社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第二十話 それぞれの帰還と新たな縁

―――七耀暦1206年5月21日 ???

 

「はーい、到着。お疲れ様だったね、二人とも」

 

 結社に戻ってきて、早々にカンパネルラさんからねぎらいの言葉を頂いた。

 

【はい、お疲れさまでした】

「おう、これで残る実験は一つか。んじゃあ、後は任せた。俺は寝るわ。またな、ハード」

【ええ、ではまた《劫炎》の先輩】

 

 そう言って、《劫炎》の先輩は去っていった。

 

「じゃあ、僕は報告をしてくるから、またね、ハード君」

【はい、よろしくお願いします、カンパネルラさん】

 

 カンパネルラさんが去ったことで、私は一人になった。

 ‥‥‥‥ふう、漸くか、では、急ぐか。

 私はまた転移を発動した。目的地はクロスベルの拠点だ。

 

 

―――七耀暦1206年5月21日 アパルトメント《ベルハイム》

 

 ふう、到着だな。

 無事に転移でクロスベルの拠点に帰ってきた。これから引っ越しの用意をしなくてはならない、だが何よりも‥‥‥‥疲れた。

 私は『ハード・ワーク』で作った仮面とローブを外し、その場に倒れ込んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、‥‥‥‥なんとか持ったな」

 

 私は這いつくばり、この部屋に置いてある薬箱から『ティア・オルの薬』を取り出し、飲んだ。‥‥‥‥はあ、ラクになった。

 《劫炎》の先輩の焔をまともに食らって、何とか気合で平静を装ったが、相当きつかった。意地を張らずに体調不良であることを訴えれば良かったが‥‥‥‥それはしにくかった。本を正せば、私に非があるのだ。だというのに、私が体調不良を訴える訳にはいかなかった。

 それに、体調が悪くても、いつもなら『神なる焔』を使って、体力や火傷を回復させていた。だが、出来なかった、『神なる焔』が使用できなかった。どうやら『鬼の力』と魔女の術式の同時使用中には『神なる焔』を使用することが出来ないみたいだ。同時に三つ分のクラフトを使うのは無理、と言う事か‥‥‥‥いや、今日初めて『鬼の力』を使ったからうまくいかなかっただけだ。慣れればその内出来るかもしれない。その時まで修練を怠ってはいけないな。

 だが、そんな事よりも‥‥‥‥今日は色々なことがあった。

 

 まずは‥‥‥‥あの人、生きてたんだな。死んだと聞かされていたが‥‥‥‥いや、アリアンロード様と同じく、不死になったんだろう。あの人も起動者《ライザー》だったそうだし、一年半前に死んだ後に、《地精》が手を回したんだろうな。‥‥‥‥まあいい、あの人の事は‥‥‥‥またすぐに会うだろう。その時は全力で叩き潰して、カプア特急便でトールズ第二分校トワ先輩宛てに送りつけよう。喜んでくれるといいな、トワ先輩。

 

 さて、あの留年生先輩は置いておいて、今日一番の反省点は‥‥‥‥ユウナちゃん達、トールズの後輩にしてやられたことだな。いや、してやられたこと以上に、己の未熟さを恥じるばかりだ。

 

「ッ~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 思い出しただけど腹立たしく、思わず大声で叫びたくなる衝動に駆られた。だが、周囲にいる住人に気付かれることはまずいと思い、思わず自分の腕に噛みつき、声を抑えた。

 

「フゥッ、フゥッ、フゥッ、フゥッ‥‥‥‥」

 

 全力で噛みついたことで腕からは痛みが走り、鮮血が零れ落ちる。だが、そんな事など些細な事。こうでもしないと収まりがつかない事は自分自身が良く分かっている。

 痛みが走る中、此度失態を思い出すと、原因も結果も全ては自業自得であると再度理解した。

 

