熱が冷めたら終わりかも知れません。
―――七耀暦1206年7月18日 黒キ星杯
「な、なんで‥‥‥何で、お前がそこにいるぅぅぅぅぅぅ!!」
リィン・シュバルツァーの声が黒キ星杯に響き渡る。
彼が言う、『お前』とは私を示す言葉のようだ。
まあ、無理もない。私は仕事柄、何度か彼を見かけていたが、彼は私を見かけていない。彼の中では私はこの件に関わっているはずがない人物なんだろう。
だが、彼の考えは見当外れだ。私は部外者ではなく当事者なのだ。
私は彼、イヤ、彼らを見てきた。4月からずっと。セントアークでも、クロスベルでも、オルディスでも、そしてヘイムダルでも、彼らを見てきた。
だから、今この場で、約半年ぶりの同級生、いや、友に名乗ろう。私はローブと仮面を取り素顔を晒し、名乗った。
「私は結社《身喰らう蛇》執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》のハード・ワーク」
「―――な!」
リィンは驚き、声が出ないようだ。まあ、そうだろうな。私も3か月前には驚いた。
そしてリィンといずれ戦うことになることも分かっていた。
だが、それを承知で今の場所にいる。今の私は『トールズ』のハード・ワークではなく、『結社』のハード・ワークとしてこの場にいる。
ならば、己の仕事を全うしよう。
「さぁ、始めようか!!」
私はトールズ士官学院を卒業してから身に着けた力を解放し、リィン達を威圧した。
「!!!!!!!!」
私が身に着けた力に、多少は驚いてくれているようだ。
「ふぅー、俺様を熱くしてくれそうなくらいまで力をつけたじゃねぇかぁ」
「中々の力です」
俺をパシリにし続けた先輩と俺を死んだ目にしてくれた鬼教官の二人は私の力を、『成長したな』みたいな温かい目で見てくれている。まあ、この人外二人にはどう頑張っても逆らえないんだが。
それでも私は盟主様への忠義のために、このような劣悪な労働環境でも使命を果たすのみだ。
□
―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ 学生寮
私の名前はハード・ワーク。トールズ士官学院の2年生だ。身長は195リジュ、体重は90キロのガッチリ体型だ。そんな私は今、学生寮の部屋の隅で膝を抱えている。
「‥‥‥また落ちた」
今私は手紙を見ている。お祈りが書かれた手紙だ。
通称『不採用通知』、正式名称『お祈り』だ。
私は非常に多くの方々から『お祈り』を頂戴できる身分にあるのだ。‥‥‥すまない、あまりにもつらい現実を直視できなかった。弱い私を許してくれ。
「これで、150社目か‥‥‥祝うか!!‥‥‥止めよう。気が変になったと思われるだけだ」
一瞬だけテンションが上がったが、すぐに冷めた。
もう150社、こんなお祈り等、慣れっこだ。でもなぜだろう、心が乾いて行くのに、目が潤っていくのは‥‥‥
「もうすぐ卒業だと言うのに‥‥‥」
私がトールズ士官学院に入学したのが、今から2年前、激動の七耀暦1204年である。
その年は本当に激動だった。突然内戦が勃発し、学院の生徒が戦いに巻き込まれたまでの事態になったからだ。
アレは11月の終わりだったか、帝国宰相ギリアス・オズボーン氏が狙撃された。それからは目まぐるしく情勢が変わって行った。
四大名門を中心とした貴族派と平民出身者を中心とした革新派の内戦だった。それはこのトールズ士官学院にも及んだ。なんと学院の目前まで機械の兵(後に機甲兵と判明)が迫ってきていた。
それを止めたのが、学院の教官達と特務クラスVII組だった。彼らは連携して、機甲兵と戦っていた。そして、学院からも機甲兵らしきもの(後にヴァリマールと判明)が飛んで行ったのを私は目撃した。
ヴァリマールは機甲兵を倒したようだが、その後に蒼い機甲兵(後にオルディーネと判明)がヴァリマールを倒し、その後ヴァリマールは飛んで行った。
その後、学院の上空に赤い戦艦(後にカレイジャスと判明)が飛んできて、オルディーネを引き付けたようで、私達はそのスキに学院を脱出した。それから帝国各地に潜伏しながら、逃げ続けた。
学院の知り合いとは特に会うこともなく、一人で帝国の北はユミルへ逃げて温泉に入り、ノルド高原まで逃げて大きな石の巨人の写真を撮り、その後、東はクロスベル近くで、大きな樹のようなものが出ていたので、写真を撮り、南はリベールとの国境近くで記念撮影をし、西は海都オルディスの近くにあるとある島まで泳いで逃げ、その島にノルドに有ったような大きな石の巨人が有ったので記念撮影してみた。
そんな逃亡生活も内戦の終了と同時に終わりとなり、私は学院に戻った。学院に戻った私にみんなは驚いていた。なぜなら、私だけが消息が確認されなかったからだ。てっきり死んだと思われていたようだ。失礼な!!
