社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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よろしくお願いします。


第二十四話 魔女の師匠と社畜の弟子

―――七耀暦1206年5月22日 イストミア大森林

 

 セントアークで下車した後、街道を歩き、イストミア大森林にたどり着いた。私自身が足を運んだのは、大体一月半くらい振りだ。

 

「さあ、彼女がいるのはこちらです。行きますよ、デュバリィ、ハード」

「はい、マスター」

「はい‥‥‥‥リアンヌ様」

 

 私は列車の中で抱きしめられて以降、アリアンロード様に今までの呼び方を変えるように命じられた。恐れ多く、やんわりとお断りしようとしても、頑として譲らず、その結果、私が敗北したのは当然の事だった。ただいつもなら、デュバリィさんがキッと睨みつけてきたりするのに、そんな雰囲気が全くなかった。それどころか、『行きますわよ、ハード』と言われて、少し違和感を覚えた。少し考えて、その理由に思い至った。私の事をフルネームではなく名前で呼んでくれるようになっていた。昔話で少しは距離間が縮まったかな、それだけでも話した甲斐があった。あんな過去でも役に立つもんだな。

 私たちは森の奥に進んでいくと、リアンヌ様が足を止めた。

 

「‥‥‥‥20年ぶりですか。久しぶりですね、ロゼ」

 

 リアンヌ様が話しかけると、そこに‥‥‥‥自身の背丈ほどもある長い金髪の小さな女の子が現れた。もしかして、この方が魔女ですか?

 

「なんじゃリアンヌ、お前さんがくるとはどういう風の吹き回しだ?」

 

 随分と尊大な口調だ。なんというか、見かけだけで言えば、子供が大人ぶっているだけにしか見えない‥‥‥‥でも、そうじゃないな、あの口調が似合うだけの時を重ねているように見える。

 

「随分と可愛らしい姿になりましたね」

「眷属を分けたのでな。ま、片方は散ってしまったが。ろりぃなのも悪くないじゃろ?」

「ええ、元の貴方も素敵でしたが、その姿も愛らしくて素敵ですね。ドライケルスが見たらなんというでしょうね」

「ふん、あ奴の事じゃ。『なんだロゼ、何時の間に縮んだんだ』くらいしか言わんじゃろう」

「ふふ、いかにも言いそうですね」

 

 二人の会話はいかにも旧友との再会、という内容だった。リアンヌ様とロゼ‥‥さんはそんな間柄なんだろう。見かけは20年前には生まれてないんじゃないか、という風貌のロゼ‥‥さん、だが‥‥‥‥そこに声を挟むのは野暮というものだろう。

 

「単刀直入に言います。貴方にお願いがあり、ここに来ました。ここにいるハードに指導をして欲しいのです」

 

 私はリアンヌ様に背を押され、前に出た。いかん、ご挨拶せねば‥‥‥‥

 

「お初にお目にかかります。私、ハード・ワークと申します」

「うん?‥‥‥‥お主‥‥‥‥」

 

 ロゼさんが私をじっと見つめる。上から下まで、私の体を‥‥‥‥いや、表面ではなく何かを見ている。

 

「一体何者じゃ?‥‥‥‥いや、一体どういう運命を辿ればそこまで歪な存在になるんじゃ? それにその体はなんじゃ? それに魂も‥‥‥‥」

「あの~、何者と聞かれましても、私、先程申し上げた通りハード・ワークと言う者でして‥‥‥‥」

「そんな事を聞いておるんじゃないわ。妾が聞いておるんわ‥‥‥‥‥‥‥‥いや、お主には分からんのか? いや‥‥‥‥知らんようじゃのう。随分と酷なものを背負っとるようじゃのう‥‥‥‥」

 

 何やら私を見て、悲し気な目をして、そっと逸らした。

 ‥‥‥‥どうやら何かが見えたようだ。一体何が見えたんだ?

 

「‥‥‥‥まあよい、それよりもなにゆえ妾の下にそやつを連れてきた。リアンヌ、お主が面倒見れば良かろう?」

「‥‥‥‥連れてきた意味は見せた方が早そうですね。ハード、あの力を使いなさい」

「はい、リアンヌ様」

 

 私はその場で息を整え、目をつぶり、意識を集中させ、中にいる力を起こした。

 ‥‥‥‥よし、声は聞こえない。後は術式で己を保護する。‥‥‥‥よし、完了だ。

 

「ふぅ、お待たせしました」

 

 私は『鬼の力』を解放した。

 リアンヌ様に言われた通り、解放してみたが一体どうするつもりなんだろうか?

