―――七耀暦1206年6月19日 ???
side デュバリィ
私たち、鉄機隊はハードを引き連れ《結社》に戻ってきた。
「私が先行して事情を伝えてきますわ」
私はハードの事を二人に任せ、急ぎ医療部門に向かった。勝手知ったる結社の施設、何処に何があるかは熟知している。だから最速、最短で医療部門の扉を叩いた。
「急患ですわ! 誰かいませんの!?」
奥からパタパタと足音が聞こえてきて、現れた医療関係者が私の様子に驚きつつも、声を掛けてきた。
「どうなさいましたか?」
「ハード、いえ執行者《社畜》が任務にて負傷しました。急ぎ治療の準備をお願い致しますわ」
「分かりました。急ぎ準備致します」
そう言って、医療関係者は奥に向かわれた。後は二人がハードを連れて来てくれれば‥‥‥‥
「おや、そこにいるのは‥‥‥‥デュバリィじゃないか?」
「ん‥‥‥‥博士!」
廊下から私に声を掛けてきたのは、マスターと同じ使徒、《第六柱》F・ノバルティス博士でしたわ。
「まだ任務の最中だと記憶しているが、一体どうしたのかね?」
「それは‥‥‥‥」
私が事情を話そうとしていると、
「デュバリィ、連れてきたぞ」
「事情は説明出来てるかしら」
ハードを連れて二人が現れた。
「ええ。では博士、すいませんが急ぎますので、報告は後程‥‥」
私は一礼して、博士の元を去ろうとすると、
「うむ、急ごう」
そう言って、博士も一緒に来ようとしていた。
「って、何でですの!」
「おや、急がなくてはならんのだろう?」
「そうですが‥‥‥‥」
「なに、気にするな。どうせ暇だ。それに彼には非常に興味があるのでね」
意識を失っているハードを見て、状況を察したのか、ニヤリ、と目の奥が怪しい輝きを見せ、怪しい笑みを浮かべている。ここで問答をしている暇はないですし、致し方無いですわ。‥‥‥‥後でマスターに怒られないでしょうか‥‥‥‥
「あーもー、分かりましたわ。仕方ありませんわ」
そう言って、博士も伴って、治療室にハードを連れて行った。
□
治療室には白衣の医師数人が準備をして待っていた。
「では、こちらに寝かせてください」
「ああ」
アイネスがハードを寝かせる。ですが、一つ問題が出てきた。
「‥‥‥‥これ、どうすればいいんでしょう?」
医師たちが困惑している。ハードは盟主から賜った『ハード・ワーク』をマスクとローブに変形させ、身に纏っている。形状変化と不壊の特性を持っているので、ハサミで切ることは出来ない。
「‥‥‥‥脱がせるしかありませんわね」
医師達総出で、ハードの仮面とローブを脱がせる。少々時間を取ったが、ハードから全て脱がせることが出来た。すると、仮面とローブがペンに変形し、ハードの手に収まった。
「な!」
「‥‥‥‥ふむ」
「凄いわね」
ハードの持つ武器がハードの手元に収まったことに驚きを覚えたが、今はそんな事に気を回しているべきではない。今は、ハードの怪我の治療が先決ですわ。
□
ハードの検査が行われていくが、一向に治療が始まらない。それどころか、検査結果を見て、現場は困惑している。
ハードの状態に思わしくないことがあるのだろうか? 私は思わず、医師を問いただした。
「一体どうしたと言うんですの? 早く治療してください」
「‥‥‥‥うーん、何処を治療すればいいんでしょう?」
医師は自信なさげに聞いてくる。その言葉に私は強い口調で返した。
「何処って‥‥‥‥足とか!」
「‥‥‥‥足ですか。これをご覧ください」
結社の最新技術で取られた、足の骨の画像を二枚、見せられた。
「こちらが、診察を始めた時の画像です。ここに亀裂が入っているのが分かりますか、それが骨折の画像です」
「ではまず、その骨折から‥‥‥‥」
私が医師の言葉を遮って、指示を出した。だが、
「‥‥‥‥こちらが、つい先程取った画像です。この画像には亀裂が無いんです」
「えっ!」
二つの画像を見比べて、その亀裂の位置を確認してみても、確かに後に取った方には亀裂が無い。
「壊れてるんじゃ‥‥‥‥」
「うん、それはないね。最近機器の更新を行い、それに私も立ち会ったんだ、問題ないさ」
私は機材の故障を疑ったが、博士に否定された。
「では、操作ミスでは‥‥‥‥」
「それもないでしょう。この検査機材は一度撮影場所を決めれば、定期的に状況を記録し続けることが出来ます。こちらの2枚はあくまで、最初と最後の画像です。途中経過を省いただけですが、お望みであれば推移をご覧いただくことも出来ますが?」
「‥‥いえ、結構ですわ。もう治ったことだけ分かれば、それで十分ですわ」
「私は是非とも見たいね。後で見せてくれたまえ。‥‥‥‥しかし、本当に完治しているようだね。いやあ、素晴らしい肉体だ。専門外だが非常に興味深いね。是非とも、調べたいものだね。とりあえず、検査結果一式を包んでおいてくれたまえ」
