらかと言えば人の気配に近い。

 

「違う。まだ(・・)人だ。悪趣味だな」

「ど、どういうことですか?」

「説明は後だ。いいか、こいつらはまだ人だ。殺すな。だが怪我はさせていい。巖鉄は峰打ちでも加減しろ。お前の力だと峰打ちでも殺しかねない」

「やり辛いが…承知!」

「玄弥、お前は普段やってる事(・・・・・・・)はここではするな。お前の能力だけでどうにかしろ」

「は、はい」

「さぁて、さっさと終わらせて真打ちを引き摺り出してやらぁ」

 

遠夜は走り出し、二人もそれに続いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「これで、終わり」

 

玄弥が最後の一人の鳩尾に拳を叩き込み、気絶させる。襲ってきた鬼擬きは身体能力が少し高い程度の身体能力で、血鬼術を使うわけでもなかったため呼吸を使えない玄弥であっても容易に無力化できた。

 

「玄弥、大丈夫か」

「大丈夫です巖鉄さん」

「良かった。こちらも無力化できた。数は少々多かったが、個々は大した強さではなかったからな」

「……この人達は」

「わからない。ただ、普通の人間でも鬼でもなかった」

「じゃあ……」

「恐らく、血鬼術で操作されていた人間……だろう」

「だろうな。正しくは、人間というか死体だがな」

 

巖鉄の言葉を遠夜は肯定しながらも倒れた人間の一人を転がし、顔を見せた。その目は白濁しており、顔色からは生気を感じられない。死体そのものだった。

 

「ただ、操作する数を多くしすぎたのか、随分とお粗末だったがな」

 

そう煽るようにいいながら遠夜は倒れている人達を部屋の端に転がした。あまりにもぞんざいな扱いではあるが、付近に十二鬼月と思われる鬼がいるのだから正直そちらにあまり構っていられる余裕がないのも確か。故に巖鉄は遠夜を咎めることはしなかった。

 

「そろそろ出てきたらどうだ。いい加減ツラくらい見せてくれてもいいんじゃねぇか?お互い初見でもねぇんだし(・・・・・・・・・・・・)

 

遠夜がそう言葉を発すると、空間が歪み、そこから一人の長身の男が現れた。

 

それはこの病院の院長、黒条月慈だった。

 

「なっ!」

「院長⁈」

「いや、だが……貴方は…」

 

巖鉄が取り乱すのも無理はない。なにしろ巖鉄は月慈が日光を浴びる瞬間を目撃している。鬼は日光に触れると途端に灰になる。故に、日光を浴びて平然としていた月慈は鬼では無い。そう確信を得ていた。なのに今月慈はこの空間に忽然と現れた。明らかに血鬼術を使用していた。

つまり月慈は鬼ということになる。なにより、月慈は右目に『下ニ』と記されている。十二鬼月であることは、明白だった。

 

「やっぱり、あんたが鬼か」

 

だが遠夜は取り乱さない。そしてまるで予想していたかのような言葉を発した。

 

「ほう?俺が鬼だと予想していたのか。お前は一度も俺と会っていないはずだが?」

 

月慈はそう淡々と遠夜に告げた。

その話す姿を見て、玄弥は再び違和感を感じる。

 

(……やっぱり、似てる。誰かと…誰だ?誰なんだ?)

 

誰かに似ているという感覚は以前よりも強い。そしてそれが誰なのかももう少しで分かりそうな気がしてならない。なのにあと一歩足りない。そんなもどかしさを玄弥は感じていた。

 

「資料見た時からそんな気はしてたよ。院長があんた(・・・)の時点でな」

「ふむ、ここに来るのがお前でなければもう少し時間は稼げたかもしれんな。そもそも情報を掴まれた時点で潮時だったのかもしれんが。しかし、まさかお前が来るとはな」

「はっ!因果なものだな」

「全くだ。お前との再会(・・)がこんな形になるとは。実に嘆かわしい」

「思ってもねぇことを言ってんじゃねぇ。昔から(・・・)その無駄な言葉の多さは変わらねぇな」

「お前も、部下の様子を見る限り言葉足らずな癖は治っていないようだな」

 

まるで旧知の存在かのように話す二人を見て巖鉄は混乱していた。柱である遠夜がまさか十二鬼月と知り合いだったというのか。互いに互いの過去を知っているかのような口振りは、まるで『再開した仲の悪い兄弟』のようだった。

 

そして玄弥は、その二人の会話を見て、感じていた違和感の正体に気がついた。

 

「まさか……」

「気づいたか、そこの少年」

「っ!」

「お前の予想は当たりだよ、玄弥」

 

玄弥は遠夜の言葉から自分の直感が確信に変わるのがわかった。

 

「俺の今の名は、月詠だ。よろしく頼むぞ、鬼狩り共」

 

巖鉄は背中から冷や汗が流れるのを感じながら、遠夜の背中を見る。予想すらしていなかった事実が脳裏に過り、信じられない様子で遠夜を見た。

 