どうやらみんなは『カレイジャス』という戦艦に乗って、内戦を終わらせたようだ。ナニソレ?私だけ仲間外れか。私が領邦軍に追われて、逃げて、盗んだ機甲兵に乗って逃げたり、倒したりしてたのに‥‥‥そんなことしていた間にみんなが内戦を終わらしたの!?
私は釈然としない気持ちのまま、学園生活に戻った。
それから、年は変わり、七耀暦1205年。
Ⅶ組がある一人を残し、先に卒業していった。それぞれ進むべきに道が決まったので、その道を進むために、学院を卒業していった。個人的な交友がなかったとは言わないが、同級生が減ったことに寂しさを覚えていた。そして、先輩たちが卒業して、新しく後輩が入ってきた。
私は事務仕事が向いていたのか、前年から生徒会の職務を手伝っていた。その結果、卒業したトワ会長から生徒会長のバトンを受け取ることになった。貴族でもない私が生徒会長をしてもいいのだろうか、悩みもした。だが、折角トワ会長からバトンを受け継いだ以上、精一杯頑張ることにした。
それからの1年は生徒会の仕事に忙殺された。Ⅶ組唯一の生徒には何度か助けてもらった。それからは昼とか一緒に食べたり、試験勉強を一緒にしたりするようになった。
彼は政府の仕事で度々学院を離れることがあるので、授業のノートを取ったりしていた。少しは恩返しが出来ただろうか。
そして、それぞれが進路を決まりだした頃、ある者は軍人に、ある者は教師に、ある者は実家の跡継ぎとして、道を歩もうとしていた。
だが、私はまだ何も決まっていない。
軍人に進む気はなかった。私は祖国を守りたいとも、ドンパチがやりたいとも思っていなかった。
教師は無理だと思った。私は人にモノを教えるのが非常に苦手だ。説明しているつもりなのだが、分かってもらえないことの方が多い。
実家はない。私の両親は随分前に死んでいる。親は仕事中に亡くなった。他に兄弟もいないので、天涯孤独の身だ。
そのため、何かしたいことがあるわけでもなく、特別な才能がない私は一般企業に就職することを決め、就職活動、通称『就活』を行った。しかし‥‥‥
「まさか、1社も受からないとは‥‥‥何とかなると思っていたのにな‥‥‥」
世の中そんなに甘くない、ということだろう。私自身、就活をなめていた。軍人が嫌で、教師が無理だと言い、実家もないから自分に甘く生きてもいいだろうと思っていた。一生懸命でない人間を取るほど、何処の企業も腐っていない、ということなんだろう。もう少し早くそれが分かっていればな‥‥‥
「しかし、このままだと本当にまずい。トールズ士官学院生徒会長が卒業式に進路未定で出席するのは流石に風聞が悪い。教官の道を断っておいて、今更お願いする訳にはいかない。軍人になるには手続きが遅すぎる。何か手はないだろうか‥‥‥うん?」
悩んでいると、一通の封筒を見かけた。黒い封筒だ。見るからに不幸なお知らせが書いてありそうだ。だがいいだろう。私はもう既に150という数の不幸なお知らせを見てきたんだ。もはや次はどんなお祈りが来るのか、心躍る思いだ。
「えーと、なになに。『ハード・ワーク様、結社は貴方を採用致します』‥‥‥ふーう」
今までにないお祈りだな。斬新な切り口だ。分かっている、どうせここから落とすんだろう。上げて落とす、有頂天から地獄に叩き落とす、私の心を折りに来たようだ。いいだろう、その挑戦受けてたとう!
