社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第四十一話 鉄の誓い

―――七耀暦1206年 ヘイムダル

 

side ギリアス・オズボーン

 

 ジュノー海上要塞での一連の出来事を纏めたレポートに眼を通す。しばらく見た後、内容に満足し、レポートをテーブルに置いた。

 

「なるほど、順調に成長しているようで何よりだ。ご苦労だったな、レクター」

 

 私はねぎらいの言葉を吐いたが、レクターは溜息を吐いた。

 

「やれやれ‥‥‥‥どっちの成長の事を言ってるんだか」

「どっちのとは?」

 

 レクターの言わんとすることは察するが、敢えて問い返す。

 

「二人のどっちだ、アンタが言ってんのは?」

 

 レクターを二枚の写真を私の前に進める。一つはリィンの写真を、もう一つは仮面とローブを纏った執行者《社畜》の写真を並べた。

 

「アンタが順調な成長、と言ってんのは《灰の騎士》殿の方か、それとも新進気鋭の《結社》の執行者殿の方か、どっちだって聞いてんだ」

「さて‥‥‥‥どちらであろうかな」

 

 私は明確な答えを出さなかった。

 

「やれやれ、其処は嘘でも自分の息子にしておいてやれよ‥‥‥‥」

「フフ、ずっと昔に手放し、テオに預けた。あれから14年だ‥‥‥‥今更親子だとは言えんさ。それに‥‥‥‥」

 

 私は二枚の写真の内、執行者《社畜》の方の写真を手に持った。

 

「彼との付き合いの方が‥‥‥‥実子よりも長くなっているのでな」

「まあ‥‥‥‥そうだな」

 

 仮面の下の素顔を私もレクターも知っている。なぜなら‥‥‥‥

 

「なあオッサン、ここまで全部‥‥‥‥アンタの筋書き通りか?」

「筋書き通りとは?」

「とぼけんな、アンタがハードを《結社》に入れたことだよ」

「フフ、まあそうだな。一部想定外だが概ね筋書き通りだと言える」

「ああ、そうかよ‥‥」

 

 彼を《結社》に入れたのは私の意向が多分に含まれていることは否定しない。

 

「だが‥‥‥‥彼に《結社》が目を付けることは分かっていた。それはお前にも分かるな、レクター」

「それは‥‥‥‥まあ、だろうな」

 

 レクターも不承不承としながらも同意した。

 

「彼の力は今だ発展途上であり、その上限も定かならない。その上、彼の持つ『闇』は執行者に成るに足るものだ。故に何時かは彼に《結社》が声を掛けるだろうと思っていた。そして、私の見込み通りに事が運んだ」

「‥‥‥‥アイツの卒業後の進路を決めさせるな、なんて言ってきたときから何かあるとは思ってたが、まさか《結社》に入れるとまでは、流石に予想外だったぜ。てっきり、情報局に入れようとしてるのかと思ったもんだ。サイモンのオッサンなんか、ハードが来ると思って『情報局での軍服着用禁止』、何て規則作ってたし‥‥‥‥」

「当初はその予定だった。だが、《結社》の《道化師》から話を持ち掛けられた。ハード・ワークを《結社》に欲しいとのことだった。《道化師》曰く、盟主が彼を欲しがっている、とのことだった。彼は親友の忘れ形見だ、当初は手放すことを考えてはいなかった。だが‥‥‥‥先を見越すと、彼を手放すのが最善だと判断した」

 

 《幻焔計画》を《結社》から奪い早1年半、再び《結社》が動き始める少し前に《道化師》が姿を現した。

 当初は私から《幻焔計画》を奪い返すことを宣言するのかと思ったが、違った。私の保護下にある、ハード・ワークを結社に貰い受けたい、というモノだった。

 漸く来たか、という心境だった。彼は親友の忘れ形見。渡すつもりはない‥‥‥‥と言いたかったが、それを飲み込んだ。彼のこれからを思えば、表の世界では生きにくくなるのは必定。ならば裏の世界で生きていけるように力を付けさせるのが、私に出来る最後の務めだ。幸い《結社》であればリアンヌがいる、彼女が彼を導いてくれるだろう。

 私は了承し、現在の彼は私が当初想定した通り、強く成長し、今や《執行者》となるまでに至った。

 

