社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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第四十四話 時を超えて

―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 思わず亡き友―――ネット・ワークの名を呼んでいた。

 

 今、目の前にいるのは誰だ‥‥‥‥

 ハード・ワークだ。それは間違いない。

 あくまで‥‥‥‥見かけは、だ。

 だが、中身は‥‥‥‥まるで違う。

 

「ハアッ!!」

 

 双剣から繰り出される剣戟は風の様に鋭く、岩の様に重い。

 一撃でも通せば確実に敗北する、必殺の一撃。それが先程よりも倍の手数、繰り出される。

 ああ、そうだ‥‥‥‥剣戟の鋭さも、重さも、何よりもこの戦い方も、私は‥‥‥‥覚えている。

 どうして、どうして、どうして‥‥‥‥お前がそこにいる!!

 頭の中を疑問が駆け巡り、意識を戦いに集中出来ないでいる。もし私の記憶通りのヤツであれば、こんなスキを見逃すわけがない‥‥‥‥

 

 眼前に迫る攻撃は苛烈を極めた。斬撃の威力もスピードも格段向上した訳ではない。ただ上手いのだ、剣技が、体裁きが、間合いの取り方が、戦い方そのものがとても上手い。

 眼前に迫るハードの動きは先程までとスピード自体は変わらない。だが、動きに緩急があり、その動きを捕らえられない。こちらがスキを作れば、瞬く間に攻め寄せてくる。それでいてこちらが攻撃に移れば、即座に防御に入り、こちらの攻撃に有効打を許さない。

 攻撃と防御の切り替えに無駄がない熟練した動き、ハードの持つ力とスピードに技巧が加わり、遂には私が追い詰められた。

 

「どうした、ギリアス。この程度か?」

 

 首元に刃を当てられ、背後には壁がある。逃げることは出来ない状況の中、眼前に映るハードの顔を見る。

 

「本当にこの程度なのか‥‥‥‥どうした、ギリアス!!!」

 

 ハードの顔から発せられる決してハードが発しない言葉遣い。それだけでハードではない、別の誰かだと分かる。

 

「‥‥‥‥どうして、お前が‥‥‥‥」

「ん? お前が知らない訳ないだろう。お前は知っているはずだ、ハードがなんであるのか‥‥‥‥知っているんだろう、ギリアス」

「‥‥‥‥まさか!!」

 

 脳裏に浮かんだ可能性、それはハードがホムンクルスとして作られた目的の果てだった。

 だが、それと同時に思い至った答えに思わず声が漏れた。

 

「‥‥‥‥早すぎる!?」

 

 確かに至る可能性は皆無とは言わない。だが、そこに至るには時間が足りない、はずだった。だからこそ、ハードは廃棄されたはずだった。

 しかし、先代のアルベリヒは自身の最後の作品を惜しみ、この世に残し、今この場にいる。

 それこそがハード‥‥‥‥H・A・R・D(ハード)計画唯一の完成体だ。

 

「そうか、お前はやっぱり知っていたか‥‥‥‥まあ、それはいい。今はいい‥‥‥‥」

「今は?」

「ああ、今すべきことは‥‥‥‥」

「!?」

 

 首元に当てられた剣を振り上げ、勢いよく振り下ろされた。

 咄嗟に身を引くくし、側面を転がり抜ける。ハード、いやネットの放った斬撃は先程まで私がいた場所を正確に捉えていた。

 

「今すべきことは‥‥‥‥お前と決着をつける事だ。そうだろ、ギリアス」

 

 ネットは剣先を私に合わせ、そう言った。

 

「何故だ? 今更決着など‥‥‥‥」

「今更? 何言ってやがる、折角こうしてお前と戦う機会を得たんだ。こんな機会は早々ある訳じゃない。ましてや俺は死んでいる、今こうしているのも一種の奇跡だ。死ぬ間際に二つ後悔した、一つはハードともっと長くいてやれば良かったと、心底思った。今こうして、帝国に帰ってきてくれたことに心底安堵し、喜んだ。例えこの身がなくとも、その思いだけは今も変わらない。今こうしているだけで後悔の一つは晴れた。だが、もう一つは今も心に残っている。それが‥‥‥‥お前だ、ギリアス」

