よろしくお願いします。
―――七耀暦1206年5月22日 ???
私は昨日、いや本日作成完了した菓子折りを持ち、アリアンロード様を待っている。
今日は弟子入り志願の日だ。ご指導頂くのはアリアンロード様にご紹介頂く方だ。失礼があってはアリアンロード様の顔にドロを塗るような行為だ。到底そのようなことは許されない。そのため身だしなみは完璧にしておかなければならない。髪に寝ぐせやハネているところはないか確認したし、今日の様な日のために準備しておいた新品の黒スーツを着込み、ネクタイの曲がりがないかも確認したし、靴もピカピカに磨いた。手土産もOKだ。これで大丈夫だ。
私が身だしなみの最終チェックを終わると、アリアンロード様がお越しになられた。
「おはようございます、アリアンロード様」
「ええ、おはよう。ハード」
お越しになられたアリアンロード様は私服でした。白のブラウスにロングスカートという、貴族の若奥様的な装いでした。大変美しく清楚な感じだった。
いかん、見とれていては‥‥‥‥こういう時は、そう褒めるんだった。女性の着こなしを褒めるべきなんだ。パトリックとか留年先輩とか女性に話しかけるタイプの人間はみんなそう言っていた。
「アリアンロード様、本日の装い、実にお似合いにございます。このハード、思わず見惚れてしまいました」
パトリックが言っていた台詞を使わせてもらったが、どうだろうか。
「ふん! マスターのお姿をそんな陳腐な言葉でしか表現できないとは、物を知らぬ愚か者が!!」
「‥‥‥‥おはようございます、デュバリィさん」
アリアンロード様の背後から現れたデュバリィさんが私の言葉を陳腐と仰られた。‥‥‥‥パトリック、お前のせいだぞ。
遠い地にいる、同級生に罪を背負わせ、私は改めてデュバリィさんを見た。
「大変良くお似合いですよ、デュバリィさん」
「ふん、世辞は結構ですわ」
いや、そんなことはない。ブラウスとスカートとロングブーツを合わせた着こなしにはセンスを感じる。まあ、私はファッションには疎いので、センスと言っても、とてもお笑いなんだが‥‥‥‥
しかし、ここにいると言う事はデュバリィさんも一緒に魔女への弟子入りをするんだろうか?
「あのアリアンロード様、私だけでなくデュバリィさんも魔女の弟子入りされるんですか?」
「いえ、デュバリィは‥‥‥‥」
「貴方とマスターを一緒になどしておけるもんですか! 私もついて行きますわ」
「早朝、私とハードが出かける旨を伝えたところ、このように言い出しましたので、連れてきました」
アリアンロード様は困ったような、それでいて面白そうな笑顔を浮かべながらそう言った。
「なるほど、そうでしたか。ではデュバリィさんもご一緒されるんですね」
「ええ、そうです。置いて行くのもかわいそうですし、一緒に連れて行くことにしました」
そうか、デュバリィさんも一緒に行かれるのか、何処に行くかは分からないが、私が知っている場所なら転移ですぐなんだが‥‥‥‥魔女の住処だし、知っている場所じゃないだろうな。そうなると鉄道だな、旅は道ずれというし、一緒に行く人が増えるのは楽しいだろうな。そういえば、何処に行くんだろう?
「アリアンロード様、少々お伺いしたいことがあるんですが?」
「どうしました、ハード」
「これから向かうのはどちらなんですか?」
「これから向かうのは‥‥‥‥サザーラント州、イストミア大森林です」
すっごい覚えがあります、屋台を大量に作っていた製作拠点ですね。ということは‥‥‥‥転移ですぐですね。
□
‥‥‥‥結局、鉄道で先方に向かうことにしました。まあ、転移で行くというのはアッサリし過ぎて、愉しくありませんので。
それにしても、《結社》前駅で列車が来るのを待っていると、色々な構成員に見られた。まあ、《結社》最強のアリアンロード様に鉄機隊筆頭のデュバリィさんが私服姿で待っているんだ。そりゃあ見るよな、私でも見るな。その後も、列車に乗るときには、多くの構成員が道を譲り、アリアンロード様の前には道が出来た程だ。流石はアリアンロード様、その威光の前には木っ端の構成員如きが遮れるものではないな。
列車に乗って、私は窓際に座り、私の前にはアリアンロード様、そのアリアンロード様の隣にデュバリィさんが座っている。今の光景は傍から見ると、貴族の若奥様的なアリアンロード様にその娘であるデュバリィさん、そうなると私は‥‥‥‥執事だな、間違いない。今日の風貌から言って、黒のスーツの大柄の男だ。完全にボディガード兼執事だな。‥‥‥‥残念ながら戦闘力では見事に負けているが‥‥‥‥
まあ、しかし、こうやって誰かと共に列車に乗ってどこかに行くというのは、ギルバート先輩に続いて二回目だな。なんだかこういうのも楽しいものだな。
「ふふ、どうしました、ハード。何やら楽しそうですね」
「いえ、こうやって共に旅が出来ることがとても嬉しいもので。先月もギルバート先輩と共にクロスベルに行った時にも、途中で御老人に出会いまして、色々な話が出来ました。一人でない、というのはとても良いことだな、と思いましたね」
「そうですか、それは良き出会いでしたね」
あの御老人、お元気だろうかな、今は共和国に居るんだろうかな。そういえばあの時言われた、私の前に立つ者とは、一体誰の事なんだろう? まあその内出会うこともあるかもしれないし、出会わないかもしれない。気にしない方がいいかな。
私は外を眺めながら、あの時の話を頭の片隅に追いやった。すると、デュバリィさんに声を掛けられた。
「ハード・ワーク、貴方御家族と旅行等したことなかったんですの?」
「‥‥‥‥ええ、したことはないですね」
「そうですの‥‥‥‥」
家族と旅行か‥‥‥‥そんな事をしたことなかったな。後悔はあるし、もし‥‥‥‥あんなことが起きなければ、出来たのだろうか?