 

「な!‥‥‥‥ふむ、多少驚いたが。まさか『灰の起動者』と同じものを持っているとはな。それにその術式はセリーヌの術式じゃな。‥‥‥‥だが似てはいるが、それ通りではないな、おぬし用に組み替えている。だが、その様子では‥‥‥‥自覚して組み替えた訳ではないの。おぬしの‥‥‥‥いや、これ以上は言うまい。で、リアンヌ、おぬし妾に何をさせたい?」

「言ったでしょう、指導をして欲しいのです。具体的には貴方の魔術を見せてあげて欲しいのです」

「見せたところで、こやつが出来るとは限らんぞ?」

「出来ますよ、ハードなら」

「‥‥‥‥‥‥‥‥まあ良いわ。それはさして手間取らんじゃろう」

「それでは!」

「‥‥‥‥じゃが、教える以上、妾も対価を要求するぞ」

 

 対価、か。ご指導頂く以上、授業料を支払うのは当然だ。だが一体どれ程かかるんだろうか。

 

「じゃがその前に、聞いておきたいことがある。ヴィータをどうするつもりじゃ? 地精どもの『黄昏』と《結社》の『幻焔』、目的も背景も異なる2つの計画にいかにして白黒つけるつもりじゃ?」

「《深淵》殿なら心配ないでしょう。協力者たちも傑物揃い、厄介な相手となりそうです。そして『巨イナル黄昏』と『幻焔計画』‥‥‥‥250年前の『あの日』。それまでに答えが出るでしょう」

「‥‥‥‥ふう、馬鹿者が。惚れた男への義理か知らんが‥‥‥‥ヴィータといい、人の気も知らずに‥‥‥‥」

 

 リアンヌ様とロゼさんの間で話されている内容、前者はともかくだが、後者の方には私はついて行けない。それに見てみると、デュバリィさんも同じようだ。前者の話であるヴィータさん、《深淵》殿が《結社》を離れているし、昨日も見かけた。その彼女に協力者たちがいるという話だが‥‥‥‥とりあえず、昨日《深淵》殿を捕まえに行かなくて正解だったということか。カンパネルラさんが今はいい、といったので止めたが、それが功を奏したな。流石カンパネルラさん、見事な先見の明だ。

 後者の話は『幻焔計画』の話なんだろうけど、『巨イナル黄昏』とか‥‥‥‥一体何だろう? 後々リアンヌ様

に聞いてみるか。

 私がそう考えていると、落ち込んでいたロゼさんが踏ん切りがついたのか、顔を上げた。

 

「おお、そうじゃ対価の話じゃったな。‥‥‥‥今は思いつかんわ。それまではとりあえず保留じゃ」

「そうですか。では対価の件は決まったらハードに言ってください」

「分かった。ではおぬし、ハードと言ったか。妾の指導は厳しいぞ、泣き言は許さんからな」

「はい、宜しくお願い致します。師匠!」

「師匠‥‥‥‥良き響きじゃ。では行くぞ、我が弟子ハードよ」

「はい、師匠!」

「頑張りなさい、ハード。‥‥‥‥帰りますよ、デュバリィ」

「はい、マスター。‥‥‥‥またですわ、ハード」

 

 そう言って、リアンヌ様とデュバリィさんがイストミア大森林を後にした。

 そして、私は師匠に連れられ、転移した。

 

 

「‥‥‥‥ここは」

「隠れ里エリンにようこそ、我が弟子よ」

 

 どうやら、ここが魔女の隠れ里のようだ。これからここで過酷な修行が始まるんだな、必ずや魔女の力をものにして見せる。

 

「さて、ではまずは‥‥‥‥‥‥その手に持っている物を渡してもらおうかの」

「あ、そうですね。こちらお口に遇えばいいんですが‥‥‥‥」

 

 まずは手土産をお渡しすることからですね。

 

 

―――七耀暦1206年5月30日 隠れ里エリン ローゼリア邸宅

 

 魔女ローゼリア師匠に弟子入りしてから早一週間、ここまで壮絶な修行に耐え、新たな力を得ることが出来た。

 

