社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第二十五話 お食事会と思い出話

―――七耀暦1206年6月1日 隠れ里エリン ローゼリア邸宅

 

「弟子よ、今日より本格的な魔術の修行を開始する」

 

 師匠の第一声は当初の予定を遥かに繰り上げになる言葉だった。確か、お茶くみの後は、料理検定、掃除検定、マッサージ検定と様々な試練を超えた先にたどり着ける、狭き門だと仰っていた。そのため修行を開始できる時期は半年後だと仰っていたのに、一体どうされたんだ?

 そういえば、昨夜はリアンヌ様と手合わせ後に師匠にお会いすることはなかった。リアンヌ様が師匠は先にお休みになられた、と仰られたので、明朝の朝食分のしこみ作業を行ない、そのまま就寝することになった。

 そして現在は朝食の準備をしているがいつもより多く用意している。なぜなら‥‥‥‥

 

「お邪魔しますね、ロゼ」

「失礼いたしますわ」

 

 お客様がいらしてます、リアンヌ様とデュバリィさんの御二人です。どうやら、ちゃんと修行をしているか状況確認のために来られている。信用ないな、私。

 でも仕方がない、お茶くみに一週間掛かった以上、この先の試練が同等の時間が掛かってしまっては計画に間に合わない。それを見かねてリアンヌ様が師匠にお願いして頂いたんだろう。この状況はいわゆる、『コネ』を使ったということだ。

 なんと情けない‥‥‥‥リアンヌ様が旧友である師匠にお願いして学ばせて頂いているというのに、今だ修行に入れず、あまりの不甲斐なさにリアンヌ様が師匠に頼んでくださったとは、自分自身の不甲斐なさに涙が出そうだ。

 私はリアンヌ様にそのことで謝罪をお伝えしたところ、リアンヌ様は『ハードは悪くありません、気にしてはいけませんよ』と仰られた。なんとお優しい、このハード、リアンヌ様のお優しさ生涯忘れません。ですが、こんなことを面と向かって言っても、リアンヌ様が困られるだけだ。ならば成果でお返しするまでだ。‥‥‥‥とりあえずは、

 

「本日の朝食にございます」

 

 私に出来る精一杯の食事を提供するだけだ。

 

 

「では弟子よ、まずは妾が使う魔術を見ておれ」

「はい、師匠!」

 

 師匠が杖を振ると、剣が4本出来上がった。

 

「暗き刃よ、行け。『イクリプスエッジ』」

 

 魔力で作られた刃が宙に浮き、師匠の指示通りに飛んで行く。

 

「とまあ、こんな感じじゃ。やってみよ」

「はい、師匠!」

「まあ、すぐには出来んじゃろう。本来なら魔力を感じるところから始めるんじゃが、弟子は既にセリーヌの術式が使えておる。魔力を使うことは出来るが、今度はそれの形状を変えることになるんじゃが、これが中々難しく‥‥‥‥‥‥」

「出来ました」

「な!」

 

 数は3本程だが、師匠が作ったのと同じ剣が出来上がった。なるほど、コツは掴んだぞ。後で、分け身と共に数を増やすのと、発動速度の向上について研究しよう。

 

「ま、まあ、このくらいはエマもヴィータも一日あれば出来たんじゃ。まあ後は飛ばし方じゃが‥‥‥‥」

「ああ、こんな感じですね」

「な!」

 

 出来上がった剣が飛んで行く。よし、うまくいったぞ。

 先程師匠が剣を飛ばすときの様子を見ていて、たぶんこんな感じかな、と予測を立てていたが、合っていたようだ。それに『弟子は師匠の手を煩わせてはいけない』と言われていたので、一度の実演から全ての工程を理解しなくては弟子として失格だ。

 

「師匠、如何でしょうか?」

「‥‥‥‥クッ、リアンヌの言った通りとは‥‥‥‥」

「あ、あの師匠‥‥‥‥」

 

 師匠が下を向き、地面を蹴っている。何か魔術を行使する上で重大な欠陥とか、素質ゼロで教える気が失せたとか、なのにコネで教えろとか無理に決まってるだろ、とか思っていらっしゃるのか!?