「私?」

「お前とは学生時代から互いに競い合ってきた。俺はヴァンダール流双剣術を、お前は百式軍刀術を、それぞれ極めんと鍛え上げた。だが、その内俺とお前は思ったはずだ、俺達のどちらが強いのか、と。そして俺達は学生時代から幾度となく剣を交え、遂に俺が勝ちこした。だが、俺達は互いにあれで、あの時で終わりなどと思わなかった。いくらでも機会があると思った、だが‥‥‥‥」

 

 ネットは悲し気な眼をして、言葉に詰まった。だが、かぶりを振って言葉を続けた。

 

「お前は‥‥‥‥剣を捨てた。カーシャを、リィンを、喪ったあの時から、お前は剣を捨てた」

「‥‥‥‥」

 

 ネットの言葉に目を瞑った。

 あの夜の事を思い出すと、傷むはずのない胸が痛む。

 渇きの様な焦燥感、体温が失われていく喪失感、憎悪に染まっていく絶望感、その全てが思い出された。そして、悪魔と契約してしまった。

 

「あの夜から、お前は変わった。変わらざるを得なかったことは痛い程、今なら理解できる。‥‥‥‥だがな、それでは俺の焦燥は何処にぶつければいい!!」

「っ!?」

 

 ネットは勢いよく剣を振り下ろし、地を砕いた。

 

「マテウス、ゼクス、ヴィクター‥‥‥‥それぞれ良き剣士であった。リベールの『剣聖』カシウス・ブライトとは一度として剣を交える機会はなかったが、それでも音に聞く剣士だ、手合わせを願いはしたさ。だがな、その誰と戦おうとも、決して俺の飢えを満たすことなどなかっただろう。なぜなら、俺が真に戦い、競い、高め、勝利したいと思う者など、この世にただ一人だけだ!」

 

 ネットの雰囲気が刺すような鋭さを帯びていく。まるで、飢えた魔獣の如き、殺気すら帯びていく。

 

「死して尚、ここまで後悔するとは思わなかった。生前は理性で持って、己を抑え込んでいた。ソーシャル、ハード、俺にも守るべきものがあった。それが己を縛る鎖になっていたとは、生前には思いもしなかった。だが‥‥」

 

 ネットが闘気を発する。黄金の、他を圧倒するような闘気だ。生前のモノとまるで遜色がない。

 

「今の俺を縛るものなど何もない! 俺も、お前も、何もないのさ!」

 

 ネットは闘気を身に纏い、ゆっくりと練武場の中央に歩いて向かい、私の方を向いて、構える。その眼光は、ハードの顔でありながら、ネットそのものに見えた。

 私もつられるように、練武場の中央に歩を進め、剣を構え、対峙していた。

 互いに剣を構え、向き合うと、何故だか昔のことを思い出す。

 

 初めて会ったのは、学生時代だった。

 互いに顔も名前も知らなかった、生まれも育ちもまるで違った、なのにすぐに意気投合していた。

 それから幾度も競い合った、勝った時もあった、負けた時もあった、そして‥‥‥‥私の負け越しで終わりを迎えた。私が‥‥‥‥終わらせた。

 

 もう、こんな機会はないと、思っていた。

 私は剣を捨て、ネットは死んだ。

 今こうして、剣を持っているのはハードがいたからだ。そして、今、ネットが眼前にいるのもまた、ハードがいたからだ。

 ‥‥‥‥先代のアルベリヒの遺産、H・A・R・D(ハード)計画、真実を知れば、ネットは、ソーシャルは激怒することだろう。私としても、進めさせてはならないと思っている。

