社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第三十五話 負けたくない

―――七耀暦1206年6月19日 ジュノー海上要塞

 

 リアンヌ様が兜面を外された。結社内―――私や鉄機隊の三人といるときは外されているが―――本来はリアンヌ様が認められた強者のみが拝謁することが出来る素顔、それを私の不甲斐なさにより晒してしまった。

 仮面を外したリアンヌ様の素顔を見て、周囲からは感嘆の声が漏れる。だが、その声が漏れる事は私の不甲斐なさを嘲笑うようなものだ。私が、もっと強ければ、リアンヌ様の兜面を外すことはなかった。‥‥‥‥だが、今の私にはジッと耐えるしか出来ない。己の不出来を嘲笑われても、リアンヌ様の期待に応えられなくても‥‥‥‥全ては私が弱いからだ。ならば、この屈辱をバネに更に強くなるのだ、オーレリア・ルグィン殿、《劫炎》の先輩、そして、リアンヌ様よりも、強くなるんだ。私は拳を握りしめ続けた。

 

「オーレリア将軍、我が弟子との手合わせ、応じていただき、感謝致します」

「フフ、殿方からの熱烈なお誘い、応じねば淑女としての名折れだ。それに、貴殿との戦いの前の、軽い前菜のつもりだったが、実に美味であった。あれほど素晴らしい前菜、これまで味わったことはなかった。ならば、メインはどれ程素晴らしいのか、興奮が収まらん」

「フフ、ご期待のお応え出来ればいいのですが」

 

 二人から黄金の闘気が溢れだす。‥‥‥‥凄まじい闘気に周囲は圧倒される。

 リアンヌ様とも、オーレリア殿とも、戦ったことがある。だからこそ分かる、まだ本気は出していない。互いに出方を伺っているのだろう、それゆえの抑え目な闘気ということなんだろう。

 なるほど、いきなり全力ではなく、段階的に相手に合わせ、力量を上げていくということをされているんだな。私の様に常に全力では、重要な時に全開を発揮できないことがある、今後はこういう戦い方を覚えなくては、更に上にはいけなんだな。‥‥‥‥よし、後の戦いは残りの力、全てを発揮するつもりだったが、相手に合わせて徐々に力を増していこう。そうすれば、この足でも戦える。

 今日は足に力が入らなかったが、先程の戦いの影響か、動きが悪くなった気がする。気にはならないが、若干の違和感がある。この影響も考慮して、余裕を持った戦い方をしていこう。

 

「デュバリィ、アイネス、エンネア」

「ハイ、マスター!」

「全力を出すことを許します」

「イエス・マスター!」

 

 リアンヌ様からの指示が鉄機隊の三人に下された。

 

「‥‥‥‥《社畜》」

【はい】

「貴方に言うことはただ一つ‥‥‥‥無理はしないでくださいね」

【‥‥‥‥御意】

 

 どうやらバレているみたいだ。それを見越して、釘を刺されたか。分かっております、此度はお守りします。私が更に成長するためにも。

 

「はああああああああっ‥‥‥‥!!」

「おおおおおおおおおっ‥‥‥‥!!」

 

 リアンヌ様とオーレリア殿が闘気を纏い、槍と剣がぶつかり合い、それに呼応して鉄機隊はサラ教官、ガイウス、ユーシス、ミリアムと戦いが始まった。そして‥‥‥‥

 

【やはり、私と戦うのは、お前か‥‥‥‥リィン・シュバルツァー】

「ああ、お前の相手は俺だ、《社畜》!」

【フフ、サザーラントで一度、クロスベルで二度、我に敗北しているというのにそれでも尚挑むか】

「ああ、ここまで三度やり合って、一度として勝てなかった。だが、今度こそ、お前を倒す!」

【フフ、言うじゃないか。いいだろう、さあ、始めようか!!】

 

 私は闘気を漲らせ、その場に構えた。だが、リィンは構えていない。先程の問答の際には十分に闘気に満ち溢れていたというのに、一体どうしたと言うのだ。

 

「‥‥‥‥その前に一つ、お前に聞きたいことがある」

【‥‥‥‥何だ?】

 

 リィンは私に聞きたいことがある、と言い出した。今更何が聞きたいんだ?

