社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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お久しぶりです。


断章
第三十八話 家族の記憶


―――七耀暦1192年 ミルサンテ

 

 ただぼんやりと、空を見つめている。

 空は青く、何処までも広い。雲の動きを見ながら、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っている。

 

 ここに来て幾日が過ぎた。その間、ここで過ごして分かったことがある。

 決まった時間に成れば食事を貰える、だからここにいるだけでいい。

 周りには私と似た大きさの子供がいるが、一様に不安げな表情をして、時々泣き出す、『おかあさん、おとうさん、どこ―――!』という言葉と共に。

 周囲の話声が聞こえ、その言葉の中から拾い集めた結果、どうやらここにいるのは、戦争で親を失った子供達だそうだ。大人たちはここの子供達を可哀想というが、別段何かをすることはない。

 ただ、決まった時間に食事を出すことや泣き出す子供をあやすことをするが、それ以上は出来ない。失ったものは帰ってこない。それが分かっているから、余計に手出しできないのかもしれないが‥‥‥‥

 

 だが、彼らはまだましなのかも知れない。私とは違い情緒がある。だからまだ気が楽なんだろう。

 私はここでは異質な存在だ。泣きもせず、わめきもせず、ただじっと空を見ているだけ、唯一関心を持つのが食事と、とある人が来た時だけ、それ以外はピクリとも動かない。

 最初の頃は誰かが話掛けてきた。だが、反応しないでいたら、誰も話掛けて来なくなった。特に意味が無いと判断した、だから答える必要はなかった。

 

 名前を聞かれた―――それは既に答えた。

 歳を聞かれた―――知らない。

 どこから来たのか聞かれた―――分からない。

 

 そんな質問ばかりだった。一度答えた以上、それ以上の答えは出ない。だから、答えなかった。

 周りは噂した、私がよほど恐ろしい目に会ったんだと、だから心が壊れてしまったんだと、その噂は真実ではなかったが、態々否定する意味も見いだせなかったので、放っておいた。

 

 食事の時間に成れば、動きだし、腹いっぱいになるまで食べた。

 魔獣の魂を食べていた時に比べて、たくさん食べなければならないし、体も重くなる。だが、味があった。その味はとても好ましく、多種多様だった。

 それに腹が減り過ぎると、体がおかしくなる。頭の中で『生きろ』という指令が走り、周囲の魂が欲しくなる。だから必要以上に動かず、腹を減らさずにいなければならない。

 何故ここまで、周りに配慮するのか、それはあの人が困るから、会いに来てくれなくなるから、それだけはイヤだった。

 

 

「こんにちは、ハード君」

「‥‥‥‥うん」

 

 初めて会った日から、毎日決まった時間に現れる女の人―――ソーシャルさんが今日もやってきた。

 

「今日は何をしていたの?」

「‥‥‥‥空を、見てた‥‥」

「そう‥‥他には?」

「‥‥‥‥それだけ‥‥」

「ふふ、それだけ、か‥‥‥‥いいお天気だから、こんなところでジッとしてないで動かないと、元気が出ないぞ」

 

 いつものように私が何をしていたのか聞き、私がそれに答え、いつも頭を撫でながら意見を言う。それがここに来てから、ずっと続いている。

 いつも決まった時間に現れ、決まった時間が来るまで、ずっとそばにいる。

 ただそれだけなのに、何故だかいつもその時間を待ち望んでいた。

 

 初めて会った時、何故だか落ち着いた。何かがざわついた。

 それ以来、あの人が来ることを心待ちにしている自分がいた。

 

 だが、今日は少し様子が違う。ソーシャルさんは何故だか、ソワソワしていて、落ち着きがなく、何かを切り出したいが、それに踏ん切りがつかない様子だった。

 そんな変化がありながら、時間が経った。そして、意を決したのか、私を見て言った。

 