 そうだここは‥‥‥‥

 

「いや流石、師匠です。感服いたしました」

「うん?」

「師匠の教え方がいいからです。非才の身である私が、魔術が行使出来たのは師匠の見本が良かったからです」

「そ、そうかの‥‥‥‥」

「そうですよ、流石師匠です」

「そ、そうじゃろう、そうじゃろう。弟子を導くのは師匠の仕事だからのう」

「流石師匠です。これからも全力でついて行きます!」

「おお、ここからの修行も厳しいが、全力でついてくるんじゃぞ!」

「はい、師匠!」

 

 どうやら機嫌を直してもらえたようだ、うまくいって良かった。

 それからも色々な魔術を教えて頂いた。魔力の使い方が分かってくると、応用の仕方も何となくわかってきたし、師匠が手本を見せてくれるので、術式構成から結果までが良く分かる。これだけ見せてもらえれば、今までの様に試行錯誤に費やしていた時間と労力がいらなくなった。これは随分とラクが出来る。

 

 今後の事で考えておかないといけないことがある。それは魔術の使用の方向性だ。

 魔術を習うのは『鬼の力』の制御が当初の目的だった。ただ制御するくらいならもう既に習得出来ている。だが、『鬼の力』を使用中は他のクラフトが使えない。これは非常にまずい、特に『神なる焔』が使えないのは困る。なので其処も改良しないといけない。‥‥‥‥これは魔術の熟練で対応可能なのか、それとも何かしらの術式の開発が必要なのか、よくよく考えないといけないな。

 

 後は、魔術の有効活用としてどのようなことが出来るか、これも考えないといけない。

 私の戦闘スタイルはリアンヌ様の様に技巧を極めたものではなく、《劫炎》の先輩の様に圧倒的な力を持つわけではない。出来そうなことを模倣し、己の中に知識として積み上げ、相手に合わせて最適な手段を取る、私に出来ることはこれだけだ。だが、これは己よりも強い、リアンヌ様や《劫炎》の先輩には通用しない。リアンヌ様の技巧に私の拙い技術では対抗できず、《劫炎》の先輩の前では圧倒的な力の前に屈服するだけだ。

 今の私には足りないものが多すぎる。だが、その中で最も足りないもの、それは‥‥‥‥‥‥力だ。圧倒的なまでの力不足だ。

 リアンヌ様の技巧に対抗するために、《劫炎》の先輩の力に対抗するために技術を磨いて戦ったところで勝てるとは到底思えない。だが、対抗しうる力があれば、技巧を上回る力があれば、圧倒的な力に対等とは言わずとも競えるだけの力があれば、二人に対して‥‥‥‥勝機が見えるかもしれない。

 だが‥‥‥‥魔術には力を増幅させる術はなかった。当てが外れてしまった。力が足りない、ならばどうすればいいか、発想を変えてみた。すると‥‥‥‥答えが見つかった。

 答えは‥‥‥‥相手が強いならば弱くしてしまえばいい、実にシンプルな答えだ。実際、クロスベルではエマが《劫炎》の先輩の焔を弱くしていた。ならば、私も同じことを使えばいい、《劫炎》の先輩の事だ、弱くしたところで卑怯だ、汚いだのとは言うとは思えない。むしろ『面白れぇ、抑えられるもんなら抑えてみろ』くらいは言うだろう。

 だが、リアンヌ様にはこの手は意味がないかも知れない。力を弱くしてもリアンヌ様の技巧の前では影響が少ないだろう。そうなるとやはり技術と力、この両方の総合力で戦うしかない。

 技術の向上、力の向上、知識の向上、まだまだ足りないものが多いが、少しずつ強くなっている。その実感はある。‥‥‥‥だけど、足りない。もっともっと強くならないと‥‥‥‥

 

 

 午前の修行が終わり、昼食の時間になった。

 私はキッチンで昼食を作っている。するとテーブルから声が聞こえてきた。

 

「さて、ハードの修行状況は如何ですか?」

「うむ、すこぶる順調じゃ。妾の指導が優秀じゃからな」

「そうですか。でも、本来なら一週間前には終わっていたんですよね」

「うっ!‥‥‥‥い、いやいや、お茶くみで培った技術が魔法に応用出来たんじゃ。紅茶を最適な状態で出す動きが魔術にいい影響をもたらしたんじゃ!」

「まあ、そうしておきましょう。ハードが順調に育っていくなら、それに越したことはありません」

 

 昼食の時間帯にリアンヌ様が共を伴って現れた。どうやら、状況を逐一確認されるようだ。

 しかし、共に来られたのがデュバリィさん、ではなかった。

 

「‥‥‥‥」

 

 アイネスさんだ。いつもならリアンヌ様と出かけられるのはデュバリィさんだと思っていたが、今回は違うようだ。御二人の話には我関せずで紅茶を飲んでいる。

 おっと、いかん、あちらよりこちらの方が重要だ。

 今日の昼食はカツ丼だ。まずはサクッと上がった豚カツを作る。次に特製のつゆを作り、その中に玉ねぎを入れ、煮立ったところで豚カツを入れ、豚カツ自身に味をしみこませる。最後にとき卵を入れ、火を止める。最後に卵が半熟くらいなったところで、用意しておいたご飯の上に素早く入れる。あまり火を入れてしまうと卵が固くなる。よし、完成だ。うんうん、良い出来だ。

