社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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随分と遅くなり、申し訳ございません。
また、感想返しも遅くなり申し訳ございません。


第十九話 先輩

―――七耀暦1206年5月21日 星見の塔

 

 私は神機の頭上から《劫炎》の先輩とリィン達の戦いを観戦することにした。

 さて、お手並み拝見だ、リィン・シュバルツァー。

 

「ハッハア! 滾ってきたぜ!」

 

 《劫炎》の先輩の戦意が高揚している。私と戦っているときには、あの後にはいつも‥‥‥‥

 

「ご褒美だ、いいもん見せてやる。オラオラオラオラオラオラ‥‥‥‥! さあて、こいつで仕上げだ。『ジリオンハザード!!』」

 

 やっぱりだ。機嫌がいい時のお決まり、開幕『ジリオンハザード』だ。

 《劫炎》の先輩が放ったジリオンハザードがリィン達を襲う。

 ‥‥‥‥残念だな。折角の《劫炎》の先輩の戦いぶりを見れると思ったのに、残念ながら一撃で終わってしまうとは‥‥‥‥まあ、これも勉強と言う事だな。倒せるときに一気に倒せ、きっとそう言う事なんだろうな。‥‥‥‥出来ればもっと多くの技や戦いの駆け引き等、多くの事を見て学びたかったが、戦いの本質とはこういうものなんだろうな、私もこういう姿勢は見習わなければな。

 だが、私の予想は外れた‥‥‥‥リィン達は無事だった。多少のダメージがあるが戦闘は続行できるようだ。

 ‥‥‥‥どうやらエマが《劫炎》の先輩の焔を弱めたようだ。そして防御に全力を傾けた結果、何とか耐えることが出来たのか。

 なるほど、魔女というのはそう言う事も出来るのか、今後のためにも、覚えておかないと。私はエマの魔力の流れを記憶し、帰ったら練習して覚えようと考えていた。

 

「ハアッ!」

 

 リィンが《劫炎》の先輩に斬りかかって行く。他は後方からのサポートか‥‥‥‥まあ、妥当な策だろう。

 現在の戦闘員で剣士であるリィンしか前衛で戦えない。銃のマキアス、弓のアリサ、魔導杖のエマ、それにオリビエ殿も銃を使うみたいだ、これでは戦い方などリィンが一人で前衛で足止め、それ以外が後方からの援護、それしか出来ないだろうな。すなわち、この戦いの結果は、リィンが《劫炎》の先輩を止められるか否かで決まるな。

 私はこの戦いのカギはリィンだと、判断し、リィンと《劫炎》の先輩の戦いを注視した。

 

「燃えろ!」

「ハアッ!」

 

 《劫炎》の先輩が放つ焔の威力をエマの力で抑えているとはいえ、それでも並みの力ではない焔を相手にリィンは距離を詰めて攻撃していく。だが、《劫炎》の先輩もそう簡単には近づけさせず、また近づかれても躱して、距離を取っていく。今現在、《劫炎》の先輩も『アングバール』を出していないため、剣を持つ相手と素手でやり合おうとはしていない。術師としての戦いのセオリー通りという感じだ。

 そうそう、こういう戦いが見たかったんだ。頑張れリィン、もっと粘れよ、私のために。

 私は決して口には出さないが、心の中ではリィンを応援していた。なぜなら‥‥‥‥リィンが勝てるとは到底思えないからだ。先程までリィンと手合わせしていた私からすると、私が《劫炎》の先輩に勝てないのに、私に勝てないリィンが勝てる訳がない、と思っているからだ。

 ‥‥‥‥だが勝てないからと言って、粘れないとは限らない。現に今も、《劫炎》の先輩を相手に食い下がれている。多少の遊びもあるが、それでも、《火焔魔人》状態の先輩を相手に大健闘と言える出来だ。‥‥‥‥若干心配なこともあるが、な。私はリィンの戦いを見ながら、先程から感じていた違和感について考えていた。

 私との戦いの最中、リィンが謎の力を発現させた。セリーヌ曰く、『鬼の力』と呼んでいた。また、どうやら以前から使えていたようだ。だが今は何かしらの理由で制限しているようだ。