私は心を強く持ち、続きを読んだ。‥‥‥だが、
「『つきましては、入社の意思がありましたら、○○日までにご連絡ください。私達は貴方と一緒に働ける日を心待ちにしております』‥‥‥だと!」
なん、だと!私の脳裏に、ある都合の良い考えが浮かんだ。もしかしたら、これは『採用通知』というものでは!まだこの世に存在していたのか?!いや、待て、落ち着け私。これはイタズラの可能性がある。そうだ、そうに決まっている。よしならば今すぐ連絡してやるよ!
「あ、もしもし。私、トールズ士官学院、ハード・ワークと申します」
「ああ、採用通知受け取ってもらえた。どう、うちに来ない?」
「はい!是非とも宜しくお願い致します」
「OK!じゃあ、寮の前に来てくれる。迎えに行くよ」
「ええ、今すぐですか?!」
「そうだよ~。時間は大事だよ。直ぐに来てね~」
そう言って電話が切れた。
どうやら本当に採用通知だったようだ。・・・ウオオオオオオ!やったぞ!ついに私は成し遂げたんだ!NAITEIを貰ったんだ!
いかん!!こんな事をしている場合じゃない。すぐに行かなければ!お待たせして、内定取り消しになってはいかん!
私は急いで着替え、寮の前に立った。この間40秒、最速である。
「あれ、早かったね。てっきり、もう少し掛かると思っていたけど」
そこには真っ赤なスーツを着た、少年の様な男が立っていた。声の感じから、さっき電話していた人だと分かった。
「私、ハード・ワークと申します。お待たせして申し訳ありません!」
とりあえず謝罪だ。いくら早くても、相手を待たせた以上私が悪い。ここは平身低頭で乗り切るしかない!
「アハハハ、君、面白いね。うんうん、流石、あの方が見つけただけはあるね。謝罪とかいいからさ、早く行こうか。あの方もお待ちだよ」
「はい!」
「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったね。僕はカンパネルラ。宜しくね」
□
私はカンパネルラさんに連れられて駅に向かった。
「あの~これから何処に向かうんでしょうか?」
「ああ、これから‥‥‥えーと、支社。そう、帝都支社に向かうんだよ」
「本社ではないんですか?」
「本社、まあ遠いからね。そこまで行くと結構時間が掛かるよ。もうすぐトールズも卒業式でしょ。ハード君も卒業式には出たいでしょ。それにあの方もこちらにお見えだから、丁度良いしね」
なるほど、どうやらワールドワイドな企業のようだ。アレ、そんな会社受けたっけ?受けた会社で一番大きい会社はラインフォルトだったような・・・
今更ながら、私が入った会社はなんという会社何だろうか?でも、今更聞くのも体面が悪い。このままでいよう。後で寮に戻ったときに確認しよう。
私がそう考えていると、駅に着き、カンパネルラさんが切符を渡してくれた。
「はい、ハード君の分。無くさないでね」
「はい、ありがとうございます」
私は頭を下げて感謝を示すと、カンパネルラさんは笑った。
「アハハハ、僕に頭を下げてお礼を言う人なんて久しぶりだよ。君、良い子だね。うんうん、これからが期待できるよ~」
たかが、感謝を示しただけでこんなに喜ぶとは‥‥‥この人、人望がないのか?いや、こんなことで機嫌が良くなるんであれば、いくらでもしよう。それが社会人への道だ。
「あ、列車来たね。あれに乗るよ」
「はい」
カンパネルラさんに指示されて、列車に乗り込んだ。列車内の席に座ると、会社の説明を始めてくれた。
「じゃあ、着くまでに僕ら、結社に着いて説明しておくね」
「はい、よろしくお願いします」
「まず、結社『身喰らう蛇』は盟主を頂点に、使徒7人の最高幹部、その下の執行者、そしてその他大勢で構成されているんだ」
なるほど、社長の盟主、取締役の使徒、その下に執行者は部長とか課長とかで、その他大勢が平、と言ったところか?まあ、私はおそらく最下層のその他大勢の平だろうな。