 

「‥‥‥‥お前はどうして仮面を着けている? その下の素顔は一体誰なんだ?‥‥‥‥もしかして、俺が知っている奴なんじゃないのか!?」

【‥‥‥‥それを知ってどうする?】

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 リィンが押し黙った。出来るならば、この仮面は外したくない。だがそれと同時に思った、いい機会なのかもしれない、と。私は仮面に手を添え、仮面を着けた理由を思い返してみた。

 最初は恐怖からだった。もし、私の素顔が露わになれば、かつての同窓、トールズ士官学院の仲間達との縁が切れる。折角出来た繋がり、私にとっての居場所、それを失いたくなかった、執着した。だが、本当にそうだろうか、もし私が心底から、かつての友たち、トールズの仲間達が大事であれば、彼らとの縁を大切にしたいのであれば、敵対するとわかった時点で《結社》を去れば良かった。なのに、そうしなかった。

 私にとって、《結社》は‥‥‥‥居場所になりつつあった。まだ所属して、わずか1か月程度だけだった。だが、《結社》では私は、ありのままの私でいられた。力を全開で振るうことも、未知の事を学ぶことも、強い人に全力で挑んで負けたことも、全て出来た。

 トールズ士官学院にいた時は、愉しかった。だけど‥‥‥‥何処か窮屈さを感じていた。

 私は、最早普通の人達とは一線を画している。身体能力も頭脳においても、何かしら加減しなくてはならない。それが酷く窮屈で、何処か申し訳なく感じた。私の行動が彼らにとって異常な行動に映っても、私にとってはそれが普通だった。彼らがどれほど努力しても、私にテストの点で並ぶことは出来ても、越えることは出来なかった。なぜなら、全て満点を取ることが出来たからだ。それが望んで得た力でないにしろ、そんな力で人の上を行っていることに、申し訳なかった。

 でも、トールズにいた時に、得難い出会いは多くあった。トワ会長、生徒会の仲間達、多くの同級生、そして初めて親友と呼べるものと出会った。その出会いは、空虚だった私を変えてくれた。だからこそ‥‥‥‥トールズの縁を切ることは出来なかった。

 当時の私の中にあった結論はただ一つ‥‥‥‥天秤にかけたのだ、良い方に着こうと、己にとって利になる方に、着くために。トールズか《結社》か、どちらが私にとって良いか、考えていた‥‥‥‥のかもしれない。ただ、咄嗟に仮面を被って、私だと分からない様にしたのは、そんな打算があったんだと思う。

 あれから、2か月が経った。今の私はあの時の私ではない。頼れる先輩達が、共に戦う仲間がいて、教え導いてくれる師を得た、今の《結社》こそ、私がいたい場所だ。

 今更顔を隠す理由は無いのかも知れない。

 

【知りたいならば‥‥‥‥私を倒してみろ。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。私が敗北し、この仮面を失うか、それともお前が敗北し、私の素顔を見る機会を失うか‥‥‥‥道は己の手で切り開け】

 

 もしリィンが私を倒せたならば、外してもいい。勝者の権利だ、好きにすればいい。だがな、私にも意地がある、誇りがある、責任がある。そして何より、お前には‥‥‥‥負けたくない。

 

「分かった。ならば俺が勝ったら、その仮面を外してもらうぞ!」

 

 リィンは太刀を私に差し向け、宣言した。ならば、私も応えよう。

 

【ふっ、いいだろう。さあ、来るがいい!】

 

 私は闘気を抑えめに発し、リィンの出方を伺うことにした。

 対して、リィンは、

 

「はあああっ、『神気合一』!」

 

 いきなりのトップギアか。ふ、楽しませてくれる。

 私はまたも仮面の下で、笑った。どうやら本格的にバトルジャンキーに変わりつつあるようだ。まあ、悪い気はしないな。

 

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 神気合一を発動させた俺は、全力で最速で《社畜》に斬りかかる。

 

「はあああっ!!」

【ふん!】

 

 俺の太刀筋に合わせて、《社畜》は槍を使い、受け流した。

 

【どうした、昨日もリアンヌ様に同じ様に受け流されていたな。‥‥‥‥まるで成長していない、な!】

「くっ!」

 

 確かにそうだ。昨日も《鋼》に受け流されたが、それと同じ様に受け流された。そして槍を薙ぎ払い、強烈な一撃が俺を襲う。俺はそれを後ろに飛んで威力を殺したが、それでもなお威力が殺しきれず、後ろに吹き飛ばされた。

