感想返しはこれから行います。
―――七耀暦1206年6月8日 ????
side ???
『はぁ~、またやらかしたな‥‥‥‥‥‥宿主』
どうやら私がお世話になっている宿主というのは反省という言葉を良く分かっていないらしい。確か2週間程前か、同じことをやらかして、痛い目に遇ったというのに、すぐまた同じことをしだした。危ないとわかっているのに、手を出すとか‥‥‥‥子供でも痛い目に遇えば、もうしないというのに、この宿主は子供よりも理解力が無いらしい。
宿主にお世話になるようにから、約8年くらい経ちますが、最初の頃は壊れた心を治すのに苦労したというのに、最近では、寝てくれないせいで、私が寝れない。死んで魂だけになったというのに、今の方がよっぽど死にそうだ。生前でもここまでブラック企業ではなかったぞ。まあ、お世話になっている以上、私も出来るだけの事はしますから、出来ればもう少し寝かせてくれませんかね。せめて3時間くらい‥‥‥‥
さて、仕方ありませんので、助けに行きますか。宿主があの黒いのに飲み込まれると、私も巻き添えになるので、それは勘弁して欲しいですね。
side out
意識が戻ってきた、ハッキリと分かる。あれ、変な声も聞こえはしない。
周りには何もなく、夜の様な真っ暗な風景が広がっている。
『起きましたか、宿主』
「‥‥‥‥へ?」
声がする方向にクビを向けると、そこには白衣を着た、背の高さが私と同じくらいの痩せぎすの男が立っていた。‥‥‥‥失礼ながら、あまり健康そうには見えない、風貌だ。目の下にくまがあり、目が半開きだ。
『初めまして、宿主。いつもお世話になっております』
「あ、これはどうもご丁寧に」
白衣の男は私に丁寧に挨拶をしてくれた。私もつられて挨拶をしてしまった。
だが、一体誰なんだ?
「あの、どこかでお会いしましたか?」
『ええ、お会いしたのは大体8年ぶりですかね。あの時の子供がよくぞここまで大きくなったものです』
「は、8年ですか!? ああ、これは失礼しました」
『いえ、覚えていないのも無理はないです。あの時、貴方は‥‥‥‥死にそうでしたからね。まあ、良い頃合いでしょう。あの時の記憶を取り戻すとしましょうか。それが終われば私の事も思い出しますよ』
「8年前‥‥‥‥あの時‥‥‥‥」
白衣の男は私に近づき、頭に手を乗せた。すると‥‥‥‥記憶が戻ってきた。あれは‥‥‥‥8年前の、誘拐されてから3年ぶりに帝都に戻ってきた日の記憶だった。
―――七耀暦1198年
一生懸命歩いた、お父さんに会いたかったから。
毎日毎日歩いた、お母さんに会いたかったから。
沢山歩いた、二人に会いたかったから。
やっと家に着いた。でも、家には誰もいなかった。どうして、どうして、だれもいないの? お父さんはなぜいないの? お母さんはなぜいないの?