 だから、真実を隠し、ハードを遠ざけもした。今にして思えば、リアンヌにだけは話しておくべきだったかもしれん。そうすれば、ハードは今の様に強くはならなかったはずだ。そうすれば、今の段階にも至っていないはずだった。いや、今更だな。彼を強くしたのは、私も一端を担っている。こうなることは必然だった。

 皮肉な話だが、ハードが強くなり、今の段階に至ったことで、ネットとこうして、相対すことが出来たのだとすれば、これも女神の導きだというのかも知れんな。

 

「‥‥‥‥フッ」

「‥‥‥‥フッ」

 

 互いに笑みがこぼれた。

 そして、それを合図に、互いに同時に一歩を踏みしめた。

 

「ギリアスーーーーー!!!」

「ネットーーーーー!!!」

 

 互いの剣の軌跡が交わる。

 

 ネットの双剣と私の剣が激しくぶつかり合い、甲高い音が練武場に響き渡る。

 剣と剣のぶつかり合い、互いの身から発する闘気のぶつかり合い、そして何より‥‥‥‥意地のぶつかり合いだった。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

「ハアアアアアアアアアア!!!」

 

 双剣から繰り出されるネットの攻撃を、己の剣一本で凌ぐ。剣戟と剣戟の僅かなスキを狙い、攻撃を繰り出す。その攻撃をネットは紙一重で躱す。攻撃を躱したネットは更なる攻撃を繰り出す前に、私は距離を取り、攻撃を躱す。

 互いに間合いを測る様に、ギリギリの攻防を繰り広げた。

 

「フハハハハハ‥‥流石だ、ギリアス!」 

「お前もな、ネット!」

 

 剣戟の最中、自身が思考していない事に気づいた。‥‥‥‥当然だ、眼前にいる男と戦うのに、難しいことなど考える余地などない。相手の動きがどうとか、こうとか、それに対して、どう対処するか、そんな事を考えている暇があれば、一撃でも攻撃した方が余程勝ち目がある。

 思考すれば剣が鈍る。だが、ただ漫然と剣を振るっているわけではない。自身の経験に基づいた最適解を瞬時に引き出している。だからこそ、思考を介しない、闘争本能に基づいた戦闘、自身と同格以上と戦うのに、思考している暇などないのだから。

 

 互いに、ただ体が反応するままに、本能のままに、剣を繰り出す。その最中に幾度もフェイントや駆け引きが生まれるが、それすらも己の本能のままに行っていた。

 どれ程の時間が経っているのかさえ、思考できない。

 一時間なのか、十分なのか、一分なのか‥‥‥‥それとも、数秒であったのかさえ、分からない。

 自身の体が動くままに、剣が振れる限り、全力を尽くす、それしか頭にはなかった。

 今この瞬間だけは『鉄血宰相』ではなく、『剣士』としての自分を取り戻していた。

 ただ、『剣士』としての自身を取り戻していく最中、『惜しい』と心底思ってしまった。

 

 剣を捨てずにいなければ、ネットとこれほどの心躍る戦いを幾度も出来たはずだった。

 剣を捨てずにいなければ、ネットと更なる高みに至れたはずだった。

 剣を捨てずにいなければ、ここまで私の剣の腕も衰える事などなかったはずだった。

 

 ‥‥‥‥後悔ばかりが頭をよぎる。

 だが、そんな後悔すらも意識から切り離す。

 《黒》の事も、帝国の未来も、意識から切り離す。

 全て今はいい、今は‥‥‥‥

 

「『業滅刃!!』」

 

 飛び上がり、地に刃を叩き込む。

 ハードを倒した技だ。だが、

 

「ハハハハハッ!! いいぞ、ギリアス!!」

 

 地に衝撃が走る前に、ネットは背後に飛び、衝撃を交わす。

 

「『双剋刃!!』」

 