 《社畜》の技量が《鋼》程でないにしても、俺の剣は《社畜》にも届かないのか。いや、一度距離を取って、相手の出方を伺おう。

 俺は薙ぎ払われたことで、距離が出来たことで次点の対応を取った。以前なら《社畜》は距離を詰めに来た。今回も同じはずだ。距離を詰めに来たところをカウンターを狙う。俺は後ろに飛ばされながら、カウンターを取れるように備えた。

 だが、《社畜》は一歩も動かなかった。

 

【‥‥‥‥どうした、私はここから今だ一歩も動いていないぞ。それにお前はこの距離で戦えるのか?】

「ッ!」

 

 確かにそうだ。俺の遠距離攻撃は『緋空斬』くらいしかない。だが、それは社畜も同じはずだ。これまで転移は使ってきたが、遠距離からの攻撃は‥‥‥‥

 

【来ないならばこちらから行くぞ!】

 

 《社畜》は左手を空にかざすと、そこに無数の剣が出現した。

 

【いけ、『イクリプスエッジ』】

 

 《社畜》が左手を振り下ろす。すると、無数の剣が俺に襲い掛かってきた。

 

「チィッ!」

 

 俺はその剣を躱し、直撃しそうな場合は太刀で弾いた。だが、一度防いでも、それで攻撃が終わらない。

 

【ほう、防いだか。ならば‥‥‥‥3倍ならばどうだ!】

 

 《社畜》の宣言通り、先程防いだ数の3倍の剣が出現し、俺に襲い掛かった来た。

 

「くっ!」

 

 先程よりも多くの剣に躱しきれず、弾ききれず、いくつか被弾してしまう。一度攻撃が止んだと思ったが、更に追加攻撃が襲い掛かってくる。俺は防戦一方の展開を強いられていく。

 近接戦では不利だと思ったが、遠距離だと更に不利だ。もう一度距離を詰めるしかない。

 俺は攻撃が止むのを待った。するとすぐに攻撃が途切れ、スキが出来た。だが、

 

【ふむ、動かないか。ならば‥‥‥‥これならどうだ】

 

 そう言って、《社畜》は右手に持った槍を消し、代わりに現れたのは‥‥‥‥バズーカ砲だった。

 

「なっ!」

【喰らえ!】

 

 《社畜》はバズーカ砲を構え、発射した。

 独特の発射音と共に、射出された弾頭が俺に迫ってくる。

 

「はっ!」

 

 俺はその射線から全力で避けた。弾頭は俺がいた場所の後方に着弾し、ドガァァァァン、という爆発音が鼓膜を襲う。だが、その爆音にかき消されながら、聞こえてきたのは銃声だった。

 ダララララララッ、という連続した銃声に俺は反射的にその場を飛んで避け、そのまま《社畜》を中心に円を描く様に走っていた。俺の対処は正解だった。見れば《社畜》はバズーカ砲から、マシンガンに持ち替えていた。

 

【さあ、どうする、リィン・シュバルツァー】

 

 俺を試すように、攻撃を続ける《社畜》。

 ‥‥‥‥もう、迷ってなどいられない。一瞬の躊躇いが死につながる。《社畜》がハードじゃないのか、何て事、考えている余裕はない。

 俺は決死の覚悟で、銃弾の中を走り抜けていく。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 多少の被弾はやむを得ない、だから致命傷になりかねない銃弾のみに集中し、防御しつつ距離を詰めた。不思議なことに、頭や胸といった急所には銃弾が迫ることはなかった。

 

「弐の型『裏疾風』!」

 

 俺は《社畜》を射程圏内に捉え、《裏疾風》で斬りかかった。

 

【ほう、漸くか】

 

 《社畜》は構えていたマシンガンを投げ捨て、再度槍を構え、俺に向かって連続の突きを放ってきた。

 

【はああああああああ!!】

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 互いの攻撃が斬り結ばれた。俺は《社畜》の連続突きを回避したが攻撃は届かなかった。だが、俺は《社畜》の背後に回ったことで、更なる追撃を放った。

 

「はああああああああ!!」

【甘いわ!】

 

 俺は背後に回って放った一撃を《社畜》はその場で回転し、放たれた槍の薙ぎ払いがぶつかり、拮抗した。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

【ほう‥‥‥‥やるじゃないか。ならば‥‥‥‥少し力を出すか】

 

 そう言った《社畜》は黒い闘気を身に纏い、力が更に増した。

 くっ、押し負ける。

 

