よろしくお願いします。
―――七耀暦1206年5月16日 クロスベル AM10:00
クロスベルに到着して、早一週間。だいぶこちらの暮らしにも慣れてきた今日この頃、今日も元気に働いている。
「いらっしゃいませ!」
現在はクロスベル西通りにある、ベーカリー《モルジュ》でアルバイトに勤しんでいる。
今日もお客様がご来店されました。今日も笑顔で頑張ろう。
何故、このベーカリー《モルジュ》に務めているかと言うと、以前セントアークでコロッケサンドを試作してみたが、パンがコロッケに合わず、一時断念していた。
そこで私は考えた。パンが合わないなら、合うパンを作ればいい、と。だがそれは難題だった。私にパンつくりの知識も経験もないため、見様見真似で始めたが、結果は芳しくなかった。だから私は新たに考えた、パンつくりを学ぼうと思った。ちょうどクロスベルに有名なパン屋であるベーカリー《モルジュ》があることを思い出し、探して見るとすぐに見つかった。
早速学ぼうと思って、あることに気付いた。‥‥‥‥私には結社の仕事がある、ということに気付いた。
そうだった。このクロスベルに来たのも今度の実験のために前乗りしてきたんだった。ここでパンつくりを学ぶために来たんではない。‥‥‥‥だが、やはり惜しい。折角ここまで来たと言うのに、なぜ私は我慢してしまうんだ。クロスベルに来る際、列車で出会った御老人も言っていた。『自由に生きなされ。青年にはそれを成せる力がある』と言っていた。そうだ、私にはそれを成せる力、『分け身(ワーキングモード)』がある。
分け身で潜入し、技を盗み、後で私に教えてもらおうと考えた。
だが‥‥‥‥お店に二人しかいない。どういうことだ? 確かお店には親方と若い男女が二人いて、三人でお店を切り盛りしているはず‥‥私は気になり、クロスベルの人に聞いてみると、事情が判明した。
親方はこの春にノーザンブリアにパン焼きの技術指導に行ってしまっていたので、お店は現在二人で切り盛りしているそうだ。どうやらお困りのようだ。ならば仕方がない‥‥‥‥
「アルバイトに雇ってください。やる気なら誰にも負けません!」
私が働こう。幸い、過去にはコロッケ屋台で鍛えた接客業の技術が役に立つはずだ。だが申し訳ないが私は多忙のため、ここには分け身が来ることになる。
以前コロッケ屋で使っていた、改造分け身と同じ顔に変えよう。結社の先輩、今は亡き元第三柱のゲオルグ・ワイスマンさんの偽名アルバ教授を使用している。過去にリベールの『福音計画』で亡くなられたらしいので、クロスベルなら知り合いはいないだろうと思い、この顔と偽名にしてみた。接客業は笑顔が大切です。なので、笑顔が似合う顔は接客に向いていると判断した。前回のセントアークのコロッケ屋台もこの顔の時には、人が集まった。やたらと教会関係者が来たけど、にっこり笑顔で対応した。
□
「よし、では始めようか、アルバさん」
「ええ、よろしくお願いします。オスカー先輩」
先輩のオスカーさんからパン焼きの指導を受けている。まだまだ未熟な身の上で到底、店で出せるシロモノではないので、掃除、品出し、そして接客を担当して、お店に貢献出来るように頑張っている。
その代わり、店の閉店後にオスカー先輩にパン焼きを教わっている。
最初はオスカー先輩と呼ばれると、困惑していた。アルバ教授状態の私は見かけ年齢が37歳になっている。
そもそも、37歳の男がパン屋にいきなり、アルバイトに、ましてやパン作りを教えて欲しい、とやってきて、教えてもらえるようになるだろうか、最初は訝しがられた。
だが、これは事情を説明したら、すんなり認められた。
私の生い立ちは故郷であるノーザンブリアを失い、孤児院で育ったが、故郷が滅んだ原因を調べているうちに得た知識が評価され、考古学者になり、教授の地位を得たが、人望がなく部下からは嫌われ、対外勢力にも疎まれ、教授の地位をはく奪されて途方に暮れていた。だが、故郷のノーザンブリアにパン焼き指導に親方さんが行かれたことを知り、私ももう一度故郷に戻る前に、パン焼きを覚え、故郷でパン屋を開きたい、と言うことを力説したところ、その日のうちに修行を開始できた。
元々のゲオルグ・ワイスマンさんの生い立ちに現状の状況をミックスして、それらしいことに、私の演技力を加え、説得して見た。オスカー先輩は信じてくれたが私は心に大ダメージを追ってしまったが、結社のためだ、このくらいの犠牲は必要だ、と自分に言い聞かせた。
だが、私はこの説得をしているうちにあることに気付いた。このアルバ教授顔だと、やたらと口が回るということに。まあ、気にしてもしょうがない。この顔だと結社内では詐欺師に向いている顔と言われたし、それが影響しているんだろう。
それに仕事はこれだけではない。
□
クロスベル市東通りにある宿酒場《龍老飯店》こちらにも分け身を送り込んだ。このお店は東方風の店構えと同様にメニューも東方料理が中心で、中でも店主であるチャンホイ氏の作る炒飯は絶品と評判です。そのため今後を見据えてこの技術を学ぶために送り込んだ分け身が‥‥‥‥
「サンサン、いつ見ても君は美しい」
「アレイスターさん、仕事中ね」
何故かナンパ男になってしまった。いや、ナンパというよりキザな感じの男になってしまった。おかしい、以前セントアークで会った、アレイスターさんをモデルに作ったんだが、あの時は‥‥‥‥アレ、よく覚えていない。そういえばやたらと質問されたが、眠くなって寝てしまったんだった。でも、まあいいか、とりあえず店で働ける程度の能力はあるんだが‥‥‥‥
「ほう、アレイスター。この店の3つのルールを言ってみるね」
「フッ、一つ、静かに食べる事。二つ、店長に逆らわない事。三つ、サンサンに手を出さない事。ですよね。分かっていますよ。今日で一週間毎日暗唱していますから」
「‥‥一週間毎日暗唱しているのに身につかないとは、アレイスター、覚悟はいいアルね」
「ええ、お義父さん」
「キサマにお義父さん、呼ばれる筋合いないね!」
何故だか毎日店長と格闘が起こっている。
人格に問題、いや欠陥があったか。だが可能な限り、アレイスターさんを思い出しながら作ったと言うのに‥‥‥‥一体何故だ?