 最初の失態は、『鬼の力』に手を出したことだ。

 戦闘の最中に良く分からない新しい力を得ようとし、その結果どうなるかも考えずに己の欲求を満たそうとした。ただ己が強くなりたい、という私的な欲望を優先し、与えられた任務を忘れた。その挙句、力に呑まれ、己を失くし、仲間に余計な手間を取らせ、仕事の邪魔をした。《劫炎》の先輩に焼きを入れられても当然の事だった。

 組織人として、全体の事を考えず、個を優先するなど、最早背信行為だと思われても仕方がない。カンパネルラさんの報告を受けられた盟主様が何と思われるか、何故そのことを考えなかったのか、そのことを悔やむ限りだ。

 

 次の失態は敵対者に甘い対応をしたことだ。

 トールズ第二の生徒があの場に来ることが出来たのは、二つの要因があったと思う。

 一つ目は体調に問題がなかったこと。昨日の夜、オルキスタワーで戦ったとき、彼らに可能な限り怪我をさせない様に手を抜いた。だから一夜明けた今日、特に問題なく戦うことが出来た。

 二つ目は心に問題がなかったからだ。一つ目の問題と同じく、手を抜いてた戦ったことで、彼らは私を甘く見た、要はなめられたのだ。腹立たしいことだが、そう思われても当然だ。彼らに怪我をさせない程度に手を抜いて、気絶させるまでしか戦わず、気絶した後は追い打ちをかけなかった。ユウナちゃんに至っては話し合いで戦いを終わらせた。この二つの行動で彼らに思われたんだ、『ああ、こいつは甘い奴だ』、そう思われても仕方がない、腑抜けた行動だった。

 もし私が、徹底的に戦い、彼らを再起不能な状態に追い込んでいれば、《星見の塔》に来ることは出来なかったし、心に恐怖を刻み込んでおけば、来ようともしなかったはずだ。

 ‥‥‥‥だが彼らは来た、いや来れた。全ては私の不甲斐なさ故、あの結果は全て私が、己が仕事を全うできなかった故の結果‥‥‥‥私に嘆く資格はない。全ては私の責任だから‥‥‥‥

 

 翌々思い起こせば、クロスベルに来てから、私は少々怠けていた。ジオフロント内で魔獣狩りをしていたが、これまでに訓練の相手はアリアンロード様、《劫炎》の先輩、《痩せ狼》の先輩、デュバリィさん達《鉄機隊》三人掛かりだった。クロスベルの魔獣たちなど圧倒的格下だった。故にどれだけ倒そうと、大した経験は詰めなかった。故にどれだけ、稽古をしたところで強くはなれなかった。だというのに、私は魔獣をアッサリ倒せたこと、『鬼炎斬』をモノに出来たと、増長していた。その結果があそこまでの無様な結果だった。ハハッ、なんと愚かで度し難い‥‥‥‥いや、後悔しても遅い。

 これからの事を考えよう。このまま失態が続くようであれば、私はこの仕事から外される、不要と判断される。それでいいのか‥‥‥‥良い訳がないだろう! 折角の居場所を、盟主様からの信頼を、ご指導いただいたアリアンロード様達の信頼を裏切っていいのか? ‥‥‥‥良い訳がないだろう! もう私には何処にもいく場所はない。《結社》なくして、私はない。ならば、何を成すか‥‥‥‥結果を出すしかない。

 確かに今回の失態は度し難い、だからと言って嘆いても結果が覆るわけではない。次の仕事を与えられるとは限らない。だからと言って、待っていても状況は好転しない。今の私に出来ることは己を高め、次も同じ失態をしないようにする、と言う事くらいしかない。

 失態は取り返す。名誉は挽回する。汚名は返上する。取り返す機会が与えられたならば必ずや取り返す。だからその時に備えて、出来ることをしよう。

 

 私は体を起こし、紙を取り出した。ギルバート先輩への伝え事項をまとめる、それをしなくてはならない。‥‥‥‥もうここに来ることはない。だから、現在仕事中のギルバート先輩へ伝えることを残していく。