【ハアアアアアアッ!!】

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺と《社畜》の撃ち合いは更に力が増した《社畜》に押し負け、俺はまた吹っ飛ばされた。

 直撃でなかった、全力の撃ち合いの末押し負けた一撃、そこまで威力を弱まったというのに、それでもなお俺を吹っ飛ばす破壊力は俺に大きなダメージを与えた。今の一撃で『神気合一』を維持できなくなった、ダメージの大きさに、意識が飛びそうになっている。

 周囲を見渡すと、分校長と《鋼》の戦いは拮抗状態だ。他のみんなは鉄機隊との戦いで手一杯だ。‥‥‥‥もしここで俺が倒れれば、《社畜》は鉄機隊の援護に向かうことになる。そうなれば、俺達の敗北は必至だ。ここで倒れる訳には行かない。

 だが‥‥‥‥どうすれば勝てる。《社畜》は力も技量も上だ。その上、多彩な攻撃手段を持っている。俺には無理なのか‥‥‥‥

 俺は失意のどん底に堕ちていくような感覚に陥った。意識を失いそうになった時、師匠からの手紙を思い出した。

 

 

 エリゼが届けてくれた手紙――――ユン老師からの手紙は、老師が共和国に旅立つ前に俺に宛てたものだった。その手紙は俺の悩みを見ているかのような文面だった。

 

 『《七の型》―――無明の闇に刹那の閃きをもたらす剣。その極みは他の型よりも遠く、おぬしが『理』に至れるかは分からぬが‥‥‥‥それでもワシは10年前、『最後の弟子』としておぬしを選んだ。カシウスでも、アリオスでもなく‥‥‥‥《八葉》を真の意味で完成させる一刀としておぬしをな。激動の時代において刹那であっても闇を照らす一刀たれ』

 

 そう書かれていた。そして最後に、クロスベルに向かう際に出会った人の事が書かれていた。

 

 『クロスベルで列車を乗り換えるまでの間、リィンと同じ年頃の者と出会い、話を交わした。その者はとても強い意志を持つ、悲しい目をした青年だった。この世の全てに絶望し、己を顧みることをしなくなった者の目だった。かつてのカシウス、アリオスのように大切な者を失った者の目だった。だが二人とは全く違う、二人にはまだ残っていた、大切な者が。きっとあの青年にはもうなかったのだ、代わりとなる大切な者が。その青年を見た時、リィンの事が酷く心配になった。お前は自分の事を軽く考え過ぎている。お前が大切に思う者は、お前を大切に思ってくれている。なのに、それに気づかず、顧みず、自分を犠牲にする、そんなところがある。リィン、お前は生きることをあきらめるな。己を顧みるんだ。お前はまだ、何も失ってなどいない。その青年を見て、何時かお前がそうなるんではないかと、不安に感じた。だから、こんなことを改めて書いた‥‥‥‥最後に一つ、ワシにはその青年とリィンが戦う光景が見えた。いずれ出会う、好敵手となるだろう。もしお前が、ワシが出会った青年に出会ったならば、頼むのは酷だと思うが、お前の手でその者の闇を晴らしてやってくれ』

 

 手紙の締めくくりに書かれている、その青年が誰かは分からない。‥‥‥‥だが、不思議と老師の言う青年の姿が頭に浮かび、その人物は俺の中のある人物と重なったがすぐに靄が掛かった様に、分からなくなった。

 

 

 ‥‥‥‥一瞬、意識が飛んでいたのか。だが、状況は変わっていない。皆はまだ無事だし、分校長と《鋼》との戦いは続いている。《社畜》もまだ動きを見せてはいない。

 

【さて、どうする、リィン・シュバルツァー。そこで惨めに這いつくばるか、それとも無駄な抵抗を続けるか。‥‥‥‥我はどちらでも構わん】

 

 俺はその場に立ち上がり、剣を構え、息を整える。ダメージが大きいため『神気合一』は使えない。だが、俺の剣は、俺の《八葉》は、そんなものなくても戦える。

 無明の闇に刹那の閃きをもたらす《七の型》、俺が老師から授かった、俺の《八葉》、今それを見せてやる。

 

「八葉一刀流《七の型》『無』」

 

 

side out

 

 

