社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


第二十一話 クロスベル反省会

―――七耀暦1206年5月22日 トールズ士官学院第二分校 会議室

side リィン・シュバルツァー

 

 クロスベルでの実習が終わり、トールズ第二分校に戻ってきて早々、報告会議を行うことになった。

 

「うむ、全員集まってもらい感謝する。皆も疲れているだろうから、手早く済ますとしよう。では頼む」

「はい、ではまずクロスベルに現れた勢力について、順にご説明いたします」

 

 ミハイル少佐がモニターに資料を映し出した。

 

「まずは《結社》の執行者からご説明いたします。一人目はこの男、執行者No.0《道化師》カンパネルラです。こちらはオリヴァルト殿下とラッセルから情報を提供して頂きました。かつてはリベールでの事件に参加していたそうです。少年の様な容姿ですが、実際の年齢は不明だそうです。情報提供者によると、10年程前から容姿に変化はないそうです。能力については実際に対峙したシュバルツァーに説明を頼みたい」

「はい、わかりました」

 

 俺はその場に立ち上がり、説明を始めた。

 

「能力は幻術を使い、こちらを攪乱してきました。遠くから声が聞こえる、姿を隠すなどをしてきました。後はアーツを使う、焔を放つなどの遠距離型の戦い方でした。後は結界を張ることが出来ました。それも思念を封じるタイプの結界の様で、その中ではヴァリマールに声が届かなくなりました」

「了解した、シュバルツァー。オルランド、かつては戦ったことがあるそうだが、何かないか?」

「いや、俺から捕捉することはないな。以前戦ったが、その時との内容と遜色はねえ」

「そうか、ではこの男に関しては以上とする。よろしいですね、分校長」

「うむ、了解した。では次を頼む」

 

 オーレリア分校長の言葉に従い、ミハイル少佐が次の映像が映し出した。

 

「次はこの男です。執行者No.Ⅰ《劫炎》のマクバーンです」

「ほう、この男か。我が師《光の剣匠》を打ち倒せし、魔人とは」

 

 映像が映し出されると、オーレリア分校長が食いつく様に映像に見入った。

 1年半前に煌魔城での戦いの際、マクバーンを相手に戦ってくれたのが、《光の剣匠》ヴィクター・アルゼイド子爵閣下だった。その後の事は噂程度にしか聞いていなかった。

 

「分校長、アルゼイド子爵閣下の状態は?」

「うむ、呼吸器を黒い焔でやられたそうだ。それ故、剣筋が鈍る程度の後遺症が残り、以前のような力は発揮できなくなっている。ハッキリ言って剣士としては死んだ、と言える」

「そ、そんな」

「‥‥‥‥そうですか」

 

 トワ教官も落ち込んでいる。かつてはカレイジャスで助けに来てくれたし、トワ教官を艦長代理に据えた直前には色々な教えを受けていたそうだ。そんな方の不幸は俺にもトワ教官にも暗い影を落とした。

 

「‥‥‥‥今は報告の方を優先したい。いいな、ハーシェル、シュバルツァー」

「あ、はい。すいません」

「すいません、ミハイル少佐」

「いや、ではまず能力についてだが、先程の話に有ったように焔を使うこと。これ以外には確認できていない」

「ミハイル少佐、焔以外には魔剣《アングバール》を使用します。その剣を持って、アルゼイド子爵閣下と戦闘を行っています」

「なるほど、追記しよう」

 

 ミハイル少佐が資料に追記していると、分校長からも情報が伝えられた。

 

「師を打ち破ったと言っても、剣の技術が上というわけではない。剣を使うと言っても、あくまで主体は焔だ。剣の技術自体は師や私の方が上だ。だが、小手先の技術など通用しない、常軌を逸した力、それこそがこの者だ」

 

