社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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こっそり投稿します。


第四十話 全てを終わりに

―――七耀暦1198年 ヘイムダル

 

 

 帝都ヘイムダル、父さんと母さんと共に暮らした大切な家がある、私の帰る場所。研究所から歩き続け、漸くたどり着いた。

 

 季節は冬を越え、一年が終わりを告げ、新しい一年が始まっていた。

 研究所を出た頃は落ち葉が舞い散っていた。そして、雪が降り、今は暖かくなりつつあった。季節は秋から冬に移り変わり、そして春を迎えつつあった。それほどの長き間、ただ一人で歩き続けた。今ここに至る道中は多難だった。

 

 食べるものを探すのは苦労した。

 魚を食べては腹を壊し、衰弱した。生で食べたのはどうやらダメだったらしい。

 今度は魔獣を食べた時も腹を壊し、また衰弱した。これも生で食べたのはダメだったらしい。

 草や木の根を食べても腹を壊し、更に衰弱した。

 だが、何故か‥‥‥‥死を感じなかった。二日、三日食べることが出来ずとも、衰弱し弱っても、死ぬ気がしなかった。まるでその程度では、体が動かなくなることはないというかの様に、体調の悪化が進行を妨げることはなかった。‥‥‥‥最悪の気分だったがな。

 

 寝ることがことが少ない体とは言え、時々は睡眠が必要だった。

 一日、二日、三日と夜通し歩き続けたとき、不意に強烈な眠気に襲われた。そのときは、そのまま街道に倒れ込んだ。

 その後、目を覚ました時には、大人に、軍人に囲まれていた。

 大丈夫か、という心配する声、何処から来たのか、という問い質す声、私の身なりを見て眉を潜める、視線もあった。

 だが、私はそれに関してはどうでも良かった。声も視線もこれまでで最も不快なものを知っていたから、それ自体にはさして驚きも恐怖もなかった。だが、彼らが身に纏う軍服には体が震えた。

 かつて私を地獄に叩き落とした者達が着ていたものと同じだった。

 私の体が震えている様を見て、ひとりの軍人が手を伸ばしてきたとき、恐怖が臨界を超えた。

 

「ウアアアアアアアアアッ!!!!」

「な!?」

 

 私は軍人の手を全力持って振り払った。そして逃げた、地に這いつくばって、必死で逃げ出した。軍人はそんな私を見て、慌てて追ってきた。

 何かを言っているのは聞こえた、だけど捕まる訳には、いや捕まりたくなかった。

 軍人は恐怖を運んできた。かつての幸せを壊した。地獄に送り届けた。今また捕まれば、あの時と同じことになる。また多くの痛みと悲しみを強いられる。

 必死で逃げようとしているのに体はうまく動かなかった。頭は睡眠を欲していた。前日まではなんということはなかった『走る』という行動が全く出来なかった。地を転がるようなその動きは、傍から見ると酷く無様だったことだろう。だが、私は必死だった。捕まりたくない一心の行動が身を結び、坂に差し掛かり、勢いを増して転がり落ちた。転がり落ちた先には大きな川があり、そこに飛び込むことになった。

 水の中では息が出来ない、だから藻掻き水面への浮上を試みるのが普通だ。だが、私はそのまま川の中に沈み込んだ。睡魔に抗うことは出来ず、意識を保てる限界を超えた時、またも意識を失った。

 そのときは運よく浅瀬に打ち上げられ助かったが、それ以後軍人と睡眠に関しては細心の注意が必要だと分かった。

 まさか軍人に恐怖するとは私自身思っていなかった。父さんも母さんも軍人であり、あの軍服は見慣れた物だった。このままだと、父さんや母さんですら拒絶しかねない。‥‥‥‥それは、嫌だな。

 

 

 

 

 帝都ヘイムダルに入ったのは真っ暗な時間帯だった。人々が眠りにつく静寂の時だった。

 今日は睡眠を取らないといけない日だった。でも、足が止まらなかった。一刻も早く父さんと母さんに会いたかった。一歩一歩進むたびに、心が湧きたった。

 

 一生懸命歩いた、父さんに会いたかったから。

 毎日毎日歩いた、母さんに会いたかったから。

 沢山歩いた、二人に会いたかったから。

 

