社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第四十二話 保護者面談

―――七耀暦1206年 ヘイムダル

 

「ほう、ようやく目を覚ましたか。久しいな、ハード」

 

 目を覚ますと帝国宰相―――ギリアス・オズボーンが目の前にいた。

 

「お久しぶりです‥‥‥‥ギリアスさん」

 

 意識を取り戻して最初に見る顔がこの人だとは驚きだ。帝国宰相であり、常に多忙を極めているこの人がどうして、という思いだった。

 

「どうして‥‥貴方が‥‥」

「ふむ、どうして、か。君が目を覚まさないと連絡を受ければ、様子を見に来てもおかしくはあるまい。私は君の‥‥‥‥保護者だからな」

「‥‥まあ、確かに‥‥」

 

 その答えに思わず納得してしまう。

 ギリアスさんは親のいない私にとって、保護者であり、帝都に戻ってからトールズに入学するまでの間、生活を共にしていた。常々私の事を気にかけてもらっていた、ということは感じていた。身寄りのない私を引き取ってくれたことを、力を付けさせてくれたことを、実の子以上に面倒を見てくれたことを、非常に感謝している。

 だが、一体どうして私の目の前にこの人がいるのか‥‥‥‥そして、この場所にどうして、私がいるのかも理解が出来なかった。だってここは‥‥‥‥‥‥‥‥

 

「ふむ、この場所にいるのがそんなに意外かね?」

「‥‥‥‥ええ、ここに来ることは‥‥もうないと思ってましたので‥‥‥‥」

「ふふふ、何をそれほど驚くことがある。ここは‥‥‥‥君の家ではないか?」

 

 見覚えのある天井と壁の色、見覚えのあり過ぎるベッドからの光景、そして何故だか懐かしく感じる匂い‥‥‥‥ああ、確かにここは私が住んでいた家だ。

 だが、ここはもう私の家ではない。それは何よりこの人が一番知っているはずだ。

 

「ここは売ったはずです、トールズに入学するときに。手続きをしてくれたのは貴方だったじゃないですか」

「ふむ、おかしなことを聞く。ここは君の家で、ここは君の部屋だ。今も昔も、この家に君が来て、ハード・ワークとなった日からずっとここは君の部屋だ」

 

 至極当然、と言った表情で言ってのける表情は紛れもなく政治家『鉄血宰相』その人だ。

 だが、おかしい。この家は私が学院に入学する際に手続きをして、放棄した。

 ‥‥‥‥父さんと母さんと暮らした家、いや、その家は燃えてしまったが、今も同じ場所に、同じ内装で存在するこの家を手放すことには葛藤があった。だが、もうここにいるのは苦しすぎた。

 誰も帰ってこない広い家を私一人で維持するには労力が‥‥‥‥いや、そうではないな。労力など微々たるもの、本当のところは‥‥‥‥虚しかったのだ。

 だから学院入学を期に、家を誰かに使って欲しかった。私では持て余す、立派な家だ。ここを壊すことはどうしても出来なかった。だから、せめて誰かにこの家を使って欲しかった。

 

「‥‥‥‥もうこの家は人手に渡ったはずです。それはあの日手続きしてくれたギリアスさんが一番ご存じのはずです。それにあの時ミラも頂きました。もう私の家ではありません」

「ああ、あの時のか‥‥‥‥」

 

 私の返答にギリアスさんは当時の事を思い出し、私に答えを返した。

 

「アレは‥‥‥‥私が君から家を借りるための契約だ。多額のミラは、その際に君に家賃を一括で先払いで渡したに過ぎない。それに期間は君が学院を卒業するまでの間だ。契約書にもその様に明記してあった。その契約も君が学院を卒業した月を持って、満了し、私はこの家の所有権を君に返上した。故に今の正当な所有者は紛れもなくハード・ワーク、君だ」

「‥‥‥‥え?」

「この家は二人が君に残した物だ。確かに君にとっては重荷に感じる場所かもしれん。だが、私は二人が君の帰りを待っていたのを知っている。そして、君がこの家に帰ってこない二人のために居続けることに苦しんでいたことも知っている。だからこそ‥‥‥‥私はこの家を預かった。君がいつか帰ってくる気になったときのために、預かっていただけだ。誰かの手に渡ってしまったとき、きっと君は後悔する。そんな後悔をしない様に窘めるのが‥‥‥‥保護者の責務だ」

「っ!‥‥‥‥ありがとう、ございます」

 

 ‥‥‥‥やっぱりこの人にはかなわない。

 いつか私が後悔することを見抜かれていた。掌の上で転がされているような心境だが‥‥‥‥それでよかったと、今なら思う。

 ああ‥‥‥‥なぜだろうな、目が熱い。

 ‥‥‥‥久しく感じたことがない感覚だ。

 

 

「さて、目が覚めて早々だが、君にはいくつか話さなければならないことがある」

 

 部屋を移動し、テーブルを挟んで向かい合う。ギリアスさんの表情は‥‥‥‥酷く神妙だった。

 