 

「ご用意できました、皆様」

 

 私は各人の前にカツ丼を置いた。

 

「うむ、いい匂いじゃ。だが‥‥‥‥‥‥これはいただけんのう」

「し、師匠。何故でしょうか」

「これじゃあ!」

 

 師匠がスプーンをカツ丼に差し入れ‥‥‥‥‥‥玉ねぎを見つけ出した。

 

「甘いのう、ハード。妾がこの程度の偽装、看破出来んと思うたか。やり直しじゃ、妾には玉ねぎ抜きを要求する」

「いや、私もそうしようと思ったんですが‥‥‥‥」

「相変わらずの野菜嫌いですか。いい歳なんですから、いい加減に食べなさい!」

「今の妾はろりぃなんじゃ。好き嫌いがあってもいいんじゃ!」

 

 リアンヌ様と師匠が玉ねぎでケンカを始めた。この場合私はどちらの味方をすればいいんだ?

 リアンヌ様に味方した場合、師匠がへそを曲げる。そうなると、今日の修行はおしまいだ。それどころか、二日くらいはツーンとすることは目に見えている。甘い物やハンバーグなどの好きな物を与え続けないと機嫌を直さない。これは‥‥‥‥‥‥面倒くさい。

 では、師匠に味方した場合は‥‥‥‥グランドクロスか。いやこれは極端な場合だ、そもそもリアンヌ様に逆らう等、その段階で私の精神は死ぬ。普段お世話になっているのに、土壇場で裏切るなど、犬にも劣る所業だ。そんな事はしたくはない。

 こうなるとどちらを取っても、後が大変だ。さて、どうやって止めようか。

 

「ハード」

「はい、どうしましたアイネスさん?」

 

 どちらに味方しようか悩んでいるとアイネスさんに呼ばれた。何かアドバイスがもらえるかも。

 

「おかわりだ」

「あ、はい」

 

 私は器をアイネスさんから受け取り、再びキッチンに向かった。

 アイネスさんはケンカしているリアンヌ様と師匠とは反対の方を向いて、紅茶を飲んでいる。完全に我関せずで行くつもりのようだ。

 まあ、こういう場合はその方が正しいのかも知れませんね。

 結局、玉ねぎ論争は半分に減らすことで手を打った。

 

 

 あっという間に昼の修行が終わり、夕食の時間になった。朝、昼に続いて、やはりリアンヌ様がお越しになられた。そして今度は、

 

「こんばんわ、ハードさん」

「こんばんわ、エンネアさん」

 

 エンネアさんだった。昼にデュバリィさんが来なかったところから、付き添いはローテーションだとわかった。なので、今度はエンネアさんだとわかっていた。

 私が挨拶を終え、キッチンに向かおうとすると、エンネアさんに呼び止められた。

 

「ハードさん‥‥‥‥後で少しお話出来ませんか?」

「話、ですか。ええ、構いませんよ」

「ありがとう。ではお待ちしていますわ」

 

 そう言って、エンネアさんがリアンヌさんの下に行った。

 話、とは何だろうか? まあ、それを考えるよりも先に成すのは夕食作りだ。

 私はキッチンに向かい、夕食を作った。今日はカレーを作ったが、昼と同じくリアンヌ様と師匠の野菜食べろ、食べない論争が始まった。今度は玉ねぎと人参の二種が対象に上がった。ジャガイモはセーフだった。

 

 

side エンネア

 

 夕食の後、ハードさんと共にローゼリアさんの御宅を出た。マスターはローゼリアさんとお話をされていた。

 

「こちらで宜しいですか?」

「ええ、ありがとうございます」

 

 私とハードさんはローゼリアさんの御宅のちょっと離れたところで腰を下ろした。

 そういえば、ハードさんと二人で話すというのは初めてね。私がハードさんと話すときにはマスターかデュバリィが一緒にいるときにしか話したことはない。

 でも今日は話してみたいことがあったから、お互いの共通の話題で。

 

「今日はお時間作ってもらってありがとう、ハードさん」

「いえ、大したことではありません」

「‥‥‥‥話をする前に、貴方に謝っておかないといけないことがあるわ。ごめんなさい、ハードさん」

「え、一体何のことでしょうか?」

「‥‥‥‥デュバリィから、貴方の事をお聞きしました。でも、デュバリィが勝手に話したわけじゃなくて、私とアイネスが聞き出しました。なのでデュバリィの事、悪く思わないで上げて」