 私の中の仮説ではおそらく『鬼の力』に振り回されて力を消耗しすぎたのだろう。その失敗があるから、使用を制限していた、と考えている。そして現在は制御をセリーヌに支援してもらえることで戦闘に使用できている、と考えられる。リィン自身が忌避していたところからも、力の危険性は感じているようだし、本来なら使いたくはない切り札、というものなんだろう。‥‥‥‥だが、リスクもあるがリターンもある。リスクが私の想像通りだとすれば、制御出来れば問題ないと考えられる。そしてリターンとは、あの力の増幅率だと、私は考えている。

 私がリィンと対峙したとき、力いや身体能力が向上した。その結果、私と打ち合えるだけの力が身に付いたと思っている。短期間ながら高倍率の身体能力向上、これが『鬼の力』、だと私は考察した。だとすれば‥‥‥‥欲しいな、あの力‥‥‥‥試してみるか。

 私はリィンの『鬼の力』を使ってみることを思いついた。ここから見ていてもその力の異質さはよく分かる。ならばその力を私の物に出来るならば、更なる高みに至れるだろうと考えた。

 ここにいても体は自由だ、でも目だけは戦いを見ていたい。ならばここで力を試しつつ、戦いを見ればいい、そう思いついた。

 よし、リィンの鬼の力を再現してみよう。

 私はリィンの観察しながら、自分に出来る事を最大限活用し、その力を再現することを試みた。すると‥‥‥‥アッサリと出来た。

 あれ? こんなにアッサリ出来るものなのか?

 私は思いの外、アッサリ出来てしまったことに拍子抜けした。だが‥‥‥‥

 

『ヨコセ‥‥‥‥ヨコセ‥‥‥‥』

【うん?】

 

 空耳か? 声が聞こえたと思い、周囲を伺ったが何もない。だが、声はドンドン聞こえてきた。

 

『ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥』

 

 何だこの声は!? まさか、この『鬼の力』のリスクは‥‥‥‥

 私が『鬼の力』が原因だと考えた、だからその力を解除しようと考えたが‥‥‥‥遅かった。

 

『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ‥‥‥‥』

 

 意識が‥‥‥‥消えていった‥‥‥‥

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 執行者No.Ⅰ《劫炎》、いや今は《火焔魔人》と言った方が正しいか。その《火焔魔人》と対峙して改めてアルゼイド子爵閣下のバケモノぶりが良く分かる。いや、目の前の方がよほどバケモノか‥‥‥‥それに手だしはしてこないが、この場には《道化師》と《社畜》がいる。この二人もバケモノか、何処もかしくもバケモノだらけだな。‥‥‥‥イヤになる。

 だが、目の前のバケモノはイヤになったから居なくなってくれるわけではない。

 

「いいねえ、もっとアツクしてくれヤァ!」

「クッ! ハアッ!」

「おっと、良いぞ! もっとだ、もっとこいや!!」

 

 《火焔魔人》が焔を放ってくる。俺はその焔を躱し、斬りかかって行く。だけど、躱され距離を取られる。

 ‥‥‥‥強い、今も『鬼の力』を使っているというのに、それでも食らいついて行くので精一杯だ。

 ここまで、エマの魔法のおかげであの極悪な焔を抑えられ、それにアリサにマキアス、オリヴァルト殿下にも後方支援してもらっての状況で分は悪いながらも、拮抗させれている。

 だが、何時までも拮抗させていられるとは到底考えられない。《火焔魔人》が何時その気になるか分からないが、本気になった瞬間に俺達の負けは決定的だ。かつての煌魔城での戦いの時に様に救援が来てくれるとは思えない。それに俺自身もあまり長くは持たない。『鬼の力』の制御にセリーヌに負担を強いている。これ以上長引かせても俺達の方が先に限界を迎える。

 俺は覚悟を決めて、挑むことにした。

 

「行くぞ《火焔魔人》マクバーン!」

「こいや! 灰の騎士」

「ハァァァァァッ!」

 

 今、俺の全力でぶつかろうとしたとき、上空から現れ、俺と《火焔魔人》の間に一人が割って入ってきた。

 

「クッ!」

 

 俺はマクバーンへの攻撃を取りやめ、後ろに飛んで距離を取った。俺は状況が悪化したことを理解し、顔を歪めた。だが‥‥‥‥

 

「邪魔してんじゃねぇぞ‥‥‥‥《社畜》!!」

 

 《火焔魔人》は邪魔をされたことに対して怒っていた。

 

【‥‥‥‥‥‥‥‥】

 

 割って入ってきた、《社畜》は何も反応しない。一体どうしたと言うんだ?