 ここから連れ去られてもう三年が経った。

 約束を破った、留守番をしていると言ったのに出来なかった、だから最初に謝ろう。

 それから、友たちの事を話そう。苦難を共にした私の大切な、今はもう会えない彼らの事を話そう。‥‥‥‥知って欲しい、私の友たちの事を。

 ああ、そうだ。父さんと母さんがこれまでの三年で何をしていたかも聞きたいな。

 

 家に近づくに連れ、話したいこと聞きたいことが増えて行き、何から話をすればいいのか分からなくなっていった。だけど、きっと大丈夫。これからは時間があるのだから。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 懐かしい我が家が見えた。

 家には明かりがあった、父さんと母さんが帰っている。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ‥‥‥‥父さん、母さん‥‥‥‥」

 

 走った。ただ一心に、只管に、一生懸命に走った。

 一刻も早く会いたいから、睡魔に負けそうになる体を奮い立たせた。

 そうして辿りついた家の扉、三年間待ちわびた家の扉を開き、中に入った。

 そして、漸く言えた言葉があった。

 

「ただいま‥‥‥‥父さん、母さん」

 

 家に明かりはついていた。

 だけど、その中には誰もいなかった。

 どうして、どうして、だれもいないの? 父さんはなぜいないの? 母さんはなぜいないの?

 私が家にたどり着いた時にそう思った。

 

 不意に背後に気配を感じ、振り返るとそこには一人の男の人が立っていた。

 

「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友人だ」

「ギリアス‥‥ギリアス・オズボーン‥‥帝国宰相の‥‥」

「ああ、そのギリアス・オズボーンに相違ない」

 

 私の問いかけに、ギリアスさんは悠然と答えた。

 そして、ギリアスさんは俺に手を差し出した。

 

「君の父ネットと母ソーシャルとの約束を果たすため、ここで君を待っていた。さあ、来たまえ、君の会いたがっていた二人に会わせてあげよう」

「‥‥‥‥父さんと母さんに‥‥会える‥‥」

 

 ギリアスさんの言葉を反芻するように口にした。漸くだ、漸く、ここまでこれた。

 多くの苦しみを受けた。多くの悲しみを見た。多くの痛みを得た‥‥‥‥

 差し出された手を取れば、そうすれば私は会える。父さんと母さんに会える。

 私は全ての思考を放棄して、その手を取った。

 

「おねがい、し、ま‥‥す」

 

 私はその手を取ったことに安堵し、全身から力が抜け落ちた。

 

 

 

 気づくと、私はギリアスさんに背負われていた。

 

「気が付いたかね?」

「す、い、ま‥‥せん。今、降ります‥‥」

「いや、構わない。君がとても歩けるような体調には思えない。出来る事なら、回復するまで猶予を上げた方がいいと思うのだが、君はそれを望まないだろう」

「そう、ですね。父さんと‥‥母さんに‥‥早く、会いたい」

 

 体は睡眠を欲している。だが、それ以上に父さんと母さんに会いたい気持ちの方がずっと強かった。だから、必死で眠気を抑え込んだ。

 

「フッ‥‥なるほど、頑固なところは父親譲りだな」

 

 ギリアスさんは父さんの事を良く知っているようだった。‥‥興味が湧いた、私が知らない父さんの事が‥‥

 

「聞きたいかね、君の父と母の事を?」

「‥‥はい」

 

 私の様子を察して、問いかけられ、戸惑いつつも肯定した。

 

「私とハード君のお父さんとお母さんは学生時代からの友達だったんだ。ハード君の両親が結婚するときにも相談を受けていたし、ハード君を引き取ることにしたときにも相談を受けていたんだ。二人とも結婚してずいぶん経つが、子供に恵まれなかったことを気に病んでいたのも、知っていたからな。‥‥‥‥だから二人がハード君を引き取ってからは今までよりも、ずっと楽しそうだったよ」

「‥‥‥‥」

「共に軍人となったが、私が軍を辞め、その後宰相になり、ある部署を作ることにした。それをハード君のお父さん、お母さんに手伝ってもらっていたんだ。『帝国軍情報局』という名の部署だ。本当なら、ハード君との暮らしを優先したかっただろうに私が頼んでしまった。すまなかった」