「結社としては、研修を受けた後に、ハード君を執行者にと、考えているんだ」
「な、何と!いきなり執行者に!」
「うんうん、君は盟主が見つけた逸材だからね。期待しているんだよ」
「は、はい!期待に応えられるように励みます」
なんと、いきなり執行者とは、これは気合入れていかないと、折角のチャンスだ。必ずものにして見せる。そうだ、色々質問しておこう。積極的な姿勢を見せておかないと、評価されないらしいからな。本屋で見た、ハウトゥー本にそう書いてあったし。
私は結社について、質問しようとしていると、どうやら駅に着いたようだ。
「あ、着いたね。では行こうか」
「あ、はい」
間が悪かったか、仕方がない。次の機会にしよう。
私は駅を降りると、見たこともない駅だった。『結社前』、看板にそう書かれていた。
□
支社、というので、帝都のオフィス街にあるような建物をイメージしていた。だが‥‥‥民家だ。平屋の一軒家。ここが支社?なのか。
「さあ、入って入って」
「は、はい」
私の困惑を他所に、中に入っていくカンパネルラさん。仕方がない、こういうものだと思おう。なんか、違和感がある、言い表せない程度の違和感だ。気にしないようにしよう。
私は一軒家の中に入ると‥‥‥蒼かった。
蒼い空間に私はいた。なんだここは?
「ここは星辰の間、結社の幹部が入れる部屋だよ。今回のハード君は特別だよ。盟主直々にお会いになられるからね」
「は、はい!」
なんと盟主様が直々にお会いになれるとは!これは是非ともお礼を申し上げなくては。
そう思っていると、突然声が聞こえた。
「カンパネルラ、ありがとうございます。彼を連れてきてくれて」
「何と言うことはありません、盟主様」
盟主様!このお声は盟主様なのか。私は声のする方を見ると‥‥‥声を失った。
そこに居たのは、女性だった。髪が腰よりも長い、光輝くような美しい女性だった。その方は私の前にゆっくりと歩いてこられる。その様に私はその場に跪いた。ごく自然に、それが当然であるかのように、無意識に膝をついていた。特にそのことに疑問を抱いていなかった。むしろ、立つなど不敬である、そう思うほどだった。
「初めまして、ハード・ワーク。貴方を待っておりました」
「‥‥‥はい、盟主様。御目にかかれて、光栄です」
私は懸命に声を出した。見とれていて、なんと言えばいいのか、分からなかったが、何とか声を出せた。
「ハード・ワーク、貴方は―――執行者となるでしょう。その時の貴方の行動に期待しています」
「は、はい!期待にお応えいたします。盟主様」
私は盟主のご期待に応えられるよう、心に誓った。
「じゃあ、ハード君は卒業後にうちに来てもらう、でいいかな?」
「はい、もちろんです」
「アハハ、じゃあよろしくね。ハード君、いや執行者候補ハード・ワーク」
私は卒業後、結社で働くことを決めた。これから頑張るぞ。
□
―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ トールズ士官学院
「若者よ―――世の礎たれ!」
私が結社に内定を貰って数日が経ち、本日卒業式を迎えた。
多くの同級生が講堂に集まり、ヴァンダイク学院長のお言葉を頂いている。
学院長の話など、今までは眠くて、居眠りしないようにするのが精一杯だったのに、今日は何故か、眠くならない。‥‥‥最後だからだろうか。今日が2年間を過ごした、トールズ士官学院の最後の日だから、眠くならないのだろうか。
私はそんな、感動とは無縁だと思っていたというのに‥‥‥まあ、最後だし、シャキッとするか。
そういえば入学式の時にも、同じ言葉を言われた。あの頃の私はただ漠然と、あるがままに、流されるがままに暮らしてきた。今にして思えば、あの時は何をすればいいのか分からなかったのかもしれない。だから何をすればいいのか分かったら、それをすればいい、そういうことをこの学院で学んだ。
