―――七耀暦1206年5月17日 アパルトメント《ベルハイム》 AM8:30
クロスベル仮拠点に戻ってきた。警察からここまでの道中、私とギルバート先輩はお互い無言だった。
まあ、当然だろう。ギルバート先輩からすればこんな無能に掛ける言葉なんてあるわけがない。結社の執行者である私が、警察に捕まるだなんて失態、前代未聞だろう。自分の愚かしさに腹が立つ。これからの私は結社の恥さらしとして生きていくのか‥‥‥‥鬱だ。なんだか、死にたくなってきた。
私が自分を責め続けていると‥‥‥‥笑い声が聞こえてきた。
「‥‥‥‥ハハハッ、中々面白かったよ。《社畜》のハード君‥‥‥‥バァ!」
「‥‥‥‥カンパネルラさん!」
ギルバート先輩がカンパネルラさんに化けた。いや、カンパネルラさんがギルバート先輩に化けていたんだ。その変装を解いて、いつものカンパネルラさんに戻ったようだ。
「いやあ、どうやらドッキリ大成功みたいだね。うんうん、《道化師》の異名の面目躍如と言ったところかな」
「い、一体何処からがドッキリだったんですか!」
「昨日の声掛けした女の子も警察官も施設も全部、僕の幻術だよ。実際は警察に逮捕されてないから良かったね」
よ、よかった~。私は安堵のため息と共に、その場にへたり込んだ。腰が抜けたようだ。
もし本当に警察に捕まっていただなんてことになったら、『ハード・ワーク』を縄に変えて、首を吊っていたかもしれなかった。結社の恥さらしとして生きるなど、例え盟主様にお許し頂けたとしても、私が許せない。今すぐ、ハラキリでもなんでもするから、クビだけはご勘弁くださいと地面に頭をめり込ませてお願いしに行っていた。
だが、カンパネルラさんも冗談が過ぎる。
昨日、泣いていた女の子がいたので、どうしたのか、聞いただけで、警察官がやってきて『事案です』と言われて、逮捕された。その後取り調べに合って、拘置所に一晩泊った。そしてついさっき釈放されて今に至る。いくら何でも悪ふざけが過ぎる。
「いくら何でも悪ふざけが過ぎますよ、カンパネルラさん!」
「‥‥‥‥君がそれを言うかな。パン屋で元第三柱の使徒をアルバイトさせたり、別の執行者の変装をして炒飯作りを学ばせたり、僕のおもちゃをいじめたり、は別にいいけど、それ以外は‥‥‥‥‥‥笑い過ぎてお腹痛かったよ! だからこれは正当な復讐だよ」
「え、そんな理由ですか!?」
「そんな理由! 何言ってるの! あの《白面》がパン屋で接客しているとか、それだけでリベールに大打撃与えられるよ。それにブルブランが女の子に声かけながら炒飯作ってるとか、いつも通り過ぎて思わず本物だと思ったよ。あ、あとギルバート君はもっときつめでもいいよ」
流石元第三柱の使徒様だ。それだけでリベールに大打撃とは‥‥‥‥一体どういうことだ?
そう言えば、セントアークでデュバリィさんにこの顔に出来るか、と言われて、試しに作ってみたら、何度かデュバリィさんに壊された。理由を尋ねると、ついイラっとしましたわ、と言われて、何度か作り直しているうちに作成回数が一番多くなったため、私以外の分け身では一番作りやすくなった。
だけど一体何でそこまでいろんな人に嫌われているんだ? 私が知らない歴史があるんだろうな。深く聞くのは止めておこう。
あと、そういえば気になることを言っていたな。
「ブルブラン、って誰です? 《龍老飯店》にいるのはアレイスターさんという、セントアークで会った人ですけど?」
「え? あれ、ブルブランの素顔をモデルにしたんじゃなかったの? ふーん、でもそう言うことか‥‥‥‥そのアレイスターという人に会って、変わったことはなかった?」
「‥‥‥‥そういえば、なんだか眠かった気がします。私が眠気を感じるのは3徹以上は必要ですから、あの日は徹夜していないので眠気を感じたのに違和感を感じました」
「おそらく薬か何かだろうね。君の意識を奪いつつ情報を引き出そうとしたのかも、それで君に近づいたのかもしれないね」
「ですが、同じ結社の人間にそんなことをしますか? ましてや私は出会った日に執行者に成ったばかりですした。そんな私から一体何を知りたかったんでしょう?」
「ハード君には言わなかったけど、今の結社は使徒の間でも色々意見が分かれているんだ。第二柱とそれ以外で意見が食い違っていて、第二柱が今結社と距離を取っているんだ。ブルブランは第二柱と近いんだ。君と第七柱みたいにね。だから、『幻焔計画』からブルブランは外されて君とシャーリィが入ったんだ。だから、情報収集のために近づいたのかもしれないね。まあ、先輩からのご挨拶みたいなもんじゃないかな」
「なるほど、そうですか。私もご挨拶できたら良かったんですが‥‥‥‥」
「まあ、そのうち会えるよ」
そのうちか、よし今度は失礼のないように全力でご挨拶しよう。同じ執行者だ、大体の人は戦闘がお好きだ。ならば今度はこちらから向かっていこう。きっと先輩だったら、胸を貸してくれることだろう。その時には最近練習中の『鬼炎斬』をご披露させていただこう。その時までにもっと鍛えなくては。
私は先輩に自己アピールするために意気込んでいた。
「あ、そうそう、僕がここに来た理由なんだけど‥‥‥‥その前にいくつか聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
カンパネルラさんが私に聞きたいことがあるとは一体何だろう?