 オーレリア分校長の言葉通りだと、俺も思う。力を効率的に使うのが技術だとすれば、マクバーンにはそれは不要だと感じる。黒い焔を身に秘めた《火焔魔人》の姿は正に人外だ。それに奴の焔は神機すら焼いた。ドロドロの原型を留めない程の圧倒的な熱量だ。そんな力に技術とは不要なのだろう。

 

「では、これ以上は何かありますか、分校長?」

「いや、この件はこれで十分だろう」

「分かりました。ではこれにて《劫炎》のマクバーンについては終わりにします」

「では、《結社》についての報告は終わりで問題ないか?」

 

 オーレリア分校長が《結社》側の報告を終わりにしようとしている。だが言っておかないといけないことがまだ残っている。

 俺は挙手し、発言を求めた。

 

「分校長、発言よろしいでしょうか?」

「なんだ、シュバルツァー?」

「今回のクロスベルにて確認できた執行者は《道化師》、《劫炎》それともう一人、《社畜》です」

「ほう、前回のサザーラントといい、今回のクロスベルといい、随分と働き者だな、その者は。だがその者の報告は先月受けたが、何か更新すべき情報があるのか?」

「‥‥‥‥ええ、大変重要な内容です」

 

 そう《社畜》の脅威がまた一つ増えた。そのことを伝えないといけない。

 

「《社畜》が使う、『分け身』という技についてです。『分け身』という技は自身の分身を作り出します」

「ああ、過去にも《銀》や鉄機隊の《神速》も使ってたな。だが、珍しいが出来ない技能じゃねえ。今更それに何かあるのか?」

「‥‥‥‥ランディ教官、もしその分け身が自分の思い描いた姿に変われたら、どうしますか?」

「どうするって‥‥‥‥そうだな、嫌いな奴になって悪評を流すとか、モテる奴になってナンパして、とか色々夢が広がるな!」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 テンションが上がるランディ教官を尻目に、会議場の出席者の眼は冷ややかになっていく。

 

「‥‥‥‥まあ、そんな事が出来るんです。色々夢が広がる能力、『分け身』の姿を自由に変更することが出来る能力を有しているそうです」

「な、なにーーーー! あ、アイツはそんなうらやま、いやとんでもない能力を持っているのか!」

「‥‥‥‥オルランドの言葉はともかく、それは確かにとんでもない能力だ。何しろこれでは要人警護など出来たものではない。用意した警備人員に成りすまして接近して要人暗殺が可能なこと、それ以外にも悪評の流布や国家間紛争の誘発など、少し考えただけでもこれだけ悪用が出来る。そんな技が使えては信用など何も出来んぞ」

「とんでもないことになったな。誰が本物か、『信用できなくなる』、と言う事か。まだその事実を知らなかった方が良かったな、まだ‥‥‥‥ここにいる皆を信用出来た。ここにいる誰かが《社畜》の分け身という可能性があるな」

「そ、そんな! 分校長は私達を疑っているんですか!?」

 

 全員の眼がオーレリア分校長に注がれた。だが、分校長は笑いだした。

 

「‥‥‥‥ふふふ、こういうことになる。私自身はこの場にいる誰もニセモノではないと確信している。だがな、それを疑心暗鬼にさせるには効果的な能力と情報の提示だと思う。おそらくこの手の情報は秘匿しておく方が効果的だと思われるが私は逆だと思う。先程ミハイルが言った様に、知らなければ対処できない。だがな、この手の情報を敢えて提示したのは、我々に危機感を与えると共に、信用を失わせる、と言う事につながる」

 

 信用を失わせる‥‥‥‥確かにその通りだ。ここで話しているだけでも、もし、《社畜》が成り代わっていたら、と思わせることで、疑いの目で見て、相手と信用を築くことはできなくなる。

 

「では、この情報を流したのは‥‥‥‥」

「おそらく意図的だろう。そうすることで対策をさせる。だが、その結果、余計な手間が必要になる。それにもし、手間をかけたことで『分け身』が入り込むとすると、その手間が余計な事になる。だがしなければ結果も良くはならない。ほらこの通りだ、《結社》がご丁寧に我々に情報を提供してくれたことで、こちらは大混乱だ。相当な策士だな」