「ではハードよ、おぬしの成長ぶりを妾に見せてみよ!」

「はい、師匠!」

「では、行くぞ」

 

 そう言って師匠が椅子に座る。私は全神経を集中させ、師匠の一挙手一投足に気を配った。

 すると、師匠の手が上がり、人差し指を天に掲げた。

 

「はっ!」

 

 私はその合図と共に床板を蹴り、目標のブツを取りに行く。細心の注意を払い、ブツを持ち、再び師匠の下に戻る。だが、決して足音を立ててはいけない。音を殺す、それは全ては師匠を不快にさせないためだ。

 私は師匠の下で、次なる仕事に取り掛かる。正しき手順を踏み、最適な状態の至高の一を仕立てる事、それこそが師匠の望み。ならば弟子は師匠の想定を上回る成長を遂げなくてはならない。‥‥‥‥よし、後は最高の瞬間を見極める。焦ってはいけない、だからと言って愚鈍でもいけない、師匠に最高の一を捧げる事、それだけを心に刻みつける。‥‥‥‥‥‥‥‥よし、ここだ!

 

「師匠、宜しくお願い致します」

 

 私は師匠に評価を委ねた。

 

「うむ‥‥‥‥‥‥ほう、よくやったな。我が弟子ハードよ」

「し、師匠! で、では‥‥‥‥」

「うむ、実に素晴らしい出来だ。最早其方に教える事は何もない、これから先は己で道を見つけ精進するがよい」

「はっ、ありがとうございます、師匠!」

 

 弟子入りして早一週間で遂に私は高みに至った。‥‥‥‥‥‥お茶くみとして。

 

side ローゼリア

 

 妾はハードが淹れた紅茶をゆっくりと味わう、すると口の中に茶葉の味わいが広がる。うむ、うまい。

 一週間の間、妾が教えたのはお茶の出し方だった。ハードは魔術の修行を望んだが、『貴様の様な無礼者に教える事は出来ん』、というと素直に妾の言う事を聞き出した。というよりも、歯向かいもせんかった。最近の若者にしては素直な奴じゃ、孫娘に見習わせたいほどじゃ。まあ、若者に礼儀を教えるのはババアの嗜みじゃからな、何処に出しても恥ずかしくない弟子に染め上げてやろうとした。

 その結果‥‥‥‥‥‥立派な執事に育った。うむ、実に便利な存在じゃな、弟子と言う者は。最近は椅子に座ったままで指を動かすだけで、全て弟子が差配する。喉が渇いた、腹が減った、あれが欲しい、肩を揉め、温泉に運べ‥‥‥‥等、妾の指示一つで何でもこなせる万能執事に生まれ変わった。

 はあ、リアンヌもいいもんくれたわ。これは癖になる。最初は生意気にも妾に『野菜もお食べください』等と歯向かったが、妾がガツン、と言ってやると、それ以降は出してこんくなった。エマだと口うるさく言うが、ハードはそんなことはない。妾の意志を汲める者じゃ。それに妾が何かするたびに『流石です、師匠』と敬うんじゃ、この辺り、孫娘たちは決して言わんからな、実に気分がいい。

 お、そういえばそろそろ食事の時間じゃな、では指示を出さねば。弟子を導く、師匠としての仕事じゃな。妾が指示を出すと、ハードが素早く厨房に向かい、妾のために食事を作り出した。さて、今日の夕食はなんじゃろうかの?

 夕食を心待ちにしていると、何やら首元がひやりとする感覚に襲われた。

 

「‥‥‥‥様子を見に来てみれば‥‥‥‥これはどういうことですか、ロゼ」

「ブボッ!!‥‥‥‥ケホッ、ケホッ!!」

 

 妾はその声の主を知っている。250年の長きにわたり、交流のあった者じゃ、今更間違えん。じゃが‥‥‥‥じゃが‥‥‥‥間違いであって欲しいもんじゃ。

 妾がゆっくりと振り返ると、そこには‥‥‥‥‥‥妾でも見惚れる程の素晴らしい笑顔を浮かべたリアンヌがそこにおった。ただし‥‥‥‥目は笑っておらんかった。

 

