―――七耀暦1206年6月15日 隠れ里エリン
『鬼の力』を制御し、リアンヌ様に敗北してから一週間経った。
あの戦いの後、目を覚ますと体中から尋常でない痛みと体の不自由さを感じ、まともに立つことも出来なかった。ソフトさんの提案である『肉体の作り変え』を受け入れた結果、その事態を引き起こすことになったようだ。
だが、私がそんな状態に陥っているとは知らないリアンヌ様と師匠は驚き、何が原因なのか徹底的に調べられた。私はその時は口を動かすこともままならず、真実を告げることが出来たのが3日経ってからだった。その真実を知った二人には説教されることになった。だが、説教されている内容は記憶に残っていない。意識が朦朧としていたのか、聞いていたつもりだったが、何も覚えていなかった。
昨日からは体を動かせるようになり、自分で歩行訓練を行い、自身の体の調子を確かめた。結果は‥‥‥‥相当悪かった。
体力面ではおそらく平常時の3割程だろう。全身の筋肉、骨から軋むような痛みとそれに付随した呼吸の荒さから発揮できるのは精々3割という結論を出した。
思考面は問題なさそうだ。多少の回転の悪さがあるが、そこまで支障はない。これは寝過ぎが原因だと思われる。やはり寝過ぎはいけない。
とりあえず、傍目には私は普通の状態まで回復した様に見えるだろう。多少の痛みが走っても顔を歪めずに済むだろう。これなら仕事中に迷惑をかけることはないだろう。
それにもうすぐ第三の実験が行われる。リアンヌ様に鉄機隊の三人も忙しい中、私の下に顔を出してくださっている。これ以上の負担をかける訳にはいかない。そのことをリアンヌ様にお伝えすると、困った顔をしながら、了承してくださった。
そして本日、私は復調したと言い張り、エリンから巣立つことにした。
ここエリンに来たのは魔女の修行、そして最終目標は『鬼の力』の制御であった。その目標を果たした以上、これ以上ここに留まる理由はない。ここにおいてくださったのは師匠のご厚意によるもの、私の体調が思わしくないため、静養させていただいていたのだ。私が回復した、と言い張ればここにいる理由はない。
お世話になった里の方々に挨拶周りを行い、最後に師匠にお礼を申し上げている。
「師匠、大変お世話になりました」
「うむ、これからも精進するんじゃぞ、弟子よ」
今日までお世話になった師匠にご挨拶をすると、これからも頑張るように言われた。
もちろんこれからも頑張ります。折角師匠の下で学んだ魔法とお茶の入れ方、日々技術の向上に勤しみます。
「さあ、行きますよ、ハード」
「はい、リアンヌ様。では師匠、これで失礼いたします」
私は最後に師匠に一礼し、その場を後にしようとした。
「そうじゃ、弟子。少し待て」
師匠に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「おぬしの弟子入りの対価、その話を忘れておったわ」
そうだった、最初に弟子入りするときの対価の話をしていた。だがその場では決まらず、今の今まで先延ばしになっていた。
教えを請うた以上請求されるのは当然の事だ。
「実は今も決め兼ねておっての、じゃから‥‥‥‥弟子よ、妾はお前さんへの貸しを一つ与えておく。じゃから弟子は妾の頼みをいつか聞いてくれ」
「‥‥‥‥え、そんな事でいいんですか?」
実質保留ではないのか、この対価は?