 

 オーレリア分校長の言葉は俺達は頷くしかなかった。

 

「‥‥‥‥だがこれを秘匿していても仕方がない。ごく一部にのみ情報を共有するべきだ。とりあえず人選は吟味せねばならん。ミハイル、対象者をリストアップしてくれ」

「分かりました」

 

 分校長の言葉はもっともだ、と俺も思う。あまりに多くに知られてしまうと、上に下に大わらわだ。先程の話であった疑心暗鬼に陥るだけだ。上位者だけが知っておくべきだろう。

 

「シュバルツァー、私からも1点質問がある」

「ミハイル少佐、何でしょうか?」

「クロフォードの御家族に関してはどうなっている? 《結社》の手が迫っているという話だったが‥‥‥‥」

「ん、何だその話は?」

「実は執行者《社畜》がクロフォードの家族を人質に取っている、という状況がありました」

「何! それでどういう顛末を迎えた」

「ええ、其方は大丈夫でしょう。クロスベルを立つ直前にユウナの実家の隣を訪ねたところ、もぬけの殻でした。おそらく引き上げたと思われます」

 

 俺の言葉に全員が安堵の表情を浮かべた。

 

「そっか~、良かった」

「すまんな、リィン。助かったぜ」

「そうか、無事であればそれでいい、ご苦労だったシュバルツァー」

「だが、《結社》は、いや《社畜》とはそういうことまでするのか‥‥‥‥今後の対応も考えねばならんか」

「俺の方からは‥‥‥‥もう一点よろしいでしょうか?」

「む、まだ何かあるのか?」

「ええ、《結社》の内部でも色々動きがあったそうです。まず使徒第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダさんですが、どうやら《結社》から追われているそうです。そのため今回の《結社》の動きには関係がないそうです。それ以外にも《怪盗紳士》も同じく今回の動きから弾かれているそうです」

「なるほど、了解した。他には何かないか‥‥‥‥なさそうだな。ではこれにて《結社》の方は終わりにする。では次の映像を頼む」

「はい、分校長」

 

 ミハイル少佐が映像を切り替えた。そこに映し出されたのは‥‥‥‥あの男だ。

 

「次は《地精》と名乗る勢力です。そしてこの男が《蒼》のジークフリートと名乗る男です」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 俺とトワ教官、そして分校長が黙ったのを察して、ランディ教官が声を上げた。

 

「あー、その俺は知らねえけど、そんなに似てんのか?」

「‥‥‥‥ええ、とても良く似ています」

「ええ、顔は分かりませんでしたけど、雰囲気がそっくりでした」

「うむ、貴族連合の時に多少見知った程度だったが、それでもそう思うほどだった」

 

 やっぱり、俺だけの思い違いじゃなかったか。トワ教官に分校長も同じ様に感じた。つまり、アイツは‥‥‥‥だが、おかしい。俺達はアイツが埋葬されるのを見届けた。そして何より、アイツの鼓動が失くなるのを‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥分校長、あまり有益な情報はないようですので、この議題は後に回しても問題ないかと」

 

 俺達の様子を察して、ミハイル少佐が分校長に進言している。

 

「そうだな。皆も疲れているだろうし、このくらいで終わりにしよう。ではこれで報告会議を終わりとする。皆ご苦労だった、存分に英気を養ってくれ」

 

 そう言ってオーレリア分校長が席を立ち、部屋を出て行った。それに続く形でミハイル少佐も出て行った。部屋の中にいるのは俺以外にトワ教官とランディ教官が残っている。

 最後の議題はともかく、確かに疲れたな。

 俺は背をぐぅっと伸ばした。

 

「お疲れ様、リィン君」

「ああ、お疲れ様ですトワ教官」

「お疲れ、リィン、トワちゃんもな」

「お疲れ様です、ランディ教官」

 