 内容は、『この拠点を引き上げるので対応願う』ただそれだけだ。

 本来なら、お世話になった方々にご挨拶をしてから、引き上げることを予定していた。

 だが、状況が変わった。今の私は愚かな敗北者、そんな私には、たとえお世話になった方たちへの挨拶周りにさえ時間を割く余裕はない。一分一秒とて、無駄には出来ない。だからこそ、後の事をギルバート先輩にお願いし、私はあの方の下に向かうことにした。

 

「‥‥‥‥よし、これでいい。後はお願いします、ギルバート先輩」

 

 私は伝え事項をテーブルの上に分かりやすいように置いて、

 

「‥‥‥‥お世話になりました、クロスベル」

 

 転移した。目的地をあの方の下に定め、飛んだ。

 

 

side ギルバート・スタイン

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥‥」

 

 僕は今‥‥‥‥追われている。

 

「いたか!」

「いえ、こちらには来ておりませんでした」

「よし、ではこちらを探せ!」

「はっ!」

 

 ‥‥‥‥どうやら行ったようだ。クソッ、どうして僕がこんな目に‥‥‥‥

 僕はバイト中に七耀教会に追われだした。それもこれも全てはあの男の所為だ。

 事の発端はバイト先にある男が来たことが原因だった。

 

 

「おい、ギル。お客様がお見えだ。注文取ってこい」

「はい、ただいま!」

 

 ここのバイトを始めて約二週間近く経った。

 仕事も覚えて、最早僕の方が先に入ったコウキよりも優秀だ。やっぱり僕は何をやらせても優秀な男だ。

 だが、ふと思うことがある‥‥‥‥僕は何しにクロスベルに来た?

 この疑問に対する答えを僕は持っていない。そして、その答えはきっと‥‥‥‥見つかることはない。なぜなら、僕は自分の意志で来たわけではなく、ハード・ワークの圧力に屈して、ここに来た。

 でも、今日で此処の生活ともおさらばだ。だって今日が実験の日だ。僕はここでの仕事をテキトーに終わらせて、家に帰って、実験が終わるのを待てばいい。その後にはさっさと《結社》に戻ろう。どうせ、アイツの事だ。帰る算段もつけてあるだろう。よーし、そう考えると、多少はやる気が出てきた。

 僕はやる気を出して、元気に接客を対応することにした。

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「えーと、なんにしようかな‥‥‥‥よし、決めたで。店員さん、アレ?」

「‥‥‥‥アレ?」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 ツンツン頭の緑髪、独特なイントネーションな口調、何処かで‥‥‥‥ああ、お客様は顔見知りでした。

 

「ケビン・グラハムーーーーーー!!!」

「おー、兄さんやんけ! ひっさしぶりやな、元気しとったか?」

「馴れ馴れしい! お前がなんでこんなところに!」

「あん? まあ、そうやな。ここに来たんは《白面》、ゲオルグ・ワイスマンが現れた、言うん聞いてな。先月はサザーラント州のセントアークに出た言うんで行ったんやけど、居らんかった。今度はクロスベルで見た、言うん聞いて来たんやけど、腹減ってな、それでこの屋台に来たんや。‥‥‥‥しかし、こんなところに兄さんが居るんやったら、これは《結社》の仕業、言う事やろ? 昨日も神機なんか出てきたみたいやし、一体何をやっているんや、折角やし、教えてくれへんか?」

「い、言えるかーーーー!!!」

 

 僕はその場を逃げ出した。全速力でこの場を走り去った。

 

「待てや、兄さん!」

 

 

「グラハム卿、こちらにはおりませんでした」

「そうか。しゃあない、今度はあっちや。‥‥‥‥全く、何処行ったんや、兄さんの奴」

 

 僕が隠れている場所のすぐ近くをケビン・グラハムが通っていく。僕はそれを息を殺して、見送った。‥‥‥‥僕はバレずに済んだ。

 あー、何で僕がこんな目に会うんだ。僕は緊張が解けて、その場に座り込んだ。

 思い起こせば、クロスベルに来てから、いや、全てはあの男に会ったところから僕は不幸に見舞われている。

 