私の頭に疑問符が浮かんでいると、カンパネルラさんがいくつかの書類を出して、私に見せた。これは‥‥
「購入予定のリストですね。これが何か?」
「ここにある、店舗用の土地と建材が20店舗分とか、一体何するつもり?」
「はい、サザーランド州に店舗を増やそうと思いまして、それ様です。ああ、建物は私が建てますので、業者は必要ありません。ただ土地が必要なので、それはお願いします」
前回のパルムの店舗は無事に完成した。私としても会心の出来だった。これなら次はもう少し早く出来ると確信できた。
それに出来上がった店舗には店内で食べるスペースも完備しており、ドリンクとのセット販売を目指したが、残念ながらコロッケ一本ではバリエーションに乏しく飽きられる日は近いと思わざるを得ない。後々はコロッケ生産拠点にするしかないと思ったほどだ。今はまだいいがおそらく来月には売り上げが落ちだすだろう。
現状を打開するためには、飽きられる前に新商品を開発するしかない、そう思っていた矢先にクロスベルに行くことになった。実に良いタイミングだった。クロスベルで新商品を見つけ、サザーランド州で販売する。珍しさが先行するだろうが、我が店舗でしかないという独自性を持てると言うことは、商売における強みになる。
構想中のコロッケとパンの組み合わせ開発名称『コロッケパン』を持ち帰り用として、拉麺と炒飯の同時提供である開発名称『拉麺と炒飯』を店舗で食べてもらう。これで売り上げが伸びるはずだ。
まあ、これも一時しのぎでしかない。第二段階に推移までの間に客を繋ぎとめるための手だ。第二段階からが本当の始まりだ。結社によるゼムリア大陸支配への本当の第一歩だ。その尖兵である私とギルバート先輩の役割は大きい。うむ心躍るとはこういうことなのだな。不思議な高揚感を感じる。
だが私の思いと裏腹にカンパネルラさんの反応は宜しくない。
「うーん、土地を用意するのはいいけど、この場所、結構いい土地だから値が張るね。それに色々と良く分からない物があるんだよ。ティアの薬をはじめとした薬各種にシルバーピアスみたいなアクセサリ一式とかとても飲食店に必要なものだと思えないんだけど‥‥‥‥」
「ああ、それの事ですか。土地に関しては町の出入り口や中心地などの人通りが多い場所ですので、致し方ありません。後、これから増やす店舗は飲食店ではありません。なので、それらが必要になりますので仕入れをお願いします」
飲食店だけでは限界があるし、量産しても保存が効かないものが多い。私とギルバート先輩が目指すゼムリア大陸経済支配には飲食店ではなく、こう言った生活必需品を取り扱い、行く行くは大きい物、飛空艇とか戦車とか機甲兵のシェアも握る必要がある。とりあえず帝国の経済を支配するためには、最終目標はラインフォルトの乗っ取りが必須であるが、いきなりは無理だ。段取りが大切だ。まずは‥‥‥‥
私が思考を巡らせていると、カンパネルラさんが驚きの声を上げた。
「え、飲食店じゃなかったの! コロッケ屋を発展させることが目的だと思っていたよ」
「ええ、当初はそう考えていましたが、パルムの支店状況を見るとおそらく3か月ほどで赤字に変わりますね。えーと‥‥ああ、これです。ここの数字を見てください」
私はカンパネルラさんに先月の売り上げ表を見せて説明を始めた。
「まず、先月の販売開始から一日ずつの推移がこちらです。一日一日徐々に増えていってます。ですが、ある程度過ぎると落ち着きます。その後、下落していきます。そしてこちらがパルム支店の状況です。こちらも販売開始からは徐々に増えていき、ある程度過ぎると落ち着きます。店舗自体の一日の売り上げにも増やせる限界があります。私とギルバート先輩が料理のレパートリーを増やすとその分、利益が下がると思います。一品物の方が材料を絞れるので、トータル一番利益が出しやすいと思いました。ですが、利益が増えてもおそらく店舗の土地代を払い終えるのが少し早くなるだけです。なので、考え方を変えました」
「考え方を変えた?」
「はい、邪魔になる店を全て潰すことにしました」
「は?」
「まずは各町や村にある雑貨屋などと同じ商品を提供します。その際価格は2割程下げます。それにより仕入れ価格そのもの、いや若干の赤字になっても行います。目的は他店を価格競争に追い込み、相手から顧客を奪い、店自体の営業を立ち行かなくします。そうしてライバル店が潰れたらこちらの価格を今までの負債分の穴埋めのために上乗せをします。これが店舗を増やす目的第一段階です」
「‥‥‥‥とりあえず話は全部聞いてから質問するから続けて」
カンパネルラさんが頭を押さえながら、続きを促した。頭痛いのだろうか?