「そしてお前達二人の前に立っているその目隠しをした男」

 

遠夜は月慈ーーー月詠の言葉を聞きながら目隠しを解き、目を露わにした。

 

そこにあった目は、月詠の紅い瞳とは色は異なるが形は良く似ており、目を含めた顔は二人ともどことなく似通っていた。

 

「そいつの本名は」

 

 

 

ーーー黒条月久

 

 

 

巖鉄は目を見開いた。素顔を晒した遠夜の横顔は、目の前に立つ月詠と名乗る鬼と良く似ていた。

 

 

「正真正銘、遠夜(そいつ)は俺の血を分けた兄弟だ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「兄弟……影柱様と?」

「無道さん…」

 

見たところ、遠夜と比較して月慈ーーー月詠はあまり歳は離れているようには見えない。しかし鬼は歳を取らないため見た目からの年齢は予測できない。

 

「まさか十二鬼月にまでなってるとはな、兄貴」

「お前こそ、まさか鬼狩りの頂点である柱になっているとはな。平凡なお前がそれほどの実力をつけているとは思わなんだ」

「………」

「どうした月久、鬼狩りなのだろう?俺を殺さなくていいのか?」

「その名前は捨てたよ」

「ほう、だが些末な問題よ。お前が今何と名乗っていようが俺にとってお前はいつまでも弟である月久なのだから」

 

遠夜の刀を握る手に力が篭る。

 

「どうだ?お前も鬼になってみないか?」

「なるわけねーだろ死ね」

「くく…足らず口もだが、減らず口も変わらないとはな。安心した」

 

無表情のままだが、遠夜はわずかに目を細めた。

 

「……なんで鬼になった、兄貴」

「ん?」

「なぜ、お前は鬼になることを許容した。月慈」

「聞くまでもないことを聞くな。昔のお前ならばそんなわかりきったことは聞かなかったぞ」

「あ?」

「鬼は人間を遥かに超越した存在だ。そのような高位の存在になり、そのことについて研究することになぜ抵抗を持つ?」

 

まるで至極真っ当なことだとでも言うように月詠は言った。

 

「人を喰らう化け物がか?」

「人間とて、動物を喰らう。動物から見れば人間は同族を喰らう化け物だろう。食物連鎖の頂点が人間ではなく、鬼という存在になったに過ぎん」

「………」

「なにより鬼という存在は興味深い。強靭な肉体の代償とでも言うように日光に当てられれば焼かれて死ぬ。どのような仕組みになっているのか是非とも解明したい」

「研究狂が」

「間違いではないな」

 

月詠は無表情のまま肩を竦める。

 

「普段はどうやって生きてんだ。血鬼術でも日光は防げないはずだが?」

「そ、そうだ!私は確かに月慈さんが日光に当たったのを見ました。鬼ならばあの時点で…」

「ああ、そのことか。そこのお前の部下二人は欺けたようだな。なに、難しいことではない。鬼の肉体も血鬼術も直接(・・)日光を当てなければ消えることはない」

「……そうか、つまりお前は『死体』に血鬼術をかけて操作していたんだな」

「その通りだ。なんだ、少しは頭が使えるようになったのだな」

 

確かに、血鬼術が直接日光を浴びたりしなければ日光の下で活動することもできるだろう。列車で遭遇した女も、先程多数出てきた人間も恐らくはそれによるものだろう。

 

「で、では私と玄弥が出会ったのは…」

「ま、十中八九顔を似せた死体だろう」

「ご明察」

 

そう言って僅かに口元を歪めて嗤う月詠は、やはり遠夜の顔と少し似ている。そう玄弥は感じた。

 

「さて、もういいだろう。そろそろ始めよう」

 

月詠は白衣のポケットから短剣を取り出した。その短剣は僅かに蒼い光を放っている。

 

「お前達は鬼狩り、そして俺は鬼だ。ならやることは決まってる」

「おいおい、俺としてはまだ聞きたいことがあるんだが?」

「聞きたければ聞けばいい。俺の血鬼術を乗り切ったら、答えてやろう」

 

月詠が短剣を構えると、月詠の左目が僅かに光を発する。

 

「来るぞ」

「はっ」

「はい!」

「まずは小手調べだ」

 

血鬼術 神威

 

空間が歪み、その歪みから大量の刃が出現し、遠夜達に襲い掛かる。

 

「巖鉄」

「承知!」

 

黒鉄の呼吸・参ノ型 斬鎧(ざんがい)

 

巖鉄の放つ下段斬撃は石造りの床を切り裂き、巖鉄が斬られた床を踏みつけることで石の壁を巖鉄と玄弥の前に作り出した。壁は放たれた刃の雨を悉く防ぎ、巖鉄と玄弥を守った。

 

遠夜は『円』を己の最も得意とする範囲に広げ、円の有効範囲内に入った刃を叩き落としながら虚空に迫る。

 

 

飛び上がり、一閃。

 

 