「パパ、龍老炒飯3人前ね」
サンサンからオーダー入ると、店長との格闘戦は終わりとなる。
「龍老炒飯3人前、始めるよ、アレイスター」
「イエス、店長」
私の分け身、アレイスターは具材の前に立ち、右手に包丁、左手に具材を持ち、両手がまな板の上で交わった。その後、目にもとまらぬ包丁さばきを見せ、具材を切り分ける。この《龍老飯店》に勤め始めて一週間、具材を切り分けつつ、切り分けた具材をボールの中にダイレクトインさせることが出来るようになった。私から店長へのパスが通ると、
「アイヤーーーーーーーー」
店長が具材を炎が猛り、熱された東方鍋の中にいれ、気合と共に混ぜていく。みるみる内に米に卵がコーティングされていき、光輝いていく。
「出来たネ」
黄金に光輝く炒飯がサンサンに渡り、お客様に提供されていく。お客様が一口、その炒飯を口に入れると、笑顔がこぼれていく。実に良い光景だ。いつか私も店長の様な炒飯が作りたいものだ。
「アレイスター‥‥‥‥今日の調理はまあまあね。このまま続ければ、私の秘伝を与えてやってもいいネ」
「店長‥‥‥‥」
「だけど、サンサンはやらんネ」
色々誤解はあるようだが、分け身『アレイスターモデル』は当分継続させよう。秘伝を頂くその日まで、誠心誠意働こう。
□
クロスベル市・港湾区の公園内で営業しているラーメン屋台がある。それが麺処《オーゼル》だ。屋台というところに好感を覚える。私も屋台から身を起こした者として、是非とも御応援したと思っている。
ただ、同じ屋台仲間ではあるが、屋台ライバルとも言うのが世の常だ。ライバル店の情報は非常に気になる。だからと言って、私が直接行くと、警戒されるかもしれない。何かスキはないだろうか、私が探して見ると‥‥‥‥見つけた。
この店は最近弟子を取ったようだ。良かろう、ならばこちらもニューフェイスがお相手しよう。
side ギルバート・スタイン
「おい、ギル。お客さん待たせてんぞ!」
「はい、ただいま!」
どうして‥‥‥‥こうなった。
僕は一週間前にクロスベルに到着したとき、寝ていた。ずっと、グーグーと、寝ていた。起きると体が非常に軽かった。最近の肩こりや疲れ目が一気に取れていた。凄い、これがクロスベルの力か。
だが、体が軽くなった僕に、あの野郎がまたも重荷を押し付けやがった。
「このクロスベルの情報収集です。こちらが私が調べた調査場所です」
そう言って見せてきたのが‥‥‥‥グルメ雑誌だった。
「では、私がこのエリアを担当しますので、こちらはギルバート先輩がご対応ください」
「え、ちょ、ま、ええええええ」
なんと、西通りのパン屋と中央広場を《社畜》が、東通りと港湾区を僕が担当することにしようとしていた。
僕は思った。無理だ、だって僕一人で二軒の掛け持ちなんて無理だろう。そう言うと、
「分かりました。なら東通りも私が担当します。港湾区はお願いします」
そうアッサリと引き下がりやがった。良かった、まあ屋台一軒くらいなら大したことないだろう。
僕は高を括っていた。だが、甘かった。
「ギル、丼足りねぇぞ」
「はい!」
「ギル、注文取ってこい」
「はい!」
「ギル、お会計だ」
「はい!」
なんだこの人の多さは! お昼時になると更に多くなる。それが終わると漸く一息つけるが、夜の分の仕込み作業もあるし、麺の湯切りの修行もあるし、帳簿もつけなきゃいけないし、やることが多すぎる。
僕以外にもう一人、働いている奴がいる。コウキという奴なんだが、目の敵にされている。
「俺が一番弟子だ。お前は二番だ。分かってるな!」
なんで、こんな目に会ってるんだ。仲間にも恵まれない。仕事はキツイ。もう辞めようかな、この仕事‥‥‥‥
僕は意気消沈しながら、クロスベルの仮住居アパルトメント《ベルハイム》に帰ってきた。
「あ、お帰りなさい、ギルバート先輩」
「あ、うん、ただいま‥‥‥‥ハード君」
とりあえず、執行者《社畜》という異名で呼ぶことは止めて、本名で呼ぶことにしている。
それにしても、一週間でだいぶこっちの生活にも馴染んだもんだ。