 

【‥‥‥‥‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥‥‥】

 

 何かが微かに聞こえた。一体なんだ?

 

【‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 段々、大きくなってきて聞こえるくらいの大きさになってきた。‥‥‥‥だけど、滅びよ? 一体何を言っているんだ? 俺達が訝しんでいると、どうやら《火焔魔人》も《社畜》の様子が変なことに気付いたようだ。

 

「オイ! お前、何をした? いつも以上におかしなことになってんぞ!」

【‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 《火焔魔人》の声にも反応しない《社畜》。だが‥‥‥‥

 

【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!】

「!!!!!」

 

 突然叫び出した! 俺達は驚き戸惑った。

 

「い、一体どうしたと言うんだ!?」

 

 マキアスが困惑気に言うが、俺も同じ気持ちだ。一体何が起こっているんだ!?

 

「チッ、コイツ正気を失ってやがる。おまけに変な感じに混じりかかってやがる。このままじゃやべぇか?」

「うーん‥‥‥‥彼、また変な事やったのかな? マクバーン、悪いんだけど、彼を正気に戻してくれない? たぶん二、三発叩けば治ると思うんだけど?」

「アァン、お前はやらねえのかよ?」

「えー、僕は彼に比べたら弱っちいからね、危ないよ‥‥‥‥と言う事だから、後は任せるよ」

「やれやれ、世話が焼ける。‥‥‥‥来な、『アングバール』!」

 

 マクバーンが魔剣を取り出して構える。その闘気は俺達と戦っていた時よりも更に大きい。そして《社畜》もその気配を察したのか、雄たけびを止め、マクバーンを見据えた。

 

【ウゥゥゥゥゥ‥‥‥‥】

「やれやれ、行くぞ。《社畜》」

 

 次の瞬間、マクバーンと《社畜》がぶつかり合い、とてつもない衝撃が周囲を襲った。

 

「仲間割れか!?」

「‥‥‥‥いや、そんな感じじゃない! あれは‥‥‥‥」

 

 俺には《社畜》の異常の謎が何故だか分かった。奴自身の性質、いや特性とでもいうべき模倣能力、それを使って奴は‥‥‥‥

 

「『鬼の力』の模倣だ。‥‥‥‥だがその結果、意識が飲まれかかっているみたいだ」

「!!」

 

 俺の言葉にあり得ないと言いたげな表情のエマとセリーヌ。

 俺も同じ気持ちだ、俺も《社畜》が目の前で色々な技を真似したところを見ていなければ同じ顔をしていただろう。

 

「!! はあ~、『鬼の力』なんて異能、真似しようとしたって出来る訳ないじゃない!」

「‥‥‥‥ですが、あの気配は‥‥‥‥『鬼の力』の様ですね‥‥‥‥信じられませんが‥‥‥‥」

「そういう奴だと理解するしかない‥‥‥‥恐ろしい相手だと、な」

 

 俺達が事の成り行きを見守る中、マクバーンと《社畜》の戦いはヒートアップしていく。

 そして、その余波は見ているだけの俺達にも襲い掛かってくる。

 

「クッ‥‥何て衝撃だ」

「きゃっ!」

「皆さん、私の後ろに下がってください。障壁を張ります」

 

 エマの言葉に従い、俺達はエマの背後に回った。すると、エマが障壁を張り、衝撃が緩和された。

 

「うっ! 障壁を張っているのに衝撃を緩和するので精一杯だなんて、なんて戦いなの! セリーヌ手伝って!」

「ええ、分かっているわ。リィン、今は『鬼の力』を解きなさい。そっちのサポートに回る余裕ないのよ」

「ああ、分かった」

 