 ネットは地に着地すると同時に、反撃の一撃を放つ。

 両の刃に気を纏わせ、放たれた斬撃が私に襲い掛かる。

 

「ハアッ!!」

 

 気合と共に一閃を放ち、斬撃を消滅させる。

 

 互いの刃が届かない距離が出来たところで、互いに息を吐く。

 漸く、一呼吸を取れた。

 

 だが、互いに視線を逸らさない。逸らせばその瞬間、敗北することになる、と理解し合っていた。

 

「技の打ち合いでは勝負はつかんな、ネット」

「互いに手の内を知り尽くしているからな。確かに勝敗の決め手には成り得ない、だが‥‥‥‥少し付き合ってもらうぞ」

 

 そう言って、ネットは更に技を繰り出す。

 

「『双剋刃!!』」

「何度やっても無駄だ!!」

 

 またも放たれた斬撃を振り払う。だが、今の一撃は囮だった。

 

「!?」

 

 ネットは今の一撃を囮に、一気に距離を詰める。

 

「『レインスラッシュ!!』」

 

 ネットの斬撃が左右から襲い掛かる。だが、

 

「ハアアアアッ!!」

 

 左右からの攻撃全てを捌けなくとも、片側からの攻撃の起点を潰すことで止められる。昔、戦った時に学んだ方法を体が覚えていて、ネットの斬撃を潰した。

 

「まだだ、『業刃乱舞!!』」

 

 左右からの攻撃を凌いだ後に続くのは、双剣での連続攻撃。

 鋭く重い攻撃が連続で繰り出される。

 私は防御に徹し、受け流す。

 

「何度やっても意味はないぞ」

 

 互いの剣を知り尽くしている以上、今の攻撃に意味はない。

 私があえて口に出さなくても、ネットは分かっているはずだ。

 だが、私の言葉に対しネットは、笑った。

 

「意味なら‥‥‥‥あるさ!」

 

 そう言って、ネットは私に繰り返し何度も、自身の持ちうる全ての技を繰り出す。

 私はそれを捌き、躱し、受け流し、防御に徹し続けた。

 何度も、何度も、ネットは攻撃を繰り出し続けた。私も防御に徹しているから、有効打には成り得ない。戦況は完全に膠着してしまった。

 

「『双剋刃!!』」

 

 そんな状況下であっても、愚直なまでにネットは只管に技を繰り出し続ける。

 

「ハァッ!」

 

 最早何度見たのか、数える事すら止める程、繰り返された技を私は防ぎ続ける。

 

「もう一度、『双剋刃!!』」

 

 またも同じ技をネットは繰り出してきた。

 技を防ぎながら、私は現状に違和感を感じていた。

 ネットはここまで技を多用するだろうか‥‥‥‥いや、もしそうであったとしても通用しない攻撃を繰り返すだろうか‥‥‥‥現状を打破せんと、技ではなく力尽く、いや至近距離に詰めての強攻を試すのではないだろうか‥‥‥‥いや、もっと言えば、ここまで頑なに攻撃一辺倒であっただろうか‥‥‥‥

 ネットに何かしらの変化があったのか、それともこれが本来のネットの気性であったのだろうか、何も答えは出ない。だが、現状に何か言い知れない、違和感があった。

 

「‥‥まあいい、ならば現状を崩すには、私が動くほかあるまい」

 

 ネットの技を防いだ直後、一気に距離を詰めんと、最高速で斬りかかった。

 

「! おっと‥‥あぶねえ!」

 

 私の一撃をネットは難なく止めて見せた。

 だが、私の攻撃は止まらない。

 

「ハアッ!!」

 

 一撃、二撃と打ち込む中、ネットは距離を取り、躱す。

 

「やれやれ、もう少し待ってくれよ、な!!」

 

 ネットは私の攻撃を掻い潜り、攻撃後のスキを狙い、反撃を繰り出す。

 

「クッ!!」

 