「第二段階は他の商会の妨害及び買収です。まずは手ごろな商会を襲撃して、評判を落として、経営困難手前まで追い込みその後、買収を行い、販売シェアを奪います。これで小物から生活必需品を結社の自由に差配できるようにすることを目的にしています。ただ、いきなり大企業は無理ですので、小さな商会から徐々に潰しては買収、潰しては買収を繰り返します。第二段階の最終目的はクライスト商会までを飲み込みます。これはあくまで目安ですので、それほど意味はありません。
第三段階は実力行使です。ここまで飲み込むと、おそらく敵が多くなり出します。一気に大企業の上層部を洗脳、最悪の場合は暗殺してトップをこちらの息のかかった人員に挿げ替えて、こちらの傘下に収めます。大企業の場合、社長が誰でも社員は働きます。なので上層部が消えても気にはしません。この第三段階の最終目的はラインフォルトグループを取り込むことです。ラインフォルトさえ取り込めば、帝国の支配は完了と考えられます。ここまでくれば単独で対抗できる企業は他にありません。
最終段階は全ての勢力を飲み込みます。我が結社の勢力は他の追随を許しません。ですが手を緩めてはいけません。こちらの強引な政策は敵をたぶんに産みます。ここまで大きくなると敵対勢力も単独で戦おうとはせず残存勢力と連合してこちらに対抗してこようとします。ですが、それが狙いです。相手がこちらを超えようとすれば無理な連合に成ります。そのため色々な綻びが生まれますので、その時一番大きな勢力を狙います。ただ全力で狙っても、こちらが仕掛ければ、あちらは合力して戦うでしょう。ですから絡め手で敵対勢力を一つずつ引き剥がしていき、一つずつ潰していきます。これでゼムリア大陸の経済支配が完了できるはずです」
私は言い切り、カンパネルラさんの反応を待つと、カンパネルラさんが何とも言えない複雑な表情をしながら、質問をしてきた。
「‥‥‥‥えーと、何からツッコめばいいのか分からないけど、とりあえず飲食店を止めたことは分かったけど、各都市いや町単位で店舗を作って、色々な商品を扱うのは分かった。それを各町単位で店舗を作るけど、人手はどうするの? いくらハード君が分け身で働けるからって20店舗分とか無理でしょ」
「働くのは私ではなく現地の住民です。一時間1300ミラで雇おうと思います」
帝国の場合、一時間800~900ミラくらいが相場だ。その相場の1.5倍出すんだから人手は賄えるはずだ。それにこれくらい出せば人は簡単に従う。人はミラに弱い生き物だから。
「それ、高すぎない。結局少数しか雇えないと思うけど?」
「高いですが、利益を出すことが目的ではなくライバルを潰すことが目的です。それに、少数ではなく時間帯を決めて可能な限り多くの人に働いてもらいます」
「それでも店舗に限りがあるんじゃ‥‥‥‥」
「なら適宜増やします。目的はライバル店を潰すことが目的ではありますが、真の目的はその町に我々結社に衣食住の全てを握り、我が結社無くして生活が成り立たなくなせることです。その結果ライバルは潰れた後に値上げしても、従わざるを得なくさせます。その結果、我が結社の構成員になるのです」
「構成員?」
「はい、結社の協力者ですので立派な構成員です」
働く場所を求めて、私は結社に拾って頂いた。きっとこの思いは共有出来る人がいるはずだ。私と同じ思いをした人達、この世界から不要と判断された者たちが、いるはずだ。私は幸運にも結社に、いや盟主様に拾って頂いた。そして今、執行者としてこの地位にいる。あらゆる自由が与えられているんだ。ならば私もこの特権を使用し、私と同じ境遇の人間を救い上げよう。共に結社のために身を粉にするつもりで頑張ろう、まだ見ぬ同僚よ。
「‥‥‥‥まさか時間帯労働者を構成員と呼ぶ日が来るとは思わなかったな。でも、それで商売を始めて、他の店がそんなに簡単に潰れるかな‥‥‥‥」
「ああ、具体的な時期とか決めていませんでしたね。『幻焔計画』中に出来るのはおそらく、第二段階まででしょうね。そこから先は時間が掛かりますね。5年先、10年先、それくらいかかるでしょうね」