「しっかしまあ、アイツ自身は就職先が決まらなくって困惑してただろうな。成績は主席、役職は生徒会長、なのに就職先が決まらなかったんじゃ、学院に申し訳が立たない、くらい思ってただろうし‥‥教官なり、俺なりに頼みにきてくれりゃ、いくらでも用意してやったのに‥‥‥‥」

「彼の性格を知っているだろう、彼は誰かに弱みを見せることを良しとしない。誰にも頼らず、一人で何とかしなければ、と思ってしまう。‥‥‥‥そういう風にしか生きられない」

「っ! ああ、知ってるよ、それくらいさ‥‥‥‥それなりになげぇ付き合いだからな」

 

 レクターは飄々としているが、その手が強く握られているのは見て取れた。

 レクターにとって、彼―――ハード・ワークは恩人の子であり、弟分のようなものだった。だからこそ、弟分に弱みさえ見せられない程、頼られなかったことは酷く心を痛めていた。

 だが、仕方ないことでもある。ハード・ワークは誰かに頼って生きることを知らない。

 

 彼の口から自身の過去を話したことはない。だが、その軌跡を辿れば『壮絶』と言う言葉すら『生温い』と感じる程の地獄を生きてきた。いや‥‥生き抜いてしまった、と分かる。故に誰かに頼るような生き方を知らずに過ごしてしまった。頼れないし、頼らない、不器用だと言ってしまえばそれまでだが、そうせざるを得なかった。そして、その生き方は今も変えられていない。

 

「私の下では、彼に先はない。だから、彼を《結社》に委ねた。‥‥‥‥私の側に置けば、いずれそれが彼の足枷になる」

 

 私の結末は決まっている。

 誰にも言う訳にはいかない、それを察しているのは目の前のレクターくらいだ。ルーファスもクレアもミリアムも先の事を知らない。ましてやハードも‥‥‥‥

 もうそれほど長き時があるわけではない。叶うならば、二人に代わり彼の行く末を見届けたかった。

 それが私の責務‥‥‥‥彼から両親を奪った者として、成さなければならないモノだった。

 

「私は親友の忘れ形見にこれ以上の重荷を背負わせることは許されない。彼から父と母を奪い、その上、彼の人生まで奪うなど、到底許せない。彼はもう自由になっていい、何物にも縛られず、自由に生きていいのだ。‥‥‥‥彼には、何一つ責などないのだから‥‥」

「‥‥‥‥オッサン」

「だが、不思議なものだ。実子には何もしてこなかったというのに、他人の子には随分と甘かった。剣を教え、勉学を教えた。それが楽しかったのかもしれん、成長を見る事がこれほどに楽しく、心躍るのかと、知ることになるとは、そんな資格、私には無いというのに‥‥‥‥思えば私の後継として最も期待していたのが、彼になるとは‥‥‥‥皮肉なものだ。彼の両親を奪った者が彼に期待するなど恥知らずにもほどがある‥‥‥‥」

 

 目をつぶると、思い出す。

 ハードに初めて出会ったあの夜の事を、鮮明に思い出せる。

 あの時の衝撃は早々忘れることは出来ない。だが、あれがあったからこそ、彼を私の下に置き、育てることを決めた。

 その決断が酷く打算的なものであるのは否定しない。だが必要なのだ、彼の力が。

 故に私に出来る全てを持って彼を鍛え上げた。そして想定以上の力に至った。彼の力があれば‥‥‥‥

 

 私が考え込んでいると、ふぅ、とため息をつく音が聞こえた。

 

「やれやれ、アンタもハードも大概だな。似た者師弟だよ。‥‥‥‥別にハードはあんたの事、仇だなんて思ってないだろうし、おやっさんも姐さんも別にアンタを恨むことなんかなかったさ、それこそ死ぬまで、アンタを恨んでもいなかった。‥‥‥‥それ以上言えば、あの二人に対する侮辱だ」

 

 レクターはそう言って私を睨む。

 そうだな、確かに私が言ったことは二人に対しての侮辱に他ならない。

 今の帝国を影から支える情報局を作った二人の功労者‥‥‥‥いや、我が生涯の友への侮辱だ。

 ‥‥‥‥だが、思ってしまう。今でもあの時の判断が間違っていたんではないかと、ずっと思ってしまっている。

 

 

 

―――七耀暦1198年 ヘイムダル

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ハード君!!!!!!」

 

 親友の忘れ形見が壊れる瞬間を見た。いや‥‥‥‥私が壊した。

 