「‥‥ハード君、もし‥‥もしも、だよ‥‥‥‥誰かと一緒に暮らすとしたら‥‥‥‥私と、一緒じゃ‥‥嫌かな」

「‥‥‥‥どういう意味?」

「え、えっとね‥‥‥‥ハード君は賢いから、誤魔化すのは無理だから、正直に話すね。‥‥実は、ハード君が何処から来たのか‥‥今だに分かりません。周辺の村や町から『ハード』という子供がいなくなったか調べたけど、ありませんでした。だから、今だにハード君が何処から来たのか分かりません。‥‥‥‥ごめんなさい、貴方をご両親の下に帰してあげたいのに‥‥見つけてあげられなくて‥‥‥‥」

 

 ソーシャルさんは涙を流し、私に詫びるように顔を伏せた。

 

「それにね、一つ大変なことが分かって、もしかしたらハード君の両親は‥‥‥‥もう、いないのかも知れないって思っちゃって‥‥‥‥」

「大変な事?」

「‥‥‥‥ここから南にある村―――リベールとの国境付近にある村が猟兵に襲われたの。生存者は誰もいなかったそうよ。‥‥‥‥もしかしたら同様の事が起こったのかも知れないし、もしかしたらそっち方面からハード君が来たのかも、と思ったんだけど、調べることが出来なかったの‥‥‥‥上層部から止められたのもあるし、何より現状帝国とリベールとの国境付近は激戦地で、其処に連れて行って上げれないの。だから、今もハード君のご両親の手がかりを探すことも‥‥何も‥‥してあげれないから‥‥‥‥だから、ごめんね」

 

 ソーシャルさんは私に泣いて謝った。

 その様子を見て、私は口を開いた。

 

「私は‥‥‥‥知らない。両親? 知らない。どこから来たのか、分からない。気づいたら、何処かにいた。ここに来るまで、何も分からなかった。分かるのは‥‥‥‥『生きろ』って声だけ、だから『生きた』。だから、何処に行くのでも構わない」

 

 分からないことが多い。もう、あの声を思い出せなくなってきた。でも今だに頭に響く『生きろ』と言う言葉。それ以外は、ここに来る前の―――魔獣の魂を喰らい、命を繋いできたこと以外は思い出せなくなった。

 自分が何処で生まれて、何処で暮らし、どんな親がいたのか、分からない。だけど‥‥なんとなく、分かることがあった。私と同じモノは‥‥‥‥きっと、『いない』と言う事だけは何故だか分かった。

 

「私は何処に行くのでも構わないけど‥‥‥‥ソーシャルさんがいるところがいいな」

 

 懇願、というモノを初めてした。願い、なのかもしれない。もしこのまま、この人に会えなくなったら、きっと‥‥‥‥寂しい、と思った。握っている手を放したくない、と思った。だから、必死で掴んだ。

 これが私に出来る精一杯の思いだった。

 その思いがソーシャルさんに伝わったのか、手を握り返してくれた。そして、顔を上げた。

 

「いいの? 私と一緒で?」

「‥‥‥‥うん」

 

 精一杯の肯定で返す。何故だか顔が熱くなる、だから顔を視線から外して、でも伝わるようにハッキリと‥‥‥‥

 

「ありがとう‥‥嬉しいよ」

 

 ソーシャルさんは私を抱きしめた。力は強くはない、引き剥がすのは無理じゃない。だけど、私は‥‥‥‥自分からも抱きしめ返した。

 あたたかい、命の焔を感じる。今まではこの命の焔を喰らって生きていた。今もこの距離であれば、少し願うだけで簡単に命の焔を奪うことが出来る。だが、そんな事、全く頭になかった。今あるのはただ、少しでもこのままでいられればいいのに、と思う事だけだった。

 

 

 ソーシャルさんに引き取られることに決まってから、一週間の月日が流れた。

 エレボニアとリベールの間で停戦に至り、避難所からそれぞれの帰るべき場所、進むべき場所にまた一人、また一人と去っていった。

 そして、私も今日‥‥この場を去る。

 

「ハード君、準備はいい?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ行こうか」

 

 私とソーシャルさんは手を繋ぎ、避難所を後にする。

 避難所にいるのは私達が最後だ。この避難所は今日を持って解散となるため、ここにいた大人たちはそれぞれの日常に戻り、それ以後は軍に管理されていた。その管理責任者がソーシャルさんが成っていたみたいだ。だから、ずっと一緒に居られて、嬉しかった。

 

「メディア少佐」

 