「‥‥‥‥」

「『帝国軍情報局』は正式に稼働を始めた。全てハード君のお父さんとお母さんのおかげだ。だから二人は軍を辞め、ハード君との暮らしを優先できるようなった。今度引っ越すことを予定していたそうだ」

「‥‥‥‥」

「だから、寂しい思いをさせることはもうない、と、そう言っていたよ」

「っ‥‥‥‥」

 

 言葉を出す元気はなかった。でも、話は全部聞いていた。

 

 嬉しかった。もう、一人で家で待っていなくてもいい。もう一人で食事をしなくてもいい。早く二人に会いたい、そう心の底から思った。

 

 ギリアスさんに背負われていながら、逸る気持ち隠せず、手に少し力が入った。

 ギリアスさんの足が止まった。その場所は‥‥‥‥墓地だった。

 

「‥‥‥‥さあ、ここだ」

 

 ギリアスさんが指し示す先にお墓が二つ。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」

 

 そこに書かれている名を見て理解してしまった。見るな、分かるな、理解するな、信じるな、違う、チガウ、ちがう!!!!!

 

『ネット・ワーク』

『ソーシャル・ワーク』

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 その場に膝を付いた。もう立つ気力も湧かなかった。

 父さんと母さんの‥‥お墓。お墓は死者が眠る場所、つまり、もう、二人は‥‥‥‥いない。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ハード君!!!!!!」

 

 どうして、あの日‥‥家にいれなかった。

 どうして、あの日‥‥攫われた。

 どうして、あの日‥‥アイツらを倒せなかった。

 どうして、どうして、どうして‥‥‥‥弱かったんだ‥‥‥‥

 

 強ければ、私が強ければ、あの家にずっと、父さんと母さんの二人がいて、三人で暮らせていたのに‥‥‥‥

 

 攫われてから、力が強くなった。以前には見えないモノも感じ取れないモノも分かるようになった。もう以前の様に弱くない。素手で人間くらい簡単に殺める事が出来るのに、もう誘拐されることはないのに、囚われても自分で帰ってくることが出来るのに‥‥‥‥なのに、なのに!!、なのに!!!!‥‥‥‥‥‥こんなことになるくらいなら‥‥‥‥死んでおけば良かった。

 

『生きろ!!』

「っ!!!!」

 

 頭の中に声が響く。

 

 うるさい、うるさい!、うるさい!!、うるさい!!!!!

 黙れ! 黙れ!! 黙れ!!! 黙れ!!!!!!

 

 もう生きていても仕方がない。ここまで必死で生きてきたのは父さんと母さんに会いたかったからだ。でも、もう‥‥何処にも‥‥いない。だったら‥‥‥‥‥‥

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 こんなせかい‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥壊れてしまえ!!!

 感情が暴走し、力が暴れ出した。霊的能力はこれまでに引き出した限界を優に超え、私の体を破壊する。だが、そんな些末な事など気にはせずに、際限なく引き出し続けた。引き出してどれ程の時が経ったのか、時間の感覚すら失った。一分、十分、一時間、もしかしたら一瞬かも知れない。その時間の中で引きだした力は、最早自分が制御できる領域には無かった。これで‥‥‥‥全てに終わりが訪れる。

 それを見届けると‥‥‥‥頭の中に声が聞こえた。

 

 

 

『大地の至宝《ロストゼウム》の秘跡プログラムをブート‥‥‥‥エラー。現状では出力不足。限定ブートに移行。出力は1%にて安定。一時保留』

『焔の至宝《アークルージュ》の秘跡プログラムをブート‥‥‥‥エラー。現状では出力不足。限定ブートに移行。出力は1%にて安定。一時保留』

『両至宝エネルギーを同期‥‥‥‥成功。次工程に移行。目標‥‥‥‥捕捉。これより現空間と概念空間の壁を排除。その後、相互空間の結合に着手』

『エラー。出力不足により、相互空間の結合不可。空間の壁の排除まで限定的に実行』

『‥‥‥‥了承』

 

 手を宙にかざすと、パキ、パキ、パキ‥‥‥‥なにかが壊れる音がして、空間の一部にヒビが入った。

 