 リィンが漸く起き上がった。やれやれ、相手に合わせて力を出していく、というのも中々厄介なものだな。

 最初はただ払っただけだったのに、随分と飛んで行くし、その後も中々攻撃に来ないから、適当に『イクリプスエッジ』で攻撃してみたが、途中で魔力を使い過ぎてる気がしたので、何か攻撃する方法を考えていたら、クロスベルで買っておいたバズーカ砲とマシンガンを思い出したので、それに切り替えた。

 ギルバート先輩から届いていた報告書を読んでおいたので、私用の大型輸送車の位置は分かっていた。其処に置いておいた武器類を転移で持ってくるのは容易だった。‥‥‥‥一月放置していたので、弾薬が湿気っていないか不安だったが、まあ問題なく使用出来たので安心した。ただ在庫が減ってしまったので、またクロスベルに行った際には買っておこう。

 それで漸くリィンも斬り込んできてくれたので、そこからは近接戦に移ったが、一合目は互いに有効打にはならず、二合目で鍔迫り合いになった。だが、私の方が力は上だが、今日は足に力が入らないので、『黒の闘気』で上乗せして強引に力比べに勝った。リィンは私に力負けして、一転二転して、地に倒れ伏した。それで終わりだと思った。後は鉄機隊の三人の援護に回り、其方を片付けた頃にはリアンヌ様とオーレリア殿の戦いもリアンヌ様の勝利で終わっていることだろう。そう思っていた‥‥‥‥だが、リィンは立ち上がった。

 

「八葉一刀流《七の型》『無』」

 

 リィンはその場から、勢いよく、またも斬りかかってきた。私は先程と同じ様に迎え撃つ構えを取った。リィンの動きは先程よりも、ずっと遅い。『鬼の力』を発動していないからだ。この分では力も先程よりもないだろう。やれやれ、拍子抜けだ。

 私はリィンの動きに合わせ、カウンターの要領で槍を放った。確実に捉えた一撃、必中の一撃だった。だが、

 

【なにっ!?】

「‥‥‥‥」

 

 私の攻撃はリィンに当たらず、リィンの攻撃は私に当たった。

 バカな!? 確実に捉えたはずだ。リィンの動きに合わせて槍を放った。なのに‥‥‥‥当たらなかった。目算を誤った!? 私の動きが鈍かった!? 何故だ、何故だ、何故だ‥‥‥‥何故だ!?

 

【どうしてお前はそこにいる!?】

 

 私はリィンに向かって槍を放つ。全力のスピード共に『黒の闘気』を纏った、今出せる全力の一撃だ。現状の私ではこれ以上の一撃は放てない、これならば‥‥‥‥

 

【バカな!?】

 

 またして当たらなかった。いや‥‥‥‥外した?‥‥いや違う‥‥外された。

 リィンの動きは凄くゆっくりだ。だというのに当たらないのは、私の攻撃を読んだのか‥‥‥‥いや、私がリィンの動きを、気配を、存在を、読めていないからだ。

 ‥‥‥‥よくよく気配を探ってみれば、その気配は酷く‥‥‥‥希薄だ。まるでその場にいないような感じだ。‥‥‥‥ん? そう言えば、以前こんな感じの人がいたような‥‥‥‥ああそうだ、あの時の御老人だ。

 クロスベルへの道中で出会った御老人は、まるで空気の様に自然に溶け込んでいた。リアンヌ様や《劫炎》の先輩の様な圧倒する存在感ではなく、ごく自然な存在感、まるで自然そのものの様な存在、当時はそう思っていた。そしてその時思ったのが、『私が戦えば、何をされたか気づくこともなく、敗れるだろうな』という思いだった。今の眼前のリィンはあの時の御老人を思い出させる。そして、別れ際の言葉を今、思い出した。

 

『青年、お前さんにはいくつもの道が出来る。それは誰かと歩む道、多くのものと歩む道、独りで歩む道、いくつもの道がある。そのとき、青年の前に立つのは、いつも同じ者だ。そのものは青年にとって、人生を変える者だ。きっとそう遠くないときに再び出会う。その時は、頭で考えるよりも心の赴くままに答えを出すといい』

 

 かつての老人が残した言葉を今思い出した。なぜ今思い出したのか、よく分からない。あの御老人が言っていたのが今なのか、それとも、この先なのか、それは分からない。だが、今分かることがあるとすれば‥‥‥‥私の前に立つ者、それがお前か、リィン。だとすれば、今ここで倒せば、後顧の憂いは無くなる。だが‥‥‥‥今の私に、リィンが倒せるか。