 ネットの双剣から繰り出された強烈な斬撃を受け止めたが、力に押し負け、攻撃の手が止んだ。

 

「いいぞ、ギリアス。少し、ヒヤッとしたぞ。だが‥‥‥‥おかげで進んだぞ!」

「進んだ?」

 

 ネットの言葉の真意が分からない。だが、更なる一撃が来ることだけは感じ取れた。

 

「ハァァ‥‥‥‥」

 

 ネットの闘気が更に高まる。その闘気が双剣に伝番し、先程までに比べ、一段上を行っている。

 

「『相克刃・極!!!』」

 

 ネットの双剣から放たれた闘気の刃、その刃が私に襲い掛かる。

 

「くっ!?」

 

 体が咄嗟に反応し、刃を避けた。

 刃は練武場の壁を斬り裂き、深い傷を付けた。

 

「‥‥ハッ‥‥ハハハハッ!!」

 

 ネットが笑った。心底嬉しそうに、楽しそうに、笑った。

 

「いい、いいぞ! そうだ、それでいい!! お前なら出来ると信じていたぞ‥‥ハード!!」

「‥‥‥‥そう言う事か」

 

 ネットがハードを名を呼んで褒めた。そのことで、漸く分かった。何故あそこまで頑なに、技を繰り出し続けたのか‥‥‥‥

 

「お前の技をハードに教えるために‥‥」

「ああ、だから防がれるのも気にせず、使い続けた」

 

 やはり、そう言う事か。違和感の謎が漸く解けた。

 ネットはハードの体を動かし、技を文字通り体に教え込んでいた。だから、防がれても、防がれても、技を使い続けた。だからこそ、意味ならある、という言葉だった。

 

「ああ、流石俺達の子だ。ああ‥‥誇らしいぞ」

 

 ネットの声は酷く悲しげだった。

 

「ネット‥‥」

「‥‥すまんなギリアス、待たせたな。ここから先は、生前の俺よりも更に強いぞ!!」

 

 ネットの闘気が体から溢れてくる。

 黄金の闘気を双剣に纏わせ、またも先程の技の構えを取る。

 

「『相克刃・極!!!』」

 

 先程と同じ技だ。だが、感じ取れる力強さは確かに先程よりも上に感じた。

 

「クッ!?」

 

 またも咄嗟に飛び退いて斬撃を躱す。だが‥‥

 

「『レインスラッシュ・極!!!』」

 

 飛び退いた先を予測されていた。

 もう次の攻撃の体勢に入っていたネットの連撃が襲う。

 

「ぐっ!?」

 

 苦悶の声が漏れた。

 先程までの様に、連撃を凌ぎ切ることが出来ない。連撃の速度が先程よりも速く、鋭い。捌ききることが出来ず、ダメージを負わされる。

 

「『業刃乱舞・極!!』」

 

 ネットは追撃の手を緩めない。

 左右から雨の様に降りかかる斬撃が、一転して竜巻の如く激しい回転速度で斬り裂きにかかってきた。

 

「ッ!!」

 

 今度は苦悶の声すら上げれなかった。

 歯を食い縛らなければ、耐えきれない程の剛撃。その剛撃を剣一本を両手で握り耐えた。そうしなければ、剣を、腕を、己の体を容易く跳ね飛ばされるほどの衝撃が走った。

 

「防いだか、だが、この距離ならお前でも防げないな!」

「!?」

 

 ネットは剣の間合いの更に内側にまで迫ってきていた。

 連撃に次ぐ連撃に踏ん張り耐えた。だが、その結果、足は止まり、剣戟を防ぐために防御を上げられていた。

 だが、あまりに近すぎる。剣の間合いの更なる内側にネットはいるが、この距離ではネット自身も剣を使えないはず‥‥‥‥

 

「喰らえや、ギリアスゥゥ!!!」

「グホッ!?」

 