「‥‥‥‥おのれ、ハード・ワークッ!」

 

 僕は込み上げる怒りを感じながらも、冷静さを取り戻し、状況を打開する策を考えた。

 困ったことに、街中には星杯騎士団が増えてきている。あの神父が呼んだんだろう。こうなると隠れていても見つかりかねない。一刻も早くクロスベルを脱出しなければ、捕まる。そうなると‥‥‥‥きっと酷い目に遇わされる、それだけは避けないと。

 あの神父達から逃げる方法を考えていると‥‥‥‥思いついた。

 はは、そうだ、全てはあの男が元凶だ。ならば、この災難を解決するのもあの男の仕事だ。

 そう、ハード・ワークをケビン・グラハムにぶつければいい。

 執行者《社畜》のハード・ワークなら守護騎士相手でも倒せるかも、最悪でも時間稼ぎは出来るはずだ。なら、僕が逃げる時間くらいは出来るはずだ。

 そうと決まれば、何とかアイツがいるところまで誘導するか、呼び出すかしないと‥‥‥‥そういえば、アイツからARCUSⅡとか言うのを渡されてた‥‥‥‥けど、今はない。必要ないと思って部屋に置いてある。とりあえずそれを取りに行くしかないか。それにもしかしたら、部屋にいるかもしれないし‥‥‥‥

 僕は淡い希望を抱きながら、細心の注意を払って部屋に向かった。

 

 

 部屋の近くまでたどり着いたが、残念ながら入り口近くに誰かがいる。見かけないシスター服の女だ。

 ‥‥‥‥だが、僕には顔が見えないけど、何となく誰か分かった。だって‥‥‥‥パンの袋を抱えているから。たぶんあの、腹ペコシスターだろうな、と予想がついた。まあ、近くにパン屋の《モルジュ》があるから、この辺りに来たんだろうな、と思った。

 ‥‥‥‥しかし、どうするか困ったぞ。僕の顔と名前はあの女は知っている。そうなると何食わぬ顔であの女の前を通り過ぎて、中に入ることはできない。

 

「うーん、どうしよう‥‥‥‥」

 

 思わず独り言をつぶやいてしまうと、

 

「どうしたの、ギル兄ちゃん」

「どうしたの、ギル兄ちゃん」

「うわぁぁぁ‥‥‥‥ってなんだ、クロフォード兄弟か」

 

 背後から声が掛かり驚いたが、そこにいたのは隣の家の双子だった。

 

「なんだよ、脅かすなよ」

「なにしてんの?」

「なにしてんの?」

 

 うーん、どうするか、このガキンチョ達がいると、アイツに気付かれかねない。かといって、ここで黙らせると余計に騒ぎかねない。どうする‥‥‥‥

 僕が考え込むと脳裏に名案が浮かんだ。そうだ、このガキンチョ達を利用しよう、そう思いついた。

 

「ちょっと、いいかな、僕ちゃん、お嬢ちゃん」

 

 僕は努めて笑顔で双子に語り掛けると、

 

「どうしたの、ギル兄ちゃん、気持ち悪いよ?」

「気持ち悪いよ?」

「えーい、いいからちょっと僕の言うこと聞け。後でお菓子あげるから」

「お菓子! いいよ、聞くー」

「聞くー」

 

 子供は現金なもので、お菓子をやると言えば言う事を聞く。最初からこうしておけば良かった、と思いつつ、僕の素晴らしい作戦を伝えた。

 

「いいか、あそこの女に『ケビン、という人があっちで呼んでる』と伝えて、あっちを指差せ。いいな、分かったな?」

 

 僕は、自分が来た方角とは反対の方向を指差しして指示した。

 

「うん、わかった」

「わかったの」

「よし、いけ!」

 

 指示を出すと、ガキンチョ達が走って、腹ペコシスターの下に向かった。そして、

 