私が家にたどり着いた時にそう思った。
「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友達だ」
ギリアスさんが私を背負い、お父さんとお母さんのところに連れて行ってくれるそうだ。ギリアスさんは私にお父さんとお母さんの話をしてくれた。
「私とハード君のお父さんとお母さんは学生時代からの友達だったんだ。ハード君の両親が結婚するときにも相談を受けていたし、ハード君を引き取ることにしたときにも相談を受けていたんだ。二人とも結婚してずいぶん経つが、子供に恵まれなかったことを気に病んでいたのも、知っていたからな。‥‥‥‥だから二人がハード君を引き取ってからは今までよりも、ずっと楽しそうだったよ」
「‥‥‥‥」
「共に軍人となったが、私が軍を辞め、その後宰相になり、ある部署を作ることにした。それをハード君のお父さん、お母さんに手伝ってもらっていたんだ。『帝国軍情報局』という名の部署だ。本当なら、ハード君との暮らしを優先したかっただろうに私が頼んでしまった。すまなかった」
「‥‥‥‥」
「『帝国軍情報局』は正式に稼働を始めた。全てハード君のお父さんとお母さんのおかげだ。だから二人は軍を辞め、ハード君との暮らしを優先できるようなった。今度引っ越すことを予定していたそうだ」
「‥‥‥‥」
「だから、寂しい思いをさせることはもうない、と、そう言っていたよ」
「‥‥‥‥」
言葉を出す元気はなかった。でも、話は全部聞いていた。
嬉しかった。もう、一人で家で待っていなくてもいい。もう一人で食事をしなくてもいい。早く二人に会いたい、そう心の底から思った。
ギリアスさんに背負われていながら、逸る気持ち隠せず、手に少し力が入った。
「‥‥‥‥さあ、ここだ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」
だれのおはかか、りかいできてしまった。
パキッ、というおとがした。なにかにひびがはいったようなおとだった。
『ネット・ワーク』
『ソーシャル・ワーク』
おとうさんとおかあさんのなまえだった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「ハード君!!!!!!」
ぼくはなんでいきているの? なんでしななかったの? なんでかえってきたの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? どうしていきようとしたの? みんないなくなったよ?
じゃあ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥しななきゃ。
「これは!!!」
いたかった、つらかった、みんないなくなった、こんなちからいらなかった、ほしくなかった、もうおさえなくていい、ぜんぶつかえばいい、いのちをすてればみんなにあえる‥‥‥‥‥‥‥‥
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
パキ、パキ、パキ‥‥‥‥なにかがこわれるおとがした。そして、なにかがぶつかった。
『おや、どうやら世界の壁を越えてしまったようですね。‥‥‥‥おっと失礼、私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誰でしょう? ふむ、次元を超えてしまったせいで、体を失くしてしまったので、名前も失くしてしまいましたね。しかし、これは一体どういう事でしょう。ちょっと記憶を読ませていただきますよ‥‥‥‥‥‥ふむ、なるほど、状況は理解できました。解決策はありますが、今は理解させるには時間が無さそうですね。心が壊れていってますし、このままだと危険ですね。すいませんが当分御厄介になりますので、宿代代わりではないですが、貴方の心を治しましょう。もし貴方が成長して受け入れられる時が来た時、もう一度話をしましょう』
「あ‥‥‥‥‥‥」
ぼくはきがとおくなっていった。
□
思い出した‥‥‥‥あの時の声の主だ、目の前の男は!
『思い出してくれましたか、宿主』
「ええ、思い出しました‥‥‥‥‥‥‥‥どうして死なせてくれなかった!!!」
私は思わず掴みかかり、あの時の思いをぶつけた。
『死なれては困るからです。私も死にたくはないので‥‥‥‥』
「私の体だ! 私の好きにさせろ!」
そうだ、この体は私のものだ。生きるも死ぬも私が決める。
『どうやら、記憶を取り戻して、随分と混乱しているようですね。今までの様に、何が何でも生きようとする意志が無くなっていますね。‥‥‥‥ですが、随分と元気になった。今なら、説明しても問題なさそうですね。‥‥‥‥ついて来てください、宿主。8年前に生きてよかったと思えるものを見せてあげますよ』
□
どこまで行っても景色は変わらない。真っ暗でだだっ広い風景のままだ。一体何処に連れて行くつもりなんだ?