 腹部を突き抜けるような強烈な衝撃、それは剣が齎したものではなく、拳が齎したものだった。

 剣さえ振るえぬ超至近距離、その場で繰り出されたのは拳だった。

 衝撃が腹部を貫く中、カランッ、と音が響いた。

 拳の衝撃に屈し、後ろに吹き飛ばされる中、視界の端で捕らえたのは、ネットの足元に落ちた左手の剣。そして、左拳を叩き込んだ体勢で残心するネットの姿だった。

 

「グッ‥‥」

 

 思わぬ一撃を喰らい、膝を付いた。

 

「フッ‥‥どうだ、ギリアス」

 

 落とした剣を拾い、構えながらネットは言った。

 

「っ‥‥良い一撃だ」

 

 振り絞る様に、そう言うのが精いっぱいだった。

 腹に一撃を受けたが故に、呼吸が乱れた。だから、可能であれば声など出さず、息を整えたかった。だが、言わなければならない事ゆえ、苦しいながらも言葉を続けた。

 

「何故だ、何故、剣を捨て、素手での攻撃を選んだ?」

 

 ネットは剣に誇りを持っていた。

 『ヴァンダール流双剣術免許皆伝』、『剣士』の肩書に最も誇りを持っていた男だからこそ、剣を使うのが当然だと思っていた。

 だからこそ、今の一撃に意表‥‥いや、裏切られた様な思いを抱いた。

 私の視線を受け、ネットは察した様ですぐに答えてくれた。

 

「そんなの決まってる。‥‥‥‥なりふり構っていられないからさ」

「なに?」

「ギリアス、もしこの戦いに先があるなら、俺はきっと誇りを取った。剣は誇り、俺が生きた証だ。ああ、きっと俺に『明日』があれば、きっと『今日』の誇りを守って生きるだろうさ。‥‥だがな、俺にはそんなもの無いんだよ。俺には『明日』はない、今だけだ。今が終われば、俺は終わりだ。今は一時の夢の様なものさ。夢は何時か覚める。だからこそ、『明日』につながるすべてのモノを差し出して、今を勝ち取るのさ! なあ、ギリアス‥‥‥お前に『明日』はあるか?」

「‥‥‥‥私には‥‥」

 

 ネットの問いに返答出来なかった。

 分かっているのだ、私に『明日』はないのだと‥‥‥‥

 だが、それを口にすることを何故か、憚った。

 

「ギリアス、お前が『明日』を犠牲に『今』を生きていることなんか、ずっと前から分かっていたさ。お前が、カーシャを、リィンを喪い、お前自身はそんな体に、血は鉄の様に冷たくなった。『鉄血宰相』なんて、その名の通りになってしまった。あの時から、ずっと、ずっと、お前は一人で戦い続けた。だが、それでも、そんなお前でも、見たい『明日』が残っているんじゃないのか?」

「っ!? 一体何を‥‥」

「リィン・オズボーン‥‥‥‥いや、今はリィン・シュバルツァーか。あの時の子が、よくぞ生きて、大きくなったと思ったものさ。あのとき死んだ、と聞かされた。俺もそれ以上は聞けなかったし、踏み込めなかった。落胆、失意、無念、後悔、言い表せそうな言葉が思いつかない心境の中で、ハードが俺達の前に現れた。俺とソーシャルはハードと奇妙な縁でつながり、家族となった。あの時、リィンに抱いた気持ちを二度と味合わない様に、精一杯ハードに注いだ。だが、結局繰り返した。そして、俺とソーシャルはハードの帰宅を見届けることなく逝った。そして、ハードが俺達を女神の下から呼び戻し、体に宿した。それから先はハードの見てきたモノを俺達も見ていた。だからこそ、お前がリィンにしてきたことも、その真意も全てわかっているつもりだ‥‥」

「‥‥‥‥何が、分かる‥‥」

「お前が‥‥‥‥リィンのために‥‥‥‥障害となるモノ全てを持って逝こうとしていることだ」

 

 




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