 俺はセリーヌの言葉に従い、『鬼の力』を解除した。そして戦いに目を向けると‥‥‥‥そこには、衝撃の光景だった。

 

【ウオオオオオオオオオオオオオ!! ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

「目覚ませや!」

 

《社畜》は左手に剣帝の剣《ケルンバイター》で、マクバーンは右手に持った《アングバール》で撃ち合いが行われている。《社畜》の攻撃は力強く、速く、そして豪快に剣を振り回している。マクバーンの方は焔を纏っていて、撃ち合うたびに周囲が燃えていく。力と力の激突、まるで一年半前のアルゼイド子爵閣下とマクバーンの戦いが行われているような力の圧を感じる。だが‥‥‥‥

 

「チッ! ‥‥‥‥この程度か!」

 

 マクバーンは落胆、いや苛立っているようだ。まるで相手に不満があるかのような表情だ。

 

「何て様だ! テメエ、この程度の奴に呑まれようとしてんのか!? ええ、お前はこの程度か‥‥‥‥違うだろうが!!」

【ウオオオオオオオオオオオオオ!! ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 マクバーンの攻撃が苛烈さを増していく。それに《社畜》も続いて、攻撃が苛烈になっていく。だが‥‥‥‥

 

「オラァァァァッ!」

【アアッ!!】

 

 マクバーンが競り勝ち、《社畜》がなぎ倒された。だがマクバーンは攻撃の手を緩めない。

 

「とっとと、起きろや!!」

 

 マクバーンは焔を手に集中させて膨大な熱量を誇る強力な焔を作り出した。そして倒れている《社畜》に焔を投げつけた。

 

【ウオオオオオオオオオオオオオ!!】

 

 《社畜》は雄たけびを上げながら、焔に呑まれていく。

 ‥‥‥‥焔が燃え盛る中、マクバーンはゆっくりと燃えている《社畜》に向かって歩いて行く。

 

「‥‥‥‥なんだ、この程度か。いつものお前なら、あの程度の焔、切り裂いて俺に飛び掛かってくんだろうが。‥‥‥‥いや、そんなヘマ撃たねえだろうが、いつものお前ならよ!」

 

 マクバーンは倒れ込む《社畜》を左手で持ち上げながら、更に言葉をぶつける。

 

「お前は無駄に剣を振り回さねえだろうが! 磨いてきた技で戦ってくるから俺に対抗できんだろうが! そんなお前が理性無くして技が使えなくなったら、お前なんぞ相手になるか! さっさと目覚ませや! ‥‥‥‥それと、コイツの意識乗っ取ろうとしてる奴、いい加減に俺の後輩の体から出てけや!」

【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!】

 

 マクバーンの左手から焔が猛り、《社畜》を焼く。その断末魔の叫びが周囲に響き渡る。

 叫び声が止むと同時にマクバーンは手を離す。すると、その場に倒れ込む《社畜》に向かって、マクバーンが声を掛けた。

 

「‥‥‥‥目覚めたか」

【‥‥‥‥ああ、迷惑をかけた、《劫炎》殿】

 

 マクバーンの焔に焼かれた《社畜》は正気に戻り、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 まさか、マクバーンの焔に全身を焼かれたというのに立てるなんて‥‥‥‥《社畜》は不死身か。

 俺はまた一つ、《社畜》の恐ろしさを思い知った。

 

side out

 

 アツーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!

 目が覚めたら、目の前が焔でした。ただいま全身がこんがりイイ感じに焼けています‥‥‥‥え、何!? 何が起きた一体!?

 私は現在の状況を冷静に分析してみようとした。

 現在の私の現在地は《劫炎》の先輩の左手で持ち上げられています。あ、今地面に下りました。いえ、先輩に地面に叩き落とされました。‥‥‥‥あれ、さっきまで神機の上に居たのに、何で地面に、いや先輩に持ちあげられていたんだ? 思い出してみようとしたが、さっきまでの記憶が‥‥‥‥ない。何かをしていた様な気がするが‥‥‥‥本当に何があったんだ?