デュバリィさんは話題を繋げようと話を振ってくれた。
「生まれはどちらですの?」
この質問は‥‥‥‥ちょっと困ったな。
「‥‥‥‥分かりません」
「え? 分からないって‥‥‥‥」
分からない、これだけではちょっと説明不足だな。色々話さないとだめだろうな。
「サザーラント州に着くまで少し時間がありますので、その辺りもご説明するにはちょっと長いですが私の話を聞いて頂けますか?」
「ええ、構いませんわ」
「私も貴方の過去には興味があります」
そうか、出来るだけ簡潔に分かりやすく話さないといけないな。
「私はどこで生まれたのかを知りません。本当の親も知りません。私は‥‥‥‥戦災孤児、だったんです」
side デュバリィ
「私はどこで生まれたのかを知りません。本当の親も知りません。私は‥‥‥‥戦災孤児、だったんです」
私は‥‥‥‥後悔しました。‥‥‥‥何故、あんな話題を振ってしまったのか、と‥‥‥‥
ハード・ワークは自分の過去を話し始めました。
「私は14年前の『百日戦役』の際に保護された戦災孤児でした。当時の私はおよそ6歳程、と言う事で6歳と言う事になりました。それから14年経ち、当年20歳となっていますが、今だ私の本当の年齢は分かりません。
私が保護されたのは帝国西部にあるミルサンテという町の近くでした。町の近くで倒れていたところを巡回中の帝国軍人に保護されました。ただ当時の私からは何も分からなかったそうです。分かったのは私の名が『ハード』であると言う事だけでした。また当時の状況から私は猟兵に故郷を襲われたのではないかと、思われていたそうです。何も分からなかった私はそのまま保護されました。
時が経ち『百日戦役』が終わった後、行き場のなかった私を養子としたい、という夫婦が現れました。その夫婦の奥さんは私を保護した軍人でした、それが私の母になる『ソーシャル・ワーク』でした。私はワーク夫婦に引き取られ、私の父となる『ネット・ワーク』と共に三人で帝都ヘイムダルで暮らしていました。両親ともに軍人であるため、日常的に会える訳ではなかったですが、それでも沢山の良き思い出がありました」
ハード・ワークの顔には悲痛な過去であるのに、何故だか楽しそうな表情が浮かんでいました。
育ての親の事が大好きなんでしょう、親の話になってからは饒舌になるようでした。
ですが‥‥‥‥その表情が徐々に曇り出していきました。
「‥‥‥‥ですが、それも長くは続きませんでした。両親に引き取られて3年経った頃に私は両親の下から引き離されました。‥‥‥‥誘拐されたんです」
「‥‥‥‥え、誘拐?」
ハード・ワークが息を吐く音が聞こえました。その後、ゆっくりと続きを話し出した。
「私が誘拐された日、両親は家にいませんでした。仕事が忙しく、明日の朝には帰ってくることになっていました。ですが、そう言う事も少ないながらもありましたので、いつも通りだと思っていました。‥‥‥‥誘拐された夜、家の扉がノックされました。私は寝ていましたが、両親が帰ってきたと思い、飛び起きて扉に向かいました。‥‥‥‥ですがそれは両親ではありませんでした。軍服を着ていたので、両親の知り合いか誰かだと思いました。ですが、それは違いました。そいつらは私に袋を被せ縛り上げ運ばれました。私は当時9歳で大人には勝てませんでした。
それから何日か経った後、とある場所に閉じ込められました。そこには私と同じ歳くらいの子供がいました。ですが彼らの表情はみんな虚ろでした。ですがその意味が分かったとき、きっと彼らと同じ表情になっていたことでしょう。たぶん何かの実験をしていたんだと思います。人体実験として当時色々な物を飲まされたりしました。そのたびに意識が飛びそうになりましたが、自我を保ちました。その場にいた大人たちはそれを見て、更に色々なことをしました。
気づけば力は強く、足は速く、目や耳が良くなり、覚えたことは忘れなくなりました。ただ、その頃からでしょうか、眠くなくなりました。
それから時が経ち、気が付けば私以外、部屋に誰もいなくなりました。そんなある日、大人達が慌てていました。私はそのスキを突き、施設を脱出することが出来ました。その後逃げていると、大人達が追ってきました。‥‥‥‥私はその大人達を‥‥‥‥殺して逃げました。皮肉なことに彼らが強化した私の力なら、彼らくらい纏めて相手にしても、大したことがなかったんです。そして、怯える彼らを私は‥‥‥‥首に木の枝を突き刺し‥‥‥‥殺したんです。
