社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第十七話 疑問

―――七耀暦1206年5月20日 星見の塔 PM9:00

 

 オルキスタワーから神機に乗ってたどり着いたのは《星見の塔》という場所だった。そこに神機を置いて、とりあえず始めたのが‥‥‥‥酒盛りだった。

 

「ああ、一仕事終わったから、酒が飲みたくなったな。なあ、ハード、持ってねえか?」

「申し訳ありません。残念ながら持っていません」

 

 私は塔の塔に着いたときに、執行者モードを止めた。そのため、喋り方も普通に戻した。

 

「じゃあ、ひとっ走りして、買ってきますよ。何がいいです?」

「まあ、適当に頼むわ。ついでにつまみかなんかも頼むわ」

「分かりました。じゃあ、行ってきます!」

 

 《劫炎》の先輩が仕事が終わったから、酒が欲しい、と言ったので、私はクロスベルにとんぼ返りして、酒類を買い込んで、ついでにつまみ類も買うことにした。

 すると、カンパネルラさんが声を掛けてきた。

 

「ハード君、クロスベルまで戻るのかい?」

「ええ、ちょっと行ってきますね」

 

 私は《星見の塔》の端に向かって走り出すと、カンパネルラさんが呼び止めた

 

「ちょっ、ちょっと待って! まさかここから飛び降りようとしてるの?!」

「ええ、態々階段で降りるのも面倒ですので‥‥‥‥」

 

 このくらいの高さからなら、飛び降りても地上に着地するときに受け身を取れば、問題ないし、この高さから助走をつけて飛べばもっと距離が稼げる。折角の高さだ、有効に使わないと《劫炎》の先輩をお待たせしてしまう。

 

「そうだ、ハード君。折角だし、転移でクロスベルまで行ってみたらどうだい? 君だって転移くらいは使ったことがあるでしょう」

「ええ、そうですね。使ったことはありますけど‥‥‥‥不得手でして」

「まあ、何事も挑戦だよ」

「‥‥‥‥そうですね。では転移していきますね」

 

 私は不得意ながら転移を発動して、飛んでみると‥‥‥‥見事に転移した、大体3歩くらいの距離を。

 

「‥‥‥‥あれ、うまく転移出来ませんね? おかしいな‥‥‥‥」

「どうしたの? 出来ないの?」

「うーん、いまいちクロスベルの市街への転移が上手く出来ませんね。‥‥‥‥結社関連の施設なら出来るんですが、それ以外だと成功率がガタ落ちですね」

 

 いや、出来るんですよ。ただ、良く知っているところじゃないと、転移が上手くいかないんですよ。先月のサザーラントから結社に飛んだときはうまくいったんですよ。

 でも、良く分からない建物とかには転移出来ない、という欠点があった。いやこれは私が未熟だからなんだが‥‥‥‥

 

「じゃあ、僕が送るついでに教えてあげるよ。帰りは君が転移で僕を送ってね」

「ええ、いいんですか!?」

「いいよ、それくらい。‥‥‥‥それに君がどうやって覚えるのか、興味があるしね」

 

 そう言って、カンパネルラさんは私を連れて転移してくれた。着いたのは‥‥‥‥オルキスタワーだった。

 さっきまであれだけの騒動を起こしていながら、いきなりこんな場所に飛ぶだなんて‥‥‥‥大胆不敵というか、何というか‥‥‥‥まずい、今は仮面もローブもしていないから、私だと丸わかりだ。

 

「じゃあ、やってみようか。ここからさっき居たとこまで転移してみようか? 急がないと人が来ちゃうし、早くね」

「はい、急ぎます!」

 

 ‥‥‥‥やってくれたな、カンパネルラさん。今ここに私が居ることが知られると、間違いなく正体がバレる。これは新人イビリ、新人イビリですか、カンパネルラさん。

 ‥‥‥‥いや、良く考えろ。これは指導だ。危機的状況において最良の結果を引き寄せろ、と言う事ですね。なるほど、流石カンパネルラさん、深い考えだ。分かりました、必ずやご期待に応えて見せます。