「まずは、全ての事の始まりから話そう。君が何故‥‥‥‥何処にも就職出来なかったのか」

「‥‥‥‥へ?」

「あれは、今から半年ほど前の事だ‥‥‥‥」

 

 いきなりの内容に理解が出来ないまま話が始まった。その内容は酷く驚きがあった。

 

「すまんな、君の就職先をこちらの都合で決めてしまって‥‥」

「いえ、別にその程度の事は‥‥ただ出来れば前広に教えて頂ければ幸いです」

「うむ、では以後はその様にしよう」

 

 結社への就職はギリアスさんの意向も反映されていたのか。まあ、個人的には結社に入ったおかげで充実した毎日を送れている。

 多くの仲間がいる、多くの先達がいる、多くの強者がいる、そんな結社は私を強くしてくれた。今更出て行くなど、自分では考えられない。追い出されるまで、今の居場所にしがみつきたいと心の底から思っている。

 ただ、かつての恩ある方々に対しては、敵対するに至ったことには申し訳ないとは思っている。

 

「まあ、君が《結社》に行ってくれたおかげで彼らの動向も非常に追いやすかった。我々は君が《結社》の一員であることが分かっているので、君の行方を追うだけで、結社の目的も知ることが出来た。まあ、《結社》側もそれが分かった上で君の行動を容認していたのだろう」

 

 ああ、そういうことか。ギリアスさんが私を《結社》に送り出したのは所謂スパイ的な役割を期待していたのか。だったら申し訳ないな、そんなスパイらしい行動など一切していない。

 《結社》に利する行動しかしていない。コロッケ屋で利益を上げ《結社》の資金面に貢献し、様々な技能を学び、それを活用し結社の行動に貢献し、更には自身の鍛錬を行い積極的に自己アピールをし、戦線への投入を志願していただけだった。

 ギリアスさんが事前にそういった目的で私を結社に入れたのであれば、それを言っておいて頂ければ、その目的に即した行動を心掛けていたんだが‥‥‥‥

 

「さて、ここまでは過去の事を話したが、ここからは‥‥‥‥これから先に起こる出来事に関して、話しておこう」

「先に起こること?」

「君には以前話したな、帝国の歴史、二年前の戦争の表と裏、そして‥‥‥‥七の騎神について‥‥‥‥」

 

 私がギリアスさんに引き取られ、多くの事を教えてもらった。政治に経済、武術など多くの事を学んだが中でもよく教えられたのが、帝国の歴史だった。

 建国から発展、災厄、内戦、そして英雄譚に至るまで教えられた。そして、二年前に帝国に古の時代から再起動した機械人形―――騎神についても‥‥‥‥

 

「ええ、確かに聞きましたね。それが一体なにか?」

「‥‥‥‥黒の史書についても教えたことがあったな?」

「黒の史書‥‥‥‥ええ、確か過去の歴史が記された帝国皇帝家に伝わる秘宝でしたっけ?」

「うむ、その認識で合っている。黒の史書に書かれていることは必ず起こる。過去に起こった事件もそうであったように、これから起こることも、避けることの出来ない事象である」

「‥‥‥‥一体これから何が起こるというんですか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥幻焔計画の最終目的―――『相克』だ」

 

 幻焔計画、結社が2年前にギリアスさんに奪われたというオルフェウス最終計画の第二段階。

 私は2年前の当時を知らない。話では聞いていたが、全容も目的も、いまいち理解できなかった。

 

「幻焔計画の最終目的とは、《巨イナル黄昏》を発動させ『七の相克』を起こし《巨イナル一》を再錬成することだ。ことここに至っては結社と共闘する方が利がある、と判断し、協力関係と相成った」

「協力関係ですか‥‥私が眠っている間に色々と状況が変わっていたようですね。‥‥‥‥ん?」

「どうかしたかね?」

 

 話を聞いていて、ちょっとした疑問が浮かんできた。本当に些細な、取るに足りない疑問だ。今更聞く必要はない程の疑問だ。

 だが、そんな些細なことから話を詰めておくのは非常に重要だと私は思う。

 

「‥‥あの、‥‥今更ですが、お聞きしたいことが‥‥」

「ふむ、何かね?」

 

 大丈夫だ。問題ないはずだ。普段からそれほど眠ることがなかった私だ。かかった時間などほんの一日二日がいいところだ。状況は可及的速やかに、迅速に、拙速に、恐るべき速さで話が進んだことだろう。

 私は《結社》の動きの早さを知っている。根回しなどのまわりくどいことは不要であり、全ては盟主様の意志一つ、故に物事は簡潔明瞭に即断即決となる。

 ギリアスさんの政治手腕も良く知っている。貴族、平民、政治家、軍人、身分職種に問わずこの人が考え、指示したことは即座に実行される。

 以上をまとめた結果、ここまでの動きはおよそ数日の間に動いたことだろう。

 そう、今更確認するまでもない。きっと‥‥‥‥問題ない、はず。

 

「今は‥‥‥‥何日ですか?」

「うむ本日は‥‥‥‥7月15日だ」

 

 7月15日‥‥‥‥7月15日? あれ、確かジュノー海上要塞で戦ったのが‥‥6月19日。

 うん‥‥‥‥超寝坊してんじゃないか!?