私がクビを傾げていると、師匠が説明をしてくれた。
「まあ、今は別になんもいらんのでな。ミラを貰っても困る。じゃから困ったときに使うことにしたわ」
「ああ、そう言う事ですか。分かりました、このハード・ワーク、受けた御恩は必ずお返し致します」
「うむ、期待しておるぞ」
師匠は最後に手をお出しになられたので、私はその場に片膝をつき、その手を握った。
大変お世話になりました。
□
―――七耀暦1206年6月15日 ブリオニア島
私はリアンヌ様とエリンを後にした後、転移でここ、ブリオニア島にやってきた。
「お待ち申し上げておりました、マスター」
「デュバリィ、ご苦労様です。首尾の方は?」
「万全ですわ!」
「そうですか。ありがとうございます、デュバリィ。ハード行きますよ‥‥‥‥大丈夫ですか?」
リアンヌ様は心配そうに私の顔を見ている。
「‥‥‥‥ええ、大丈夫です」
出来るだけ平静を装った。顔は引きつっていないだろうか、反応は鈍くなかっただろうか、それを気にしていた。
「‥‥‥‥全く、意地を張るのも大概にしなさい」
だけど、わかりやすかったのか、直ぐにバレた。
リアンヌ様は私を補助する様に、肩を貸してくださり、そのままブリオニア島の奥に足を進めた。すると島の奥地には遺跡があり、その中に進んでいく。
かつての内戦中にこの島に来たことがあった。その時には大きな石の巨人があったが、こんな遺跡は無かった気がする。
「どうしました、ハード?」
「‥‥‥‥以前、この島に来たことがありましたが、その際にこんな遺跡は見つけれませんでした。こんな遺跡があったのなら、気が付くと思いまして‥‥‥‥」
「この遺跡は特殊な仕掛けがしてあって、その仕掛けを解除しない事には現れません。古の時代の遺跡ですから」
リアンヌ様に説明して頂き、なるほど、と合点がいった。リベールの空中都市、クロスベルの大きな樹、そしてリィンが駆る《灰の騎神》等、この世界には不思議なことが一杯だ。
そのまま、奥地に進むと、其処には‥‥‥‥
「アレは‥‥‥‥神機、ですか?」
「神機アイオーンTYPE-αII、最後の神機だよ」
「カンパネルラさん」
「やあ、久しぶりだね。ハード君」
私の言葉に答えたのは、カンパネルラさんだった。そして、更にもう一人が現れた。
「よう、久しぶりだな。ハード」
「《劫炎》の先輩、お久しぶりです」
クロスベルから帰還して以来の再会だった。
‥‥‥‥久しぶりに会ったからなのか、異様な圧を感じる。これまでは感じなかったのに、《劫炎》の先輩の中から、この世を全て焼き尽くすような熱量を感じる‥‥‥‥気がした。それに《劫炎》の先輩と私の間に感じる力の差が分かった気がする。遠い距離を、一月前よりもずっと遠くに感じる。
私は、ただその場に佇んでいるだけの《劫炎》の先輩に圧倒された。今までこんなに差を感じたことはなかった。魔法を学び、近づけたと、無意識に思っていたかもしれない。だがそれはただの思い上がりだったと思い知らされた。だが、それが分かっただけでも師匠に弟子入りした甲斐があったと思った。まだまだ精進が必要だと改めて理解した。
そんな私の心情など知らない《劫炎》の先輩は私をじっと見てくる。
「お前‥‥‥‥また何か始めやがったな。その体‥‥‥‥一月前のクロスベルの時とは違うな。今も変わって行ってやがる。それに、以前はボヤっとしてたが、今ならハッキリ感じるぜ。お前の中にいる奴の存在を」
どうやら観察していたようだ。ただ見ただけで、そこまで分かるものなのか。
「流石《劫炎》の先輩、一目で見抜かれましたか」
「ああ、体の方は何をやっているのか分かんねえが、お前の中にいるのはよく分かるぜ。俺と同郷‥‥‥‥其処までは分からねえが、それでもこの世界のもんじゃねえ。‥‥‥‥ま、その内ゆっくり話しようや。今はとりあえず体を良くしろや。俺の焔で治してやることも出来るが、お前も使えんだろう。そのお前が使ってないってことは、治すとまずいもんなんだろう」
「ええ、そうです。これから約一月程かけて、体を作り変えないといけませんので」
「ま、お前のやることに一々とやかく言うつもりはねえが‥‥‥‥隣の《鋼》が怒らねえ範囲で抑えとけよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
私は《劫炎》の先輩の言葉に沈黙した。私が沈黙していると、支えてくれているリアンヌ様が溜息をつきながら、
「そこはせめて、口だけでも『はい』と言って欲しいのですが‥‥‥‥」
「‥‥‥‥申し訳ありません」
私は出来ない約束はしない主義だ。それにリアンヌ様が怒る範囲が分からないので、それに答えることは出来なかった。
「さて、デュバリィ。例のモノは?」
「こちらですわ、マスター」
「では、行きますよハード」
「あ、はい。では《劫炎》の先輩、カンパネルラさん失礼します」
「おう、またな」
「じゃあねぇ」