 さっきの転移の感覚、それを思い出せ。どういう感じだった、力の流れ、空間を移動する感覚、全てを思い出せ。

 私は結社の執行者として、転移する術を与えられている。前回のサザーラントから結社の施設までは問題なく、転移出来た。つまり、私は転移出来る。

 では何故、クロスベルでは出来ない。いや、クロスベルだから出来ないではなく、ゴール地点を明確に出来ていないから転移先が不明確である。先程も転移した時、何処に転移するかを明確に定めなかった。だから、転移に失敗した。でも過去にサザーラントから転移したときは結社に飛ぶことが出来た。それは何故か‥‥‥‥良く知っている場所だからだ。いや、明確にどのくらいの距離があり、どのような場所か、理解できたからだ。

 ‥‥‥‥結論が出た、どこに移動するか明確に定めることが必要である。ならばまず、先程のカンパネルラさんの転移を思い出そう。その転移を私が出来る範囲に落とし込もう‥‥‥‥成功。では出発点をオルキスタワーとして、到着点を《星見の塔》としよう。この二つの距離、方角を考慮し、転移の術式に組み込む‥‥‥‥成功。再度、術式確認‥‥‥‥問題なし。

 

「行きます、カンパネルラさん」

「え、もう!?」

 

 私はカンパネルラさんの手を掴み、転移した。

 

「お、早えじゃん。まだ行ってすぐじゃねえか」

 

 《劫炎》の先輩がいる。それにここは《星見の塔》だ。どうやら問題なく、転移が出来たようだ。

 これもカンパネルラさんが見本を見せて、体験させてくれたから、コツがつかめたようだ。これなら知っている場所なら転移が成功させることが出来そうだ。

 なるほど、これがOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)と言うものなんですね。酒とつまみを買ってくるのも、仕事と言う事ですか。

 

「すいません、さっきのは練習です。これから行ってきます。ではカンパネルラさん、ご指導ありがとうございました」

「あ、うん、いってらっしゃい‥‥‥‥」

 

 私はカンパネルラさんにお礼を言って、今度は一人でクロスベルに転移で飛び立った。

 

 

side カンパネルラ

 

「では、カンパネルラさん、ご指導ありがとうございました」

「あ、うん、いってらっしゃい‥‥‥‥」

 

 ハード君が転移で《星見の塔》に戻ってきて、それから再度出発する前に僕に向かってそう言った。咄嗟に返せたのが、僕らしくもない言葉だった。

 指導‥‥‥‥そんなものしたつもりじゃなかったんだけどな。

 本当のところ、彼をからかってやろうと思って、オルキスタワーに飛んだ。そして慌てふためく様が見たかった、というのが目的だった。

 確かに彼の模倣能力には興味があった。彼の模倣が何処まで出来るのか興味があった。

 これまでに、リアンヌの槍もマクバーンの焔も模倣した。それどころかレーヴェの剣は記録資料から復元させているほどだ。

 そして、さっきの転移にしたってそうだ。一回、たった一回の体感だけで覚えてしまった。

 結社の人間には転移出来る術式は渡されていて、万一裏切った場合にはこの術が外部に漏れないようにプロテクトが施されている。

 ハード君も当然その術式は持っているし、現にサザーラントから転移して結社に戻ってきたという実績はある。だから使えるのはおかしくはない、転移自体は‥‥‥‥

 だけど、僕が使ったのは、結社で使用されている術式じゃなくて、魔女が使う術式だ。それを今回からかうために用意した特別なものだ。だから普通なら使えるはずがないものだ、普通なら‥‥‥‥でも彼はそれを再現して見せた。それも、ものの数秒で、だ。