 まずい!、まずい!!、まずい!!! 寝坊した!!!!

 これ、寝坊で遅刻どころか欠勤じゃないか!? それも一日二日どころか、一月近くだぞ! これ‥‥‥‥クビになるんじゃないのか!?

 あわわわわ‥‥‥‥状況を認識して、頭の中は大パニックだ。

 この現状を打破するには‥‥‥‥土下座しかない! 先輩がやっていたあの見る者に罪悪感を与える程の、地にめり込まんほど見事な土下座を披露して何とかクビだけは回避しなくては!!

 

「君にしては随分と眠っていたな」

「え?‥‥‥‥ああ、そうですね。人生初ですね」

「それほどまでに『鬼気解放』は疲れたかね?」

「‥‥‥‥『鬼気解放』の事を知っているんですか?」

「フッ‥‥まあな。ちょうどいい、ついてきたまえ」

 

 ギリアスさんが席を立ったので、私も付いていく。

 

 

 二人で家を出て、ギリアスさんの後をついて行く。

 外は暗い、今は夜だろうか、時間を確認すれば、どうやら1時らしい。そりゃ暗いな。

 しかし、こんな夜中に一体何処に行くつもりなんだろうか?

 そんな疑問を持ちながらギリアスさんの背を追っていく。

 

「久しぶりだな、こうして二人で出歩くというのは‥‥‥‥」

「‥‥‥‥そうですね。学院に入る前ですから、かれこれ2年以上前ですか」 

 

 私がギリアスさんに引き取られ、私が最初にお願いしたことがあった。

 強くして欲しい、そう言った。

 ギリアスさんは私の希望を叶え、あるところに連れて行ってくれた。それが‥‥‥‥

 

「ここに君と共に来るのも久しぶりだな」

 

 ある場所の前でギリアスさんが立ち止まる。

 私も同じくその場を見て、懐かしく思った。

 

「そうですね‥‥‥‥」

 

 ここは帝都の詰め所の一つ、昔ギリアスさんに百式軍刀術の手ほどきを受けた場所だった。

 

 ギリアスさんは扉を開け、中に入り、慣れた足取りで暗がりを進み、練武場の明かりをつける。

 

「‥‥本当に久しぶりだ」

 

 ここに来なくなって2年以上経ったが然したる変化はなかった。

 まあ、当然か。ここは軍の施設、それほど容易に模様替えが行われる訳がない。

 しかし、一体どうしてギリアスさんは私をここに連れてきたのか、いまいち分からなかった。

 私としては現状―――寝坊からの無断欠勤の件をどのように謝り許しを頂くかを考えなければならないんだが‥‥‥‥

 私の頭の中は許し得るためにどうすればいいのか、そのことしか頭になかった。だが、その思考を急遽止めざるを得なかった。

 

「ハード君」

「はい‥‥‥‥うおっ!?」

 

 ギリアスさんに呼ばれ、振り返ると目の前に剣が迫ってきていた。

 思わず刃の部分を指で挟み止めた。

 

「いきなりなんですか‥‥」

 

 私が不満げな視線を向けると、その場にいたのは鉄血宰相ではなく‥‥‥‥一人の武人が立っていた。

 

「なに、これからの大仕事を前に久方ぶりに体を動かしておきたいのでな。私のウォーミングアップに付き合ってくれたまえ」

 

 漲る闘気、かつてはこれほどに感じなかった。‥‥なるほど、かつてはこれほどの力を出さずに私に相対していたのか。

 まあ半人前の未熟者だった過去の私にこれほどの力をぶつければ戦意は確実に削がれた。ハッキリ言って、半年前の私なら確実に逃げの一手しか打てない程、圧倒的な強者だ。

 だが、今の私は酷く落ち着いている。これほどの強者に相対し過ぎて感覚がおかしくなったか、それとも自分も同じ領域に立てるようになったからなのか、それは今は分からない。

 だから今から、その答えを見つけよう。

 

「ふう―――いいですよ、そのウォーミングアップ、お付き合いします」

 

 受け取った剣を構え、力を解放する。

 一月近く寝ていた以上、体の動きが十全でない可能性が高い。

 だが、相手はかつての師にして百式軍刀術の達人、甘い戦い方では簡単に負けるは必定。

 今の私はかつてとは違う。《結社》の執行者、No.ⅩⅩⅠ《社畜》だ。そんな私が簡単にやられては《結社》の価値が下がる。私を指導して頂いた《鋼の聖女》リアンヌ・サンドロットの名に傷がつく。

 そんな無様は晒せないな。

 

「フフフ、では‥‥‥‥」

 

 ギリアスさんが剣を構える。闘気が更に洗練され、私を威圧する。

 

「‥‥‥‥」

 

 私も剣を構えたまま、微動だにしない。私が発する闘気がギリアスさんの闘気に抗う。

 互いに動かず、静寂が場を包む。

 私が出方を伺う中、ギリアスさんは‥‥‥‥笑みを深めた。

 

「‥‥‥‥やるようになった」

 

 その声が聞こえた瞬間、一瞬で空気が変わった。

 




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