「‥‥‥‥そこまでしてやる必要あるの?」
「期間的には長期に成りますが、先に地ならししてからの方が今後の計画の障害が減ると思います。それに最終段階まで進めば、このゼムリア大陸は全て盟主様の物です。どんなご要望でも思うがままです」
「‥‥‥‥うーん、確かに最後まで進めばいいけど、それまでの苦労を考えるとねぇ。結社の目的は計画の成就だけ、だから他は不要かな。それに『幻焔計画』以降の計画もあるし、それまでに終わらないじゃ意味がないよ」
「‥‥‥‥そうですか、残念です。私に出来る全てで盟主様にご恩返しが出来ると思ったんですが‥‥‥‥」
仕方がない、ゼムリア大陸経済支配計画は頓挫だ。他の方法を考えよう。
私は計画の成就を容易にすることを第一に考えていたが、カンパネルラさんは時期を重視しているようだった。確かに時期を逃すと意味がないものもあるだろうし、ゼムリア大陸全土はあきらめて、可能な範囲で支配領域を増やしていこう。エレボニア帝国のラインフォルトやリベールのZCFなどの国の根幹を成す企業の動きを少しでも止められる程度にはしておこう。
私は新たな目的が出来たので、それを目指して計画を練り直すことにした。
「とりあえず、20店舗分の土地は無しでいいね。というか用意してないから、はいこれは消しちゃうよ」
そう言ってカンパネルラさんは購入リストを燃やした。
「分かりました。当面はパルムの支店だけで頑張ります。ギルバート先輩は当分お借りしますよ」
「いいよ、いいよ、好きに使って」
「助かります」
とりあえず規模は縮小したが、現状維持だ。これからもギルバート先輩と共に頑張ろう。別の方法で結社に貢献しよう。今回の失敗でへこたれるわけにはいかない。盟主様のために一層頑張らねば。
「さて、これで疑問解決。そろそろ僕が来た理由を話すね」
「はい、よろしくお願いします」
「僕が来た理由は、5月20日の土曜日にVIP来訪に合わせてトールズ第二分校が来るみたいだから、それに合わせて色々動くから、ハード君も用意しておいてね」
「分かりました、準備しておきます」
なるほど、後3日か。とりあえずマスタークォーツを入手してから戦闘をしていないから、それまでに試しておきたいな。後でどこか探すか。
「とりあえず、お披露目は土曜日の夜にやりたいから、それまではバレない様にしておいてね。君には釘を刺しておかないと、勝手に動きそうだし」
「信用ありませんね。その辺りは一応弁えているつもりですが」
私はあらぬ疑いを掛けられて憤慨した。
執行者に成ってからも全身全霊を掛けて結社のために働いているつもりだったのに。
「僕の信用度がNo.と同じと言われているけど、執行者の中で弁えている順番を付けると君もNo.と同じだよ。最下位だよ」
「そ、そんな‥‥‥‥仕方ありません。では当日までこの部屋から出ません」
カンパネルラさんの言葉で私は打ちひしがれた。
言葉のグランドクロスは私のメンタルに非常に大きなダメージを与えた。思わず膝をついてしまった。
だが、歯を食いしばって何とか耐えた。
「いや、そんなことはしなくていいよ。というより、君を地上に置いておくと、何をしでかすか分からないから、地下にでも籠っててよ」
「地下?」
「クロスベルの地下、ジオフロントだよ。そこなら君が誰にも会わないだろうし、ああ魔獣はたくさんいるから寂しくないよ。君だったら其処でも平気で過ごせるでしょ。このままだと色々な方面に影響が出そうだし、事が起きるまでそこで暮らしててよ」
「分かりました。ちょうどいいです、ジオフロント内でトレーニングしてます。このARCUSⅡにも慣れておきたいですし」
「戦闘中には使ってもいいけど、連絡は結社用の端末を使ってね。足が着くとまずいこともあるからね」
「ええ、戦闘面でのみ、使いますよ」
「じゃあ、3日後にね、問題起こし過ぎないでね」
「はい、分かりました」
そう言ってカンパネルラさんが部屋を出て行った。
よし、急いでジオフロントに行こう。私は張り切って、ジオフロントに向かった。