 自身で組み上げたんだ。僕の術式を基に、自分自身で他の手を借りずに転移が出来るように、構成を一部変更して、作り上げた。100%のコピーではなく、自身が使いやすいように作り替えた、ハード・ワーク用の術式を数秒で作り上げた。

 その事実を理解したとこ、背筋がゾクッとした。なんと恐ろしいことか‥‥‥‥

 

 彼、ハード・ワークはある意味特殊だ。

 盟主様が必要だと仰った。そして僕が直接干渉して結社に入れさせた。今にして思えば、それは正解だと思う。リアンヌ、マクバーンと対等に戦えるまでに成長しそうな逸材だ。それが教会や遊撃士に渡っていたら、厄介なんてもんじゃない。最早天敵と言わざるを得ない程だ。

 だけど、本当にそれだけなのか? ただ強いから、結社に入れたのか?

 彼の身体能力は単純に強く、速く、しなやかだ。正に理想的な体躯と言われるほどだ。そして知能は、これも良い。筆記テストなんかだと、途中式を書きつつ、きっちり答えまで書き尽くす。その筆記テストのレベルは‥‥‥‥レンを想定しての問題が含まれていた。それもきっちり正解を導き出した。おそらくは彼も‥‥‥‥

 だけど、僕は彼の事を何も知らない。おそらく盟主様は知っている。

 彼がもし、あの薬の被験者なら色々なことに説明が着く。彼の能力についても理解できる。レンという前例がある。だけど、何か引っかかる、本当に彼はそれだけなんだろうか‥‥‥‥一度調べてみるほうがいいかも知れない、もしかしたらもっと何かが隠されているかもしれない。

 僕が深く思考の海に沈んでいると、その海から引きずり上げる声が聞こえた。

 

「珍しいな、お前が真面目な顔して考え事か?」

「‥‥‥‥何だい、今考え中だったんだけど。それに珍しく真面目とか、酷い言われ様だね‥‥‥‥」

「まあ信用の無さがゼロのお前が真面目な時ほど、ろくでもないこと考えているとしか思えないからな‥‥‥‥で、何考えてたんだ? 暇だから聞いてやるよ」

「‥‥‥‥ハード君の事かな。彼、色々特殊じゃない?」

「はっ、今更だな。アイツがまともだと思ってたのか?」

「‥‥‥‥質問を変えるよ。彼、たぶん例の薬の被験者だと思うけど、それだけだと思うかい?」

「‥‥‥‥何かが混じっている、それは確かだ。だが、それ自体にそれほど脅威はねえ。だが、おそらく脅威に成るのは‥‥‥‥外側の方だろう」

「外側?」

「大体考えてみろ、例の薬の被験者だからって、《鋼》の槍もレーヴェの剣も見ただけで真似できる方が異常だ。いくら身体と思考を強化させたからって、そんなもん一朝一夕で出来るもんじゃねえ。確かにあいつは努力もしている奴だが、それがこの2,3か月程度でそこまで出来るか、ムリだろ。だからこそ、そんな事が出来る外側の方が脅威なんだ」

「‥‥‥‥確かにそうだね。そう言われてみるとそうかもね。リアンヌの槍でもレーヴェの剣でもそれ以外の武器でもなんでも使える、頭がいいから出来るものでもない、それを可能にする身体、だからか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハア~、そんなに気になんなら当人に聞いてみればいいだろう。アイツの事だ、すんなり答えるだろうぜ」

「‥‥‥‥そうだね、それも考えておくよ」

 

 僕はとりあえず戻ってから、調べてみることを決めた。どうやら、秘密が多そうだし、折角だから、秘密を暴いてみよう。

 別にからかうのに失敗したからと言って、それの意趣返しというわけではない。これはただの弱みを握りたいからだ。

 

 その後、ハード君が戻ってきて、酒盛りが始まった。その結果、ハード君がザルだったことが判明した。

 

side out

 