 小走りでこちらに近づいてくる軍人がいる。メディア少佐という人に声を掛けているようだ。私達に関係が無いと思い、そのまま歩こうとしていると、手を引かれて、その場に止まった。

 

「ハード君、ちょっと待ってね。‥‥どうしましたか?」

「ワーク大佐がお越しになられました」

「あら、予定より早いわね。ちょうど今向かっていたところです。連絡ありがとうございます」

「いえ、ではメディア少佐、失礼いたします」

 

 そう言ってお互いに敬礼をして、別れた。

 私は不思議そうにソーシャルさんを見ていた。

 

「あら、どうしたの、ハード君?」

 

 私の視線に気づき、ソーシャルさんが尋ねてきた。

 私はソーシャルさんを指差し、首を傾げながら聞いてみた。

 

「メディア少佐?」

「ええ、軍では旧姓の方を使っているから、ソーシャル・メディア。階級は少佐であります」

 

 若干おどけながらも階級章を見せてくれた。良く分からないけど、凄いのだろう。

 それに先程の話の中で分からない言葉があったので、更に聞いてみた。

 

「旧姓って?」

「旧姓っていうのは、結婚する前の姓の事よ」

「結婚?」

「えっと、それはね‥‥」

 

 私の質問攻めに嫌な顔をせずに対応してくれていた時、

 

「ソーシャルゥゥゥゥ!!!」

「!!」

 

 突然、遠くから大声と共に突っ込んでくる人影が見えた。

 私は咄嗟にソーシャルさんの前に立ち守ろうとした。だが、その人影は私たちの前で止まり、私を掴み、天高く持ち上げた。

 

「おおおおおお、君がハード君か!!!」

 

 至近距離だというのに大きな声で話し掛ける大柄の男に持ち上げられ、身動きが出来ない。その上、あまりの声の大きさに驚き、耳を塞ぎたいというのに、それすらできない。

 

「初めましてだな!! 私の名はネットだ。これから宜しくな、ハード君!!」

 

 持ち上げられて、これまでの記憶の中で最も空に近くなった。

 そんな状態を引き起こした存在、それが私の父となる―――『ネット・ワーク』との初めて出会った記憶だった。

 

 

「いやぁ~すまん、すまん。待ちきれなくて少し早めに来てしまったんだ」

「あらあら、もうネットはすぐに先走るんだから、ハード君が驚いちゃったじゃない」

 

 空に近い場所から地に下ろされて、漸く安堵した。

 ソーシャルさんが男に説教? のようなことをしている最中、私はその男を観察した。

 この男がソーシャルさんが言っていた、私の父となる人―――『ネット・ワーク』その人のようだ。

 ソーシャルさんより更に背が高い―――おそらくこれまで見てきた大人達の中で最も大きい気がする。そして‥‥‥‥おそらく最も強い。

 存在としての、生物としての圧が他とは段違いだ。かつて遭遇したどの魔獣よりも強い気がした。

 

「ハード君は驚いていたが‥‥‥‥毅然とした対応をしていたぞ。なにしろ、ソーシャルを守ろうとして、俺の眼前に立ち塞がった、立派な騎士だったぞ」

「まあ、そうだったの。ありがとうね、ハード君」

 

 ソーシャルさんは私の頭を撫で始めた。

 どう対応していいのか分からず、私はされるがままになっていた。

 

「ハハハハハ、小さな騎士殿も我が最愛の妻の魅力には勝てんな。まあ、これからよろしくな‥‥‥‥『ハード』。今日からお前の名は『ハード・ワーク』だ!」

 

 大きな掌が私の頭を包み込む。硬く、大きく、暖かい掌が私に熱を送る。

 ハード・ワーク‥‥‥‥私の名‥‥‥‥

 まるで自分に染み込んでいく様に、溶け込む様に、私の中に入っていった。

 きっとこの時、私は初めて自分が‥‥‥‥自分と言うモノが出来た日だった。

 

 

 

 

―――七耀暦1195年 ヘイムダル

 

 ハード・ワークとなって、3年が経った。

 あの後、エレボニア帝国帝都ヘイムダルに家族で住んでいる。

 

「おはよう、父さん、母さん」

「おう、おはよう、ハード」

「おはよう、ハード」

 