博士はハードに非常に興味津々の様子だが、私にとってはそんな事どうでもいい。
「はぁ~‥‥何なんですの一体? あんなに異常な様子で倒れたというのに結局、体に異常なし、だなんて‥‥‥‥」
「まあ、ハードの事だ、気にしても仕方ないだろう‥‥‥‥」
「そうね、彼ももう少し、落ち着きを持って欲しいけど‥‥‥‥」
私たち三人は溜息をついた。
まあいいですわ、健康だと言うなら、それで。‥‥‥‥後はマスターにお任せしましょう。流石に今日のことはマスターもお怒りになられることでしょう。たっぷりと叱られればいいですわ。今日は庇いませんわよ。
「体に異常はありませんが‥‥」
「ん?」
「目を覚ます様子はありません」
医師がハードを見ながら、現状を話し出した。
そうだ、目の前であんな異常な様子で倒れたというのに、何の異常もない訳がない。怪我が治っているというのに、動く様子がまるでない。ハードが意識を失い、今も目を覚ましていない以上、何かしら原因があるのではないかと思った。
「とりあえず全身見てください。特に頭を重点的に!」
今も目を覚ましていないと言う事は頭に衝撃を受けているのかもしれない。もしそうでなくてもしても、ハードの場合、頭のねじが吹っ飛んでいるはずだ。そうでなければこれまでの言動に説明がつかない。そう思って医師に掴みかからんばかりの迫力で迫った。
「落ち着け、デュバリィ」
「気持ちはわかるから、とりあえず落ち着いて」
アイネスとエンネアに抑えつけられた。
「目を覚まさないのは‥‥‥‥深く眠りについているからです。熟睡状態ですね」
「熟睡?‥‥‥‥熟睡!! ほ、ほんとですの!? あ、あの、ハードが、熟睡!? あり得ませんわ。ええ、最もあり得ない診断ですわ、誤診ですわ!」
「いえ、普通に睡眠状態ですね。脳に異常がなく、波形もとても静かです、この状態は一般的に睡眠状態だと判断できます」
「あ、貴方は、ヤブ医者ですわね! ハードが熟睡して、目を覚まさないなんて事、これまでになかったですわよ。異常事態ですわ!」
「‥‥‥‥初めてです。睡眠状態だと説明しただけで、ヤブ医者呼ばわりされたのは‥‥‥‥まあ、とにかく頭も体も異常はありません。ですが‥‥‥‥」
医師は言葉に詰まった。なんと言っていいのか悩んでいるようだった。
「‥‥‥‥私も人体実験や健体解剖とかしてきたのでこんなことを言うのは何ですが‥‥‥‥彼、ハードさんの体は普通ではありませんね」
「普通ではないとも。彼はホムンクルスなのだから」
博士がハードが人間でないと、ホムンクルスであると言い切った。それはそうだが、もう少し言い方というものがあるんではないかと、思ってしまった。だが、医師は首を振った。
「ホムンクルス‥‥‥‥ええ、随所に何かしらの処置が施されているのと、通常の人体から検出されない物質が多数確認されました。薬物の投与や人体改造、それを人工的に生み出したホムンクルスに施していたんでしょう。これまでの人生でここまで特異な肉体を見たのは初めてです。‥‥‥‥よくもまあ、こんな状態で人の形を取れていると、感心すらします。ですので、確かな事は言えませんが‥‥‥‥あとどれほど持つのか分かりませんね」
「持つ?‥‥‥‥一体何がですの?」
「‥‥‥‥命の残り時間、寿命です」
「へ?」
医師の言葉が耳に入るが、理解が出来ない。アイネス、エンネアと顔を見合わせたが、キョトンとした表情だった。おそらく私も同じことでしょう。それくらいあり得ない言葉だった。
「な、何を言っているんですの? ハードはまだ20そこそこのガキですわよ。そんな余命幾許もないようなことなど‥‥‥‥」
「ふむ、ホムンクルスの生態寿命は短いらしいね。その上、薬物投与に人体実験、ここまで揃っていて、今だ生きていることが奇跡的だね。だからこそ興味深い」
「あっ‥‥‥‥」
そうでしたわ、ハードはホムンクルスであり、教団での実験の被害者、それは《道化師》の調べた資料から、そして当人の口から聞いて、知ったものでした。そんな事、さして考えない様にしていました。ですが、実際に突き付けられると、考えざるを得ない事なんですわね。
今更、ハードがホムンクルスだから、だとか、人体実験の被験者だから、くらいの理由で扱いを変えることなど決してありえません。ハードがやらかすので、私たちがお守りをしないといけなくなるし、マスターも頭を痛められる、この関係が今更変わるわけがない。‥‥‥‥もう少し、理性的に動いて欲しいですが‥‥‥‥
ですが医師の様な、人体に関しての専門家から見れば、ハードと言う存在は‥‥‥‥異質な存在なんでしょう。
「いえ、私が寿命がどれほどあるのか、というのは‥‥‥‥」
「え?」
「短命のため余命が数か月しかない‥‥‥‥という意味ではなく、一体どれほど長く生きるのか全く分からない、と言う意味です」
side out
―――七耀暦????年??月??日 ???