 亡き友―――ネット・ワーク、ソーシャル・メディアの両名とは学生時代に出会い、苦楽を共にした良き友人‥‥‥‥いや親友だった。ネットとは武を競い、ソーシャルとは智を競い、力を高め合った好敵手でもあった。結局どちらにも学生時代には勝ちきるには至らず、武での一位をネットに、智の一位をソーシャルに譲ったものの、総合成績一位となることは出来た。

 

 学生としての終わりを迎える間際、二人から相談を受けた。二人の結婚話だった。私も親友として、彼らの結婚を心から喜び祝福した。二人は何時までも夫婦仲は良く、こちらの方が困るほどだった。挙句、早く結婚しろ、と会うたびに言われ、若干辟易していたほどだった。

 

 私が三十路を過ぎ、カーシャと出会い、結婚を考えた頃、二人に猛烈に押し込まれた。有難迷惑この上なかったが、二人の裏表のない感情は素直に嬉しかった。

 

 そして、子が‥‥‥‥リィンが生まれた。カーシャの出産を支えて、取り上げたのはソーシャルだった。

 彼女は学院を卒業した後、医学を学び、医療大隊の少佐になった。だが、そんな彼女も経験のない分野である出産には多く苦労があったはずだ。それでも彼女は少しの時間も学びの時間に回し、助産師として、リィンを取り上げてくれた。

 彼女に心の底から感謝しているし、リィンが生まれた時、私以上に喜び大泣きしたネットに対しても同じくらい感謝した。

 だが、そんな二人に対し、心苦しい思いがあった。二人の間に子供が出来なかったからだ。そのことに若干の引け目を感じていたが、当の二人は大層リィンを可愛がってくれた。

 

 それから月日が過ぎ、私はカーシャを、リィンを、失った‥‥‥‥イシュメルガの呪いによって。私はリィンをテオに預け、戦争を終結させ、エレボニア帝国宰相の地位を得た。全ては‥‥‥‥黒を滅ぼすために。

 

 そんな折にネットとソーシャルから相談を受けた。子供を引き取りたい、と言う事だった。二人は私に配慮したんだろう、妻と子を失った私に‥‥‥‥だが、そんな事を遠慮する必要はなかった。例えこの身が不死に変わろうと、彼らは大切な親友だ。その二人が待ち望んだ子供を得るというのなら、それを後押ししたかった。

 

 二人が引き取った子は孤児だった。名はハード、保護した当時は覚えていることはそれだけだったらしい。だが、二人は大層その子を愛した。

 二人が引き取った子供は非常に優秀だった。当初は親の贔屓目か、という思いもあったが、真実優秀だった。力が強く、頭が良い、そんなありきたりな言葉で片付けるには一線を画していた。

 帝国最強の一角に数えられたネットが武を、帝国最高の賢人と謳われたソーシャルが知を、それぞれ教えたそうだ。それ故の結果、と言えばそれだけだが、それを耐えうることが出来るという段階で、その子の有能さを証明していた。

 ネットとの立ち合いを嬉々として臨む者など、帝国に置いて上位の実力者にしかおらず、ソーシャルの智謀についていける者もまた国内に置いて極少数だけだった。

 当初話を聞いたとき、子供には酷だと思いはした。だが、それを乗り越えんと努力し、順調な成長を遂げていたそうだ。

 二人は子を得て、今まで以上に嬉しそうだった。

 

 だが、私のせいで、その幸せが壊れた。

 

 『帝国軍情報局』、国の内外の諜報活動を行う機関の設立を目指し、それをネットに任せた。

 今後の私の手足として働いてもらうため、信用が置ける者でなければならない上に、階級の別なく、身分の枠に囚われない、そんな組織故にその人選には慎重を期す必要があった。それを考えた時、最初に思い当たったのが‥‥‥‥ネットだった。

 幸い、ネットはすんなりと了承してくれ、設立に向け、奔走してくれた。

 その過程で、アランドールの息子であるレクターに、リーヴェルトの娘であるクレアの才を伸ばし、今後の人員の整備も取り掛かってくれていた。ありがたいことこの上なかった。

 だが、いくらネットでも限界はあった。仕事に追われ、指導に追われ、時間に追われ、そうして家族での暮らしを減らさせてしまった。折角出来た子供との家族の団欒を私が奪ってしまった。

 だが、ネットは私を責める事など決してなかった。それどころか、これからの帝国の行く末を案じ、必要な事だと理解を示してくれた。その上、ソーシャルまで手を貸してくれた。ありがたいことに、ソーシャルの加入で設立までの期間は当初よりもずっと短縮できた。