 今のリィンはまるで気配を感じない。こちらの攻撃は当たらず、あちらの攻撃は当たる、先程と真逆の状況だな。さてどうするか‥‥‥‥力は私の方が上、動きの俊敏性は足の影響で私が劣る、攻撃範囲は私に分がある‥‥‥‥ここだけで見れば私に分がある。だが、攻撃精度と行動先読みに関しては、リィンに圧倒的に分がある。これは困ったな、どれだけ強い攻撃も当たらなければ意味がない。あの状態がいつまで続くか分からないが、現状は不利、という目算だな。ふむ、まさかこんな展開になるとは思ってなかったな。前回までは余裕を持って対処できたというのに、これも私の日頃の怠慢のツケ、ということか。どうする、どうすればリィンに勝てる‥‥‥‥『頭で考えるよりも心の赴くままに答えを出すといい』、か‥‥‥‥あの時、御老人はそう言っていたな。

 ‥‥‥‥ふうー、心の赴くまま、か。確かにそれなら‥‥‥‥ある。今のリィンを倒せる手段はある。

 だが、それはダメだ。リアンヌ様にご迷惑をおかけしてしまう。これ以上ご迷惑をかけるくらいなら‥‥‥‥このまま負けてもいいのかもしれない。もう、仮面を被る理由はない。もうバレても構わない。私には《結社》という居場所がある。もう過去の居場所に、学生時代の仲間達とは袂を別っても構わない。ああ、構わない‥‥‥‥何て言えるかぁぁぁ!!

 私の敗北は、師であるリアンヌ様の名に泥を塗る行為、そんな事は決して許されない。ましてやオーレリア殿に敗北して、その後すぐにリィンに敗北など出来るわけがない。アレを使えば‥‥‥‥リアンヌ様に怒られるだろう。何度も約束を守ってこなかった上に、戦いの前には無理はするな、と言われても尚、無理をする大馬鹿野郎だ。でも、たった一つだけ譲れないものがあるだ。格上に敗北することは、致し方ない。だが、同格と認めた者にだけは負けたくはない。‥‥‥‥リィンにだけは‥‥‥‥負けたくない!

 だからこそ、私は己の口から屈辱の言葉は吐いた。

 

【‥‥‥‥リィン・シュバルツァー、認めよう。今のお前は‥‥‥‥今の我よりも、‥‥‥‥強いっ!】

「‥‥‥‥」

 

 何の反応もなしか‥‥‥‥まあいい、この力を発動させれば、イヤでも私を見るだろう。

 

【だが、ここよりは私も全てを賭けよう!】

 

 ああ、全てだ。リアンヌ様、鉄機隊の方々、先輩達に後でお礼に参らないといけないと思っていたが、謝罪もしに参らないといけない。ああ、そうだ。

 

『ソフトさん、聞こえてますか?』

『ええ、お久しぶりですね。宿主』

『現在の作業進捗はどうですか?』

『大体あと2週間で完了する予定です。‥‥‥‥ですが、それもパーですかね。やれやれ‥‥‥‥』

『すいません。ですが‥‥‥‥』

『はあ~‥‥‥‥10秒だけ』

『ん?』

『10秒だけ、目をつぶります。それ以上は強制的にシャットダウンさせます。宿主の意識もろとも』

『! フフ、ええ、十分です』

 

 私の中にいるソフトさんにも了解がもらえた。10秒‥‥‥‥10秒も、もらえた。ああ、これで勝てる!

 

【行くぞ、リィン・シュバルツァー!】

 

 私は意識を集中させ、己の内なる力に触れた。

 久しぶりに使うな、だが覚えている、力の発動のさせ方を。体を作り変える前に使って以降、発動させなかった。今の状態では初めてだ。一体どれ程なのか、分からない。未知の領域だ。だが、分かる。感覚的にだが、以前よりずっと深く入れている。そして以前よりずっと深い領域に力の根源的な何かを感じた。狂気、そのものがそこにあった。今まではこの力の一部しか使えていなかったんだな。

 それは人の領域では踏み込めない、そう私のように人を外れた存在でなければ使えない程の狂気を感じた。この狂気を解放すれば、常人であれば力に翻弄されることになるだろう。だが、私はそれを意図的に開放した。

 

【『鬼気解放』!】

 

 見せてやろう、リィン。これが私の全力だ!

 




ありがとうございました。

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