 

「‥‥‥‥目覚めたか」

 

 《劫炎》の先輩がそう言ってきた。その言葉で私は漸く思い至った。

 私は何かをしている最中に‥‥‥‥居眠りしていて神機の上から落ちたんだ、そうに違いない。記憶がないと言う事は‥‥‥‥寝落ちしたんだ。だからそれが先輩に見つかり‥‥‥‥ヤキを入れられていたんだ。

 私の頭の中で現在の状況と先程の言葉で漸くつながった、そして理解した。

 まずい、すぐに返事しないと、またヤキを入れられる。いくら私が身に纏う『ハード・ワーク』が不壊の特性があっても、熱いものは熱い。ましてや《劫炎》の先輩の焔だ。そう何度も喰らいたくはない。ならば、ここは素早く復活しなくては。

 

【‥‥‥‥ああ、迷惑をかけた、《劫炎》殿】

 

 気合を入れて立ち上がった。‥‥‥‥全身こんがり焼かれて、若干体がフラフラだがその内、『神なる焔』が使えるくらいに回復するだろう。それまでは頑張って立とう。そして誤魔化そう。そう心に決めた。だが‥‥‥‥

 

「で、お前、何やらかした?」

 

 やっぱり聞いてきますよね。私自身もどうしてそうなったのか、よく覚えていないというのに、さて、何と答えるべきか‥‥‥‥

 私が思案していると、救いの声が聞こえた。

 

「アンタ、何で『鬼の力』が使えるのよ!」

 

 セリーヌの声だった。『鬼の力』? ‥‥‥‥ああ、思い出してきた。そうそう、練習していたんだった。確か、『鬼の力』が出来るようになって、それから変な声が聞こえてきて‥‥‥‥で、どうなったんだ? この先が良く分からず、今に至っている。

 うーん、仕方がない。ここは正直に答えておこう。

 

【リィン・シュバルツァーの『鬼の力』をわが物にしようとしたが、残念ながら結果はご覧の有様だ】

「‥‥‥‥また変な事し始めたな、お前」

 

 呆れ顔の《劫炎》の先輩、それと対照的なのが‥‥‥‥

 

「な、なんてこと考えんのよ!! あんな力がそう簡単に使える訳ないでしょ!」

【ああ、確かに簡単には出来そうにないな】

「当然でしょ!」

【‥‥‥‥だが、先程其方が見せた術式を使えば問題なさそうだな】

 

 私はもう一度『鬼の力』を発動させた。ただし、先程とは違い、セリーヌがリィンの『鬼の力』を抑えていた術式を同時に展開した。‥‥‥‥どうやら私の考え通り『鬼の力』発動中に聞こえた声を抑え込めたようだ。ただ、現状はこれで精一杯だな。これ以上、『鬼の力』の出力を上げると、また声が聞こえてきそうだ。魔女の術式、これをもっと習熟出来れば、出力を上げられるだろう。この仕事が終わったら、要訓練だな。

 私は次に行うべき、訓練項目の最上位に魔女の術式と決めた。

 

「な、なんてデタラメな奴なの!」

 

 セリーヌのその言葉に同意するような表情をするリィン達、だが突如私に衝撃が走った。

 

「テメエ、何また、やろうとしてんだ。さっき俺が止めたばっかだろうが!」

 

 《劫炎》の先輩に蹴りを入れられた。え、なんで怒ってるんですか!?

 私に先輩からの理不尽なパワハラが襲うなか、

 

「来い、《灰の騎神》、」

 

 リィンは騎神を呼び出そうとしている。

 私は《劫炎》の先輩にシバかれていて邪魔できず、《劫炎》の先輩は私をシバいているので邪魔できない。

 

「させないよ」

 

 パチンッ、とカンパネルラさんが指を鳴らすと、霊的な障壁が張られた。ナイスです、カンパネルラさん。

 

「くっ、それがあったか!」

 

 リィンが苦い表情をしている。

 

「エマ、解除できそう?」

「駄目、焔が抑えられなくなる!」

 