 それに人間関係においても、クレアは随分とソーシャルを慕っていた。類まれな情報処理能力を持つ彼女はクレアにとって良き見本となったようだが、自身より年長の同性と言う事もあり、甘えることが出来た存在でもあった。

 レクターにしても、ソーシャルに世話を焼かれていた。まるで母親と息子の様であった。『うちの子より手が掛かるから楽しい』、というのが彼女の感想であり、レクターも自身より年下の子以下だと思われるのが癪だったようで、若干の改善を見せていた。

 

 その様にうまく回っている最中、あの忌まわしい夜がやってきた。二人が変わった、いや変わらざるを得なかった夜だった。

 ネットの家が火事に遇った。家の中には親の帰りを待つ子供が一人。結果として、家は全焼で、家の中には焼死した子供が一人。状況は火を見るよりも明らかだった。焼死した子供はネットとソーシャルの子供だと、誰もが思った。そんな中、ただ二人だけ―――ネットとソーシャルは違うと言い切った。

 体格も似通っていて、顔を熱によって原型を留めていないため判別は不可だ。だが、それでも、違うと、『自分の子供を間違える親はいない』と言い切った。

 当初は二人が‥‥‥‥現実を受け入れられないだけだと、思った。

 だが、後に二人の言う事が、正しかったと分かった。そして放火犯を捕らえる事に成功した。その事情聴取はネットとソーシャルではない誰かがやるべきだと、皆が思った。だが、それを押して、ネットが、ソーシャルが、取り調べを行う、と言い切った。

 その時の二人を見た全員が‥‥‥‥恐怖した。二人は一切の感情を見せなかった。怒りを、憎しみを、悲しみを、全ての感情を超越し、無の感情だったそうだ。そして淡々と事情聴取を行い、職務を全うする様を見せた。

 そして、そのとき初めて、帝国にて《D∴G教団》の被害が確認された。

 

 ネットとソーシャルはその後、寝る間も惜しんで《D∴G教団》に調べ上げた。カルバート、レミフェリア、リベール、そしてクロスベル、各国での被害状況など事細かく調べ、被害者が子供だと言う事を調べ上げた。各国の被害状況から拠点は一つではなく、世界各国にあることを導き出した。それらの情報交換を世界各国と行い、遂には遊撃士主導での教団殲滅作戦が行われ、教団の拠点の大部分が破壊され、教団組織は壊滅した。

 

 その後、壊滅した組織から被験者のリストを見つけ、その中には確かにハード・ワークの名があった。そして、其処には二人にとって信じがたい事実が書かれていた。

 被験者の実験記録と身体検査の結果が書かれていた。筋肉の増強、骨の強化、柔軟性の向上、視神経の発達‥‥‥‥上げればキリがない程、多くの実験が行われていて、それら全てに耐えきった、と言う事だった。そして、身体検査の結果には『ハード・ワークの体には通常の人体からは検出できない物質があり、人工的に作り上げられたホムンクルスである』と言う事が書かれていた。その資料を見て二人は‥‥‥‥怒り狂った。

 愛した我が子が『人』ではないと、知ったから‥‥‥‥‥‥ではなかった。真に怒ったのは、その資料に現在の居場所が書かれていないことに、怒っていた。

 自分の子供が人であろうがホムンクルスであろうが、愛する我が子に代わりはない、と言い切った。だが、漸く安堵出来た。二人の言う通り、ハード君は火事で死んだわけではないし、実験の犠牲者でもない、という点だった。

 ハードは生きている、と知ったときの二人は‥‥‥‥泣いた。人目をはばからず、泣いた。だが誰もそれを止めようとは思わなかった。

 愛する我が子がいなくなって、数年が経った。生きている、と信じていても、その確信を得るまで、必死で耐えていた。己を殺し、戒め、歯を食いしばって耐え続けた。

 

 あの日の夜に何故共に居れなかったと責め続けていたのを、皆が知っていた。

 彼が何時でも帰ってこれるように家を建て直し、明かりをいつも点けていることを、皆が知っていた。

 いつも一人分多くの食事を用意しているのを、皆が知っていた。

 

 あと一息だと、皆が思っていた。もう少しで、家族が元に戻れる、と思っていた。

 だが‥‥‥‥その日は訪れなかった。

 