藍色の刃は淡く光る短剣によってその進行を阻まれ、月詠の頸には届かない。

 

「ほう、いい一撃だ」

「喧しい」

「相変わらず素直に賛美を受け取ることができんのか」

「……お前、いつ鬼になった」

「お前が我が家を去ってからだな。正確には10年前だ」

 

空間の揺らぎを感じ、遠夜は短剣を弾き距離を取る。

 

「10年?たった10年で十二鬼月になるだと?」

 

今まで見てきた十二鬼月はそこそこ長い時間をかけて力をつけて十二鬼月に至っていたらしい。それだけ多くの人を喰らったというのだから、そこに至るのも理解できる。

だが月詠は他の鬼と比較しても確実に短い期間で十二鬼月に至っている。それだけ多くの人を短期間で喰らい続けたといえばそれだけだが、それほどまで多くの被害が出ていたら鬼殺隊の方でなにかしら情報を受け取るだろう。なのに実際情報が出回り始めたのはつい最近。短期間で大勢の人々を喰らった線は薄い。

 

「そんなに大勢の人々を食ったか」

「喰いはした。だがお前が想像しているほど数は多くなかろう」

 

少人数でありながら爆発的に鬼の力を伸ばす方法として考えられるものは二つ。

一つは、鬼の始祖である鬼舞辻無惨の血を摂取すること。それにより鬼は力を伸ばすことができるだろう。

 

そしてもう一つは……

 

「……稀血か」

「ふむ、凡庸の域は出ないがやはりお前は頭の回転はいいな。そこだけは評価できる」

 

稀血。それは希少な血故に稀血と呼ばれる血であり、鬼にとっては非常に効率良く力を伸ばすことができる血である。

月詠はその稀血の人間を喰らったのだろう。それも一人や二人ではなく、大勢。

稀血はその名の通り人の中でも低確率で出現する血であるため見つけるのは容易ではないはず。だがそれを月詠は多数見つけ出し、喰らったのだろう。

 

「稀血は一人喰うだけで五十以上の人間を喰らったのと同等以上の力が手に入る。それを繰り返せばどうなるかはわかるだろう」

「堕ちたな、兄貴」

「ふむ、この俺を堕ちたと表すか。興味深いな。かつてとは違い、人としての感情が戻ってきたようだな。さては、拾われた先で良き人間に囲まれたのだろう。喜ばしい」

「思ってもねぇことをほざくな外道」

 

吐き捨てるように言いながら遠夜は刀を平晴眼に構えると目にも留まらぬ速さで月詠に迫る。

 

 

影の呼吸 参ノ型 無辺

 

 

一呼吸のうちに放たれた無数の斬撃が月詠を襲う。

しかし斬撃は全て、歪んだ空間によって軌道を変化させられ月詠に届くことはなかった。

 

「いい技だ。しかし、当たらねばどうということはない」

「いけ」

「む?」

 

遠夜の呟きを虚空は理解できなかったが、すぐにその意味を知ることになる。

 

突如鳴り響く銃声。

 

先ほど巖鉄が作り上げた石壁に隠れながら玄弥が放った南蛮銃の発砲音。それが音の正体。

 

「陽動、悪くない」

 

放たれた銃弾が眼前に迫るのを『見ながら』月詠はそうつぶやいた。

 

 

血鬼術 神威

 

 

銃弾は歪められた空間に吸い込まれて消えた。

 

「……へぇ」

「あれは…」

(空間系血鬼術か……予想通りだな。見たところ、物の出し入れして物を飛ばしたり、空間を歪めて軌道を変化させるのが主な使い方かね。いや、物だけじゃなくて『人間』そのものも別空間に飛ばせそうだな。なんなら身体の一部だけ飛ばすとかもできそうだ。こいつは、結構厄介。ここまで厄介なのはしのぶとやり合った影使いの鬼以来かね)

 

あの時の鬼は複数を相手にする戦闘に慣れておらず、なおかつ遠夜がすぐに血鬼術の仕組みを看破できたためそれほど苦労はしなかった。しかし今回は仕組みがわかったからといってどうにかなるような相手ではない。

 

(こちらの優位は……数。うまく二人を使うしかねぇか)

「影柱様、いかがしますか」

「……前衛は俺、巖鉄は中間で上手くやれ。玄弥、お前は唯一の射程持ちだ。隙をみつけてガンガン撃て」

「承知」

「了解、です」

「今の指針さえ守れば良い。あとは好きに動け。合わせる」

「はっ」

「はい」

「いくぞ」

 

前衛である遠夜が先頭を行き、巖鉄はそれに続いた。玄弥は南蛮銃の射程範囲内に留まりながらも銃弾を再装填し、隙を狙う。

 

「さて」

 

再び空間が歪み大量の刃が二人を襲う。

 

「お任せを!」

 

黒鉄の呼吸 肆ノ型 黒刃一掃

 

巖鉄が放った十字の斬撃は刃の雨を十字に斬り裂き、道を切り開く。

 