ありがとうございました、トールズ士官学院。
□
卒業式が終わり、生徒会室にやってきて、生徒会長席に座る。今の私はこの場所に座る立場ではない。元生徒会長だから、もうこの場所は譲っている。だけど最後にもう一度座りたかった。この場所が私に成すべきことを教えてくれた場所だからだ。
昨年度はここにトワ会長が座っていた。そして、今年度は私が座り、来年度からは後輩が座ることになる。
ここには、色々な思い出がある。
□
入学してすぐは、帰宅部として、部活もせずに寮と学院を行き来するだけの日だった。そんな日々にとある出会いをした。トワ会長に出会ったんだ。
初めてトワ会長と出会ったのは廊下を歩いているとき、前からダンボールが歩いてきた。いや、トワ会長がダンボールを運んでいたんだ。私にはトワ会長が見えず、ダンボールしか見えなかったから、そう見えていたんだ。
「あ、あぶない!!」
トワ会長が叫んだ声で私は、ダンボールを受け止めた。
「だ、大丈夫だった!!ご、ごめんね~!!」
小さい体で、なお体を小さくしながら謝る人、それが生徒会長であることはすぐに分かった。こんな小さい人があんな大きなダンボールを持って運べるわけがない。私は自分でも良く分からないが何故か手伝いを買って出ていた。
「どこまで運べばいいですか?」
「ええ!!いいよ。悪いよ~」
「いいから、何処まで」
「うっ、うう~~~‥‥‥じゃあ、生徒会室までお願いしても、いいかな」
その言葉を聞き、私はダンボールを両肩に担ぎ、持ち上げた。
「あの、生徒会室の場所が分からないので、道案内をお願いできますか?」
「う、うん!こっちだよ」
□
それからも頻繁に手伝うようになっていき、5月の頃には生徒会の一員になっていた。
トワ会長の周りには多くの人がいた。アンゼリカ先輩、ジョルジュ先輩、そして‥‥‥クロウ先輩。トワ会長は先輩たちを私に紹介してくれた時、とても嬉しそうだった。私が入学する前年の士官学院祭で一緒にバンドを組んだことを嬉しそうに、恥ずかしそうに話していた。
だが、七耀暦1204年8/31の西ゼムリア通商会議で帝国解放戦線が引き起こしたテロにトワ会長が巻き込まれた。後で分かったことだが、クロウ先輩が帝国解放戦線の首領Cだった。それを知ったとき、私は怒りを覚えた。思いっきりぶん殴ってやりたいと思ったほどだった。‥‥‥だが、その機会は訪れることはなかった。
クロウ先輩は亡くなった。紅の機神をリィンと共に倒したそうだが、その時受けた傷が元で、亡くなったそうだ。
私はトワ会長を危険な目に会わせたことが許せずに思いっきり殴りたかったが、更にトワ会長を悲しませたことは更に思いっきり殴りたいと、思わせたほどだった。
それからの会長は無理に笑っているように見えた。だが、私に慰めることなど出来るはずもなく、そのままにするしかなかった。でも、卒業の日には笑って、卒業できたことだけは救いだった。
そして、最後に私に生徒会長を、トールズ士官学院を頼み、学園を去っていった。
今は教官をしているんだったな。私も誘われたが、断った。私は口下手だ。人に教えることなど出来ない。私は何故できるのか、説明が出来ない。苦労はしてきた、と思う。だけど出来なかったことはなかった。
そんな私が教官は出来ないので断ると、酷く悲しそうな顔をされて困った。もしあの時、アンゼリカ先輩がいたら‥‥‥命がなかったかもしれない。
まあ、でも無事就職できました、と報告をするとすごく喜んでくれた。その笑顔はとてもまぶしかった。もし、あの時、アンゼリカ先輩が見ていたら‥‥‥命がなかったかもしれない、アンゼリカ先輩の。
トワ会長の事を思い出しただけで、随分と時間が経っていた。‥‥‥思い出は尽きず、何時までもここに居たくなる。