 俺の近くにトワ教官とランディ教官が集まってきた。

 

「どうしたんですか、二人とも?」

「ああこれから飲みに行かねえか。今回の礼、ってことで俺がおごってやるぜ。トワちゃんも一緒にどうだ?」

「ええ、いいんですか?」

「いいのいいの、お兄さんがおごってやるから。ああ、でもアルコールは二十歳越えてからな」

「もう! 私、リィン君より年上なんですよ!」

「ははは、それはすまねえ。で、どうだふたりとも?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「じゃあ、私も」

「よし、じゃあ行くぞ!」

 

 俺も行こうとしたが、あることを思い出して、足が止まった。

 

「ん、どうしたリィン?」 

「ああ、すいません。ちょっと通信することがあったので、それが済んでから行きます」

「そうか。じゃあ先、行ってるぞ」

「はい」

 

 ランディ教官が出て行った。俺は一人、会議室に残っている。

 《蒼》のジークフリートの事も気になる。だがそれ以上に気になることがある。

 先程の『分け身』の話で、あることを思い出し、ずっと気がかりなことがある。‥‥‥‥ハードは無事なんだろうか、そのことが頭に浮かんだ。

 先月のサザーラント州の演習の際、ハードの屋台に居た従業員、その人は『アルバ』と名乗っていた。だがあの人は《社畜》が出した『分け身』だ。《白面》ゲオルグ・ワイスマン、その人がリベールでの任務中に名乗っていた名前らしい。だが、一体何のために‥‥‥‥おそらく《結社》が仕掛けたことだと思うが、答えは出ない。

 ハードはただ従業員を採用しただけだ。あの分け身とのつながりはない。だが、サザーラントを訪れた先月は一度もハードに会うことが出来なかった。一度連絡ができればいいが、アイツは通信端末を持っていない。一度パトリックに連絡して近況を聞いてみよう。

 俺はARCUSⅡでパトリックに連絡を取ってみた、数コールの後、パトリックが出た。

 

「やあ、リィン。どうしたんだ?」

「やあ、パトリック。いや、ちょっと気になることがあってな。ハードが最近どうしているか知っているか?」

「ハードか、最近は見ていないな。どうやら、サザーラントを離れているそうだ」

「‥‥‥‥そうか。ちなみに何時頃から見ていないか分かるか?」

「うーん、少し待ってくれ。セレスタン、ハードを最後に見たのは何時か覚えているか‥‥‥‥そうか、わかった。リィン、ハードを最後に見たのは4月23日だそうだ。その日の売り上げ報告に来てくれたのが最後らしい。その後に売り上げ報告に来てくれていたのは‥‥‥‥『アルバ』という人だ」

「! 『アルバ』だと!」

「ああ、そうだが‥‥‥‥どうかしたか?」

「ッ‥‥‥‥いや、何でもない。すまないな変な事を聞いてしまって」

「いや、大したことではないさ。他にはないのかい?」

「ああ、この間はハードに会えなかったので、気になってな。またな、パトリック」

「ああ、またリィン」

 

 そう言って通信を切った。

 ‥‥‥‥俺の中で最悪な想像が頭をよぎった。ハードを最後に見た日は‥‥‥‥演習の最終日。つまりハーメルで《結社》と戦った日だ。それ以降、ハードを誰も見ていない‥‥‥‥

 

「ッ!」

 

 俺は手を強く握りこんで、頭を振るった。頭に浮かんだ考えを振り払いたかった。

 いや、そんな事はない、そんな事あるわけがない。まさかハードの身に何かあったのでは! そう思ってしまった。ハードの消息が確認できなくなった日が演習の最終日でそれ以降は《社畜》の分け身だとしても、ただの偶然だ。ハードは無事だ、そう自分に言い聞かせ、会議室を後にした。

 

 

side オーレリア・ルグィン

 

 報告会が終わり、部屋に戻ると、其処には一人の生徒が待っていた。

 