「いい技持ってんじゃん」

「ふむ、これはどうだ」

 

迫り来る遠夜の目の前の空間が歪む。それは遠夜を飲み込むかのように歪みは広がっていく。

 

「影柱様!」

「わーってるよ」

 

影の呼吸 弐ノ型 影法師

 

「む」

 

遠夜の姿がブレたと思った瞬間、月詠は空間を抉り取った。しかし手応えはない。現にその場にいたはずの遠夜はいない。

それと同時に周囲には無数の影法師が乱立した。それは僅かな時間その場に留まると消えるものだが、すぐに新たな影法師ができる。

 

「これは…」

「遅い」

 

月詠が視覚で遠夜を見つけることを瞬時に諦め気配を感知することに切り替えた瞬間、背後から遠夜が鋭い一撃を放つ。

その一撃は確かに月詠の頸を捉えた軌道を描いて放たれた。

 

「っ⁈」

 

だがその手応えの無さに遠夜は瞬時に背後に飛んで距離を取り、巖鉄の横に着地する。

 

「今の……」

「影柱様?」

「気ぃ抜くな。こいつぁ、予想以上にやべぇ」

「と、いいますと?」

「今の一撃、手応えが全く(・・)無かった」

「全く?」

「空振りでもしたかのようだった」

 

現に、月詠の頸は落ちておらず、頸は繋がったまま。

 

「さて、どういう絡繰かねぇこれ」

「幻覚、ですかね」

「それはねぇ」

「根拠は」

「俺もお前も氣の流れが乱れてねぇ。多分こう言ってもわからんだろうから、理解しなくていい。だが納得しろ」

「承知」

(…しかし、これは参ったな)

 

なにしろ攻撃が当たらないならば倒しようがない。先の一撃は確実に頸を捉えた軌道だった。鋭さも申し分ない。だがそれを無効化されたなら、こちらの攻撃全てが通じない可能性すらある。

 

(だが、血鬼術も万能じゃない。どこかに必ず穴がある)

「…巖鉄、さっき俺が前衛とか言ったそばから悪いが、前衛頼む。少し考える必要がありそうだ」

「御意」

「玄弥、お前も前に出ろ。だが出過ぎるな。当て逃げを繰り返せ」

「はい」

「動きは合わせてやるから好きに動きな。だがあまり攻撃には参加できん。防御主体で俺は動く。奴を観察したい」

「はっ」

 

言葉と共に巖鉄は前に出る。

 

「話は終わったか?」

「律儀に待つとはな」

「なに、あの凡才のお前が努力でどれほど俺に近づけたか興味がある。すぐに殺しては、惜しい」

「まるでいつでも殺せるみたいな言い草だな」

「その通りだ、愚か『だった』弟よ。ここは俺の空間だ。殺すことなど容易い」

 

空間が歪み、そこから吐き出されたのは巨大な岩。その巨大な岩が速度をもって遠夜達に向けて放たれた。

 

「お任せを」

 

黒鉄の呼吸 壱ノ型 斬鉄剣

 

居合の要領で放たれた一撃は岩の中心を捉え、真っ二つにし、二つに分けられた岩は遠夜の横に転がった。

 

「目の前に集中しな。露払いは俺と玄弥でやる」

「承知」

「玄弥、できるな」

「はい」

「ん、よし」

「いくぞ」

 

 

 

「いいぞ、その意気だ」

 

 

 

突如、背後から声が聞こえそちらに反応する前に玄弥が吹き飛ばされる。

 

「は?」

「呆けてる暇はないぞ」

「ちっ!」

 

振り下ろされた短剣を日輪刀で防ぐ。

 

「ふむ、反応は悪くないな」

「おいおい、俺は瞬きすらしてねぇぞ」

「空間系の血鬼術だとお前が分析してただろう」

 

短剣の纏う光が紅く染まる。

まずいと思った時には、もう遅かった。

 

 

血鬼術 神威・発

 

 

衝撃波が短剣から発せられ、遠夜の全身に叩きつけられる。

 

「ぼっ!」

 

咄嗟に受け身は取ったが、全身の複数箇所で骨が嫌な音を立てる。折れてはいないようだが、十全に機能はしない可能性が高い。

 

「影柱様!」

「馬鹿!敵から目を離すな!」

「遅い」

 

再び紅い光と共に巖鉄は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「ごっ!…ぐぅ」

「……ほう、全員気を失わないか。思ったより頑丈だな」

「んだ…今の」

「俺の血鬼術だ。向こうの空間をこう……押し出すようにするとできる。空間を操ると色々できる。こんなことも」

 

そういうと月詠は視線を玄弥に向けた。

すると倒れ伏していた玄弥は一気に月詠に向けて引き寄せられ、頭を掴まれた状態で持ち上げられた。

 

「がっ!」

「引力と斥力と言えば想像しやすいか?空間操作を応用するとこんなこともできる」

「て、めぇ」

「……ふむ、さすが鬼殺隊。普通の人間よりも頑…」

 