 え?、エマだとこの障壁解除できるの? なんでも出来るな、流石魔女。私も学ばねば、魔女。

 そして、さりげなくエマに仕事をさせない、《劫炎》の先輩。流石先輩、出来る人だ。

 

「ククッ、そんじゃあこのまま喰いあうとしようぜ‥‥! お前もやるだろう、《社畜》」

【うむ‥‥‥‥折角の新技、試させてもらおう】

 

 全身がこんがりイイ感じに焼けて、若干フラフラだが、この程度のバッドコンディションがなんだと言うんだ。それに、『鬼の力』に魔女の術式を組み込むという初の試み、何処まで出来るかは分からないが、《劫炎》の先輩と共に戦う以上、負けはない。

 よーし、思いっきり行くぞ!

 

「アハハ、流石に相手が悪かったかな? トールズのⅦ組、噂以上だったけどここまでか。やっぱり《深淵》か彼らに出てきてもらわないと」

 

 カンパネルラさんの落胆している。だが、

 

「Ⅶ組ならまだいるわ!」

 

 声が聞こえた。この声は‥‥‥‥

 その直後、ダンダンッ、と銃声が聞こえた。その銃弾は私とカンパネルラさんに襲い掛かる。

 

【フン!】

 

 私は銃弾を剣で弾く。すると、一人がカンパネルラさんに迫る。‥‥‥‥昨夜の剣士君だった。

 剣士君がカンパネルラさんに斬りかかる、その攻撃をカンパネルラさんが後ろに飛んで躱す。

 私がそちらに向かおうとするが‥‥‥‥そうもいかないようだ。

 

「ハァァァァァッーーーー!!」

 

 ユウナちゃんが攻撃を仕掛けてくる。昨日は大人しくしてくれていたのに、今日は元気だな。

 真っ直ぐ私に向かって、突っ込んで来ている。‥‥‥‥あんまり動きたくないし、クロフォードさんのところのお嬢さんだし‥‥‥‥仕方ない、転移で躱して、怪我しない程度に無力化させよう。

 私はそう決めて、ユウナちゃんの攻撃にタイミングを合わせた。

 

 「くらえ!!」

 

 ユウナちゃんの射程に入ったようで、攻撃のモーションに入った。よし、ここだ。

 私は転移を発動し、背後に瞬時に飛んだ。だが‥‥‥‥

 

「かかった!」

 

 ダンダンッ、という銃声と、カンカンと何かに当たる音がほぼ同時に聞こえた。

 

【‥‥‥‥何!?】

 

 銃声はユウナちゃんのトンファーから、何かに当たる音は‥‥‥‥私だ。正確に言えば、私の仮面に当たった音だ。

 何が起こったのか、理解するのに遅れた。だが状況を確認すると、私自身のミスに気付いた。ユウナちゃんのトンファーは逆向きを向いていた。いや、背後の私に向いている。

 どうやら最初から私が躱すことを想定していたようだ。そして、背後に回り込むことまで読まれていた。

 ‥‥‥‥人間、想定外の出来事が起こると、思考が停止するというのは本当の様で、私はまさかユウナちゃんの攻撃が当たるとは、全く考えていなかった。だから、追撃に対する対処が一手遅れた。

 

「ハアッ!」

【‥‥‥‥!】

 

 ユウナちゃんの一撃が私の腹部に直撃した。

 

「一発あんたを殴ってやりたかったのよ」

 

 ‥‥‥‥大したダメージにはならない。私は『ハード・ワーク』を身に纏っているので、この程度の攻撃ではビクともしない、‥‥‥‥肉体的には。

 

【‥‥‥‥殴ったうちには入らないがな】

 

 ‥‥‥‥精神的には、グラグラだ。まさか、ユウナちゃん、いや、トールズの後輩に一撃を与えられるとは‥‥‥‥なんと不甲斐ない、なんと情けない、なんと愚かしい。盟主様から頂いた『ハード・ワーク』が無ければ、頭部を銃撃されたという事実‥‥‥‥かなりショックだ。

 ‥‥‥‥反省は後だ。今は、目の前の敵を排除するのが先だ。

 

【『鬼炎斬!』】

「キャッ!!」

 