 

―――七耀暦1206年5月21日 星見の塔 PM1:00

 

side リィン・シュバルツァー

 

 俺は帝国からの要請『《結社》の狙いの見極め、クロスベルの地の混乱を回復せよ』を受けた。その際、俺に協力を申し出てくれた、アリサ、マキアス、エマの三人で《結社》の潜伏場所を調べた結果、《星見の塔》であることが判明した。その場に乗り込もうとしたときに‥‥‥‥同行者が増えた。まさかのオリヴァルト殿下、いやオリビエさんが加わった。そして今、《星見の塔》に乗り込むことになった。これから待ち受けるのは執行者《道化師》、《劫炎》、《社畜》の三人は確実だ。それ以外にもシャロンさんが言っていた、《怪盗紳士》そして、使徒第三柱《白面》もいるかもしれない。

 実は昨日のうちに、ランディさん、トワ教官、ミハエル少佐の三人にはユウナの家族の傍に《結社》の手が伸びていることを伝えてある。だが、今のランディさんは動けない、それに今は打開する術がないため、対処保留にするしかなかった。そして今も、ユウナには伝えることが出来ないでいる。まずはこの《星見の塔》の対処を優先させることを決めた。否が応でも緊張感が高まっていく。だというのに‥‥‥‥

 

「ところでリィン君、ここにいるⅦ組の面々が卒業後はどんな学生生活を謳歌していたのかな、是非とも聞かせてくれないかな?」

「そうね、折角だし聞いてみたいわね」

「ああ、僕も気になるな」

「そうですね、聞いてみたいですね」

「‥‥‥‥今、そんな話をする余裕があるとは思えない状況だけど‥‥‥‥」

「まあ、何時までも緊張していても疲れるだけね、丁度いい気分転換じゃない」

「まあいいけど‥‥‥‥」

 

 俺は三人が卒業した後の話をし始めた。大体はサザーラントで語った内容と同じだった。

 

「そうか、中々大変であり、充実した学生生活が送れた様で理事として嬉しい限りだよ。しかし‥‥‥‥ハード君か、僕も声を掛けたんだけどね、残念なことにフラれてしまったんだよ」

「ええ、それ本当ですか殿下!」

「今は、オ・リ・ビ・エ、ね。まあ表向きは僕付きの武官、いわゆる私的な秘書のような立場に彼を欲したんだよ。まあ、本当のところは、囲い込み、みたいな考えだったんだ。彼ほどの逸材を宰相達に取られるのは避けたかったし、‥‥‥‥でも素気無く断られたんだ。軍人にはなりたくない、と言われてね。一応説明したんだけど、最初の武官、という言葉に忌避感を覚えたようで、交渉は失敗してしまったんだ」

「そ、それは、何というか‥‥‥‥その、すいません‥‥‥‥」

「いやいや、別にリィン君が悪いわけじゃないしね。それに卒業後の進路は人それぞれだ。ハード君も今頃は自分が選んだ道を頑張っていることだろう」

「そうですね、きっと今頃はサザーラントでコロッケ屋を頑張っているんだろうな‥‥‥‥」

 

 そう言えば、あれからハード関連の連絡が来なくなった。以前はパトリックから連絡が来ていたが、前回の演習の時はオルディスにいたし、フィーもハードのコロッケ屋を贔屓にしているらしいが、最近は会っていないらしい。店には顔を出していないらしい、支店や営業活動の方が忙しいから、そちらの対応をしているのかもしれない。

 