ルームシェアと言うことで、一部屋を借りているが、大体の事はハードがやってくれるので非常に助かる。だけど、ゲオルグ・ワイスマンの分け身は心臓に悪いので、止めて欲しいところだ。
「ギルバート先輩、こちらが今日の仕入れ結果です」
渡してきたのは数枚の紙だ。その一枚目には、『仕入れ結果Ver.3』と記載されている。
いつもこれを見るのが心臓に悪い、一体今日は何をしてきたのか、不安でしょうがない。僕は恐る恐る、紙をめくると、絶句して、倒れた。
コイツ、またとんでもないもの買いやがった。
side out
ギルバート先輩が寝てしまった。どうやら港湾区の屋台は相当ハードなようだ。流石は我がライバル店だ。
しかし、折角仕入れてきた結果を見て欲しかったんだが、仕方がない。疲れが取れてからじっくりと見てもらおう。今日の戦果は少量ですが、報告は必要だ。なにしろ、今後次第で、ギルバート先輩の給料から支払われるからな。
一枚の紙がめくれ、そこには今日一日で購入してきたこれから必要な物資一覧があった。
・マシンガン:20丁
・バズーカ砲:20丁
・各種高性能火薬:多数
・型番なしARCUSⅡ:2機
・大型輸送車:2台
流石クロスベルだ。品揃えは実に豊富だ。
ここクロスベルには《ナインヴァリ》というお店があった。その店は欲しいものが山の様にあった。
まず、武器だ。魔獣の脅威から身を守るためには必要だ。いくらあっても足りないくらいだ。
そして、ARCUSⅡだ。今までは一人でやれていたので必要はなかった。だが、ギルバート先輩というパートナーが出来たので、出先で連絡を取る必要が出た場合のために持ちたいと思っていた。ちょうどよく最新機が売られていたので、ぜひ欲しかった。
それにこれのおかげでマスタークォーツというモノが使えるようになった。アーツとクラフトが更にパワーアップ出来て、きわめて便利だ。
だが、ここまではあくまで前座。今回の本命は大型輸送車だ。実はこれを持っているのは軍関係を除くと、ラインフォルトかクライスト商会くらいだ。つまり一種のステータスになるほどだ。若干値が張るが、小さいことだ。気にしてはいけない。
それに私とギルバート先輩の目標はサザーランド州だけではなく、帝国いやゼムリア全土に店舗を構え、経済支配を成すことだ。
結社のバックがあればそれも可能だ。十三工房の力も借りて、大量生産を行い、ゼムリア全土に店舗を構え、経済的に国家と切り離しを出来なくしてしまう。そうすれば遊撃士も手が出せなくなり、今後の計画の推進の妨げが無くなる。ひいては盟主様の計画の成就につながる。
つまり、私の働きが行く行くは結社の発展に貢献できる、ということだ。これは実に重大で、やりがいのある仕事だ。盟主様にお声を掛けて頂いた恩、執行者という重要ポストに置いて頂いた恩、頼れるパートナーを与えてくれた恩、全ては盟主様の恩恵です。
この恩に報いるためにも、執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》のハード・ワーク、頑張ります。
あ、いかんいかん。寝ているギルバート先輩の体調を整えないと、明日も共に結社のために働くんだ。私のパートナーがこれくらいで音を上げるとは思わないが、念には念を入れておこう。
「『神なる焔』」
よしこれで明日も元気に働ける。頑張りましょう、ギルバート先輩。
さて、ギルバート先輩を回復できたし、私はこれから外に行こう。
実はクロスベルに着いてから、日課が出来た。‥‥‥‥マラソンだ。
クロスベルは実に広く、人々の出身も様々だ。色々な話が聞ける。今後の役に立つかもしれないし、色々聞いて回ろう。よし、行くぞ、クロスベルマラソンだ。
私は外の出て、道行く人に話しかけて回った。
―――七耀暦1206年5月17日 クロスベル軍警前 AM8:00
「もう二度とするなよ」
「‥‥‥‥はい、申し訳ありませんでした」
「‥‥‥‥」
昨夜、道行く人に話しかけていたので、逮捕されました。ギルバート先輩に身元引受人として軍警に来てもらっていました。
どうやら、子供に声掛けしていたので、不審者として通報されたようです。
どうやら世界は私に厳しいようだ。私は悲しい。
次回は週末を予定しています。