 今では、二人の事を父さん、母さんと呼べる様に変われてきた。‥‥‥‥まあ、最初の頃は少したどたどしかったけど、二年も経てば慣れた。

 呼び方も変わったと共に、かつての思考とも変わってきた。

 

 命を欲しなくなった。

 かつての様に、魂を欲しなくなった。命を大切だと思う様になった。

 すると、あの力が怖くなった。簡単に命を奪う私が、酷く怖くなった。だから、己を強くしようとした。

 

 

 帝都からほど近い草原で、父と二人向かい合う。

 私は左手に剣を持ち、父は両手に剣を持つ。

 

「さあ来い、ハード」

「やあああああっ!!!」

 

 木の剣を持って、父に斬りかかる。

 カッーン、という音が周囲に響く。父の持つ右手に持つ剣で受け止められた。

 

「おっ、いいぞ、その調子だ、ハード」

「やああ! やああ!‥‥‥‥」

 

 何度も、何度も、剣を振り回し父に挑む。だけど、

 

「はい、残念♪」

「あっ!」

 

 剣が手からすっぽ抜けて飛んで行く。そして、もう一方の剣が頭に乗せられた。

 

「これで‥‥‥‥何回目だっけか? 100回超えたあたりから、数えるの止めてたが、まあ、1回も負けたことないし、ハードの全戦全敗、全敗記録更新中だな」

「う~~~~、もう一回‥‥もう一回だ、父さん!!」

「そろそろ時間だから、今日はこれまでだ。明日もまたやってやるから、今日の反省して、また明日に活かせよ」

「‥‥‥‥はぁ、分かった」

 

 私は意気消沈しながらも、飛んで行った剣を探すと、直ぐに見つかった。

 少し離れたところにあったので、そこに足を進めながら、どうしてダメだったのか、考えながら歩いていた。

 

「危ないハード!!」

 

 父の声で俺は、周囲に目をやった。すると、其処には‥‥‥‥魔獣の群れがいた。

 どうやら知らず知らずのうちに、縄張りに足を踏み入れてしまったようだ。‥‥‥‥随分と危機感が無くなったもんだ。

 周囲の状況は、私の現状は理解できた。今は武器が無い、木の剣への道は魔獣が塞いでいる。素手では、魔獣には勝てない。

 ‥‥‥‥あの力を使うしかないのかな‥‥‥‥やっぱり私は‥‥‥‥

 

『生きろ』

 

 久しぶりに‥‥‥‥声が聞こえた。その声が私の意識を支配する。

 私は手を魔獣にかざす。

 

 かつてのように‥‥‥‥ただのバケモノの様に‥‥‥‥命を喰らう人外になっても‥‥‥‥『生きないと』‥‥‥‥

 

 だけど、その機会は訪れなかった。

 

「ハードォォォォォ!!!!」

 

 父さんの声で意識の支配が、恐怖心が解ける。

 

「父さん!」

「うちの息子に手出すんじゃなねぇ!!!!」

 

 父さんの大きな声が間近で聞こえた。‥‥‥‥正直なところ、五月蠅い。だけど、その五月蠅いまでの大きな声は私に勇気と力をくれた。

 父さんはあっという間に駆けつけてきてくれた。

 

「もう大丈夫だ。ハード、俺の後ろから離れんなよ」

 

 父の大きな背中が私の前にそびえ立つ。その結果、魔獣が何処にいるのか全く見えない。どこから来るのか、分からないから恐怖心がある。

 ‥‥‥‥だけど、何も怖くない。この背がある限り、私は守られているから。

 

「来いやあああああ!!!」

 

 周囲に響き渡る父さんの力強い声が魔獣を威圧する。父さんの迫力に怯えたのか、魔獣はその場から走り去った。

 

「もう大丈夫だ、ハード」

 

 父さんは振り返り、私の頭に優しく手を置いた。その顔は私に安心感を与える笑顔を浮かべていた。

 

「さあ、帰るか」

「うん!」

 

 私は父さんの大きな手に引かれ、家路についた。

 

「‥‥‥‥父さん」

「お、どうした、ハード?」

「私も父さんみたいに‥‥‥‥強くなれるかな?」

 