「ねえねえ、お姉さん」

「ねえねえ、お姉さん」

「ムグムグ‥‥‥‥ゴックン。はい、なんでしょうか?」

「さっき、ケビンって人が、あっちで呼んでたよ」

「呼んでたの」

「ケビンが? はて、なんでしょう? ‥‥‥‥まあ、行ってみますか。どうもありがとうございます」

「バイバイ」

「バイバイ」

 

 腹ペコシスターがガキンチョ達に礼を言って、指示された方向に歩いて行った。よしうまくいった。

 僕は去って行ったのを見届け、漸く安堵した。さてこれで部屋に戻れるな。さて、その前に‥‥‥‥

 

「よくやったぞ、二人とも。ちょっと部屋に戻るから、お菓子は後で取りに来い」

「はーい」

「はーい」

 

 双子にそう言って、部屋に急いだ。

 

 

 部屋に戻ると、そこには‥‥‥‥

 

「ヒッ! これは‥‥‥‥血!」

 

 なんと部屋には血がこぼれていた。

 大量出血、という程多いわけではないが、多少の切り傷というほどの少量の血の量ではなかった。それだけの量の血が部屋にこぼれていて、思わず驚いてしまった。

 

「な、なんだって言うんだ! ん、これは?」

 

 僕は血がこぼれている部屋の中で、一枚の紙を見つけた。そこにはここ最近で見慣れたハードの文字が書かれていた。‥‥‥‥ただ、いつもより文字が震えていて、多少読みにくかった。

 

「なんだ‥‥‥‥な!」

 

 そこにはただ一言、『後は頼む』、そう書かれていた。

 

「はあぁ! なんだ、これ! え、ま、まさか‥‥‥‥アイツがやられたのか! もしかしてこの血は‥‥‥‥アイツの‥‥‥‥」

 

 僕には理解できなかった。だって、あの《社畜》だぞ、あのハード・ワークだぞ。‥‥‥‥そんなアイツが、これだけの出血をしただなんて、信じられない。‥‥‥‥だけど、この手紙はアイツが書いたものだ。そしてここにある血はたぶん、アイツの‥‥‥‥クッソ! これじゃあ誰が僕を助けてくれるって言うんだよ。

 助けは来ない、そう理解してしまった。

 

「クッソ、どうすればいいんだ‥‥‥‥」

 

 僕が悩んでいると、

 

「そうだ、あれがあった!」

 

 アイツが用意したモノがあることを思い出した。とても大きなモノだが、初めて見た時には衝撃で気絶してしまい、記憶から抹消していた忌まわしきモノ。だが、この際だ、最早あれを使うしかない。

 

「行くしかない。幸い、神父とシスターは例のブツがあるのとは違う方向にいる、急げばまだ何とかなる‥‥‥‥はず」

 

 僕は急ぎ部屋の中から、ARCUSⅡとあるモノを手に取り、部屋を飛び出し、外に向かった。そのついでに、ハードが作っておいたお菓子を部屋の前に置いて行った。一応、約束は約束だ。

 アパートの出入り口で外の様子を伺い、誰もいないことを確認すると、置き場に向かって全力で走った。

 

 

 僕は町はずれにたどり着いた。そこにはあるモノが置いてある。大きすぎて持ち運びが出来ないので、布で覆い隠している、クロスベルでアイツが買ったデカいものだ。

 何とか無事にたどり着いた‥‥‥‥はずだった。

 

「なんや、こんなところにおったんか? 探したで‥‥‥‥兄さん!」

 

 クッ、最悪だ。なんでこんなところで見つかった?!