『貴方はご自分の体をどう思っていますか?』
「え、どうとは?」
『自分の体が他の人と違うことを何処まで理解していますか?』
「‥‥‥‥色々と違うことは分かっています。教団で色々されましたから‥‥‥‥」
『知っていることはそれだけですか。あまりご存じないようですね、まあ自分の体が他とどう違うかは自分よりも他人の方が良く分かるでしょうし、無理もないですね。向かうまでの間、少しお教えしますよ、宿主』
「その、何で私を宿主、と呼ぶんですか?」
『おや、この体は貴方の体、私は、いや私達はそこを間借りしている者ですので、そう呼ぶことは間違いではないしょう』
「ええ、まあ、そうですね。‥‥‥‥私、達?」
『達、と言ったのはもう少し後で分かりますよ。では、道すがら、貴方にいくつかお教えしましょう、貴方の体について‥‥‥‥まず、貴方の体は自然に、人と人から生まれたものではありません。人工的に作り出されたものです』
「え、‥‥‥‥それは、《人造生命(ホムンクルス)》という奴ですか?」
『ええ、そのようです、とある筋からの確かな情報です。間違いはないでしょう』
「‥‥‥‥そ、そうですか」
『‥‥‥‥続けますよ、貴方はホムンクルスですが、ホムンクルスだから、私がここにいられる理由ではありません。そして、人工的に生み出したのは何かしらの目的が有ったはずです。その目的を知ることは出来ませんでした‥‥‥‥ですが、目的は分からないが、使用用途は推測が出来ました』
「使用用途‥‥‥‥」
『‥‥‥‥ご不快な言い方をしましたが、可能な限りご理解頂けやすい言葉を選びました』
「いえ、構いません。続きを‥‥‥‥」
『はい、使用用途は‥‥‥‥何かしらを宿主に入れる事、それが使用用途です。目的は、その何かしらが分からないと、断定は出来ませんが』
「あの、その何かしらを入れるだとか、私にそんな事が出来るとは思えないんですが‥‥‥‥」
『まあ、言っても分からないでしょうね。見てもらった方がいいですね、ほら、あそこです』
白衣の男はある方向を指差した、私はその方向に目を向けると、そこには‥‥‥‥無数の火があった。
「‥‥‥‥なんですか、ここは?」
『何と言われても、名称があるわけではありません‥‥‥‥ですがそうですね、あえて名付けをするなら、魂の置き場、とでも名付けましょうか。ここには魂が集まるんです‥‥‥‥貴方が引き寄せた魂が‥‥‥‥』
「‥‥‥‥引き寄せた?」
『思い返してください、貴方にはいなくなった者が、今もまだそこにいるように感じたことがあったんではないですか?』
「‥‥‥‥あ、教団の時に‥‥‥‥」
『貴方は魂を集めることが出来る。いや、そういう性質を持っているんです、憑依体質、と言える者でしょうか、そういう性質を与えて生み出したんでしょう、貴方を』
「‥‥‥‥それがさっき言っていた‥‥‥‥」
『何かしら、おそらくは魂かそれに近い何か、でしょうか』
「‥‥‥‥そう、ですか‥‥‥‥は、はは、ははは、アハハハハハハハハハ!!!」
なんだ、なんだ、なんなんだ、私は!!
人でない、何かを入れる、何だ、そんな事のために私は生きていたのか!!!
魂を集める‥‥‥‥そんな存在が、教団で普通の子供たちが死んだのに、育ててくれた人達が死んだのに、生きているのか‥‥‥‥
‥‥‥‥ああ、やっぱり、しんでおけばよかったな‥‥‥‥
『おや、別にここにある魂は貴方が無理矢理集めたわけではありませんよ』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
『ふぅ~、精神面が脆いとは思っていましたが、想像以上に脆いですね。いいですか、貴方を助けるように言ったのは‥‥‥‥あの御二方です』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
二つの火が近づいてくる。
でも‥‥‥‥もう動くこともしたくない、この火に焼かれるなら、それでいいか‥‥‥‥
火が私を包んだ時‥‥‥‥‥‥懐かしい匂いがした。