 自分が何をしているのか、何が出来ているのか、全て理解できた。

 この力は父さんと母さんを失くして得た力でも、人体実験の果てに得た力でもない。‥‥‥‥生来から備わっていた力だった。

 なぜ今になってこんな力が現れたのか、答えはすぐに出た。私が力を自発的に使い、力の上限を超えた結果、変容して新たな領域に至った。

 

 今まで力を使うことを忌避してきた、故に元々備わっていた力を使うことをしなかった。元々備わってきた力とは‥‥‥‥『魂を喰らう』ものだと思ってきた。だが本当は違った。なのに、そのことを知らず、ただ避け続けた、故に、私は全てを失った。

 

 もし、始めから力を使うことを忌避せず、あるがままに、己の意志で、制御するために、使うことを決めていれば、こんなことにはならなかった。

 誘拐されることもなく、人体実験を受けることもなく、亡くした命を救えたはずで、今の父さんと母さんは共にいてくれたはずなのに‥‥‥‥全部、全部、全部‥‥‥‥私のせいだ。

 

 父さんが死んだのは私のせいだ。母さんが死んだのは私のせいだ。多くの子供達が死んだのは私のせいだ。全部、全部、全部‥‥‥‥私のせいだ。

 

 ごめんなさい‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥

 留守番できなくて、ごめんなさい。

 家を守れなくて、ごめんなさい。

 誘拐されてしまって、ごめんなさい。

 早く帰ってこれなくて、ごめんなさい。

 生き残って、ごめんなさい

 早くに死ねなくて、ごめんなさい。

 二人の子供になって、ごめんなさい。

 バケモノを育てさせて、ごめんなさい。

 

 どれだけ謝りたくても、そこには誰もいない。それが分かるからこそ‥‥‥‥痛い。

 胸が痛い。頭が痛い。眼が痛い。なのに、涙すら流れない。

 辛いのに、苦しいのに、悲しいのに、涙も流せない。父さんと母さんがもういないのに、会えないのに、謝りたいのに、何もできないのに‥‥‥‥涙すら流せない薄情者で‥‥‥‥ごめんなさい。

 だから‥‥‥‥謝りに行きます。二人が女神の下にいるのなら、そこまで行きます。

 

 力は空間に干渉し、一部とはいえ、概念空間とつながりが出来た。いずれこの世界は概念空間と衝突し‥‥‥‥対消滅する。そうすれば、いずれ私も‥‥‥‥死ぬ。

 強化された私の知能がそう告げた。故に‥‥‥‥

 

『生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ‥‥‥‥』

 

 頭が痛くなるほど響き渡る。体が生きるために、空間の崩壊を止めようとする。だが‥‥

 

「くううううううっ!!!」

 

 力尽くで抑え込んだ。もういい‥‥もういい‥‥もういい‥‥!!! いい加減私の自由にさせろ!! お前はもういらない!! 消えろ!!

 意識を強く持ち、声に抗い続けた。抗うたびに頭に痛みが走りだし、遂には視界が赤くなり出した。たぶん、何処かの血管が切れたんだろう。今更目が見えなくなろうが、潰れようがどうでもいい。

 抗うと決めた。『生きろ』という声が私を生かしてきてくれたことは事実だ。そのことに今更ながら‥‥‥‥感謝の気持ちが浮かんだ。声が私を生かし、父さんと母さんに会わせてくれた。そのことに感謝している。だけど、もういい。私は選んだんだ。父さんと母さんの下に行くと、決めたんだ。だから、もういい、さよならだ。‥‥‥‥作成者よ。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 それを最後に聞こえることはなくなった。

 

 空間は広がりを始め、概念空間につながった。だけど、まだ不十分だ。もっと広げるには力が必要だ。

 今の私に出来る力はここまでだ。もっと、もっと力がいる。なら、それを補えばいい。幸いこの場所は墓地だ。私の養分は豊富にある。

 忌み嫌った力が、魂を喰らう力を己の意志で、嬉々として発動していた。

 周囲の魂が吸い寄せられ、私の力に変わって行く。ドンドン、ドンドン、己が変わって行くのが分かる。

 もう、自分は人ではない。人外、バケモノ、畜生の類だ。

 そう呼ばれることに、思われることに嫌悪していたのに、もう関係ない。これで私も、世界も、すべてが終わりだ。

 その魂の中には酷く懐かしく、温かい物もあったけど、それすらももう関係ない。もう私は終わるのだから‥‥‥‥

 