 

「クソ、もう少しだったのに!」

「ご苦労やったな、リース。お前が見つけてくれんかったら、めっちゃ苦労してたところやったで」

「別に、あからさまに怪しい指示を子供にした人がどんな人か、気になったから見てた。そうしたら、貴方が出てきた」

「うっ! 『あからさまに怪しい指示』って、この僕の完璧な作戦が‥‥‥‥」

「完璧には程遠い」

「ハハハ‥‥‥‥まあ、これで兄さんの命運も尽きたな、さあ知ってること全部吐いてもらおか!」

 

 神父が嫌な笑いを浮かべながら近づいてくる。ジリジリ、とまるで甚振るように距離を詰めてくる。くっ‥‥‥‥土下座するしかない、とそう思った。

 

「ハハハハハ‥‥‥‥! 待たせたね、ギルバート君」

「おやおや、何やら取り込む中かね?」

 

 高らかな笑い声と低く蛇の様ないやらしさを感じさせる声が聞こえてきた。

 僕らはその声がする方を見ると、そこには、白いマントと仮面をした執行者No.X《怪盗紳士》ブルブランと元第三柱《白面》のゲオルグ・ワイスマンの二人が立っていた。

 ああ、アイツの分け身か。確か、アイツ曰く、戦闘能力はそれほどないらしい。アイツの十分の一くらいの耐久性と力がないらしい。まあ、それでも僕よりも遥かに強いんだけどな、ハハ‥‥‥‥でも、助けに来てくれたことは大変助かる。僕の生存の見込みが上がったぞ。僕は内心でガッツポーズしていると、反対に神父は酷く狼狽えている。

 

「な、何でお前がおるんや! お前はあの時、確かに死んだはずや!」

「ふふふ、さて何故だろうね? もしかしたら君が見ていたのは幻だったのかも知れないよ。ああ、それとも私が地獄から甦ったのかもしれないね、さあ、何故だろうかな」

 

 眼鏡をクイッと上げながら、ニヤリと笑みを浮かべながら神父の問いを躱した。

 コイツはニセモノだ、僕はそれが分かっているから、冷ややかな目でハードのモノマネショーを見ている。‥‥‥‥だけど、

 

「あ、ありえへん! あ、あの時、塩の杭でお前は死んだはずや! ‥‥‥‥まあええ、もう一回あの世に送ったるわ」

「ははははは、そんな事をしても無駄さ。私は何度でも甦る!」

 

 そうだな、アイツ曰く、分け身は何度でも作れるそうだし、諸悪の根源(ハード・ワーク)が倒れない限り何度でも甦るぞ。

 まあいい、アレは分け身だ。とりあえずあの神父を引き付けてくれている間に、僕は逃げる準備をしよう。そう思っていると、足元近くに法剣の刃が走った。

 

「おわっ! 危ないな!」

「逃がしません!」

 

 腹ペコシスターが残っていた。ヤバイ、コイツ一人でも僕は勝てないぞ。

 

「ハハハハハ‥‥‥‥! 私を忘れてもらっては困るぞ。ギルバート君、伏せたまえ」

「えっ! うわぁ!」

 

 僕に迫る物体を伏せて躱すと、物体が地面に衝突するとドカァーーン、という爆音が響いた。

 

「ふむ、中々の威力だ。いい買い物だったな」

「町の近くでバズーカなんて使うなんて‥‥‥‥」

「フハハハハハ、私の爆発ショー、とくと味わってくれたまえ」

 

 そう言って、《怪盗紳士》(ハード・ワーク分け身)がバズーカを構え、腹ペコシスターと戦い始めた。

 よし、これで腹ペコシスターは何とかなる。後は僕がアレを動かさせれば、逃げられる。

 僕は急いで、布をはぎ取った。その布の下からは、とても大きな導力車が現れた。

 

「な、なんや!」

「大きい!」

 

 敵二人が唖然としているうちに、僕は乗り込み、キーを差し込み、起動させた。

 

「ははははは! 見たか、これが僕の全て‥‥‥‥大型輸送車だ!」

 

 僕はアクセルを踏み込み、大型輸送車を動かすと、神父とシスターは危険を察知し、慌てて離れた。

 

「リース、危険や、離れるんや!」

「ッ!」

 

 よし、何とか動かせる。初運転でいきなり、ひき逃げはしたくなかったので、避けてくれて助かった。それに、丁度よく方向転換出来た。よしこのまま、逃げるぞ!