 突然の出来事だった。

 ネットが意識不明で病院に運ばれた。

 原因は‥‥‥‥調査中の事故だった。階段で足を滑らせ、頭を強く打った。

 最初はそれを聞いて、理解が出来なかった。ネットが、足を滑らせたことも、ましてや無防備に頭を打ち、意識不明に陥ったということが、その全てが理解できなかった。

 ネットの足腰の強さも、打たれ強さも、危機的状況からの回避術も、身に染みて良く知っていた。

 私は病院に急ぎ向かい、ネットを見た時には、衝撃を受けた。倒れる少し前に見た時よりも、顔の輪郭が変わっていた。頬が痩せこけ、眼の下には隈があり、見るからに健康体そのものだったネットが見る影もなかった。聞けば体重が随分と減っている上、睡眠時間さえまともにとってはいなかった。

 医師の言葉では、栄養失調、睡眠不足、過労からくる疲れの蓄積、精神的な不安、それらが重なり今回の状況に至ったと語った。もっと早くに倒れていてもおかしくはなかったそうだ。それを踏み止まらせたのは、息子を探すという使命感、いや親の性とでもいうものだ。

 だが、遂に超えてしまった。ネットの肉体が、精神が、限界を超えたのは火を見るよりも明らかだ。これを機にソーシャルと共に強引にでも休ませるべきだと、判断を下した。しかし‥‥‥‥遅かった。

 今度はソーシャルが倒れた、ネットの知らせを聞いて、発狂し、狂乱し、最後には糸が切れたかの様に、動かなくなった。こちらは外傷によるものではなく、精神的なものだった。きっと大丈夫だ、ネットは生きている。それを伝えれば正気に戻る、とそう思っていた。

 だが、彼女はそれからしばらく目を覚ますことはなかった。

 

 この事を、ネットに伝えるのは、酷だった。今の状態のネットに伝えるのは、残酷だと、思った。だから、何食わぬ顔で隠そうとさえ思った。だが、私の親友はそんな私の心を見透かしていた。

 アイツは‥‥‥‥私の表情から全てを察して、『ウソが下手だな』と言って、笑った。それからすぐに状態が悪化した。アイツは力尽きる最後、私にこう言い残した。『ハードは、俺、と、ソーシャル、の子供、だ。必ず、いき、て、る‥‥‥‥ギリアス、ハード、が、かえ、って、きた、ら、俺達、の、墓の、前に、連れて、きて、くれ』

 縁起でもないことを言うな! と怒りたかった。お前が死ぬわけがない。あの強かったネットが、こんなことで‥‥‥‥、だが、ネットの眼が、全てを訴えていた。もう、眼も見えていなかった。私の手を掴むアイツの手がこれまでに感じたことがない程‥‥‥‥弱弱しかった。

 私は力一杯、手を握った。ああ、これが‥‥‥‥最後、なのだな‥‥‥‥

 それが分かったとき、せめて親友を安心させるべく、

 

 『任せろ、必ず、連れて行く。だから‥‥‥‥』

 

 力一杯、答えて見せた。

 それを見届けた親友は、笑って逝った。 

 

 親友を看取って半年ほど経った後ソーシャルが目を覚ました。

 うっすらと目を開け、周囲を見渡して、小さい声で『‥‥そっか‥‥』と言った後、息を引き取った。

 彼女は周囲の状況を見て全てを悟った。優秀な彼女の知性故に察してしまった。

 何も状況は好転していなかっただけでなく、最愛の人がまた一人いなくなったことを、理解してしまった。それ故に全てを諦めて目を瞑った。 

 

 嘘だと‥‥‥‥言いたかった。彼女の手を取り、これは現実だと思い知らされた。失われていく体温が、彼女の死は現実だと、真実だと、事実だと、思い知らせてきた。

 大切な‥‥‥‥友人だった。私にとって、かけがえのない、大切な‥‥‥‥人だった。学生時代から、いつも彼女に助けられてきた。何も彼女に‥‥‥‥返せていない。一度として彼女に‥‥‥‥返せなかった。リィンを取り上げてくれた彼女に、情報局設立を助けてくれた彼女に、何も返せなかった。

 

 親友二人を喪った後、私に残されたのは使命感だった。

 親友二人に対して、報いる為に二人の子供を探すことを心に誓った。

 そう心に誓ってすぐに事態は好転した。

 