 力が十分にまで満ち足りると、空間を広げる力が安定していく。

 概念空間から様々な思念が溢れてくる。‥‥‥‥これでいい。これで‥‥‥‥全てが終わる。

 私から、全てを奪ったこの世界に終わりを与える。私もこれで終わりを迎える。全てこれでいい。私の世界は‥‥‥‥終わったのだから‥‥‥‥

 多くの思念がこちらの世界にやってくる。その思念さえも喰らい、更に空間を広げていく。力が増していくのを感じる。

 

 だが、なにかがぶつかった。

 

『おや、どうやら世界の壁を越えてしまったようですね。‥‥‥‥おっと失礼、私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誰でしょう? ふむ、次元を超えてしまったせいで、体を失くしてしまったので、名前も失くしてしまいましたね。しかし、これは一体どういう事でしょう。ちょっと記憶を読ませていただきますよ‥‥‥‥‥‥ふむ、なるほど、状況は理解できました。解決策はありますが、今は理解させるには時間が無さそうですね。心が壊れていってますし、このままだと危険ですね。すいませんが当分御厄介になりますので、宿代代わりではないですが、貴方の心を治しましょう。もし貴方が成長して受け入れられる時が来た時、もう一度話をしましょう』

 

「あ‥‥‥‥‥‥」

 

 その何かは、私の意識を抑え込み、概念空間を塞いでしまった。

 ヤメロ、止めろ、止めてくれ!!!!

 声が出ない、力が出ない、怒りが出ない‥‥‥‥全てが抑え込まれて、その場で意識を失った。

 

 

 

 

「ここ‥‥は‥‥」

 

 目を覚ますと、朝になっていた。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 ここは‥‥‥‥私の部屋だ。父さんと母さんと暮らした私の家で、ここは私の部屋だ。色も柄も私が暮らしていた当時のものだった。

 家は焼け落ちた、だが再び建てられ、そして同じものを用意してくれていた。いつか‥‥‥‥私が帰ってきたときのために‥‥‥‥

 

「‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥」

 

 目から何も零れ落ちない。だけど、言葉だけは零れ出た。

 

「た、だい、ま‥‥‥‥とうさん、かあさん‥‥‥‥」

 

 漸く出た言葉は、誰にも届かない。でも、ずっと言いたかった言葉だった。

 

 少し落ち着いて、夜に起こった出来事を思い出して見ると、父さんと母さんの墓を見た後の記憶が不鮮明だった。あのとき何があったのか、何を見たのか、何を感じたのか、良く思い出せない。感情が思い出せない、何かが灯ったような不思議な感覚があったはずなのに、それが何か思い出せない。

 だけど、思い出せたものはあった。父さんと母さんが‥‥‥‥もういない、ということを思い出した。思い出すだけで、心が痛い、苦しい、熱い、壊れて狂いそうになる。だけど、どれほど悲しくても、目から何も流れない。もう涙も流せない。ずっと前に枯れ果てたんだと思う。最後に涙を流したのが何時だったのか、思い出せない。泣けないことがこれほどに苦しいとは、考えたことはなかった。

 でも、せめて‥‥‥‥二人のために、涙を流したかった。

 

 

―――七耀暦1206年 ????

 

「‥‥‥‥ああ、夢を見ていたのか?」

 

 初めて見た光景は薄暗い部屋の天井だった。

 頭が酷く重い気がするし、意識がイマイチはっきりしない。

 だが‥‥‥‥どうやらまだ夢の続きを見ているようだ。

 

 天井の模様に見覚えがある。

 懐かしい匂いがする。

 だけど、私がそこで目覚めるのは、もうあり得ないはずの場所だった。

 

 そして‥‥‥‥視界の端に捉えた人物がいるのも、現状ではあり得ない人だったからだ。

 

「ほう、ようやく目を覚ましたか。久しいな、ハード・ワーク」

 

 男の声には酷く聞き覚えがあった。

 最後に話したのが学院の卒業前だったから、かれこれ3か月ほどぶりだな。

 

「お久しぶりです‥‥‥‥ギリアスさん」

 

 帝国宰相であり、両親の友人であり、私の剣の師であり‥‥‥‥保護者である人だ。

 




諸事情で、全然投稿出来なかったです。
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