「お、お、おう。1週間ぶりじゃの、リアンヌ。な、なんの用じゃ」

「ふふ、ハードの修行状況の確認に来たんですよ。さて修行状況はいかがですか、御教え願えますか、ロゼ」

「ま、まだ1週間じゃぞ。そ、それほど早く結果が出るとは限らんぞ!」

「ハードに1週間与えれば、大体のことは完了結果が出ます」

「いやいや、そんな訳なかろう。妾を謀ろうとしても無駄じゃぞ」

「その返答がハードに特に何も教えなかった証拠です。さて、修行状況は?」

 

 ぐぅ、ま、まずい‥‥‥‥確かにハードに魔術は教えてはおらんかった。

 一週間前、弟子に最初に教え込んだのが上下関係じゃった。思いの外、従順じゃったので、その後も色々命令しておったら、すっかり執事になってしまった。

 妾には世話役はおるが、ここまで従順ではない。なので、余計に弟子にあれこれ命令しておった。その結果、妾が何かする代わり全部弟子にやらせておった。気づけば、食事に洗濯、出かけるときにも背負わせて、里内を移動うする始末‥‥‥‥妾が最近自分で何かしたことあったかのう? ここ3日程は皆無じゃな、いや、慣れとは怖いもんじゃのう。

 ‥‥‥‥‥‥思い出したことをそのまま伝えた場合、リアンヌは激怒する、妾は怒られる‥‥‥‥‥‥これはイヤじゃ。‥‥‥‥となると、方法はただ一つ、誤魔化すしかない。幸い今なら、弟子は夕食作りをしておる、ならば妾の巧みな話術で煙に巻かせてもらうぞ、リアンヌ。

 

「あ、これはリアンヌ様、いらしてたんですか」

 

 最悪のタイミングで弟子が現れた。

 

「ええ、貴方の様子を見に来たんです。どうですか、魔術の修行の進みは?」

「魔術ですか? まだまだそこまでたどり着けませんよ。今日漸くお茶くみの免許皆伝を頂けたくらいです」

「お茶くみ‥‥‥‥免許皆伝‥‥‥‥ほう‥‥‥‥そうですか‥‥‥‥そうなんですか、ロゼ」

「あ、いや、えっと、その‥‥‥‥」

 

 まずい、弟子が勝手にあることあること話し出した。

 妾は弟子との意思疎通に鍛えてきたアイコンタクトで『ここは妾に任せよ』と送った。だが、返答は『いえ、師匠のお手を煩わせるわけにはいきません。ここは弟子の私にお任せを』と返ってきた。

 しまった、ここ最近の妾の指導方針は弟子は師匠の手を煩わせてはいけない、という教えを叩き込んだ。その結果、妾は地獄に叩き込まれることになった。

 

「ハード、他には何をしていましたか?」

「はい、朝は師匠を起こし、朝食を作り、師匠を担ぎあげ、朝の散歩を行い‥‥‥‥」

 

 やめよ‥‥‥‥

 

「昼は昼食を作り、里の問題ごとに対応し、師匠からの指令として里の外で買い物に出かけ‥‥‥‥」

 

 やめるんじゃ‥‥‥‥

 

「夜は夕食を作り、師匠を温泉に運び、湯上りにマッサージを施し、師匠をベッドまで運び、就寝を見届けた後、明日の朝食並びにおやつの仕込みを行い‥‥‥‥」

 

 やめてくれ‥‥‥‥

 

「寝る前に自主鍛錬を行っております」

 

 弟子は満足気にリアンヌに言い切った。随分と晴れやかに誇らしげな表情だ。妾にはあの表情が妾への意趣返しに思えてくる、当人にその気は全くないというのは分かっておるがの‥‥‥‥もう少し、妾を擁護してくれ、バカ弟子!

 

「そうですか。‥‥‥‥では、後で手合わせをしましょう」

「はい、宜しくお願い致します」

「では、里の外れに広場がありますので、そこで行いましょう。先に行っていてください、私は少し‥‥‥‥ロゼと話があります」

「はい、ではお待ちしております」

 

 そう言って、弟子は外に出て行った。‥‥‥‥行かんでくれ、思わず声が出そうだった。

 妾の意志を汲まずに意気揚々として出て行く弟子を見送った後、

 

「さて‥‥‥‥話をしましょうか、ロゼ」

「う、うむ」

 

 妾とリアンヌが向き合い‥‥‥‥話が始まった。

 

side out

 




ありがとうございました。

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