 国境を越え、帝国領に入った不審な存在が確認された。当初は他国の間者だと思われ、その存在を追った。すると、その存在は子供だった。

 いくつかの部隊がその少年を追ったが捕らえるには至らなかった。だが、その少年の姿形は捉えることが出来た。その姿を見た時、直ぐに分かった‥‥‥‥ハード・ワークだと。

 

 帝国軍情報局にハード・ワークの顔を知らない者はいない。誘拐される前にはネットが頻繁に写真を見せていた、自慢の息子だと、大層な親バカっぷりを見せていた。そして、誘拐されて以後は、全員に周知徹底させ、目撃情報を募ったこともあった。

 私は即座に彼を保護するように指示を出し向かわせた。

 彼の生存を、帰還を待ち望んでいた者はもういないが、それでも約束を果たさなければならなかった。ネットのために、ソーシャルのために、約束を果たさなければならなかった。だが、思うようにいかなかった。

 

 彼は人の気配に敏感だった。多くの人員を配して、捜索すれば、痕跡は見つかるが、決して姿は見せなかった。

 姿を見かけ、追わせれば、驚異的な脚力で追走を振り切り、圧倒的な筋力で岩山や木を登り、誰にも追いつくことなど出来なかった。

 その奇抜な発想も、それを実現させる能力も正に両親を良きところを足したような子だった。

 だが、彼の足取りは真っ直ぐに帝都に向かっていた。故にこのまま彼が帝都にたどり着けるように、帝都以外への道に行きそうな場合のみ人を配し、その足取りを妨げないことにした。

 結果として、彼が道を外れることなく帝都にたどり着いた。そして彼が向かったのは‥‥‥‥やはり、彼が暮らした家だった。

 事前にレクターを向かわせ、家に灯りを付けさせた。我ながら酷な事だ、希望の灯を見せ、絶望に落とす。とても残酷な事だ。だが、ここで彼を止めなければ、もう彼を止める手立てがない。

 

 果たさなければならない、親友の最後の願いを。彼らに最期に対してウソだけはつけない。そして、告げなくてはならない。君を誰よりも愛した二人の生きざまを‥‥‥‥

 

 私がネットの家に向かうと彼がいた。

 体に傷はない、だが、衣服と呼べない程にボロボロになった布は酷く汚れていた。不思議に思った、何故あれほど衣服がボロボロだと言うのに、体に小さな傷すらないのかと‥‥‥‥

 だが、そんな疑問を持つ前に、彼に伝えねばならなかった。彼の父の事、母の事を、それが私の役目であり、咎であるから。

 

「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友人だ」

 

 彼の目に光が宿った。

 

「君の父ネットと母ソーシャルとの約束を果たすため、ここで君を待っていた。さあ、来たまえ、君の会いたがっていた二人に会わせてあげよう」

 

 私は彼を背負い、親友が待つ場所―――墓に向かった。

 

 

 私は彼に話した。彼にとっての父と母の事を、私にとっての親友の事を、知り得る限りの全てを話した。

 道中の彼は弱弱しいが、それでも力強く握っていた。

 

 彼を背負っていると思い出す、手放してしまった我が子の事を。

 彼と歳は同じだった。もしあのようなことが無ければ、私はリィンを手放さず、彼とリィンは友達に成っていたかもしれない。私にとってのネットの様な、心から信頼できる友の様になれていたかもしれないな。今更だがな‥‥‥‥

 

 話をしながらも歩を進め、遂にたどり着いた。

 これから彼が気づく真実はとても残酷だ。だが、今更誤魔化すことなど最早出来ない。今更痛める心などとうに失ったが、それでも尚、傷んだ。

 

「‥‥‥‥さあ、ここだ」

 

 私が彼に見せた親友の墓を最初は理解できない。だが、直ぐに出来る事だろう、聡明な子、故に‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」

 

 静かな墓地に絶叫が響き渡る。

 ‥‥‥‥こうなることは容易に分かっていた。

 彼がどれだけ傷つきながらこの帝都まで帰ってきたのか知っている。彼に行われた人体実験も入手した資料から分かるだけで想像を絶していた。肉体的なダメージがどれ程なのか、最早想像がつかない。

 そして、私がまた彼を追い詰めている。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 彼はその場に膝を付いた。全身から力が抜け落ちている。このような姿を見ることになるだろう、と思っていた。