 ‥‥‥‥あ、しまった。思わず『鬼炎斬』を放ってしまった。

 ユウナちゃんは吹っ飛ばされていくが、昨日の緑髪の子と剣士君がユウナちゃんの下に集まって、助け起こされている。あまり大きな怪我はしていないようだ。

 はぁ~どうやら、精神的に相当参っているらしい、思わず『鬼炎斬』を放ってしまうとは‥‥‥‥体はフラフラ、精神はボロボロ、今日は本当によろしくないな。

 落ち込んでいると、何やらあちらは‥‥‥‥通信をし始めた。

 

「お願い、ティータ!」

 

 一体何をお願いしているんだ?

 私が疑問に思っていると、答えがすぐにやって来た。

 私はフッと、リィン達の背後から何かが来るのが見えた。徐々に音も聞こえてきた。

 

【!!!】

 

 私の目に映ったのは‥‥‥‥機甲兵だ。機甲兵が空を飛んでいる。

 その機甲兵が真っ直ぐこちらに飛んできて‥‥‥‥障壁をぶち抜いた。そして‥‥‥‥

 

「来い、《灰の騎神》ヴァリマール」

 

 リィンの掛け声が響くと、程なくして空を飛んできた《灰の騎神》。そして、リィンが騎神に乗り込んでいく。

 

「おいおい、そんなのアリかよ?」

「あはは、ちょっとばかり見くびってたみたいだね」

 

 見くびっていた、か。確かに私も同じ気持ちだ。彼女達を見くびっていた、昨夜の一戦ではまるで相手にならなかった。そして一日経った今日、その評価は変わらない、そう思っていた。だが、見事に出し抜かれた。まさか機甲兵で障壁に体当たりして破壊するとは考えていなかった。

 はぁ~本当にへこむな、この状況。彼女達に翻弄されて、優位な状況を覆されるとは、先輩として嬉しいやら、私自身としては情けないやら、複雑な心境だな。

 神機が起動したので、離れて戦況を見届けていたが、気持ちの切り替えがうまくいかない。

 神機と騎神、機甲兵の戦いを見ているつもりながら、頭の中は出し抜かれた屈辱感でいっぱいだ。

 

 そうこうしているうちに神機が倒された。

 

「やられちゃったか。博士はいい顔しないだろうけど、これにて実験終了かな」

「まあ、使い捨てだ。構わねえだろう。それより―――そろそろ出て来いよ、三人とも」

 

 《劫炎》の先輩がそう言うと、まず女性の声が響いた。

 ここから少し離れた柱の上に現れた女性は結社第二柱《深淵》殿だった。

 《劫炎》の先輩は気づいていたのに私は気づいていなかった。‥‥‥‥考え事をしていたため、周囲への気配察知が鈍っている。いい加減切り替えないと。

 

「カンパネルラにマクバーン。半年ぶりくらいかしら?」

「あんたが《結社》と揉めて、行方をくらまして以来だな。まったく面倒くせぇ真似してくれたもんだぜ」

「確か、グリアノスはやられちゃったんでしょ? フフ、幻影を飛ばすにしても近くにはいそうだねえ‥‥?」

「ふふ、否定はしないわ。今回ばかりはピンチかもしれないわね」

 

 へえぇ、近くにいるんだ‥‥‥‥探しに行こうかな? ちょっと提案してみよう。

 

【《道化師》殿、我が探して来ようか?】

「君も働き者だね、《社畜》君。でもいいよ、今はね」

 

 そうか、残念だ。出来ればあの幻影を飛ばす技とか教えてもらいたかったんだが‥‥‥‥

 私がそう考えていると、私に《深淵》さんからお声が掛かった。

 

「あら、貴方が噂のNo.ⅩⅩⅠ《社畜》ね。分け身の方とは会ったことがあるけど、本体の方とは初めましてね」

【こちらこそ、お初にお目にかかる《深淵》殿】

「あらあらご丁寧にどうも。‥‥‥‥出来れば素顔の貴方とお話してみたいものね」

【これは失礼した。だが、生憎と執行者としての活動を行う際にこの仮面をつけることにしている。貴方が本部にお戻りになられたら‥‥‥‥仮面を外してご挨拶させていただこう】