「いえ、別に気にしてませんので。‥‥‥‥あまり、面白い話ではないので話さなかっただけですので」

「ッ‥‥‥‥そう、貴方にとっては教団にいたことは、大したことではないのね」

「ええ、もう、済んでしまったことですから」

 

 やっぱり、彼は‥‥‥‥

 

「ごめんなさい。少し私の話を聞いてほしいのだけど、いいかしら?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとう。‥‥‥‥私は元々は《D∴G教団》の出身なの。幼い頃から洗脳と異能開発を教団に施されていたわ。来る日も来る日も薬などで自分自身を作り替えられていたわ。でもそんなある日、マスターとデュバリィ、《結社》が進行してきたの。私も戦闘に駆り出されて戦ったわ。でも、マスターに負けた。ここで死ぬんだと思ったわ。でも私は死にたくないとも、生きたいとも思わなかった。このまま終われると思って安堵したほどだった。でも、マスターが仰ったの、『己の目で世界を見て見なさい』と‥‥‥‥そう言われて、私はまだ何も見えていないんだと、何も知らないんだと、初めて分かったわ。それから私はマスターについて行くと決め、鉄機隊に入隊したの」

「‥‥‥‥そうですか」

「ハードさんも私と同じく教団出身だと聞いたわ。だから一度この話をしたかったの」

「‥‥‥‥そう、ですか」

 

 ハードさんが空を見上げて、目を閉じている。そして、ゆっくりと息を吐き、目を開いた。

 

「‥‥‥‥私も、その異能開発というモノを受けていたんでしょう。仲間たちがいました、同じ苦行に抗う、仲間が‥‥‥‥」

 

 ハードさんが話し始めた、先程までと表情が変わらずに。

 

「最初の一人がいなくなったとき、私は彼がいなくなったと言う事を理解できなかった。部屋が広くなったのに、彼はまだいる、そう思ったんです。それからも一人、また一人、いなくなっていきました。でも、どんどん部屋が広くなるのに、皆が変わらずそこにいたんです。そして最後には私以外、部屋には誰もいなくなった。でも皆いる、そう思っていました。おかしいでしょう、でも何故かそう思えてしまったんです。でも気づいたんです、彼らの命が私を生かした、だからこの命は彼らの命だと、そう思っていました。でも‥‥‥‥私は彼らに対して申し訳ないと思っているんです」

「‥‥‥‥申し訳ない?」

「ええ‥‥‥‥彼らと共に死んでやれなかった、それが申し訳ないと、今でも思っています」

「な、なんてことを言うの!」

「いえ、おかしなことではないでしょう。先程、エンネアさんも言っていたじゃないですか、『死にたくないとも、生きたいとも思わなかった』と。私も同じです、死にたくないとも、生きたいとも思わない、今までも、きっとこれからも‥‥‥‥」

「そ、そんな、そんな事‥‥‥‥ハードさんはそこまで‥‥‥‥」

「でも、私は生きるんです」

「え、先程、死にたいって‥‥‥‥」

「ええ、今でも死にたいですよ。でも、生き残ってしまいましたので、罰だと思って生き続けます。私が生きれば彼らの死は無駄にならない。例え、どれ程の苦痛であっても、私に死ぬことは許されない。彼らの分まで喜びましょう、彼らの分まで怒りましょう、彼らの分まで悲しみましょう、彼らの分まで楽しみましょう。だから私は彼らの分まで‥‥‥‥苦しみましょう。きっとそれが生き残ってしまった私の償うべき罪科です」

 

 私はこの話をしてしまったことを後悔した。同じ教団の出身者は執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》と彼の二人だけ。だが一体何が話したかったのだろうか、同じ過去を分かち合いたかったのか、思い出話がしたかったのか、分からなかった。でも、私は間違えた、聞いてはいけなかった、それだけは分かった。

 最初はハードさんは過去を乗り越えているから、泰然自若なんだと思った。でも違った、私よりも、ずっと深く‥‥‥‥過去に囚われていた、己の生き方も決められない程に‥‥‥‥でも、私がどうこう言える訳がない。ハードさんからしたら、洗脳されていても、教団のために戦った過去がある私が、何を言えることがあるんだと、理解してしまった。

 ハードさんの表情は終始何一つ変わらなかった。でも‥‥‥‥眼だけは月明かりのおかげで周囲がはっきりとわかるのに、その明かりを食いつぶすような闇が見えた。

 

side out

 




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