社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第四十三話 覚醒の兆し

―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 最初に口火を切ったのは私だった。

 ハードは私の攻撃を難なく受け止めた。

 続けざまに、一合、二合と剣戟を放つが、それも苦も無く捌かれた、ただ一歩も動くことなく‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥準備運動ですか?」

 

 ハードは首を傾げ、これがまだ準備運動の領域であるのか、確認してくる始末、それほどまでに今のハードからすれば取るに足らない攻撃だった。

 

「やれやれ、随分と強くなったものだ。かつての君であれば、このくらいまでしか力を出せなかったのだがな‥‥‥‥」

「まあ、私も多少は成長していますので、寝起きですけどこれくらいなら別段問題ありませんよ」

「フッ、そうか。ならば‥‥‥‥続けさせてもらうぞ!! ハアッ!!」

 

 剣戟に込める力を更に高めていく。

 ここしばらく発揮していなかった力を込めていくことに自身が高揚していくことを感じた。

 

「ハアッ!!」

「クッ!? セイヤァ!!」

 

 互いに足を止め、剣戟を放ち続ける。先程まで余裕どころか然したる手応えも感じていなかった彼の表情を漸く変えさせた。

 

「フッ、まだまだ私も捨てたものではないな」

「よく、言います、ね!!」

 

 彼は私の一撃を受け止めた後、力一杯上に弾き飛ばし、即座に追撃を放つ。

 

「ッ!?‥‥‥‥随分と重い一撃だ」

 

 弾き飛ばされた剣を何とか引き戻し、無理な体勢で剣戟を受け止めた。

 体勢的に不利であったが、かつての彼であれば難なく受け止めることが出来たが‥‥‥‥最早容易くはいかない。遂には勢いを止めきれず、後ろに下がった。いや‥‥‥‥下がらされた。

 

「‥‥‥‥まさか、ここまでとは‥‥‥‥」

 

 先の報告を受け、ハードの成長度合いから現状の戦闘能力をある程度の目安を立てていた。だが、それを容易く覆されていた。

 やれやれ、本格的に私もヤキが回ったものだ。

 これは‥‥‥‥本格的に力を使うとするか‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ウォーミングアップはおしまいですか」

 

 ハードは剣を肩に担ぐようなラクな体勢で、闘気を収めている。

 全く、これではどちらが師で、弟子か、最早分からんな。

 彼の成長に嬉しく思うが、悔しくもあるな。

 まだ私にそんな気持ちが残っていたとは‥‥‥‥

 

「ああ‥‥‥‥ウォーミングアップはここまでだ‥‥」

「では、これで‥‥‥‥」

「ああ、ここからは‥‥‥‥本気で相手をさせてもらおう!!」

「!?」

 

 ハードは後ろに下がり距離を取る。

 

「どうしたかね?」

「‥‥‥‥」

 

 ハードには先程までのある種の緩い気配はない。剣を構え、闘気を研ぎ澄ませている。

 今の一瞬で察したか、ならば期待には応えねばならないな。

 

「久しぶりだ‥‥‥‥剣を握るのも久しかったが、ここまで闘気を漲らせるのも尚一層久しい。かつてここまで闘気を漲らせ、相対したのは‥‥‥‥君の父、ネット以来だ」

 

 闘気が満ちる。自身の体に活力が満ちてくる。気分も随分と高揚してくる。

 今だけは‥‥‥‥全てを忘れ、戦いに興じさせてもらうとしよう。

 

「さあ、見せてくれハード、君の全力を!!」

「‥‥‥‥分かりました」

 

 ハードの闘気が高まっていく。その力はこちらの想像を超えていくが‥‥‥‥

 

「『鬼気解放』は使わないのかね?」

 

 『鬼気解放』は使っていない。あくまで自身の闘気を高めただけに過ぎない。

 情報に上げられていた『鬼気解放』はおろか『黒の闘気』にすら至っていない。

 

「寝起きですので、それにアレを使うと消耗が激しいので、これ以上《結社》への貢献に差し障りが出るような状況は避けたいので」

「‥‥‥‥ほう、そうか。ならば‥‥‥‥使わなくても構わん」

 

 無理に使え、とも言えん。確かに彼の現状を考えれば、無理からぬことだ。

 だがな、ハードよ‥‥‥‥君が使わないのは、今の私程度であれば、その程度で十分だと判断したからではないのかね。

 私は彼の性格を良く分かっている。彼は無駄を嫌う、ゆえに無意識に判断したんだろう‥‥‥‥『鬼気解放』はおろか『黒の闘気』すら、今の私に使わずとも勝てると‥‥‥‥

 フフフ‥‥‥‥ああ、そう判断させたのは私の不甲斐なさゆえだ。だから‥‥‥‥引きずり出させてもらおう!!

