第二十二話 正しい指導を受けましょう
―――七耀暦1206年5月21日 ???
side デュバリィ
「‥‥‥‥今一度、ご指導賜りたく、宜しくお願い致します」
一月ぶりに見かけた、《社畜》のハード・ワークが偉大なるマスターの前に跪き、教えを請おうとしている。
‥‥‥‥出会って早々に女性の前に跪きに来るとは、相変わらず無礼な男ですわ。まあ、このどでかい男を見下せるのは気分がいいですが、でもいつまでもこのような事をさせていては、お優しいマスターの事です、御心を痛めてしまうに違いありませんわ。ここは私が追い払って見せますわ。‥‥‥‥べ、別に、折角のマスターとの語らいの時を邪魔しに来たことに怒っているわけではありませんわ。
「マスターの教えを請いたい、というのはよく分かりますわ。‥‥‥‥ですが、マスターは御多忙なのです。貴方の相手をしている暇は‥‥‥‥」
「いいでしょう、用意なさい、ハード」
「マスター!!」
「ありがとうございます、アリアンロード様」
マスターとハード・ワークが訓練場に向かうなか、私は一人佇んでいた。え、私、忘れられている!?
私は二人の後を追って、訓練場に向かった。マスター、置いて行かないでください!
□
訓練場にたどり着き、早速打ち合いを始める、マスターとハード・ワーク。
マスターは槍を、ハード・ワークは剣を持ち、打ち合っている。
マスターの荘厳にして優雅な槍捌きがハード・ワークの武骨な中に光るものを感じさせる剣閃を圧倒していく。流石マスターですわ。
ですが、打ち合いは突然変化した。‥‥‥‥ハード・ワークが速度を上げた。
「ハアアアアアッ!」
「ふふ、更に出来るようになりましたか。ならば‥‥ハアアアアアッ!」
ハード・ワークに呼応するようにマスターの攻撃速度も上がっていく。
二人の剣と槍は何合も何合も打ち合いが続く。‥‥‥‥でも、
「‥‥‥‥ここまでですね」
マスターの槍がハード・ワークの喉元を捉えている。
「‥‥‥‥ふぅ、参りました。ありがとうございました、アリアンロード様」
ハード・ワークは降参し、武器を下ろした。
ま、よくやったと思いますわ。ですが、マスターに敵う訳などあり得ませんわ。
「ハード、以前よりも剣の扱いが上手くなりましたね」
「いえ、今だ未熟の極みです。これからもなお一層の精進が必要だと自覚しております」
「ふふ、あくなき向上心、良いことです。‥‥‥‥ですが、先程カンパネルラから第二の実験が完了したことの報告を受けました。貴方も参加されていたんです。マクバーンの様に、怠惰に過ごせ、とは言えませんが、少しは体を休めなさい。無理をしてはいけませんよ」
ああ、流石マスターです。ハード・ワークに対しての心遣いなど無用だというのに‥‥‥‥
私がマスターのお優しさに、打ち震えていると、あの男は、
「いえ、今の私には休んでいる暇はありません。此度の実験において失態が多々ありました。そしてそこに至るまでも全ては私の不徳の致す限りでした。だからこそ、少しでも自分の中で失態を受け入れ、更にその先に進みたいと思っています。‥‥‥‥今の私に出来ることは己を鍛え上げる事しか出来ません」
マ、マスターのお心遣いを無にするような返答、最早万死に値しましょう!! お優しいマスターもさぞ嘆かれていることでしょう。ならば、最早眼前に存在する物体にこの世にいていい道理はありませんわ。私が、悲しまれているマスターに代わり、このゴミを切り刻んで見せますわ!
ですがお優しいマスターは私の想像を遥かに超えていました。
「全く、貴方も頑固ですね。仕方ありません、満足するまで、お相手しましょう」
「はい、ありがとうございます!」
「‥‥‥‥マスター‥‥‥‥」
マスターはやれやれ、といったような困った表情を浮かべながらも、嬉々として槍を構え、ハード・ワークと相対している。
ハード・ワークは今度は槍に変え、マスターに向き合う。
「行きます!」
「来なさい、ハード!」
二人の槍が打ち合いを始め、目まぐるしい攻防がその眼前で行われていく。私は、この場で見ているだけ‥‥‥‥
先程までマスターと一緒に居たのは、私だった。だというのに、今は私はマスターの視界に入っていない様な、有様‥‥‥‥ええ、マスターが笑顔でいてくださるならそれに越したことはありませんわ。
ですがただ一つ思うことがあるとするならば‥‥‥‥おのれ、ハード・ワーク!!!!!