そこで月詠の言葉が止まる。止まった理由は、玄弥が頭を掴む手に噛み付いてその肉をそのまま飲み込んだからだった。

 

「なに?」

「がぁあ!」

 

鬼の肉を摂取。それは通常の人間にはあり得ないこと。なぜなら鬼の肉など食らおうものならそのまま鬼に成り果てるか、毒として身体に回り死に至るかだ。鬼殺隊ならばその程度のことは想像は容易いだろう。

しかしそれを玄弥は覆した。玄弥は呼吸の才能は無いが、特殊な消化器官を持ち合わせているため鬼の肉を摂取しても鬼になることはなく、一時的に鬼と同等の身体能力を発揮できる体質の持ち主だった。

 

(兄が兄なら、弟も弟だな。どうなってんだか不死川家は)

「うがあぁあ!」

「む」

 

発揮された鬼の身体能力により月詠の拘束から離れる。

 

「ほう」

「食らえや!」

 

放たれた南蛮銃の弾丸は歪められた空間が弾丸の起動を変え、玄弥に向けて返される。

 

「なっ!」

「空間系の能力は便利でな。こんなこともできる」

 

玄弥に向かって速度を上げて返された弾丸は真っ直ぐ向かっていった。

だが弾丸は玄弥に着弾される前に遠夜の刀によって斬り裂かれた。

 

「いい腕だ」

「うるせぇ」

「賛辞は素直に受け取れ。だが、一手間違えたな」

「はぁ?」

「お前は一体なにを調査してきた。愚かなままか?」

 

その瞬間、遠夜は背後から衝撃を感じる。脇腹辺りに熱を感じ、それは徐々に痛みへと変わっていった。

 

「む、道さ、ん」

「玄弥!なにをしている!」

 

迫り上がってくる血を感じる。

脇腹は刀によって貫かれており、その刀は玄弥が握っていた。

 

「ああ……くそ。読み間違えた(・・・・・・)か」

「俺は確かに空間操作を行う血鬼術を扱う。しかしな、あのお方がしているように、鬼の血には『対象を操作することがある程度可能な力』が秘められている」

「ぐ、がぁ!」

 

玄弥を押し、腹に刺さった刀を抜く。呼吸で瞬時に止血を施すが、呼吸だけでは止められないほどの傷となっているため持っていた布を傷口に押し当てる。

 

「あのお方が血によって我々を監視、引いては操作している。俺はそれに着目してな。さすがに俺の血では鬼を操作することはできん。なんなら生きてる人間すら難しかった。だが死体であれば可能でな。俺の細胞を対象の脳に直接埋め込むことで死体を一時的に蘇らせ俺の配下とできることがわかった」

「普段、表に出ていんのは……」

「そう、死体を操作しているにすぎん。この操作の良いところはいくつかあってな。まず日光に当てても問題ないことだ。あくまで俺の細胞が操作しているのは死体の脳であり、日光に当たっているのは死体の肉体のみ。ある程度防腐処置さえしてしまえば数ヶ月は保つ。背格好さえにている死体さえあれば顔を変えればそれで代用は効く。なかなかいいだろう」

 

脳さえ乗っ取れれば、その肉体を動かすことは容易ということを月詠は言った。

現にここはくる前に会った女は後に調べてみると死体であることがわかった。さらには先程の大量の人間。あれも結局死体だったということだ。空間操作系の血鬼術であったため操作系能力のことが霞んでしまっていた。

 

(間抜けか俺は)

「無道、さん」

 

玄弥は苦しそうにしているが、自我は保てている。つまりこれは、月詠が無理矢理四肢のみを操作したということだろう。

すぐにでも塞ぐ必要のある傷だが、目の前に鬼がある以上簡単にはできない。玄弥が咄嗟に抵抗したためか、幸い内臓は傷ついていない。

 

「お、俺……俺!」

「お前じゃねぇ。俺が……しくじった」

 

正直、仮に万全の状態だったとしてもあの月詠を倒せる保証はない。なにしろあの月詠の血鬼術が想像以上に強力であり、弱点がわからない。なにかしらあるのだろうが、現段階では不明。巖鉄ならば単独で月詠を倒すことができるかもしれない。加えて特異性の高い血鬼術故に影の呼吸との相性は悪い。

そう考えたところで、遠夜は立ち上がる。

 

「玄弥、立てるか」

「え……」

「まだやれるか」

 

普段見ることができなかった遠夜の瞳に見つめられ、玄弥は奥歯を噛みしめ立ち上がった。月詠の操作は完全ではないらしく、気を保っていれば抗うことができるらしい。

 

「まだ、やれます!」

「よし。巖鉄と連携してやるぞ。俺が死ぬ前に」

 

出血量はすぐに止血したためあまり多くないが、長引けば止血も無意味になり、失血死する可能性が高くなる。

 

「巖鉄、全力で攻めろ。補佐は、してやる」

「………はっ!」

 