「いかんな‥‥‥もうここに来ない、ということを段々実感してきてしまうな」
もう今日が最後なんだ。学生として、最後の日だ。最後に挨拶回りをしてから帰るとしよう。
私は生徒会室を出ようとすると、扉が開いた。
「やっぱりここにいたか、ハード」
「なんだ、リィンか」
扉を開けたのは、今年一年、色々助けてもらったリィン・シュバルツァーだった。
「何処にもいないから、みんなで探していたんだぞ。生徒会長」
「そうか、それはすまなかったな」
「ああ、みんなで写真を撮ろう、とパトリックが言ってな。俺達もこれからは頻繫に会う機会が減るからな」
「そうだな。みんな、明日からは別々の道に進むんだな」
「ああ、寂しくなるな。‥‥‥ハードには今年一年色々助けてもらった。ありがとう、ハード」
「‥‥‥止めろ。助けてもらったのは私も同じだ。リィン、ありがとう」
リィンが頭を下げて、礼を言ってきた。なので、私も頭を下げて礼を言った。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥プッ」
「‥‥フッッ」
「「アハハハハハハ!!」」
同じタイミングで笑いだし、礼を互いにやめた。
今年一年楽しくやれた、という実感があるのはリィンがいたからだろう。
今や、帝国の灰の騎士として、国内外を飛び回る有名人。だが、この学院に居たのは、ただのリィン・シュバルツァーだった。
ただの天然ジゴロ、ただのシスコン、ただの‥‥‥友人だった。
去年は想像もしていなかった。私と彼はそれほど接点が有ったわけではない。彼は内戦の際、トールズのリーダー的な立場で、私はその内戦中ひたすらに逃げていた臆病者だ。
そして、今年は帝国の灰の騎士と生徒会長、まるで立場が違うと思っていた。
だけど、彼との接点はすぐに出来た。互いに、仲間がいなかったことだ。
去年の生徒会長、トワ会長は人望があり、誰にでも好かれていた。だが私にはそれはない。大きな体で他所を威圧していた。無意識であるにしろ、人に怯えられることが多かった。
だが、リィンはそんなことを気にしなかった。そして私もリィンが一人であることには気づき、色々誘っていた。持ちつ持たれつ、そんな感じだった。気づけば、彼の分のノートを取り、彼に勉強を教えていた。そのとき、良く分かった。私に教師、いや教える才能がないことが良く分かった。説明しているつもりだったが、リィンには伝わらなかった。リィンにとっては有難迷惑だった気がする。いい奴過ぎて断れなかったのか、曖昧な表情だったな。
だが、そんな彼とも、別れのときが来たんだろう。あっという間の一年だったな。
「さぁ、行こう。パトリック達が待っている」
「ああ‥‥‥リィン、卒業おめでとう」
「ハード。‥‥‥卒業おめでとう、ハード」
明日からは別の道を行く。私たちの道が交わることはもうないかも知れない。
だから今日が終わるまでは精一杯、笑っていよう。
□
―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ 学生寮前
卒業式の次の日、私は荷物を持って学生寮の自室を眺めている。
2年間、この建物にお世話になったんだったな。この寮を、この部屋を見るのはこれが最後か‥‥‥いかんな。これから新しい門出だと言うのに、涙が出そうだ。最後くらい笑って出よう。
「ハード」
「リィン」
私が学生寮を出ると、寮の前でリィンが声を掛けてきた。それに同級生たちが大勢集まっている。
「ハード生徒会長!生徒会長、お疲れさまでした!」
『お疲れさまでした!!』
「!!!!!!!!」
みんなが私に感謝の言葉を送ってくれた。
私は驚いた。今まで、私は怖がられていると思っていた。なのに‥‥‥
「今年の士官学院祭で模擬店の許可を教頭先生から貰って頂き、ありがとうございました」