いつかこの男に天誅を下すために、精進しないといけませんわ。
そう心に決め、私は訓練場を後にした。
side out
「ハアァァァァァァッ!!!!」
「ハアァァァァァァッ!!!!」
槍と槍がぶつかり合い、衝撃が体を走る。約二週間程の間、感じることのなかった衝撃だ。
「ハアッ!」
この衝撃に撃ち負けてはいけない。まだまだ強くなるのだから。
「さあ、どれほど付いてこれるか、見せてみなさい!」
アリアンロード様の圧力が増していく。
そうだ、これを待ち望んでいた。私を強くしてくれるのは、やはりアリアンロード様しかいない。
「はい!」
ならばどこまでも付いて行こう。
私が欲しいのは‥‥‥‥平穏だ。そのためには何処までも強くならなくては‥‥‥‥
□
手合わせを始めて、どれほど経っただろう。
槍を使い、剣を使い、太刀を使い、鋼糸を使い、拳を使い、弓を使い、斧を使い、銃を使い、戦った。
結果は‥‥‥‥全敗だ。
残念なことに、手札の数は私の武器だが、そのどれもがアリアンロード様には遠く及ばなかった。‥‥‥‥別に悔しくはない。私とアリアンロード様には力の差もあるが、それ以上に性質に差がある。
アリアンロード様は槍を、ただ一つの武器を極めた究極の一。それは膨大な時間と天より賜りし才が無ければ至ることは出来ない高みだ。
それに対して私は数多の武器に手を出した半端者だ。かけた時間も、天より賜りし才もない。高みに至れない物の悪あがきだ。
私には決してアリアンロード様に敵わない、技量に関しては。だが、もし、この技量を超える何かがあれば‥‥‥‥
「さて、終わりにしますか、ハード?」
「‥‥‥‥いえ、もう一本お願いします」
私はアリアンロード様に再度対峙した。だが‥‥‥‥
「どうしました、構えないのですか?」
「‥‥‥‥少々お待ちください。」
今日覚えたばかりの『鬼の力』、それを使用するために今一度、あの感覚を思い出し、引き出す。
‥‥‥‥大丈夫だ、声は聞こえない。なら今のうちに、魔女の術式を使い、己を保護する。‥‥‥‥よし、完了だ。少しずつ、無駄は無くなりつつある。この調子で制御と力を引き出す上限を高めていこう。
「お待たせしました。では、よろしくお願いします」
私は『鬼の力』を発動させ、左手に剣を出し、構えた。
「‥‥‥‥何故‥‥‥‥何故、貴方が『鬼の力』を!!」
アリアンロード様は驚きと戸惑いの表情で私に問う。
「この力をご存じなんですか? 私がこれを使えるようになったのは今日、クロスベルでリィン・シュバルツァーが使っていたので、覚えました。これで通算三回目です」
「まさか‥‥‥‥あなたの体に異変は無いのですか!?」
「‥‥‥‥最初は意識を乗っ取られたみたいです。それで《劫炎》の先輩にご迷惑をおかけしました。‥‥‥‥ですが、魔女の術式で制御出来るようになりました」
「な、何故貴方が魔女の術式を使えるのです!?」
「その場に魔女とその使い魔が居ました。魔女の使い魔がリィン・シュバルツァーの『鬼の力』を抑えているときに使っていた魔法がこの術式でした。だから見て覚えました」
「‥‥‥‥最後のはともかく、なるほど、良く分かりました。それを覚えたのは今日と言う事ですね」
「はい」
そう、今日覚えたばかりだが、大分使い方が分かってきた。後はこの力の使い方を色々試して、『鬼の力』の上限を更に制御出来るようになれば、今以上に強くなることが出来るはずだ。
私がそう思っていると、アリアンロード様が構えを解いて、なにやら考え出した。一体どうしたんだ?