二人はそのまま遺跡の外に向かって行った。私はリアンヌ様に連れられ、神機が置かれている場所から更に奥の方に進む。すると其処には、この場に似つかわしくないモノが置かれていた。そのモノとは‥‥‥‥ベッドである。石造りの遺跡に今帝都で大人気のベッドが置かれているのだ。とてもこの場にミスマッチな状況を作り出している。
「何故この場所にこんなものが?」
「貴方のために用意させました」
私はリアンヌ様にゆっくりとそのベッドの上に置かれ、寝かされた。
「貴方が最後の実験に参加すると言うので、急遽デュバリィ達に用意してもらいました。今は体が思わしくないのは、見ていれば分かります。それに貴方も言いましたが、睡眠が必要だと言う事もよく分かります。ですが‥‥‥‥貴方は言うことを聞きません。特に睡眠に関しては、全くと言っていい程信用が出来ません。なので、貴方を監督することにしました。デュバリィ、アイネス、エンネア」
「「「はっ!」」」
「ハードが大人しく寝ているか、監視をなさい。何か問題が起こればすぐに報告を」
「はい、マスター。お任せください」
デュバリィさん達、鉄機隊が私を監視するそうだ。‥‥‥‥どうしてこうなった。だが、
「‥‥‥‥‥‥‥‥zzz」
残念ながら意識を保っているのは限界だった。ここまでご迷惑をおかけするんだったら、《結社》に帰れば良かったか。
私は意識が落ちる直前まで、そんな事を考えていた。
side デュバリィ
「大人しく寝てくれましたか。全く‥‥手の掛かる子です」
困った様に言いながらも、マスターは慈母の様な顔で、ハードを見て、微笑んでおられた。
手が掛かると言うのには、酷く同意出来ますわね。起きていると何をしでかすのか分からず、御守をしなくてはならない私からすると、このままここで大人しく寝ててほしいものですわ。
「では、私達は行きます。後の事は頼みます、デュバリィ」
「はい、お任せください、マスター」
そう言ってマスターはアイネスとエンネアを伴って、その場を後にした。そして、私は一人、ハードの傍に椅子を置き、腰かけた。
その場にはハードの寝息しか音がしなくなった。
「zzz‥‥zzz‥‥zzz‥‥zzz」
「全く、こんな場所で良くここまで眠れますわね」
私は椅子に座りながら、ハードがここに運び込まれた経緯を思い出していた。始まりはハードの秘密が明かされた一週間前の事でした。
一週間前、ハードの身辺調査の結果が使徒の方々に知らされた。
マスターはその情報を持って出かけられた。ハードの下に、ローゼリアさんの下に行かれたようでした。
ハードに興味を持ったのは使徒第三柱、第六柱の二人、それ以外の使徒の方々はさしたる興味を持たれていない様でした。使徒第三柱マリアベル・クロイスはハードがホムンクルスという点に、使徒第六柱ノバルティス博士はハードが教団での被験者という点に、強い興味を持ったそうですわ。
興味を持った二人はハードを自分の下に、と盟主様に進言したところ、断られたそうだ。道化師の話によると、
「執行者《社畜》はこのまま、《鋼》の下に置きます。来るべき時のために」
盟主様がそうおっしゃったそうだ。ハードがマスターの下に置かれることには、安堵しましたが、来るべき時とは何のことでしょう、そのことが気になった。そして、私は一体何故、ハードがマスターの下に置かれて安堵したんでしょう、そのことも気になりましたわ。
その後マスターがお戻りになられ、ハードが引き続きマスターの下に置かれたことに大層喜ばれていた。ただ、時折自身の左脇腹に手を置かれ、気にされる動作をされていたので聞いてみたところ、
「ハードに敗れました。私もまだまだ未熟ですね」
嬉しそうに自身の敗北を話された。
‥‥‥‥敗れた、誰が?‥‥‥‥マスターが?‥‥‥‥ハードに?
あの時は理解できませんでしたわ。まあ、それは置いといて、次の日にはマスターがハードの下に行かれた際に、私も同行したんですが、その時のハードは酷い有様でしたわ。
体は痙攣していて、呻き声を上げていて、まともに言葉も発せない状況でした。ローゼリアさんが魔法で無理矢理痛みを消し、眠らせてましたわ。それでも、時折魔法が解けると、同じ様に痙攣と呻き声を上げてました。マスターもローゼリアさんもハードの事を非常に心配しており、マスターはハードの下で看病をされていましたわ。私たちも時間帯で交代しつつ、様子を見ておりました。
それから三日ほど経つと、ハードの様子も落ち着きだし、話せるほどになりました。そして何故このような状況になったかとハードの口から聞かされました。
自身の体を『鬼の力』に対して抵抗出来るように作り変えていること、その期間がおよそ一月掛かると言う事をハードの口から聞かされました。
それを聞かされた後、私は恐怖しました。ハードの異常性は今更なので、そのことはさして気にしていません。またやらかしやがりましたわ、くらいにしか思っていませんでした。ですが、病気なのか何なのか調べ、必死で看病していたお二人は、その話を聞いて、プチッ、と何かが切れた音と共にマスターから金色の闘気が溢れだし、ローゼリアさんから紅い魔力が溢れだしたからです。
マスターはその金色の闘気を纏いながらハードに優しく話しかけました。