 

「ははは、では、サラバだ!」

「あ、待て!」

 

 僕はアクセルを全開で踏み込み、急加速で体が締め付けられるような感覚を感じながら、道を爆走した。

 

 

 クロスベルを飛び出し、道中を爆走している。追っては‥‥‥‥来ていないようだ。

 ふう、どうやら神父たちは追っては来れないみたいだ。まあ、いきなり大型輸送車が出てくるなんて、想像していなかっただろうし、ムリもないだろう。僕だって、こんなの使うつもりではなかった。全てはアイツが買ってきたから、仕方なく使った。今回はこれをおかげで助かったが、とても感謝なんか出来るもんじゃない。だって、この大型輸送車の購入資金は僕の給料から天引きされている、とか酷過ぎるだろう!! しかもご丁寧に三十年ローンで繰り上げ返済可とか勝手に組んでやがるし、僕の人生設計が台無しだ!! 思い出しても腹立たしく、目の前が真っ暗になりそうだ。なんだよ、執行者の『あらゆる自由が許される』とか、そんな特権で僕の人生を自由にするなよ!!

 僕は道を爆走しながら、大声で叫んだ!

 

「ハード・ワークのバカヤロー!!!!!」

 

 ふう、多少は気が晴れたかな。

 ‥‥‥‥さて、これからどうやって《結社》に戻ろうか、それを考えないといけないな。このでかい導力車を持っていけるとは思えないが、置いて行くにはあまりにも高価すぎる。何しろ僕の三十年ローン分だ、こんなのおいそれと、そこらに放置できない。となると、やっぱりこのまま運転して行くしかないか。‥‥‥‥遠いな、ハア~。

 そんな風に落ち込んでいると、

 

「ギルバート君。もっとスピードを出さないと危険だぞ」

「うわあああ!!!」

 

 突然の声に驚いて、思わずハンドルの操作がふらついた。だって、この車の中には以外誰もいないんだぞ。なのに、どうして声がするんだ!?

 コンコン、と僕の横の窓から音がする。思わずその方向に顔を向けると‥‥‥‥ドアップのゲオルグ・ワイスマンがこっちを見ていた。

 

「うわあああああああああああああああ!!!」

 

 先程よりももっと大きく車が振り回された。

 

「落ち着きたまえ、ギルバート君」

「そうだとも、危うく振り落とされるかと思ったとも」

 

 ゲオルグ・ワイスマンが落ち着く様に言い、反対側の窓には《怪盗紳士》がぶら下がりながら、重ねてそう言った。いや、取り乱した原因が言うな!

 

「全く‥‥‥‥で、なんでもっとスピードを出さないと危険なんだ?」

「上だ。見えるかね?」

「上?」

 

 僕は窓を開け、上を見上げると‥‥‥‥飛空艇が迫ってきていた。

 

「ハアッ!? なんだアレは!?」

「《メルカバ》。星杯騎士団、その中でも選ばれた守護騎士にだけ与えられる特殊飛空艇だ。知識としては知っていたが、本物を見るのは初めてだ。いや、クロスベルに来た甲斐があったな」

「何を暢気な事言ってやがる。あんなのが出てきたら、あっという間に追いつかれるぞ!」

「うむ‥‥‥‥実は、重要なお知らせがあるんだが聞くかね?」

「は?、この期に及んでなんだよ、重要なお知らせって?」

「私達、分け身のタイムアップが近い。もうすぐ消える」

「ハ、ハアッ!? このタイミングでタイムアップって、ふざけるなよ!!!」

「まあ、仕方ない。本来私たちは、長期間維持できるように調整してあるが、戦闘をすれば維持に使っていた分の力も使ってしまう。なので、先程の戦闘でも精々が陽動程度しか戦えていない。おそらくはもう5分程くらいで消えるだろう」

「そ、そんな‥‥‥‥」

「‥‥‥‥なので、消える前に我々で君が離れるだけの時間を稼ごう。我々は所詮分け身、本体の都合のいいように使われ消えるのが定めだ。ならば、本体の相棒である君を助けるのも我々の役目だ」