わずかに躊躇う態度を見せたが、巖鉄はすかさず月詠に向かっていった。同時に遠夜も姿を消し、月詠に向かっていく。

 

「全力…ならば!」

 

黒鉄の呼吸 伍ノ型 殲刀

 

振るわれた刀は巨大な鉄の棒を振り回したような衝撃が広範囲を襲う。

 

「おお!」

(風の呼吸に似た技だな。弱い鬼ならあれだけで上半身が吹き飛びそうだ)

「む」

 

月詠の身体が後ろに飛ばされる。

 

「……」

 

すかさず巖鉄は月詠に近寄り、体勢を立て直される前に刀を振るった。

 

黒鉄の呼吸 壱ノ型 斬鉄剣

 

すれ違い様に放たれた斬撃は確かに月詠の頸を捉えた。しかし、遠夜の時同様手応えはなく、月詠の頸は落ちていない。

 

惜しいな(・・・・)

「むぅ!」

 

突如、月詠の頭上に影がかかる。

 

影の呼吸 参ノ型 無辺

 

無数の斬撃が月詠を襲うが、案の定手応えは無い。そして遠夜の背後から玄弥が銃弾を放つが、銃弾すらもすり抜けた。

だがそれでも構わず巖鉄と遠夜、そして玄弥は攻撃を続けた。型を使わない攻撃も多数組み込んで攻撃を月詠が受けていない時間を少しでも減らすようにとにかく攻撃を続けた。

だが人の身体はすぐに限界が来る。休息といえるような時間は無く、ひたすら全力で攻撃を続けるなど全集中・常中で強化した肉体であろうと数分も経てば息は切れ、四肢は鉛のように重くなってくる。

 

(きっつ、いな。でも、予想は当たりだな)

 

遠夜の月詠に対する血鬼術の予想は当たりだった。

遠夜の玄弥と巖鉄に対するとにかく攻めろという命令は『月詠の攻撃をすり抜ける血鬼術が発動している間は月詠は攻撃も移動もできない』という予想を裏付けるためのものだった。

 

「ぬうあ!」

 

黒鉄の呼吸 陸ノ型 赫刃・熱鋼斬

 

全集中の呼吸によって強化された身体能力で刀を全力で握り(・・)、刀は僅かに赫く染まる。その刀からは熱が感じられ、明らかに先ほどまでの刀とは性質が異なるものとなる。その赫く染まった型で月詠を正中線で斬り裂こうと振り下ろす。

 

「ちっ」

「む!」

 

しかしその刀は月詠の持つ短剣によって防がれる。触れ合う刀と短剣は火花を散らし、そして月詠の短剣の刃が僅かに欠ける。

巖鉄の刀を弾き、月詠は距離を取った。それとほぼ同時に巖鉄の刀の色は普段の黒味がかった灰色に戻る。

 

(制限時間もあるようだな。多分、再度使用するまで時間もいるんだろうが、無いに等しいと考えるべきか)

「玄弥!」

「む」

「がぁああ!」

 

背後から突如現れた玄弥が月詠を全力で蹴り飛ばす。玄弥の日輪刀は鬼の頸を切ることはできる。しかし玄弥は剣の才能はない。加えて刀は鬼が強く警戒している。故に確実に攻撃を当てることのできる体術を当てにいった。ただの体術と侮るなかれ。効果は普段よりも薄いとはいえ今の玄弥の身体能力は鬼そのもの。下弦の弐である月詠の行動を阻害するには十分だった。

 

「無道さん、巖鉄さん!」

「よくやった。巖鉄、奥義」

「承知。参ります」

 

巖鉄は刀を瞬時に収め、全身の力を刀に凝縮する。

 

「我が心は不動」

 

動かざる身体に反して心は自由

 

 

無念無想の極地

 

 

黒鉄の呼吸 奥義 剣術無双・剣禅一如

 

 

影の呼吸 肆ノ型 絶影

 

 

放たれる二つの斬撃は月詠の頸を捉え、そして切り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、これほどとはな」

 

 

 

 

 

はずだった。

 

「おいおい、どうなってやがる」

「馬鹿な!」

 

巖鉄、遠夜両者の刀は月詠の目の前で止まっていた。振り切ることすらできておらず、どんなに力を入れて前に押しても刀は動かない。

 

「これを使うことになるとはな」

「なに、しやがった」

「奥の手だよ」

 

まずい、と思った時にはもう遅かった。

月詠の短剣が紅く光り、巖鉄は吹き飛ばされ玄弥に受け止められたが、衝撃波が直撃したため肋骨が折れる音がした。

 

「巖鉄さん!」

「ごっ……ぐっ、うぅ…か、影柱様!」

「やっべ」

 

刀を引こうとしたが、びくともしない。それどころか身体も動くことができない。

 

「おいおいおいおい、どーなってんだ」

「終わりだ」

 

月詠は短剣を顔面に向けて振り下ろそうとした。

 

「無道さん!」

 

だがそれを阻むべく玄弥は南蛮銃を撃った。

 