「部費を増やしてくれてありがとうございました」
「綺麗な花壇を作ってくれてありがとう」
「廃部にしないでくれてありがとう」
みんなが口々に感謝の言葉を言ってくれた。
「ハード、今年一年の君の生徒会長の働き、実に見事だった。ありがとう、君のおかげで楽しい学院生活を送れたよ」
「パトリック‥‥‥」
「ラジオ懸賞を一緒に送ってくれて、採用されたのが君のばかりだったね。ハードのネタばかり採用されて悔しかったけど、ネタはいつも面白かったよ」
「ムンク‥‥‥」
感極まって泣きそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「ハード、俺は去年‥‥‥多くの仲間が先に卒業して、とても寂しかった。‥‥‥だから、この学院に居場所がないんじゃないか、って思い出していた時期もあった。だけど、ハードが俺に依頼を出して、生徒会の手伝いを頼んでくれて、なんだか安心したんだ。俺はまだここにいていいんだって、俺が帝国政府からの要請で学院を離れても、ハードが待っていてくれた。いつもノートを取ってくれてさ、真剣に教えてくれてさ、‥‥‥俺はとても感謝している。ありがとう、ハード・ワーク。君が生徒会長をしてくれたことに、君が生徒会長を全うしてくれたことに礼を言わせてくれ」
「リィン‥‥‥みんな‥‥‥、私の方こそ、ありがとう」
私に頭を下げて、礼を述べた。深く、深く、深く‥‥‥礼をした。頭を上げれなかった。涙を見せたくなかったから、私の安っぽいプライドのために、涙が引っ込むまで、頭を下げた。
□
私とリィンはトリスタ駅のホームで電車を待っていた。みんなはそれぞれの手段で家に帰っていった。
パトリックは鉄道で、セレスタンさんと共にセントアークに帰っていった。別れ際にまた会う約束をして、帰っていった。
次はリィンがユミルに帰るため、ホームで列車を待っている。
私はみんなを見送ってから行くことにしている。生徒会長としての最後の仕事だ。私がそう決めた。
「リィンは一度ユミルに戻ってから、リーヴスに行くんだったな」
「ああ、一度実家に顔を出してくるさ」
「そうか。ユミルと言えば、温泉が良かったな。また行きたいものだ」
「ハードはユミルに来たことがあったのか?」
「ああ、去年な。内戦中に逃亡していたら、ユミルに着いてな。折角なので温泉に入ってから、ノルドに向かったよ」
「内戦中に国内旅行気分だな」
「まあ、結果的にはそうだったな。これでも当時は必死だったんだぞ」
「ハハハハハハ、そうか。まあ、あんなこと二度と起きては欲しくないからな。きっと、もうないさ」
「そうだな。‥‥‥リーヴスと言えば、トワ会長が第二分校で教官をされるんだったな。リィンの同僚か‥‥‥生徒になめられてないといいけど‥‥‥」
「まあ、トワ会長だから、大丈夫さ。あの人の事はハードの方がよほどわかっているだろう?」
「‥‥‥アンゼリカ先輩みたいなのが生徒に居たらどうする?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥だ、だいじょうぶさ‥‥‥きっと」
そんな話をしていると、列車がやって来た。どうやらこれが本当に最後のようだ。
「ハード、また会おう!!」
「ああ、リィン、また会おう!!」
列車に乗り込む前に、私達は再開を誓い合った。
私は列車が見えなくなるまで、見届けた。
「これで、みんな、帰っていったな」
私に帰る家はない。トールズ士官学院に入学するときに、全て売り払った。
だから私に帰る家はない。でも、行く場所なら、ある。
私は荷物を持ち、カンパネルラさんから以前渡された切符を手に持ち、列車に乗った。
向かう先は『結社前』駅。
今日から研修を受けよう。一日も早く、立派な執行者になって、みんなを驚かせよう。
ありがとうございました。