私は夢を見ている。これは夢だとハッキリと分かる。見たことがある景色だが、今では決して見ることがない景色。ここはどこかの研究施設、多くの研究機材、多くの培養槽があり、私はその培養槽に一つの中にいる。
私はホムンクルス、ソフトさんに教えられた事が真実だったということの証明を自身の夢の中で見る事になった。
□
自分に意識が生まれたのが何時だったのか、分からない。だが、私はある時から自我が生まれていた。動くことは出来ない。でもずっと何かが、誰かが私に話しかけてきていたのを覚えている。
「******・ハード、お前は******・ハードだ。私が分かるか、お前を作った者だ」
初めて聞いたのが、そんな声だった。
私は『******・ハード』、それが私につけられた名だと思い出した。だが、所々ノイズが走り、声を正確に聞き取れなかった。
□
以前の場面から時が経ったある時、またその男は私に話しかけてきた。
「また失敗か‥‥‥‥これで70体目、これまでの失敗作と同じく、バランスが崩れたか。やはり、あの二つを組み合わせることは難しい。だが、もう少ししか時間が無い。それまでに、何としても完成させたい。‥‥‥‥希望はこの個体か。頼むぞ、私の希望、******・ハード」
私に聞こえてくる、いつもの声は私に願う様に言ってくる。
70体、それが私と同じく生み出そうとした兄弟達のことのようだ。思わずイヤになるな、それだけの犠牲の上に作られた、と言う事を改めて思い知ったからだ。
□
また時が経ち、聞こえてきたのは歓喜の声だった。
「ははははっ‥‥、成功だ。よくやったぞ、******・ハード。お前は本当に親孝行な息子だ。私の悲願、******と*******の合いの子よ。お前こそ、真なる*に相応しい。それに思わぬ副産物が付随するとは‥‥‥‥いや、それこそは*******の力か。わずかとはいえ、**の力、その一端を得られた、いや、残されていたのは僥倖であった。ああ‥‥‥‥これで私の苦労も報われる。お前こそ、我が真なる息子だ。親愛なる我が子だ」
勝ち誇るような声が延々と聞こえてきていた。
所々ノイズが走り、やはり正確に聞こえない。私に関する重要な情報のようだが、それが何なのか分からない。
□
更に時が経ち、聞こえてきたのは狼狽える声だった。
「何故だ! 何故だ! 何故だ!‥‥何故今更あんな者を選んだ!?‥‥お前がいるではないか! 我が最後にして、最高の研究成果、この世界において最強になれる唯一無二の器。そのお前を選ばず、何故あの男を選ぶ。‥‥‥‥確かにお前はかつてのあの男の細胞も取り込んで生み出した。だが今更あの男が必要なかろう。あの二つの力をお前は得ているというのに、何故だ‥‥‥‥」
最後には消え入りそうな声で、泣いていた。
あの男? それは一体誰の事なのか、もう少し具体的に教えて欲しいものだ。今回はノイズが走っていないのに‥‥‥‥
□
これまでよりもずっと短い時が経ち、声が聞こえてきた。
「‥‥‥‥お前の‥‥廃棄が決定した。っ‥‥私も、この世を、去ることになった。次の者が、決まった。その者に引き継ぐ前に、っ‥‥お前を廃棄、することが、決まったっ!」
途切れ途切れの声には怒りが、悔しさが、悲しみがこもっていた。
「‥‥‥‥だが、私は、お前を、廃棄したくない。‥‥お前は私が作った、最高の息子だ。そんなお前を、失いたくない。だから、お前を、逃がす」
声に段々と強い意志がこもってきた。
「‥‥‥‥お前が生きてくれれば、私にも意味が生まれる。お前が私の最後の希望だ。生きろ、******・ハード。‥‥‥‥我が最愛の息子よ」
それが最後の言葉だった。
□
私は気が付くと外にいた。初めての外だ。