「フィー君から聞いてはいたが、本当にあのハードがコロッケ屋を開いたのか、相変わらず何をするか分からない男だな」

「マキアス、ハードの事を知っているのか?」

「当然知っているさ、学年成績上位者の事は知っているし、個人的なつながりもあったしね」

「個人的なつながり?」

「ああ、図書館での勉強仲間だったんだ。入学したころの僕は‥‥‥‥ほら、その‥‥‥‥色々と尖っていた時期があったし、そんなときに出会ったのがハードだったんだ。当時の僕は、貴族憎し、みたいなところがあったから、彼が平民クラスだったから、何というか、安心感を覚えていたんだ。‥‥‥‥だけど、すぐに分かった。コイツにはかなわない、すぐに思い至ったよ‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハードは一体何を‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥図書館の本を全部丸暗記したんだ。‥‥‥‥最初は嘘だと思って、この本の何ページ目はどんな内容か、と聞くと、全て答えて見せた。‥‥‥‥僕も意地になって、この本棚の上から何段目、左から何番目の本を一冊完璧に書いてみろ、と言うと、それすらも仕上げて見せたんだ。それも、挿絵にシミ、傷まで再現したんだ。‥‥‥‥怖かったな、そこまで完璧に記憶出来るものなのか、僕が不出来なだけじゃないのか、トールズの学生はみんなこんなことが出来るのか、そう思った。‥‥‥‥でも、ハードだけが特別だとわかってホッとしたよ。まあ、それからは彼はそういうものだと思って、諦めることにしたよ。まあ、彼自身悪い人間ではないし、共に勉強していると驚くことが多いけど、慣れるとそういうものだと諦められるようになったよ」

 

 ハハハッ、と笑っているマキアスの目が若干死んでいるのに、目を逸らしながら、ハードの事を思い出してみた。

 確かに記憶力が良いのは知っていた。去年は予算、在庫の管理は全てハードに聞け、が学院のルールだった。特に予算に関しては恐ろしいことに1ミラの誤魔化しも許されなかった。もし、狂いがあった場合、全ての報告書を確認し、そのミスを見つけるまで帰ることはなかった。そして、それは生徒会役員にも適用される、決して逃がさず、そのミスが見つかるまで、共に調査をすることになった。そして、その時のハードの形相は、あまりにも恐ろしく、生徒会役員が怯えて泣き出す始末だった。

 それ以来、生徒会員にはある格言が出来た。『1ミラを笑う者は1ミラに泣く』。その格言が出来て以降、生徒会役員の全員が必死で仕事を全うしていた。

 

「次はあたしね。あたしの時は生徒会役員に部費の増額を求めて交渉したんだけど‥‥‥‥」

「アリサもか‥‥‥‥それでどうなったんだ?」

「‥‥‥‥部費増額を賭けてラクロス部と生徒会で勝負をしたのよ‥‥‥‥でも‥‥‥‥」

「負けた、か‥‥‥‥」

「ええ、完膚なきまでに、ね。ハードはゴールを守っていて、他の生徒会役員がオフェンスを担当していたのよ。それも、誰々はここ、次はここ、最後にここ、という感じでハードが事前に指示を出していて、その指示に従うようにしていたそうよ。それで試合が始まると私達ラクロス部がゴールにシュートを放ったんだけど、ハードに取られて、ロングパスで生徒会役員にパスを出して、その後は指示通りの位置に放ち続けてゴールを取られたのよ。その後、生徒会役員は全員、コートの端によって邪魔にならない様にタイムアップまで待っていたのよ。最初は馬鹿にされていると思って、抗議もしたけど、ハードが一点あれば十分、と言ったのよ。それで頭に来て、あたし達ラクロス部はドンドン、シュートを放ったのよ! ‥‥‥‥でもね、一度としてゴールには入らなかったのよ。全部、止められたのよ。それでタイムアップまで結局ゴールを決められずに負けたのよ」

「‥‥‥‥それは‥‥‥‥」

「悔しかったわね。でも、試合の後にハードもラクロスを体験してみて、クロスとかボールとかが消耗品だから、それに関しては増額をしてくれたのよ」

「そうか、そんな事があったのか‥‥‥‥」

「だけど、悔しかったから、部費の増額を賭けて、試合を定期的にしたんだけど‥‥‥‥結局卒業まで一度としてゴールを決めれなかったな‥‥‥‥」

 

 アリサが遠い目をしながら、昔を振り返っている。部費増額試合がラクロス部でも起こっていたのか。

 俺が知らない間にトールズ士官学院はハードに予算を支配されていたのか、驚愕の真実だな。

 

「最後は私ですね。私の時はセリーヌがきっかけだったんです。そうよね、セリーヌ」

「‥‥‥‥フンッ!」

 

 セリーヌがソッポを向いた。一体何があったんだ?