「ふふ、残念ね。ではまたの機会にしましょうかしら‥‥‥‥まあ、それはともかく、魔女が姿を現したのなら――――そちらも姿を現すのが筋じゃないかしら?」

 

 《深淵》殿の視線を向けた先に、残り二人がいる。‥‥‥‥先程探ってみて、思わず殴りかかりたくなったが、何とか我慢した。おかげで『鬼の力』を解かないといけなくなったほどだ。

 

「ふ、道理だな」

 

 別の柱の上には変な仮面を着けた男と変な球体が宙に浮いていた。

 私は仮面の男を見て、同じ仮面をつけている者として一言、言わせていただきたい言葉がある。

 

『隠すつもりがあるのか、その程度の仮面で! 無いなら着けるな、半端な覚悟で仮面被ってんじゃねえぞ!』

 

 声を大にして言いたかったが、我慢した。

 私は空気を読む執行者だ。ここでそんな言葉を言えば、また弁えてない、と言われかねない。

 それに‥‥‥‥今日の私は体も精神もボロボロだ。この上、弁えてない、と追撃を受けては本当に仕事放棄して逃げかねない。何とか耐えるんだ、私。

 

「お初にお目にかかる、《蒼》のジークフリートと言う者だ。《地精》の長代理として参上した」

 

 仮面を着けた男、『《蒼》のジークフリート』と名乗る、とある先輩の気配がする男。だが、私にはそんな事よりもよほど気になることがある。

 《地精》の長の代理‥‥‥‥つまり副社長だと!? 留年して、ロクに卒業もしていない、絶賛留年生である先輩が副社長、だと!?

 確か《地精》って、騎神を造った古き伝統ある組織、その《地精》の副社長‥‥‥‥役職で負けてる。

 ‥‥‥‥ま、まあ、わ、私はまだ入社して三か月目だし、入社して二か月で執行者に成ったんだし、先輩みたいに留年してないし、私は主席卒業だし‥‥‥‥い、今負けていてもすぐに超えてやるし‥‥‥‥はぁ~、言い訳しても、しょうがないな。素直に負けを認めましょう、先輩。‥‥‥‥でも、今日一番、へこむなこれは。

 私が打ちひしがれていると、

 

「《身喰らう蛇》。良ければやり合ってもいいが?」

 

 先輩が二丁拳銃を取り出し、こちらを挑発してくる。

 カッチーン! え、なに、留年生先輩がケンカ売ってきてんですか! いいですよ受けて立ちますよ。

 私はここまでの鬱憤をあの仮面野郎にぶつけてやろうと思っていた、体はフラフラだが、それがどうした。今の私は怒りを動力源にしている。

 私が気合十分で飛び掛かろうとしていると、

 

「まあ、今回の実験はとっくに終わっちゃたしねえ。」

「クク‥‥‥‥これ以上はヤボってもんだろ」

 

 ええ、やらないんですか! ここであの仮面野郎を私と《劫炎》の先輩の2人掛かりでボコボコにしてやりましょうよ!

 私は今日一日分の怒りと鬱憤をあの留年生にぶつけるつもりだったのに、二人はやる気がないみたいだ。‥‥‥‥仕方がない、御二方がやらない以上、私が出しゃばっても、弁えていないと言われるだけだ。今日のところは引くしかないか。‥‥‥‥命拾いしたな、先輩‥‥‥‥

 

【‥‥‥‥御二方が下がられる以上、我も下がろう。《蒼》のジークフリート殿、いずれ相まみえよう。その時までその命、大事に取っておくことだ】

「ほう、面白い」

 

 今日のところは宣戦布告までだ。次に会ったら‥‥‥‥トワ先輩の下に、箱詰めにして送り飛ばしてやる。

 その後、神機は《劫炎》の先輩にドロドロに溶かされ、

 

「執行者No.0、《道化師》カンパネルラ、これより《盟主》の代理として『幻焔計画』奪還の見届けを開始する」

 

 カンパネルラさんの宣言を最後に私たちは《星見の塔》から去った。

 


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