 愛ゆえに悲しみが生まれる。二人を心底愛していたが故に、彼はここまで帰ってきたし、今も悲嘆に暮れている。

 彼を愛するが故に文字通りすべてを‥‥己の命すら使いきった親友に対して尊敬の念しか浮かばない。

 私には出来なかったことだ。妻を失い、子を手放した。イシュメルガに仕組まれたことであったが、その呪縛を乗り越えることが出来なかった。命を救えたリィンと共に暮らす未来があったのかもしれない。だが、その道を選べなかった。私が‥‥‥‥弱かった故に。

 

 私の身にはドライケルスの血は流れていない。だが、私は250年の時を経て転生し、この世に生まれた。そのことを思い出したのは、ギリアス・オズボーンとしての生が終わった時だった。

 かつてのドライケルスだった時、その母に『貴方の血は、決して帝国の不幸を見過ごせない』と言われた。その言葉は正しかった。帝国の不幸を見過ごせなくなり、立ち上がった。

 多くの不幸があった。友を失い、彼女も失い、多くの大切な者を失い、漸く訪れた平和だった。

 それから幾年が流れ、終わりの時が迫る中、あの忌まわしき声が私に届いた。

 その声はヴァリマールと比べるのもおぞましいものだった。だが生涯を終えるまで、耐えきった。

 それから転生して、声が聞こえてきた。何度も、何度も、おぞましい声を掛け続けてきた。だが、それを跳ね除け続けるうちにネットに出会い、ソーシャルと出会い、カーシャと出会い、リィンを得た。

 人生の絶頂期だった。あの声も聞こえなくなるほどの幸福な時だった。故に‥‥‥‥油断した。

 

 カーシャを失い、リィンも失う寸前であった。その折に声を掛けてきた。狡猾な罠であった、断ればリィンの命はない。私には選択肢はなかった。黒の起動者となるしか、リィンを救う道はなかった。

 私は黒の契約者になり、私の心臓はリィンに与え、死は免れた。だが、私の側に置くことはもうできなかった。一度失ったからこそ、もう一度失うことに耐えれなかった。そのためリィンをテオに預けた。せめてリィンだけは健やかに育って欲しかった。母を守れなかった、愚かな父のたった一つの願いであった。

 

 そんな臆病な私に対し、ネットとソーシャルは偉大だった。

 自身の子でなくともその愛の深さは実の子を手放した私など比べものにならなかった。

 彼ら二人は勇敢に、どれほど絶望的な状況であっても、ただ自身の子を信じ続けた。一度でも子の生存を疑えば、揺らいでしまう中、必死で信じ続けた。彼らは見事、自身の子が生きているという事実を手繰り寄せた。

 私には出来なかった。リィンを守り切ることも、リィンと共に暮らして生きて行くことを選ぶことも、出来なかった。二人に比べ、どれ程弱かったことか、思い知らされた。学生時代から、二人と切磋琢磨してきたが、終ぞ勝てなかった。

 そんな二人の子であっても、こんな状況はあまりに酷だ。

 もう少しやり方があったのかもしれない。ネットとの約束ではあったが、もう少し落ち着かせてからでも良かったのかもしれない。

 そんな思いが頭を駆け巡る。

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 静かな墓所に絶叫が響き渡る。

 その声で思考の海から引き戻される。

 今の私に出来ることは後悔することでも、無駄な思考に費やすことでもない。‥‥‥‥一刻も早く彼を休ませることだ。

 もう彼は限界だ。肉体的にも、精神的にも‥‥‥‥

 

 慟哭を上げる彼の下に歩を進める。

 もし彼が暴れたとしても、抑え込むのに問題はない。一線を退いたとはいえ、百式軍刀術の達人でもあった身、いくら彼が強いとは言え、造作もないことだ。だが、私は彼に一切の抵抗もするつもりもない。

 彼が私を憎み、怒り、拳を振り上げたとしても、私は受けなければならない。

 それで彼の気が晴れるならいくらでも殴るがいい。もしこの首が欲しいと言うなら、喜んで差し出そう。‥‥‥‥生憎だが命はやれないがな。

 

 彼にはそれをするだけの理由があり、資格がある。

 彼から父と母を奪ったのは私だ。そんなつもりがなかったとしても、結果的にそうなったとしても、全ての責任は私に帰結する。

 もし私がネットに情報局設立に協力を求めなければ、もしソーシャルを駆り出す様な状況になる前に手を打っていれば、あの日の夜だけ早くに帰るように言っていれば、そもそも私がネットやソーシャルに出会わなければ、彼は今も平穏に暮らせていたはずだ。