「‥‥‥‥あの、どういたしましたか?」
「‥‥‥‥魔女の術式、それを正しく習ってみませんか?」
「え? お教えいただけるんですか!」
「いえ、私は教えることが出来ません。ですが教えることが出来る者を紹介することは出来ます」
流石アリアンロード様だ。そのような方とのツテをお持ちとは‥‥‥‥
だが確かに、この力を抑えこむ魔女の術式の理解は必要だし、魔力の使い方を向上させないといけないのは確かだ。この力はもっと大きな力を持っている。計り知れない程、大きな力を、だからこそ、この力を制御すること、それこそが更なる高みに至れる、私の道だ。
「是非ともお願い致します」
「‥‥‥‥分かりました。では明朝向かいます。それまではお休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
アリアンロード様そう言って、訓練場を去って行った。きっと、先方にご連絡して頂けるんだろうな。
ああ、これで魔女の訓練が出来る。当初の予定を上回る結果で嬉しい限りだ。魔女の修行方法が分からないから、第二柱の《深淵》殿が使っていた幻影を飛ばす技とかもどうやれば出来るか分からない。だから当初は資料室で知識を身につけ、その後は分け身と共に研究及び分析を行い、自己流にアレンジし、実戦を経て身につけようとしていた。だが、適切な指導者を得ることが出来るというなら、僥倖というものだ。過程を省いて、知識を得ることが出来る。これほどありがたいことはない。
さて、喜ぶのはともかく、出向くのは明日と言う事だが、それまで何をしよう? うーん、そうだな、これからご指導頂く以上失礼があってはいかんな。まずは手土産の一つでも用意しないと、ご無礼に当たるな。よし、そうと決まったら、菓子折りの用意をしないとな。明日出向く、という予定である以上、時間は半日程しかない。転移で買いに行くか? いやそれではあまりに気持ちが足りない。ここは自作するしかないな。とりあえず菓子及び包みも自作するとして、何を作るか、それを考えないとな。うーん、ここは出来るだけ珍しく、それでいて喜ばれそうなものにしないとな。ふふ、腕がなるな。
私は急ぎ、厨房に駆け込み、食材とにらめっこしながら、様々な菓子の作成を行い、翌日の3時に完成させることが出来た。
side アリアンロード
私は訓練場を後にして、自室に戻ってきた。そして、先程ハードが使った『鬼の力』について考えていた。
晩年のドライケルスが苦しめられ、輪廻を経て現代でもまたもドライケルスを苦しめる《黒》、その《黒》が持つ『呪い』、それこそが『鬼の力』です。ハードはそれを身につけた。
これはハードの模倣する能力だから出来た、と言っていいことではありません。この力は彼の者と‥‥‥‥あの子だけのはず、なのに何故ハードがその力が使えたのか、私が知る限り説明がつくものはない。おそらく、ハード自身の何かに関わりがあるはず、《結社》に入る前の彼自身に何かがあるはずです。一度聞いてみた方がいいかも知れませんね。
ですがそれよりも先にすべきことはあの力が彼に牙を剥かない様にすることですね。おそらくハードの事です、力を得た以上、間違いなく使うでしょうし、危険だとわかっていながら‥‥‥‥いえ、危険だと考えずに使ってみて、ダメなら違う方法でまた使うでしょうね。彼の中では『使わない』という選択肢はもうないでしょうね。ふう、困った子です。
それに私自身もかつて袂を別った彼女を頼るだなんて、随分と図々しくなったものです。これもハードの影響でしょうかね。ふふ、悪い気はしませんね。
‥‥‥‥もうすぐ私の旅路も終わりを迎える。思えば長い旅路でした。その時の中で、多くの出会いと別れを迎えました。そんな中で出会ったハードが私の槍を、戦いを学んでくれた。私の槍技は、戦いは彼の中で生きていく、そう思うと私の長き旅路に意味があったと、心から思える。もっと早く出会えていれば、もっと多くの事を教えれていればと、欲が出てくるほどです。彼の成長は早く、そしてどこに行くのか分からないのが、ハラハラしつつ、面白くもある。出来れば彼の成長を見届けたい、そして出来るならば成長した彼と打ち合いたいと思う。‥‥‥‥ですが、それは過ぎたる願いでしょうね。終わりゆく旅路の果て、積み上げた時の中で築き上げたものを繋いでくれる者に出会えたことだけでも僥倖というものですね。
でもだからこそ、私がいるうちは彼の脅威となるものを取り除きたい、そう思ってしまう。このようなこと口に出して言えば、過保護なことだと、笑われることだと思っています。デュバリィに知られると、泣かれてしまうことだと思っています。
ハードと私の関係は師弟なんでしょうね、傍から見れば。ハード自身もきっとそう思ってくれていると思います。きっと、デュバリィ、アイネス、エンネアも師弟の関係だと思ってくれていると思います。ですが、子を成さなかった人生、彼女達との生活はまるで‥‥‥‥それに最近はハードも、そう思えてきました。デュバリィ、アイネス、エンネアの三人は聞き分けが良く、手が掛からなかったと思います。ですが、ハードは何をするか分かりません、『休め』と言っても言う事を聞きません、何度負けても何度でも立ち上がる、これが男の子かと、思いました。でも手が掛かる子ほど、世話を焼きたくなるものだと、掛けられた時間が少ないからこそ、どうしても贔屓目に見てしまうと言う事も分かるようになってきました。ふふ、まさかこんな心境に至るとは思いませんでしたが、存外悪いものではないですね。
side out