 私の問いかけに、父さんは足を止め、私の目線に合わせるように、膝を付き、私の眼を真っ直ぐに見つめた。

 

「強くなりたいのか?」

「‥‥‥‥うん」

「‥‥‥‥どうしてだ?」

「? 強くなるのに理由がいるの?」

 

 私は首を傾げ、父さんに聞き返した。父さんはゆっくりと首を振り、私の両肩に手を置いた。

 

「理由なき力はただの暴力だ、それでは周りを傷つける。ハード、もしお前が、ただ力を求めるなら、俺はお前を止めなきゃならねえ。それがお前に力を‥‥‥‥剣を教えた俺の責任だからだ。‥‥‥‥ハード、今はまだわからなくていい。だけど、覚えておいてくれ。お前の力は誰かを傷つける為でも、誰かを泣かすものでもない。俺がお前に与える力は‥‥‥‥お前とお前の大切な者を守る力だ」

「‥‥‥‥守る」

「今はまだ分からなくていい。今はまだ‥‥‥‥いつかお前が守るべき、大切な存在を見つけた時、きっとその時はお前の力が必要になる」

 

 父さんは真剣な眼差しで私を見て話した。

 ‥‥‥‥大切な存在を見つけた時、か。きっとそれは‥‥‥‥

 

「じゃあ、見つかってる。父さんと母さんが、私にとって大事な存在だ。だから、私が守ってあげるよ。いつか強くなってね」

 

 私の切り替えしに父さんはキョトンとした表情を浮かべた。だがすぐに、意地悪い顔をして私の頭に手を置いた。

 

「‥‥‥‥ほー、言うじゃないか。全敗のクセに」

「うっ~‥‥‥‥何すんだよ、父さん」

「ふん! 生意気な事を言うから悪いんだ。いいか、そんな生意気な口叩くなら、俺より強くなってから言え。‥‥‥‥それまでは俺がハードを守るからさ。ゆっくりと大人になりな、待ってるからさ」

 

 私の頭を乱暴に撫でた父さんの顔には光るものが見えた。

 

 

 

 

 

 

 ある夜に一人、私は家にいる。

 今日は父さんと母さんが家にいない。だから私が一人で留守番をしている。

 

 どうしていないのか、それは父さんの仕事が忙しくなり、母さんが手伝いをしているからだ。

 

 母さんは私を引き取った後、軍の仕事を控えるようにした。当初は子供を一人には出来ないから、という理由でスッパリと辞めてしまおうとしたらしいが、母さんは優秀で替えが効かないため、引き止めが相当あった結果、休職と言う事で手を打ったらしい。

 父さんもそのことには賛成していた。元々、子供が出来れば軍を辞めて家庭に入って欲しいと思っていたらしいが、母さんが優秀な事も良く分かっているため、引き止め自分の副官の立場を与えておいたらしい。

 

 ただ、最近は少し事情があるらしい。父さんは新しい部署を立ち上げに苦労しているらしく、それで母さんが手伝うことにしたらしい。

 当初は母さんも私を一人置いて行くことには難色を示していた。だが、日に日に父さんが痩せていく様を、帰りが遅くなり、家で家族で食事が取れなくなっていく日が増えていくことを、苦々しく思っていたらしい。

 それで母さんが軍に復帰し父さんの補佐を行う事により、大分状況は改善出来たみたいだ。

 

 だけど、その代わりに一人でいる時間が大分増えた。

 当初は母さんに与えられた勉強をこなしていたけど、それももう無くなってしまった。家にある本も難しかったけど、全て読み終えてしまった。

 母さんからは沢山の知識を身につける事、知識は身を助ける、と言う事を言われて沢山の本を、勉強をこなした。

 最初は母さんが教えてくれたから楽しかった。勉強をすれば母さんは褒めてくれた。だから沢山勉強すれば、たくさんの本を読めば、母さんが喜ぶと思っていた。だから母さんが留守の内に多くの事を学んで、喜ばせようと思った。

 でも、最近は話せる時間が少なくなった。夜遅くなって私が寝ている頃に帰って、私が起きる前に仕事に向かっている。食事は作ってくれているし、メモに『行ってきます』と書いて置いてくれている。だから寂しくは‥‥‥‥ない。