 私が居たから‥‥‥‥今、彼は泣いている。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 一頻り泣いた後、慟哭が止んだ。

 彼が叫び疲れたのか、それとも、もう声すら上げる力すら使い切ったのか、こちらからは伺い知れない。 

 再び墓所に静寂が戻った。

 ‥‥‥‥だが、何かがおかしい‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 彼が再び立ち上がり、手を宙にかざす。

 すると‥‥‥‥‥‥‥‥割れた。

 

「なっ!?」

 

 驚きのあまり声が漏れた。

 今、目の前で何が起こったのか、正しく理解できなかった。

 当たり前だ、いくら何でもこんな現象が起こるなど、予想できるはずもない。

 文字通り割れたのだ‥‥‥‥空が‥‥‥‥

 

 この現象を引き起こしているのは紛れもなく彼だ。

 私はこの現象を引き起こす彼を止める‥‥‥‥‥‥‥‥べきなんだが、もう少し見極めたくなった。

 

 一体どうして彼にこれほどの力があるのか?

 これは彼が教団の実験によって得た力なのか?

 それとも、彼の特異な生まれ‥‥‥‥いや、特異な生物―――ホムンクルス故に備わった力なのか? その答えは今は分からない。だが‥‥‥‥もしかすれば、私にとっての有用な‥‥‥‥‥‥‥‥武器になるかもしれない。

 

「くううううううっ!!!」

 

 彼が苦悶の表情を浮かべだした。力の反動か、それとも別の何かか‥‥

 彼の力について考察を進めている最中、周囲の何かが彼に集まっていく。その力が彼の吸い込まれていく毎に、彼の力が増していき、ドンドンと空間に穴が広がっていく。だが‥‥‥‥

 

「あ‥‥‥‥‥‥」

 

 一際大きな光が彼に吸い込まれたと同時に、力が抑えられていった。

 そして遂には‥‥‥‥空間が元に戻った。

 彼はその場に倒れ込んだ。

 

「‥‥‥‥息はある。だが、一体何が?」

 

 状態を確認しても、彼の体に異常は見受けられない。周囲の状況も元の静寂に戻っている。

 訪れた時と同じ光景に戻っている。

 

「まあいい。今は‥‥‥‥彼の今後をどうするか」

 

 私は再びここを訪れた時と同じ様に背負い、来た道を戻りながら考えていた。

 私の庇護下に置くことは当然であるが、最終的な位置づけをどうするか、レクターやクレアの様に鉄血の子供達にするのか‥‥‥‥いや、それ以前にまず彼について調べなければならんな。

 先程見せた力がどういったものなのか興味がある、それと彼自身の生い立ち―――ホムンクルスの製造場所がどこであるのか調べておく必要がある。

 私が黒の起動者になったとはいえ、黒の工房は今はまだ結社の十三工房の一つに過ぎない。そこからまずは切り崩さねば、大いなる黄昏を起こすには至らない。

 

 やれやれ、まだまだやるべきことは多々あるか‥‥‥‥だが、やり遂げなければならない。

 大切な者を喪った、もうこれ以上喪う訳にはいかない。そして、喪ってはいけないものもある。

 今度こそ守り抜く、大切な我が子を、大切な親友が守った者を、私が守って見せる。

 

 

 

 

―――七耀暦1206年 ????

 

「‥‥ああ、寝ていたのか‥‥」

 

 私は椅子に腰かけ、昔の事を思い出しているうちに眠っていたようだ。

 懐かしい夢だった。亡き親友の事を、その忘れ形見の事を改めて思い出させる夢だった。

 夢を見る事など、久しくなかった。だが、こんな状況で見ると言う事は、そうさせる何かがあるのだろう。

 大いなる黄昏まであとわずか‥‥激動の時は間近にまで迫ってきた。

 

「最後に残るのは誰になるか、私か、リアンヌか、それとも‥‥‥‥誰になるだろうか、君には分かるかね‥‥‥‥ハード・ワーク」

 

 眼前にて眠る亡き親友の忘れ形見に語り掛ける。

 我がもとに戻ってきて数日、今だ一度として目覚めない。だが、遂に答えた。

 

 

 

「フッ、久しいな‥‥‥‥ハード」

 

 久方ぶりに見た亡き親友の忘れ形見は心底意外そうな顔で私を見た。

 




長すぎた。
読んでくださった方、ありがとうございました。
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