「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ‥‥‥‥」
その火が、魂が私に与えたのは、喜び、怒り、悲しみ、後悔、数多の感情だ。その感情の波が私に押し寄せてきた。
子供がいた、独りぼっちの子供に出会った。二つの魂はその子供を愛していた、例え血がつながらなくても、一緒に居たいと、思っていた。
子供と一緒に暮らせるようになった、喜びに満ち溢れていた。
子供と一緒に過ごせなくなったことなった、怒りに満ちていた。子供を奪った存在に対して、そして一緒に居れなかった自分達に怒っていた。
子供がいなくなったと知ったとき、悲しみに満ち溢れていた。どうして傍にいられなかったのか、後悔が溢れていた。
子供がいなくなってから懸命に探した。その過程で、いなくなった子供がどういう存在なのか分かった。でも、変わらなかった。子供が作られた命であっても、自分達の子供であると信じて疑わなかった。
子供を奪った存在が分かったとき、憎しみに満ち溢れた。教団の存在を見つけ出し、遂に助けに行けるところに至ったのに、体が動かなくなった。動かない体にすら、憎しみを覚えた。
ずっと会いたかった、ずっと信じていた、ずっと謝りたかった、ずっと、ずっと、ずっと‥‥‥‥待ってた。
最後に一つ‥‥‥‥‥‥その子供は‥‥‥‥‥‥私は愛されていた。
「‥‥‥‥‥‥とうさん、かあさん‥‥‥‥」
その火が何かわかった。父さんと母さんだった。
私の中に二人はいた。ずっと、8年前からずっと、傍にいた。なんだ、この変な性質にも、良いところがあったな。
『‥‥‥‥ここにいるのは、ご両親、教団で無念の中で亡くなった子供たち、後はさまよえる魂が集まっただけ、別に貴方が無理矢理集めた訳ではありません。無論それをしようとすれば出来るかもしれませんが、貴方はそうしないでしょう?』
「ええ、決して」
『ならば、それでいいではないですか。さて宿主‥‥‥‥どうされますか? まだ死にたいですか、ここにいる者達を残して、命を絶ちたいですか?』
「‥‥‥‥‥‥生きます。ここにいる人達の分も、私が生きる」
『結構、では今後ともよろしくお願いいたします、宿主』
白衣の男は手を差し出してきた、私もそれを無意識に取っていた。
ああ、そうだ、色々あり過ぎて忘れていた。
「貴方には、本当に助けてもらいました。ありがとうございます」
お礼を言ってなかった。8年前も今も、ずっと助けてくれた同居人にお礼を言っておきたかった。
『私も、勝手にお邪魔をしてしまった手前、心苦しかったもので、礼金代わりだと思って頂ければ構いませんよ』
「でも、俺が引き寄せてしまったんですよね‥‥‥‥その、性質、で‥‥‥‥」
『別に気にしなくても、構いませんよ。元々、死んでましたので‥‥‥‥それに、その性質も一つの個性とでも思えばいいではないですか。人から好かれるのと同じです、魂に好かれる、そういう性質だと、思えば大したことではありません』
「そんなものでしょうか?」
『お近くに焔を生み出す人外がいるんです、それくらい大したことないでしょう』
「《劫炎》の先輩の事ですか?」
『ええ、あの者も私と同じく、異なるところからの来訪者です』
「来訪者?」
『ああ、まずは私の自己紹介から始めないといけませんね』
白衣の男は、襟元を正し、その場に直立不動の姿勢を取った。先程までやや前傾姿勢だったのを改善した。
『私、名前は忘れました。出身地はよく覚えていません。家族構成は兄弟姉妹がいたか不明で、両親は亡くなっていると思います。特技はわかりません。血液型は体が無いので意味を成しません。以上です、よろしくお願いします』
「‥‥‥‥あ、どうも」
‥‥‥‥ここまで意味のない自己紹介も珍しい、分かったことは不明であると言う事だけだった。
『まあ、仕方がないですね。記憶とは脳に納められるものですから、魂だけになった私には最早戻ることはないでしょう。‥‥‥‥さて、記憶はありませんが知識として魂に刻み付けたものはあります。まず、来訪者という言葉から説明しますと、この世界ではない世界から来たものです。《外の理》という言葉を聞いたことがありますね、それが私の世界だと思って頂ければ、理解がしやすいかと』