 でも、最近は困ったことが起こった。

 やることが無くなった。最初は意気込んだ勉強も、沢山の本を読むこともこの家にある分は全てやり終えた。一人で外に出て買い物をしたことはないし、ミラも母さんが管理しているから私が手を出すのも憚られる。

 久しぶりに空をぼんやりと眺めていた。昼も夜も、家からずっと空を眺めていた。

 星が良く見える、雲一つない、綺麗な星空だ。昼も雲一つない晴天だったし、きっと明日も晴れるだろう。

 そろそろ寝よう。あんまり遅くまで起きていると母さんに怒られる。‥‥‥‥今は忙しいけど、きっといたら、怒るだろう。だから、母さんを怒らせない様に、悲しませない様に、良い子でいないと‥‥‥‥

 

 私は寝るために寝室に向かうと、家に玄関からノックする音が聞こえた。

 こんな夜遅くに誰だろうか、私は誰かを扉越しに確認することにした。

 

「‥‥‥‥どちら様ですか?」

「ネット・ワーク大佐のご子息、ハード・ワーク君ですね。私はワーク大佐―――君のお父さんの部下の者です。君の様子を見てくるように言われましたので、参りました」

 

 父さんの部下の人か、じゃあ大丈夫だな。

 私は扉の鍵を開けた。すると軍服を着た大人の人が中に入ってきた。そして‥‥‥‥

 

「うぐっ!!?」

 

 腹部に強烈な何かが叩きつけられた。よく見ると‥‥‥‥棒のようなものだった。

 私はその場に膝を付こうとしたところ、口元を布で塞がれた。何か変な匂いがして、その匂いを嗅ぐと段々と意識が遠くなっていった。

 薄れゆく意識の中で、見えた景色は軍服の男が他にも入ってきたのが見えた。

 

「コイツが例のガキか。ここらじゃ有名な神童とか言われてる‥‥‥‥」

「ああ、この歳の割に身体つきもしっかりしてるし、頭も非常に優秀らしい。そんなコイツをあの儀式に参加させてやれば、アイツらも喜ぶんじゃないのか」

「ああ、あのマッドどもなら喜んでコイツ使ってを我らを《真の叡智》に導いてくれるだろうさ」

「さて、さっさと連れてくぞ。ああ、一応偽装しておかないとな。ほれ、儀式に失敗したクズだ。年格好も体格もそこそこ似てんだろう。燃えちまえば多少の差異は分からねえ」

「ああ、じゃあやっちまうか」

 

 そう言って男達は、一人は私を連れ外に出て、もう一人は家に中に残った。すると家の奥から火が見えた。

 

「あ‥‥、あ‥‥」

 

 家が、父さんと母さんと私の思い出が詰まった場所が‥‥‥‥燃えていく。

 父さんと鍛錬をするための木剣が、母さんに見せるための勉強ノートが、家族三人で取った写真が‥‥‥‥みんな、みんな、燃えていく。

 ヤメロ、止めろ、やめろーーー!!!

 声が出ない、体が動かない、意識が薄れていく。

 だけど、私は約束したんだ。一人で留守番出来ると、約束したんだ。帰ってくるのを待ってると、約束したんだ。

 私の必死の抵抗も願いも何もかも届かず、もう一人の男が戻ってきて、

 

「こっちは終わった。さっさと出せ」

「ああ、お疲れさん」

 

 もう一人の男を乗せ、馬車は移動し始めた。

 

「ああ、そうだ。さっきまでクズを入れてた袋、残しちまったし、そいつに被せとくか‥‥‥‥お、コイツまだ意識があるぜ、全く大人しく落ちてれば苦しまなかったのにな、ほらよ」

 

 そう言って、男は私にまた薬を嗅がせ、袋を被せた。

 私はもう何もできない絶望を抱き、今度こそ意識を保つことが出来ずに、気を失った。

 父さん、母さん、ごめんなさい‥‥‥‥約束、守れなくって、ごめんなさい‥‥‥‥

 私は何度も、何度も、何度も、意識を失う寸前まで、父さんと母さんに謝り続けた。

 




こっそり、失礼します
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