「邪魔だ」

 

再び短剣が紅く光り、銃弾を弾き飛ばし、玄弥諸共吹き飛ばした。

その瞬間、僅かに身体を拘束していた圧力が緩み、なお近づいてくる短剣から逃れるべく身体を捻った。

しかし完全に逃れる事はできず、月詠の短剣は遠夜の左眼を抉った。

 

「か、げ柱様っ」

「無道さん!」

 

鋭い痛みと熱。そして半分闇に覆われた視界。加えて新たな傷を受けた瞬間、腹部の止血が疎かになり傷が開いた。

一気に血を失ったことにより身体の力が入らなくなる。刀でどうにか身体を支えたが、もう戦えるような力は残っていない。

 

遠夜は宇髄のように身体的に恵まれていない。故に出血が重なれば数刻も経てば失血死する。

 

(……無理だな、これは)

 

柱に至ったとはいえ、遠夜は柱の中での実力は下位の方である。以前戦闘した下弦の参はしのぶがいたからこそ余裕を残して勝てた。だが今は満身創痍であり、戦力となる二人も疲弊し、傷を負っている。

なにより戦力としてはこの場では一番である遠夜が致命傷。即座に討伐が不可能だと判断し、遠夜は二人に指令を出す。

 

「逃げろ。色々しくじり過ぎた」

「な…」

「無道さん、は」

「俺はもうダメだ。失血し過ぎた、長くは保たん」

「しかし」

「早くしろ。時間くらいは稼いでやる」

「無道、さん」

「行け」

「………」

「早くしろ!死んだら終わりなんだぞ!」

「っ!」

 

その言葉に巖鉄は折れた肋骨を押さえながら、玄弥の手を引き地下室から出た。終始玄弥は遠夜の名前を呼んでいたが、南蛮銃の弾が底をつき、僅かに操作能力の影響が残っている玄弥は戦力としては数えることは厳しい。巖鉄は負傷し、普段の動きはできない。撤退しかないという判断は妥当だろう。

 

「なるほど、部下を助けるために身体を張るか。殊勝な心掛けだ。だが、虫の息のお前でどこまで俺をこの場に留められるかな?」

「そう、長くは保たんだろうよ。なにしろ…俺とあんたの相性は最悪。六つある影の呼吸のうち五つしか使えない俺にしては上出来だろうよ」

 

煉獄程の実力が俺にあれば話は別だがな、と心の中で付け加える。

元より遠夜は身体能力に関しては巖鉄と同等程度であり、剣技は柱としてはやや未熟である。今までは持ち前の頭脳を武器に鬼を屠ってきたが、その遠夜以上の頭脳を持つ鬼が相手では状況は不利。加えて相手の血鬼術は影の呼吸と相性か悪い。

 

(結局、こうなるか)

 

諦めに近い感情が湧き上がってくる。終ぞ、遠夜は兄である月慈にも日永にも届かなかった。

 

「……憐れな弟よ、せめて一息で終わらせてやろう」

 

血塗れになりながらも刀を構える遠夜に、月詠はそう告げた。

 

「…悪いな、少年」

 

遠夜の言葉は誰にも届かなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「随分と長く足掻いたな」

 

倒れ伏す遠夜に月詠はそういった。

遠夜は月詠をこの場に留め、巖鉄と玄弥が逃げるための時間を稼いだ。月詠の見立てでは数分もしないうちに遠夜は力尽きると踏んでいたが、実際遠夜は一時間近くも一人でこの場に月詠を留まらせた。満身創痍の身体を無理矢理動かし、殺せなくとも全ての力で時間を稼ぐことに心身を注いだ遠夜は、少なくとも月詠が対面した人間の中で最も強い人間だった。

 

だが限界が来たのか、遠夜は倒れ伏し、呼吸も浅い。手に持っていた刀も今は傍らに転がっている。

 

「……そういえば、鬼狩り…柱の素体を得るのは初めてだな。どうせこのままでは死ぬ。ならば最期に役に立ててやろう」

 

月詠は遠夜を抱き抱え、分娩台に乗せた。

そして自らの左眼を眼軸ごと抜き取った。抜き取られた眼球は即座に再生し、何事もなかったように機能も回復した。

 

「今まで鬼の肉体を移植した者は皆死んだ。血ですら耐えられん者が多いのだから肉体を移植すればほとんど死ぬなんてわかりきったことだ。だが、通常の人間よりも遥かに強い肉体を持つ柱。さて、結果はどうなる。鬼と化すのか、死ぬのか。それとも……?」

 

そう言いながら月詠は空間操作を行いながら遠夜の左眼に残った潰れた眼球を取り出した。通常なら耐えられる痛みではないが、瀕死と遠夜はもはや痛覚すらない。

そこへ先程抜き取った月詠自身の眼球を遠夜に移植した。本来、このように粗雑な移植(しかも眼球という繊細な器官)で移植は成立しないが、移植する器官が鬼の肉体という異例。再生能力が非常に高い鬼の肉体を移植すると移植先に癒着しようとする働きがあることを月詠は知っていた。