「《外の理》、それは私の持つ『ハード・ワーク』や《劫炎》の先輩の『アングバール』がそうだと‥‥‥‥」
『ええ、それで間違いないです。私の世界で私は死んで、彷徨っていたんですよ、ある未練がありまして‥‥‥‥そんな折に、こちらとあちらが開いたんです、貴方が次元に干渉したんでしょう、それに乗ってこちらに来たら、貴方にぶつかったんです。その結果、私は貴方の中に入り、今に至っています』
「‥‥‥‥はあ、そうですか‥‥‥‥」
『反応に困っていますね‥‥‥‥致し方ないかと思いますが、まあ、そう言う者だと知っておいてください。今更、この体を乗っ取ってどうこうする気も、故郷に帰りたいという気も、全くないですから、ご心配なく』
「ああ、そうですか。‥‥‥‥ところで、先程言っていた未練とはなんです?」
『ああ、私の未練は‥‥‥‥全てを知りたかった、それだけです。知識欲ですね、それを満たしたかったんです』
「それを満たすことは出来ないんですか?」
『宿主の中にいると、外の事は色々見えますよ。こちらの世界の知識は色々と前の世界と違うので、それだけでも楽しいですよ。‥‥‥‥ただ、一つお願いがあるんですが‥‥‥‥』
「はあ、可能な限り、ご相談に乗りますが‥‥‥‥」
さっきまでとは顔が違う、随分と深刻な表情だ。
『お願いというのはただ一つ‥‥‥‥‥‥もう少し寝て下さい!!』
両足を折りたたみ、その上に自身の体を乗せ、両手を足の前に置き、その状態から頭を地面に擦りつけるように、頭を下げている。これはギルバート先輩がやっていた、土下座、というものだった。
先程まで、淡々としていた口調だったのに、やたらと真に迫っている。非常に申し訳ない気持ちになる、悪いことをしていないというのに‥‥‥‥
「あの‥‥‥‥頭をお上げください」
『いえ、お願いを聞き届け頂けない限りは上げることは出来ません!!』
何だろう、冷淡というか、淡々という様な印象だった白衣の男が、豹変したかの様な激情に満ちた声だった。
「取り合えず、ご説明ください。対応は検討致しますので‥‥‥‥」
『あのですね、私は既に死んでおり、現在は魂だけですが、宿主の中にいます。そしてこの中での生活は宿主に依存するんです。簡単に言うと、宿主が起きるのと、寝るのに私は連動しているんです。‥‥‥‥ここまで言えば、大体はお察しいただけるかと存じますが‥‥‥‥』
「‥‥‥‥‥‥‥‥うん?」
『‥‥‥‥あのですね、私は宿主と起きるのと、寝るのに連動しているので‥‥‥‥』
「ああ、そこは分かります。でも‥‥‥‥何か問題が?」
『な、何か問題、だと! いいですか、宿主が寝ないと、私が寝れないんですよ! なのに、宿主が徹夜が当たり前、二徹が当たり前、三徹、四徹、五徹すらあり得るとか、殺す気ですか!』
「既に死んでるんですよね? なら問題なくないですか?」
別に寝なくても問題ない、ならその時間を他に当てた方が有効だ。時間は有限なんだ、無駄には出来ない。
『‥‥‥‥フフフフ、フハハハハハ‥‥‥‥やっぱり駄目ですよね。分かってました、だって8年くらい一緒に居ますから、心が壊れていた時からまともに寝てなかったし、宿主が学生だった頃も、就職してからも二日に一回寝ればいいくらいで、『神なる焔』というのを覚えてからは平均して、四日に一回くらいしか眠らなくなりましたし、おまけに最近は毎日新しい技を覚えるから、それの情報処理も大変でへとへとなのに、寝ないとか‥‥‥‥これブラックなんじゃない、とかいつも思ってましたが、体が無いから記憶はないけど、魂に刻まれた情報に非常にクルものを感じたんで、後はこの体にぶつかったのが悪かったのかなとか、生前に私はこれほどの大罪を犯したかな、と不安になる毎日ですが‥‥‥‥‥‥‥‥ブツブツ‥‥‥‥』
異様なテンションで笑いだしたと思ったら、膝を抱えてブツブツと呟きだした。
なんだかこの人、情緒不安定だな。
「あの、とりあえずどれくらい一日寝たらいいんですか?」
『さ、最低でも6時間!』
「却下」