「ふふふ、ハード、いいですか、こんごは、ちゃんと、わたくしに、じぜんに、はなしておくんですよ。そうじゃないと‥‥‥‥‥‥‥‥おこりますよ」
「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました」
「えらいですね。ちゃんとわかりましたといえましたね」
「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました」
「ええ、それでいいのです」
「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました‥‥‥‥zzz」
ハードは眠りにつきました。先程のマスターとの会話を覚えているのか甚だ疑問ですが‥‥‥‥ただ、
「はぁ~、本当にこの子は‥‥‥‥そう言ったことは事前に言っておいて欲しいものです」
「全くじゃ」
私は御二方から溢れだす闘気が収まったことに安堵いたしましたわ。全く、どうして私ばっかりこんな目に‥‥‥‥
その後、私はマスターからあることを指示されました。
「デュバリィ、今後のために用意しておいてほしいものがあります。おそらくハードの事です、この状況が収まりだした頃に、最後の実験に参加すると言い出すことでしょう。本来なら認める訳にはいかず、《結社》で休ませておくべきでしょう。ですが、今は‥‥‥‥博士とマリアベル嬢がハードを狙っていることでしょう。あの二人は好奇心の塊です、ハードに接触を図ってくるかもしれません」
「ですが、盟主様よりハードはマスターの下に、と仰られたと‥‥‥‥」
「ええ、確かに。盟主の指示でハードは私の下に置かれました。ですが、置かれただけで接触を禁止された訳ではありません。こんな状態のハードを一人で置いておいてはあの二人が動かない訳がありません。回復するまでも、回復した後も私の傍に置きます。そのためにも、ハードが休める場所を用意しておかなければなりません」
「マスター、分かりましたわ。私にお任せ下さい」
私達鉄機隊がブリオニア島の遺跡内にベッドを運び込み、休める環境を作り終えたところ、マスターから連絡がありました。‥‥‥‥ハードの行動は見事にマスターの予想通りでした。用意したものが無駄にならなくて良かった気がしますが、もう少し自分を大事にしなさいと言いたい気がするような、何ともよく分からない気分ですわ。
「zzz‥‥zzz‥‥zzz‥‥zzz」
「しかし、良く寝てますわね」
まあ、寝ている分には迷惑は掛からないのでいいのですけど‥‥‥‥しかし、
「なんで、こんなに人望があるんでしょう?」
私は自分の後ろに視線を送ると‥‥‥‥フルーツの盛り合わせ、花などのお見舞いの品が届いていました。大半は魔女の里で渡されていたもので、後は《結社》内で渡されたものでした。送り主は使徒の第三柱、第六柱にマクバーンとヴァルター、シャーリィ、それ以外にも道化師が持ってきたものもありましたわね。
‥‥‥‥第三柱、第六柱は下心が見え隠れている気がしますわね。これを機に、接触を図ってきそうですわ。執行者はマクバーンはお酒、ヴァルターもお酒、シャーリィもお酒、全員自分が好きな物を送ってますわね。‥‥‥‥後で飲みに来そうですわね。それ以外にも、色々届いていますわね。後は‥‥‥‥書類。確か道化師のおもちゃにされていた男が、ハードに絶対に渡せ、と言いながら押し付けてきましたわね。確かクロスベルにハードと一緒に行っていた男でしたわね。‥‥‥‥可哀想に、きっとツライ目に会ったことでしょう。苦労が顔ににじみ出ていましたわね。
さて、ここでじっとしているのも暇ですわね。剣の鍛錬でもしていましょう。‥‥‥‥あまり音を立てては、起きてしまいますから、静かに行いましょう。
私は剣の鍛錬を行いながら、ずっと考え事をしていました。
‥‥‥‥マスターにハードが勝ったとは‥‥‥‥悔しい気持ちですね。敬愛すべきマスターに傷を負わせたこと、そんな事ではなく、剣士として先を行かれたことがとても悔しい。初めて合わせした時、研修所で手合わせしたのが最初でしたわね。あの時は私が完勝しましたわ。まだ学生上がりで、《灰の騎士》リィン・シュバルツァーよりも弱かったと思います。でも、次に手合わせしたとき‥‥‥‥確かに強くなっていた。私の戦い方を見て、学び、覚え、研究し、そして私に敗北を教えた。あの時から、私はハードを明確な好敵手として認めたのかも知れません。
それからもドンドン、ハードは強くなっていきました。そして遂にマスターにさえ、勝ってみせた。私には届かない程に強くなっていった様に思えた。‥‥‥‥だけど、どれだけ負けても、何度打ちのめされても、私が折れることは決してありません。私の剣はマスターから教わったもの、私は鉄機隊筆頭隊士、マスターの御傍にいる者。これからもマスターの御傍にいるためにも、もっともっと強くならなければ‥‥‥‥
ハード、何時か必ず、貴方から一本取って見せますわ。
それから、時間になるまで自己鍛錬を続けた。ハードは尚も寝続けた。
side out
ありがとうございました。