あのときの私は、自身の事を分かっていなかった。『******・ハード』、『******』を何と言っていたのか、分からない。分かるのは、ハード、という言葉だけ。私はハード‥‥うん、これしか分からない。
「グルルルルッ‥‥」
魔獣がこちらにやって来た。私を見る目が殺意に満ちている。
私がそのときに感じたのは恐怖だった。何が恐怖なのか、分からない。だが、このままだと私は生きれない。そう思った時、頭にある言葉が響いた。
『生きろ』
その声は研究施設の、私の生みの親の声だで私に命令が下った。生きる、そのためには目の前のモノを排除する。
「おまえのたましいをもらう。『ソウルハント』」
私は手を目の前のモノに向け、グッと握る。すると、目の前のモノは動かなくなり、倒れた。
だが、ここで困惑した。私はその手に掴んだ何かをどうすればいいのか分からなかった。私の目には見えていない。だけど、何か暖かさを感じたソレを、どうすればいいのか困った。
そんな時に腹が、ぐぅー、と鳴った。それに伴って、体に異常をきたした。腹が減った、そう感じた。だが、一体どうすればいいのか分からず、手に持っている見えないそれを思わず、己の口元に持っていった。すると、体の中に取り込まれた感覚と共に、体の異常が収まった。
私はそのとき、初めて食事を覚えた。命を喰らう、そうやって生きることを覚えた。
思えばこのころには命を喰らうことに躊躇が無かった。私も生きるのに必死だった。弱者を喰らい、生き残る。それこそが私の根底を作ったことを思い出した。
□
宛てもなくフラフラと、命がある方に歩き続ける。だが、ドンドンと魔獣がいなくなっていった。私が喰らい続けたから減ったのか、それとも恐れて出て来なくなったのか分からない。だが、結果として魔獣がいなくなり、食べるものが無くなってきて、体に異常をきたし続けた。そして遂に動けなくなった。
『生きろ』
頭の中に声が響き続ける。生きなければならない‥‥‥‥だが、動けない。
もう、明るくなって暗くなって、それを何度か繰り返した。その間、私の近くに食べる者が現れなくなった。そして、意識を失った。
□
意識を取り戻したとき、私は何か暖かいものに抱えられていた。
ああ、これは命だ。それを感じ取ったとき、手を伸ばした。飢えを満たすために、この命を貰おうと手を伸ばした、その手に命を握ろうとしたとき‥‥‥‥手を握られた。
「もう大丈夫だから」
誰かが私にそう言った。私は何が大丈夫なのか、分からない。‥‥‥‥だけど、何故だか安心出来た。すると、ぐぅー、音がした。
「お腹減ってるんだね。さあ行こう」
私はその誰かに抱えられ、移動するとそこには‥‥‥‥匂いがしてきた。椅子に座らされた私の目に映ったのは一杯のシチューだった。色があり、複数の命が混じったようなものだった。私はそれに手を伸ばし、必死で口に入れた。
これまでと違い、目で見えて、自身の力で引き寄せることは出来ないものだが‥‥‥‥これまでのモノより、ずっと食べていたくなった。これまでと違い、手が汚れ、口が汚れる。だけどそれを気にせず、必死で貪った。
「落ち着いて、誰も取らないから」
私を抱えてきた者に頭を触られた。不思議と不快な気がせず、そのまま放置した。
それから、ずっと口に運び続けた。もう入らなくなったので、それを止めた。
「よく食べたわね。えらい、えらい。‥‥‥‥食べたばかりで眠いかも知れないけど、貴方の事、教えてくれるかな?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ハード」
「ん?」
「‥‥‥‥私は、ハード」
******・ハード、それが私だが、分からない。なんと呼ばれていたのか、聞き取れなかった。だから、分かる分だけで答えた。
それが私がハードになった日までの記憶、私が『母』と出会った時の記憶だった。
ありがとうございました。