埋め込まれた眼球は即座に遠夜の肉体に癒着しようと蠢く。

 

「がっ!」

 

激痛。瀕死の遠夜に癒着するために移植された月詠の眼球が遠夜の肉体を取り込もうと侵食を始める。

 

「さあどうなる」

「ぐ、あがぅあ!がぁああぁあ!」

 

身体が内側から侵食されていくような感覚。

それは徐々に広がっていく。

 

「ゔ、あぁあ」

 

ほとんど意識の無かった遠夜の意識は瞬間的に無理矢理覚醒させられ、大量の血を吐く。

 

だが感じたことのない激痛が全身を駆け巡り、傍らにいる月詠のことなど気にする余裕など無い。

 

抗えない侵食する感覚。

 

徐々に消えていく視界。

 

 

脳裏に過ぎるのは、三人の人間の姿。

 

 

兄、日永

 

義姉、胡蝶カナエ

 

そしてーーーーー

 

 

三人の姿が消えていく。

 

手を伸ばしても届かない。

 

 

「ま…て…。まだ……ま、だ!まだ、俺、は!」

 

 

三人の顔が闇に呑まれそうになる。

 

消えていく

消えていく

 

やめろ

 

まだ

 

まだ、()

 

「ーーーーっ!」

 

 

血を吐きながら遠夜は声にならない声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、無道遠夜という人間は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諦める

 

抗う

 

 

 

どうする?

 

 

 

 




黒条月慈(月詠)
身長 179cm
年齢 29歳(鬼になった時点で成長は止まっているため肉体年齢は19歳)
血鬼術 神威(かむい)

遠夜の実兄。遠夜が7歳の頃に黒条家から追放された時16歳。
基本感情が無いが、感情を想像してなんとなく実感することはできるためまるっきり感情が0というわけではない。
童磨とは異なり常に無表情。非常に優秀だったが、感情に乏しかったため実母からは君悪がられていた。父親の黒条大月によって英才教育が施されていたため大人よりも遥かに頭脳明晰な少年に成長。
月慈が9歳の頃、大月の妾が遠夜を身篭る。遠夜が生まれて数年、月慈の実母が病で死去。数年は遠夜のことをちゃんと育てていた大月だったが、妻が亡くなってからは遠夜の扱いはぞんざいなものになり、最後は眠らせて縛り上げ捨てるに至る。その後月慈が無惨によって鬼になり、大月を事故に見せかけて殺害。黒条家の当主となり、病院周辺の人間を失踪に見せかけながら喰う。非常に優秀な頭脳を持ち合わせていたため自らの血鬼術と鬼の強化された五感を駆使して稀血の人間をあらゆる場所から探し出し、拉致して喰っていた。

血鬼術
神威
カカシ先生の神威と同じ。視線のピントが合った場所を血鬼術によって形成された別次元の空間へと飛ばす。別空間にあるものを引き出すことも可能。鳴女と比べて移動における利便性は遥かに低いが、鳴女よりも攻撃に特化している能力。

神威・虚空
オビトのすり抜けと同じ。相手の攻撃は全てすり抜けてほぼ無敵になるが、発動中は一切攻撃、移動ができない(こちらの攻撃も相手の身体をすり抜けるから)。擦り抜けを発動していられる時間は約3分。加えて発動後は虚空使用時間に応じてクールタイムが必要だったが、そのクールタイムが無惨の血を得ることで激減。

神威・発
空間を押し出すことで衝撃波を放つ。並の人間なら受けただけで致命傷になり得るが、常中ができるくらいの人間ならばダメージ程度で済む。射程は長いが、発動場所から離れるほど威力は劇的に落ちる。


黒鉄の呼吸
岩の呼吸の派生(日輪刀の色的に)の呼吸。日輪刀の色は黒に近い鋼色。影の呼吸のように絡手で敵を倒すのと真逆で力と速度で敵を粉砕する脳筋呼吸。力こそパワー。

壱ノ型 斬鉄剣
弐ノ型 砕鉄剛刃
参ノ型 斬鎧
肆ノ型 黒刃一掃
伍ノ型 殲刀
陸ノ型 赫刃・熱鋼斬
奥義 剣術無双・剣禅一如


柱の中でも実力は下位とはいえ、遠夜が下弦の月詠に負けた理由
・単純に遠夜の影の呼吸と絶望的に相性が悪かった
・実兄が鬼になっていて少なからず動揺があった
・出血が酷く頭が回らなかった
・特異な血鬼術の弱点を見破ることができなかった
・相手が遠夜よりも頭が回る鬼だった
・戦闘が物陰がない開けた場所での戦闘だったため、影の呼吸の良さを活かしきれなかった


分岐点。

分岐ルートどちらから?(最終的にはどちらもやります)

  • 鬼化ルート(2〜3話で完結)
  • 通常ルート
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