 

「私がハードさんに初めて会ったのがセリーヌに魚を上げてたんですよ」

「魚? 買ってきたのか?」

「‥‥‥‥違うわよ。学生寮の近くに魚が釣れるところがあるでしょ。そこでアイツが魚を釣っていたのよ。そこにたまたま、アタシが通りがかったのよ。で、アイツがアタシを見ると、釣った魚を差し出したのよ。ま、まあ、出されたものを断るのは失礼じゃない、だから、まあ、食べてあげたのよ。その後も毎日通りがかると、アイツが釣りしているから、近くに寄ってやると、すぐに魚を献上するから、食べてあげてたのよ」

「もう、セリーヌったら、そんなこと言って、いつもお世話になってたでしょう。大体セリーヌ、あの頃毎日魚食べ過ぎて太ったじゃない。それでハードさんに『太ったな』って言われて、引っ掻いたんでしょ」

「フンッ! デリカシーがないハードが悪いのよ」

「ハハハッ‥‥‥‥ハードらしいな」

「何言ってんのよ、似た者同士でしょ、デリカシーの無い者同士じゃない」

 

 俺はセリーヌの攻める様な言葉に、笑ってごまかして、話を逸らすことにした。

 

「でも、エマはハードとはそれほど、関わりがないんだな」

「‥‥‥‥ええ、あまり関りを持たない様にしていました。ハードさんには何か、不思議な気配がしたんです。‥‥‥‥別にハードさんが悪いわけじゃありません、ただ何故だか近寄りがたい雰囲気を感じていたんです」

 

 エマの言葉に俺は考え込んだ。‥‥‥‥だが、分からなかった。

 

「エマの考え過ぎだったんじゃないのか? アイツはそんな奴じゃないよ」

「‥‥‥‥そうですね、卒業する前でも後でもハードさんが何かを起こしませんでしたし‥‥‥‥」

 

 そうさ、ハードは変わった奴だけど、悪い奴じゃない。そんなのみんな知っている、俺も良く知っているさ。

 

 

 《星見の塔》の最上階近くに近づき、大きな気配を感じ出してきた。俺達も気を引き締めないといけない。

 

「みんな、おしゃべりはこれくらいだ。ここより先に待つのは、《道化師》、《劫炎》、そして《社畜》の三人はおそらくいるだろう。‥‥‥‥そして、最悪の場合、他にもいるかも知れない」

「我が美のライバル《怪盗紳士》、そしてリベールで死んだはずの《白面》だね。その話はランディ君から聞いているよ。‥‥‥‥ユウナ君のご実家の事も、ね」

「‥‥‥‥そうですか」

「僕も4年前のリベールの騒動の時の当事者だ。その際には《白面》は見ているし、影の国の事件にも参加したものとしては彼が死んでいる、と証言出来る。おそらくは《怪盗紳士》、もしくは《道化師》の術だと思う。だから、この先の敵を倒すことが出来れば、ユウナ君の家族は救われるはずだ」

「‥‥‥‥オリビエさん、分かりました。よし、行くぞ!」

「ええ!!」

「応!!」

「お任せください!!」

「任せたまえ!」

 

 俺達が最上階への階段を上っていく、そしてたどり着いた先には《道化師》、《劫炎》、そして《社畜》の三人がいた。

 行くぞ、皆。

 

side out

 


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