「お前ら‥‥‥‥」

「最後にこれを本体に届けてくれ。今日までの分の報告書だ。これがあれば、何度でも我々は作られ、君を助けに行こう。ではな、ギルバート君」

 

 そう言って、分け身達が報告書を僕に預けてくる。そして、大型輸送車から飛び降りた。

 どうやら、飛空艇に何かするつもりだ。‥‥‥‥まあ、助けてくれる以上、ちゃんと仕事は果たしてやるさ。アイツにこの報告書くらい届けてやるさ。約束は約束だ。

 

side out

 

side ケビン・グラハム

 

「いやあ、メルカバ持って来とって良かったな。まさかあんな隠し玉があるやなんて、想像してへんかったわ」

「油断大敵、前もあの人が謝るふりして、人形兵器出して攻撃してきた。小物気質は今も変わらないみたい」

「ハハ、まあそんな小物に出し抜かれたんや。評価を改めないかんな。しかし、《怪盗紳士》だけならまだ良かったんやけど‥‥‥‥なんで、ゲオルグ・ワイスマンがおるんや? アイツは間違いなく、塩の杭で塩化した。やから‥‥‥‥あり得へん!」

「ケビン‥‥‥‥」

 

 何度考えても、ゲオルグ・ワイスマンが死んだとしか思えない。だが、ニセモノだとして、何故今になって現れた? 死んでからもう四年、影の国の時から三年半経った。アイツがそれだけの時間、何の行動も起こさなかったのは何故だ。それに行動を、いや目撃情報が出たのは先月からだ。一体それまで何をやっていたのか、そして目的は何なのか、《結社》と共に行動していることろから、《結社》に戻ったのか、どれだけ考えても、全く答えは出ない。

 

「砲撃来ます!」

「!」

 

 メルカバの乗組員からの報告に驚き、思考の海から現実に戻った。

 

「シールド展開!」

「はっ! シールド展開!」

 

 ドォォン!! という音と共に機体に衝撃が走る。

 

「何処から攻撃されたんや!?」

「前方、右下20度の方向からです。映像出します」

 

 モニターに攻撃してきた下手人が映し出された。まあ予想通り、ゲオルグ・ワイスマンと《怪盗紳士》の二人が映し出された。《怪盗紳士》が手に持つバズーカから撃たれたようや。さっきまでは大型輸送車に飛び乗ったようやけど、どうやら二手に分かれたか。

 まあええ、兄さんの方より、こっちの方が大ごとや。ここで捕まえるか、いや‥‥‥‥倒す。

 俺が意気込んでいると、

 

「はははは‥‥‥‥星杯騎士の諸君、このようなところにまでご足労頂き、ご苦労なことだ。だが残念ながら私ももう時間が無い。この辺りで失礼するよ。なあにいずれ縁があればまた会おう。その時を楽しみにしているよ」

「はははは、では私も同じくこの辺で失礼しよう。さらばだ星杯騎士団よ」

 

 そう言って《怪盗紳士》はバラの花吹雪を巻き起こし、それが収まると‥‥‥‥そこには誰もいなかった。

 拍子抜けな程、アッサリと逃げてしまった。

 

「あ、待て! ‥‥‥‥逃げられたか」

「‥‥‥‥どうするケビン、大型輸送車の方を追う?」

「いや、それよりも先に総長に繋いでくれ。急いで報告せなあかん。《白面》のゲオルグ・ワイスマンが甦った、ってな!」

 

 報告は総長アイン・セルナートに迅速に報告された。その後関係各所にも通達され、七曜教会は上へ下への大騒動になった。

 しかし、後日オリヴァルト殿下からの報告を受け、ゲオルグ・ワイスマンは執行者《社畜》の作った分け身であることが伝えられ、ケビンの報告は誤報である、という結果になった。

 ケビンは当分この件で総長からからかわれる結果となった。

 

「おのれ《社畜》!!!」

 

side out

 

 





今年も残りわずかですが、体調にはお気を付けください。

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