 

「行くぞ、ハード・ワーク。お前の力を見せてみろ!!」

「行きます、ギリアスさん」

 

 ハードが一瞬で距離を詰める。私は動かず、彼の動きを見極める。

 

「ハアッ!」

 

 ハードが選んだのは突き、一瞬で距離を詰める速力とハード自身の膂力から繰り出された一突きの破壊力は筆舌に尽くしがたい程だと簡単に想像がつく。だが、

 

「甘いわ!」

「なっ!?」

 

 上から突きをはたき落とした。

 ハードは驚きの声を上げた。

 

「そんな余裕があると思っているのか‥‥‥‥」

 

 ハードは突きをはたき落とされたことで、体勢を崩し前のめりに倒れ込む。

 突きは切っ先に威力を集中させるが、それ以外が無防備になる。故に私が上からはたき落とした結果、切っ先が地に向いた。その勢いを殺しきれずハードは致命的なスキが生まれた。

 私は倒れ込むハードに向かい、足蹴りを放つ。だが、

 

「フンッ!」

「な!?」

 

 頭突きで受け止め、いや反撃してきた。

 思わぬ反撃は驚きと共に強烈な衝撃を与え、追撃の手が止まる。

 そのスキにハードは体勢を整え、距離を取る。

 

「フッ、やってくれる‥‥」

「いやあ、失敗しましたね‥‥」

 

 口角を上げる私と対照的に眉間にしわを寄せるハード、先の攻防の流れ的には第三者が見ていれば、私に軍配が上がるところだが、その実痛手を被ったのはこちらの方だ。

 ハードの突きからの一連の攻防、その全てに私は本気だった。だが、それを持ってしてもハードを倒しきるには至らず、ましてや反撃を喰らい、挙句『失敗』の一言で片づけ、更なる力を発揮する様子もない。

 蹴りを額に受けたといっても、威力が最大になる直前で、芯を外されていた。むしろ蹴ったこちら側に鈍い痛みが走ったほどだ。

 こちらが全力には程遠いとはいえ、本気で相対してこの様では自身の不甲斐なさを恥じるばかりだ。いや、それともハードをここまで鍛えた私の手腕を誇るべきか、リアンヌの指導力を讃えるべきか、‥‥‥‥それとも彼と共に切磋琢磨してきた我が子を褒めるべきか、判断に困るところだ。

 いや、いかんな、戦闘中だというのに‥‥‥‥ハードが更なる力を出さぬというなら、私が更に引き上げるまでだ。さあ、どこまで耐えられる、ハードよ。

 

「ハアアアアアアアッ‥‥‥‥行くぞ!」

「!?」

 

 今度は私からハードに斬りかかる。先程とは逆の構図となった。

 ハードは私の攻撃を見極めようとしているのが見て取れた。

 互いの間合いに入り、剣閃が交差する。

 カキィィィィィン、と甲高い音の応酬が続くなか、先にそれ嫌ったのは‥‥‥‥

 

「チィッ!」

 

 ハードの方だった。

 距離を取らんと後ろに下がった。だが、

 

「遅いぞ!」

「!? くっ!?」

 

 ハードが飛んだ先には私が回り込んで先んじた。私に気づいたハードが防御を行い、かろうじて間に合ったが、私は追撃の手を止めなかった。

 一合、二合、三合、何度も攻撃を重ねていく。それに対抗し、ハードからも反撃の刃が振るわれるがその反撃が更なる追撃の足掛かりになる。

 反撃を行えばスキが生まれる。そのスキをつく、もしくは攻撃に対してカウンターを行い的確にハードを追い詰めていく。

 遂には、ハードは防御に徹しだした。

 

「どうした、この程度かね?」

「‥‥‥‥」

 

 私の声に応えることなく、ハードは私の攻撃を受け止め続けた。

 

 ‥‥‥‥ここまでか‥‥‥‥

 私の脳裏にはその言葉が浮かんだ。

 長期間の睡眠から目覚め、いきなり手合わせした。それでここまで戦えたことに賞賛を送るべきことだ。それに幾度となく私の想像の上を行った。ああ、今日のところはここまでだ。それでいい、何時かは彼に追い越される日が来る。‥‥‥‥だが、今ではない、今では‥‥‥‥なかった。それが分かっただけで‥‥‥‥

 

「今だ!」

「!?」

 

 ハードの剣速が一気に上がり、私の剣を跳ね上げた。

 

「ハアッ!」

「クッ!?」

 

 ハードの一撃で形勢が変わった。

 ハードはあきらめてなどいなかった、ただ只管に耐えスキを伺っていた。いや、おそらく攻撃のタイミングを計っていたんだ。

 私の攻撃のタイミング、モーション、クセ、それを見て、学び、考え、行動に移した。

 

「覚えましたよ、ギリアスさん」

 