6時間寝るとか、あり得ない。一週間で6時間なら相談に乗れそうだが、一日6時間寝るとか‥‥‥‥子供か。
『せ、せめて3時間で手を打ちませんか!』
「1時間」
『で、ではせめて2時間』
「1時間半」
『ぐっ‥‥‥‥‥‥‥‥わ、かり、まし、た‥‥‥‥』
思いっきり歯を食いしばって、苦悶の表情を浮かべながら、答えていた。
その後、大きなため息をついた後に、気を取り直したようで、表情を元に戻した。
『では、睡眠時間に関してはベースを一時間半として、今後に関しては要相談と言う事で、継続的に根気強く交渉していくことにさせてもらいますが、本題はこちらです』
「こちら?」
『ええ、この世界‥‥‥‥真っ暗ですよね。これいい加減に改善しましょう』
「真っ暗なのが普通ではないんですか?」
『これは貴方が『鬼の力』なるものを使用したことが原因です。正確に言えば、『鬼の力』の意志に飲み込まれていっているからですね。このままでは、宿主は飲み込まれて消滅することになるかも知れませんね』
「えええええ!!」
『危ないんですよ、あの力‥‥‥‥以前は《劫炎》さんの焔で消せましたが、今度はどうなるか分かりません。ですから、ご自分で解除するしかありません』
「いや、でもどうやって解除すればいいのか、分かりません」
『ふむ、ならば使い方を覚えてください』
そう言って、白衣の男は白衣のポケットから一枚の紙を取り出した。
「これは?」
『《劫炎》さんが前回『鬼の力』の意志を焼き尽くした時の術式です。宿主が分かるように報告書形式に纏めておきました。‥‥‥‥宿主がやらかしたとき用に準備しておきました』
「大変申し訳ございません!」
『まあ、一応住まわせてもらってますので家賃分くらいは働きますので。‥‥‥‥ただできれば今後は事前にご連絡いただければ幸いです。あとついでに言っておきますが、私が術式を解析して、それを宿主の技量で再現できる程度に完成度を落とし込むことで他の方の技なり魔術なりを使っております。なので、私の解析に時間が掛かると、再現するまでに時間が掛かりますので、出来れば一つずつにしてください』
白衣の男、いや頼もしき同居人には最早頭が上がらない。
「はい、今後ともよろしくお願いいたします!」
『‥‥‥‥今後が無いようにする努力も最低限してください。それが無理なら最低でも6時間は睡眠を取ってください!』
それはそれ、これはこれと言う事で一つお願いします。
あ、そうだ、先に決めておくべきことがありました。
「貴方の名前は分からないんですよね?」
『ええ、忘れましたので』
「ではなんとお呼びすればいいですか?」
『‥‥‥‥そうですね。敢えて付けるなら『ソフト』とでも呼んでください』
「『ソフト』ですか?」
『ちょうどいいでしょう、宿主が『ハード』、入居者である私が『ソフト』、今の関係性に合っています』
「分かりました。ソフトさん」
『では、早速始めてください、ハードさん』
「はい、では‥‥‥‥うん、わかった。‥‥‥‥これなら体に取り込んだ方がいいか」
『ええ、そうしてください。私が制御はしますので』
ソフトさんが作ってくれた報告書を読んだ見たところ、《劫炎》の先輩の焔を作り方だった、劣化品だが‥‥‥‥まあ、作り方は分かった。
そしてこの焔を作って、精神に影響を及ぼす分だけ焼き尽くせばいいそうだ。体に炉を作るようなものらしい。
しかし、これではまたリソース不足に悩むことになりそうだ、‥‥‥‥だが、この焔はソフトさんが制御を担当してくれるらしい。
つまり、『鬼の力』の発動と焔を作るのは私が担当するが、焔の維持管理はソフトさんが担当してくれるそうだ。そして焔を作った後は、リソースが空く、つまり、
「つまり、これで漸く『鬼の力』を使いつつ、クラフトを使えるんですね」
『まだうまくいくかは分かりませんが‥‥‥‥』
「しかし、これでうまくいったとすると、魔術の方面に手を出した意味はないですね‥‥‥‥」
『いえ、そんなことないですよ。今回の焔の術式は今回の修行の成果が入っております。魔女に弟子入りしていなければ出来なかったことです。それに‥‥‥‥‥‥宿主が8年前の記憶を戻しても大丈夫だと判断できましたので、意味はありましたね』