「お疲れさまでした、オーレリア将軍」

「いえ、此度は大変だったようですね‥‥‥‥ミルディーヌ様」

 

 其処にいる生徒の名はミュゼ・イーグレット、いや、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン、それが彼女の本当の名だ。

 

「ええ、とても大変でしたわ。やはり結社の執行者というのは常軌を逸した存在だと思い知らされましたわ」

「あまり危険なことをされては困ります。大切な御身に何かあれば、今後の事に差し障ります」

「ええ、申し訳ありません。ですが、私自身の眼で見ておく必要がありました。今後のためにも‥‥‥‥」

「それでいかがでしたか、見た感想は?」

「‥‥‥‥とても敵いませんわ。私にはどうしようもない程、でしたね。貴方でもない限りは、《劫炎》も《社畜》もどちらもお相手できそうにありませんわね」

「‥‥‥‥ですが、《結社》にはもう一人、いらっしゃいますな」

「ええ、《鋼の聖女》、かつて、クロスベルに現れたそうですね」

「オルランドがそう言っていました。仲間の一人が《槍の聖女》では、と言っていたそうです。まあ、凄まじい力を見せられては本人だと思わざる得なかったそうですが‥‥‥‥」

「ふふ、そうなりますとオーレリア将軍が《鋼の聖女》を相手をしていただいて、《劫炎》の相手はどうします? アルゼイド子爵ですら負けたそうですが」

「ええ、師は敗れました。ですがウォレスが止めます。あの男ならそれくらいは出来ます」

「ふふ、そうですわね。では、いざとなったらお願い致しますわ」

 

 ウォレスならばそれくらいの事は可能だ。残念ながら、倒しきることは敵わないだろうが‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ですがそうなると、やはり一手足りませんわね」

「一手、ああ《社畜》ですか」

「ええ、ユウナさん達と共に戦った時も、いくつか作戦を考えましたが、とても勝てるとは思えませんでしたわ。確かに一撃を与えることは出来ましたが、アレはいくつかの幸運が重なったからこそですわね。そうでなければ身体能力と異能なのか分からない数多の術技、そして身に纏う仮面とローブも普通ではないでしょう。銃弾を受けても傷一つ付かない頑強さ、これも《結社》の技術でしょう。戦って見ていくつか収穫がありましたが、結論はあの者を相手に集団で戦ってもいたずらに人員を割きすぎるから不向き、最適な方法は単騎で抑え込むことが良いと思いました」

「ほう、ならばシュバルツァーは如何ですか?」

 

 前回と今回、シュバルツァーは《社畜》に敗北している。だがシュバルツァーならばいずれ《社畜》に対抗できる。

 だが、私の言葉にミルディーヌ様は首を横に振る。

 

「いえ、リィンさんには他に役目があります。宰相に対する、という役目が‥‥‥‥」

「ふむ‥‥‥‥だとすると、他には師の娘であるラウラ・S・アルゼイド、遊撃士《紫電》サラ・バレスタイン、《零駆動》トヴァル・ランドナー等でしょうか?」

 

 私の提案にまたもミルディーヌ様は首を横に振る。

 そして、溜息を吐きながら、ある男の名を言った。

 

「ハード・ワーク‥‥‥‥あの方が必要ですわね」

「やはりその名が出ますか。ですが、その男はこちらの誘いを断ったはずですが‥‥‥‥」

「ええ、オーレリア将軍も誘いを掛けられたそうですが、私の側からも声を掛けました。それ以外にもオリヴァルト殿下も声を掛けられていたそうです」

「それはまた、随分と豪勢な‥‥‥‥」

 

 私は個人的に気になっていたので、特に気にしていなかった。だが、卒業時の成績で考えればそれもさもありなん、といったところだ。

 昨年のトールズの卒業生にはシュバルツァーがいた。《灰の騎士》と呼ばれる新しい帝国の英雄だ。注目度も高かった。卒業時の成績優秀だと言われていて、主席かと思われていた。だが、それを上回る怪物がいた、それがハード・ワークだ。