 その言葉で察した、いや思い出した。彼の得意技を‥‥‥‥

 

「コピーしたか、この短期間で!?」

「まあ、元々貴方に学んだ剣技です。そこから貴方の型を自身に落とし込むまでそれほど難しくはありません。それに‥‥‥‥技術が対等になれば勝敗を分けるのは‥‥‥‥」

「グッ‥‥‥‥!?」

「力の大きい方です!!」

 

 ハードの体を纏う『鬼気』がハードの力を更なる高みに押し上げる。

 ハードを相手に優勢を誇った剣技もハードはコピーし、己がものにした。その剣技はまるで鏡越しに見ているような程に似通っていた。そして、剣戟が交差するとき、圧し負けたの私の方だった。

 技術を対等にした時、その勝敗は力の差、か。確かにその通りだ。だが‥‥‥‥

 

「それで勝ったつもりか!!」

「!?」

 

 自身の力を更に引き出す。

 ここまでやるつもりは無かったが、弟子の前で力不足で負けるなど、到底出来る訳がない。些か理不尽かも知れんが、ハードがこの事を糧に更なる高みに至れると信じ、我が力の深淵を見せた。

 ハードに圧が加わり動きが鈍った瞬間、私はその場に飛びあがり、練武場に刃を突き立てる。

 

「ハアアアッ、『業滅刃!!』」

「くっ‥‥うわあああああ!?」

 

 ハードは衝撃に耐えようと踏ん張ったが、力及ばず場外に弾き飛ばされて壁にぶつかった。

 壁に立てかけてあった剣が衝撃で落ち、ハードの近くに落ちた。

 

「‥‥ふぅー‥‥少しやり過ぎたか‥‥‥‥」

 

 大きく息を吐いて状況を見やると、やり過ぎたか、という思いが脳裏をよぎった。

 久方ぶりに全力で放った一撃、その一撃は数多の好敵手達を沈めてきたものだ。いくらハードが強くなったと言っても、それはあくまで『歳の割には』というものだ。記憶の中の好敵手達には今はまだ至っていない。

 だからこそ、この場で負けてやるのも一興と思った。

 彼の更なる成長を願っている。成長を実感できる瞬間とは何かと問えば、それは勝利だと思う。

 私の敗北一つで彼の自信となり、更なる高みに押し上げるなら、それもいいと思いはした。

 だが、それは無理だ。

 気づけば全力を出していた。出さざるを得なかった。なぜなら‥‥‥‥私もまた武人であるからだ。

 全力を出さずに敗北することを許さなかった。

 

 この身に再び血が滾るような、沸き立つ感覚が蘇るとは思っていなかった。もはや、高鳴る鼓動を失い、ただ只管に使命、悲願のために費やしてきたというのに思ってしまった。

 そんな私が負けたくない、と思ってしまった。

 今だ若輩の身で、私の子と同じ歳の『子供』に負けたくないと思ってしまった。己が科した精神的な枷を、自身の意志で引きちぎってまでも、負けたくなかった。

 今だ、そんな気持ちが私に残っていたとはな‥‥‥‥

 

 

 ガシャ、という音が聞こえた。

 その音が思考の海が私を引き上げた。この場には私とハードしかいない。だからこの音は、ハードが発した音だ。

 

「‥‥‥‥」

 

 ハードは勢いよく壁にぶつかり、少しの間、動けていなかった。意識が飛んでいたのかもしれない。

 悪いことをしたな、万全でない彼に無理に付き合わせ、力を図った。彼自身の現状を知るためとは言え、些か強引だった。

 だが現状は計り切れた。どうやら彼は‥‥‥‥至ってない、そのことが確認できただけで十分だ。

 

「ハード、今日のところはここまでに‥‥‥‥」

 

 ハードは立ち上がり、落ちていた剣を拾い、()()の構えを取る。そして‥‥‥‥

 

「‥‥おいおい、ここで終わりにする気か、()()()()

「!?」

 

 ハードの口調が変わった、それに雰囲気も。そのことに驚く最中、ハードはいきなり攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっ!?」

 

 双剣から繰り出された一撃はハードから受けたことがない程の重い一撃だった。

 何とか受け止めた。だが、それ以上にその一撃に戸惑った。

 かつての記憶が蘇る。どうして、その記憶が蘇ったのか、分からず、ただ戸惑った。

 目の前にいるのは紛れもなく()()()だ。なのに、なのに、どうして‥‥‥‥

 

「何故だ! 何故だ!! 何故だ!!!」

 

 互いの剣と剣がぶつかるたびに蘇る記憶。

 私はこの剣の使い手を‥‥‥‥覚えている。

 

「何故お前がそこにいる!!! ()()()・ワーク」

 

 かつての友の名を呼んでいた。 

 




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