「‥‥‥‥‥‥そうですね。さて、始めましょうか」
さあ、『鬼の力』を私の糧になってもらうぞ。
□
『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ』
体に意識が戻ってくると、現状は変わらない。相変わらず酷い状況だ、気が変になりそうだ。
今は何とか焔を作らないと‥‥‥‥
『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
あれ、声が収まりだしたぞ。
『宿主、焔を発動するまで、私が保護しましょう。出来るだけ早めに発動して下さい』
おお、助かった、ありがとう、ソフトさん。
『礼は睡眠時間で返してください』
前向きに善処します。
さて、今のうちに‥‥‥‥‥‥よし、大体は出来たぞ。
『では一度、全部焼き尽くします。息を大きく吸い込んで、体内の『鬼の力』を送ってください』
私はソフトさんの指示に従い、大きく息を吸い込み、大きく息を吐く。それを何度も、何度も繰り返す、すると、
『ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥‥‥ヨコセ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
どんどん声が収まっていく。そして遂に‥‥‥‥‥‥晴れた。『鬼の力』が解除された。
『お疲れ様です、宿主。こちらは晴れたましたが、気分はどうですか?』
全く問題なしです。はあ、やっと解放されてイイ感じです。
『そうですか、ではさっさと寝てください。出来れば6時間程』
いや、まだ日が高いんですから、まだまだ寝ませんよ。
それより、早く『鬼の力』を使いましょう。折角ソフトさんが手を貸してくれるんですから、早く始めましょう。
『いやいや、せめて万一の場合に備えて、誰か実力者がいるところでやりましょう。今現在、ここでは暴走したときに止めてくれる実力者がいないんですから、止めましょう。そして寝ましょう、出来れば6時間は』
やたらと睡眠と取るように勧めてくるソフトさん、まだ昼前ですから頑張りましょうよ。
そう、説得していると、背後から声を掛けられた。
「‥‥‥‥ハード?」
「‥‥‥‥リアンヌ様? どうしてここにいらっしゃるんですか」
声のする方を向くと、リアンヌ様がそこにいた。あれ、何でいるんだろう? もうお昼の時間かな。
『‥‥‥‥ええ、今ここに来ますか‥‥‥‥』
「でも、丁度良かった‥‥‥‥」
この状況なら、ソフトさんも文句は言えないだろう。
是非とも、リアンヌ様に私の力を見せたい。
「ハード?」
私は『鬼の力』を発動させた。そして体内、焔を発動させた。
後は任せますよ、ソフトさん。
『はぁ~、分かりました。やりますよ』
体内に起こした焔の操作をソフトさんにお願いすると、確かに『鬼の力』が発動しつつ、理性がある。更にリソースに十分な空きがある。確かにこれなら、クラフトが使える。
「いけない、また暴走しますよ!」
「いえ、大丈夫です。‥‥‥‥『鬼の力』の影響を抑えてくれるそうですから」
『ええ、家賃分は頑張ります。ですから少しは睡眠を‥‥‥‥』
全く、ソフトさんは自堕落だ。隙あらば居眠りに誘ってくるとは、寝る暇が有ったら、他に何かしましょう。
私は何故か、『ハード・ワーク』が槍の形態になっているので、槍を構え、リアンヌ様に誘いをかける。リアンヌ様ならこれで察してくれる。
するとリアンヌ様も槍を構え、私と対峙してくれる。
「何が起こったか、妾にも分らんが、まあ、問題ないならいいじゃろう。丁度良い弟子の力を見せてもらうとするかのう」
師匠が近くに腰を下ろし、私とリアンヌ様の戦いを見届けてくれるようだ。これはヘタは打てないな。
私とリアンヌ様は互いにジリジリと間合いを計る。『鬼の力』は問題ない、クラフトも発動できる。今なら‥‥‥‥届くかも知れない。
「はあああああああっ!!」
「はあああああああっ!!」
互いに槍がぶつかり合う!