それから私は色々な方法で帝都を、両親の下を目指して走りました。強化された体でも、眠らない体でも、多くの時間を費やしました。私が帝都に到着した年は‥‥‥‥1198年でした。誘拐されて大体3年くらい経っていました。帝都に着いた頃、体はボロボロでした。強化された体、眠らない体を駆使してもそれでも限界があるようでした。でも心だけは強く持っていました、両親に会いたい、その一心で足を進め、漸く、自宅にたどり着きました。‥‥‥‥ですが、そこには‥‥‥‥もう誰も住んでいませんでした。それからそこに崩れ落ち、途方に暮れていました。もう両親の消息を知る手掛かりはなく、どうすればいいのか、何もわからなくなっていました」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
‥‥‥‥絶句するしかなかった。おそらくハード・ワークを誘拐したのは《D∴G教団》、時期的に見て《結社》が襲撃した時なのか、カシウス・ブライトが指揮した教団施設襲撃した時の混乱かは分かりませんが、その際に脱出したんでしょう。かつてはエンネアも、執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》も、同じことになっていたそうですが、何度聞いても、胸が痛むイヤな話ですわ。それに、ご両親がいなかったというのは、一体どういう理由で‥‥‥‥
「私が家で途方に暮れていると、ある人がやってきました。‥‥‥‥ギリアス・オズボーン宰相でした」
「!」
「!」
えええ、いきなり出てきた名前にビックリしました。しかし一体どういう関係があったんですの?
「ギリアスさんに背負われ、私はある場所に向かいました。その道中、ギリアスさんは色々な話をしてくれました。ギリアスさんは私の両親と学生時代からの友達だと言いました。両親が結婚した時のこと、子供に恵まれなかった両親が私を養子にした時のこと、それからの喜びようを話してくれました。父も母も、三年前の仕事を最後に軍を退役して、私と共にゆっくりした暮らしをするつもりだった、ということも話してくれました。その話を聞いていて‥‥‥‥当時の私はギリアスさんが両親のところに連れて行ってくれると思っていました。そして、確かに両親のところに連れて行ってくれました‥‥‥‥‥‥両親のお墓の前に」
「‥‥‥‥な、なんで、なんでそのようなことに‥‥‥‥」
「‥‥‥‥っ!」
「私が誘拐された後、家が火事に遇い、そこに一人の子供の焼死体があったそうです。状況的に見ても、体型的に見ても、私だと判断されました。‥‥‥‥ただ二人、私の両親を除いて。私の両親はその焼死体を私だと、決して認めなかったそうです。私は死んでいないと信じ、火事で失った家を再建し、私を待ってくれていたそうです。‥‥‥‥ただ、その後は私の行方を捜しつつ、働きつづけたそうです。‥‥‥‥でも、無理がたたったそうです。私が脱出する1年前に父は亡くなり、それから半年が経った頃に、母が亡くなったそうです。過労死だったそうです。朝が早く、夜も遅く、昼夜問わず仕事と私の捜索を行っていたそうです。‥‥‥‥その後、私はギリアスさんのおかげで、両親と共に暮らしていた家に一人で住むことにしました。それから6年経った後にトールズ士官学院への入学を勧められました。両親が通った学校だから、とのことでした。私は軍人、いや軍服というものがいやでしたので私は勧めに従い、入学し‥‥‥‥卒業し、今ここにおります。‥‥‥‥まあ、ちょっと長くなりましたが、このような生い立ちでございます。あまり面白い話ではなくて申し訳ございません」
私は言葉を失い、もう何も言えませんでした。あんまりではないですか、どうしてここまで‥‥‥‥この世界に女神の慈悲はないのですか。
私は歯を食いしばり、目から零れ落ちるものをこらえました。
そうしていると、隣にいるマスターが動かれたのを感じ、其方を見ると‥‥‥‥抱きしめていました。
「‥‥‥‥アリアンロード様、その、どうされました?」
「‥‥‥‥ハードは‥‥‥‥泣けましたか。我慢しませんでしたか‥‥‥‥」
「‥‥‥‥分かりません。両親の墓を見た時から、一時的に記憶がありませんでした。そして気づいたら家にいましたので‥‥‥‥」
「そうですか‥‥‥‥」
マスターはそう言って、尚も抱きしめていました。
私にも覚えがありました。故郷を‥‥‥‥両親を‥‥‥‥全てを失くした私を救ってくださったときもこのように抱きしめて頂きました。誰かがいてくれる、そのことが何よりも有難く、嬉しいことだと、心の底から思いました。だからこそ強く、美しく、そして何よりお優しい、この方の御傍にいたいとずっと思っておりました。そんなマスターが先程の話を聞いて、必死に耐えた子を見捨てる様な方ではありませんわ。
‥‥‥‥まあ、今日のところは許してあげますわ。
私は顔を伏せ、もう見ることを止めた。
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