 だが残念ながら、私もミルディーヌ様も、オリヴァルト殿下も揃ってフラれた。随分と変わった男だ。いや、出世や地位とかではなく、自分の道は自分で決める、という事なんだろう。そういうところは個人的には好感が持てる。フラれた側からすれば文句も言いたくなるが、奴の人生だ。そんな事を言ったところで、奴にとっては迷惑に他ならない。まあそんな事を言う器量の小さい者には奴の主は務まらんというのだろう。ますます欲しくなったぞ。

 

「ですが‥‥‥‥そんな引く手数多なハードさんに声を掛けなかった勢力、いえ人物が一人いました」

「ほう、一体それは?」

「‥‥‥‥機密情報局、ギリアス・オズボーン宰相です」

「ほう、それはまた意外な人物ですな」

 

 意外だった。トールズ士官学院はオズボーン宰相の母校でもある。一昨年の首席卒業であったトワ・ハーシェルに帝国政府がスカウトに動いた、と言う事もある。だがそれは当然の事だ。彼女以外の歴代のトールズの卒業生、それも主席である場合は軍、貴族、政府が奪い合いを行う。

 だというのに、ハード・ワークに関しては政府の長である、オズボーン宰相が動かなかった。言葉通りだとすれば好都合というもの‥‥‥‥いや、まさか!

 

「‥‥‥‥私はハードさんがオズボーン宰相とつながっているんではないかと思っています」 

「ですが、ハード・ワークは一般企業に就職したと聞いていますが‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハードさんが勤めた企業、《むすび社》というらしいのですが、調べたところそんな企業は存在しません」

「では、やはり‥‥‥‥」

「ええ、オズボーン宰相が最初から動かなかったこと、ハードさんが架空の企業に勤めた、という2点から考えるに、おそらくハードさんは帝国宰相、オズボーン宰相の子飼いの一人ではないかと推察します」

「子飼い‥‥‥‥つまりハード・ワークは《鉄血の子供達》の一人だと、そうミルディーヌ様は考えているんですね」

「あくまで可能性の話です。かかし男 (スケアクロウ)もかつてはリベールに留学していたことがあるそうです、それもオズボーン宰相の差し金で。その後、退学し、 《鉄血の子供達》に加わり、情報局に入ったそうです。最初から最後まで宰相の仕込みだったようですね」

「なるほど、かかし男 (スケアクロウ)にそのような経緯が‥‥‥‥だとすると、こちらには引き入れることは出来ないのでは?」

「そうですわね、リィンさんやトワ教官が説得して頂ければ、こちらに引き入れることが出来るかも知れませんが、あまり期待できませんわね」

 

 ミルディーヌ様が肩を落としながら、そう言った。

 

「ですが、今その話をされても、どうしようもないのでは?」

「あら、愚痴の一つも聞いてくださいな」

「ふふ、まあいいでしょう」

 

 ああ、なるほど愚痴が言いたかったのか。まあ、致し方ない。敵は強大でありながら、我々は色々不足している。これから先の事もただ一人で背負う覚悟の強いられている。ならば、愚痴の一つくらいは聞いてやろう。

 

side out

 

 

―――七耀暦1206年5月24日 ???

 

 私は今、ひれ伏している。偉大なる師の前で、頭を垂れている。

 だが、平身低頭せざるを得ない。この方の気分を害しては、指導を打ち切られる。そのため、少しでも気分を害しないようにするしか今の私には出来ない。

 

「‥‥‥‥なあ、妾は言ったよな。‥‥‥‥妾は、妾は‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 空気が、重い。そして師は圧倒的な覇気と共に言葉が紡がれた。

 

「妾は‥‥‥‥野菜が嫌いだと言っただろうが!!!!」

 

 我が師は好き嫌いが多いらしい。

 

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